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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第一章
24/203

第三部 川辺の水落鬼《一》

 ここ数日は、翡翠観(ひすいかん)の離れにて休養をとりつつ、西への旅に向け準備が進められていた。

 此処(ここ)を出て七年、玄奘は一日たりとも気を抜くことなどできなかったし、悟空や悟浄や八戒とて、故郷を出てからは気を張ってばかりだった。

 だが、此処は玄奘が育った場所であり、この三扇(さんせん)地区の西側では最大を誇る大きな道観(どうかん)だ。

 緑松(りょくしょう)はたくさんの弟子をかかえており、少し離れた所には孤児院もある。道観の下の方には小さな村もあり、必要な物は手に入る。

 こんな穏やかな地で、肩の力を抜いて過ごすのは何年ぶりのことか。西への道は長く険しい。今はただ、この穏やかな地で 英気(えいき)(やしな)うのだ。


「ほら、この人参(にんじん)裏の畑で育ててるんだ。(うま)いぞ」


 そう言って山茶(さんさ)は、人参を差し出した。朝の掃除を終えた山茶は、此処へくる途中に裏の畑から一本の人参を抜き、離れの水場で洗い輪切りにして皿に乗せて持ってきた。こう見えて、動物や子供の面倒見(めんどうみ)はよい方なのだ。

 大神(オオカミ)は神の使いゆえ子供には優しいが、大人にはプライドが高く素っ気ない。初めは大神にも世話をやいていた山茶だが、今はもっぱら玉龍(ハムスター)の世話だけをせっせとやいている。

 ハムスターは、短い小さな手で人参の輪切りを持ち、ガジガジと美味しそうに人参を食べる。


「お前、本当に旨そうに食べるな。持ってきたかいがあるよ」


 ハムスターを見ながら山茶が呟けば、“ぴゅ” と答えるようにハムスターは鳴く。


「可愛いな、お前」


 山茶の言葉に、“当然!” とばかりに鳴いた玉龍(ハムスター)だが、“何処(どこ)が、お前龍王の息子だろうが!” と、そこにいた全員が心の中で突っ込みを入れていた。


「なぁ、皆はどうやって知り合ったんだ」


 この道観の中で、一番に皆と仲よくなった山茶は、旅の話をよく聞いてくる。山茶は、此処三扇地区から出たことはない。よその見たこともない世界は、山茶にとっては夢の世界のようだ。そんな外の世界で、いかにして皆は出会ったのか。興味津々(きょうみしんしん)だ。


「あぁ、あれかー」

「あれな、思い出したくもねぇ」

「まぁ、今となってはいい思い出ではありませんか」


 悟空は天井を見上げ、悟浄は窓の外を見つめ、八戒は手に持つ書物から目を離すことなく、三者三様の態度を見せた。


「そんなに聞きたいのか、あの時の話が」


 玄奘の言葉に、“聞きたい!” と、山茶は言った。


 玄奘達の出逢いは、そんな昔のことではない。あれから、まだ一ヶ月もたっていないのだから。


 あの日は曇り空だった。南側から西側に渡る川の渡し船。南側の川上から、西側の川下に行くのだ。その日の最終便である船には、十六人ほどが乗っていた。

 商人らしき男や親子連れ、武人のような男もいれば優男(やさおとこ)もいる。皆が思い思いに座り、西側に着くまで時間を過ごすのだ。この日も、何時(いつ)もと変わらず穏やかな川の流れの中、船は進んでいた。

 ただ、その川が普通の川と違うと言われるのは、雨の日の夜には “水落鬼(すいらくき)” と言う水中に()む妖怪が出現することだ。

 水落鬼は、溺死(できし)人の成れの果てと言われ、目撃した人の話では緑色の眼玉を持ち水獺(かわうそ)に似ていると言われている。また、水落鬼は火や熱いものが苦手だと伝えられている。

