第98話 同人爆撃(物理)
「戦況はどうなっているのだ? 危急とのことだが……?」
1937年11月下旬。
バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂では、ローマ教皇ピオ11世が枢機卿たちから独ソ戦の戦況報告を受けていた。
信徒たちによるヒューミントがバチカンの強みと言える。
今や欧州最大会派となったカトリックは、独ソ戦の戦況を詳細に把握していた。
「はっ、無神論者どもの攻勢は突出したドイツ軍へ向けられています。このままだと包囲されてしまうかと……」
現状のドイツ帝国陸軍はモスクワ近郊で立ち往生していた。
対する赤軍は続々と戦力をかき集めており、ドイツ軍を包囲しようとしていたのである。
「あと少しでモスクワを落とせるというのに、ヴィルヘルム2世も不甲斐ない。二重帝国は何をしているのだ!?」
表情が険しくなるピオ11世。
あれだけの快進撃をしたというのに、なぜこうなったのか。彼には理解出来なかった。
「カール1世陛下の軍団は健在ですが、モスクワよりもはるか南方で足止めされています。ドイツ軍の救援は不可能でしょう」
「ブルガリアとルーマニアはどうした? あれらも宣戦布告していただろう?」
「無神論者どもの軍との戦闘で壊滅的な損害を受けて再編成中です。もはや戦力としては期待出来ないかと……」
枢機卿たちからの報告は戦況が不利なことを示すものばかりであった。
とはいえ、全てがそうではない。一部の部隊が奮戦していることも把握していたのである。
「このままでは遠からずドイツ軍は壊滅、無神論者どもの軍隊が欧州を席巻することになるでしょう」
それでも、枢機卿たちによる情報分析の結果は絶望的なものであったが。
バチカンにとって、極めて不都合な未来でしかなかったのである。
「ヴィルヘルム2世は何と言っている?」
「徹底抗戦を叫ばれております。あのご気性故に、簡単には退かないものと思われます」
「そうか。ならばよし」
険しかったピオ11世の表情が少しだけ和らぐ。
ドイツが最後まで戦う意思を確認出来ただけでも僥倖であろう。
(このままドイツ軍が壊滅したとしても、殉教者として祭り上げることは出来る。せいぜい役に立ってもらおうか)
なかなかにゲスいことを考えるピオ11世。
彼にとって大事なのはカトリックの隆盛であって、国家の存亡は二の次なのである。
「しかし、現在のドイツ帝国は世界大戦前とは違います。議会の動き次第では早期講和に動くかもしれません」
「二重帝国諸国連邦もです。議会では一部の議員たちが停戦を模索しているとも聞き及んでおります」
ドイツ帝国と二重帝国諸国連邦における独ソ戦の戦況は、既に大本営発表と化していた。それでも情報は漏れ出てくるものであり、一部の議員たちからは停戦を模索する動きが出ていたのである。
「議会への工作を急がせよ。派手に現ナマをばら撒いてもかまわん。現時点での停戦だけは絶対に避けねばならん」
「「「御意に御座います」」」
バチカンはドイツ帝国と二重帝国諸国連邦への議会工作を強化した。
金やハニトラ、その他諸々の手段を用いて議員たちを黙らせていったのである。
「猊下!? 大変です! イギリスが軍事介入の動きを見せております」
「なんだと!?」
1937年12月上旬。
ピオ11世は英国の軍事介入の報に驚愕していた。
「欧州はカトリックの聖地なのだ。邪教の好きにはさせぬ!」
欧州は既にカトリックの聖地である。
そこに英国国教会が入り込んでくるというのであるから、ピオ11世が激昂したのも当然であろう。
「猊下、落ち着いてくださいませ。まだ正式に決定したわけでは……それに宗教戦争するわけでは御座いませぬ」
「そ、そうか。済まなかった。詳細を話してくれ」
「はっ、ドイツ国内の信徒からの報告なのですが、ヒンデンブルク大統領宛てに英国から密書が送られたとのことです」
11月の時点で独ソ戦の戦況がドイツ帝国(と二重帝国諸国連邦)にとって不利なことを英国は把握していた。それ故に、パウル・フォン・ヒンデンブルク大統領に密かに軍事介入を打診していたのである。
『共産主義と共に戦うという体裁にすればカイザーを説得する自信はある。軍事介入の準備を急ぎ進めて欲しい』
ヒンデンブルクは英国の軍事介入を受け入れるつもりであった。
事実上、ドイツ一国でソ連と敵対している状況に危機感を覚えていたのである。
軍事介入の詳細については、英国宰相ロイド・ジョージとヒンデンブルクとの私信という形で何度かやり取りされた。これがバチカン側に知られてしまったのである。
「なんとしても軍事介入を潰す必要がある。しかし、我らの仕業と知られるわけにもいかぬ。どうしたものか……そうだ!」
ここでピオ11世は名案を思い付く。
ヒンデンブルクよりも立場が上の人間にバラしてしまえば良いのである。
後日、バチカンの工作によってヒンデンブルク宛のロイド・ジョージの私信が駐英ドイツ大使館へと渡った。正規の外交ルートでドイツ本国に送られた結果、カイザーが目にすることになったのである。
『これはどういうことだヒンデンブルク!? 余はイギリスの軍事介入など認めてはおらんぞ!?』
それを見たカイザーが激昂したのは言うまでもない。
激〇ラー〇ャンの如く怒髪天で猛烈にヒンデンブルクを責め立てたのであった。
『ドイツ帝国政府 イギリスに軍事介入を打診』
『欧州にユニオンジャックが翻ひるがえる? 国民に広がる不安』
『都市部での暴動発生 イギリス軍事介入の報道が原因か』
バチカンはこの情報をドイツ国内のマスコミにも流した。
戦時にもかかわらず報道統制がされていなかったので、マスゴミ様はやりたい放題だったのである。
『我が大ドイツはイギリスの手など借りん! せっかくの配慮だが遠慮願おう!』
英国の軍事介入が潰されたのはこの瞬間であった。
事が事だけにドイツ国内のメディアでは大きく報道され、さらには英国でも報じられることになったのである。
『僕の年末を返せぇぇぇぇっ!?』
さらに言えば、英国のとある領地では自分の仕事が無駄になったことで絶叫した領主さまがいたのであるが。クリスマスも冬コミも仕事で潰された哀れな社畜の声を聴く者は誰もいなかったのである。
『……済まぬ参謀総長。儂の力不足だった』
「何をおっしゃいますか。ああなったカイザーは自然災害のようなものです。決して閣下の責任ではございませんぞ」
『そういってもらえると多少は気が和らぐな。せめて君たちがフリーハンドを発揮出来るように風よけに徹しさせてもらおう』
「そうしていただけると助かります。では、我らは次善策を取りますので」
