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第95話 人材コレクター


「それじゃあ、ドイツが大敗したのは事実なんですね?」

『うむ。ドイツ帝国はモスクワ攻略、二重帝国はスターリングラード攻略を中止して撤退中との情報が入っている』


 1935年11月某日。

 駐日英国全権大使テッド・ハーグリーヴスは、英国宰相ロイド・ジョージと国際電話で独ソ戦の戦況を確認中であった。


 今年の冬は例年よりも早く訪れた。

 それは同時に、かの地の最強守護神の目覚めを意味していたのである。


『寒すぎる!? 防寒着を着ていてもまだ寒いっ!』

『くそっ、エンジンが凍り付いて動きやしねぇぞ!?』

『こんなんでどうやって戦えって言うんだ!?』


 マイナス20度以下の外気は文字通り身を切る寒さであった。

 ドイツ帝国、二重帝国諸国連邦の両軍はこの事態に備えてはいたものの、冬将軍はそれを嘲笑うかの如く猛威を振るっていたのである。


『今がチャンスだ! 連中をウクライナから叩き出すのだ!』


 冬将軍は赤軍にとって千載一遇のチャンスであった。

 撤退中のドイツ帝国と二重帝国諸国連邦に対して痛撃を加えるはずだったのであるが……。


『無茶を言わないでください同志スターリン!? 赤軍は開戦以来受けたダメージが大きすぎて、まともな戦闘行動は不可能です!』

『えぇい、なんたることだ!?』


 開戦以来、ほとんど一方的に殴られ続けた赤軍の被害は甚大なものであった。

 特にキーウ防衛線で多数の兵が師団レベルで失われており、軍組織が崩壊寸前だったのである。


 最終的にドイツ帝国と二重帝国諸国連邦はウクライナ国境まで後退。

 両軍はそのまま越冬することになったのである。


『悔しいが、冬の間は戦力の再建に専念するしかないか……』


 スターリンも不本意ではあるが、冬の間は赤軍の再建に注力した。

 開戦から10ヵ月。双方が申し合わせたわけではないが、休戦が実現することになったのである。


「史実でも冬将軍にやられていますから撤退は賢明な判断でしょう。でも、あのヴィルヘルム2世(カイザー)がよく撤退を承認しましたね」

『あくまでもモスクワ攻略を叫ぶカイザーを、側近のヒンデンブルク大統領が必死になって説得したらしい』

「さもありなんですねぇ……」


 怒れる殿様を必死になって諫める過労――もとい、家老。

 そんな情景がテッドの脳裏にありありと浮かんでくる。


『二重帝国のほうも大変だったらしい。カール1世陛下は、スターリングラードの攻略に固執されてな』

「カール1世陛下がですか? 意外ですね」


 予想外の展開に驚くテッド。

 ドイツのカイザーとは違い、二重帝国のカイザーは穏健派と思っていたのである。


『君が以前言ったではないか。この戦争の本質は宗教戦争であると。おそらく、カール1世陛下は十字軍を自負しているのだろう』

「共産主義大嫌いなバチカンがバックについてれば、そうもなりますか。二重帝国の臣民にはご愁傷様としか言いようが無いですね」


 宗教的な理由で二重帝国諸国連邦は対ソ戦争から足抜け出来ない状況であった。

 以後も『人類の敵』『聖地奪還』など様々な大義名分を用いて対ソ戦を継続していくことになるのである。


『なんたることだ! たかが寒さで聖戦が頓挫することになるとは!?』

猊下(げいか)、落ち着きください! あくまでも冬の間の暫定的なもので御座います(ゆえ)。春になれば攻勢を再開するとのことです』

『やむを得ないか。だが、冬の間に厭戦気分が広がると面倒なことになる。世論工作を怠らぬように』

『心得ておりまする』


 バチカンも今回の事態に焦っていた。

 しかし、相手が自然だとやれることは限られてしまう。春季大攻勢を実現すべく方々に根回しを急ぐことになったのである。


『話は変わるが、最近の我が国にイタリアからの難民申請が殺到していてな。何か心当たりは無いかね?』

「なんですか藪から棒に。僕がそんなのに関与出来るわけないでしょう」

『それは分ってる。史実知識的な意味で心当たりは無いかと聞いておるのだ』


 いきなり話が飛んでしまい、テッドは困惑する。

 しかし、ロイド・ジョージは真剣であった。


「うーん、ひょっとして難民申請者ってマフィアだったりしません?」

『心当たりがあるのかね?』

「おそらく統領(ドゥーチェ)がやらかしたのかと。史実でもマフィア撲滅運動をやってましたし、ファシズムとマフィアって相性が悪いんですよ」


 この時期のイタリアでマフィアと来れば、考えらえる可能性は一つしかなかった。ファシスト党によるマフィアの徹底弾圧である。


 史実においては、マフィアがファシスト党関係者を殺害したことがきっかけでシチリア島のマフィア撲滅運動が開始されている。『疑わしきは罰する』『自白強要のための拷問』など手段を選ばなかった結果、シチリア島にいたマフィアの大半がアメリカに逃亡するハメになったのである。


「……史実通りならアメリカに逃亡するのでしょうけど、今は内戦状態なので不可能。ドイツは戦争状態ですし、フランスとスペインは政情不安があります。消去法で我が国を選択したというところでは?」


