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第91話 リンドバーグ来日


「アン、見えたぞ。あれがカスミガウラだ!」


 1931年8月某日。

 チャールズ・オーガスタス・リンドバーグと、その妻アンが搭乗するシリウス号は霞ヶ浦にへ向けて飛行中であった。


「あなたっ!? 6時下方から飛行機が接近しているわっ!」

「なにっ!?」


 アンの警告が飛ぶや否や、シリウス号の真後ろから飛行機がフライパスしていく。上空を占位(せんい)する機体を見た彼女は、この時初めて水上機であることに気付いたのである。


「……同じ水上機だけど、あちらの方が速そうね」

「日本があれほどの水上機を開発していたとはな」


 シリウス号に接近したのは、霞ヶ浦海軍航空隊所属の1式水上戦闘機であった。

 89式艦上戦闘機を平成飛行機工業が水上機化した機体であり、今年になってから制式化された最新鋭機である。


「……なるほど。先導してくれるようだぞ」


 シリウス号の前に出た1式水戦は、翼を振って敵意が無いことをアピールする。

 その直後に緩降下に入り、霞ヶ浦へのアプローチを開始したのである。


「見事な腕だ。これは失敗するわけにはいかないぞ」


 さすが地元と言うべきか、手慣れたアプローチで1式水戦は着水した。

 それを見たリンドバーグは対抗意識を燃やしたのである。


「吹き流しが見えたわ! 向かって左から右方向、毎秒3m!」

「了解だ。機体を寄せるぞっ!」


 アンの指示に従い、リンドバーグはシリウス号の姿勢を修正する。

 限りなく水平に近い姿勢で機体の双フロートが湖面に近づいていく。


「「「おおおおおおおっ!」」」


 シリウス号が着水した瞬間、大歓声があがる。

 霞ヶ浦にはリンドバーグを一目見ようと大勢の人間が詰めかけていたのである。


「リンドバーグ大佐。日本へようこそ」


 10分後。

 リンドバーグ夫妻は、霞ヶ浦海軍航空隊司令小林(こばやし)省三郎(せいざぶろう)海軍少将から歓迎を受けていた。


「空の英雄をお招き出来て光栄ですぞ。何か希望はありますかな? 可能な限り便宜を図りましょう」

「そうですね。可能であればシリウス号を先導した機体。あれに乗ってみたいです」


 シリウス号を超える性能を持つ機体にリンドバーグは興味津々であった。

 ダメ元で小林にお願いしたのであるが……。


(まさか許可が下りるとは思わなかったな)


 当の本人がビックリするほどあっさりと許可が下りてしまった。

 しかし、せっかくのチャンスを活かさないでおく手は無い。リンドバーグは初めて乗る機体にもかかわらず、鮮やかな手並みで離水させたのである。


(素直な運動性だな。元になった機体の素性の良さもあるのだろうが、水上機への改造が適切に為されたのだろうな)


 リンドバーグは1式水戦を高く評価した。

 水上滑走時の安定性にやや欠けるところがあるが、機体の運動性は陸上機とそん色ないレベルだったのである。


 ちなみに、機体改造を請け負った平成飛行機工業は以下の改造を施していた。


・脚、尾輪、着艦フックを廃止

・胴体下に主フロートを装備、左右主翼下に補助フロートを装備

・垂直尾翼の増積、後部胴体に安定鰭を追加、方向舵を胴体下部まで延長

・転覆時に頭部を守る保護支柱の撤去

・電装系の防水処理


 身も蓋も無い言い方をすれば、史実2式水戦の改造手法の丸パクリである。

 それだけに高い性能を発揮することになったのであるが。


 1式水戦の武装やエンジン、周辺装備は89式艦戦のままであった。

 空力重視で大型の単フロートを採用し、フロート内には燃料タンクが増設されていた。


 重量が増えたことに加え、前面投影面積の増加で上昇力と速度、航続距離は低下した。しかし、89式艦戦の旋回性能などは受け継がれており、水上戦闘機としては申し分ない性能となっていたのである。


 平成飛行機工業にとって、戦闘機の製造は悲願であった。

 1式水戦は水上戦闘機ではあるが、戦闘機には違いない。さらに言えば、製造ではなく改造であるがそんなことは些細なことである。


 1式水戦の成功は、良くも悪くも航空業界における平成飛行機工業の立ち位置を決定づけたと言える。技術が必要なうえに、数が少なくて利益が出づらい特殊用途向けな機体ばかりを手掛けることになるのである。


「おぉーっ! 宙返りしたぞっ!?」

「機体が横転したぁ!?」

「さすがリンディ! おれたちにできない事を平然とやってのける。そこにシビれる! あこがれるぅ!」


 リンドバーグは卓越した技量で一式水戦をぶん回す。

 突如始まったアクロバットに、ギャラリーは大歓声であった。


(まさにコイツは水上戦闘機と言えるだろう。しかし、ジャパニーズネイビーはこの機体をどう運用するつもりなんだ?)