ドイツ帝国参謀本部。
そのトップに立つルートヴィヒ・アウグスト・テオドール・ベック上級大将は、受話器を戻すとため息をついた。
「諸君、イギリスの軍事介入はお流れになった。現状では我が軍だけでイワンどもと対決せねばならぬ」
ベックの前に集結した参謀たちからは動揺が広がる。
しかし、それもわずかな時間であった。彼らはこうなることを予想していたのである。
「現状ではモスクワ攻略は不可能です。撤退するしかありません」
「しかし、素直に撤退させてくれんだろう。間違いなくイワンどもが追撃してくるぞ」
「それでも撤退するしかない。このままだと座して死を待つだけになる」
「ここで兵士を使い捨てるわけにはいかん。そんなことをすれば軍の士気が崩壊してしまう」
参謀本部内では撤退は既に規定事項であった。
問題は如何に損害を抑えつつ撤退することだったのである。
「幸いにして空軍は健在です。制空権も維持されている」
「空軍の援護があれば、撤退もスムーズに進むでしょう」
「総長、空軍にお願い出来ませんでしょうか?」
「元より、空軍大臣からは最大限の支援をするとの内諾を得ている。その点は心配しなくても良いだろう」
ベックの確約に参謀たちは安堵の表情を見せる。
空軍の全面支援があれば、作戦の成功率も跳ね上がろうというものである。
(空軍の連中は歓迎していないようだがな。面会に行っても断られる程度には嫌われているようだ)
喜ぶ参謀たちとは違い、ベックの心情は複雑であった。
支援の件で空軍省へ出向いたのであるが、リヒトホーフェン空軍大臣どころか副官のゲーリングにも面会出来なかったのである。
『あー!? 隊長、人の獲物を横取りしないでくださいよ!?』
『うるせー! こんなの早い者勝ちに決まっているだろうが!』
『そういうことなら……もらったぁ!』
『あーっ!? それは俺んのだ!?』
もっとも、二人に面会出来なかったのは別の理由があったからであるが。
空軍のトップ二人が、まさか前線で暴れていようとはベックには想像も出来なかったのである。
「……撤退するならウクライナ国境が最善だろう。あそこには物資も集積されているし、基地設備も完備している」
「イワンどもが、そこまでの撤退を許すと思うか? ここぞとばかりに追撃をかけてくるだろうよ」
「空軍の支援にも限界がある。あまり長距離の撤退は現実的ではないな」
撤退するならば味方の勢力圏に撤退するのが最善であろう。
具体的にはウクライナ国境であるが、モスクワ近郊から直線距離で約500kmもの距離がある。これだけの距離を撤退戦をしながら後退するのは現実的では無かった。
「途中の都市に籠城するのが現実的ではないか?」
「工兵部隊を派遣して都市周辺に陣地を築城する必要があるな」
「可能なら都市間を塹壕ラインで連結するべきだろう」
手近な都市に陣地構築して籠城、さらには各陣地を塹壕ラインで連結して一つの要塞として機能させて赤軍の攻撃を凌ぐ――というのが、参謀本部の結論であった。
工兵部隊と機材があれば、短期間に都市を陣地化するのは難しいものではない。
破壊された建物や自動車、その他諸々を障害物として活用出来るからである。
これに対して、塹壕は簡単に掘ることは出来ない。
大量の建機を用いて短期間に塹壕を掘ることも不可能ではないが、前線でそれをやるのは現実的ではない。
「短期間で塹壕建築なんて……って、あったなそんなことが出来るヤツ」
「あぁ。開戦当初は猛威を振るったが、いつの間にか使い道が無くなった鋼鉄のモグラがな」
しかし、この世界のドイツ帝国陸軍には秘匿兵器『マウルヴァフ』が存在していた。独ソ戦が戦車による機動戦に切り替わったことでお役御免と化してはいたが、この状況であれば活躍が期待出来たのである。
「幸いにしてあのデカブツは全て健在だ。総動員すればなんとかなる」
「あの鉄の塊を前線に持っていくのは相当苦労するぞ? 俺はあれの輸送計画を立てたから詳しいんだ」
ちなみに、マウルヴァフはドイツ語でモグラの意味である。
その正体は全長30m、重量270tに迫る巨大機械であり、前線への輸送には多大な神経を使うシロモノであった。
「とにかく分解して現地で組み立てるしかあるまい」
「元から分割出来る構造になっていたのはせめてもの救いだな」
「機体もだが、技術者も急ぎ派遣する必要があるな……」
とにもかくにも時間が無かった。
分解されたマウルヴァフは、陸路や鉄道で前線に送られて現地で組み立てられることになるのである。
「物資の輸送にはMe 321を使おう。あれならかなり積めるし、陸路よりも早い」
「確かに。制空権は確保されているから有効な方法だな」
物資の輸送にはギガントが活用されることになった。
この世界のドイツ帝国では既に実用化されており、その有用性が証明されていたのである。
「図体はデカいが、ドンガラだからな。短期間に数を揃えることも不可能じゃない。急ぎ在庫を問い合わせよう」
「前の作戦に投入されたヤツも補修すれば使えるかもしれん。そちらの確認も急がせよう」
鋼管フレームと木製桁、羽布張りという単純な構造のおかげでギガントは迅速に製造することが可能であった。ソードフィッシュ並みに補修が簡単なこともあり、過去のドニエプル川強襲作戦で投入された機体も撤退作戦に投入されることになるのである。
「けど、あれを引っ張れるだけの出力を持つウィンチなんてそう無いぞ? デカすぎて曳航機を使えないのが難点だな」
「確かモーターグライダーに改造した機体があったはずだ。使えないか?」
「いくらなんでも試作機を引っ張ってくるわけにはいかんだろ」
短期間に製造可能で補修も簡単、しかも下手な重爆以上のペイロードを持つギガントの唯一の泣き所は離陸に外部動力を必要とすることであった。ギガントを曳航可能な機体は開発中であり、現状では専用の大出力ウィンチに大量のRATOを併用するしか手段が無かったのである。
モーターグライダー化した機体(史実Me323もどき)が開発されたのは、上述の問題を解決するためであった。この世界の独ソ戦の制空権は終始ルフトヴァッフェが握っていたため、既存のギガントもモーターグライダーに改装されることになる。
「よし、いけるぞ! 必要な資材の手配もなんとかなる!」
「作戦計画書を清書、いや手書きで構わん! とにかく急げ!」
史実において史上最強と謳われた頭脳集団のだけのことはあり、限られた時間で有効な手立てを捻りだしたのは流石と言うべきであろう。撤退作戦は迅速に作成され、前線部隊に届けられたのである。