 その日は曇り空ではあったが、雨は降っていなかった。そして夜ではなく、まだ夕方にもなっていなかった。

 だが、やつは現れた。穏やかな川の流れを(さえぎ)るように音をたて、川底からその姿を現したのだ。


「キャー!!」

「よ、妖怪だー!!」

「逃げろー!!」


 人々は毛皮を(かぶ)ったような水落鬼の姿を目にし、(あわ)てふためいた。船の中を、水落鬼が現れた方の反対側へと逃げ(まど)う。そのため、船のバランスが崩れる。


「落ち着け!」


 黒色の唐装長袖の上下に、同じ形の丈の長い上着を着た男が言った。初めて妖怪を見て、あまりの恐ろしさに泣き出す小さな女の子。まだ大人になりきっていない外套(がいとう)を頭からすっぽりとかぶった男の子が


「大丈夫、怖くないぞ」


 そう言って、女の子の頭を撫でた。するとその男の子は立ち上がり、左手で自らの右耳につけられていた耳墜(みみかざり)(つか)みとった。


「伸びろー! 如意金箍棒(にょいきんこぼう)!!」


 突然、男の子の(てのひら)から茜色の棒が現れて伸びた。片方が、対岸(たいがん)にあった巨大な岩を貫く。次の瞬間には


(ちぢ)め、如意金箍棒!!」


 と叫ぶと、男の子が握り締めている棒がシュルシュルと縮み、対岸の巨大な岩を貫く棒はそのままに、男の子が持つ方の棒が対岸の岩へ向かって縮んで行った。男の子は


「おりゃーーー!!」


 と叫びながら、棒を離さぬようしっかりと握り締める。川中の水落鬼から船は少しずつ離れ、対岸に近づいて行く。だが船の後を追うように、水落鬼もノソノソと川の中を歩いてくる。その様子に


「水落鬼は、水からは出られないはずだが……」


 黒色の唐装上下の男が言った。


「持ちこたえろー! 岩ーーー!!」


 できるだけ巨大な岩を選んだつもりだったが、岩が如意金箍棒の重さに耐えきれずひび割れが入って行く。座っていた男達の中から武人の姿をした男が立ち上がり、男の子の側にきて如意金箍棒を掴んだ。


「もっと早く縮められるか、俺も手伝う」


 何十人も乗った船だ、男の子の力だけではそう早くには動かせられない。だが、加勢してくれる力があるなら


「できる! 如意金箍棒!!」


 男の子の声に答えるように、棒は速さをまし縮む。そして、対岸が間近に迫ってきた。


「皆さん、船を降りる準備を!」


 深衣(しんい)を着た男が叫ぶ。男の声に荷物を持つ者、幼子の手を握る者と、人々が恐怖を胸に動く。

 船を対岸につけるには、棒が突き刺さる岩の少し先まで行かなければならない。深衣の男は立ち上がると、左手を前に差し出す。すると、その(てのひら)から(ゴン)が現れた。ついで弓の弦に右手を()える と、右手の掌に(せん)が現れる。その箭には長い紐がついており、男は対岸の岩の先にある森の木めがけて、その箭を放った。

 箭は、()(えが)き森の木に巻きつく。そして船が対岸に近づいた瞬間、バリバリとおとを立てて巨大な岩が崩れ落ちる。


此方(こちら)を、長くはもたない!」


 所詮(しょせん)は紐だ。一刻も早く、紐が切れる前に対岸に船を寄せ、全員を船から降ろさなければ。


「オレが手伝う!」


 男が持つ紐を、男の子が掴んだ。船の船頭と武人の姿の男が協力して無理やり対岸に船を寄せ、乗客達を降ろして行った。

 最後に、黒色唐装上下の男が船を降りたが


「走れ! この水落鬼は陸に上がって来るぞ!」


 と、叫んだ。

深衣 → 上下一体の一重の着物

箭 → 矢



次回投稿は12日か13日が目標です。

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