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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第二章
158/206

第七部 厄災の大地《一》

「オレら、やくにたった!」

「オレら、できるやつ!」


 金角と銀角は御満悦(ごまんえつ)で、玄奘一行の横を歩く。突如(とつじょ)として邪神達との(たたか)いの最中に現れた二人は、“じいちゃんからたくされた” と言う宝具を使って邪神達を退(しりぞ)けると “おんをかえしにきた” と言った。

 最初は “子供が恩を返しに来ただと” “邪魔になるだけだろ” “長い道のりを歩くことは無理かと” “早く家に帰れよ” などと玄奘達に言われていた二人だが、“じいちゃんからたくされた” と言う宝具は一つや二つではなく戦力的には全く問題もなく、長い道のりを歩くことも二人の履物(はきもの)につけられた星の形の飾りを大きくしてそれに乗れば浮いて移動することができ、此方(こちら)の方も全く問題ない。

 何より “おんをかえさないうちは、いえにはかえれない” “かえってもまたくることになる” と言う二人の言葉に、少し付き合わせれば気が済んでそのうち帰るだろうと、しばらくの間は一緒に連れて行くことにした。とは言え、元々面白いことや珍しいことに目がない悟空や玉龍(ぎょくりゅう)と言うお子様とも言える二人がいる上に、本当のお子様二人がついて来るのだから目も離せないし気も抜けない状態だ。

 (さいわ)い今は、見晴らしのよい赤茶けた大地を街を目指し進んでいる。目の前には青い空と地平線、右手の先には緑濃い山々、街に出たら山側を目指し東へと進む。つい最近までは西を目指して進んでいたと言うのに、とんでもない所に飛ばされてしまったものだ。

 この赤茶けた大地には()れと言ってお子様達の気を引く物はないが、それでも山育ちの金角と銀角は “このむしなんだ”“みたことないぞ” (など)と時折歩みを止めて(うずくま)ったりしている。そんな何処(どこ)かのんびりとした光景を見ながら、今日は何気ない一日になりそうだと(みな)が思っていた時のことだ。

 ぐらりと大地が揺れ、その場に立っていることさえできなくなった。


「な、なんだよ!」

「地震か!」


 悟空や悟浄が、声を上げながら大地に手を付く。その横で八戒が皆の無事を確認し玄奘に声をかけようとした時


「どうした」


 と、玄奘の声がした。玄奘の視線の先には、この揺れの中でも身動き一つせずに立ち尽くして遠くを見つめている沙麼蘿(さばら)の姿があった。激しい揺れが続く中、遠くを見つめる睛眸(ひとみ)に映るものはいったい何なのか。玄奘は、何故(なぜ)(ひど)く嫌な予感がした。


「全員離れるな!」


 玄奘の叫び声に、全員が慌てて集まってきたその時のことだ。遠くから砂を巻き上げながら、まるで灼熱(しゃくねつ)(ごと)き熱風が吹き荒れた。沙麼蘿が咄嗟(とっさ)に姿を変え、神としての力で結界を張らなければどうなっていたことか。

 熱風が去った後、玄奘達は風が吹いて来た方角を呆然(ぼうぜん)とした表情で見つめる。沙麼蘿の作り出した結界の中でさえ熱を感じた。ならば、今風が吹いて来た方角にもあったであろう街や村に住む人間達はどうなった、考えただけでも血の気が引く。そんな中


「血の、色」


 ポツリと沙麼蘿の声が聞こえ、玄奘達は立ち上がる。


「ッ……」


 思わず声がもれたのは誰だったか、沙麼蘿が見つめる先に視線を移した全員が言葉を失う。地平線の先に見えるのは燦々(さんさん)と輝く太陽でも、青い空や白い雲でもなかった。

 そこに見えたのは、太陽も空も雲も人の血の色。血の色をした深い深い深紅(しんく)が、視線の先の全てを埋め尽くしていたのだ。

 この(おぞま)しいまでの光景に、言葉を発する者などいない。


琉格泉(るうの)(すめらぎ)を…!」


 沙麼蘿が言い終わる前に、第二派が襲って来た。灼熱の如き熱風を()ぎ払うような琉格泉の咆哮(ほうこう)が辺りに響き渡り、空気が切り裂かれたかのように感じる。するとまた大地が揺れ、立っていることができない。


「またゆれた!」

「いつおわるんだ!」


 すっと空中に浮かび揺れから逃れた金角と銀角が叫べば、また一定の間を置いて熱風や揺れが襲う。身を焼くような熱風は沙麼蘿の結界で避けることができたとしても、周りの気温上昇と揺れだけは避けられない。


「何が起こってるんだよ」

「これではまるで、地獄絵図と一緒だ」


 悟空が如意金箍棒(にょいきんこぼう)を支えとして立ち上がりながら呟けば、八戒も辺りを見回し声を上げる。赤茶けた大地に(わず)かにあった草木さえ()れ果て辺りが深紅に染まって行き、右手にあったはずの緑の山々はその色をなくし禿山(はげやま)と化していた。そして玄奘一行もまた、赤い世界の中に取り込まれていたからだ。

 片手で結界を張り熱風を避けながら、深紅に染まった地平線を見つめていた沙麼蘿の脳裏に、ふと(かつ)ての光景が浮かび上がる。何処(どこ)かで見た、書物の文字。


『天 血の海に染まりし時 地よりも深き深海(しんかい)より 一つの悪しき生き物()まれいで 下界の地は 無情の念仏(ねんぶつ)とかす 広き大地は切り裂かれ 緑多き森は焼き尽くされ 民の悲鳴(ひめい)地を揺るがし 川を流れ幾多(いくた)の方位に(つた)いおり この地上に生きとしいける 全ての者の命の火が消え去る 民はこれを魔神(まじん)と呼び 恐怖と静寂(せいじゃく)の中で息()える』


「魔神…」


 沙麼蘿の唇から、不吉な単語がもれ出て消えて行った。


「続き、は」


 “確か、あの書物には続きがあった。何か、とても大切な続きが…” そう思えど、頭の中に(きり)がかかったようで何も思い出せない。何処で見たのかも霧の中だ。


「どうなっている!」


 玄奘が沙麼蘿に問えば


「魔神が、今姿を現す」


 と沙麼蘿が答え、目先の地平線に薄っすらと動く山のようなモノが見えた。

御満悦→心が満ち足りてよろこぶこと

退ける→後方へ下がらせる。引き下がらせる。その場から遠ざける。こちらに向かって来るものを負かしたり、寄せつけず追い返したりする

幸い→運のいいさま。また、都合のいいさま

如き→…のような

呆然→あっけにとられているさま

悍しい→いかにも嫌な感じがする。ぞっとするほど、いとわしい。たけだけしく、恐ろしい

薙ぎ払う→刃物などで、勢いよく横に払う

咆哮→猛獣などが、ほえたけること。また、その声

禿山→草木が生育していない山

嘗て→過去のある一時期を表す語

念仏→ふつう阿弥陀仏を念ずること。仏の名を口に称えること



次回投稿は、お盆休みをはさんで20日か21日が目標です。

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