 テッドの予想は的中していた。

 史実以上に容赦のない弾圧によって、シチリア島のマフィアたちは島を脱出することを選択していたのである。


『なるほどな。そういうことなら多少足元を見ても問題は無さそうだな』

「おぉ、怖い。金勘定に聡いロイド・ジョージが足元を見れば、さぞかしマフィアたちは泣くことになるでしょうねぇ」

『相手はカタギじゃない。多少なりともふっかけても罰は当たるまいよ』


 電話越しでもニヤリと笑う顔が見えるようである。

 シシリアン・マフィアの行末に思わず同情してしまうテッドであった。


 しかし、二人は知らなかった。

 イタリア以外にも英国への難民申請をするマフィアたちが居たのである。







「……何度も言いますが、氏名変更と財産と行動の制限が難民申請受諾の最低条件です」


 ワシントンDCの在米英国大使館。

 その応接室では眼鏡をかけた事務員が、難民申請者たちに淡々と説明していた。


「ふざけるな!? 馬鹿にしてるのかっ!?」

「名前を変えるのはやむを得んが、財産まで制限するとはどういうことだ!?」

「おぅ、兄ちゃん大概にせぇよ? 俺らがその気になれば、明日の朝日を拝ませないことも出来るんだぜ?」


 そんな事務員に殺気丸出しで凄むマフィア――もとい、難民申請者たち。

 一般人ならチビること間違いない光景である。


「申し訳ありませんが、貴方たちは一般人ではありませんので。制限を付けないと本国で何を仕出かすかわかったものではありません」


 事務員はマフィアたちの主張を一笑に付す。

 モブではあるが、只者ではないのは確実であろう。


「そもそも、貴方がたの母国はイタリアでしょう。イタリアに帰るのがスジじゃありませんか?」

「「「……」」」


 ド正論に沈黙するマフィアたち。

 彼らとて、イタリアに帰ることを検討しなかったわけではないのであるが……。


『私の名前はモーリである。つまり、人を殺すということだ。風がこの広場の塵を吹き飛ばすように、このシチリアの犯罪行為は消し飛ばさねばならない』


 州都パレルモの知事であるチェーザレ・モーリの辣腕によって、現在のシチリア島はマフィアの大弾圧の真っ最中であった。兄弟が逮捕されまくっている状況で、シチリア島に戻るのは自殺行為以外の何物でも無かったのである。


「くそっ、今回もダメだったか!」

「やはり財産をくれてやるしか無いか……」

「馬鹿言うな! 何の伝手も無いイギリスの地でモノをいうのは現金なんだぞ!?」


 会談を終えて大使館から出てくるマフィアたち。

 アメリカ解放軍が北上しているとの未確認情報もあり、彼らの焦りは相当なものであった。


「やっぱり、この国に残るべきじゃないか? カポネの野郎も残るって言ってるし……」

「アイツといっしょにするな。シカゴに地盤があるから離れらないだけだ」


 必死に逃げ道を探るマフィアたちであったが、アル・カポネだけは早々に残留を決め込んでいた。解放軍が来ても大丈夫なように資産を分散して隠し、自身も身バレしないように整形するなど着々と手を打っていたのである。


「いっそ、身一つで……って、もがもがっ!?」


 マフィアのボスの一人が呟いたのを、慌てて周囲の人間が口をふさぐ。

 同時に周囲で聞いている人間がいなかったか確認する。


「馬鹿かおまえ死にたいのか!?」

「おまえの子分が聞いてたらどうなるか分かったもんじゃねぇぞ!?」

「す、すまん。つい……」


 解放軍の接近で焦っていたのはマフィアのボスだけではない。

 その子分たちもであった。


 ファミリー内には不穏な空気が漂っており、下手に弱みを見せようものなら下克上待った無しであった。これがシシリアン・マフィアならば血の掟で統制出来るのであるが、アメリカナイズされた彼らには無縁なものだったのである。


「だが、部下を食わせることが出来る場所となると難しいぞ」

「最低でもシノギが出来るのが条件だからな」

「可能ならクスリを扱いたいところだな」


 何度も英国大使館に難民申請をしているのに、却下されまくっているのが現状であった。マフィアのボスたちが、他の国に逃げれないか再検討するのも分からないでもないのであるが……。


「アイルランドはどうだ? あそこはイギリスよりも入国条件は緩かったはずだ」

「あそこはアイリッシュ・マフィアの巣窟だぞ。我らを歓迎してくれるとは到底思えん」


 アイルランドは英国本国に近く、かつ入国しやすい。

 しかし、禁酒法時代にたもとを分かったアイリッシュ・マフィアの総本山であり歓迎してくれるとは思えなかった。むしろ、商売敵として積極的に潰してくるであろう。


「スイスはどうだ? いろんな意味で緩い国だからな。入国してしまえば、なんとかなるだろう」

「それはそうだが、イタリアに隣接しているのがなぁ……」

「今の弾圧っぷりを見ていると、こっそり越境して捕まえにくることくらいやりかねん」


 史実ではマフィアに優しい国として知られるスイスも逃亡先の候補に挙がっていた。しかし、マフィア絶対殺すマンと化しているイタリアに隣接しているのが最大の懸念事項であった。いつ捕まるか怯えながら生活するのは彼らとしても望むところでは無かったのである。