「くっくっく。圧倒的じゃないか我が生産ラインは……!」
スヴェルドロフスク州ニジニ・タギルのトラクター工場。
ヘンリー・フォードは、ストップウォッチを片手にライン内を歩き回っていた。
フォードの目の前ではT-32が生産されていた。
巨大なベルトコンベアに乗せられた車体に、流れ作業で次々と部品が組付けられていく。
その生産ペースは約30分に1台という驚異的なものであった。
この工場は24時間3交代制で月産500台を達成していたのである。
「む、ここの工程は見直しの余地があるな……」
フォードは足を止めると生産工程を熱心に眺める。
あーだこーだと考えたあげく、ノートに改善点を記入していく。
「よし。これで月産20台は上乗せ出来るな。わはははっ!」
思っていた以上に生産効率を上げられる見込みに、フォードは笑いが止まらない。禿げ上がった老人が人目をはばからずに呵々大笑する姿は異様なものであった。
(((なんだ、またか……)))
ライン工たちはフォードの笑い声に一瞬だけ注目するも、すぐに作業に戻る。
こちらも慣れたものであった。
史実では自動車王と謳われたヘンリー・フォードであるが、意外なことに彼は自動車を愛していたわけではない。それは爆発的ヒットとなったT型フォードのフルモデルチェンジを拒否し続けて会社を傾けてしまったことからも明らかである。
彼が愛したのは自動車ではなく、自動車を大量生産するシステムそのものであった。1日1機生産を目指したトライモーターやB24リベレーターの生産など、畑違いの航空産業に進出した理由もこれで説明出来る。
この世界のアメリカでは、フォードの野望は達成出来なかった。
頑固で偏屈な性格では裏社会の人間と仲良くお付き合いなど出来るはずもなく、大量生産の機会を悉く潰されてしまったのである。
失意のフォードに転機が訪れたのは、ソ連からの招聘であった。
大量生産に飢えていた彼が誘いに乗ったのは言うまでも無い。
ソ連に渡ったフォードの初仕事はPPD-24の生産ラインの改修であった。
この世界のソ連は史実よりも早期にサブマシンガンに注目しており、ドイツのMP18のコピー品の生産を目論んでいたのであるが……。
『落としただけで暴発したぞ!?』
『引き金引いても弾が出ねぇぞ!?』
『それ以前に仕上げが雑過ぎる。こんなものに命を預けろというのか!?』
実際に製造されたPPD-24の不良率は酷いものであった。
装弾不良や暴発が多発して部隊からは受け取り拒否が相次いでいたのである。
生産ラインを視察して問題点を把握したフォードは、ラインの一部に手を加えた。合わせて簡単な治具の追加とその使い方の指導も行った。1週間後に再稼動した生産工場では目に見えて不良率が激減し、最初は眉唾で見ていたソ連側担当者を驚愕させた。
フォードの指導によってPPD-24の製造は完全に軌道に乗ることになった。
日を追うごとに製造品質が改善されて製造コストも右肩下がりとなり、最終的な製造コストは1/3にまで低減されたのである。
このことに気をよくしたスターリンは、フォードにトラクター工場を与えた。
この工場でもフォードは辣腕を振るい、大量生産されたトラクターはソ連の農業に多大に寄与することになる。
この工場は名目上はフォードの現地法人という形であったが、実際は資本関係は存在しなかった。それ故に会社組織に振り回されることなく、思う存分に大量生産を追求出来た。フォードからすれば、これ以上無い贈り物だったのである。
アメリカとは違い、ソ連の地のインフラは壊滅していた。
しかし、大量生産に燃えるフォードにとってはその程度は障害にはならなかった。
『無計画に熟練工を徴兵したことによって生産効率が低下した』
一時期の戦記物ではよく見られた表現であるが、これは根本的に間違いと断言出来る。大量生産には熟練工など必要無い。五体満足な人間がいれば十分なのである。
実際、史実の英国フォードは婦女子だけでアホみたいにマーリンエンジンを大量生産している。高性能ではあるが、繊細な液冷レシプロエンジンを1週間で200台、最高記録で400台も流れ作業で作ってしまったのである。
なお、参考までに書くと同時期の日本海軍向けのアツタは月産で二桁に過ぎない。同等のハ40を搭載した三式戦闘機『飛燕』は3000機作られたが、月産にすると50機以下になってしまう。首無し飛燕が流行るわけである。
『工程が複雑? ならば分業してしまえばよい』
大量生産の権現であるフォードからすれば、大量生産に複雑な機械も熟練工も不要であった。たとえ手作業でも細かに分業させて、後で組み合わせれば問題ない。
『文字が読めない? ならばイラストにしてしまえばよい』
工員が文字を読めなくても問題無い。
イラストにしてしまえば良い。むしろ、そちらのほうが理解も早く間違いも起きにくい。
『スラブ人は辛抱強くて素晴らしい。ここは大量生産の天国だな!』
むしろ、フォードからすればソ連こそが自分の理想を叶えられる理想の国であった。単調な作業にも音を上げないし、ウォッカを提供すれば喜んで仕事をしてくれるのであるから。
「よーし、いいぞ。ゆっくり下ろせ!」
気が付けば、フォードは生産ラインの出口にまで来ていた。
彼の目の前では、ロールアウトしたT-32に最後の仕上げが行われていたのである。
「もうちょい右だ……よし、そのまま、そのまま……」
チェーンブロックで吊るされた茶褐色の塊がT-32へ降りてくる。
工員たちが周囲を取り囲み、位置を微調整する。やがて茶褐色の塊は砲塔と一体化した。
T-32に装着されたのはパイクリート製の増加装甲であった。
その見た目は穴が空いたお椀であり、砲塔の側面のみを覆う形状になっていた。
ちなみに、パイクリート装甲の量産にもフォードが関わっている。
パルプの大きさの選別、水との適当な比率、水とパルプを均等に混合、その他細かい分業によって質と量を維持することに成功していた。戦車製造のラインに併設された巨大な冷凍機は、戦車と同じく次々と茶褐色の塊を吐き出していたのである。
「さっさと出してくれ。次が待ってるんでな!」
装甲の固定と各部のチェックが終わると、控えていた戦車クルーが乗り込んでT-32を発進させる。これが24時間休み無しで続くのである。ドイツ軍の関係者が見たら卒倒するような光景であった。
『イワンの戦車隊を視認した。こちらへ向かっている。数は確認出来ただけでも30両以上。土煙で視認出来ないがそれ以上は確実にいるぞ!?』
ノイズ混じりの大声が無線機から木霊する。
先行した偵察小隊からの報告は悲鳴であった。