 リンドバーグは知る由は無かったのであるが、帝国海軍は島嶼防衛目的で1式水戦を運用するつもりであった。小さな島々に飛行場を作って維持するのは手間であるし、戦時に飛行場を破壊されたら迅速な復旧は難しいと考えていたのである。


 一式水戦を堪能したリンドバーグは、機体を着水させるべく高度を下げる。

 離水したときと同様に、初めて操縦したとは思えないほどきれいに着水させたのである。


(この機体だけでも日本の技術が侮れないのは分かる。事が成るまで敵対したくないものだな)


 桟橋へ寄せながら、リンドバーグはそのようなことを考えていた。

 史実の北太平洋航空路調査飛行とは違い、この世界のリンドバーグ夫妻来訪は政治的な目的が存在したのである。







(新聞もラジオもリンドバーグ一色だねぇ。分からなくもないけど)


 モーニングには若干早い時間帯。

 その日のテッドは、大使館の執務室で新聞に目を通しているところであった。


 リンドバーグ夫妻の来日は、翌日の一面トップで報じられた。

 テッドが読んでいる瑞穂新報でも大きく扱われていたのである。


 この世界でもリンドバーグは大西洋横断飛行を成功させており、その偉業は日本でも知られていた。その英雄が来日とあっては、盛り上がらないわけがないのである。


(とはいえ、妙に気になるなぁ)


 史実同様の実績を残し、史実同様に来日する。

 そこに不審な点は一切見当たらないが、テッドは無視出来なかったのである。


「リンドバーグ夫妻の詳細な日程を調べてくれる?」

『了解しました。しばらくお待ちください』


 テッドは自分の直感を信じた。

 スルーすると後々に厄介ごとになることを身に沁みて理解していたからである。


「閣下、お待たせしました。リンドバーグ夫妻の日程です」

「うわぁ、分刻みのスケジュールじゃないか。どこぞの要人かな?」


 エージェントが持参したリンドバーグ夫妻の日程を見て、テッドは目を丸くした。2週間の日本滞在は、分刻みのスケジュールで埋め尽くされていたのである。


「歓迎や招待の合間に工場の視察が予定されています。議員との懇談や、軍への表敬訪問もするようです」

「どう見ても単なる親善目的とは思えないな」


 嫌な予感が当たってしまい、渋面となるテッド。

 リンドバーグ夫妻の視察先は日本の先端技術の結晶であった。さらには親米の民政党議員との懇談や、陸海軍上層部への表敬訪問も予定されていたのである。


「情報分析チームでは、今回のリンドバーグ夫妻の行動は日本の戦力分析の一環と判断しています」

「そのためだけに、わざわざこんなことを? いや、大使館が閉鎖されてるから他に手段が無いのか」


 全権大使の役割は国家間の関係を取り持つことであるが、現地での情報収集も同じくらい重要視される。ネットの無いこの時代では、現地に居ないと収集出来ない情報が多いのである。


 駐日アメリカ大使館が機能していた頃は、懇談会という形でアメリカ大使が民政党議員と情報をやり取りしていた。公安はこの事実を突き止めてはいたものの、懇談会はアメリカ大使館内で開催されたために手が出せなかったのである。


 情報提供の見返りは懇談会の謝礼金であった。

 開催される懇談会の回数は常軌を逸しており、塵も積もればなんとやらだったのである。


 しかし、2年前の事件で日本とアメリカは断交となった。

 現在はアメリカ大使館は閉鎖されており、現地で情報収集出来ない状況が続いていたのである。


 アメリカは対日資産の凍結解除と国交回復を働きかけていたが、内閣調査部が頑なに拒否したことで日米政府間での交渉すら始まっていなかった。神輿兼スポンサーを害されたのであるから当然であろう。


 この状況に業を煮やしたモルガン商会は、傘下の企業を介して民政党議員に接触した。しかし、アメリカ大使館という錦の御旗が無い状況では公安のスコア稼ぎに貢献しただけであった。外患誘致罪で逮捕された民政党議員ら関係者たちは全てを失うことになったのである。


「リンドバーグ夫妻はこの国でも人気がありますし、多少大っぴらに動いても咎められることは無いでしょう」

「ここ連日の報道ぶりを見ると、仮に証拠があったとしても警察は動きづらいかもね」


 社会的に信用がある人間をスパイ容疑で拘束するのは非常に難しい。

 ましてや、海外の著名人となればなおさらである。


 仮にリンドバーグにスパイ疑惑がかかったとしても、証拠固めをしているうちに国外逃亡されるのがオチであろう。アメリカとの関係改善を熱望する民政党の一部の議員が捜査を引っ掻き回すのも目に見えていた。


「……と、いうわけなんだけど。日本政府としてはどうするつもりなのさ?」


 リンドバーグ夫妻の行動が気になったテッドは内閣調査部に連絡を入れた。

 日本政府の対応が気になっていたのである。


『その件に関しては内閣調査部でも把握していますが、現状としては静観です。いつでも動けるように準備はしていますが』


 世間の大歓迎ぶりとは裏腹に、日本政府の関係者はリンドバーグ夫妻に細心の注意をはらっていた。史実で例えるならば、冷戦時代にソ連から有名人がやってくるようなものである。警戒しないほうがおかしい。


「相変わらず眼鏡くんはクレバーだねぇ」

『その呼び方は止めてくださいってば』


 ちなみに、現在の内閣調査部のトップはテッドと知り合いであった。

 10年来の付き合いであるため、気兼ねなく話せるのである。


「ま、それはともかく。アメリカがただちに戦争を仕掛けてくるとは思えない。うちを敵に回すことのヤバさを理解しているはずだからね」


 この世界では日英同盟が継続していた。

 戦争状態の同盟国への自動参戦義務も健在であり、アメリカが日本に戦争を仕掛けたら英国からも宣戦布告される仕様なのである。


『それに関しては同意見です。この世界のイギリスに喧嘩を売ることの無謀さは、アメリカも理解はしているはずですから』


 アメリカがただちに戦争を仕掛けてくるつもりは無いという点で二人の意見は一致していた。


 まともな為政者ならば、この世界の大英帝国を敵に回す愚を理解している。

 まともじゃない可能性もあるが、その場合はまだるっこしい手段を使わず戦争を仕掛けてくるはずである。


『内閣調査部では調査を兼ねた別の目的があると判断しています』

「確かに有り得るなぁ。こっちでも調べてみよう」


 世間がリンドバーグ来日に浮かれているのとは裏腹に、関係者たちは情報収集に必死であった。彼らの努力が報われるのか、それとも無駄に終わるのかは現時点では未知数だったのである。







「遠いところをよく参られた。空の英雄にお会い出来て光栄ですぞ」

「こちらこそ。犬養総理にお会いできて光栄であります」


 首相官邸の応接室。

 犬養毅(いぬかい つよし)はリンドバーグとの面談に臨んでいた。


(さて、内閣調査部の連中からは彼の本音を聞き出して欲しいとのことだったが。どうしたものかのぅ?)