「フランス共和国はどうだ?」

「あそこは一時期共産主義だった影響で、その手の需要が激減している。将来的にはともかく、現状ではちと考えづらいな……」


 英国以外の逃亡先を模索するが良案が出てこない。

 そもそも、他に候補が無いから大使館詣でをしているわけなのであるが。


「……ここはやはりマフィア流でいくべきだろう」

「何か良い手があるのか?」

「お上品に役人の許可を待っているから時間もかかるし、足元も見られるのだ」

「なるほど、既成事実を作ろうというわけだな?」


 直前までの弱気はどこへやら。

 マフィアらしさを取り戻した彼らはニヤリと笑う。


「それで、候補はあるのか?」

「もちろんだ。ロンドンより適度に離れていて、かつ発展している場所がある」

「下手に都会だと現地の組織との縄張り争いが面倒だ。それくらいが適当だろうな」


 彼らは密入国して組織を作り上げることを目論んでいた。

 いったん根を張ってしまえば、後はどうとでもなると考えていたのである。


「しかも、観光地なので人の出入りが激しい。我らが潜入しても簡単には露見しないだろう」

「ますますもって理想的だな」

「残された時間は少ない。急いで行動すべきだろう」

「「「異議無し」」」


 貿易会社を偽装した貨物船が英国近海に停泊したのは、それから1ヵ月後のことであった。闇夜に紛れて、彼らは英国に密入国していったのである。







「いらっしゃいませ」

「……ふむ、この娘を頼めるか」

「それでは404号室をお使いください。すぐに向かわせます」


 ニュードーチェスターの高級娼館『ラスプーチン』のフロント。

 いかにも金を持っていそうな紳士が、娼婦をリクエストしていた。


「ヒューっ! 良いぞーっ!」

「もっともっと揺らせーっ!」

「はぁはぁはぁ……」


 エレベーターに向かう途中の大ホールではストリップショーが開催されていた。

 踊り子の容姿とダンスのレベルは非常に高く、思わず口笛を吹いてしまうほどであった。


「ほぅ……」


 404号室に入った男は感嘆の声をあげる。

 目の前に広がっていたのは、堂々たるロイヤルスイートだったのである。


(高級娼館と聞いていたが流石だな。ウォルドルフ=アストリアにも劣らないぜ)


 何も知らなければ、老舗の高級ホテルと信じ込んでしまうクォリティである。

 しかし、男の思考はノック音で中断されることになった。


「こんばんわ」


 ドアを開ければ、男がリクエストした娼婦が立っていた。

 服装が一級品のブランドで固められていて下品さは全く感じられない。流石は高級娼婦と言うべきであろうか。


「あら素敵。とってもお酒に強いのね。おじ様」

「はははっ、それほどでもないぞ!」


 豪奢なソファに座って高級ワインを飲む二人。

 最初からベッドに直行する無粋なことはしない。時間はたっぷりあるのである。


(そろそろか……)


 娼婦がトイレに行った隙に、男は胸ポケットを探る。

 そして、赤ら顔が一気に青くなる。


(な、無い!? そんな馬鹿な!?)


 胸ポケットに入れてたはずの薬は存在しなかった。

 忘れてきたのかとも思ったが、入室前に一度確認しているのである。


「ふふ、探し物はこれかしら?」

「なっ!?」


 トイレから戻って来た娼婦が、白い粉の入った袋をヒラヒラさせる。

 それは男が探していたものであった。


「返せっ!」


 男は娼婦に飛び掛かるが、あっさりかわされる。

 それどころか、いとも簡単に背後を取って首筋にスタンガンを突き付けたのであった。


「お目覚めかしら?」

「お、俺をどうするつもりだ!?」

「その姿で凄まれてもねぇ……」


 高級娼館『ラスプーチン』の地下1階。

 コンクリート打ち放しの殺風景な空間で、男は縛り上げられていた。全裸で。


「さて、アメリカから来た理由は何かしら?」

「なんのことだか分らんな」


 密入国がバレていることに驚愕する男。

 それでも知らぬ存ぜぬを決め込もうとするが、そのことが寿命を縮めることになった。


「前のお口は素直じゃないから、後ろのお口に聞きましょうか」


 娼婦(?)は手袋を装着してから男が持っていた白い粉を取り出す。

 人差し指に入念に粉をまぶすと、そのまま菊門に突っ込んだ。


「はぅっ!?」


 男が声をあげるが、それは痛みではなく恍惚であった。

 尻に突っ込まれた白い粉――高純度のヘロインが粘膜から吸収されていたのである。


「少しは話しやすくなったかしら? 目的は何?」

「そ、それは……」

「んー? もう少しかな?」


 尻に突っ込んだ指をさらに奥に入れて前立腺を圧迫する。

 同時に竿も刺激することで、急激に血流が流れ込んで剛直がたくましくなっていく。


「うううう……」

「はいストップ。続きをして欲しいなら、さっさとゲロってね」


 直前の寸止めに男は涙を流すが娼婦(?)は意にも介さない。

 それでいながら、興奮が冷めないように必要最低限の刺激を加えていく。快楽による拷問以外の何物でもない。


「も、目的はドーセットへの進出だ!」

「へぇ、続けて」

「お、俺は下っ端なんだ。それ以上は聞かされていないんだ!」

「ふーん、嘘は言ってないようね……じゃあ、逝っちゃえ!」


 前立腺を刺激しながら竿を激しくしごく。

 粘膜から吸収した高純度ヘロインの効果もあって、男は凄まじい快感で連続絶頂した。たちまちのうちに、コンクリートの床が白く汚れていく。


「……あ、死んでる」


 娼婦(?)が知る由は無かったのであるが、男が死んだのは脳内出血が原因であった。与えられた快感が大きすぎて脳内の血圧が急上昇した結果、血管が破れて脳内出血に至ってしまったのである。


「もしもしオーナー? やりすぎて死んじゃったから処理お願い」


 相手が死んでしまったというのに、娼婦(?)は毛ほども動揺していなかった。

 まるでルームサービスを頼むが如く気楽さで内線をコールする。


『ちと早すぎないかのぅ? もう少し情報が欲しかったんじゃが……』


 受話器から聞こえてくる声も全く動揺していない。

 この娼館のオーナーにとっても、処分が面倒なゴミ以外の何物でもなかったのである。


『……と、いうわけで例の女はマフィアの手先だったぞ』

『目的は、ニュードーチェスターへの進出かな?』

『うむ。あれこれと弱みを探っていたようじゃ』

『ったく、大人しくアメリカと心中すれば良いモノを……』


 マフィアがドーセット領に送り込んだ人間は一人や二人では無かった。

 大勢の人間が潜入し、誰一人として帰ることは無かったのである。







「……それで、僕のほうに話を持って来たわけですか」

『うむ。何か名案はないものかと思ってな』


 1936年1月。

 松の内だというのに、テッドはロイド・ジョージから相談を受けていた。


「裏社会の連中はこちらで引き取りますよ」

『それは助かるが、良いのかね?』


 驚いたような声が受話器から聞こえてくる。

 大量の厄介者を受け入れてくれるとは思ってもいなかったのであろう。


「じつは連中に目を付けられてましてね。ちょくちょく探りを入れられてるんです」

『なんだと!?』


 年末年始のドーセット領は、マフィアが派手に活動して対処に追われることになった。厄介ごとを増やしてくれた彼らにはダース単位で恨み言でも言いたい気分であったが、テッドからすれば貴重な人材には変わりないのである。


