第七部 真夜中の産鬼 《二》
終わらなかった! 二話で終了予定だったのに!!(゜ロ゜ノ)ノ
何かの、不穏な気配を感じ取りながら玄奘一行は眠りについた。だがその夜、この静かな宿屋がざわめき始めた。美友が産気づいたのだ。宿屋の一階がバタバタとし始め、玄奘達がその気配に起き上がる。廊下に出れば、すでに沙麼蘿がそこにいて、窓から外を見つめていた。
「玄奘、産鬼の対処法は知っているか」
「無論だ」
窓から視線を移した沙麼蘿の言葉に、玄奘はそう答える。“そうか”、そう言うと沙麼蘿は再び窓の外を見つめた。
「産鬼は二人。玄奘、悟空、悟浄は産鬼を。八戒は私と一緒に外だ」
「外に、何かいるのですか」
「あぁ、産鬼をここに寄越した奴等がな。琉格泉を此処に残して行く。琉格泉、頼んだぞ」
『わかった』
玄奘達は、一瞬ギョッとして琉格泉を見つめた。大神は賢く人の言葉を喋ると聞いてはいたが、今まで琉格泉が喋った所を見たことがなかったからだ。
「ぴゅ!」
“僕も、ここにいるよ!” と、元気に片手を上げた玉龍が琉格泉の頭の上で鳴く。
「八戒!」
そう言うと、沙麼蘿と八戒は窓から外に飛び出した。
「玄奘、その産鬼とらはどうしたらいいんだ」
「産鬼は雨傘を嫌う」
「雨傘だぁ!?」
悟空の問いに答えた玄奘の言葉に、何だそれはとでも言うように悟浄が叫ぶ。その声に答えるように玄奘は続けた。
「いいか、産鬼は見た目は人間の女と何一つ変わらない。唯一違うのが首だ。産鬼の喉には、血餌の紅い一筋の線がある。これを確認して産鬼を探しだせ」
恐らく、この宿屋に産鬼の見分けがつく者はいない。いや、この村に産鬼がいることすら村人は知らないはずだ。全ては、自分達にかかっている。
「雨傘を入り口や窓に置いて、中に入れないようにする。それだけで産鬼は美友に近づくことは出来ないはずだ。」
“とにかく、産鬼を探しだせ”、そう言うと玄奘達は、一階へと降りていった。
宿屋から少し離れた場所にいたのは、月白色の髪に紅葉色の双眸をした朱夏を過ぎようかと言うくらいの男と、その部下達。
「あれは、悟浄の父親!」
八戒はそこに悟浄の父親の姿を見つけ、驚いたように沙麼蘿を見た。
「そうだ」
「だから、私を」
この場所に、悟浄本人を連れてくるわけにはいかなかったのだろう。悟浄の父親が、この村に産鬼を連れ込んだのだから。悟空では、すぐに口が滑って悟浄にばれる。かと言って、唯一産鬼の対処法を知っている玄奘を此処に連れてくるわけにも行かない。
「随分と私を信用していただいたものですが、私が本当に悟浄に何も言わないとでも」
「奴等に、家族を奪われる苦しみを知っているだろう。お前は」
「それは、どう言う?」
悟浄の父親は、奪いとる側だ。悟浄は決して、奪われる側ではない。
「見極めようじゃないか、その真実を」
沙麼蘿はそう言うと、一気に悟浄の父親との距離をつめた。沙麼蘿達の姿を見つけた悟浄の父親は
「お前達は…! 忌々しいことよ、行く先々で我等親子の邪魔する。花韮が使っていた見世物小屋も、お前達が潰したのだろう」
と言うと、一気に手に持つ刀を抜いた。悟浄の父親の使う刀は、柳葉刀と呼ばれる短柄武器の刀だ。刀の中でも代表的なもので、『刀身』『刀盤(鍔)』『刀柄』『刀首』の四つの部分から成る。刀身はさらに『刀尖』『刀刃』『刀背』『血槽』に分けることができる。
「我等を裏切り、自分だけが天上界に昇った阿修羅とは違うのだ! 我々はな!」
悟浄の父親の一太刀が沙麼蘿に向かって振り下ろされる。その直前に、沙麼蘿は姿を変えた。紫黒色の髪が灰簾石色に、そして真っ赤な襦裙が猩々緋色に変わり、その手には氷龍神剣が握られていた。
“キーン”と刀と剣が交われば、沙麼蘿の姿はさらに白金の髪と鳩の血の睛眸に変わる。
「いかに天上人の姿を真似ようとも、その鬼神の姿は隠せまい! 鬼神の性よの!」
刀を受ける沙麼蘿の氷龍神剣は、宝具だ。その宝具と触れあっても、負けることのない刀。
「その刀、お前の物ではあるまい!」
「ほう、この刀がわかるか。これは、若様から賜った刀よ」
また、剣と刀がぶつかり合う。若様、それは以前出会った邪神の王の一ノ姫、豊かな孔雀緑色の長い髪をした“華風丹”の兄のことだ。天上人の血を引く華風丹と違い、己の望みを叶えるためならば手段を選ばず残虐の限りを尽くす、次代の邪神の王となる男だ。
沙麼蘿は一旦退くと、男が手に持つ刀をマジマジと見た。確かに、邪神どもが好みそうな悪趣味な刀。所詮は、悟浄の姉も父親もそう言うことか……と。沙麼蘿は自らの剣を握り直すと悟浄の父親に向け振りかぶった。
「悟浄は、お前の子か!」
「悟浄だと、そんな男は知らん! 俺の子供は花韮だけだ!」
これで、沙麼蘿の瞳にははっきりと見えた。残酷なまでに美しい、その散り際が。いかにも、邪神が選び考えそうなことだ。
本来鬼神とは、他人に厳しく身内には甘い。どんなに恐れられる鬼神でも、家族に対する愛情は深いらしい。目の前の男も鬼神であるはずなのに、息子のことを忘れつつある。それはまるで、娘のことしか覚えている必要はないと、誰かが言っているようではないか。
「沙麼蘿!」
その時、八戒の声がした。
不穏→おだやかでないこと。状況が不安定で危機や危険をはらんでいること。また、そのさま
無論→論じる必要もないほどはっきりしているさま。言うまでもなく。もちろん
朱夏→五十代くらいの年齢
随分→ふさわしい程度を超えているさま。また、いちじるしいさま。並みでないさま。過分
一太刀→刀で一度切りつけること。最初に切りつけること
賜る→もらうの謙譲語
退く→現在の位置からうしろへ移動する。うしろへさがる。後退する
所詮→最後に落ち着くところ
次回投稿は19日か20日が目標です。