 犬養は面談に先立って内閣調査部から提言を受けていた。

 彼らはリンドバーグが来日した真の目的を知りたがっていたのである。


 リンドバーグ夫妻の来日目的は、北太平洋の航空路調査であった。

 史実と同様であるが、内閣調査部はこの段階で疑っていたのである。


 この世界は、世界恐慌の影響でブロック経済体制が継続されていた。

 日本の所属するスターリングブロックと、アメリカが主導するドルブロック間では関税障壁によって人的・物的交流が制限されていたのである。


 この状況で航路を開設したとしても採算が取れるはずがない。

 さらに、国内での視察や民政党議員との情報交換もある。疑うなというほうが無理筋だったのである。


(今のところ不審な点は無いか)


 適当に雑談してみたが、リンドバーグは今のところ本音をさらけ出すつもりは無いらしい。犬養は話題を変えてみることにした。


「……リンドバーグ君は、この後は中華民国へ向かうつもりなのかね?」

「はい。航路調査を完遂させるつもりです」

「だとしたら時期が悪い。今の中華民国は大災害でそれどころではないぞ」


 この世界の中華民国でも中国大洪水が発生していた。

 この洪水は記録が残る中で最悪の自然災害の一つであり、史実20世紀最悪の自然災害と言える。推定死者数は資料によって大きな違いがあるものの数十万から数百万人もの人間が死亡しているのである。


「そうなのですか!?」


 驚きの表情を見せるリンドバーグ。

 しかし、犬養は表情の不自然さを見抜いていた。


(さほど驚いていないな。むしろ厄介ごとが減ってせいせいしたと言った感じかのぅ)


 史実の犬養は弁舌強者で有名であった。

 弁舌に強い人間は相手の表情の変化も見逃さない鋭い観察眼を持つ。犬養も例外では無かったのである。


(わし)としては今すぐにでも中華民国へ救援に向かいたいのだが、中華民国で反日感情が強くて頓挫しているのじゃよ」


 ため息交じりに愚痴をこぼす犬養。

 中国大好きな彼としては、真っ先に中華民国に救援を送りたいところであった。しかし、現地の反日感情で救援活動は頓挫してしまったのである。


 未曾有の大災害に対して、中華民国総統の蒋介石(しょうかいせき)は周辺国へ救援要請を出していた。この世界の日本は関東大震災を教訓にして大規模な救援部隊を整備しており、迅速に動けていれば大勢の命を救えたはずであった。


『日本人を入国させるな!』

『日本鬼子の施しなど絶対に受けるものか!』

『見つけ次第日本人を殺せ!』


 しかし、国内で荒れ狂う反日感情に蒋介石は日本への救援要請を取り下げざるを得なかった。正式に書面で救援要請を断る事態にまで発展してしまったのである。


『この時ほど反日感情を煽ったことを後悔したことはない』


 蒋介石は後にこのように述懐したと言われている。

 その後も日本から技術や経済援助を受けたくても頼めなかったりと、後世の政治家と官僚達から大層恨まれることになるのである。


「……君はアメリカ人だから大丈夫だとは思うが、現地で日本と関係があると思われたら面倒なことになるだろう。気を付け給えよ」

「ご忠告ありがとうございます。しっかり情報収集してから向かおうと思います」


 二人は固い握手を交わす。

 これだけならば、実に絵になる光景である。


「「……」」


 そして沈黙する犬養とリンドバーグ。

 話題が尽きてしまったのである。


「……その、よろしいでしょうか?」


 先に口を開いたのはリンドバーグであった。

 彼は懐から手紙を取り出す。


(ようやく本題か。それも親書の類となると確実に面倒事じゃな)


 リンドバーグが取り出した手紙は封蝋(ふうろう)されていた。

 それを見た犬養は直感したのである。


「……合衆国大統領ジョン・ウィリアム・デイビスより親書を預かっております」

「謹んで受け取らせていただく」


 犬養はリンドバーグから大統領の親書を受け取る。

 その場で開封して内容に目を通したのであるが……。


「これはまた……」


 親書に目を通した犬養は絶句した。

 手紙には衝撃的な内容が記されていたのである。







「大統領閣下。リンドバーグ氏が犬養総理に親書を渡すことに成功したと情報が入りました」


 ホワイトハウスの大統領執務室(オーバルオフィス)

 部屋の主である合衆国大統領ジョン・ウィリアム・デイビスは、海軍長官カーティス・ドワイト・ウィルバーの報告に満足げに頷く。


 デイビスはリンドバーグに親書を託していた。

 裏社会の住民たちに気取られないように、念入りに偽装を施したことは言うまでも無いことである。


「問題はもう一人のほうだが……」


 一転してデイビスの表情が曇る。

 親書を託す相手は犬養だけでは無かったのである。


「……まぁよい。ダメなら別の手段を考えるまでだ。それよりも海軍の再建状況はどうだね?」


 デイビスはウィルバーに報告を促す。

 親書はあくまでも保険に過ぎない。本命は海軍の再建なのである。


「まずは戦艦ですが、サウスダコタ級4隻が竣工済みです。クルーが確保出来次第、訓練に入ります」

「ハワイに6隻配備しているから、この4隻は大西洋方面に置くべきだろう。適当な場所はあるのかね?」


 ハワイに虎の子のサウスダコタ級を6隻配備したのは、この4隻が存在するからであった。このことを知った帝国海軍の戦艦派が、ロンドン軍縮会議が失効する1934年からの新型戦艦建造を進めるべく動いたのは言うまでも無いことである。