(いざとなれば密入国してドーセットに潜伏するつもりだったのか? 危ないところだった……)


 ロイド・ジョージは、裏社会の住民の強かさに舌を巻いていた。

 このまま連中の足元を見ていれば、確実にテッドに迷惑がかかることになっていたであろう。既に手遅れな気もするが。


「ちょうどカジノを運営出来る人材を探していたところです。僕としてはカジノは好かんのですが、観光客が煩くて……」

『まだ、あの一件を引きずっているのかね? あれは不幸な事故としか言いようがないだろうに』


 テッドは10年前の山本五十六(当時大佐)の悪夢を忘れてはいなかった。

 あの人の皮を被った悪魔は、テッドが作ったカジノで顧客から400万ポンド(現在の価値で880億円)もの大金を巻き上げたのである。


 山本はポーカーで顧客から直接大金を巻き上げたので、本来ならばテッドが損害を被ることは無い。問題は顧客に円卓メンバーが多数いたことである。


 ポーカーの腕に覚えがあることと、テッドを疎ましく思っていることが彼らの共通点であった。嫌がらせも兼ねてドーセットのカジノに意気揚々と乗り込んだ結果、待ち受けていたのは悪魔だったというわけである。


 気が付いたら有り金どころか、自分の会社の運営資金にまで手を出してしまった。こうなると恥も外聞もあったものではない。チップの一部返還と、モラトリアムを申し出たというわけである。


 嫌がらせをしようとして盛大に自爆する。

 もはや、身体を張ったギャグ以外の何物でもない。


 最終的にテッドが全額肩代わりしたうえで、円卓が責任をもって全額返済することなった。その返済は10年経っても未だに続いているのである。


「……ドーセット領へようこそ」


 ドーセット公爵邸(ドーチェスターハウス)の応接間。

 公爵家に相応しい調度品に囲まれた広い室内には、来客が2名通されていた。


「過分な歓迎痛み入るぜ」

「まさか自分の屋敷に呼びつけるとはな」


 一人はスーツを粋に着こなした伊達男であるラッキー・ルチアーノ、もう一人は弁護士か中堅どころの政治家にも見えるフランク・コステロ。共にアメリカ裏社会の重鎮である。


「さて、早速だけどビジネスの話がしたい。そちらにも悪い話じゃないと思うけど?」


 テッドは慎重に二人の様子を見定める。

 ここで拒否するようならば、縁が無かったとあきらめるつもりであった。


「ビジネスね。話を聞こうか」


 ルチアーノは乗り気であった。

 フランク・コステロは無言ながらも拒絶の意思は見えなかった。この時点で、テッドは計画の成功を確信していたのである。


「二人にはうちのカジノ運営に関わって欲しい」

「カジノ運営だと?」


 普段は冷静沈着なフランク・コステロが困惑の表情となる。

 テッドの提案は、あまりにも想定外だったのである。


「しかし、タダというわけではないのだろう?」


 ルチアーノは懐疑的であった。

 さすがに話が上手すぎると思っているのであろう。


「正直言って、僕はカジノに興味は無い。でも観光地である以上はカジノは不可欠。観光客からの要望も強いしどうしたものかと思ってたんだ」

「それで俺らに白羽の矢が立ったということかい」

「利権はくれてやるから、あとはそっちで勝手にやってくれってこと。ただし、責任はそっち持ち。何かあったら容赦なく潰すけどね」


 ニューヨークでカジノを運営していたので運営のノウハウには自信があった。

 ルチアーノからすれば、まさに願ったりかなったりである。


「なるほどな。コステロさん、悪い話じゃないと思うが?」

「そうだな……」


 完全にやる気になったルチアーノに対して、コステロの表情は微妙であった。

 どこなく苦悩しているようにも見える。


「ドーセット公。連れてくる子分たちの人数に制限はあるのか?」

「特に制限はつけないけど、カジノ運営が出来るくらいには連れて来て欲しいな」

「そうか! 制限は無いんだな!」

「えっ?」


 パッと顔が明るくなるコステロ。

 その変貌ぶりに嫌な予感を禁じ得ないテッド。そしてその予感は的中したのである。


「師団丸ごととか正気かぁ!?」

「頼む! 奴らを見捨てることは出来んのだ!」


 コステロの頼みに目を剝くテッド。

 彼の頼みは、あまりにも常軌を逸していたのである。


 ニューヨークに駐屯する第27歩兵師団は、コステロの私設軍隊と言っても過言ではない。師団そのものを丸ごと買収するあたり、元軍人をヘッドハンティングしていた他のマフィアたちとは格が違う。


 第27歩兵師団は、このままだと優勢な解放軍と真っ向からぶつかることになる。壊滅してしまうことが目に見えているので、そうなる前に保護して欲しい――と、いうのがコステロの依頼だったのである。


