表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
48/203

第五部 天の原と戦の原に舞う紅の花《五》

 “聖宮(せいぐう)の元に行きたい” と、花薔(かしょう)は言う。

 だが、聖宮は生まれ変わるための輪廻(りんね)の中に入ってはいない。そして、死者が行く幽冥界(ゆうめいかい)にも行ってはいないのだ。

 聖宮が居るのは修羅界(しゅらかい)冥府(めいふ)の間の外れにある黄泉(よみ)だ。黄泉は何らかの思いが残り地上から離れられない者、または何故(なぜ)か冥府にたどり着くことが出来なかった者が最終的にいき着く場所だ。

 黄泉は修羅界の箱庭とも呼ばれ、修羅界にある泉の一つから見ることができ、そこから黄泉に干渉(かんしょう)することもできる。その修羅界からの干渉のせいで、黄泉は安心して暮らせる場所ではない。


「花薔、聖宮が居るのは……」

「黄泉…、で…ございましょう」


 そう呟く花薔に、黄泉への恐れの色はないようだった。


「あの時…、聖宮はおっしゃったのです」

(わたくし)達、家族のように暮らしていきましょう』


 花薔は、貧しかったけれど家族が大好きだった。自分に(せん)の才能があると師匠(ししょう)地仙(ちせん)に言われたとき、自分が仙になれば家族が生きていけると喜んだ。確かに、家族は花薔の作り出す薬のおかげで人並みの生活ができるようになった。

 だがそれば、花薔とその家族が違う時を生きることでもあった。(ふもと)とはいえ須弥山(しゅみせん)で暮らす花薔は年をとらず、下界で暮らす両親はあっという間に年老いてしまったのだ。()()()ては、ある日兄弟達の元に行くと、(いくさ)で村がなくなり行方不明になっていた。

 それから花薔はただ一人、どうすれば家族を、兄弟達を護れたのかと思い生きてきた。家族をなくし、ひとりぼっちになって、ただ薬学だけを頼りに。

 その話を聞いた聖宮は “本当の家族になるとは出来ないかもしれないけれど、(わたくし)達、家族のように暮らしていきましょう” そう言って、花薔の手を取り微笑(ほほえ)んだのだ。ひとりぼっちだった花薔に、希望の光が灯った瞬間だった。

 その聖宮の一言で花薔の心が救われたのも、また確かなこと。花薔は、なくしてしまった兄弟達の分も聖宮にお仕えし護っていこうと決めたのだ。


「御嬢…様……、どうか、私を…黄泉に……。聖宮がお一人で…、困っておられます」


 聖宮が黄泉に引きずり込まれたのは偶然。冥府(めいふ)へ向かう途中に聞こえた助けを求める声を、聖宮は捨て置くことが出来なかった。沙麼蘿(さばら)は、“ふっ” と小さく息を吐いて花薔を見つめる。

 そして、花薔の手に重ねていた右手で自らの(きぬ)背子(はいし)に手をかけると、そこにあった模様(もよう)のように縫い付けられた七色に輝く透明な飾りを(いく)つか掴み取った。何事か呟きながらそれを握りしめると、ふわっと握りしめられた指の間から紅色の光がもれはじめる。


()れを持って、決して離さぬように。よいか」


 沙麼蘿は花薔の手に()()を握らせると、上からそっと手を重ねる。


「この光が指し示す方向に行くのだ。後の使い方は聖宮が知っている」


 冥府は焔摩天(えんまてん)管轄(かんかつ)だが、冥府までの道のりであれば此方(こちら)からも手が出せる。愛染明王(あいぜんみょうおう)の力なら、花薔を黄泉(よみ)まで連れて行くことができるはずだ。そして黄泉では、阿修羅(あしゅら)の力が修羅界(しゅらかい)からの護りになることは間違いない。


