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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
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第六部 水簾洞の小猿 《七》

 大通りを抜け沙麼蘿が歩くままにやって来たのは、この辺りの宿屋では高級と言われる、離れがある宿屋だった。離れは動物連れでもよいようだ。


「おい、待て。何処(どこ)からこんな金子(きんす)が出る」


 琅牙(ろうが)を連れた沙麼蘿(さばら)襦裙(じゅくん)の袖から出した大金をみて、思わず玄奘は声をかけた。


「いいんじゃねぇか。こんな上宿(じょうやど)、俺らじゃ一生かかっても泊まれやしねぇ」

「とは言え、確かに金子の出所は気になります。後で面倒なことにならないといいですが」


 悟浄も八戒も、初めて入る()宿()。宿屋の方も、初めて見る大神(オオカミ)を連れた客達を()()とでも思ったのか、一番大きな離れを用意してくれた。

 沙麼蘿からは明確な金子の出所の答えはなかったが、玄奘や八戒が一抹の不安を感じるのはなぜだろうか。玄奘達は、落ち着かぬ様子で離れに入った。


「悟空、猿達をつれ水簾洞(すいれんどう)に行ってこい」


 そう言ったのは、玄奘だった。このまま、旅に小猿達を連れて行くわけにも行かない。


「だけど、オレは!」


 須菩提(すぼだい)のため、少しでも多くの人々を助け徳を積まなくてはいけないのだ。


「今のお前では使い物にならん、足手まといだ。猿達を何とかしてこい」


 悟空のキン斗雲(とうん)ですら、傲来国(ごうらいこく)花果山(かかざん)に行って帰ってくるには、それなりの時間を要する。 だが、悟空は行かねばならない。


「わかった、行ってくる」

「沙麼蘿、もちろん悟空が戻ってくるまでの金子は出すんだろうな。こんな所に泊まらせるかぎりは」

「むろんだ」


 悟空が行くのなら “自分も行って見るか” と、沙麼蘿は思い琅牙を見た。琅牙は頷くと “失礼致します” と呟き出て行った。


「あれは、誰だ。人ではあるまい」

「天上人、とだけ言っておこう」


 玄奘には、アレがただの人には見えなかった。“やはり” と、思う。


「ただ、恩恵を受けておけ、と言うことか」

「天上人が金子を用立ててくれるとは、裏はないのでしょうね」


 玄奘、八戒共に、(いぶか)しむ様子だ。天上人に対する信頼は、まったくないらしい。猿達は悟空に任せ、玄奘達は悟空が戻ってくるまでの間に話し合いをしておかなければならない。









 久々の花果山は、相変わらず陽の気に満ち溢れた所だった。滝の水が光に反射して輝いている。水簾洞を囲むように植えられた蟠桃果(ばんとうか)は、数が増えているようにも見える。


「オウサマ!」


 そう言って水簾洞から出てきたのは、今やこの群れの先導者となっている悟空が最新に蟠桃果を与えた小猿だった。長い年を経て、小猿だった時の面影はもうない。立派な群れを率いる猿だ。


「チビどもを連れて帰ってきた。最近の様子を教えてくれ」


 この所、人間の侵入を感じるようになった此処(ここ)は、猿達にとって安住の地とはいいずらい状態らしい。突然小猿達が消えたのは、一度や二度のことではないらしい。

 今この時も何処(どこ)かで、悟空が連れ帰ったチビ達と同じ思いをしている小猿がいると言うことだ。


「穴だらけだな。」


 かって須菩提が(ほどこ)した結界はほころびを見せており、所々に裂け目が見てとれた。その時、一際(まぶ)しい光が現れ、気がつくと沙麼蘿が琉格泉(るうの)を連れ立っていた。


「姉ちゃん!」


 悟空が近寄れば、この陽の気に溢れた場所を眩しそうに沙麼蘿が手の甲で目元を隠し見ている。沙麼蘿が来て(わず)か、天上より一筋の光が降り注ぎ、一頭の大神が姿を表す。


須格泉(すうの)


 現れた金色に輝く大神を見て、沙麼蘿は声をかけた。銀色と金色の大神は、互いに顔を近づけ挨拶をしている。そして二頭は、沙麼蘿の足元へと集まりスリ寄る。

 ほどなくして、天界より光が降りて二人の男が地上に降り立った。一人は琅牙、そしてもう一人は……。


「皇様にお仕えしております蒼宮(そうきゅう)軍所属の妾季(しょうき)と申します。此方(こちら)を皇様よりお預かりしてまいりました」


 差し出されたその中に入っていたのは、五芒星(ごぼうせい)の印が埋め込まれた五つの玻璃(すいしょう)だった。


「悟空、五芒星の書き方はわかるか」

「もちろん、じいちゃんに教わったからな」


 五つの玻璃を空高く放り投げれば、それを受け取った悟空が水簾洞の周りに五芒星を描き始める。五芒星は魔除けの結界として、仙人が使う術の基本中の基本だ。

 かって須菩提が施した結界の上に、新たに強力な結界を重ねづけするように置く。須菩提の施した結界は仙の術だが、今悟空が描く結界は天界の玻璃を使う。その効果は仙が作り出す結界をはるかに凌駕(りょうが)する。

 悟空が結界をはるのを見ていた沙麼蘿は、ふと視線を感じ水簾洞の滝を見た。


『どうした』


 流れる滝の水には、自分と同じ顔をして猩々緋(しょうじょうひ)色の(ひとえ)を着た男が映っていた。


「皇」

此処(ここ)は陽の気が強い。下界に降りずとも、姿を現すことなど簡単だろう』


 そっと伸ばした沙麼蘿の手は、誰にも触れることはなかったが


『お前は、必ず天界に取り戻す』


 そう皇は言うと、すっーと消えて行った。


「姉ちゃん、終わったぞー!」


 水簾洞の滝を見ていた沙麼蘿は、何事もなかったかのように振り返る。辺りを見回せば、すでに須格泉や琅牙、妾季の姿さえなかった。


「悟空、私は帰る。お前は、今日は此処に泊まり猿達に言ってきかせよ。結界から出ることが、どう言うことになるのか。お前の家族に、な」


 この日より三日、悟空は小猿達と遊んで大人達と話し合い、水簾洞は長きに渡り守られることになる。


金子→おかね

上宿→上等の宿屋

上客→商売上での大切なありがたい客

徳を積む→善行を積む。良い行いをかさねること

恩恵→恵み、いつくしみ

訝しむ→不審に思う

施す→効果、影響を期待して事を行う

凌駕→他のものを追い抜いて、その上に立つこと



次回投稿は5月1日か2日が目標です。

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