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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第二章
167/206

第七部 厄災の大地《十》

 千手観音(せんじゅかんのん)は、頭上に十一面の顔を持ち、中央のニ()を除いて左右に二十()、合わせて四十臂の手を持っている。沙麼蘿(さばら)が見た書物に書かれていた『四十(しじゅう)金色(こんじき)(ひとみ)』とは、この千手観音の手のことだ。

 千手観音の四十臂の手は、それぞれが二十五の働きを表し、それに四十をかけて千の手を持つとされる。同様に、それぞれの手に目が一つずつ付いているとされ、千眼となる。

 千手観音の千の手は、慈悲(じひ)が無量であることを(しめ)し、あまねく全ての民を救うのだ。千手観音がそれぞれの手に持つ日輪(にちりん)月輪(がちりん)、剣、弓、(ほこ)錫杖(しゃくじょう)などは全て民を救う救済の力となるものであり、それぞれに意味があって千手観音の広大(こうだい)な救済力を表す。故に、これだけの力を持つ千手観音が下界に降臨(こうりん)するさいには厳しい決められごとがあり、三十の尖兵(せんぺい)が必要なのだ。だが、千手観音に付き従う者はこれだけにはとどまらない。

 千手観音は風神雷神と二十八部衆を従え降臨する。そしてその二十八部衆が、それぞれ五百体の眷属(けんぞく)(ひき)い出撃しなければならないのだ。二十八部衆は、それぞれ東西南北の四方とその上下を加えた六方に各四神が配置されており、(さら)に東西南北に一神が加えられる。正に千手観音を鳥篭(とりかご)に入れる様に護衛するのだ。その護衛をまっとうするために、それぞれが五百体の眷属を従えて来る。今まさに、二十八部衆の五百体の眷属一万四千体を従えて千手観音が降臨する。

 真っ黒に(うず)めく一万四千体の眷属の中から、(まばゆ)いばかりの黄金の光が薄明光線(はくめいこうせん)のように(もれ)れ出す。中央にぽっかりとあいたその場所に、荘厳(そうごん)なまでの金色(こんじき)を放って千手観音は(たたず)んでいるのだ。夜の暗闇が真昼の様に変わり、光が膨張(ぼうちょう)して行く。そして、千手観音はその姿を現す。


「……!!」


 その神々しいまでの金色に輝く姿に、全ての民はただただ平伏(ひれふ)し涙するのである。無量の慈悲と慈愛(じあい)を感じとって。千手観音の一つの手がそっと動き、攻撃の合図(あいず)を下す。それに従い、二十八部衆が次々と魔神(まじん)目掛けて降下(こうか)する。

 たかだか一体の魔神を封印するのに、彼等は時間を要さない。さらに千手観音の手が動き法力(ほうりき)を放つと、魔神の体内を流れる全ての血が動きを止めた。それにより、先陣をきった四天王が持つ宝具がどんなに魔神を斬りつけても、その体から血が流れ出ることはない。

 二十八部衆の尖兵(せんぺい)達が手に手に自らの宝具を持ち、魔神の体を傷つける。藻掻(もが)き苦しむ魔神を前にして、彼等(かれら)はそれすらも許しはしない。帝釈天(たいしゃくてん)がその法力を放つと、魔神の全ての動きを制御し止める。

 あっという間に動きを止め立ち尽くす魔神の心臓に、阿修羅(あしゅら)が封印のための剣を振り下ろす。大梵天(だいぼんてん)はそれを見届けるだけに(てっ)し、決して(みずか)らが動くことはない。

 阿修羅の剣が魔神の心臓を(つらぬ)いた時、千手観音の四十臂の手から金色の光が溢れ出て、魔神の体を包み込む。そして魔神は千手観音の法力の元、永遠の眠りにつくのである。






「あれって、いいとこ取りだよな。皆すごく頑張って苦労したのに」


 千手観音が降臨し、いとも簡単に魔神を封印して行く様を見て、悟空が呟く。今回、如意金箍棒(にょいきんこぼう)では魔神の血に対抗する手段がなかったため、悟空は村人のそばにいることに徹していた。

 小さな金角や銀角ですら両手に火傷(やけど)を負いながも戦っていたと言うのに、自分は手助けしてやることもできなかった。その時の悟空は、どんな気持ちだったか。

 それなのに、仏神(ぶっじん)だからと言うだけでいとも簡単にあの魔神を封印してしまった。ならば、どうしてもっと早く出て来てくれなかったのか。いい所だけ持って行くなんてと、悟空が思うのも無理はない。


「言いたいことは私も山ほどありますが、まずは魔神が封印されたことを喜びましょう」

「だが、それにしたってよ」


 八戒も悟浄も降り注ぐ魔神の血と対峙(たいじ)し、それと戦った。それぞれが持つ宝具を持ってしても、その戦いは並大抵(なみたいてい)のことではなかった。だがそれを、仏神は一瞬で封印するのだ。


「仕方ないだろう、そう言うものだ。だが見てみろ、村人の姿を」


 玄奘の言う通り、仏神の降臨とはそう言うものなのだろう。周りを見れば、地面に頭を擦り付けるように平服(へいふく)した村人達は、両手だけを頭をの上近くで合わせ、神々しいばかりの仏神達に涙を流しながら感謝の言葉を口ずさんでいる。


「これでも、この降臨は群を抜いて早い」


 そう言ったのは皇だ。皇が一人、天界軍ではない自らの兵を率いて下界に降りるのですら鶯光帝(おうこうてい)の許可が必要で、それには時間を要した。それが、千手観音と尖兵の風神雷神、そして二十八部衆。またその二十八部衆が、それぞれ五百体の眷属を率いて地上に降り立つのだ、通常なら下界の時間では二日、三日を要してもおかしくはない。


「ぴゅ〜う」


 “(おど)しがきいたねぇ”、玉龍(ぎょくりゅう)が間の抜けたような声で鳴く。確かに、沙麼蘿がさんざん如来(にょらい)相手に横柄(おうへい)(きわ)みで脅しをかけ、皇が白々しい態度で降臨を願ってみせた。その結果が、これだけ早い千手観音の降臨に繋がったのだ。

 降臨には長い時間を要し、封印にかかる時間はほんの一瞬。それよりも早いのは、千手観音の帰還(きかん)である。従えた一万四千体の眷属達が隙間(すきま)なく千手観音の周りを取り囲み、月へと帰って行く。

 絵巻物を見る様な千手観音の降臨は数分とかからぬうちに終わりを見せ、最後に千手観音は哀れな民に目をやり天上界へと消えて行った。


無量→計り知れないほど大きい、多いこと

広大→広く大きいこと。また、そのさま

薄明光線→太陽が雲に隠れている時、雲の切れ間あるいは端から光が漏れ、光線の柱が放射線状に地上へ降り注いで見える現象

荘厳→重々しくおごそかなこと

法力→神通力や超能力。また、悪霊や妖怪などを払う力

徹する→考え方や態度を貫きとおす

並大抵→普通に考えられる程度。また、そのさま

横柄→いばって人を無視した態度をとること。無礼。無遠慮なこと

帰還→遠方から帰ってくること



次回投稿は12月12日か13日が目標です。

次が厄災の大地の最終話になるかと思いますので、その後は少しお休みをいただく予定です。


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