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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第二章
202/203

第十一部 泥中蓮花《十》

 燃え盛る冷たい炎の海の中に、巨大な妖魔の首が落ちる。


「言ったはずだ、これは阿修羅が宝刀ぞ。本気でここを通り抜けたければ、邪神の王でも斬り倒せぬ妖魔を連れて来るがいい! それでも、この氷龍神剣(ひょうりゅうしんけん)は首を斬り落とすがな」


 沙麼蘿(さばら)の目の前で、首を落とされた妖魔の体が揺らぎ倒れた。途端(とたん)に、その巨大な体が青白い炎に包まれ燃え盛り、辺りに火柱が立ち上がる。

 以前玄奘一行が旅の途中遭遇(そうぐう)した、巨大な魔神がいた。あの巨大さにもなれば、沙麼蘿や(すめらぎ)と言えど二人で腕一本を斬り落とすことが精一杯だったが、この黄泉(よみ)に入り込めるほどの大きさなら、まだ沙麼蘿一人でどうとでもなる。

 黄泉は、ぎりぎり焔摩天(えんまてん)管轄(かんかつ)内だ。いくら邪神達でも、焔摩天の管轄内に放り込める妖魔の大きさには限りがある。余程(よほど)(おろ)か者でもない限り、これ以上の大きさの妖魔は呼び込めないはずだ。そう、余程の愚か者でない限りは。


「若様は、新たな(まだら)を作り上げるための材料を必要としておられるのだ! 我らとて、引くわけにはいかぬ!!」

「若様…、だと。あぁ、あの男か。確か以前、自分が逃げるために数多くの部下を生け贄にえとして私に差し出した。できの良い華風丹(かふに)連翹(れんぎょう)は違い、あれは出来損ないだったな」

「なッ! なんだと! 我らの若様に向かって無礼な奴め!! 貴様らには、さらなる妖魔達をお見舞いしてくれるわ!」


 邪神の声に、後方からさらなる妖魔の軍団が近づいて来ているのがわかる。沙麼蘿の後方では李子(りし)や金角銀角、須格泉(すうの)琉格泉(るうの)、小さな玉龍までもが敵と戦っている。

 もはや火の海の先、結界の前にいる悟空や八戒、悟浄や玄奘までが妖魔達と交戦し、月亮(げつりょう)ですら結界から出る勢いで(ピエン)を振るっていた。だがいつの世も、終わりとは唐突(とうとつ)に来るものだ。沙麼蘿の氷龍神剣が次々と妖魔を斬り倒し、炎の海が妖魔や邪神達の血潮で染め上げられた頃、ふと黄泉に吹く風とは違う揺らめきが沙麼蘿の頬を()でた。


「残念だったな。これだけの妖魔を全て無駄にした。だが私に炎の海を出させ、長い時間妖魔を斬らせ続けたのだ。()めてやってもいい」

「なんと生意気な、化け物の分際で!!」


 だがその言葉に沙麼蘿はニヤリと笑うと


(さく)にはまったのは、お前達の方だ」


 と、呟く。それは、この炎の海が現れる前、邪神達が “我等われらの策に、はまったとは思わぬか” と言ったことの返事にも近い。


「来い、氷龍(ひょうりゅう)!!」


 沙麼蘿の右手が天に向かって(かか)げられ、氷龍神剣(ひょうりゅうしんけん)が輝きを増す。そして空が氷の雲で埋め尽くされる。


「全員結界の中に入れ、(すめらぎ)が来る!  氷龍と風龍が出るぞ!!」


 玄奘の声に、李子(りし)や金角や銀角が飛び出すようにして炎の海から出て結界に向かって走り出す。それと共に悟空と八戒、悟浄と玄奘も結界の中へ向かって走り出した。






 キラキラと光る氷で出来た雲の一角に穴が空いたような空間が出現し、そこから彩雲(さいうん)のように輝く雲が渦を巻きながら降りて来る。その輝く雲からは時折赤い猩々緋(しょうじょうひ)色の(きぬ)が見え隠れし、それは青白い炎の海の上に音もたてずに降りた。


