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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
序章
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いつかのあの日《四》

あれ、終わらなかった。すみません、上界編あと一話だけ続きます。

 (すめらぎ)は血だらけで、紫微宮(しびきゅう)の離れにいた。扉の鍵は閉められ、窓まで開かぬように固定されている。まるで、二度と外に出ることができぬようではないか、と思う。皇は自嘲(じちょう)的な笑みを浮かべると、先程のことを思い出していた。


()()をこちらへ」


 観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)は何の感情も含まぬ声で、沙麼蘿(さばら)遺骸(いがい)を見つめながらそう言った。


「お連れにならないで下さい」


 皇は、沙麼蘿を抱き締める(かいな)に力を込め、観世音菩薩を見つめる。


「皇、ソレは()()()置いていてよいものではない。わかっていよう、死してなお、危険なものなのだ」


 だが、そんな言葉一つで、皇には諦められるものではなかった。


「皇」

「私から、奪われるか」


 今まで、捨て置かれたくせに。皇は、観世音菩薩を見た。


「皇、()()は此処には置けぬ。聖宮の隣で眠らせることはできないのだ。ソレは()()()()()だからな。連れて行け」


 観世音菩薩は後ろに控えていた童子(どうじ)達に命じ、皇の腕から沙麼蘿の遺骸を受け取ろうとする。童子達は皆手に鈍色(にびいろ)の布のようなものを持っており、それを広げ近寄る。


「そんな暗いものの中に入れられるのか」


 理不尽な、と言うように皇は呟いた。 鈍色は、凶事(きょうじ)のときに使われる色だ。だが、まるで物のように身体を布で巻きつけられ、たった一人で暗い闇の中に葬り去られるというのか。


「お待ちを……!」


 思わず皇は声を上げ、観世音菩薩を見上げた。そして、沙麼蘿の遺骸を取り上げようとしていた童子達を制する。皇は、自らの右手人差し指につけていた母の形見の指環(ゆびわ)を外すと、それを沙麼蘿の左手の中指にそっとはめた。もう二度と動くことのない沙麼蘿の手を取り、両手を胸の前で重ね合わせ、皇もその上に手を重ねる。


「私と母上が一緒だ、これで寂しくはないだろう」


 まるで言い聞かせるように呟くと、乱れていた沙麼蘿の髪を優しく整え、皇は自らの手で鈍色の布の上へと沙麼蘿の身体を置いた。童子達の手ではなく、皇は自分の手で布をその身体に巻き付ける。


後程(のちほど)愛染(あいぜん)阿修羅(あしゅら)より使いが来よう」


 観世音菩薩はそう言うと、童子達に沙麼蘿の遺骸を運ばせ、仏界へと戻って行った。そして、それを遠巻きに見ていた紫微宮(しびきゅう)の兵達によって、まるで罪人のように皇は()()()連れて来られたのだった。

 離れは静寂に包まれ、自分以外の誰も、この世界に存在しないようではないか。と、皇はまた自嘲(じちょう)的な笑みを浮かべた。そのとき、扉の前で何かが動く音がして、大神の遠吠えが聞こえた。


須格泉(すうの)琉格泉(るうの)


 皇と共に蒼宮(そうきゅう)に住む、金色に輝く毛並みを持つ須格泉と銀色に輝く毛並みを持つ琉格泉、二頭の兄弟の遠吠えだ。


「皇様」


 少しの間をおいて、花薔仙女(かしょうせんにょ)の声も聞こえた。


「花薔」

「今、お開け致します」


 鍵を()ける音がして扉が(ひら)くと、二頭の大神が滑り込むように入ってくる。


「あぁ……、なんとお痛わしい」


 皇の姿を見た花薔は、大粒の泪をこぼした。二頭の大神達も、悲しそうに頭を下げる。


「戻りましょう蒼宮へ。そして、皆で御嬢様の弔いを致しましょう」


 泪にくれる花薔と共に、離れとは対照的にざわめく紫微宮をぬけ、皇達は蒼宮への道を急いだ。









「ナタ」


 托塔天(たくとうてん)は、手当てを終えたナタを見つめていた。

 あの時、自分がその場へ駆けつけたとき、辺りには何かの咆哮(ほうこう)が聞こえ、闇が消え去った後だった。多数の兵が倒れ赤紅(あかべに)が散り、悲惨な光景が広がるその中で、公女こうじょを抱き締めた皇が、その名を叫んでいた。そして、托塔天は見つけた。


