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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
序章
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いつかのあの日《五》

 あれから二十日の時が過ぎ、赤紅で穢れた地は数日を掛けて浄化され、朱雀門(すざくもん)紫微宮(しびきゅう)を護る兵達も補充された。

 そして今日、あの事件以降初の朝議(ちょうぎ)が開かれ、多くの官人や武人達が登庁(とうちょう)し、玉座の間は天人(てんじん)達で埋め尽くされていた。さまざまな話し合いが行われ、最後に上界(じょうかい)すべての護りと下界(げかい)討伐(とうばつ)についての話し合いが行われた。

 通常、上界・下界を問わず、戦いに(おもむ)くのはナタの役目だ。天人は殺生を嫌うため、この役目は下界の地で(まだら)として生まれた使い捨てがきくナタが行く。ナタはその為に上界に連れて来られ、住むことを許されたのだから。しかし、ナタはまだ目覚める気配もなく眠り続けている。


「ナタが目覚めるまでは、我が一族のすべてをかけて戦わせていただく」


 托塔天(たくとうてん)はそう言いきった。一族皆の命をかけると。だが


「それで、本当に護りきれるのか」


 と声を上げ、一人の青年が入ってきた。


「何故お前が」


 そう声に出したのは誰だったか。

 “此処はお前ごときが足を踏み入れてよい場所ではない。身の程をわきまえろ。”と、今までなら言われただろうか。鶯光帝(おうこうてい)(おい)と言えば聞こえはいいが、所詮は最下級神の父、斑の血を引く()()()()あってはならない存在だ。

 だが、誰もがその口をつぐんだ。何故なら、現れたその男の萌黄(もえぎ)色の(きぬ)はいつもと変わらなかったが、その上に猩々緋(しょうじょうひ)色の衣を(まと)っていたからだ。

 猩々緋色は愛染明王(あいぜんみょうおう)一族のみが身に着けることを許される色。あの沙麼蘿公女(さばらこうじょ)も、この色の衣を纏っていた。

 萌黄色に、聖宮(せいぐう)から引き継いだ徽章(きしょう)である天華(てんか)の花が舞う衣は、天帝一族の証。天帝一族は皆、天華の花が徽章であるが、その色や形、数によって誰なのかが分かる。たとえ()()()()()とされていたとしても、天帝一族であると言うだけで、この上界の頂点に属すると言うことであるのに、その上に愛染明王の後ろ楯があると、この男は(あん)に言っているのだ。

 しかもそれだけではなく、沙麼蘿公女亡き後であるにも関わらず、皇の右の手首には彼女と同じような阿修羅王(あしゅらおう)の徽章である宝相華(ほうそうげ)の図柄が入った白金(はっきん)腕釧(わんせん)が以前と変わらずにはめられ、その左耳には同じく沙麼蘿と同じ耳飾(じしょく)がまだ着けられていた。

 いずれも、沙麼蘿公女の力の暴発を防ぐために、皇に貸し与えられていたに過ぎない。なのになぜ、沙麼蘿亡き後も皇が()()()()を身に着けているのか。

 それは、阿修羅王が自らの意思で宝具(ほうぐ)を与えたと言うことだ。皇の後ろ楯であることを、宣言していると言うことなのだ。何の駆け引きや取り引きもなく、愛染明王と阿修羅王の後ろ楯を得た皇を、誰一人として軽んじることは、もうできない。ぞんざいに扱うことは、もう許されないのだ。

 皇は毅然(きぜん)とした態度で玉座の下まで来ると、皆の方を見つめ


「私の義妹(いもうと)を犠牲にして得た安寧(あんねい)だ。これを揺るがすことは、この私が赦さない」


 と言った。そして


「ナタが目覚めるまで、いや、目覚めた後も、この道界の護りの一端(いったん)は私が(にな)おう。以後、これについて他人の意見は聞かぬ。よいか」


 と、托塔天を見据えた。托塔天は、はっ、とだけ答え(こうべ)を垂れた。


「御許しいただけようか、伯父上」


 あえて、皇は()()()と言って、鶯光帝を見た。

 おぞましい……と、鶯光帝は思う。この道界でもっとも美しく高貴な色と(うた)われた、妹の聖宮と同じ灰簾色(かいれんせき)の髪と双眸(そうぼう)をしておきながら、その身に赤い衣を纏うとは。まるであの日、自らの赤紅に染まり亡くなった父、蒼光帝(そうこうてい)のようではないか。


