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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
56/203

第六部 水簾洞の小猿 《三》

昨日、『水簾洞の小猿《二》』の終わりの部分を少し変更しました。『水簾洞の小猿《二》』の終わり部分から読んでいただけると嬉しいです。

また、今までのお話の中で “龍王” や “竜宮” の “りゅう” の字が “龍” や “竜” になっていました。その時々に資料にしていたものの違いで今頃気がつき、龍王も龍宮も “龍” に統一させていただきました。


今回、北海龍王・敖順と西海龍王・敖閏の読みが日本語読みでは同じ “ごうじゅん” となっておりますが、間違いではございません。西遊記の本がそうなっておりました。m(__)m

 悟空が東海龍王(とうかいりゅうおう)龍宮(りゅうぐう)から奪い取った如意金箍棒(にょいきんこぼう)は東海龍王・敖広(ごうこう)蓮糸(はすいと)編みの歩雲履(ほうんり)北海龍王(ほっかいりゅうおう)敖順(ごうじゅん)躑躅(つつじ)色の防具は西海龍王さいかいりゅうしておう敖閏(ごうじゅん)、キン斗雲(とうん)南海龍王(なんかいりゅうおう)敖欽(ごうきん)の持ち物で、いずれも神が使う神具(しんぐ)だった。

 四人はそれぞれ深い海の底にある龍宮に住まい仏法(ぶっぽう)(まも)るのが役目だが、その日は長男である東海龍王の水晶宮(すいしょうぐう)(うたげ)があり、神具を持ち兄弟達が集まっていたのだ。龍王達は神具を奪い取られ怒り心頭(しんとう)で天界へ行き、鶯光帝(おうこうてい)に訴えをおこしていた。









 里の者達に “また化け物が来たーーー!!” と騒がれ、石を投げつけられた悟空は心にたまった鬱憤(うっぷん)を、いつか須弥山(しゅみせん)の仙人達が話していた龍王の龍宮に行き暴れることで晴らした。こっそり仙達の話を聞いた時から、一度行ってみたいと思っていたのだ。奪い取った神具のことで、天上界が動いていることも知らずに。

 悟空は、ただの暴れ者ではない。幼い頃から須菩提(すぼだい)に仙としての修行を叩き込まれ、多くの仙術(せんじゅつ)を習得していた。まだすべてではないが、その仙術を使えば龍宮の奥まで入り込むことはそう難しいことではなかった。


「うわー、すげぇーなコレ!」


 龍宮から持ち帰った品々は、どれも今まで悟空が見たことがない物ばかりだった。キン斗雲に乗れば空の彼方(かなた)まで行け、歩雲履(ほうんり)を履けばふわふわと浮かぶ雲の上を簡単に歩くことができ、躑躅(つつじ)色の防具は驚くほど軽く重さを感じない。如意金箍棒(にょいきんこぼう)は “小さくなれ!” と言えば縫い針ほどになったし、“大きくなれ!” と言えば須弥山にある一番の大木よりも大きくなった。そして “長くなれ!” と言えば、上は天まで下は地獄にまで届いたのだ。

 生まれ故郷(こきょう)花果山(かかざん)の山中にある滝の前の大きな岩に座り、如意金箍棒を自由自在に動かしていた悟空は、片手に持つ(じゅく)した桃にかぶりついた。


「うまーーい!! なんだコレ!?」


 この桃は、キン斗雲に乗り上へ上へと目指した悟空がたどり着いた先にあった “天空の果樹園” からとって来たものだった。天界に行ったことがない悟空は知らなかったが、あの天空にあった果樹園は、かの西王母(せいおうぼ)が特別に許可をもらい仙人達に管理させていた蟠桃果(ばんとうか)専用の蟠桃園(ばんとうえん)だったのだ。

 本来、蟠桃果は天上界の道界と仏界の間にある長く折れ曲がった樹廻廊(じゅかいろう)と言われる場所にだけ存在する、めったに見ることができない桃。その桃は平たくつぶれた形をしており、全体は純白の雪のように白く、だが一部に牡丹の花が咲いたように紫がかった濃い紅色がある。(じゅく)すまでには長い年月を要し、三千年に一度熟す桃を食べれば仙人に、六千年に一度熟す桃を食べれば不老長生(ふろうちょうせい)に、九千年に一度熟す桃は天地日月(じつげつ)と同じだけ生きられると言われている。