「海軍省ではグァンタナモが適当と考えております」

「それは良い。あそこなら連中の目も届かないからな」


 史実と同様の経緯でグァンタナモには海軍基地が置かれていた。

 キューバにある租借地なので裏社会の住民たちの目が届きにくく、海兵隊の訓練など様々な目的に使用されていたのである。


「空母はヨークタウン級4隻が戦力化済み。3隻が竣工済みで残り3隻は今年中に起工予定です」


 日本が飛龍1隻を戦力化するのにすったもんだしているのに対して、アメリカは一気に10隻建造しようとしていた。このことを知った平成会と帝国海軍の空母マフィアは戦慄したという。戦艦派といがみ合いながら、空母の量産に向けて動いたのは以下略である。


「しかし、空母に載せる機体はあるのかね?」

「現在国内のメーカーに命じて開発中です。Xデーまでには間に合うでしょう」


 デイビスの心配にウィルバーは自信を見せる。

 アメリカ海軍が現在運用している機体はボーイングのF4Bであり、信頼性は高いが時代遅れであった。リンドバーグからの情報提供によって、より高性能な機体の開発に邁進することになるのである。


「巡洋艦はブルックリン級40隻のうち25隻が戦力化済み。10隻が訓練中で、残り5隻は今月中に起工します」

「太平洋と大西洋に分けることを考えると、これでも少ないくらいだがな」


 巡洋艦40隻は一見すると驚異的な数ではあるが、史実の帝国海軍が重巡20隻(未完含む)なので両洋に振り分けるとなると妥当な数と言えなくもない。それでもデイビスは足りないと感じていたが。


「ご安心ください。運用上の問題を解決した新型艦を計画中です。ただ、計画に間に合うかは微妙になりますが……」

「それは止むを得まい。現状でも戦力に問題は無いのだから、着実にやってくれ」


 ちなみに、この世界のブルックリン級は巡洋艦として建造されていた。

 ロンドン軍縮会議では重巡と軽巡のクラス分けは為されていなかったのである。そもそも、アメリカは条約に署名していないのであるが。


 日本においても、史実では重巡だった艦は全て15.5サンチ砲を搭載した巡洋艦として建造されることになる。主砲口径こそを減じたものの手数と主砲散布界が向上、防御力とのバランスが取れたことで扱いやすい艦になったのである。


 しかし、この世界から20サンチ砲搭載巡洋艦が消えたわけではなかった。

 後に火力と装甲のバランスを考慮した史実のアラスカ級もどきや超甲巡が早期に具体化することになる。


「駆逐艦は、ポーター級が今年中に60隻全てが戦力化予定です」

「そうか。これでギャングやマフィア(ダニ)どもを文字通り駆逐出来るな」


 駆逐艦と聞いてニヤリと笑うデイビス。

 日本では特型駆逐艦に対抗して大量建造されたと思われているポーター級であるが、別の目的で建造されていたのである。


 裏社会の住民たちの資金源である密造酒及び麻薬の密輸は、海軍の平甲板型駆逐艦によって行われていた。より高速重武装な駆逐艦をぶつけることで確実に始末する必要があったのである。


 そんなことを知る由も無い帝国海軍の水雷屋が、ポーター級に脅威を感じたのは言うまでも無い。彼らは特型に大口径の酸素魚雷の搭載と、誘導魚雷化に血道をあげることになるのである。


「潜水艦はポーパス級潜水艦で全ての置き換えが完了しました」

「それは良かった。旧式雑多で小型過ぎるサブマリンは棺桶だったからな」


 ポーパス級潜水艦40隻によって、旧式な潜水艦は全て退役となった。

 ただし、機雷敷設潜水艦として建造されたアルゴノート級と通商破壊潜水艦ナーワル級はその大型な船体を転用して強襲揚陸潜水艦として研究が続行されることになる。


「残りは補助艦艇ですね。強襲揚陸艦、ホバークラフトは計画通りの定数を満たしております」

「連中に気取られていないだろうな?」

「ご安心ください。グァンタナモで訓練は順調に進んでおります」


 アメリカ海軍が他の列強海軍と比して明らかに進んでいた分野は海兵隊に関する装備であった。海兵隊を主力に据えた故のことであったが、この時代には存在しないはずの強襲揚陸艦や軍用ホバークラフトを装備していたのである。


『……おい、これを見ろ、これをっ!』

『なんだこれ? ライミーが描いたコミックか?』

『うちの息子が読んでいたのを強奪してきた!』

『酷い父親もいたもんだな!?』

『しかし、技術者の俺らが見ても説得力のある絵だな……』

『強襲揚陸艦? ホバークラフト? 斬新過ぎて発想も出来なかった。こいつは紅茶の臭いがぷんぷんするぜ……!』


 ただし、その元ネタはとある同人誌だったりするのであるが。

 デイビスとウィルバーが知らずに済んだことは幸運であった。


 ヴィンソン計画によって、アメリカ海軍は10年足らずで再建を遂げることになった。Xデーまで残り4年足らず。デイビスたちは計画の成功を確信していたのであるが、足元で牙を研いでいた伏兵の存在には気付いていなかったのである。







