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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
34/203

第四部 幻想の箱庭に咲く華《一》

華→草木の花・はなやか・美しい

(この話では、敵の女性達をさす)

「これで、準備は調(ととの)いましたね」

「名残惜しが、西に行く頃合いだ」


 八戒と悟浄は、翡翠観(ひすいかん)の離れで大方の旅支度を終えていた。その横のテーブルでは、悟空がコトリと額をテーブルの上につけている。


「ハムちゃん、此処(ここ)いい所だったよな。皆いい奴だったし、ご飯も美味しかったし」

「ぴゅ」


 悟空のすぐそばでは、“そうだね” と言いながら、裏の畑で収穫されたばかりの野菜を食べやすい大きさに切り分けてもらった玉龍(ハムスター)が、大量の食料を鞄に詰め込みご満悦の素振りを見せている。

 この翡翠観にきて、玄奘達一行は久しぶりの安息(あんそく)を得た。これまで自分達が歩んできた道のりを考えれば、(すさ)んでいた心が潤い満たされるような感覚だった。


「これを頼む」


 離れの奥から、幾つかの資料らしき物を持ってきた玄奘がテーブルにそれらを置くと


「ぴゅ」


 “いいよー” と声がして、ハムスターが資料を鞄の中にしまい込む。その時……。

 それは、ほんの(わず)かな違和感だった。広い砂漠の中に、一粒の海岸の砂が入り込んだような……。

 沙麼蘿(さばら)は、思わず(おもて)を上げ外を見た。


「どうした」


 その様子を見た玄奘は、何かとてつもなく嫌な感じを覚える。


琉格泉(るうの)

「ガウッ」


 沙麼蘿の横で休んでいた琉格泉は、名を呼ばれたことですべてを理解し、離れの窓から外へと飛び出す。


「何、どうしたの!」

「なんだ!」

「何か、ありましたか?」


 玄奘だけではなく、悟空と悟浄と八戒も振り返って沙麼蘿を見つめる。


「何かが、入り込んだ。とてつもなく小さな、何かが」


 その言葉に、全員が双眸(そうぼう)を見開き手をとめた。目の前の沙麼蘿ですら、感じとることができない程の何かが侵入した。それが、何を意味するのか。まずは、琉格泉の野生の感に頼るしかない。

 だが、いつまで待っても琉格泉は帰ってこない。敷地内にいることは、沙麼蘿にはよくわかっている。琉格泉も()()を掴みかねているのだ。相手が、何処(どこ)にいるのか。


「オレも行ってくる!」


 そう言って悟空が立ち上がった時、山茶(さんさ)が両の頬を(ふく)らませながらやってきた。


「どうした、山茶」


 緊迫を(はら)んだ玄奘の言葉に


「やらせだよ! や・ら・せ!! アレ、絶対違うし。俺だって(タン)キーのはしくれだぜ、アレが本当に困っている人間かどうかわかるってーの。アレじゃ、何にも降りてなんかくるもんか!」


 山茶は、ぷりぷりと怒りながら、悟空の横の椅子にドンっと座った。


「山茶」

「えっ」


 思ってもみない人物に声をかけられ、山茶はびっくりして沙麼蘿を見た。この翡翠観に玄奘達がきて以来、この沙麼蘿とだけは話をしたことがなかったのだ。

 沙麼蘿は、驚いて自分を見つめる山茶の睛眸(ひとみ)の奥を見た。時を(さかのぼ)るように、時間を操るように。そして、


「琉格泉! 翡翠観の前まで来ている丁香(ていか)を裏へ回せ!」


 と、外に向かって叫ぶ。今日は玄奘達との別れの(うたげ)が開かれ、白水観(びゃくすいかん)から(こう)丁香(ていか)も翡翠観にやってくることになっている。そして丁香が、翡翠の目の前まで来ているのだ。


「お前が()()やつらは何処にいる」


 沙麼蘿の言葉に、山茶は “えっ、えっ” と驚きながら “宿坊(しゅくぼう)” と言った。


「何が起こっている」

「敵が入り込んだ」


 その言葉には、山茶も驚き立ち上がる。玄奘は山茶の肩に手を置きながら


何故(なぜ)わからなかった」


 と、訪ねる。“お前なら、何があってもわかるはずだろう” と。


(まだら)だ。斑には様々な能力があるが、()()()()周りに溶け込む。人間の中に入れば人のようになり、妖怪の中に入ればそのまま妖怪のように、その力も平均値になる。その女は、人間に混じって入ってきた」

「ど、道士(どうし)ーーー!!」


 その言葉に、山茶は離れを飛び出す。道士が危ない! 道士はあの女を、普通の人間だと思っている。自分がもっと早く気づいていたら。あの女がやらせだと、絶対に困っている人間なんかじゃないと、それだけは気づけたのに。早く、早く、道士に知らせないと!


「あっ、待てよ!」

「山茶! チッ」


 悟空は叫び、玄奘は舌打ちした。山茶のあとを追わなければ、奴らに気づかれる。奴らの狙いは十中八九自分だ。このままでは、()道士が(たて)に取られる。玄奘は皆を見ると


「先に行く!」


 と、言った。


「オレも!」

「玄奘、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)だ。お前達も、緑松(りょくしょう)と丁香に会ったら、観世音菩薩の前に来るようにつたえろ。玉龍(ぎょくりゅう)こい」


 山茶を追うように、離れを出て駆け出す玄奘と悟空。沙麼蘿はいち早く玄奘と悟空、そして悟浄と八戒に指示を出すと、玉龍を連れ玄奘達とはまた違った方向に駆け出して行く。

 このままでは、この道観はおろか孤児院まで全滅だ。ここには、護りになるものが何もない。


「ぴゅ」


 “どうするの?” と玉龍が呟けば、沙麼蘿は


「観世音菩薩の力を借りる。手伝え」


 と、答えた。玉龍は、またとんでもないことをするんだろうなぁと思いながら、“わかった” とだけ言った。


「我々も行きましょう」

「裏手か」

「裏手には孤児院があります。子供達を護らなければ」

「黄道士も、裏手に来るんだろう」

「はい」


 離れにいた八戒と悟浄は、玄奘達とは反対の孤児院に向かって駆け出した。相手は子供だからと言って、情けをかけるような奴らではないはずだ。自分達が駆けつけなければ、風前の灯かも知れない。

 それぞれが、それぞれの役目を果たすべく動き出した。

安息→なんの(わずら)いもなく、くつろいで休むこと

ご満悦→満足して喜ぶこと

孕む→その中に含み持つ

童キー→単独で信者の悩みや願いを聞き解決に導く。神や帰幽者(きゆうしゃ)の霊を自らの体に降ろして異言(いげん)を吐き問題の処理を行う

宿坊→参拝者のために作られた宿泊施設

斑→違った色が所々にまじっていたり、色に濃淡があったりすること。またそのものや、そのさま。ぶち。ここでは様々な血が入り交じった者

十中八九→十のうち八か九まで。ほとんど、おおかた



次回投稿は11日か12日が目標です。

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