「落ち着け! こちらの迎撃態勢は整っている。カウントを開始しろ!」
『や、ヤヴォール!』
対する守備隊指揮官は冷静沈着であった。
参謀たちの死に物狂いのデスマーチによって、守備隊は十分な備えをしていた。赤軍の来襲を今や今やと待ち受けていたのである。
モスクワ近郊から撤退したドイツ帝国陸軍が籠城先に選んだのは、グロヴィンスクとオドエフ、ニコリスカヤであった。これらの集落はウパ川に隣接しており、付近に架かる唯一の橋を確保すれば大軍相手でも有利に戦闘を進められると考えられていた。
『カウント開始。レッドゾーンまで10、9、8……』
上官の叱咤に我を取り戻した偵察小隊は冷静に距離を報告する。
待ち受ける陣地側では、隣にいる戦友の息を吞む音が聞こえてきそうなほどの沈黙が続く。
『……3、2、1、0!』
カウントダウンが0になった瞬間、陣地に据え付けられた大量の88mm高射砲が火を噴く。既に照準は完了しており、橋に近づいたT-32は一方的に撃たれる展開になったのである。
「なんで破壊出来ない!? やつらは化け物か!?」
「破壊出来ない戦車なぞ存在しない。いいから撃ち続けろ!」
「や、ヤヴォール!」
しかし、パイクリートの増加装甲を纏ったT-32は強靭であった。
至近距離からの一撃を喰らっても、正面装甲は耐えたのである。
ちなみに、アハトアハトは使用する砲弾の種類にもよるが距離100mで171mm(入射角60度)の装甲を貫徹可能である。対するT-32のパイクリート装甲は正面で300mmあった。
パイクリートの強度を鉄筋コンクリート並みと想定した場合、アハトアハトの徹甲弾使用時の対鉄筋コンクリート貫徹力は400mm程度となる。それ故に直射すれば抜くことも不可能では無いのであるが、これは理想的な条件で命中させた場合である。
実際の戦闘では命中角度や避弾経始によって弾かれやすくなる。
仮にパイクリートを抜いても砲塔の装甲があるので、至近距離からのアハトアハトの直射と言えど一撃必殺とはいかないのである。
「おい、あのクソ忌々しい追加装甲が剥がれたぞ!?」
「よっしゃあ! 喰らえおらぁ!」
それでもアハトアハトのつるべ打ちを喰らえば無事では済まない。
連続で着弾させれば、分厚いパイクリート装甲とて砕け散ってしまう。そして、パイクリート装甲が無くなったT-32などアハトアハトの前にはチリ紙も同然であった。
『先頭の戦車は橋の手前で擱座。後続がどん詰まりしています!』
オドエフへ至る橋の直前で先頭を進むT-32を破壊出来た意義は大きかった。
ウパ川に架かる橋は狭く小さいものであり、擱座した戦車をどかさないと通過は不可能だったのである。
「止まったぞ。ネーベルヴェルファー全力射撃だ!」
『ヤヴォール!』
指揮官の命令を受けて、多連装ロケット砲が次々と火を噴いた。
発射された大量のロケット弾は、擱座した戦車を飛び越えて周辺の戦車を地面ごと掘り返していく。
無警戒だった赤軍側は甚大な損害を被ることなったが、それは赤軍の攻勢が止むことを意味しない。すぐさま次の手を打ってきたのである。
「「「……」」」
草木も眠る丑三つ時。
明かりの無い新月の夜にウパ川を渡る兵士たち。言うまでも無くロシア兵である。
彼らの任務は渡河ルートの捜索であった。
ウパ川は橋の付近は川幅60m程度であり、浅瀬を選べば渡河も不可能ではない。
「よし、渡河成功。後続に伝え……えっ!?」
軽い炸裂音の後に目の前に飛び出す弾体。
それが偵察小隊の面々が見た最後の光景であった。
守備隊側はロシア兵による夜間攻撃を想定して川沿いに地雷を大量に敷設していた。その大半はSマインであり、うっかり踏んでしまったロシア兵たちをミンチにしていったのである。
『部隊を上流から迂回させろ。包囲殲滅するのだ!』
あまりにも一方的な大損害にスターリンが激怒したのは言うまでも無い。
絶対権力者からのオーダーを受けた赤軍上層部は、部隊を上流から迂回させることで渡河させることを考えたのであるが……。
『駄目です。集落を囲うように十重二十重に塹壕が掘られています。これでは接近出来ません!』
『塹壕から機関銃で狙撃されています。もうもちませぐわぁっ!?』
『早く援護を!? このままだと全滅してしまう!』
当然というべきか、この動きも想定されていた。
秘匿兵器マウルヴァフによって3つの集落が塹壕で連結され、さらには集落の周辺20km超に渡って3重の塹壕ラインが建設されていたのである。
塹壕に設置された機関銃陣地を見たロシア兵たちの士気はダダ下がりとなったが、筆髭の命令は絶対であった。まるで時が第1次大戦の西部戦線に戻ったが如く、無計画な突撃でロシア兵の屍が築かれることになったのである。
『選り取り見取りだな……』
マンフレート・アルブレヒト・フォン・リヒトホーフェン空軍大将の独り言が電波に乗って木霊する。彼は『偶然』にも戦場視察で戦闘に巻き込まれていた。
『おりゃっ! これで161機めだっ!』
すれ違いざまに機首装備のモーターカノンで敵機を叩き落とすリヒトホーフェン。かつては赤男爵、現在は赤伯爵と称えられてはいるが、その戦いぶりは貴族らしからぬアグレッシブなものであった。
『この調子なら200機撃墜もそう遠くないな! どんどん行くぜぇっ!』
その様子は一見すると血気に逸っているようにも見えなくもない。
圧倒的な空戦技量を持つリヒトホーフェンだからこその無茶ぶりであった。
『横取りしないでくださいよ隊長!?』
そう言って上昇して来たのは、ヘルマン・ゲーリング空軍少将が駆るMe110であった。彼もリヒトホーフェンのお供で戦場視察に行って『偶然』巻き込まれたクチである。
『お二人とも下がって下さい! ここは戦場なんですよ!?』
アドルフ・ヨーゼフ・フェルディナント・ガーランド空軍少佐が搭乗するMe109が2機を追ってくる。操縦席下方にはパーソナルマークのミッキーマウスがしっかりと描かれていた。
『そんなこと言っても巻き込まれたんだからしょうがないだろう』
『そうそう。俺も隊長のお供で巻き込まれただけだし』
『二人とも専用機を持ち込んでるくせに、どの口でそんなことをほざけるんですか!?』
すっとぼける上官たちと、ブチ切れるガーランド。
戦場の空に似つかわしくない心温まる(?)やり取りであった。
ちなみに、リヒトホーフェンのMe109とゲーリングのMe110は深紅と白でそれぞれ塗装されていた。こんなものを持ち込んでいる時点で偶然もなにもあったものではない。ガーランドがブチ切れるのも分かろうというものである。
「……なんか、あんなやり取りしてますけど降りて大丈夫なんでしょうか?」