「ようこそ英国大使館へ。空の英雄にお会いできて光栄ですよ」

「とんでもない。ドーセット公の名声に比べれば、自分など取るに足らない若造です」


 とある日の英国大使館。

 テッドはリンドバーグの訪問を受けていた。


「アポ無しで押しかけて申し訳ない。しかし、どうしてもお会いしたかったのです」


 リンドバーグの真剣な表情に嫌な予感を禁じ得ないテッド。

 ただの表敬訪問でないことは明らかであった。


「何やら込み入ったお話のようですね。お茶でも飲みながら聞かせていただきましょうか」


 とはいえ、話を聞かない選択肢は存在しなかったのであるが。

 テッドに出来たことは、アフタヌーンティーの準備を命じることだけだったのである。


「これは美味しい。冷たさと甘酸っぱさで食欲が涌きますね」


 お茶請けのサマープティングにリンドバーグは相好を崩す。

 連日の忙しさと日本の夏の暑さにやられていた彼にとって、サマープティングの味は慈雨の如しであった。


「気に入っていただけたようで何よりです」


 カップを片手に安堵するテッド。

 思いつめた表情で長身痩躯な男が圧迫面接してくるのは、たまったものじゃないのである。


「……ドーセット公は我が国の実情を御存じですか?」

「アメリカ風邪が終息してからは実質的に裏社会に牛耳られている程度には。我が国の情報機関もあれで壊滅して情報収集も一苦労ですよ」


 アメリカ風邪のエピデミックによって、MI6アメリカ支部は甚大な被害を受けた。再建に戸惑っているうちに既存の情報網がFBIや裏社会に吸収されてしまい、新たに情報網を起ち上げるのに手間と時間を浪費しているのである。


「そこまで知っておられるなら話は早い。現在のアメリカは、大統領が推す海軍派と裏社会が推す陸軍派に2分されているのです」


 裏社会の住民たちは、陸軍の優秀な人材に目を付けていた。。

 軍の予算が削られた結果、給料の遅配や未払いが常習化していたので優秀な者は見切りをつけて退役していった。そういった人材を積極的に取り込んでいったのである。


 彼らはギャングやマフィアの構成員に訓練を施し、戦闘に耐える部隊に錬成していった。これがいわゆる陸軍派と言われる存在であり、裏社会の住民は強大な武力を保持していたのである。


 その一方で、メラ手形により資金を確保した大統領一派は海軍を取り込んだ。

 旧式化した艦艇を更新しつつ、海兵隊を増強して陸軍派に対抗出来るだけの戦力を整えていった。これが海軍派である。


「いずれ雌雄を決することになるでしょう。それも近いうちにです」

「参考までに聞くけど、貴方はどちら側なの?」

「無論、大統領のほうです。そして……」


 そこまで言うとリンドバーグは、懐から手紙を取り出す。


「こちらが我が大統領からロイドジョージ首相に宛てた親書となります」

「なんで僕に持ってくるんです? ロイドジョージ宛てならば、国内のイギリス大使館にでも持ち込めば良いでしょうに」


 テッドの疑問は、もっともなことであった。

 日本と違い、英国はアメリカと断交していない。駐米英国大使館は健在なのである。


「本来ならばそうするのが望ましいのですが、FBIの監視が厳しくて無理なのです」

「FBIがいかに凄かろうと所詮は警察でしょう? 大使館相手にはどうにもならないのでは?」

「甘い! それは蜂蜜をかけたチョコレートよりも甘い考えですよドーセット公! 奴らは外交暗号を傍受して解読しているのですよ!?」


 アメリカ国内の諜報を一手に引き受けていたFBIであったが、最近は対外諜報を強化していた。他国の大使館に盗聴器を仕掛けるなどして、積極的に情報収集をしていたのである。


(うちの外交暗号が簡単に解けるとは思えないけど、新しい暗号に切り替えるよう意見具申しておくか)


 テッドの提言によって、従来から研究されていた新型暗号と暗号政策機が運用されることになる。


 英国の外交暗号はパラメトロンコンピュータを用いて作成されていたため、人力で解くのは不可能な強度であった。しかし、第1次大戦前に運用が開始されてからほとんど変更が加えられていなかったのである。


 パラメトロンからトランジスタに進化した暗号装置と新型暗号によって、英国の暗号はより鉄壁となった。そうとも知らない列強の暗号関係者は、紙とペンを抱いたまま爆死することになるのである。


「分かりました。僕が責任を持って本人に届けましょう」


 リンドバーグから親書を受け取ったテッドは、そのままスーツの内ポケットにしまう。


「ありがとうございます。正直、突き返されるのも覚悟していましたので……」


 リンドバーグは安堵のためいきをつく。

 その様子を見たテッドは、逆に気になってしまった。


「……なんでそんなふうに思ったんです?」

「あなたは裏社会の住民にたいそう恨まれていると聞き及んでいます。正直、その場で親書を破られるのではないかと不安だったのです」


 裏社会の住民たちによって、テッドはこれまでに二度暗殺未遂に遭っていた。

 そのような目に遭ってアメリカに好意を抱けるはずが無いと、リンドバーグは考えていたのである。


 もっとも、アメリカの裏社会相手に2度も暗殺を退けたこと自体がリンドバーグには信じらないことであったが。国内で裏社会に表立って逆らって生き延びた人間は存在しないのである。


「あぁ、その点はご心配なく。僕が恨まれているのはモルガン商会絡みということは理解しています。あなた方が無関係であることもね」

「そう言っていただけると助かります」


 そもそも、テッドが恨まれているのはアメリカの裏社会ではなくモルガン商会であった。商売敵であるテッドを抹殺せんとしてモルガン商会が裏社会を動かしただけなのである。傍から見れば、裏社会そのものを敵に回しているようにしか見えないのであるが。


「個人的にはモルガン商会には辟易しているんですけどね。そちらでなんとか出来ませんか?」

「今は無理ですが、我らが勝利した暁には必ず処断するとお約束しましょう」


 テッドとリンドバーグはがっちりと握手を交わす。

 親書を託されたテッドは、ただちに行動を起こすしたのである。







(早く来ないかなぁ……)


 潜水艦のセイル上で、ひたすらテッドは待っていた。

 外は粘つくような暑さに加えて、周辺は濃霧が発生していて不快なことこの上ない。


(こんなことなら中で待っておけば良かったなぁ)