 西王母の蟠桃園にある桃は、なにかの理由で地上に落ちた桃だ。天上界の樹廻廊にある桃は上界の霊気を浴びて育つため、大変美味しく素晴らしい効能(こうのう)を発揮するが、地上に落ちた桃は違う。地上に落ちたことでその効能のほとんどを失い、樹廻廊の桃ほどの効能はなくなるのだ。

 だがそれでも、その蟠桃果を食べれば人間はその寿命(じゅみょう)を伸ばすことができた。しかしそれは、人間の世では悲劇しか生み出さなかった。山中で普通の桃と勘違いして蟠桃果を食べてしまった者は、家族や村人達が年老いて行くなか年をとらず、人として生きて行くことができなかった。

 地上に落ちた蟠桃果は、仏閣や道観などの気の強い場所以外ではほんの一瞬しか人の前に現れず、たくさんの桃があろうともたった一つしかつみとることができなかったからだ。だからその実を食べた者は、自分を知る人間が一人もいなくなった世で家族を思い出し、寂しさと苦痛のうちにその一生を終えるか、(みにく)い妖怪に成り果てるしかなかった。

 天上界からこれらの悲劇を見ていた西王母は、地上に落ちた蟠桃果を見つけては自分の果樹園に持ってこさせていた。そしてその桃は時間がたつにつれて、上界の霊気を浴び効能を取り戻して行ったのだ。

 いつの間にか西王母の果樹園は蟠桃園となり、悟空はその蟠桃園から桃をとって来てしまった。だが、そんなことを知らない悟空は、たまたま行った先にあった天空の果樹園から桃を少しとって来たくらいの感覚しかなく、その桃を(しょく)せばどうなるのかなど考えてもいなかった。そして、天空の果樹園の桃のことなど、悟空の記憶からすぐに消え去って行ってしまうのだ。


「キキッ」


 桃にかぶりついていた悟空がなにかの鳴き声に顔をあげて前を見ると、少し離れた木の根元から小猿が悟空を見つめていた。その小さな猿は、この世界でも珍しい琥珀(こはく)色の毛並みを持つ猿。長い尻尾がゆらゆらと揺れ、興味津々(きょうみしんしん)と言った様子で此方(こちら)を見つめている。

 木の根元から見える小猿の顔と自分が手に持つ桃を交互に見つめた悟空は、小猿に向かって


()うか?」


 と、言った。小猿は悟空の声に、“わからない” とでも言うようにその首を傾ける。悟空はその見目(みめ)から人からは嫌われ、須弥山にいる仙達からは気にも止められない。仙人と言う者は、変わり者が多いのだ。

 目の前の小猿の琥珀色の毛並みに親近感を覚えた悟空は、“ほら” と言って持っていた桃を小猿に向かって投げた。その桃を食べることで、猿達の身にどんな変化が訪れるのかも知らず。

仏法→仏になる方法。ここでは仏教そのもの

宴→宴会の古称、および別称

怒り心頭→怒りが心の中に生じる、激怒する、という意味の『怒り心頭に発する』という慣用句の略

鬱憤→心の中に積もり重なった怒り、恨み。不平・不満が心に積もりこもること

仙術→仙人の行う術。また、仙人になるための術

西王母→中国の神話に出てくる女神で、西方の瑤地(ようち)に住むと言われているが、西遊記では天宮(てんぐう)にいることになっている

不老長生→いつまでも年老いることなく長生きすること

効能→よい結果をもたらすはたらき。ききめ

発揮→持っている力などを外に表し出して、働かせること

寿命→命がある間の長さのこと

興味津々→興味が尽きないさま。あとからあとから興味がわくさま

見目→顔立ち。見た感じ

親近感→親しみやすい感じ



先月購入した漢服の資料本、中国語のアプリを使ってみてもイマイチ、いやイマニくらいわからない。(T_T)

読める漢字だけをもとに、わかった所から少しキャラの服の変更があるかもしれません。m(__)m


4月になり暖かくなってきたので、投稿の間隔を去年と同じくらいに戻そうかと思います。


次回投稿は、7日か8日が目標です。

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