「待たせたか」

「いや、ちょうどいい」


 沙麼蘿(さばら)の隣、まるで背中合わせになるように、同じ猩々緋(しょうじょうひ)色の(きぬ)を着た二人が並び立つ。すると頭上にあった氷の雲がパラパラと割れて行き、その割れ目から氷龍が顔を現す。割れていく氷の雲の間からは薄い薄い黄緑色の雲が広がり、その合間からは薄柳(うすやなぎ)色の風龍が顔をのぞかせた。






避難(ひなん)を! 早く結界の中へ!!」


 空から、次々と妾季(しょうき)をはじめとする蒼宮(そうきゅう)軍が結界のそばに降り立つ。先に結界に辿(たど)り着いた玄奘達を中に入れ、走り寄ってくる李子(りし)や金角や銀角を結界へと(うなが)す。


「これは公女(こうじょ)様が作られた結界だ、補強する必要はない。すぐに全員結界の中へ。中に入ったら人々に音を聞かせるな、耳を(ふさ)がせろ!」


 金角や銀角の後を追うようにして、蒼宮軍も全員が結界の中へ避難を開始すると、中にいる人々に耳を塞ぐように伝えて行く。

 これから姿を現す氷龍は、辺り一面を氷漬けにして粉砕するだけではない。沙麼蘿の氷龍は、生きとし生けるもの全ての命を()らい()くす。氷の中に閉じ込められた者の魂は、氷が(くだ)け散る瞬間に共に砕け散り氷龍に食い尽くされるのだ。

 その時に聞こえる魂がひび割れ砕け散る音は、人々の悲鳴にも似て耳を塞ぎたくなるような音にも叫び声にも聞こえる。普通の人間がこれを聞けば、気が触れてもしょうがない事態に(おちい)ってしまう。誰もが、正気ではいられなくなるのだ。それは蒼宮軍も同じこと。


花薔(かしょう)仙女」

妾季(しょうき)。皇様を守り、よくぞここまで来てくれました」


 蒼宮軍の誰もが花薔仙女の前で(ひざまず)き、(こえべ)()れた。妾季をはじめとする蒼宮軍は、その昔は天都の(はし)に住んでいた(まだら)の血を引く一族だ。誰にも(かえり)みられることもなく、貧しさに耐え、食べる物も着る物もない、そんな生活をしていた。

 皇が手を差し伸べてくれなければ、いつ誰が今すぐに死んでもおかしくない状態だったのだ。あの時、そんな自分達に花薔仙女が分け与えてくれた薬は、地仙が自らの命の火を削り、それを薬に練り込んで作る大変貴重な薬だった。その薬により、(ほとん)どの者が助かり生き延びることができたのだ。

 ここにいる蒼宮軍の誰もが、花薔(かしょう)仙女に家族や仲間、知り合いを助けられている。


「公女様が氷龍を召喚(しょうかん)されました。耳を塞ぎ、音を聞かれませんように」

聖宮(せいぐう)


 花薔仙女の声に、聖宮は静かに首を振る。


「私はいいの。あれは、あの子の声なき声なのよ。皆が沙麼蘿(さばら)を、人の命を奪い取ることしかできない子だと言うわ。でも違うの、沙麼蘿は私達のため、蒼宮にいる全ての者を守るため、どれだけのことをしてくれたか。例え本人に自覚がなかったとしても、心がないから何も感じないわけではないの。だから皇も、ただ黙ってその声を聞くのよ。他の皆には耳を塞がせて、貴女(あなた)もね」


 聖宮は花薔仙女にそう言うと、結界の向こうに並び立つ二人の子供達を見つめた。



お見舞いする→相手にとって不利益なこと、ダメージとなることなどを、相手に思い知らせるために行うこと

唐突→だしぬけであること。また、そのさま。突然。不意

彩雲→太陽の近くを通りかかった雲に、緑や赤などの多色の模様がまだらに見える現象

猩々緋色→緋の中でも特に強い黄みがかった朱色

薄柳色→春の日差しを受けた柳の若葉のような淡い黄緑色



次回投稿は30日か31日が目標です。


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