「師団って1万人以上いるだろ。それを保護って……ん? ちょっと待った!」


 普通ならお断りすることであるが、生憎とテッドは普通では無かった。

 彼は気付いてしまったのである。師団の将兵を丸ごと労働力に転嫁出来るなら、とてつもなくお得であることを。


 軍隊であるから身体は鍛えられているし、十分な教育も受けている。

 部署によっては、さらに専門的な教育も受けているであろう。これを放置するのはとてつもない損失とテッドは考えた。


 ドーセット領は未だ発展途上であり、労働力が慢性的に不足している状況であった。1万人の労働力は喉から手が出るほど欲しい存在だったのである。


「師団の兵隊もうちで引き取りましょう。船を用意するから港に集めておいてください」

「ドーセット公、恩に着る!」

「この際だから、本命のマフィアの連中も回収しちゃいましょう。どうせ行先は同じだし」


 かくして、マフィアと師団の将兵合わせて1万数千人の大脱出計画が開始された。テッドもコステロもルチアーノも、準備のために飛び回ることになったのである。







「バウ、スターン・スラスター起動。左舷側、目を離すなよ!」

「もっと船体を寄せろ……5……4……3……スラスター停止!」


 スラスターが停止して惰性で岸壁に近づくのを確認したクルーが、ヒービングラインをぶん回す。回しながらラインを伸ばし、そしてぶん投げる。


 投げられたラインは見事に岸壁に到達した。

 ラインに繋がれていたホーサーを手繰り寄せてビットに固縛。巨大客船エンプレス・オブ・イーストはニューヨーク港に接岸したのである。


「点呼終わり! 乗船の順番が来るまでその場で待機だ」

「各員、もう一度タグをチェックしろ。無くした場合はすぐに申告しろ」

「くどいようだが、タグは身分照会に絶対必要だからな。亡命申請を蹴られたくなかったら、肌身離さず持ってろ」


 ニューヨーク港54番埠頭。

 夜明け前の午前3時だというのに港は大勢の人間でごった返していた。


「武器は捨てていけ! 武装してたら難民扱い出来ないからな」

「まだ時間はある。落ち着いて乗船しろ!」


 停泊した巨大客船――エンプレス・オブ・イーストに続々と乗船するのは第27歩兵師団の将兵である。彼らは乗船前に小銃を捨てていく。たちまちのうちに小銃がうず高く積み上げられていく。


「よーし、そのまま、そのまま……キャッチした!」

「次があるんだ。早く降りてくれ!」

「全員降りたな? 離陸する!」


 エンプレス・オブ・イーストに設置された臨時着陸場では、オートジャイロがひっきりなしに着陸と離陸を繰り返していた。ニューヨーク中のマフィアたちをピストン輸送していたのである。


「さすがに、これだけの人数となると乗船に時間がかかるな」

「こちらとしては事故が起きないことを祈るしかありませんね」


 エンプレス・オブ・イーストの船長と航海長は、そんな様子をブリッジから眺めていた。こうしている間にも港に解放軍が突入してこないとも限らない状況であったが、彼らは見守ることしか出来なかったのである。


 戦力の逐次投入という愚策によって、マフィアの私設軍は既に壊滅していた。

 第27歩兵師団が逃亡――もとい、難民と化した現状ではニューヨークは完全に無防備状態だったのである。


「解放軍がもうすく来るらしいぞ!」

「もう奴らに頭を下げなくても良いんだな!?」

「みかじめ料を払わなくてすむとかサイコー!」


 それにもかかわらず、現在のニューヨークに悲壮感は無かった。

 ニューヨーカーたちは解放軍を歓迎していたのである。


『ギャングどもから押収した金品を配ってるらしいぞ!』

『やつら溜め込んでいるからな。俺らも大金持ちだぜ!』

『マジか!? こらは解放軍を応援せざるを得ないな……!』


 解放軍の活躍は派手に喧伝されており、ニューヨーカーたちも知るところとなっていた。話半分に聞いてもマフィアやギャングよりも100倍はマシと信じていたのである。


「あの船はどういうことですか!? ステイツの主権を犯す行為ですぞ!?」


 一方その頃、深夜にもかかわらずロンドンの首相官邸(ナンバー10)には駐英アメリカ大使が怒鳴り込んでいた。


「大統領の親書からして貴国が内戦状態であることは明らかだ。我が国は難民を収容しているに過ぎん」

「ぐっ……」


 ロイド・ジョージの言葉に大使は言葉に詰まる。

 内戦状態なのは事実なのである。


「そ、それでも全員が難民というわけではありますまい!」

「いや。全員が難民だ。現地の大使館が全員難民として認定した。なんだったらリストもあるが?」


 そう言って、ロイド・ジョージは秘書官にリストを持ってこさせる。

 ドサドサとテーブルにリストが積み上げられていく。


 駐米英国大使館のスタッフが過労死寸前まで頑張ったおかげで、全員の難民申請が完了していた。少なくとも手続きに瑕疵はないのである。


「は? いや、だからといって1万人を超える難民とかありえないだろう!?」

「現にあるのだからしょうがないだろう」


 手続き上の不備が無いのであれば、これ以上非難することは難しい。

 大使に出来たのは感情に訴えることであったが、あっさりとかわされてしまう。


 ちなみに、難民と亡命の違いは対象者が自国にいるか海外にいるかの違いである。自国にいれば難民であり、海外もしくは国境に居れば亡命となる。


「マフィア連中を引き取ってくれると聞いたときは助かったが、まさかここまで斜め上な展開になるとはな……」


 肩を怒らせて退場するアメリカ大使の背中を見守りながら、ロイド・ジョージはため息をつく。全ては人材コレクターであるテッドを甘く見たのが悪いのである。


「……全員乗ったな? 出航する!」

「アイアイキャプテン! 出航します!」


 乗船が終わったころには、既に日が昇っていた。

 長居は無用とばかりに船長はエンプレス・オブ・イーストを出航させたのであった。


「くそっ! 遅かったか!?」


 解放軍の部隊がニューヨーク港に突入してきたのは、まさにその瞬間であった。

 彼らは巨大な船影が離れていくのを見守ることしか出来なかったのである。


「ふざけたことを!? これでは人さらいではないか!」


 ホワイトハウス奪還に向けて動いていたジョン・ウィリアム・デイビス大統領は、この事実を知って激怒した。デイビスからすれば、英国の行動はアメリカの主権を侵害するものであった。