 潜水艦の狭さと暑さとディーゼル臭さに辟易したテッドは、艦長に無理を言って艦外に出ていた。しかし、外に出た途端に日本の夏の蒸し暑さの洗礼を受けるハメになったのである。


『本日、全権大使ドーセット公は、東京聖アンデレ教会を訪問されました。ドーセット公は貧民救済事業に興味を抱かれており……』


 テッドは、時間つぶしに胸ポケットに入れたラジオのスイッチを入れる。

 イヤホン越しにポケットラジオの音声が耳に入ってくるが、それを上回る音がラジオの音声をかき消していく。


「やっと到着か……」


 テッドはラジオをしまい込み、ボートへ移乗する。

 目指す先は着水したサンダース・ロー プリンセスであった。


「テッド!」

「えっ!? マルヴィナなんでここに!?」


 機内に入るとマルヴィナが待ち構えていた。

 妊娠前と体形が変わっていないのは日ごろの節制とトレーニングの賜物であろう。


「来ちゃったわ」

「来ちゃったわ、じゃないっ! ミランダは何処!?」

「大丈夫よ。ちゃんと連れてきているわ」


 マルヴィナが指差す先には、シートに括り付けられたベビーベッドがあった。

 ベッド上では褐色の天使――愛娘ミランダが、すやすやと眠っていたのである。


「あぁ、やっぱり可愛いなぁ……」


 ベッドにしがみついて愛娘を観察するテッド。

 親バカここに極まれりである。


「……ちょっ!? 何を!?」


 そんなテッドに対して、マルヴィナは言葉ではなく行動で意思を示した。

 テッドの首根っこを掴んで、手近なシートに放り投げたのである。


「ねぇ、テッド。育児って大変なのね。こんなにもストレスがたまるとは思わなかったわ……」


 顔は笑っているが、目のハイライトが消えている。

 選択肢を間違ったらバッドエンド直行なヤツである。


「溜まったストレスは発散しないと、ね……」


 そんなことを宣いつつ、マルヴィナはテッドに覆い被さる。

 こうなるとテッドは脱出不可能である。


「えぇ、うん。そうだね……」


 この期に及んで、必死に助かる術を探すテッド。

 シチュ的には、ピンク髪のヤンデレに追い詰められてなお活路を見出そうとする金髪グラサンに見えなくもない。


(!? あれは……!)


 テッドの視界の端に映りこんだモノ。

 それは起死回生の一手につながったのである。


「あーっ! ミランダがムズがってる!」

「!?」


 瞬間的にマルヴィナの目に光が戻る。

 慌ててベッドに駆け寄る。


 その隙を逃がすテッドでは無かった。

 一気に離脱しようとして――盛大にスっ転んだ。


「な、何が……!?」


 慌てて足元を見て見れば、長い帯がテッドの左足とシートの足を結び付けていた。必死になって外そうとするも、既にマルヴィナは目の前であった。


「日本のおんぶ紐は便利ね。こういうことにも使えるのだから」

「いや、絶対にこういう使い方は想定していないから!?」


 マルヴィナが咄嗟に放ったのは、メイドインジャパンなおんぶ紐であった。

 シンプルな1本紐タイプで、慣れれば体格や体形を気にせず使用出来る。先端に重りを仕込めば暗器にもなるので、彼女のお気に入りだったのである。


「さて、覚悟は良いかしらテッド?」

「全然出来てないっ! というか子供にお見せ出来るものじゃないだろ!?」

「そんなことはないわ。きっと喜んでくれると思うわよ?」

「そんなわけあるかっ!?」


 抵抗虚しく、テッドは愛娘の前で逆レ〇プされることになった。

 それこそボロ雑巾になるまで搾られたのである。


「なん……だと……」

「だから言ったじゃない。流石わたしの子ね」


 なお、二人のおせっせを見ていたミランダはご機嫌であった。

 大義名分を得たマルヴィナは、事あるごとに子供の前でヤることになるのである。







「……と、いうわけでリンドバーグ氏から預かったアメリカ大統領の親書がこちらです」

「うむ、確かに受け取ったぞ」


 ロンドンの首相官邸(ナンバー10)の大会議室。

 テッドはロイド・ジョージに親書を手渡していた。


「では、親書を開示させていただく」


 ロイド・ジョージの宣言に室内は静まり返る。

 アメリカ大統領ジョン・ウィリアム・デイビスの親書の内容は以下の通りであった。


・1935年から裏社会の住民を駆逐する。

・内戦であるため手出しは無用である。

・万が一我らが敗北した場合、ステイツの精神を残すために亡命政府の設立を許可願いたい。


「テッド君、アメリカの裏社会はそれほどに強大なのかね?」

「武力はともかく、資金力は相当なものでしょうね。僕が日本に居るときにもちょくちょく妨害工作してきましたし」

「ふむ。軍事力は大したことが無いということかな?」

「いえ。史実でも南米の麻薬王は国軍と伍するかそれ以上の軍隊を保有していました。この世界のアメリカ裏社会が同等のことを出来ないと考えるのは危険でしょう」


 テッドの指摘は的を得ていた。

 一部のマフィアは陸軍の師団を丸ごと取り込むなどしており、その戦力は侮れないものになっていたのである。


「手出しするなって言うけど、当たり前だよなぁ」

「誰があんなめんどくさい土地を欲しがるんだよ?」

「アメリカに手出しをしたら、自治領と植民地の独立に悪影響が出るだろうが」


 大統領一派は内戦中に横やりを入れられることを危惧していたが、英国はこの事実を知ろうが知るまいが手出しをするつもりは無かった。世界中に自治領と植民地を抱えて四苦八苦しているのに、アメリカにまで手を出す余裕も酔狂も存在しないのである。


