表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
47/203

第五部 天の原と戦の原に舞う紅の花《四》

 静寂(せいじゃく)沈黙(ちんもく)が支配する、紅藤(べにふじ)色の空。昼間の(まぶ)しく暖かい陽射(ひざ)しが降り注ぐ時間帯と違い、今は光が彩りを落とし少しだけ冷たい夜の風が吹き抜ける。

 下界の夜とは違い、ここ上界には暗闇の夜は存在しない。上界では、下界の(あかつき)程の色合いが夜の景色なのだ。




 沙麼蘿(さばら)は、琉格泉(るうの)と共にそっと道界(どうかい)朱雀門(すざくもん)にその姿を現した。そばにある霊獣(れいじゅう)朱雀が住まう朱雀宮から(わず)かな音がして、その宮の主が顔を(のぞ)かせる。

 一瞬、ほんの一瞬、霊獣(れいじゅう)と言うこの上界を護る聖なる身でありながら、朱雀のその琥珀(こはく)色の睛眸(ひとみ)に憎しみの炎が宿ったのを、沙麼蘿は見逃さなかった。そして次にはひどく冷たい睛眸で、朱雀は沙麼蘿を射貫(いぬ)くように見つめる。しかし、それは沙麼蘿も同じだった。

 あの日、鶯光帝(おうこうてい)は言ったのだ


捕獲(ほかく)せよ!!』


 と。“なんて酷いことを……” そう呟いた聖宮(せいぐう)の声は、今も沙麼蘿の耳に残っている。


『お願い沙麼蘿、助けて』


 一度禁断の方術(ほうじゅつ)に頼ることを覚えた天人(てんじん)達は、もはやそれなしにはいられない。聖宮の弱々しい言葉に、その日沙麼蘿は力を解放した。


『お前達さえ……』


 朱雀が、沙麼蘿に向かって呟く。沙麼蘿は黙ってその呟きを受け止めた。そこには、大切なものを奪われた側と、奪い取った側のせめぎ合いがあるようにも見える。まるで、氷の火花が散るような(にら)み合いの朱雀と沙麼蘿の間に割って入った琉格泉が、そっと沙麼蘿の足元にすり寄った。


「分かっている」


 そう呟いた沙麼蘿が、琉格泉の頭を一撫でする。そして朱雀に冷たい()めた笑みを向けると、沙麼蘿と琉格泉は朱雀の前から消え去って行った。その後には、まるで忌々(いまいま)しいと言わんばかりの朱雀だけが残されていた。




 久しぶりに訪れた蒼宮(そうきゅう)は、あの日沙麼蘿が此処(ここ)を出た時と何も変わっていなかった。四つある離宮の中で、蒼光帝(そうこうてい)が一番多くの時間を過ごした蒼宮。蒼光帝から娘の聖宮(せいぐう)へ、そしてその息子の(すめらぎ)へと主は代わっても、この蒼宮が変わることはない。

 沙麼蘿は見知ったその場所を、足を止めることなく一つの堂室(へや)へと向かって歩く。ひっそりとしたその臥室(しんしつ)の中には丸い(たく)と二(きゃく)椅子(いす)があり、続きの間の窓辺には卓子(つくえ)と椅子と(たな)があった。壁際に置かれた臥牀(しんだい)には質の良い(ふとん)。そこから、(わず)かに苦し気な吐息(といき)が漏れ聞こえている。

 沙麼蘿は臥牀に近付きその端に腰を下ろすと、そこに眠る女仙(じょせん)の顔を覗き込む。あの日に見たその(かお)よりも、僅かに年老いて熱を持った面がそこにはあった。

 長い時を生きる女仙であれば別れたあの日と変わらぬ容姿であってよいものを、僅かに年老いたその(かお)に、如何(いか)にして皇に仕え生きてきたのかが(うかが)える。

 沙麼蘿が花薔(かしょう)仙女(せんにょ)堂室(へや)へ入ったことを見届けた琉格泉が、廊屋(ろうか)へと進み出て消えて行く。(ふとん)の上にある花薔の左手の上に、沙麼蘿はその右手を重ねた。


「花薔」


 熱く息苦しい中、冷たい何かが花薔の手に触れて、その冷たさが心地よいと花薔は思った。ひどく懐かしさを感じさせるその感覚に、その重い(まぶた)をゆっくりと開く。

 すると、その睛眸(ひとみ)に映り込んだのは、思いもよらない懐かしい姿。“御嬢様” と呼び、過ごした日々。花薔にとっては、皇と共に大切で大切で仕方なかった御嬢様。

 それが、別れになるとは思いもせずに、あの日 “行ってらっしゃいませ” と送り出した。


「お…嬢…様……」


 花薔の睛眸が見開かれ、一筋の(なみだ)がこぼれ落ちる。


「花薔」


 沙麼蘿の声は、今まで花薔が聞いたことがない程に優しかった。


「あ…ぁ………。なん…と……、なんと、幸せなことでございましょうか。最後に、御嬢様にお会いできるとは」

「よく頑張ってくれた。花薔の働きで、皇は今の地位を得られたのだ」


 その言葉に、“いいえ、いいえ” と花薔は小さく首を左右に振った。


阿修羅王(あしゅらおう)と、愛染王(あいぜんおう)の…おかげでございます。私は…何も……」

「花薔が、命を削って皇の仲間を作ってくれたのだろう」


 “いえ、そのような” と花薔は言うが、花薔は何時(いつ)だって聖宮、皇、沙麼蘿のために、その命を削ることを(いと)わなかった。

 花薔は地仙(ちせん)の中でも、薬学を得意としている。薬を作り出す知識を持った師匠の元で修行をし、その腕前を買われ須弥山(しゅみせん)から道界へとやってきたのだ。

 貧しい家に生まれ、生きるのにも苦労していた時に師匠である地仙と会い、須弥山の(ふもと)で薬学を勉強しながら師匠に学んだ。

 下界と上界では時の流れが違うように、下界と須弥山でも時の流れは違う。上界程ではないにしても、下界よりは時の流れが遅いのだ。

 花薔は、須弥山で作った薬を売りながら下界の家族を支えたが、須弥山で生きる花薔にとって両親との別れは早かった。下界では、長い時間が過ぎていたのだ。

 花薔は、兄弟達までは生活の()しにと薬を渡していたが、ある日下界の村に行くと(いくさ)で村はなくなっていた。

 それからは家族もなく、花薔は薬学だけを頼りに生きてきた。そう、道界で聖宮に会うまでは。


「御嬢…様……。私…は……、聖宮の元に…行きたいのです」


 その言葉に、沙麼蘿は僅かにその睛眸を見開いた。

紅藤色→紅がかった藤色のことで赤みの淡い紫色

暁→太陽の昇る前のほの暗いころ

射貫く→射た矢がねらった物を貫き通す。射通す

捕獲→動物などを捕らえること。いけどる

方術→不老不死の術や医術・易占など方士の行う術

冷たい醒めた笑み→相手を見下した笑み

忌々しい→非常に腹立たしく感じる。しゃくにさわる

如何にして→どうやって

厭わない→物事を行うことに後ろ向きでないさま

地仙→地上にいる仙人

足し→不足を補うもの。補い



今回は天上界の離宮での話のため、それらしくするのに少し難しい書き方になりました。“部屋→堂屋” とか “寝室→臥室” とか。参考書は十二○記と漢和辞典で。(^^;



次回投稿は28日か29日が目標です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