「し、しかし大統領閣下。ステイツが内戦状態であることは事実です。親書にも内戦と明記しましたので難民救助の大義名分は満たしています。これ以上はどうにも……」


 日英両国首脳に送った大統領親書には、内戦なので手出し無用とはっきり記載されていた。内戦だから軍事的アクションを起こすなという意味で明記したのであるが、そのことが難民救助を正当化してしまったのである。


「一般人であるなら見逃してやってもよかった。しかし、彼らは社会のダニであるマフィアとその協力者たちだ。地の果てまで追いつめて捕らえる必要があるのだ!」


 弁護士出身で法の番人という自負があるのか、デイビスはマフィアやギャング相手には容赦がなかった。大統領時代に溜め込みまくったストレスを今になって晴らしているとか、そんなことはないはずである。多分。


「とにかくだ。あの無法者どもを海外逃亡させるわけにはいかん! 臨検して船ごと接収してしまえ!」

「そ、そうは言いますが大統領閣下。法的根拠がありません」

「法的根拠? 国家的緊急事態を宣言する。それで事足りる!」


 アメリカの国家的緊急事態の宣言は、大統領にフリーハンドを与える手段と同義と言える。発動してしまえば、議会も司法も飛び越えて大統領の意思を押し通すことが可能なのである。


『やっと俺たちの出番が来たぞ!』

『火力支援も飽き飽きしていたところだ』

『相手は戦艦じゃないのかよ……』

『だが、大物だぞ。7万トン近いらしい』


 ヴィンソン計画で再建されたものの、陸戦が主体で無聊を囲っていた海軍は歓喜した。最新鋭の戦艦や空母、巡洋艦に駆逐艦、さらには潜水艦まで総動員されることになったのである。


 今ここに、大西洋を舞台にした壮大なネズミ捕りが開始された。

 エンプレス・オブ・イーストは、アメリカ海軍の総力を挙げて追跡されることになったのである。







HF/DF(ハフダフ)に反応有り。方位北北東」

「まだ発見されていないな。距離を取る。進路1-3-5、速力25に増速!」

「アイアイキャプテン!」


 ニューヨーク港を出たエンプレス・オブ・イーストは逆探のみで航行していた。

 レーダー波を発振することで位置バレすることを恐れていたからである。


 ちなみに、普通の客船はハフダフなんて搭載していない。

 エンプレス・オブ・イーストは客船でありながら封鎖突破船(ブロッケードランナー)として建造された経緯があり、その後も改装が加えられて最新の防御システムを搭載していたのである。


「ハフダフの反応消えました」

「よし、方位戻せ」


 ハフダフで逆探して方位変更する。

 出航してまだ半日も経っていないというのに両手両足で足りないくらいに繰り返していたのである。


「本国からの連絡を受けたときは半信半疑だったが、どうやら本当にアメリカ海軍が網を張っているようだな」


 先が思いやられるとばかりに愚痴をこぼす船長。

 不幸にも彼の予想は的中することになるのである。


「俺らは陸軍(アーミー)なんだぞ。なんで海兵隊(マリンコ)の真似事をしないといけないんだよ?」

「そう言うなって。命の恩人なんだから協力してやるのが人情ってものだろ」

「そりゃあそうなんだが……」


 風が吹き込むエンプレス・オブ・イーストのAデッキで愚痴をこぼす兵士たち。

 正確には元兵士(難民希望)であるが。


 レーダー無しで大西洋を航行するならば見張りは必須と言える。

 元第27歩兵師団の将兵たちも海上の監視に駆り出されていたのである。


「おいっ、海上で何か光ったぞ!?」

「あれは潜望鏡か!?」

「急いで報告しろ!」


 急ごしらえな見張り(ワッチ)でも数が集まれば馬鹿に出来ない。

 彼らは運良く潜望鏡を発見していたのである。


ASDIC(アズディック)、最大出力で発振を許可する。サブマリンの位置を特定しろ!」


 報告を受けたブリッジでは対応に追われることになった。

 しかし、元巡洋艦艦長だった船長は動じることなく的確な指示を出していたのである。


『なんだこの音は!?』

『アクティブソナーにコンタクトされました!』

『馬鹿な!? 民間船がソナーを積んでいるというのか!?』


 海面下のポーパス級潜水艦は混乱状態であった。

 非武装の民間船と思っていたら、大音響でピンガー音が響き渡ったのである。


『アップトリム30! 急速浮上! 砲撃でビビらせて停船させるぞ』

『アイアイサー!』


 ポーパス級の艦長は勝利を確信していた。

 多少ビビらされたが、非武装の民間船ならばどうにでもなると考えていたのである。


「潜水艦浮上。右舷前方300mです!」

「突っ切るぞ! 進路0-9-0、速力30!」

「アイアイキャプテン!」


 しかし、エンプレス・オブ・イーストは艦長の考えを嘲笑うかのような動きをした。ポーパス級の背後を取るように進路を取ったのである。


『くそっ、艦をヤツの正面に向けろ!』

『ダメです!? 速過ぎて間に合いません!』


 ポーパス級潜水艦は艦橋の前方に76mm高角砲を装備していたが、艦の後方は死角であった。12.7mm機銃で攻撃出来ないこともないが、6万5千トンの巨体には豆鉄砲でしかない。ポーパス級は、ただ遠ざかっていく船影を見守ることしか出来なかったのである。


「……今どこらへんを航行しているんだ?」


 潜水艦を振り切ってもまったく安心出来ない。

 アメリカ海軍の哨戒網は厳重であり、発見を避けるために大規模に迂回しなければならかった。


 この時代にGPSは存在しない。

 航海用レーダーを封じているため、位置特定は天測航法しか方法が無い。派手に回避運動を続けていれば悠長に観測している暇も無いわけで、エンプレス・オブ・イーストは現在地をロストしていたのである。