戦闘空域に接近中のMe321のコクピット。
副操縦士が不安げに機長に質問する。
「大丈夫だろ。あれでも閣下たちはトップエースだし、大尉殿も腕利きだからな」
不安げな副操縦士とは対照的に機長は楽観的であった。
彼は史実で言うところのF転であり、元は戦闘機乗りだったので戦闘機部隊の内情に詳しかったのである。
『よっしゃあ! 150機めだぁ!』
『ふっ、まだまだだなゲーリング』
『隊長が横取りするからでしょうが!?』
史実同様に、この世界の独ソ戦でもルフトヴァッフェはエースを多数輩出していた。リヒトホーフェンとゲーリングを例外としても、現時点で撃墜数が3桁に迫るパイロットが両手の指で余るほどいたのである。
時期的な問題で史実のトップエースであるエーリヒ・ハルトマンやゲルハルト・バルクホルン、ギュンター・ラルの参戦は叶わなかったものの、それ以外のエースは軒並み投入されていた。
特にこの空域は史実の某フライトシューティングに出てくる円卓の如き様相を呈していた。ヴィルヘルム・バッツ少尉やエーリッヒ・ルドルファー少尉、オスカー=ハインリヒ・ベール准尉など史実で200機以上撃墜したトップエースたちが集まっていたのである。
圧倒的なキルレシオによって制空権は完璧にドイツ側であった。
戦闘機に狙われたら的にしかならないMe321でも安全に運用することが出来たのである。
「ファイナルアプローチへ移行する。コントロール、誘導してくれ」
『こちらコントロール。進路クリア。風速5mで西から東へ吹いている。幸運を祈る』
エースたちによる一方的な空の虐殺が繰り広げられている最中であったが、Me321は着陸態勢に入っていた。動力飛行の出来ないグライダーのため、着陸進入を何度も繰り返すことは出来ない。いざとなれば離陸補助ロケットで高度を稼げるがそれにも限度がある。もっとも緊張する瞬間と言える。
「現在高度100……90……もっと下げてください。50m切りました!」
コクピット内でコ・パイロットが高度を読み上げる。
機長は進路を微調整しつつ、機体を微妙に機首上げする。
「20m……10m……タッチダウン!」
機体の大きさの割には小さな衝撃音。
その後は地面を掴んだ車輪が拾う不快な振動が続いていく。元戦闘機乗りの機長の技量によってMe321は無事着陸することが出来たのである。
「ふぃーっ、どうにか着陸出来たか」
コクピットで煙草を吹かす機長。
大型機の操縦経験はそれなりにあったが、基本的に一発勝負なこの機体は緊張感がまるで違う。着陸後の解放感もひとしおであった。
「よーし、積み荷を下ろせ! 時間が無いぞ!」
「手の空いた者は空になった機体の移動を手伝え! 次が下りてくるまでに滑走路を空けるんだ!」
着陸した機体に、わらわらとクルーが寄ってくる。
機首の観音開き式のドアが解放されて武器弾薬や食料、兵器類が降ろされていく。
「機長、離陸準備が整いました」
「もう出るのかよ!? 10分かそこらしか経ってないぞ。もう少しゆっくりしたいんだが……」
「帰りの積み荷は傷病兵ですよ? そんなこと出来るわけないじゃないですか」
「えぇい、くそったれめ!」
RATOを補充し、ウィンチがセットされたことで離陸準備が整う。
最近は補充物資を下ろした帰りに傷病兵や連絡要員を載せることが多かった。
『こちらコントロール。ウィンチ巻き上げを開始する。準備はよいか?』
「こっちの準備はOKだ。引っ張ってくれ!」
『カウントダウン開始! 10……9……8……』
カウントダウンが進むなか、機長はフラップを最大にする。
コ・パイロットはRATOのスイッチに手を伸ばす。
『……3……2……1……GO!』
専用の大型ウィンチによって機体が強烈に引っ張られる。
同時にRATOが噴射され、巨大な機体はあっさりと宙に浮く。
「高度500だ。RATOを切れ!」
「ヤヴォール! RATOカットオフ!」
コ・パイロットの操作で派手に火を噴いていたRATOが停止する。
今回の作戦に投入されたMe321の主翼には大量のRATOが装備されており、離陸促進や高度の維持のために適宜使用されていたのである。
このような光景が籠城中に1日に何度も見られることになった。
最終的に撤退するまでに延べ1万回以上の輸送と、6万t近い物資を空輸することになるのである。
「ドーセット公は生きているんだよな? 不安になってくるのだが」
「今、彼に死なれると約束していた召喚が無効になってしまう。そのようなことだけは絶対に避けなければ」
「表向きは日本で公務しているようですが、露出しているのは例の影武者です。せめて安否確認だけでもしたいのですが」
1938年3月某日。
円卓会議の議題は日本に引きこもっているドーセット公についてであった。
円卓で個人の安否が議題にされることは珍しい。
それだけ円卓にとって、テッドの利用価値が大きいと言える。
「……大使館に確認をしてみたが、部屋に引き籠っているそうだ」
円卓議長であるロイド・ジョージの言葉に参加者は安堵する。
彼はテッドの身を案じて真っ先に安否確認をしていたのである。
『僕の年末を返せぇぇぇぇっ!?』
クリスマスを潰され、冬コミも犠牲にして仕上げた仕事が無駄になってしまった。これだけでも不貞腐れるには十分なのであるが、それでも飲み慣れない酒を飲んで水に流したのである。しかし……。
『いや、ちょ!? 違うんだ!? これは不可抗力ってやつで……』
『『問答無用!』』
『っあー!?』
テッドの不幸の連鎖は止まらなかった。
今度は嫉妬に狂った正妻と愛人が目的を忘れて暴走してしまい、冬期休暇の残り全てが強制子作りイベントと化したのである。
『うわーん!? もうやってられるかーっ!? みんな出ていけーっ!?』
『ちょっとテッド!?』
『テッドさん落ち着いてください!?』
2週間に渡る監禁調教――もとい、強制子作りは心身を蝕んだ。
駄目押しで種付け失敗という結果を知ってしまい、失意のテッドは大使館の自室に引き籠ってしまったのである。
「……なんというか、どうしようもない。しばらく放置するしか無いのでは? 彼は強い。いずれ立ち直るでしょう」
事の経緯を聞いた海軍大臣ウィンストン・チャーチルは処置無しとばかりに首を振る。テッドが必ず立ち直ると信じているのか楽観的であった。
「そうだな。取り損ねた冬期休暇を取っていると思えば問題あるまい」
ロイド・ジョージもチャーチルと同意見であった。
これ以上余計なことをして、藪蛇になることだけは避けたかったのである。
((どうせ仮病だろう……))
