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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
41/203

第四部 幻想の箱庭に咲く華《八》

 沙麼蘿(さばら)は、(チュワン)が飛んできた方向にその双眸(そうぼう)を向けた。そこに居たのは六人ほどの人影。

 中央にいる一人は白百合(わずかに黄みの白)(いろ)の武術服のような服を着て、特徴的な斜め襟に小花(しょうか)の舞う刺繍が(ほどこ)されている。同じ色の薄絹の肩巾(スカーフ)を頭から目深(まぶか)に被り、左手で持つ肩巾の端で口元を隠しており、その(かお)はよく見えない。

 (わず)かに右手を上げたその女は、後ろに控える男達に “行け!” っと合図をした。それを待っていたかのように、後ろに控えていた男達が一斉に動き出す。


()()()()交ざるつもりはない」


 沙麼蘿と対峙(たいじ)していた蜃景(しんき)はそう言うと、風のようにすうーっと消え去り華風丹(かふに)達の横に姿を現した。




 蜃景と入れ替わるように現れた男達は手にさまざまな武器を持ち、玄奘達に襲いかかってきた。


「させるかーっ!!」


 咄嗟(とっさ)に悟空の如意金箍棒(にょいきんこぼう)が伸びて相手の道を塞ぎ、八戒が(ゴン)を構え()()り、悟浄が三節棍(さんせつこん)を振るう。だが敵もさる者、戦う仲間を踏み台にして二人の刺客が玄奘の元に向かいその剣を振り上げた。




 男達の戦いを垣間見(かいまみ)ながら、女は少し離れた場所にいる華風丹(かふに)に向き直る。


「これはこれは華風丹様」


 大げさにも見える言い方で女は華風丹に声をかけ、その頭を下げた。


「元気そうね、花韮(かきゅう)

「はい。今日は、連翹(れんぎょう)様もご一緒なのですか」

紫苑(しおん)と蜃景のことかしら。(わたくし)はただ、あの化け物の氣にひかれてきただけよ。貴女(あなた)もそうでしょう、花韮」


 華風丹のことばに白百合色の服の女、花韮は戦う男達の方を見た。確かに、自分も激しい氣に引き寄せられ此処(ここ)にきたに過ぎない。だが、それは正解だった。

 なぜなら、天上の桜の鍵を持つ者がいたのだから。だが、化け物とはどういうことか。その答えを、花韮は直ぐに見せつけられることになる。




 玄奘はその手に持つ双剣で二人を迎え撃ち、素早く立ち回る。しかし、そのうちの一人が()緑松(りょくしょう)に剣を向け、それに気づいた琉格泉(るうの)が男の前に立ちはだかった。

 遠慮(えんりょ)なく琉格泉に振り上げられたその手を、沙麼蘿の手が(つか)みあげる。手を掴まれた男は当然のように振り返り、己の腕を掴みあげる沙麼蘿のその面を見た。

 それは一瞬、ほんの一瞬だった。だが、男の双眸と沙麼蘿の双眸が重なり合った瞬間


「……ッ……!!」


 男の身体は、中から崩れ落ちるように壊れさって行く。沙麼蘿は自分の(てのひら)の中で消えさり粒子となって行くそれを、感情のこもらぬ睛眸(ひとみ)で見つめていた。

 男が消え去ると、琉格泉がそろりと沙麼蘿の元にやってくる。大神(オオカミ)とは最も聖獣に近い生き物だ。血にまみれれば大神としての力を(うしな)い、只の狼に成り果てる。沙麼蘿は、そっと琉格泉の頭を撫でた。




「何だあれは!!」


 思わずそう叫んだのは、華風丹の後ろに控えていた苧環(おだまき)だった。華風丹は扇で口元を隠しながら


「お母様から聞いていたとおりね。これが心を持たず、世界を()()す力の一端(いったん)


