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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
61/203

第六部 水簾洞の小猿 《八》

 悟空は、水簾洞(すいれんどう)から戻る途中にある花果山(かかざん)須菩提(すぼだい)の家に立ち寄った。

 あれから長い時間がたつと言うのに、家の中はあの時と何も変わらない。須菩提がかけた術により、この家の中だけ時が止まったかのようだ。

 あの日、悟空が偶然見つけた小さな寺院の奥には、金色(こんじき)に光る桃の木があった。その珍しさに心ひかれ、気がつけば桃を両手いっぱいに持って食べていた。金色の桃は大変美味しく、思わず須菩提に土産として持ち帰ったくらいだ。

 もしあの時この桃を持ち帰らなければ、須菩提の命はなかったはずだ。たった一口、須菩提が食べた、そのほんの一口。あの一口のおかげで、須菩提の命は奪われることなく、身体が長い眠りについた。

 倒れて動かなくなった須菩提を連れ須弥山(しゅみせん)妙高山(みょうこうさん)に向かった時、須弥山の上に住む上仙は悟空にこう言ったのだ。


「須菩提もお前等(まえなど)と出会わなければ、もっと早く上仙となり、長い長い時間を過ごせただろうに。だが、お前を育てたばかりに長い時間を無駄にし、気苦労ばりをして病に倒れ、その命を散らすのだ」


 と。悟空は必死になって上仙に頼んだ。“じいちゃんを助けてくれ!”と。倒れる寸前に食べた蟠桃果(ばんとうか)のおかげで、命を取られることはなかった。だが、長い眠りにつくことになってしまった。上仙は、確かに悟空と約束した。


「お前が今まで犯した()しき行いを(つぐな)えたなら、須菩提を助けよう」


 と。悟空は、須菩提が助かるその日まで、毎日毎日人助けをして過ごす。須菩提が、目覚めることを願って。


「じいちゃん。オレ!もっともっと頑張るからな、待っててくれ!」


 悟空は、誰もいなくなった家に語りかけた。









「本当に、役に立たないやつらね」


 大通りの見世物(みせもの)小屋があったその場所で、女は呟いた。白百合色(わずかに黄みの白いろ)の武術服のような服を着て、消炭色(けしすみいろ)の髪と睛眸(ひとみ)をした女だ。


花韮(かきゅう)様」


 部下の男に声をかけられた花韮は振り返る。


「あの猿達は、どうしたのかしら。アレにはお金をかけたんでしょう。」

「それが、連れて行かれたそうです」

「ホント役に立たないやつら。これで、こちらの隠れ(みの)が一つ減ったわ」


 昨日までここにあった見世物小屋は、花韮の息が掛かった場所だった。金銭面的にも援助し、情報を集めていた。各地を回る見世物小屋ほど、花韮達にとって扱いやすい場所はなかった。


「また、どこかの見世物小屋を探さなければいけないわね。だけど、玄奘三蔵の行動を確認できたのはよかったわ」


 この場所を、こんな何もない場所にしたのは玄奘一行らしい。あの沙麼蘿(ばけもの)がいれば、それも当然のことだろう。


忌々(いまいま)しい」


 玄奘一行に弟の悟浄がいれば、いずれは思いのままにできるだろうが、邪魔者はあの沙麼蘿(ばけもの)だけだ。アレをなんとかしなければ、後々面倒なことになるだろう。


「姉貴?」


 その声に、“まぁ!” と花韮は不敵な笑みをみせ、声の主を見た。


「悟浄、貴方も此処(ここ)にいたの。奇遇ね。」


 そう言って悟浄に近づき、その手を取った。


「さぁ、姉さんによく顔を見せてちょうだい!この間は、そんな時間はなかたもの」


 あの時別れた姉花韮は、そう言って悟浄に話しかける。優しい手つきで悟浄の頬に手を近づけ


「立派になって」


 と、嬉しそうに囁いた。だが、突然 “うっ!” と言うと手で胸元を握りしめ、その場に座りこんだ。


「姉貴!」


 “はっ…はっ…” と荒い呼吸を繰り返し、花韮は肩で息をする。


「痛むのよ、時々。あの時背中に受けた()の場所が」


 花韮の言葉は、まるで言い訳のように悟浄には聞こえた。苦しそうに胸元を握りしめ、本当に痛むのは胸なのか背中なのかさえも解らない。だが次の瞬間、花韮はその(かお)をあげると


「に…げて……。私…に、近づ…いては…だめ……よ。逃げる…の、悟浄…」


 と小さな声で言った。まるで、姉貴ではない見知らぬ人間の面をして。いや、違う…? 今まで見ていた姉貴の面が、違うのか? 姉貴は、姉貴は、今目の前にいる姉貴のように……。

 “うっ!” ともう一度苦しげに面を下げると、花韮の震えが止まった。


「いやね、本当にこの身体。しぶとくて困るわ」


 と声がして、いつもの花韮が面があげ悟浄を見た。


「悟浄、今日はここでお別れね。私は、姉さんは、何時(いつ)でも待っていらから。貴方が、玄奘三蔵を連れて、私達の所に戻ってきてくれる日を」


 そう言うと、仲間を連れてふっと消え去って行った。


「なん、なんだ…。今のは…。俺はいったい、今何を…見た…」


 悟浄から発せられた言葉は、誰にも聞かれることなく喧騒(けんそう)の中に消えて言った。









「やっと戻ったか、悟空」

「うん、皆。待たせた、やっと戻った!」


 水簾洞から戻ってきた悟空は、元気いっぱいだった。久しぶりに猿達と会えたし、家にも帰れた。忘れていた初心と言うものを、改めて取り返したようだ。

 ここ数日間の遅れを取り戻し、人助けをしながら天上の桜を守っていけば、きっと自分の望みは叶う。また、元気になったじいちゃんと会うことができる。自分はそのために頑張るのだ。望みが叶うその日まで


「頑張るぞー!」


 と、悟空は気合いを入れた。

悪しき→悪いこと、悪いもの

隠れ蓑→実体を隠すための手段

忌々しい→非常に腹立たしく感じる、しゃくにさわる

奇遇→思いなく出会うこと

喧騒→さわがしいこと、やかましく騒ぐ声や音



次回更新は7日か8日が目標です。

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