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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
29/203

第三部 川辺の水落鬼《六》

登場シーンだけで終わってしまった。

!!(゜ロ゜ノ)ノ


小難しい文面が多々あるかも知れません。

m(__)m

 冷たい雨を身体に受け、朦朧(もうろう)とする意識の中、玄奘は感じとっていた。何かが生まれるのを……。

 朝から気づいていた。いや、もっと前から感じていた、その存在を……。

 いつの頃からか、何かが生まれるのを、ハッキリと意識していたんだ。


 降り続く雨は何処(どこ)までも冷たく、身体の奥深く人間の命までも奪い取る一つの道具のよう。

 辺りに呼吸する人間は八戒と悟浄しかおらず、今ならばわかる。最初から、水落鬼(すいらくき)は呼吸などしていなかった。何処かで、“ぐわぁぁぁ” と、水落鬼の鳴き声が聞こえたような気がした。


 その時、近くの木の側で、雨水に流され混じりあった玄奘、八戒、悟浄の血だまりから、一筋の()が昇り始めた。それはユラユラと次第に数を増し、立ち上る蒸気のように血だまりからあふれ出していく。

 濡れた細い氣は独りでに渦をまき、狂ったように動き回り一つに結集しはじめる。そして()()は生き物のように怪しく変化し、玄奘がやっとの思いで顔を上げた時には、すでにうっすらと()()()をかたどっていた。


「やはり……、そうか……」


 うっすらと渦を巻いていた氣が揺れる。怪しげに漂うように、流れる川のように。

 氣は自然に人型を形どり、夜の闇に同化するような長い黒髪が見えた。風に調和する流れる黒髪、それは何もかもを覆い尽くす無限の暗幕(あんまく)

 そんな中、姿を現す細く長い指先。美しい指先が夜の闇に舞い、赤い蝋燭(ろうそく)灯火(ともしび)のような(きぬ)が姿を現す。現れたばかりの足元に揺らめく赤い衣は、優しい音を(かな)でそこに吹く風と同化する。そこだけ、無礼(ぶれい)な雨と風が消えたように……。

 長く(なび)く赤い袖も風に乗り、やがて真っ赤な襦裙(じゅくん)が見えた。ゆったりと組み合わされた襟元(えりもと)からは白い肌が見え隠れし、美しく整った顔立ちが浮かびあがる。


 (べに)色の口元に、形のよい鼻。()じられた睛眸(ひとみ)を開かずとも、その美しさに非の打ち所はない。

 まるで、物語な中にのみ存在する神か、この地上で唯一の彫刻家がその命を注いで作った最高傑作(けっさく)の美しい作り物のように、生気すら感じさせることもなく、その美しい生き物は漂い始めている。

 紫黒(しこく)色の髪は流れる千条(せんじょう)万条(まんじょう)の絹糸のように、(おもて)にかかっては離れ、まるで生き物のように動いていく。

 おそらく、後ろ髪と同じ長さまで伸ばされた前髪は、すべて後ろに流されている。先ほどから見えていた黒髪は、この美しい紫黒色の毛先だった。


「チッ……!」


 玄奘は、意識も朦朧(もうろう)としたその状態で、舌打ちした。それが、この世にあってはならぬ者、その存在を否定されるべき者、見せかけだけの美しさをした、何よりもおぞましい、人の形をした()()()だと確信したからだ。


 風に漂うように揺れていた身体が姿形を持ち、初めてその女が睛眸(ひとみ)を開いたとき、玄奘の意識は覚醒(かくせい)し、女の姿を見つけ驚愕(きょうがく)すらし、凍りついたように双眸(そうぼう)を見開いた。

 開かれた女の睛眸は赤みがかった黒、黒檀(こくたん)色だったが、その睛眸はまるで冷たい氷で作られた物のように何の彩りもなく、何も(うつ)していなかったからだ。

 玄奘とその女の睛眸が重なりあった瞬間、玄奘の生易(なまやさ)しい感情は遮断(しゃだん)された。此処に存在する女の氷のごとぎ冷たさと、凶器(きょうき)のごとぎ冷血さに。

 女は何処までも冷たく冷徹(れいてつ)眼差(まなざ)しで、(わず)かに口角を上げ、狂気のごとき笑みを浮かべ玄奘を見た。

 玄奘は、この冷血極まりない狂気の笑みを浮かべる女を見て、すべては終わったのだと覚悟(かくご)した。


 激しい雷雨の中、覚醒(かくせい)した沙麼蘿(さばら)は辺りを見回す。近くには、水落鬼と倒れた三人の男。その三人の男を見た瞬間、“あぁ、そうか” と思う。

 まるで、昨日のことのように思い出す、あの日あの時。蒼穹(そうきゅう)に見えた桜の大木に指先を伸ばし


『あぁ……、おね…がい……。どう……か、(すめらぎ)を……まも…って……。天……上の……さく……ら……よ……』


 そう願ったあの時、力なく伸ばした指先が地面に落ち暗闇に自らが沈んだあの時、確かに自分の身体から流れ出た赤紅(あかべに)と、近くにあった天蓬(てんぽう)捲簾(けんれん)金蝉子(こんぜんし)の赤紅が混ざりあったではないか。それが、こんなことになろうとは。

 あの時、自分の赤紅と混ざりあった者達が長い時をかけて生まれ変わり、そしてまたあの時のようにその者達の血が混ざりあい、自分が生まれ出たのだ。何と言う巡り合わせだろうか。

 だが、今の自分の姿は仏神(ぶっじん)ではない。人間と半神の血では、それも仕方のないことか。

 しかし、沙麼蘿は感じとっていた。自分の心に、僅かばかりの彩りがあることを。


 沙麼蘿は、力なく起き上がろうとしている玄奘の前まで歩み寄ると、その(おとがい)に右手の指先をそえ持ち上げた。


「……っ!!」


 玄奘の睛眸を沙麼蘿の睛眸が捉え、まるで今まで玄奘が生きてきた時のすべてを探るように見つめる。思わず顔を(そむ)けたくなる衝動に()えながら、玄奘は僅かに顔を歪めた。


 その時、激しい稲光(いなびかり)が鳴り響き、近くの木が音をたて二つにわれる。沙麼蘿の後方に水落鬼の姿があり、自分達に近づいてくるのがわかった。

 玄奘の噛み締められた唇を見て、沙麼蘿の指先が頤から離れる。そして、ニヤリと笑った沙麼蘿が後ろを振り返った。


 近づいてきた水落鬼がその(こぶし)を上げ、雷の音と共に玄奘と沙麼蘿に向け、上げた拳を振り下ろす。

朦朧→意識が確かでないさま

氣→気

暗幕→室内を暗くするために、窓や壁にはりめぐらす黒い幕

灯火→ともした明かり

衣→衣服・着物

襦裙→上は襦、下はスカート(裙)という装束

傑作→作品が非常にすぐれたできばえであること。たま、その作品

紫黒→紫がかった黒

千条・万条→条は細長いものを数えるのに用いる

面→顔

覚醒→目を覚ますこと、目が覚めること

双眸→両方のひとみ

驚愕→ひどく驚くこと

頤→あごの先、下あご

拳→手を握り固めたもの



次回投稿は11日か12日が目標です。

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