「ナタ……!!」


 その二人の更に奥に、うつ伏せ状態で倒れるナタを。托塔天は急ぎ駆け寄り抱き上げる。


「ナタ! あぁ……ナタよ!!」


 抱き上げたナタもまた、その(あま)色の(きぬ)を赤紅に染め上げ、酷い(さま)であった。身体中を傷つけられ、左の(かいな)はもはや無いも同じだ。

 配下の者に手伝わせ、急ぎ連れ帰ったナタの手当てには、多くの時間を要した。今は落ち着いているように見えなくはないが、その命はもはや風前の(ともしび)


「托塔天、観世音菩薩がお越しになりました」


 突然、屋敷の者からかけられた声に


「通せ」


 とだけ、托塔天は答えた。案内された観世音菩薩は、後ろに二人の童子を従えて入ってきた。


「ナタの具合はいかがですか」


 心配げな観世音菩薩の声に、托塔天はぐっと声を詰まらせ


「何とも申せません」


 と答えた。観世音菩薩は眠るナタの顔を見つめると


「これをナタに」


 と言い、控える童子に目配せした。童子の一人が、手に持つ()()を托塔天に差し出す。それを見た托塔天は、双眸(そうぼう)を見開いた。


「それは、蟠桃果(ばんとうか)ではございませんか!」


 童子が差し出したそれは、一つの桃。平たくつぶれた形をしているが、色合いが明らかに普通の桃とは違う。全体は純白の雪のように白い、だが一部に牡丹の花が咲いたように紫がかった濃い紅色がある。

 道界と仏界の間にある、長く折れ曲がった樹廻廊(じゅかいろう)と言われる場所にだけ存在する、めったに見ることのできない桃だ。


「これは千五百年に一度熟する蟠桃果です。失くした左の腕を元に戻すことはできないが、食べるなり飲むなりすれば、きっとナタは元気になるでしょう」


 観世音菩薩の言葉に、托塔天は感泣(かんきゅう)しながら蟠桃果を受け取った。蟠桃果は、熟すまでの期間によって効能が変わる。

 上界にとって千五百年はわずかなものだが、それでも息子二人を既に亡くしている托塔天にとっては、とてもありがたかった。これでナタは助かる、そう思っていたとき


「またこちらは、釈迦如来(しゃかにょらい)が自らの手で摘まれた蓮華より作られたナタの防具です。目覚めたのちの、ナタの力となりましょう」


 と、もう一人の童子に目配せし、その手に持っていた荷を差し出させた。


「なんと、釈迦如来が御自(おんみずか)ら」


 托塔天は、感涙(かんるい)に震える手で荷を受け取る。そして、ナタの為に作られた防具を見た。非の打ち所のない、素晴らしい防具だった。


「ありがたい」


 そう呟いた托塔天に


「ナタは、この上界を救ったのです。ナタの力こそが、あの魔を滅する力となったのです」


 と観世音菩薩は言うと、もう一度眠るナタの姿を確認した。そして


「ナタが目覚めるまで、持ちこたえられよ」


 と言い残し、屋敷を後にした。


「ナタが目覚めるまで、我が一族でいかなる戦いからも()()()護らねばなるまい」


 托塔天は、一人決意をあらたにするのだった。



自嘲→自分で自分をあざけること

童子→子供のこと、仏・菩薩・明王などの眷属。ここでは眷属

鈍色→暗い灰色

凶事→縁起の悪い出来事、不吉なこと

感泣→深く感じて泣くこと

蓮華より作られた防具→一説にはナタは、釈迦如来が蓮の葉や根で肉体を造って蘇生させたと言われていますので、そこからナタではなく防具を作ったことにしました

感涙→感激・感動のあまり流す涙



次回、15日くらいには投稿したいです。

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