表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第二章
162/206

第七部 厄災の大地《五》

 氷龍神剣(ひょうりゅうしんけん)風龍神剣(ふうりゅうしんけん)が、交互に魔神の左腕を斬りつける。


「この化け物が」


 (すめらぎ)の口からそんな言葉が出たのも、仕方ないことだった。二人がもつ(ジエン)は、(かつ)修羅界(しゅらかい)の王であった阿修羅(あしゅら)が持っていた宝具だ。であるにも関わらず、その阿修羅の宝具である剣を持ってしても魔神に(わず)かな傷しかあたえられない。

 しかも、左腕は凍らせたはずなのに斬りつける(たび)に魔神の血が(あふ)れ出る。その血の多くは、沙麼蘿や皇に向かって飛び散って来た。だが上級神である二人は、自らの作り出す()によりそれらを消滅させることができる。すると、まるでそのこと理解したかのように魔神の血は地上に落ちて行く。

 腕の僅かな傷でもこうなのに、腕一本を切り落とした時に出る血潮は一体どれだけのものになるのか。その時、果たして地上にいる妾季(しょうき)や玄奘達がそれに耐えられるのか。だがそれでも、魔神をここで止めるためには切り落とさなければならない。





 空から、ポトリと大きな血の塊が地上に落ちて来る。“これなら、宝具で護りきれるか”、妾季達蒼宮軍(そうきゅうぐん)がそう思った時、その血の塊はユラユラと揺れ地上に落ちる直前で、幾重(いくえ)にも分かれ小粒な玉のようになり広範囲に降り注いだ。


「なんだ!」


 宝具を設置し護りを固めていた妾季達が、その血の動きに息を飲む。次の瞬間、ひとりでに動き出した血が、まるで意思を持ったように蒼宮軍に襲いかかって来た。


収華弾(しゅうかだん)


 洞窟の前に立つ八戒の左手中指にはめられた指環(ゆびわ)(ゴン)の形をとり、その弓の(げん)にそっと右手を近づけると、右手人差し指と細い鎖のようなもので繋がれた小指の二つの銀製らしき指環の間から三本の(せん)が現れる。箭は、落ちて来る沢山の小さな玉のような魔神の血に向かって放たれると空中で音をたてて爆発し、その中から無数の(つる)が出て弦は()(えが)きながら鳥籠(とりかご)の形をとる。

 鳥籠の中に閉じ込められた真っ赤な血の玉は、そこから出ようともがく。だが八戒の作り出す収華弾は、人や物だけでなく氣までを閉じ込める代物だ。それが、段々と形を小さくして下りてくる。


「金角、頼みます! 長くは持たない!」

「まかせろ! いけー、ばしょうせん!!」


 八戒の収華弾でさえ、魔神の血には長くは持たない。鳥籠が揺らめきその姿が消えかかる直前に、金角が団扇(だんせん)の形をした芭蕉扇(ばしょうせん)で扇ぐと、そこからブワッと巨大な炎が(おど)り出て鳥籠を燃やし尽くす。

 次々と降り注ぐ魔神の血は止むことを知らず、八戒の収華弾(しゅうかだん)だけでは取り切ることができない。鳥籠に入りきらなかった魔神の血は、銀角が羊脂玉浄瓶ようしぎょくじょうびょうを使って吸い込んで行く。ただそれでも意思を持った血は収華弾を逃れ、芭蕉扇を逃れ、羊脂玉浄瓶を逃れ、洞窟を目掛け飛んできた。


「玄奘、魔神の血が飛んで来るぞ」


 悟浄の声に、玄奘はその場に座り込むと右手首に腕釧(ブレスレット)の様に巻きつけていた玻璃(すいしょう)の数珠を取り出し、それを両手にかける。そして静かに、(きょう)を唱え始めた。『千手千眼(せんじゅせんげん)観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)大悲心(だいひしん)陀羅尼経(だらにきょう)』、玄奘が経を一つ唱えるにしたがってその言葉が輝く氣に包まれ、辺りに広がりながら結界のようなものを作り出す。

 意思を持った血の玉から村人を守るため、自分は無防備になりながらも経を唱える玄奘の前に須格泉(すうの)琉格泉(るうの)が現れて氣を放つ。二頭の大神(オオカミ)は普通の狼とは訳が違う、仏界に住む神の使いであり大勢至菩薩(だいせいしぼさつ)に仕える大神の(おさ)女帝(エンプレス)の子供だ。須格泉と琉格泉の氣は桁違(けたちが)いに強い。

 玄奘に近づこうとする血の玉は、二頭の大神がはじき飛ばして行く。それでも、(さら)に洞窟の中に入ろうとする血を悟浄の(ダオ)が斬りつければ、血の玉は(いく)つもの小さな血の塊となり悟浄に降り注いだ。


「チッ、始末が悪い! 切ったら分裂して増えやがる。刀じゃどうしようもない!」


 その血が身体に触れれば、大火傷(おおやけど)くらいでは済まない。なすすべのない悟浄の前に玉龍が作り出した水の塊が現れて、その身体を守る。


「どうすれば」


 そう呟いた悟浄の耳に “悟浄、貴方(あなた)の持つ刀についた私は何” と、姉花韮(かきゅう)の声が聞えた。


焔…魂(えんこん)


 呟いた悟浄に “そうよ、私は焔魂よ。どんなモノでも燃やし尽くしてみせる。刀を振るいなさい、悟浄” と、花韮は言った。その声に応えるように悟浄が刀を振れば、刀に触れた血の玉は全て燃え尽きて消えた。


「終わりが見えない。いや、まだ序の口か」


 八戒がどれほどの箭を放とうと、目の前の魔神の血は減ることがない。鳥籠で囲み金角が芭蕉扇で燃やそうと、銀角が羊脂玉浄瓶で吸い込もうと、まるで切りがない。何時(いつ)までこの状態が続くのか、今でも全員が手いっぱいだ。だがこれから魔神の腕が落ちてくれば、今までの比ではない血が頭上から降り注ぐことになる。




 空中で交互に剣を振るっていた沙麼蘿と皇だが、皇の剣が魔神の片手の中程まで届いた時、未だかつてないほどの血が溢れ出て皇の身体に降り注いだ。


「皇!!」

「切り落とせ!」


 皇の顔に身体に血が降り注ぐ様を見た沙麼蘿の表情が一変し、怒りに姿が変わっていく。灰簾石色(タンザナイト)色の髪が(きら)めく白金(はっきん)に、双眸(そうぼう)も灰簾石色から妖艶(ようえん)鳩の血(ピジョンブラッド)に変わり、(まと)う氣が刃のような(するど)さを持った。




「落ちるぞ!」


 そんな声が聞えたのは突然。どれくらいの時を魔神の血と格闘(かくとう)してきたのか。箭を放つ八戒の指先が自らの血に染まり、金角や銀角の小さな手でさえ魔神の血を燃やした残骸(ざんがい)に触れ火傷をおっていた。

 その残骸は洞窟の中でも舞っていて、それが玄奘を守っている須格泉と琉格泉に触れることがないように、悟浄や玄奘の身体に触れることがないように、必死に玉龍が雨を降らせる。今ですら手いっぱいの状態なのに、皇の声と共に滝のような魔神の血が(したた)り落ちて来た。



箭→や(矢)

団扇→円形のうちわ

経→不変の道理を説いた書物。聖人や仏陀(ブッダ)の教えを記した書物

焔魂→華魂(生きながらにして植えつけられた者の魂を吸い取る)の一種。宝具のもとになる

残骸→原形をとどめないほどに破壊された状態で残っているもの



次回投稿は10月7日か8日が目標です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