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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
31/203

第三部 川辺の水落鬼《八》

 悟空がその場にたどり着い時、玄奘達が崩れ落ちる中、一人の女が水落鬼(すいらくき)を次々と倒していた。


「あの姉ちゃん、すげぇー」


 悟空は、今まで好き勝手に生きてきた。時には、東海龍王(とうかいりゅおう)の龍宮から如意金箍棒(にょいきんこぼう)を奪い取ったり、またある時には、人々が大切に育てていた食物を食い散らかしたり、小なことまであげればきりがないくらいだ。それが、育ての親である玄仙(げんせん)須菩提(すぼだい)の命を奪うほどに。

 倒れた須菩提に驚いた悟空は、慌てて須弥山(しゅみせん)を囲む山の一つ妙高山(みょうこうさん)へ向かった。だが、そこで言われた言葉は


「お前が今まで犯した()しき行いを(つぐな)えたなら、須菩提を助けよう」


 だった。悟空はそれから長い間、人助けだけに(いそ)しんできた。そんな悟空が久々に戦闘に気をひかれるほど、その女の能力は人並み外れていたのだ。









 水落鬼を倒した沙麼蘿(さばら)が振り返った時、(すで)にその姿は元の紫黒(しこく)色の髪、赤い襦裙(じゅくん)に戻り、玄奘達もその場に立ち上がっていた。

 その中で八戒だけが、玄奘と沙麼蘿を見つめて


「あなた方は、天上の桜を知っているのですか」


 と、言った。沙麼蘿はそんな八戒の睛眸(ひとみ)の奥、真実を(さぐ)るようにじっとソレをみた。八戒はソレに(あらが)うことなく、不快な視線に耐える。真実を求めるが(ゆえ)に。


「私の父と母は邪神(じゃしん)の手にかかり、その命を()たれました。そして私の住んでいた村は、邪神の攻撃を二度も受け壊滅(かいめつ)したんです。何故(なぜ)なんの力も持たない自分達が(おそ)われたのか、その理由も分からずに」


 (こぶし)を握り締め、時にはその唇を噛みしめながら話す八戒に


()()()()を得るためには、宝具の成り損ないでも、ないよりはいい」


 沙麼蘿は、突然そんな言葉を呟いた。そして、玄奘がその言葉に息を()み、顔を歪める。


「そうです、奴等(やつら)は村人達の……いいえ、母の遺骸(いがい)を踏みつけながらそう言った!!」


 “あぁ、これは復讐(ふくしゅう)だ” と、玄奘は思った。人生を踏みつけられ、踏みにじられた者の。いったいどれだけの血が、天上の桜のために流されるのか。


「世界が欲しくば天上の桜を奪い取れ、世界を死守したくば天上の桜を護り抜け。()()()、天上の桜のすべてだ」


 自分に向けられた沙麼蘿の言葉に、玄奘は双眸(そうぼう)を見開く。


「天上の桜を護りたければ、その身が血にまみれることを(いと)うな。天上の桜を護るとは、そう言うことだ。綺麗事(きれいごと)だけでは、この世界は護れない」

「お願いします、私も連れて行って下さい!」


 声を上げたのは八戒だった。


「親を奪われた弟妹(きょうだい)のため、恐怖の中命を絶たれた村人達のため、私は奴等を倒したい!! 奴等を倒すことができるのなら、何でもします! それがその、天上の桜を護り抜くと言うことに繋がるなら、私の幼い弟妹(きょうだい)が住むこの世界を護ることに繋がるなら、私は喜んでこの身を差し出します」

「お前のその復讐が、本当に弟妹(きょうだい)達のためになると思っているのか」


 玄奘は、八戒を見つめ言った。自分に復讐心がないと言えば、それは嘘になる。御師匠様(おっしょうさま)を奪われ、兄弟子達を亡くしたことによる憎しみ。それは、一生消えはしない。何もできなかった不甲斐(ふがい)ない自分を、(ゆる)せはしない。

 だが、それでも、自分は天上の桜を護り抜くと決めたのだ。


「何も分からずに奪われた命、その真実を知らぬ限り、私は前に進めない。弟妹(きょうだい)達のもとに、帰ることもできない。どうして両親を奪われたのか、それすら教えてやることができない兄では、どうしようもない。私には、弟妹(きょうだい)達に、生き残った者達に、説明する義務がある。奴等が、()()()狙っていたのならば」