「安心して眠るがいい。次に目覚めた時には、聖宮に会うことができる」


 沙麼蘿の言葉に、花薔は静かに頷いた。


(すめらぎ)様のこと…、どう…か、どうか…、お願いいたし…ます。御嬢…様……」


 そっと、花薔の(まぶた)が落ちていく。だが、その表情は安らかな笑みに満ち溢れていた。沙麼蘿の冷たい手が、花薔に絶対的な安心感を与えていたからだ。


「花薔」


 沙麼蘿の言葉に、花薔がその睛眸(ひとみ)を開くことは、もうない。その時、そろりと琉格泉(るうの)須格泉(すうの)が入ってきた。


『いったのか』

「あぁ」


 琉格泉に答えた沙麼蘿の元に、須格泉がすり寄ってくる。


「久しぶりだな、須格泉」


 そっと、沙麼蘿が須格泉の頭を撫でる。


『皇に、会ってはいかないのか』

「もう、時間ぎれだ」


 そう、もう時間ぎれなのだ。今の沙麼蘿は神ではない。人間と半神から生まれた、人間でも神でも妖怪でもない存在。それが、阿修羅から届けられた宝具により、ほんの一時(いっとき)仏神(ぶっじん)の姿を保っているにすぎない。

 (ゆえ)に、沙麼蘿が上界(ここ)にとどまることは出来ない。皇も、それが分かっていればこそ自分のことは何も言わず、花薔のことだけをナタに託した。最後に、花薔の願いを叶えて欲しいと。

 聖宮亡きあと、花薔は皇にとって母親代わりであり姉代わりでもあった。それが分かっていればこそ、沙麼蘿も真っ直ぐに花薔の元へと向かったのだ。

 沙麼蘿が最後に、花薔仙女の(かお)に触れた時


花薔仙女(かしょうせんにょ)


 と声がして、一人の女が入ってきた。名を、花梨(かりん)と言う。花梨は、まさか花薔仙女の臥室(しんしつ)に他の誰かがいるとは思いもせず、ちらりと見た臥牀(しんだい)の近くに猩々緋(しょうじょうひ)色の(きぬ)が見え、皇が来ているのかと思った。

 だが、しかし。その猩々緋色の衣の上に七色に輝く透明な飾りが幾つもつけられているのを見てとると、それが皇の(もの)ではないことが分かり “はっ” と息を飲む。そして両手に持っていた花薔の薬が乗せられたお(ぼん)を足元に置き、急ぎその場で平伏(へいふく)する。

 次に花梨が少し(かお)をあげ猩々緋色の(すそ)を見た時には、その猩々緋色の(きぬ)は透けるように薄くなりすっーと消えていった。花梨が少しずつ臥牀(しんだい)に視線を移すと、臥牀の側には(すで)に須格泉しかいなかったのである。

輪廻→霊魂が、人間、動物あるいは場合によっては植物などと、1つもしくはそれ以上の存在に次々に生まれ変わっていくとする思想。信仰

幽冥界→あの世

冥府→死後の世界。特に、地獄。閻魔(えんま)の庁

黄泉→死後、その魂が行くとされている地下の世界。ここでは、修羅界と幽冥界の間にある、思いを残した人がたどり着く場所

箱庭→ミニチュアの庭園。子供の遊び心

干渉→一国がみずから処理しうる事項に立ち入って、強制的にこの国を自己の意思に従わせようとすること

挙げ句の果て→挙げ句を強めた言い方。最後の最後には。とどのまつり

背子→袖のない上衣。ここでは袖のない丈の長い唐衣(からぎぬ)

焔摩天→閻魔大王

管轄→一般には国家の主権や官庁の権限の及ぶ範囲をいう

一時→わずかな時間。しばらくの間

平伏→両手をつき、頭が地面や畳につくほどに下げて礼をすること。ひれふすこと



今年の更新はこれで最後になります。四月から投稿を開始し、週一投稿を目指して頑張ってきました。o(^o^)o

一度も休むことなく投稿出来ましたのは、読んで下っている皆様のおかげです。本当にありがとうございました!!m(__)m


寒さに弱い私は、来年の更新は寒い時期だけ十日に一度の更新にさせていただきたいと思います。春になりましたら週一更新に戻しますので、よろしくお願いいたします。m(__)m



次回投稿は1月8日か9日が目標です。



それでは皆様、よいお年を!!\(^o^)/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