「位置が判明しました。北緯22度55分17秒、西経75度27分35秒。キューバ北方の海域です」

「なんだと? だいぶ南に流されたな……」


 海図を睨んでいた船長が唸る。

 東に進むどころか南に追いやられていたのである。


「た、大変です! 進路方向に煙が6つ。こちらに向かって来ます」

「なんだと!?」


 船長は慌てて双眼鏡で正面を見やる。

 水平線上には、6つの煙がはっきりと煙がたなびいていた。


「無線封止解除! レーダー起動!」


 この時点で船長は隠密行動を放棄した。

 どうせ応援を呼ばれているだろうし、既に無意味と判断したのである。


「進路0-3-5! 最大速力(フランク)!」

「アイアイキャプテン! 進路0-3ー5! フランク!」


 残された手段は最短距離を駆け抜けるのみ。

 エンプレス・オブ・イーストは、偶然エンカウントしてしまったサウスダコタ級戦艦6隻から全速力で逃走を開始した。


「なんだあの速度は!? おい、こっちも全速を出せ!」

「もう目いっぱいです!」

「このまま、むざむざと逃がせというのか!?」


 アメリカ海軍側は歯噛みしてしていた。

 視認距離だった獲物との距離がみるみる開いていたのである。このままでは水平線上からロストするのは時間の問題であった。


「このまま逃がすな! 砲戦用意!」


 この事態にブチ切れたのが、サウスダコタ級10番艦『アイダホ』の艦長であった。彼はエンプレス・オブ・イーストの足を止めるべく砲撃を命じたのである。


「待ってください艦長!? 我々の任務はあくまでも拿捕であって……」

「ちょっと驚かすだけだ。停船信号を送れ。停船しなければ砲撃するとな!」


 慌てて副官が諫めたものの、怒れる艦長を止めることが出来なかった。

 当然ながら、停船信号を受けたエンプレス・オブ・イーストが止まるはずもない。


「よし、砲撃開始……って、なんだアレは!?」

「おそらく煙幕です。これでは照準が……」

「なんで民間船が煙幕を積んでるんだ!?」


 エンプレス・オブ・イーストの船長は元海軍なだけあって、砲戦の呼吸というものを理解していた。おそらく撃ってくるだろうと判断していた彼は、先んじて煙幕の展張を命じていたのである。


 船長の機転によって、エンプレス・オブ・イーストはサウスダコタ級6隻から逃げおおせることに成功した。しかし、その後もアメリカ海軍の追跡は執拗に続いたのである。


 ニューヨーク港を出港して2週間後。

 エンプレス・オブ・イーストは港町ウェーマスに入港した。1万数千人もの難民は無事にドーセット領に送り届けられたのである。







『我々はニューヨークに続き、ホワイトハウスを奪還した。解放軍の正しさが証明されたのだ!』


 1936年2月某日。

 デイビス大統領は、ホワイトハウスの大統領執務室(オーバルオフィス)から演説を行っていた。


『社会を蝕んでいた裏社会の住民どもは駆逐された。これからステイツは正しき方向に発展していくことになるだろう』


 演説の内容は勝利宣言とも取れるものであった。

 裏社会の私設軍隊は壊滅して革命軍も鳴かず飛ばず。現在のアメリカを実質支配しているのが解放軍であることは誰の目にも明らかだったのである。


「……お待たせした。思ったよりも演説が長引いてしまいましてな」


 演説を終えたデイビスは、閣議室(キャビネットルーム)に顔を出す。

 ある意味、ここからが彼にとっての正念場であった。


「遅かったじゃないか。今後のことをじっくり話し合おうじゃないか」

「もう待つのも限界だ。今日、ここで結論を出してもらうぞ」

「最低でも投資した分は取り戻させてもらうぞ」


 それなり以上の広さの室内は先客で埋め尽くされていたが、彼らは閣僚ではない。あくまでも民間人であった。


「スポンサーは無茶をおっしゃる。とはいえ、わたしとしても何らかの手を打つ必要性は感じている」

「ならば、話は早い。ただちに南米に攻め込むのだ」

「南米の資源と労働力は魅力的だ。将来的には市場としても有望だろう。今を置いてチャンスは無いぞ」


 彼らはデイビスのスポンサーであった。

 正確にはメラ手形の債権者なのであるが。大統領の財布という意味ではスポンサーで間違ってはいないのである。


『南米に逃亡した裏社会の人間によって未だに酒や麻薬の密造が行われている。これらはアメリカ社会にとって潜在的な脅威であり、これを根絶するために出兵する』


 1936年2月14日。

 後にバレンタイン演説と呼ばれることになる演説で、デイビスは南米に出兵することを宣言していた。


『大国の横暴だ!』

『言いがかりで我が国を踏みにじる気か!?』

『このような横暴は決して許されるべきではない!』


 この演説を受けて南米の諸国家では非難の声明が出された。

 しかし、そのような声を無視するかのように解放軍が南米に送り込まれていったのである。


「同志トロツキー! 解放軍が動きました。メキシコ湾岸沿いに南下してきます!」

「やはり来たか。やつらを相手にするな。道を開けてやれ」

「よろしいのですか?」

「まともにぶつかっては勝ち目はない。今は力を蓄える時だ」


 解放軍に対して、革命軍はアクションを起こさなかった。

 スターリンと違い、トロツキーには軍事的才能があった。まともに戦っても勝てないことを理解していたのである。


「……で、南米は今どうなっているんですか?」

『解放軍はメキシコをあっさり抜いてパナマに迫っている。このままだと南米大陸に侵攻するだろうな』


 解放軍の動きは英国にとっても他人事では無かった。

 南米には英国の植民地が存在するからである。


「あそこには植民地があるでしょう。救援する必要があるのでは?」

『ガイアナからは連日のように救援要請が届いている。アメリカの動きが止まらなければ、こちらとしても動く必要があるな』


 世界帝国と謳われる大英帝国であるが、意外なことに南米にはほとんど植民地を所持していない。南米大陸にはガイアナのみ。残りはカリブ海の島国であるベリーズのみなのである。


