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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
32/203

第三部 川辺の水落鬼《九》

「これで、お前の行動を制限できるとでも言うつもりか」


 玄奘は、悟空から渡された金の輪を見つめる。それは細くもなく太くもなく、輪の内側に紋様のような図柄がずらりと入れられている。


金箍児(きんこじ)、おそらく如来(にょらい)が自ら作り出し、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)に渡した三つのうちの一つだろう」

「で」


 沙麼蘿(さばら)の言葉に、それでどう使うと、玄奘は先を(うなが)した。


「金箍児は、定心真言(じょうしんしんごん)を唱えることで、コレを()められた者に効果を発する。一度真言を唱えれば、金輪が頭を締め付け、根をはるように痛みが全身に回る。()()()()、耐えられないだろう」


 最後は鼻で笑うように沙麼蘿は言った。その言葉に、玄奘は僅かに眉を寄せ悟空を見た。


「こんな物をつけてまで、一緒に行く意味はあるのか」

「ある、ある。天上の桜って、すごいもんなんだろう。それを護れたら、大人数を助けたのも一緒じゃん!」


 満面の笑みで玄奘の言葉に答える悟空を、沙麼蘿以外の全員が(いぶか)しそうに見つめた。


「お前は、蟠桃果(ばんとうか)を食べたのか」


 突然、沙麼蘿が悟空に言葉をかける。


「何それ?」


 はて?、と首を(かたむ)けた悟空に


「道界と仏界の間にある、長く折れ曲がった樹廻廊(じゅかいろう)と言われる場所にだけ存在する桃だ」


 と、沙麼蘿は言った。


「う〜ん、食べてない。あっ! でも、どっかの寺の奥にあった、金色(こんじき)に光る桃は食べた。一個だけもらうつもりだったけど、すっごく美味しくて全部食べた。一個だけ、じいちゃんに土産として持って帰ったけど、一口食べて普通の桃じゃないとわかって、すっーげぇ怒られた」

「一口、食べた」

「あぁ、一口食べたぞ」

「それで、病にかかり倒れはしたが、死にはしなかった」


 悟空の言う “じいちゃん” 須菩提(すぼだい)は、倒れ意識のないまま上仙(じょうせん)に預けられた。須弥山(しゅみせん)にいれば、すぐに命が()きることはない。その間、(てい)のいい理由で、悟空が罪滅ぼしと言う名の善事(ぜんじ)を行っている、と言うわけだ。

 沙麼蘿は、一人納得したように呟いた。


「たまたま地上にあった蟠桃果を食べたのなら、ソレの成長は遅いだろう。しかも、金色の蟠桃果だ。まだしばらくの間は、金箍児の効果も効く」

「そうか」


 沙麼蘿の言葉に、玄奘は手にしていた金箍児を悟空の頭に近づけた。そして悟空の頭の上にそれを置くと、それはまるで生き物のようにスルリと動き、悟空の頭に収まった。


「お前、その女の言うことを本当に信用するのか? その女は、鬼神(きしん)の血を引く俺でもやっとのことで止めた水落鬼(すいらくき)の攻撃を、片手一本で止めたんだぞ」

「気に入るいらないは別として、()()()()()()()()()()()を信じないと言う選択肢は、()()ない」


 どこか、胡散臭(うさんくさ)そうなものを見るような悟浄に、玄奘は平然とした顔で言った。

 玄奘の言葉に、悟浄は驚いた表情で “()()()()()()()()()()()、だと” と、呟く。


「そうだ、()()はその(べに)の中から生まれた」


 玄奘は三人の血が入り交じり、たまったその場所に視線を向ける。その場を見た悟浄と八戒の(せな)に冷たいものが滑り落ち、二人はぶるりと身体を震わせた。

 そんな三人の様子を気に止めることもなく、沙麼蘿は自分の足元近くに(たたず)む小動物を見つめる。

 それは、短い片手をあげ “やぁ!” と言っているようだ。どこかキラキラした眼差しで、色のない沙麼蘿の睛眸(ひとみ)を見つめている。


「お前、西海龍王(さいかいりゅうおう)の子だろう。」


 色のない沙麼蘿の声に


「ぴゅ!」


 “そうなんです!” と、嬉しそうに玉龍(ハムスター)は鳴いた。だが、


「はぁー!!」


 と悟浄は叫び、玄奘と八戒は信じられないものを見るような双眸(そうぼう)で、ハムスターを見た。そして悟空は、


「なんだよこいつ!」


 と、物珍しそうに片手でハムスターを摘まみ上げる。


「びゅ! びゅ!」


 “はーなーせー!” と文句を言いながら短い手足をばたつかせるハムスターを、悟空は目の前でまじまじと見つめた。そして


「なんかこいつ、可愛いな」


 と言うと、ハムスターは


「ぴゅ」


 “えっ、そお” と、満更でもない様子で鳴く。その後、沙麼蘿から明かされる黒歴史に “そーなんですよ、やらかしちゃいました♪” と言う素振りを見せ、“びゅうー、びゅうー” と涙ながらに鳴き、玄奘の足元で土下座して “お願いしますー、連れて行って下さいー” と、頼みこんでいた。


「天上の宝の玉を割った罪と言うのは、どれくらいの罪なんでしょうか?」

「いやいや、龍なのに雨を降らせられないって、そっちの方が駄目だろう」


 座り込んで、玄奘に頭を下げ続けるハムスターを見ながら、言葉をかわす八戒と悟浄の横で


「連れて行こうよ。こいつ可愛いじゃん」


 と、ハムスターに助け船を出してやる悟空。


「よくもコレを地上に落とせたものだ」


 僅かに呆れを含ませた、そんな一言を沙麼蘿が呟いた。


「この姿で、修行が可能なのでしょうか」

「知るか」


 八戒の問いに対する玄奘の答えはなかったが、ハムスターも一緒に行くことは決定したようだ。


「一つ、聞きたいことがある」


 自分のこれから進む道を決めるため、悟浄は真剣な面持(おもも)ちで、沙麼蘿の前にたった。

 今しがた聞いた八戒の話は、他人事(ひとごと)なのか。それとも、自分の身に起こったことと同じなのか。その答えは、目の前の女が知っている。


定心真言→または緊箍児呪(きんこじじゅ)と言う真言。真実の言葉、秘密の言葉

常人→世間一般の人。特別変わったところのない、平均的な人

訝しい→物事が不明であることを怪しく思うさま。疑わしい

蟠桃果→天界にある、長い時をかけ熟す桃。どれくらいの月日をかけて熟したかで、その効果は違う

上仙→仙人のトップ

体のいい→表向きで言うのにはちょうどいい、他人に聞こえが良い、といった言い回し

善事→よいこと

胡散臭い→どことなく怪しい、疑わしい、油断ができない

背→背中

双眸→両のひとみ

面持ち→ある感情や心理の現れた顔つき



次回投稿は29日か30日が目標です。

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