 八戒はそう言うと、己の右手の手背(てのこう)を見せた。人差し指と小指に光る銀製とおぼしき指環(ゆびわ)、そしてそれを(つな)ぐ三連の(くさり)


「これは、宝具ですか! 奴等の狙いは、これでしたか!」

「それは宝具だ。でなければ、指環から(ゴン)(せん)が現れることはあり得ない。だが、奴等の狙いが()()と決まっていたわけではない。その村に、宝具があるか(いな)かも定かではなかっただろう」


 沙麼蘿の言葉に、八戒は一滴の涙を流した。何故自分達がこんな目にあうのか、奴等は何がしたかったのか、今日までそれが何一つわからなかった。

 だが、今それが目の前の霧が晴れるように、はっきりとわかった。八戒は涙をはらうと、まるで()き物が落ちたような清々しい表情で


「ありがとうございます、これですっきりしました。例え駄目だと言われても、後ろからついていきますのでお気になさらずに」


 と、言った。すると


「オレも! オレも行く! その天上の桜を護ることは、この世界を護ることになるんだろ」


 そう言って、走ってやってきたのは悟空だった。


「無事でしたか」

「あんなのオレの敵じゃないから、全然大丈夫。」


 八戒の言葉に答えながら、悟空は沙麼蘿を見つめる。


「なぁ、なぁ、姉ちゃんすごいな。」


 琥珀(こはく)色をしたその睛眸(ひとみ)は、沙麼蘿の探るような眼差(まなざ)しを嫌がる素振りも見せず、期待の眼差しを向ける。

 なんと陽の気の強いことか、と沙麼蘿は思う。仙石が割れて卵を産み、そこから(かえ)った陽の気の塊。まるで、自分と正反対の存在ではないか。

 一つ気になることがあるとすれば、それはその琥珀色の睛眸に宿る火眼金睛(あかいひとみ)


「なっ、いいだろ。オレも、天上の桜を護るからさ」


 悟空は、玄奘の(おもて)を覗きこみ、満面の笑みを見せた。


「お前を一緒に連れて行けだと、水落鬼(すいらくき)五体を一人で葬り去るような奴を、か。お前のその力が、此方(こちら)の害にならないと誰が言える」


 今は気のいいただの子供かも知れないが、牙をむかないと誰が言える、と玄奘は思う。


「う〜ん。じゃさ、これで手を打ってよ。」


 そう言って悟空が(ふところ)から取り出したのは、一つの輪。


緊箍児(きんこじ)か」

「そう、姉ちゃん知ってるのか。あの仙人(じじい)ども、オレにこんな物持たせてさ。使い道なんてないと思ってだけど、()()つけてもいいからさ、一緒に連れてくれよ。頼む」


 悟空は、改めて玄奘に緊箍児を渡し、その頭を下げた。

玄仙→仙人の区別は諸説あるが、ここでは仙人のトップクラスを上仙とし、上から “上仙→高仙→大仙→玄仙→真仙→神仙→霊仙→至仙” を採用しています

須菩提→西遊記の中では須菩提祖師。悟空の術の師匠。釈迦の十大弟子の一人、須菩提(しゅぼだい)と同一人物かどうかは不明

須弥山→古代インド仏教の世界観の中で、その仏教世界にある中心にそびえる山。ここでは、上仙達が住んでいる天上界へとつながる山

妙高山→玄奘が須弥山のことを妙高山と訳した。ここでは須弥山を取り囲む山の一つ

遺骸→なきがら、遺体

厭う→いやに思う、いやに思って避ける

不甲斐ない→情けない、意気地がない

憑き物が落ちる→その人に取り付いて悪い影響を及ぼしていた何かが除かれること。その人らしさを取り戻すこと、などを意味する表現

火眼金睛(かがんきんせい)→炎を連想させる金色の虹彩を備えた赤い眼球のこと

緊箍児→悟空の頭につけられる輪。詳しくは次話で


次回投稿は23日か24日が目標です。

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