「ガイアナから避難民が出るなら、是非うちにくれませんか!? 労働力は大歓迎です!」

『この間それをやって方々から顰蹙を買っただろうが君は!? 1万人以上の難民申請をするこっちの身にもなってくれたまえよ!?』


 このような状況でも人材の確保を優先してしまうテッド。

 そんなことだから人材コレクター呼ばわりされるのである。


 植民地を見捨てることは論外であるので、ガイアナの救援要請に応えるため英国海外派遣軍(BEF)が編成された。BEF1個師団がガイアナに派遣されることになるのである。


 しかし、解放軍はガイアナに手を出そうとはしなかった。

 そんなことをすれば、英国と全面戦争になりかねないことを理解していたのである。


 解放軍が南米を制圧したのは1936年の夏のことであった。

 それは南米における収奪経済の始まりを意味していたのである。


 メラ手形のおかげで解放軍は軍備を整えることが出来た。

 崩壊寸前だった海軍も一気に再建することが出来た。


 しかし、メラ手形は打ち出の小槌ではない。

 単なる前借りに過ぎなかったのである。


 借りたものは返すのがルールである。

 しかし手元には金が無い。ならばどうするか?


 答えは『戦場経済で容赦なく収奪する』である。

 解放軍に制圧された南米大陸は、血も涙もない収奪に苦しむことになるのである。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


エンプレス・オブ・イースト


排水量:65480t

全長:290.5m

全幅:32.0m

高さ:54.0m

吃水:11.0m

機関:大型艦船用デルティック16基4軸推進   

最大出力:158000馬力

最大速力:30.5ノット

乗組員:850人

旅客定員:1等旅客820人

:2等旅客610人

:3等旅客980人


ジョン・ジェイコブ・アスター4世が私財を投げうって建造した豪華客船。

完成した当時は、世界最大最速の豪華客船であった。


本船の最大の特徴は、搭載するエンジンである。

QEクイーン・エリザベス型高速戦艦の近代化改装のテストベッドとなるべく大型艦船用のデルティックが搭載されている。


喫水線下の区画は細かく区画化されており、機関もシフト配置されるなど実質的に軍艦であった。


このエンジンを搭載した恩恵で、地球を1周してお釣りがくる程の長大な航続力を得ることに成功している。その高速力と長大な航続力、大量の物資運搬能力を買われて、様々な作戦に投入されることになる。


1930年にメンテナンスでドック入りした際に改装が施された。

武装こそ搭載されなかったものの、水上/対空監視レーダーとASDICが搭載されている。



※作者の個人的意見

史実のクイーンメリーの真似事をさせてみました。

使い勝手が良いので今後も出番があるでしょうね。

ドイツ帝国と二重帝国諸国連邦が即落ち二コマで涙が…(ノ∀`)

北米の三つ巴は裏社会の住民が一抜けしてしまいましたが、革命軍は密かに牙を研いでいます。南米は乾いた雑巾を絞るが如き収奪は確定ですし、まだまだ荒れることになるでしょうね。


>最強守護神の目覚め

ナポレオンすら敗れた冬将軍。

ドイツ帝国も敗れ去ることになりました(-∧-;) ナムナム


>十字軍

DQN系クリスチャンたちによる収奪旅行。

今のイスラムが好き勝手やってるのは1000年前の復讐なんじゃないかと思ってみたり。


>『私の名前はモーリである。つまり、人を殺すということだ……

イタリア語でモーリ(mori)は殺すという意味があります。

要は駄洒落なのですが、本人は殺すことにまったく躊躇していなかったとか。他にも家族を人質に取ったり、兵糧攻めをしたりと手段を選んでいなかったり。こんなのに弾圧されたマフィアたちには同情してしまいます。


>高級娼館『ラスプーチン』

自援SS『変態紳士の領内事情―怪僧ラスプーチン編―』参照。

怪しい髭面がオーナーの高級娼館です。


>テッドは10年前の山本五十六(当時大佐)の悪夢を忘れてはいなかった。

自援SS『変態紳士の領内事情―ギャンブラー五十六編―』参照。


>第27歩兵師団

自援SS『変態アメリカ国内事情―内戦前夜編―』参照。

コステロ子飼いの部隊。義理人情に厚いコステロは見捨てることが出来ませんでした。


>タグ

南北戦争の頃にはありました。

楕円形で2枚組のドッグタグが有名ですが、この時代のタグは円形でした。


>エンプレス・オブ・イースト

自援SS『変態アメリカ国内事情―ギャング・マフィアに非ずんば人に非ず編―』参照。

使い勝手が良いせいで、以後の話にもちょくちょく出てきています。


HF/DF(ハフダフ)

史実でも大活躍した無線方位探知機。

単体でも電波が飛んできた方位が分り、複数使えば座標まで分かってしまう便利アイテム。


ASDIC(アズディック)

ロイヤルネイビーにおけるソナーの名称。

米海軍と日本海軍は普通にソナー呼びしていたり。


閣議室(キャビネットルーム)

ホワイトハウスの西館にある大統領執務室(オーバルオフィス)に隣接している部屋。

名前のとおり閣僚と会議をするお部屋です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 1万人の難民申請ってしかも解放軍が迫ってるという時間制限付き………大使館スタッフが終わった後にテッド君の似顔絵に銃を撃ってそうだなwww アメリカの主人が裏社会から投資家に変わった。アメリカ…
[良い点] 豪華客船が戦艦を相手にはレースを興じる、此れは写真があったら、ピューリツァー賞ものでは。 [気になる点] ユナイテッド・フルーツ社は、中南米に利権を持ってたけど、裏社会とつるんでたりしたら…
[良い点] >無茶を言わないでください同志スターリン!? そらキーウだけでも200個師団潰されてちゃねえwww まあ一個師団一万人として、まだ1000個師団くらいはお代わりがあるわけですが! でもメイ…
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