「アメリカの統治コストなんて計算もしたくない」

「間違いなく大英帝国の財政は傾くだろうな」

「こっちは身軽になりたいんだよ。なにを好き飲んで植民地人に手を出す必要があるのだ?」


 アメリカに手を出したら、その負担は膨大なものになるのは分かり切っていた。

 英国としては、頼まれてもアメリカのごたごたに手を出すつもりは無かったのである。


 現在の英国は自治領や植民地に全力でしがみつかれている状態と言える。

 大英帝国という金看板は、それだけ魅力的だったのである。


 しかし、しがみつかれているほうはたまったものではない。

 植民地経営は初期の収奪経済を除けば赤字経営に陥るのが大半なのである。


 自治領になれば負担も減るが、そこまで発展させるのに膨大な手間と費用が発生するし、防衛のための軍隊を派遣する費用も馬鹿にならない。


「わざわざ手を出すなと言ってくれているのだ。ここは彼らの意見を尊重すべきだろう」

「然り。後で泣き言を言ってきても無視してやりましょう」

「植民地人どもめ。思い上がりにも程があるな」


 そんなわけで、円卓会議の空気は『何言ってんだこいつ』状態であった。

 英国からすれば、内戦したければ勝手にやってくれというのが偽らざる本音だったのである。


「亡命政府とはまた面倒な」

「スペイン王国の亡命政府程度ならば面倒も見れるが、それ以上となると想像もしたくないな」

「しかし、これは連中が負けたらの話だろう。戦況を見てから対策しても遅くないのでは?」


 親書の内容で、円卓が懸念したのは亡命政府の設立であった。

 過去にスペイン王国の亡命政府を受け入れている手前、アメリカの亡命政府を拒否しようものなら世界中から非難されることは確実だったのである。


「……テッド君。どう思うかね?」

「大統領一派は海軍を取り込んでいます。そして、アメリカ海軍は旧式の置き換えのために新型艦を大量に建造中です。内戦がどのようになるかは分かりませんが、これらの艦に損害が出るとは到底思えません」


 今現在も、アメリカの全ての造船所がヴィンソン計画を完遂するべくフル稼働状態であった。1935年のXデーに間に合わせるべく急ピッチで建造を進めていたのである。


「仮に大統領一派が負けた場合、大量の軍艦と難民が押し寄せることになるでしょう。それこそ史実のダイナモ作戦のように」

「「「なん……だと……」」」


 テッドの予想に絶句する円卓のメンバーたち。

 そんなことになったら、史実のダイナモ作戦どころでは済まないであろう。


「僕としては予想が外れることを願っていますが、備えておくに越したことはないと思っています」

「テッド君の懸念は良く分かった。そのうえで聞きたいのだが、対策はあるのかね?」

「英国本土に受け入れることが不可能であるならば、他の場所を提供するしか無いでしょう。グリーンランドが適当ではないかと」


 グリーンランドは北極海と北大西洋の間にある世界最大の島である。

 その面積は日本の6倍近くあり、世界最大の島に相応しい広大さであった。


「しかし、あそこはデンマークの植民地だぞ?」

「利用価値の無い場所を租借すれば良いでしょう。デンマーク本国も経営に苦労しているみたいですし、恩に着せることが出来るかと」

「それは名案だな。早速デンマーク政府と交渉してみよう」


 1931年12月。

 英丁秘密協定がロンドンで締結された。


 秘密協定の内容は英国がグリーンランドの土地の一部を租借するというものであり、5年毎に更新するものとされた。更新は自動更新であり、更新しない場合は1年前に通告することなどが取り決められたのである。


 大統領の親書を受け取った英国と日本は、将来のアメリカ内乱に備えて動くことになる。Xデーまで残り3年。アメリカの運命の日は確実に迫っていたのである。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


ロッキード シリウス


全長:8.3m   

全幅:13.07m    

全高:3.3m     

重量:1260kg 2360kg(全備)   

翼面積:24.60㎡

最大速度:282km/h

実用上昇限度:7600m

航続距離:1700km

武装:非武装

エンジン:プラット・アンド・ホイットニー ワスプ 空冷星型9気筒 420馬力

乗員:2名


リンドバーグ夫妻が来日する際に乗って来た機体。

史実と同様の仕様であるが、この世界では中華民国へ向かわなかったために大破することはなくティングミサートク号には改造されていない。



※作者の個人的意見

この世界のアメリカでは賭けの対象としてエアレースが盛んなので、その気になればよりシリウスよりも高性能な機体を簡単に造れます。しかし、そういった技術は裏社会が技術者を囲っているので民間に流れにくいのが現状だったりします。






三菱 89式艦上戦闘機


全長:6.93m   

全幅:9.7m    

全高:3.3m     

重量:1125kg    

翼面積:15.7㎡

最大速度:410km/h 

実用上昇限度:7600m

航続距離:1500km 

武装:7.7mm機銃×2 30kg爆弾2個

エンジン:三菱 A-4改 空冷星型14気筒 780馬力

乗員:1名


1927年に試作が指示された二試艦戦に三菱が提出した機体。

中島と平成飛行機工業とのコンペに勝利して、89式として制式採用された。


平成会の技術陣が実用化した超ジュラルミンの押し出し成形技術を採用したことにより、機体強度を上げつつ軽量化に成功した。そのため、張線などの補強が不要となり見た目はすっきりしている。


エンジンはA-4の改良型が採用されている。

発動機部に勤めている平成会のモブ技術者たちによって改良されたA-4改型は実質金星のプロトタイプであり、数々の派生エンジンを生むことになった。


性能的には史実の七試艦戦以上96式艦戦未満であるが、天才堀越二郎が設計に関わっていないために円と曲面を多用した優美なラインは欠片も無い。しかし、直線部分が多いために量産性は悪くなく、スポイラー取り付けの改修も短時間で完了している。