 と呟く。花韮は、華風丹の言う “化け物” の言葉の意味を知り


「何なの、あれは!」


 と言った。そしてそっと手を上げ合図を送ると、男達を呼び戻した。


「無駄に兵を減らすわけにはいかない。でも」


 そう、無駄に兵は減らせない。だが、目前(もくぜん)に天上の桜の鍵があると知りながら、引き下がる訳にもいかないのだ。

 花韮は、隠し持っていた(チュワン)を玄奘に向かって投げつける。だが、それにいち早く気づいたのは八戒だった。




 八戒が弓を構え、そして弦に右手を添えた。すると、右手人差し指の指環(ゆびわ)と細かい鎖のようなもので繋がれた小指の指環(ゆびわ)の間から三本の()が現れる。八戒は、一斉にその三本の箭を圏に向け射った。

 八戒の指先から放たれた箭のうち、二本は花韮が投げた圏に命中し共に地面に落ちる。そして残りの一本は圏の直ぐ上を通りすぎ、花韮の(かお)めがけ飛んできた。僅かに花韮が面を横に逸らせたことで、箭の先が花韮が頭から目深(まぶか)に被る肩巾(スカーフ)の端に突き刺さり、肩巾と共に飛んでいく。

 箭が肩巾を取り去ったことにより、花韮のその面が露になった。横を向いてたいた花韮が、箭を放った八戒の方を見つめる。その花韮の面を見て息を飲んだのは、悟浄だった。

 双眸(そうぼう)は見開かれ、唇がわなわなと震え、息さえするのも忘れ悟浄は狼狽(ろうばい)する。棒立(ぼうだ)ちになりながらも、僅かに開かれた唇から


「姉…、貴」


 と、声が漏れた。




『行き…な…さい、悟浄……』

『姉貴、しっかりしろ!!』

『私…は…、もう…ダメ…よ……。母さん…が…助けて…くれた…命……。悟浄…だけ…でも…、生き…て……。私や…母さんの…分…も…、生きる…の…よ…悟…浄……』

『姉貴! 姉貴ーーー!!』



 悟浄の目前に、あの日の光景が(よみがえ)る。命懸けで自分達を逃がしてくれた母親。山の中を姉を連れて走った。だが、無情にも姉の背中を二本の()が貫いたのだ。

 崩れ落ちた姉を抱き締めたあの日、姉は確かにあの場所で息絶えたはずだった。だが、今此方(こちら)を見据えるその姿。

 自分と同じ消炭色(けしずみいろ)の長い髪を一つにまとめ、自分と同じ消炭色をした二つの睛眸(ひとみ)も、まさに姉ではないか!

 無意識に、足が姉に向かって進み出す。何かを求めるように差し出された手が宙に舞い


「姉貴!」


 と叫び声が出た。

目深→帽子などを目の隠れるくらいに深くかぶるさま

垣間見る→ちらっと見る

一端→一部

目前→見ている目の前。転じて、きわめて近いこと

狼狽→あわてふためくこと。うろたえること

消炭色→消し炭のような橙みの暗い灰色。黒に近い灰色



※名前について

登場人物が増えるにつれ、名前をつけるのが難しくなってきました。(^o^;)

個人的に大好きな “十二○記” の作者様は “中国の人名辞典” を参考にされているそうでちょっと調べてみたのですが、これがお高い! と言うことで、私は今のところ “幻想世界のネーミング辞典” と 花の名前から名前を決めています。まんま日本語じゃないか! と言う所は、気にしないでいただけると嬉しいです。ちなみに


丁香→中国語でライラック→丁香(ディンシャン)

緑松→中国語でトルコ石→緑松石(リュウソンシー)

山茶→中国語で椿→山茶(シャンチャー)

蜃景→中国語で蜃気楼→蜃景(シェンジン)


花の名前から

レンギョウ→連翹

シオン→紫苑

ユウゼンギク→友禅菊→友禅

マリーゴールド→千寿菊→千寿

オダマキ→苧環

ハナニラ→花韮(はなにら)→花韮



次回投稿は22日か23日が目標です。


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