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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
30/203

第三部 川辺の水落鬼《七》

耳トウのトウの漢字が出ないのです。(ToT)

 沙麼蘿(さばら)は、振り下ろされた水落鬼(すいらくき)(こぶし)を、(わず)かに上げた右手の(てのひら)一つで受け止めた。水落鬼の拳と沙麼蘿の掌がぶつかり合う瞬間、辺りに(すさ)まじい()の渦が発せられ、木々を揺らす。

 玄奘は押し寄せる氣の波動に、思わず顔を背けた。そして、その場に倒れていた八戒と悟浄は、発せられた氣の衝撃(しょうげき)を受け覚醒(かくせい)する。

 目覚めて最初に見えたのは、真っ赤な(きぬ)だった。身体に打ち付ける冷たい雨と、終わりなく続くような雷鳴(らいめい)。そんな中、真っ赤な衣だけが生き物のように揺れている。

 次に見えたのは紫黒(しこく)色の絹糸。それが、少し前に立つ人物の髪だとわかったのは、いつ頃だったか……。

 両手をぬかるんだ土の上につき、その(おもて)を上げた八戒は、そこで初めて女を見た。真っ赤な襦裙(じゅくん)を着て、軽々と水落鬼の腕を持ち上げているように見える。隣にいた悟浄もまた、驚きに双眸(そうぼう)を見開く。

 女が、水落鬼の()()攻撃を、片腕一本で止めているのだ。鬼神(きしん)の血を引く自分ですら、両手でやっとのこと止めた攻撃を。


「氣…か……」


 悟浄の口から、言葉が()れる。腕一本で止めていると思われたそこに、水落鬼の拳と女の掌の間に、(わず)かの隙間(すきま)があり、そこから薄い氣の壁のようなものが見えた。


「何が…起こって……」


 眼前(がんぜん)の信じがたい光景に、八戒が呟く。




 水落鬼の攻撃を止めた沙麼蘿は、玄奘を見やり言った。


(きょう)だ」

「……」


 いったい、こいつは何を言っているんだと言うような表情で、玄奘は沙麼蘿を(にら)んだ。


「三蔵と名乗るからには、経の一つや二つ、読めるのだろう」


 沙麼蘿は、ニヤリと口角をあげた。今の自分が何者でもないことは、沙麼蘿自身がよく理解している。だが、左耳につけられた二つの耳トウ(ピアス)

 紅玉(ルビー)阿修羅(あしゅら)の物であるし、血赤珊瑚(ちあかさんご)愛染明王(あいぜんみょうおう)の物だ。だとすれば、どちらかの力を借りれば、僅かな時間なりとも神に戻れると言うことだろう。

 それに…、沙麼蘿は自分の左手中指にはめられた瑠璃(ラピスラズリ)指環(ゆびわ)を見た。これば、身分の低かった(すめらぎ)の父親が、自ら手作りし聖宮(せいぐう)に渡した物だ。

 唯一(ゆいいつ)皇に(のこ)された、父と母の形見(かたみ)の品。皇が、いったいどんな気持ちでコレを手放したのか。沙麼蘿はもう一度、玄奘を見た。


「天上の桜を、護ると決めたのだろう」


 “天上の桜”、その言葉に玄奘は双眸を見開く。やはり、この女のあの(さぐ)るような睛眸(ひとみ)は、自分のすべてを見透かしていたのだ。

 そして、その近く立ち上がろうとしていた八戒も、驚きの表情で女を見つめた。


「天上の桜を護りたければ、理趣経(りしゅきょう)だ!」




『その教えは初めに善く、中ほどにおいて善く、後に善く、その言葉と字句はたくみで妙なるものがあり、まじりなく完成で清らかで汚れがない。それはすなわちーーー』

 男女の愛を含む欲望の昇華を説く理趣経は、愛染王の力を借りるにふさわしいだろう。




 玄奘はその場で座禅(ざぜん)をするように座り込むと、片手に持つ玻璃(すいしょう)数珠(じゅず)を両手にかけ、経を読み始めた。

 玄奘の経は、その声に乗って見仏(けんぶつ)の光が見えるようだ。その経を(まと)いながら、沙麼蘿は心の中で呟く。


 “我は願う、力の解放を。あぁ、愛染明王よ”