「許す。好きにするがいい」


 仏界の二神を盾にするか、と言いたいところではあるが、鶯光帝は玉座から立ち上がると


「以後、警戒は上げたまま、下界の討伐は托塔天に任せる。よいな」


 と皆を一瞥(いちべつ)し、その場を後にした。









「只今戻りました」


 道界から仏界に戻った観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)は、釈迦如来(しゃかにょらい)に挨拶をした。


「どうでしたか、あちらは」


 道界での惨事(さんじ)は、こちらでも聞き及んでいる。何より、沙麼蘿(アレ)遺骸(いがい)をこちらに持ち帰ることが一番の大事だ。


「アレの遺骸は持ち帰って参りました。ナタはまだ目覚める気配はございませんが、皇がおりますゆえ大丈夫かと」

「皇が」


 何故皇が出てくるのかと(いぶか)しむ釈迦如来に


「阿修羅は、アレの制御の為に皇に与えていた二つの宝具に関しては、自分に返す必要はない、と」


 と、語った。


「そうか、宝具二つを」


 呟く釈迦如来を前に、それに、と勢至菩薩(せいしぼさつ)が話を続ける。


「愛染も、皇のために衣を仕立てて渡したとか。阿修羅の宝具に愛染の衣、皇は一夜にして確固たる地位を得たことでしょう」

「貴方の与えた大神もいますからね」


 話を聞いていた阿弥陀如来(あみだにょらい)が声をかける。


()()()()()、と言う訳ではないのですが」


 そう、皇に渡した訳ではなく、鶯光帝に友好の印として送ったものが、二頭共聖宮と皇の元に行き着いたと言うだけのことなのだ。


沙麼蘿(あのこ)の遺骸、どうします。私の極楽浄土(ごくらくじょうど)で引き受けましょうか」


 阿弥陀如来の言葉に


「私の瑠璃光浄土(るりこうじょうど)でも構いませんよ」


 と、薬師如来(やくしにょらい)も言った。だが、観世音菩薩は言いにくそうに


「愛染が、自分の持つ地に置くと。既に、埋葬も終えているかと」


 と言った。そう、沙麼蘿の遺骸を持ち帰る途中、仏界に入った途端何処からともなく現れた愛染の眷属達は、何がと言う決定的な言葉があったわけではないが、沙麼蘿の遺骸を持って行ってしまったのだ。


「それは……」


 と、誰かが言った時


「仕方がないでしょう。一族の中でただ一人、見ることも触れることすらできなかった子です。自らの()()()置きたいのでしょう。よいのではありませんか」


 と、大日如来(だいにちにょらい)の声がした。


「そうですね。これから先下界で起こる厄災を考えれば、こちらにアレの遺骸があるだけでよいでしょう」


 釈迦如来の言葉に、皆は頷きあった。


 そして、仏界にて浄化を終えた桜の泪は、信頼のおける下界の寺院へと下げ渡された。


これが、下界にて様々な争いを起こすことになる “天上の桜” の始まりである。

耳飾→ここではイヤーカフ

毅然→意志が強くしっかりしていて物事に動じないさま

安寧→無事でやすらかなこと

一瞥→ちらっと見ること

訝しむ→物事が不明であることを怪しく思うさま

極楽浄土→一切の煩悩やけがれのない世界

瑠璃光浄土→瑠璃の大地、建物や用具は七宝造りの世界



序章は今回で終了です。次回からやっと本編に。これからはわかりやすくルビも

序章→耳飾→じしょく

本編→耳飾→イヤーカフ

にしようかと思います。


次回の投稿は19日を目標にしたいと思います。

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