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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
26/203

第三部 川辺の水落鬼《三》

 ポツリポツリと降りだした雨は、次第に激しさを増していく。


「まずいな」


 そう呟いたのは、玄奘だったか悟浄だったか。雨は、水落鬼(すいらくき)を強くする。降り注ぐ雨音は辺りの音を消し去り、まるで水落鬼の味方のようだ。そして、それと同じく、人間の走りを止める。激しい雨に山道が泥濘(ぬかるみ)、足をとられるからだ。


「きゃー!!」

璃葉(りよう)!!」


 足を滑らせた女の子が倒れた。女の子の母親が慌てて走りより、その腕に抱き上げる。


「大丈夫、璃葉」

「う、うん」


 船を降り、下の村へと急いでいた乗客達の中でも、女の子を連れた親子が遅れて走っていた。

 悟空と別れた後、乗客達を追っていた玄奘達が、その親子に追いつく。


「大丈夫ですか!」


 八戒が親子に近づき、声をかけた。


「はい。でも……」


 母親は娘を見つめる。倒れた時に足を擦りむき、怪我をしたようだ。


「悟浄、この子を背負って村まで降りて下さい。ここは、私達でなんとかします!」

「だが……」

「この中で、一番体力がありそうなのは悟浄ですから。よろしくお願いします」


 子供を背負って、この泥濘(ぬかる)んだ山道を走って下るのだ。一番身体が大きく、体力のありそうな悟浄に頼むことが妥当(だとう)だろう。八戒は悟浄にそう言うと、玄奘を見た。


「行け、そして一刻も早く戻ってこい」

「俺は下僕(げぼく)か。まぁいい、行ってくる」


 玄奘の言葉に、悟浄はそう言いながら親子に近づくと


「大丈夫だ、すぐに皆に追いつく。背中に乗りな」


 と、女の子に背を向けた。母親は娘の顔を見て、“大丈夫” と力強く頷く。女の子が悟浄の背に乗ると


「いいか、落ちないようにしっかり掴まるんだぞ」


 と、声をかける。女の子は “うん” と小さく頷くと、ギュウと悟浄に抱きついた。


「行くぞ、足元に気をつけろ!」


 悟浄は、右手で女の子の身体を支え、左手で母親の手を掴み、一気に下へ向かって走り出した。

 その時、女の子から何かがコロコロと転がり、地面に落ちる。そしてその落ちる様子を、木の陰から小さな白い生き物が、そっーと見つめていた。

 小さな白い生き物は落ちた()()を拾い上げると、小さな自身の身体に斜め掛けしている鞄の中に、ポーンとソレを放り込んだ。そして女の子達のあとを追い、雨を物ともせず泥濘んだ山道をその小さな身体で、トコトコと走り去って行った。


「では、私達は此処(ここ)水落鬼(すいらくき)を止めますか」

「やるしかないな」


 八戒と玄奘は振り返り、こちらに向かってくる水落鬼を見た。水落鬼は大河に住み、人間の倍は大きく、まるで巨人のようにも見える。動きは鈍いが、力は強い。

 その巨人に、自分達人間が立ち向かうのだ。








「何だよこいつら、不死身なのか」


 悟空は呟く。そう、彼ら水落鬼は倒しても倒しても起き上がってくる。身体に負った傷は自然と元に戻り、いくら如意金箍棒(にょいきんこぼう)で打ち付け倒しても、彼らには何の痛手(いたで)も与えられないのだ。


「これじゃ、向こうはどうなってんだよ」


 人間や妖怪より遥かに強い自分が手間取っているのだ、船の乗客を追った三人はいったいどうなっているのか。悟空は、改めて如意金箍棒を握りなおした。


「考えても仕方ないないら、とことんやるしかない!」


 そう言って悟空は、後先考えずがむしゃらに、如意金箍棒を振り回した。その時


 “パリン”


 と、何かが割れる音がした。悟空が音のした方を見ると、一番(はし)にいた水落鬼が、茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしている。悟空が注意して見ると、その水落鬼だけ、耳飾(イヤーカフ)が無くなっていた。

 次の瞬間、立ち尽くしていた水落鬼の身体が、泥人形が壊れるように崩れ落ちる。


「……っ! もしかして、あの耳飾は妖具(ようぐ)宝具(ほうぐ)(たぐ)いか」


 悟空の知る限り、妖具や宝具は持ち主の()に従い力を発揮する物。だが、目の前の崩れ落ちた水落鬼は、すでに息絶(いきた)えているように見えた。息絶えた者を自在に(あやつ)ることができる、そんな妖具や宝具があるとしたら。此処(ここ)にいる水落鬼は、もはや全員()()()妖怪ではない、と言うことだ。水落鬼は、人間が溺死して妖怪になった姿だと言われている。人間として死して妖怪となり、妖怪として死して尚、誰かに操られ、泥人形のように崩れ落ちると言う運命に翻弄(ほんろう)されている。


「すっげぇ、悪趣味なやつがいる」


 悟空は如意金箍棒を持ち直すと


「今、解放してやるからな」


 と呟き、“おりゃー” と声をあげながら、如意金箍棒を振り回して行った。

 雨音と、如意金箍棒が振り回される音。水落鬼達の足音と、辺りの木を引き抜き悟空目掛(めが)け振り落とす音。それに、悟空の足音と息づかいだけが、木々の間で木霊するように響く。

 悟空の攻撃(こうげき)に次々と耳飾を壊され、崩れ落ちていく水落鬼達。(むな)しい時間だけが過ぎて行く。


「胸くそ悪い」


 すべての水落鬼達を倒した悟空の回りには、ただただ崩れ落ちた泥だけが、山のように積みあがっていた。

 何処(どこ)かで、冷笑(れいしょう)する何者かの声が聞こえたような気がして、悟空は “ハッ” として辺りを見回す。だが、そこにあるのは雨音と木々と泥の山だけだった。

 気を取り直した悟空は走る。船の乗客達を追って下って行った、玄奘達の姿を求めて。

泥濘 → 雨・雪などで泥がゆるんでぬかるところ

妥当 → 実情によくあてはまっていること。適切であること。また、そのさま

下僕 → 召使いの男

物ともせず → 問題にもしない。なんとも思わない

茫然 → ぼんやりとして、とりとめのないさま

翻弄 → 思うままにもてあそぶこと。手玉にとること



次回投稿は24日か25日が目標です。

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