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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第二章
156/206

第六部 山桜桃梅《一》

幕間ぽい話で、二話〜三話くらいでスルッと終わります。


山桜桃梅(ゆすらうめ)→バラ科サクラ属の落葉低木の果樹。若枝や葉に毛が生えているのが特徴。庭園などに植えられる。サクランボに似た赤い小さな実をつけ、食用になる。

 小さな小さな手がぎゅっと人差し指を(つか)むと、眠っているはずのその口元がふにゃふにゃと動く。


蝋梅(ろうばい)の花が咲く頃には生まれるわ』


 母がそう言っていたように、半透明でにぶい(つや)のある蝋細工(ろうざいく)でできたような蝋梅の花が咲き、黄色い花が高貴な甘い香りを放ち始めた頃、母は可愛らしい女の子を産んだ。だが、此処(ここ)(いた)るまでの道のりは(けわ)しく、並大抵(なみたいてい)のことではなかった。

 平頂山(へいちょうざん)にある洞窟蓮花洞(れんげどう)の奥に広がる村が金角と銀角が暮らす場所で、その村を創り上げたのは二人の祖父である千角(せんかく)大魔王だ。千角大魔王は百戦錬磨(ひゃくせんれんま)強者(つわもの)だったが、血で血を洗う激しい(たたか)いの時代の波が引くと、金角と銀角の誕生を期に一族を率いて安寧(あんねい)に暮らす道を選びこの蓮華洞に村を創った。

 入口は普通の洞窟だが、その奥の奥は広い村になっており、村の真ん中には木々もある。その木々の上だけ、穴があいたようにポッカリと空が見える場所があり、そこからは太陽の光が降り注ぎ雨や雪も降り注ぐ。洞窟の中とは思えないその場所にある妖怪が住む村は、今は千角大魔王の息子であり金角と銀角の父親である百角大王(ひゃっかくたいおう)が治めていた。

 あれは、雪が降り始めた頃のこと。よそにある妖怪の村で異変が起こり、助けを求める声に祖父が出かけていた時だ、父親である百角大王や母、村に住む長老達が眠りにつき目覚めないと言う事件がおきた。起きる気配のない大人達を前にして、幼い金角と銀角は決断を迫られる。身重(みおも)の母を、お腹の子を守るために。その時に声をかけてきたのが、母が助けた妖怪の女だった。実はこの女は邪神の部下である(まだら)で、金角と銀角は否応(いやおう)なく天上の桜をめぐる戦いの渦に引き込まれて行くことになる。

 結果的に、金角と銀角は双刀(そうとう)を向けたはずの玄奘一行に助けられ、鴨梨(ヤーリー)に似た黃仙桃(こうせんとう)と言う果物をもらい皆を目覚めさせることに成功した。そしてその黄仙桃は蓮華洞の者達だけではなく、何も出来ずに戻ってきた祖父に残りが渡され、他の妖怪の村をも救うことになったのだ。

 今こうして、自分達の人差し指を掴んだまま眠る可愛い妹の寝姿を見ていられるのも、家族や村の皆と楽しく暮らせているのも、よその村から礼の品々を持った長老達が訪れ宴会が開かれるのも、全て玄奘達が黄仙桃をくれたからだ。何事もなかったかのように、何時(いつ)もの日常が過ぎて行く。だからこそ…


「金角、銀角。受けた恩は返さねばならん」


 そうだ、玄奘一行から受けた恩は返さなければならない。何気ない日常が崩れ落ちて行くのはほんの一瞬だが、()れ取り戻すまでには血反吐(ちへど)を吐かなければならないのだから。それをよく知っていればこそ、金角と銀角は力強く


「わかってるよ、じいちゃん!」

「オレら、おんしらずじゃないからな!」


 と言った。その真っ直ぐな言葉に、“ふむ” と千角大魔王も(うなず)く。まだまだ幼子ではあるが、この世界は今が正念場のはずだ。誰が天上の桜を手に入れるのか、それで未来の全てが決まるだろう。

 千角大魔王とて、天上の桜の伝説くらいは知っている。もしアレが、金角や銀角が言う玄奘三蔵達人間にではなく、邪神の手に渡ってしまったとしたら、この世界はまた血で血を洗う時代に逆戻りしてしまう。その時、金角や銀角や生まれだばかりの孫娘が生きていけるのか、この村を自分達で守りきれるのか。

 いや、邪神は全てを無慈悲(むじひ)な程に踏みにじり蹂躙(じゅうりん)するだろう。そうなれば、自分達にもこの村にも未来はない。ならば、どうするか。

 千角大魔王は、(すで)に動いている。最近客人が多いのも、知りうる限りの村々に連絡を取っているからだ。神から見れば妖怪など目にも入らぬ弱き者。それでも、何かできることがあるはずだ。自分達の未来を、掴み取るために。

 千角大魔王は、妖怪にしては義理人情に厚く、受けた恩は忘れない。金角と銀角が持って帰ってきた黄仙桃が、この村だけではなくどれだけの妖怪を助けたか。本来ならば自分も行きたい所だが、今はこの村を離れられない。

 村の中央、たくさんの木々が植えられた場所の一角に、千角大魔王は黄仙桃から取り出した種を植えた。黄仙桃と同じ物がこの地で育つとは思わないし、芽が出ること自体も難しいだろう。だがもし、邪神達が天上の桜を手に入れ世界を蹂躙したならば、黄仙桃が必ず必要になる。そのため、千角大魔王と百角大王は交互に自分達の()を注ぎ続け、なんとか黄仙桃を育てようとしていたのだ。


「いつか、きっと芽は出るはずじゃ。いや、何としても出さねばならん」


 千角大魔王はそう呟くと、幼い孫達を見つめた。この村と他の地に住む妖怪達全ての未来を、幼い孫に託さねばならない。それは、自分達の未来を自らの手で掴み取ることであり、世界の行く末を(にな)うことでもある。

 生まれて間もない孫娘が、笑って生きていける世界。そんな当たり前の世を手に入れるため、千角大魔王には千角大魔王にしかできないことを。百角大王には百角大王にしかできないことを、金角と銀角には二人にしかできないことを。

 ふと窓の外を見つめれば、村の中央の木々が見えた。千角大魔王の想いなど知らぬげに、今が見頃の山桜桃梅(ゆすらうめ)の白い花が風にゆらゆらと揺れていた。


並大抵→普通に考えられる程度であること。また、そのさま。多く打消しの語を伴って用いる

百戦錬磨→数々の実戦で鍛えられること。また、多くの経験を積んでいること

安寧→穏やかにおさまり、異変、不安などがないこと。また、そのさま

身重→妊娠していること

否応なく→承知も不承知もないようす。有無を言わせないようす

双刀→中国の武具で刀の一種。一つの鞘に二つ、または複数の刀身が入っているもので、同じ種類に双剣がある

鴨梨→中国の梨の一種。見た目は西洋梨だが、食感は和梨ににている

無慈悲→思いやりの心がないこと。あわれみの心がないこと。また、そのさま

蹂躙→ふみにじること。暴力·強権などをもって他を侵害すること

担う→ある物事を支え、推し進める。また、自分の責任として身に引き受ける



次回投稿は7月15日か16日が目標です。


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