二線級となっても商船護衛などで需要があり、史実FM-2の如く改良を加えられながら生産が継続された。そのため、多くの派生モデルが存在している。



※作者の個人的意見

テッド君の技術ばら撒きや、平成会の技術チートによって技術加速してるから多少早めに史実96式艦戦を出しても問題無いよねと思ったりもしましたが、7年早いのは流石に無茶が過ぎるので、多少性能を落とした機体を採用したというオチだったりします(;^ω^)






平成飛行機工業/三菱 1式水上戦闘機


全長:6.93m   

全幅:9.7m    

全高:3.3m     

重量:1320kg  

翼面積:15.7㎡

最大速度:330km/h

実用上昇限度:7500m

航続距離:750km

武装:7.7mm機銃×2 30kg爆弾2個

エンジン:三菱 A-4改 空冷星型14気筒 780馬力

乗員:1名


1931年に制式採用された水上戦闘機。

史実の2式水戦の手法を丸パクリした結果、短期間に実用的な水上戦闘機として完成している。


試作機ではフロートの投棄が可能な構造となっており、フロートを投棄すれば89式艦戦と同等の性能を発揮可能であった。しかし、フロート投棄の際に事故が多発し、量産機ではフロート投棄機能はオミットされている。



※作者の個人的意見

平成飛行機工業のモブが生前に読んだ戦記物で、二式水戦がフロートを投棄してゼロ戦並みに身軽になって反撃したのを再現しようとあれこれやって盛大に失敗していたりします。理屈的には本体とフロートをボルト接合にして、分離ボルトを仕込めばなんとかなりそうなのですけどね。

アメリカ内戦のカウントダウンが着々と進んでいます。

円卓の面々は対岸の火事と思っているようですが、この世界のアメリカは蟲毒からメガシンカするのでどうなるか分かったものじゃないのです。


>チャールズ・オーガスタス・リンドバーグと、その妻アンが搭乗するシリウス号

史実でも1931年にリンドバーグ夫妻が来日しています。

だからこそ、今回の話を思い付いたわけですがw


>1式水上戦闘機

平成飛行機工業が製造している水上戦闘機。

使い勝手が良かったのか、当初予定されていた数よりも多く生産されることになります。


小林(こばやし)省三郎(せいざぶろう)

自援SS『変態日本海軍事情―艦載機開発編―』では、飛龍の艤装委員長をしていました。


>10年来の付き合いであるため、気兼ねなく話せるのである。

二人が出会ったのは本編44話『持ち出しが多過ぎるビジネス』で1921年7月頃なので、きっちり10年経ってます。


>『この時ほど反日感情を煽ったことを後悔したことはない』

価値観がバラバラな者を一致団結させるには共通な敵が必要です。

当時は一致団結するためには反日感情を利用するしか無かったのですが、中華民国はその代償を延々と支払い続けることになります。


>合衆国大統領ジョン・ウィリアム・デイビス

この時点で大統領2期目に入っています。

表向きは裏社会に従順なので、無事3期目当選も果たすことになります。


>ロンドン軍縮会議

本編第55話『ロンドン海軍軍縮会議』参照。

1924年の条約発効から10年間新造艦の建造が禁止されているので、1934年以降は新造艦を建造することが可能になります。


>ボーイングのF4B

複葉機で性能はグラマンF3F以下。

こんなんをヨークタウン級で運用したら艦体の持ち腐れですね……(;^ω^)


>強襲揚陸潜水艦として研究が続行されることになる。

史実のソ連では一時期真剣に研究されていました(戦慄


>強襲揚陸艦

史実だと陸軍のあきつ丸が嚆矢ですが、この世界だとオートジャイロを運用する強襲揚陸艦をロイヤルマリーンが多数保有しています。


>ホバークラフト

じつは英国と深い関係があったりします。

19世紀後半に模型で実験したのは英国ですし、現在の軟質エアスカートを装着するタイプのホバークラフトを実用化したのも英国です。2023年の時点で世界唯一のホバークラフト航路があるのも英国なのです……!


>ヴィンソン計画

自援SS『変態アメリカ国内事情―アメリカ海軍の逆襲編―』参照。

200万t分の新造艦艇によって、旧式艦を一挙にリニューアルする米海軍再建プロジェクトです。


>サマープティング

英国の夏の定番スイーツです。

ベリー類をふんだんに使った甘酸っぱさがたまらない真っ赤な色が印象的なお菓子です。高齢者や病気の人が安心して食べられるように作られた歴史があるので、夏バテ気味な人には特効でしょう。


>ミランダ

ドーセット公爵家長女。

本名はミランダ・ハーグリーヴス。30年後はテッド君の後を継いで駐日英国大使になっています。


>ピンク髪のヤンデレに追い詰められてなお活路を見出そうとする金髪グラサン

グラサンはあの後逃げ延びたけど、テッド君は逃げられなかったよ……(哀


>スペイン王国の亡命政府

自援SS『変態スペイン国内事情―第2次共和制編―』参照。


>史実のダイナモ作戦

別名ダンケルクからの撤退。

それこそ小型船まで根こそぎ徴用して脱出作戦を成功させたと表記されることが多いのですが、実際はその7割くらいは駆逐艦や大型船で退却してたりします。


>英丁秘密協定

英はイギリス、丁は丁抹の略でデンマークの漢字表記だったりします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 出産前と体形が変わっていないのは日ごろの節制とトレーニングの賜物であろう。 一般的には 妊婦さんと同じ体型ですね って言ったら殴られそう
[良い点] 翼よ、あれがトーキョーの灯だ! 大西洋無着陸横断が英雄的行為だったんだから、ユーラシア横断できる飛行機がどれだけ革新的だったかわかろうってもんですな。 正直彼は進歩しすぎた飛行機技術に押さ…
[一言] 犬養さん蘇って岸田総理と代わって欲しいなぁ
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