二人ともテッドとは長い付き合いなので、その性根を見切っていた。
この際、病気療養ということにして長期休暇を取ってもらいたいと考えていたのであるが……。
「なにを悠長な!? ドーセット公には早期に立ち直ってもらわないと困る」
「ドーセット公が復帰してくれないと財団の代表はチョビ髭の悪魔なんだぞ!? アレと話して勝てる気がしないんだよ!?」
「以前に召喚したモノは解析し尽くしたからなぁ。そろそろ新しいモノを召喚して欲しいんだけど……」
しかし、大半の円卓メンバーはテッドの早期復帰を望んでいた。
普段は敵対的な態度を取っているメンバーまでもが賛成を表明しているあたり、彼の存在の大きさがうかがえる。
「では決を取る。テッド君の早期復帰に賛成の者は挙手を」
「「「……」」」
挙手されていく手、手、手。
採決の結果、ロイド・ジョージとチャーチル以外の全員が賛成していたのである。
「やむを得ないか。彼にはもう少し休んでいて欲しかったのだが」
「人気者はつらいですなぁ」
円卓の議決は絶対で例外は認められない。
二人ともテッドの早期復帰に手を貸すざるを得なくなったのである。
「めでたく採決となったが、ドーセット公の機嫌を直すにはどうすれば良いのだ?」
「うむ、我らは彼とはビジネスライクな付き合いしかない。感情の機微など分からぬよ」
「そこはそれ、付き合いの長いお二人が考えてくれるでしょう」
この案件は、ロイド・ジョージとチャーチルに丸投げされることになった。
無責任なことこの上ないが、彼らはテッドとプライベートなお付き合いをしているわけではないので二人に任せるしか無かったのである。
『……このレポートの内容は本当なの?』
円卓会議から数日後。
ロイド・ジョージの策が功を奏したのか、日本から国際電話がかかってきた。
「うむ。MI6が総力を挙げて調査した情報だ。まず間違いは無いだろう」
ヒンデンブルクとの交渉が失敗したことにロイド・ジョージは疑念を抱いていた。当初は外務省の失態で片付けられてしまったが、MI6に再調査を命じていたのである。
『なるほどなるほど。あのクソ坊主どもが、僕の休暇と尊厳を奪ったわけだ……』
受話器から聞こえる声は、地獄から聞こえてくるような重々しさであった。
どれほどの鬱憤を溜め込めば、このようになるというのか。
「あー、分かっているとは思うが……」
『分かっています。人死には出しません。単なる意趣返しですよ』
「ならば良いのだが……」
『あ、準備が忙しいので切りますね。じゃ』
唐突に電話が切られる。
テッドに報復される相手にロイド・ジョージは同情を禁じ得なかった。世の中には絶対に怒らせてはいけない人間がいるのである。
「アニキ、言いつけ通り荷物は全部積み込みましたぜ!」
「外装タンクの作動も確認しやした。ばっちりですぜ!」
イタリア王国のテベレ川下流域。
桟橋に繋ぎ止められた飛行艇に男たちが荷物を積み込んでいた。
「ご苦労。そろそろ出発するからお前らも乗ってくれ!」
飛行艇の機長――ハワード・ヒューズは、にやけ顔が止まらなかった。
このような面白いイベントに自分を指名してくれたテッドに感謝してもしきれなかったのである。
「第1、第2エンジンスタート!」
コクピットに座ったヒューズは、慣れた手つきでスイッチを操作する。
甲高い音と共にタービンの回転数が上がっていく。
「アイドリング確認……アイドリングOK、油温正常!」
アイドリングは聞きなれた爆音ではなく、低く唸るようなサウンドであった。
それもそのはずで、この機体は従来の空冷レシプロではなくターボプロップエンジンを搭載していたのである。
「アニキ、進路クリアですぜ!」
「了解だ。スロットルアップ! おまえら掴まっておけ!」
ヒューズがスロットルレバーを押し込むと、搭載された2基のターボプロップエンジンが轟然と吠える。オリジナルと比較して5割増しとなった出力は、機体をあっという間に加速させていく。
「アニキ!? 前から船が!?」
「ちぃっ!?」
とっさにラダーを蹴り飛ばして、操縦桿を引く。
機体は横滑りしながら対向してきた漁船を掠めていく。
「アニキ!? 前に橋がっ!?」
「飛ぶぞぉっ!」
エンジン出力は既にマックスパワーであった。
フラップを目いっぱい開いたまま、ヒューズは折れんばかりに操縦桿を引く。
ヒューズの意思に応えるかのように機首が水面から離れる。
続いて艇体が離水。橋を掠めるギリギリのタイミングで彼が操るサンダース・ロー ロンドンMk3は離陸に成功したのである。
「よーし、いよいよ目標だ。おまえら準備は良いか!?」
「いつでもOKですぜ!」
離水してわずか数分で機体は目的地上空に到達する。
ここからが本番である。
「高度を下げるぞ。投下用意!」
「用意良し!」
「よーし、派手にやれっ!」
機外に搭載された大型タンクが開き、中に入ったものがばら撒かれていく。
紙切れと思われる物体は、目標であるバチカン市国の領域にまんべんなくばら撒かれたのである。
「な、なななななななななんだこれはーっ!?」
「きゃぁぁぁぁぁ!? は、破廉恥よーっ!?」
「このようなもの神がお認めになるはずがない!?」
ばら撒かれた側のバチカン市国では信徒たちが右往左往していた。
上空から見ても混乱しているのが見て取れたのである。
否、混乱というよりも恐慌状態と言うべきであろう。
ばら撒かれたのは、彼らの価値観を根底からぶっ壊すヤバいシロモノだったのである。
「な、なんだこれは!? すぐさま犯人をひっ捕らえろーっ!?」
紙切れを見せられたピオ11世は血管がブチ切れんばかりに激昂した。
それもそのはずで、紙切れに描かれていたのはテッド謹製の18禁イラストだったのである。
その内容は史実〇姫のカレー狂いや、某運命に出てくるドSシスターの過激なヤツであった。これでもかと乳と尻が盛られ、露出していないところの方が少ないくらいに肌を晒していたのである。
意外なことであるが、テッドはエロイラストを描くのが上手かった。
特に女性の筋肉に強い興味を持っており、マッシブな女性を描くのが得意であった。
その画力はそっち系の趣味の紳士に画集として売れるほどであったが、無駄に高いクォリティは購入した人間の性癖を捻じ曲げてしまってもいた。本人はまったく知らなかったのであるが、テッドが過去に描いた画集は今でも高値で取引されているのである。
「げ、猊下。落ち着いてください。王立空軍から連絡が来ましたが、犯人が乗ったと思われる機体は地中海方面に逃走したとのことです。もはやどうにもなりませぬ……」
「おのれ、おのれぇぇぇぇぇぇっ!?」
