表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
57/203

第六部 水簾洞の小猿 《四》

「申し訳ない」


 須菩提(すぼだい)は、その場にひれ伏した。その日、薬の材料探しから帰ってきた須菩提の前に姿を現したのは、托塔天(たくとうてん)だった。久しく会っていなかった托塔天にかけられた言葉は、須菩提がひれ伏すには十分過ぎる言葉だったのだ。


鶯光帝(おうこうてい)は、ご立腹(りっぷく)だ。東海龍王(とうかいりゅうおう)龍宮(りゅうぐう)から神具(しんぐ)を奪い取っただけでも大事(おおごと)であると言うのに、西王母(せいおうぼ)蟠桃園(ばんとうえん)から三千年に一度(じゅく)蟠桃果(ばんとうか)を持ち去ったのだ。西王母からの訴えもあって、鶯光帝からは討伐(とうばつ)もやむ無し、と」

「お待ち下され! どうか、どうか、討伐だけは……!」


 ひれ伏していた須菩提は、その(かお)を上げ托塔天ににじり寄った。


「討伐……。と言うことになれば、その(めい)はナタに下る。そうなれば、私も一緒に降りてくることになるだろう。私とて、そなたが我が子も同然に育ててきた子の討伐など、できればしたくはない」

「悟空には、よく言ってきかせます。どうか、どうか、討伐だけはお待ち下され!」


 托塔天の足元で、ただただひれ伏し須菩提は声をあげる。


「年を、取ったな。須菩提」


 托塔天と須菩提は、古くからの知り合いだ。下界に降りた時にたまたま須菩提と会ったのがきっかけだが、須菩提に仙の才能があることは一目でわかった。それ(ゆえ)上仙(じょうせん)になる日も近いだろうと思っていた。

 だが、未だに須菩提は玄仙(げんせん)のままだ。“東勝神州(とうしょうしんしゅう)傲来国(ごうらいこく)、その沖合いに浮かぶ花果山(かかざん)の仙石から(かえ)った赤子(あかご)を育てている”、そう上仙達から聞かされたのはいつのことか。


「須菩提よ、その年での子育ては大変だろう。ましてや、その子は人ではないのだろう」

「必ずや、必ずや、言い聞かせます!」


 托塔天と須菩提は、神と仙であり住む世界も身分も違う。だが、托塔天にとって須菩提は気心の知れた友人だとも思っている。托塔天は、“ふう” と息を吐き出すと


「鶯光帝には、私から話をしよう。だが、一度だけのことと心得よ」


 そう言い残し、天界へと戻って行った。









「うまいか?」

「キキッ!」

「キー!」


 悟空のすぐそばでは、五匹の小猿が固まって桃を食べている。

 手に持つ桃を投げてやれば、木の根元に隠れて此方(こちら)を見ていた小猿が、後ろを気にしながらおずおずと前に出て桃の前で止まった。悟空をチラチラと見ながらも、目の前の桃の誘惑(ゆうわく)に “かぷり” とかぶりつけば、小猿はびっくりしたように “キ、キキッ!!” と鳴く。

 その鳴き声につられるように木の後ろから小猿がぞろぞろと出てきたのには、悟空の方が驚いてその睛眸(ひとみ)を見開いた。まだ幼い小猿達は “キキ、キキッ” と鳴きながら、桃にかぶりついた小猿を取り囲む。


「五匹かぁ」


 うーんと考えた悟空は、須菩提(すぼだい)土産(みやげ)にと残しておいた桃を “ほら、これも食っていいぞ” と言って小猿達に投げたのだった。


「キッ、キキ」


 目の前で、何かを告げるようにこてんと首を傾ける小猿に


「お前は、遊ばなくていいのか?」


 と、悟空は言った。大きな岩の上に座った悟空の横に置かれた如意金箍棒(にょいきんこぼう)は、岩から細く長く伸びて近くの木の根元で止まっている。その如意金箍棒の上をちょこちょこと歩いたり、ぶら下がったりして小猿達が楽しそうに遊んでいた。桃を美味しそうに食べて、皆で遊んで、小猿達は元気いっぱいの様子だ。

 最初に桃をもらった小猿は時間と共に悟空に近づいてきて、今では悟空が手を伸ばせば触れる距離まできている。悟空は、自分の髪の色と同じその小猿の頭を優しく撫でた。


「温かい、な」


 人と触れ合うこともなく、何かの温かさに触れることの少なかった悟空にとっては、久しぶりの生き物との交流だった。悟空に撫でられ、気持ちよげに揺れる小猿の姿に、何故(なぜ)か心が満たされて行くような気さえする。


「キキッ」


 悟空の手元から肩にピョコピョコと乗ってきた小猿を見て、如意金箍棒で遊んでいた小猿達までもがわらわらと悟空の肩や頭に集まってきた。


(なつ)っこいな、お前ら」


 悟空の身体の上でピョンピョンと動く小猿達も、悟空の髪を見て仲間だと勘違いしたのかも知れない。一頻(ひとしき)り遊び回った小猿達は、悟空の(かたわ)らですぴすぴと眠りにつき始める。そんな中、一匹の小猿が悟空のそばを離れ、桃の食べかすに近寄(ちかよ)った。


「何してるんだ、お前?」


 悟空が見つめる中、小猿は桃の食べかすから種を取り出すと滝壺(たきつぼ)の水で洗いはじめた。そして辺りを見回して、滝から少し離れた日当たりのよい場所に穴を掘ってその種を埋めたのである。

 悟空が西王母(せいおうぼ)蟠桃園(ばんとうえん)から盗んだこの桃は、三千年に一度(じゅく)すもので、一口食べれば仙人になると言われる蟠桃果(ばんとうか)だった。そんな蟠桃果を食べた小猿達が普通の小猿のままであるわけはなく、彼らの出現によりこの琥珀色の毛並みを持つ猿達は人の言葉を理解し、人の言葉を喋しゃべる猿へと進化していくことになるのだ。

 そしてこの日、この花果山(かかざん)でも陽の気の強い滝の周りに植えられた蟠桃果は(またた)く間に大きくなり、西王母の蟠桃園の桃とは違う効能(こうのう)を持ち、これを食べた猿達がまた種を植え、花果山の水簾洞(すいれんどう)の一帯に、神仏から水簾洞の蟠桃園と言われる場所が誕生することになる。

ご立腹→腹を立てること。腹立ち

大事→重大な事柄。容易でない事件。たいへんな結果。非常に心配な事態

討伐→軍隊を送り、抵抗する者を討ち滅ぼすこと

にじり寄る→膝をついたかっこうでじりじりとすり寄る

心得る→ある物事について、こうであると理解する。事情を十分知った上で引き受ける。承知する

かぶりつく→口を大きく開けて、勢いよくかみつく

懐っこい→人になれ親しみやすい

一頻り→しばらくの間盛んに続くさま

傍ら→端に片寄った所。すぐ近くのあたり。そば

滝壺→滝が落ち込んで深い淵となっている所。

効能→よい結果をもたらすはたらき。ききめ



次回投稿は13日か14日が目標です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