 とたん、沙麼蘿の身体を薄赤い氣が包みこむ、そしてーーー。




 紫黒色だった長い髪が灰簾石(タンザナイト)色に変化し、合わせるようにその黒檀(こくたん)色の双眸(そうぼう)も灰簾石色に変わった。

 また身に(まと)(きぬ)も、真っ赤な襦裙(しゅくん)から愛染朱(あいぜんしゅ)の薄絹の襦裙に変わり、上から同じ愛染朱の長丈の背子(はいし)を着ていた。

 その背子には、(すそ)から上半身にかけて、模様(もよう)のように七色に輝く、透明な小さな飾りが(いく)つもつけられている。

 目に見える宝具は三つ。一つは、右耳の半分を覆う紅玉(ルビー)真珠(パール)金剛石(ダイヤモンド)で飾りつけられた耳飾(イヤーカフ)

 これには対になる左耳の耳飾があり、それは(すめらぎ)の左耳につけられている。互いの居場所がわかり、如何(いか)なる場所であろうと、対となる耳飾を身につけた者の所に行くことができる。

 もう一つは、左の上腕につけられた白金(プラチナ)臂釧(アームレット)。白金の中に、様々な金色で阿修羅(あしゅら)(しるし)である宝相華(ほうそうげ)の花が(えが)かれている。一度(ひとたび)その腕から離れれば、燃え盛る言葉を伝える火の鳥となる、と言われる代物だ。

 最後の一つは、右手首の腕釧(ブレスレット)。臂釧と同じく、白金に様々な金色で宝相華の花が画かれている。望めば一振(ひとふ)りの(ジエン)を出し、その白刀(はくじん)からは氷龍(ひょうりゅう)召還(しょうかん)することができる。

 これには対になり得る物があり、それこそが皇の右手首につけられた腕釧。風龍を呼び出すことができる剣だ。

 愛染の衣は沙麼蘿の持つ強大な力を抑制(よくせい)し、阿修羅の宝具はその力を制御(せいぎょ)する。

 皇は、もしもの時沙麼蘿の力を抑え導くために、阿修羅王より宝具を貸し与えられた。




 玄奘は、現れ出でたその姿に驚愕(きょうがく)した。なぜ、仏教の経文の力を借りて、道神(どうじん)が姿を現すのか、と……。

 いや、違う。髪の色と双眸は道神でありながら、身に纏う衣や身につける装身具(アクセサリー)は、すべて仏神(ぶっじん)の物。




 沙麼蘿が、その右手の(てのひら)を開くと、そこに現れた白刀を握り締め、“タン” と軽い足どりで跳び上がった。するとその身体は水落鬼(すいらくき)を越え、その頭上で剣を振り下ろす。軽く触れた剣と水落鬼の耳飾(イヤーカフ)

 だが、次の瞬間には “パリン” と音を立て水落鬼の体は崩れ落ちた。そして、もう一体も……。


(あわ)れよ水落鬼。弱き者は、()()()搾取(さくしゅ)され続けるのみ」


 沙麼蘿が呟いたその言葉は雷雨の音にかきけされ、誰の耳にも届くことはなかった。

眼前→目の前、ごく身近な所

理趣経→経文の一つ

座席→あぐらをかいて姿勢を正す

見仏→仏の姿や光

背子→袖のない短い上衣、唐衣の前身

一振り→刀一本

白刃→鞘から抜いた刀、抜き身

抑制→たかぶろうとする感情、衝動的な行動をおさえてとめること

制御→ここでは、目的どおり力を調整すること

搾取→ここでは弱い者から無理にとること



次回投稿は17日か18日が目標です。

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