普段は物静かな印象のピオ11世は完全にブチキレていた。
そんな教皇さまの足元に飛ばされてくるイラストが一枚。
「……!?」
その絵を見たピオ11世は遂にぶっ倒れてしまった。
精神的ショックが強すぎて失神してしまったのである。
彼が見てしまった絵は、見るからにエロイ悪魔チックな美女とパツキン巨乳のシスターがロザリオをお互いの〇〇に刺しているレズものであった。こんなものを見せられたら敬虔な信徒はSAN値直葬ものであろう。
信徒たちが口を噤んだことにより、バチカン市国で起きた悲劇は関係者以外に知られることなく終わった。事件を追ったイタリア王国の警察関係者たちも、バチカン側が被害届を出さなかったので早々に捜査を打ち切ってしまったのである。
表ざたにはならなかったものの、その被害は甚大なものであった。
教皇ピオ11世を筆頭に、多くの信徒たちが長期間悪夢にうなされることになるのである。
ばら撒かれたイラストは信徒たちによって回収された後にサン・ピエトロ広場で焚書された。その際に全てが処分されたというのが公式な記録である。
『なんで今ごろになって!? うあぁぁぁ!? めっちゃ恥ずかしぃぃぃぃぃぃ!?』
実際には教会の取り壊しなどで後になってから発見されることが多く、その度に黒歴史を刺激されてテッドはのたうち回ることになったのであるが。実際に焚書されたのは全体の半分以下との意見もあり、その実態は闇の中であった。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
マウルヴァフ
全長:30.0m
全幅:2.8m
全高:2.71m
重量:266.3t
速度:6km/h(地上走行時) 2.5km/h(掘削時)
行動距離:300km
装甲:20mm(最厚部)
エンジン:ユンカース Jumo 205E 液冷対向ピストン型6気筒2ストロークディーゼルエンジン1100馬力×2
乗員:4名(艇長 機関士 観測手 通信手)
掘削能力:2m(最大)+0.8m(土砂堆積分)
武装:無し(完全武装の1個小隊)
ドイツ帝国陸軍が来るべき対ソ戦に備えて開発していた秘密兵器。
マウルヴァフは秘匿ネームであり、ドイツ語でモグラの意味である。
地表を掘削して塹壕を作る目的に特化しており、幅3mで左右に掘削した土で壁を作りながら時速2.5kmで前進することが可能である。
弾片防御目的である程度装甲化されているが、基本的に非武装である。
実際の運用では車体に歩兵小隊をタンクデサントさせるのが常態化していた。
※作者の個人的意見
『……おい、これを見ろ、これをっ!』
『なんだこれ? ライミーが描いたコミックか?』
『うちの息子が読んでいたのを強奪してきた!』
『酷い父親もいたもんだな!?』
『しかし、技術者の俺らが見ても説得力のある絵だな……』
『これは画期的だぞ。これならば塹壕をあっというまに完成出来るだろう』
『でも耕運機6号? センスの無い名前だなぁ……』
『どうせならモグラにしないか?』
『モグラだったらトンネル掘りだろ。それって詐欺じゃないか』
『偽装も兼ねてるんだから良いんだよ。どうせ我が国の兵器のコードネームなんて大概だし』
『おいバカやめろ』
……はいはい、お約束お約束(ぁ
PPD-24
種別:短機関銃
口径:9mm
銃身長:201mm
使用弾薬:9mmパラベラム弾
装弾数:20発ボックスマガジン
全長:818mm
重量:4350g
発射速度:毎分350~450発/分
銃口初速:380m/s
有効射程:100m
赤軍が採用したサブマシンガン。
ドイツのMP18のコピー品である。
サブマシンガン製造のノウハウ不足からか初期不良が多発したのであるが、招聘されたヘンリー・フォードによって改善されている。フォード流大量生産術によって1000万丁以上製造され、最終的なコストは1/3になっている。
※作者の個人的意見
フォード流で質を落とさずに大量生産が可能なので、ソ連のサブマシンガンはこれで良いんじゃないですかねぇ?威力の問題も9パラなら十分でしょうし。
ネーベルヴェルファー
種別:多連装ロケット砲
口径:158.5mm
銃身長:1300mm
使用弾薬:15cmロケット榴弾
装弾数:6発
全長:3600mm
重量:590kg(未装填状態)
有効射程:6900m(41型ロケット弾使用時)
ドイツ帝国が開発した多連装ロケット砲。
史実ではヴェルサイユ条約下で武器の開発が制限されたためにネーベルヴェルファーの偽装名を付けて開発されたが、この世界では純粋に秘匿ネームとして名称が採用されている。
この世界においては史実よりも早期にロケット兵器の開発が進められており、その成果の一つである。
同技術を用いて火薬式ロケット推進の開発も進められており、こちらは火薬式RATOとして実用化されている。
※作者の個人的意見
ドイツと言えばロケット兵器は外せません。
目指せシュトルムティーガー!(オイ
メッサーシュミット Me109(モーターカノン試験運用型)
全長:8.8m
全幅:9.9m
全高:2.60m
重量:2053kg(乾燥重量) 2610kg(最大離陸重量)
翼面積:14.5㎡
最大速度:555km/h(6000m)
実用上昇限度:10300m
航続距離:655km
武装:20mmモーターカノン×1 7.92mm機銃×2
エンジン:ダイムラーベンツDB601A 液冷V型12気筒 1100馬力
乗員:1名
ルフトヴァッフェが配備した制式戦闘機。
史実同様に多数の派生型が生産されており、最終的な総生産数は4万機を超えている。
この機体はE型からF型に至る過渡的な機体である。
試験しているところをリヒトホーフェンに見つかって、赤く塗装されている。
リヒトホーフェンによる荒っぽい運用によって改善点が洗い出され、史実よりも早期にF型が完成することになった。
ちなみに、この世界では機体の生産前にメッサーシュミットがバイエルン社の実権を握ったのでMe109が制式名称である。
※作者の個人的意見
性能的にはE型に無理やりモーターカノンを載せただけのものです。
決して3倍の速度が出るわけではありませんw
メッサーシュミット Me110(戦闘機型試作1号機)
全長:12.07m
全幅:16.2m
全高:4.12m
重量:4845kg(乾燥重量) 6725kg(全備重量)
翼面積:38.4㎡
最大速度:560km/h(7000m)
実用上昇限度:10000m
航続距離:1400km
武装:20mm機銃×2 7.92mm機銃×4(前方固定) 500kg爆弾×2 50kg爆弾×4+900リットル増槽
