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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第二章
164/206

第七部 厄災の大地《七》

 振り上げた(てのひら)から流れ出たその血は、魔神の目をめがけ飛んで行く。それは、沙麼蘿の意のままに動く操り人形のように小さな血の一滴でさえ下に落ちることはなく、魔神の目の中に吸い込まれて行った。

 途端、凍りついていた魔神の残った片腕が苦しさに耐えられず動き出し目元を覆う。(すさ)まじい叫換(きょうかん)が辺りに響き渡り、その声は地上の全てを震わせるかと思えるほど。そして魔神の体は膝から崩れ落ちた。無理に動かした体は、凍りの中でひび割れているようにも見える。

 沙麼蘿は氷龍神剣(ひょうりゅうしんけん)を取り出すと、魔神の体に向かって霊氣を一振投げつけた。この霊氣は魔神のひび割れた体から中に入り込み、その全てを凍らせて行く。(ひざまず)いた形で魔神は全ての機能を停止し、動きを止めた。

 地上に降り立った沙麼蘿に、(すめらぎ)はすぐさま花薔仙女(かしょうせんにょ)の薬を飲ませ止血させる。この地上に、沙麼蘿の血を降らせてはならない。


「なぁ、姉ちゃん。これでコイツの動きは止まったのか」


 まるで壊れた人形のように動かなくなった魔神の体を見つめた悟空が、片足で魔神を()り上げながら言う。


「いや、これは一時凍りついているだけにすぎない。時が過ぎればまた動き出す」

「しかも、あの体中のひび割れた箇所(かしょ)から血が吹き出すだろうな」

「冗談だろう」


 沙麼蘿と皇の言葉に、思わず悟浄は呟く。もう、此処(ここ)にいる玄奘達には戦う力さえ残ってはいない。


「沙麼蘿の血で、相殺することは」


 先程、沙麼蘿の血が皇の傷を()やすのを見た玄奘の言葉に


「相殺。この地上が、私と魔神の血にまみれ、もつと思うか。皇であればこそ、魔神の血を浴びてもあれだけの傷で済んだ。普通の人間ならば、(すで)に姿形さえ溶けてない」


 と、沙麼蘿は答えた。元々、あれは沙麼蘿の血に耐えられる皇であればこそ、毒を(もっ)て毒を制すことが出来ただけだ。皇以外には使うことなど出来はしない。


「大丈夫ですか、しっかり」

「なかはあついから、そとにでろ」

「そとはさむいかもしれないけど」


 八戒と金角と銀角が、洞窟の中から村人達を連れ外へと出てくる。魔神の血を燃やすために使われた宝具のその(ほとん)どは炎系のもので、使えば使うだけ辺りに炎の氣が拡散され逃げ場のない洞窟の中は高温になっていた。

 初めは子供であっても妖怪の金角と銀角を恐れていた村人達も、小さな身体で両手に火傷を負いながら戦い自分達を守ってくれようとしている姿に心打たれ、今では二人を怖がる村人などいない。

 今や村人達だけでなく、玄奘一行、天上人である妾季(しょうき)達ですら疲弊(ひへい)しており、まともに動けるのは沙麼蘿と皇のみ。辺りを見回し人間達の様子を確認した金角と銀角は


「いまがつかいどき」

「いまがここぞというとき」


 と言うと胸元から小さな袋を取り出し、別れて皆にあるものを配り始めた。


「これ、おいしいやつだから」

「たべたらげんきになるやつ」


 “そのままたべて” と全員に配られたのは、あの日蓮花洞(れんげどう)を旅立つ前に母が持たせてくれた山桜桃梅(ゆすらうめ)の実。乾燥して小さくなったシワシワの山桜桃梅の実は、見た目と違い美味しい上に疲労回復·免疫(めんえき)強化·滋養強壮(じようきょうそう)と、全てにおいて良い。小さな息子達を守るために金角と銀角に母親が持たせた物だが、二人はそれを皆に配って回った。


「私と沙麼蘿には必要ない、お前達が次に食べる時まで取っておくといい」


 “はい” と小さな手で山桜桃梅の実を差し出した金角に皇はそう言うと、その頭をそっと()でた。洞窟の前で玄奘を守っていた須格泉(すうの)琉格泉(るうの)も、その美しい毛並みの所々が()げ付いていたが、沙麼蘿が一撫でしてやると美しい毛並みを取り戻して行く。玉龍(ぎょくりゅう)(いた)っては、手持ちの黄仙桃(こうせんとう)にかぶりついているので何の心配もない。


光明(こうみょう)は見えたか」

千手観音(せんじゅかんのん)を引きずり出す」

「千手観音とは、また手強(てごわ)いな」


 皇と沙麼蘿の会話に、全員が聞き耳を立てるようにしている。


「元々、千手観音の降臨(こうりん)は数が少ない上に、尖兵(せんぺい)である二十八部衆が必要になる。だがその二十八部衆の中には、大梵天(だいぼんてん)帝釈天(たいしゃくてん)四天王(してんのう)阿修羅(あしゅら)もいるのだぞ。これだけの面子(めんつ)の降臨を、仏界がそうやすやすと許すものか」

「あぁ、だが今回は二十八部衆でも足りない」

「まだ他にも」

「風神雷神」

「風神と雷神だと」


 沙麼蘿はあの時見た “三重(みえ)(とう)に連なる光現れて” と、あれは千手観音の眷族(けんぞく)である二十八部衆と、ごく(まれ)にその尖兵として数えられる風神と雷神のことだ。天部一人を地上に降ろすのでさえ大変なのに、千手観音を降臨させるためにはこれだけの数を地上に降り立たせなくては行けない。反対を言えば、これだけの守護がないと千手観音の降臨は絶対に無いと言うことだ。


「降りて来るのか」

「少なくとも、千手観音に一部の声は届いているだろうな」


 そう言って、沙麼蘿は玄奘を見た。自分達が魔神と闘っている最中(さいちゅう)(わず)かに聞えた(きょう)、『千手千眼(せんじゅせんげん)観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)大悲心(だいひしん)陀羅尼経(だらにきょう)』。普通の僧侶が(とな)えた経ならいざ知らず、あれは高僧(こうそう)である玄奘三蔵が唱えたものだ。まさか聞こえなかったと言う戯言(たわごと)が通るはずがない。


大勢至菩薩(だいせいしぼさつ)には、是非(ぜひ)助力(じょりょく)頂きたいものだ」


 何処(どこ)かで聞いているであろう仏神(ぶっじん)に向かい、沙麼蘿はニヤリと笑って見せた。玄奘の経は千手観音に届き、元は大勢至菩薩(だいせいしぼさつ)大神(オオカミ)であった須格泉と琉格泉の咆哮(ほうこう)は、大勢至菩薩には聞こえていたはずなのだから。

叫喚→大声でわめきさけぶこと

毒は毒を以て制す→解毒をするのに他の毒を用いること

疲弊→心身ともに疲れて弱っている状態

光明→あかるい見通し。希望

尖兵→軍隊の行動中、本隊の前方にあって警戒·偵察の任に当たる小部隊

眷族→従者。家来。配下の者。一族の者。親族

戯言→たわけた言葉。ばかばかしい話。ふざけた花弁

助力→他人の進めている仕事や活動などに力を貸すこと。手助け



次回投稿は10月31日か11月1日が目標です。

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