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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
35/203

第四部 幻想の箱庭に咲く華《二》

道士(どうし)!」


 山茶(さんさ)宿坊(しゅくぼう)の広間に駆けつけた時、()緑松(りょくしょう)弟子(でし)達と共にいた。参拝者達を前に、弟子の一人が宿坊の説明をしているのを、後ろで聞いていたのだ。


「季道士、そいつは人間じゃない! 敵だ! 玄奘(げんじょう)様の敵だ!」


 勢いよく駆け込んできた山茶の言葉に、その場にいた全員が驚いて、山茶が指差した方を見つめた。そこにいたのは、参拝者達と一緒に(たたず)む一人の女。

 ごく普通の、何処(どこ)にでもいる町娘のようだった。一緒にいる他の者達と変わらぬ黒髪、黒い双眸(そうぼう)の、二十歳を少し過ぎたくらいの女。

 半色(はしたいろ)の、町娘と同じような姿をして、何食わぬ顔で自分を指差す山茶を見つめている。


「いきなり、何をおっしゃるのです。(タン)キー様」


 その声は優しげで、怪しい所は一つも見受けられない。だが


御使(みつか)い様が言ったんだ! 間違いない!」


 山茶のその言葉に、道士や兄弟子達の表情が変わった。それを瞬時に見て取った女は、その姿に似合わぬ態度で


「チッ」


 と、舌打ちした。そして今までとは打って変わった表情で


「邪魔な子ね」


 そう言って、山茶を()め付ける。だが、次の瞬間持っていた上着を目の前で振り上げると、町娘だったその姿は沙麼蘿(さばら)が着ているような襦裙(じゅくん)へと変わっていた。

 半色のその襦裙の(すそ)には、山々の刺繍(ししゅう)(ほどこ)され、その上には十五夜の月が描かれている。そしてその手には、(ピエン)を持っていた。

 鞭は、本体が柔軟で折り曲げられる。女の鞭は、鋼鉄(こうてつ)を鍛えたものをつないで作られている剣鞭(けんべん)。希少な兵器で、剣と鞭を組み合わせできている物だ。

 前方は長さ三尺(70センチ)ほどの剣、柄頭(つかがしら)に長さ五尺少々(120センチ)の鋼鉄の環を繋いだ鞭が接続されている。

 剣術の刺す・斬りつける・軽く突く・受ける・回転させる、といった技に加え、鞭のほうり投げる・引き抜く・打つ・払う、絡める、と言ったこともできるものだ。


「やっぱり、御使い様の言ったとおりだ」

「間に合った、とでも思っていて童キー様?」


 揶揄(やゆ)を含んだような女の言い方に、山茶が(まゆ)を寄せる。女は “ふん” と鼻で笑うと


「全然、()()()()()()()()わ」


 と言い、口角を上げた。


「皆、逃げて!!」

「参拝者をこちらに!!」


 山茶と緑松の声が重なりあい、弟子達が素早く動き出す。その女は、近くに参拝者がいるにも(かか)わらず、鞭を回し緑松(りょくしょう)目掛け投げつけた。だが、


「させるかーーー!!」


 と言って現れたのは、悟空だった。如意金箍棒(にょいきんこぼう)で素早く鞭を振り払い、参拝者をつれ緑松の回りに集まった弟子達の前に走りよる。

 悟空は、如意金箍棒を構え女と見合う。見た目は、いかにも普通の人間の女。それは、目の前で鞭を持ち、構え合っても変わらない。だが、沙麼蘿(さばら)(まだら)だと言った。その時


「お前のおかげで、力が上がったわ。」


 女はそう言って、面白そうなものを見るようにして、悟空を見た。


 女は斑の中でも、特殊な能力を持っていた。斑とは、邪神(じゃしん)達が天上界の神仏と戦うために(つく)り上げた一つの兵器のようなものだ。

 邪神や鬼神(きしん)道神(どうじん)仏神(ぶっじん)、妖怪など様々な力を持つ者達を、本人の意志とは関係なく拐い掛け合わせ、更にはまたそれを掛け合わせ誕生させた者達。

 その多くは強大な力を持つが、無理な掛け合わせにより喜怒哀楽の一部が欠けていたり、心を病んでいたり、短命だったりと、(なん)があると言う。

 斑の特徴は、身体の何処(どこ)かに必ず斑が出ること。多くは、髪や睛眸(ひとみ)や爪に現れる。

 だが、目の前の女はどうか。髪も睛眸も黒一色、爪も人間とかわりない。見た目は、まったくの人間そのもの。

 しかし、その身体や力は、すべてに溶け込むと言う。人間の中に混ざれば人になり、妖怪に混ざれば妖怪になり、神仏に(まぎ)れば神仏になる。また、力も同じ。回りの人間に力の強弱があっても、必ず中間地点の力を持つようになる。


 今、人間ばかりで多少の力の強弱しかなかったこの場所に、突然()(かたまり)のような悟空がやってきたことで、この場の力の平均がぐっと上がった。それは、人間ほどの力しかなかった女の能力を、格段に上げた。

 今の女は、人間と悟空の中間ほどの力を得ている。そこへ


「李道士!!」


 飛び込むように、玄奘がこの場に入ってきた。


「ほら、また私の力が上がったわ」


 女はそう呟くと、入ってきた玄奘の顔を見た。そして目を細めると


「そうか、お前が玄奘三蔵法師げんじょうさんぞうほうし。天上の桜の鍵を持つ者」


 と、呟いた。女が玄奘に向き直ると、玄奘も確認するように女の姿を見つめる。


「斑、か」


 そう言葉に出して言った玄奘に、女はまるで自己紹介をするかのように


如何(いか)にも、私は斑。そして、お前の首を取る者」


 と、言うが早いか、鞭の剣の部分を持ち玄奘の目の前まで進み出てきた。

 玄奘は直ぐ様、己の帯革(ベルト)尾錠(バックル)の前で両手を交差させ双剣(そうけん)を掴むと、それを自分の顔の前で交差させ女の剣を防いだ。


「参拝者を安全な所へ! 道士は観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の所へ行って下さい! 悟空、頼む!!」


 玄奘は叫びながら、(みな)に指示を出す。


 言われた悟空の方は、“えっ?” と言う顔をして


「玄奘は!」


 と、大声で言った。玄奘は不敵な笑みを見せると


「お前達がいなければ、私とこいつの力は互角だ」


 と言い、女を見る。“早く行け!” そう言って全員を急かす玄奘に


「そうね。邪魔者達が消え去れば、私と貴方の力は互角。でも、()()強いわよ」


 女は玄奘を見据え、笑みを見せながら言った。


「私を、殺生(せっしょう)を嫌う普通の僧侶だと思うなよ」


 全員を外に出した玄奘は、笑みを浮かべる女と対峙した。

佇む→しばらく立ち止まっている。じっとその場所にいる

御使い→使者、神の使い

睨め付ける→にらみつける

施す→飾りや補いのために何かを付け加える

一尺→ここでは23.1センチ

揶揄→からかうこと、なぶること

眉を寄せる→不快の念などから眉の寄ったような表情をすること

見合う→互いに相手を見る。顔を見交わす

難→欠点

紛れ→他に入り交じって区別がつかなくなること

向き直る→身体を動かして向きを変える

如何にも→常識や予想の通りであるさま。まことに。おっしゃるとおり

対峙→向かい合ってそびえること。対立する者どうしが、にらみ合ったままじっと動かずにいること



次回投稿は17日か18日が目標です。

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