エンジン:ダイムラーベンツDB601A 液冷V型12気筒 1100馬力×2
乗員:2名
ルフトヴァッフェが配備した多目的戦闘機。
空戦だけでなく、偵察、爆撃、連絡機などさまざまな目的に使用された。
この機体は後方旋回機銃を取り払った戦闘機型である。
旋回機銃を取り払った結果、200kg近い軽量化に成功して運動性が向上している。ゲーリングの提言を受けて開発していたところを、本人に見つかって白く塗られてしまった。
ちなみに、この世界では機体の生産前にメッサーシュミットがバイエルン社の実権を握ったのでMe110が制式名称である。
※作者の個人的意見
純粋な戦闘機タイプなのでP-38のような活躍が出来るでしょう。
リアルチートな米帝さまのよう大量生産出来るかは微妙でしょうけど。
史実だとゲーリングお気に入りの機体で『我が鋼鉄の横っ腹』呼ばわりしていましたが、この世界のゲーリングは苦労人のハンサムガイなので『我が鋼鉄の腹筋』とか言ってるかもしれませんw
サンダース・ロー ロンドンMk3
全長:17.23m
全幅:24.39m
全高:5.72m
重量:4745kg(空虚重量)
:9700kg(最大離陸重量)
翼面積:132.4㎡
最大速度:280km/h(最大) 236km/h(巡航)
実用上昇限度:11000m
航続距離:2800km (フェリー) 4180km(外部タンク併用時)
飛行可能時間:20時間(外部タンク併用時)
武装:2000ポンドまでの爆弾、爆雷、機雷など
エンジン:アームストロング・シドレー マンバ 軸出力1320馬力+排気推力×2
乗員:6名
サンダース・ロー ロンドンMk2を同社の技術陣がオーバーテクノロジーを用いて性能向上を狙ったモデル。エンジンを空冷レシプロからターボプロップに換装したことで軽量化しつつも出力は5割増しとなり、各種性能が向上している。
外部燃料タンクを使用すれば長大な航続力を確保可能であり、性能が向上したMk3は大量受注にこぎ着けたのであるが、同社が開発したラーウィックがより高性能を示したために、最終的には少数生産にとどまっている。
※作者の個人的意見
紅の豚でどぶ川から離陸したシーンをやりたかったのですw
グーグルマップで川幅を調べたのですが50m~60mはあるので川を遡行するには全幅24mはギリギリのラインかと。橋げたをくぐれるか心配ですが、そうなる前に飛んでしまえば問題無いわけで。
クリスマスと冬コミ、ついでに冬期休暇まで潰されたテッド君の恨み骨髄な天誅がさく裂したお話でした。バチカンの皆様が立ち直れると良いですね(酷
今年最後の更新となりました。
応援していただいた読者さまに厚く御礼申し上げます。
来年もマイペースで更新しますので、よろしくお願い致しますm(__)m
>30分に1台という驚異的なものであった。
史実のT-34の生産期間と台数を時間で割るとこれくらいの数字になっちゃうんです(汗
>意外なことに彼は自動車を愛していたわけではない
自動車好きだったらT型フォードの後に新型車を出すはずなんですよね。
でも、実際は10年近く放置していました。その間にやっていたことはT型のラインの改良と値下げだったわけで……。
>PPD-24
この世界ではソ連発となるサブマシンガン。
ぶっちゃけるとドイツのMP18のコピー品なのですが、フォードの手によってアホみたいに量産されることに。コスパ最高だし、9パラで威力も十分だからソ連のサブマシンガンはもうこれで良いんじゃないかな?
>大量生産されたトラクターはソ連の農業に多大に寄与することになる。
民生用のトラクターなので、いくらでも潰しが効くというか。
きっとあらゆる目的に使い倒されるんでしょうねぇ。
>『無計画に熟練工を徴兵したことによって生産効率が低下した』
史実で学徒動員で作られたナットが使い物にならなかったなんて逸話もあるので、全部がウソというわけではないのですが。この場合は適切なラインを組んでいないのが原因なので、あまり熟練工は関係無いんですよねぇ。
>1週間で200台、最高記録で400台も流れ作業で作ってしまったのである。
さらっと書いてるけど、これって1週間で雷電や五式戦の全生産数分に近い数のエンジンを作ったってことですからね?フォードのアホみたいな生産能力が垣間見える逸話だったりします。
>細かい分業によって質と量を維持することに成功していた。
フォード流大量生産術の真骨頂だと思っています。
複雑な工程も分割してしまえば単純作業になるのです。
>ネーベルヴェルファー
この世界では史実よりも早期に実用化されています。
そうしないとシュトルムティーガーが出せないじゃないですか!(オイ
>Sマイン
アメリカだとダンシング・ベティ、ソ連だとフロッグボム。
断じてエルガイムではありません。
>『おりゃっ! これで161機めだっ!』
この世界のリヒトホーフェンは第1次大戦が終わってもスコアを稼ぎ続けています。
現在のドイツ帝国におけるトップエースの一人だったりします。
>アドルフ・ヨーゼフ・フェルディナント・ガーランド
史実だとミッキーマウスの人。
ゲーリングとの確執も有名ですが、この世界のゲーリングとなら上手くやっていけるかも?
>深紅と白でそれぞれ塗装されていた。
赤い109はF型に至る前のモーターカノン搭載試験機、白い110は後方の旋回機銃を取り払って軽量化した戦闘機タイプの先行量産型だったりします。
>エーリヒ・ハルトマンやゲルハルト・バルクホルン、ギュンター・ラル
参戦出来なかったのは、単純に年齢的な問題です。
あと数年かかりますね。魔王はもう出せますけど。
>離陸補助ロケット
史実だとヴァルター機関の一種ですが、この世界では火薬を使った単純かつ安価な方式になっています。
>嫉妬に狂った正妻と愛人が目的を忘れて暴走してしまい
自援SS『変態紳士の領内事情―テッド君の冬季休暇編―』参照。
全ては首筋にキスマークを付けやがったウォリスが悪いのです。
>((どうせ仮病だろう……))
実際に仮病でしたw
相当に鬱憤が溜まっていたのは事実ですが。
>「アニキ!? 前から船が!?」
某紅の豚を思い出していただければw
>意外なことであるが、テッドはエロイラストを描くのが上手かった。
これは漫画家や絵師全般に言えることなのですが、エロイラストってデッサンの勉強になるんですよ。画力の高い絵師や漫画家さんはエロ絵も上手いわけです(偏見
>レズものであった。
カトリックは同性婚を禁じているのでレズものはご禁制だったりします。