第89話 日英直行便就航
『空には轟音が鳴り響いております。もう間もなく、こちらでも視認出来るはずです!』
1930年7月某日。
日本の霞ヶ浦では、大観衆が世紀の瞬間を今か今かと待ち受けている最中であった。
(いったい、どうしてこうなった……)
テッド・ハーグリーヴスのため息は大歓声に紛れてしまう。
彼はVIPの出迎えのために、わざわざ霞ヶ浦まで出張っていたのである。
『じょ、ジョークですよね? とっくにエイプリルフールは過ぎ去っているんですけど!?』
『残念だがジョークでは無いのだ。我々も止めたのだが』
『危険過ぎます。ソ連上空を突っ切るんですよ!? 万が一墜落でもしようものなら……』
『君が行き来出来るのに、何でダメなんだと言われると弱くてな。そんなわけだから、出迎えを頼むよ』
『ちょっ、待って!? もしもし? もしもーしっ!?』
事の始まりは、英国宰相ロイド・ジョージからの国際電話であった。
夏コミの落選通知に落ち込んでいたテッドに追い打ちをかける形となったのである。
『あぁっ!? 見えてきました! 見えてきました! まるで鯨です。空飛ぶ鉄鯨です。とんでもない大きさですっ!』
上空に姿を現した巨大飛行艇『サンダース・ロー プリンセス』を見て絶叫するアナウンサー。テッドが物思いにふけっている間にも、世紀の瞬間は確実に迫っていたのである。
巨大な艇体はゆっくりと、しかし着実に湖面に近づいていく。
押しかけた大観衆は、その瞬間を今か今かと固唾をのんで見守る。
「「「おおおおおおおっ!」」」
着水した瞬間、大歓声があがる。
公式の日英直行便の第1便が無事到着した瞬間であった。
「日本へようこそロマノフ公。歓迎致します」
桟橋に降りたロマノフ公を外務大臣幣原喜重郎が出迎える。
「盛大な歓迎痛み入りますぞ。ほら、皆も挨拶しなさい」
ロマノフ公が促すと、家族たちも幣原に挨拶をする。
元皇后アレクサンドラ、長女オリガ、次女タチヤナ、三女マリア、四女アナスタシア、長男アレクセイ、さらには元皇太后マリアと合計8名の大所帯であった。
ちなみに、今回の訪日は公賓扱いなので外務省の管轄である。
本来ならば、テッドがロマノフ公を出迎える義理は無いのであるが……。
「やぁ、ドーセット公。久しぶりだな」
「ちょっ!? ロマノフ公!?」
予想されるトラブルをフォローするためにも出張らざるを得なかったのである。
テッドが日本と本国を行き来しているのを知るのはごく一部の関係者のみであり、必死になってその場を誤魔化したのであった。
元ロシア皇帝ニコライ2世は、英国への亡命後はロマノフ公爵に叙勲された。
英国王ジョージ5世の従弟であるため王位継承権を持ち、王室からも厚遇されていたのである。
しかし、新参者のロマノフ公は英国社交界では浮いた存在であった。
暇を持て余してラスプーチンを頼った挙句、ドーセット領に入り浸ることになったのである。
『ところで、ドーセット公は日本大使だろう? どうやって本国と行き来しているのかね?』
『んぁ? 巨大飛行艇でひとっ飛びれすよ。片道1日弱で日本まで行けますよ~』
『それは凄いな! 儂も乗って良いかな?』
『あっはっは! 遠慮らくどぉぞぉ~』
以前にサシ飲みした際に、酔ったテッドがロマノフ公にうっかり秘密をバラシてしまったことが今回の事態を招いていた。当の本人は、全く覚えていなかったりするのであるが。
飛行艇の存在を知ったロマノフ公は、ロイド・ジョージから日本行きを取り付けた。いかなる手段を使ったのか、家族の同伴までも認めさせたのである。
「それにしても、どうやってロイド・ジョージを説得したんです?」
霞ヶ浦から帝都へ向かう車列。
その車内で、テッドは事の次第をロマノフ公に問いただしていた。
「うむ。最近ソ連の動きが活発になっているのでな。儂が動けば多少は気が逸れるだろうと説得したのだ」
「そりゃあ、貴方が動けばスターリンは気が気で無いでしょうね」
スターリンからすれば、ロマノフ公はなんとしても亡き者にする必要があった。
ロマノフ王朝の血筋が残っている限り、筆髭は枕を高くして眠れないのである。
「くくくっ、このことが世界に発信されたときの奴の反応が楽しみだわい」
人の悪い笑みを浮かべるロマノフ公。
生やしたヒゲと相まって、悪の大ボスにしか見えない。
「ところで出産はどうするのだね?」
「ほへっ?」
ロマノフ公は唐突に話題を変える。
唐突過ぎてテッドは間抜けな声を出してしまう。
「えっ、あぁ。二人とも年内に出産予定ですよ」
「年内か。まだ時間はあるな!」
「え?」
「うむ。貴公には世話になっているからな。お礼代わりと言ってはなんだが、父親としての心構えをとくと教えてしんぜよう」
「ええええええ……」
霞ヶ浦から帝都の赤坂迎賓館まで2時間以上。
テッドは延々とロマノフ公から、父親としての心構えを説かれたのである。
(なんというか、これはまた……)
西洋の宮殿の煌びやかさとは別ベクトルで、豊明殿の雅さは強烈である。午餐会に強制参加されたテッドは、上京したての御上りさんの如しであった。
豊明殿は明治宮殿内部に供宴場、宴会場として造営された。
宮殿のホールでは最大のスケールを誇る豊明殿は、立食形式で最大600名の席を設置することが可能であった。史実でも国賓を招いて饗宴の儀が行われており、今回のロマノフ公来日の際も午餐会の会場となっていたのである。
(さすがに場慣れしてるなぁ)
テッドが見やる先には、ロマノフ公とその家族たちがいた。
大勢の賓客に囲まれてながらも穏やかに談笑している姿は、流石は元皇帝一家といったところであろう。
(こういうのは大事なことだとは理解してるけど、めんどくさいんだよなぁ……)
しかし、テッドには彼らを暖かく見守る暇など無かった。
列強筆頭国の全権大使となれば、引く手数多なのである。
「久しぶりやのぅ。テッドはん」
「金子さんもお呼ばれしてたのですか」
鬱陶しい連中から避難したところを待ち受けていたのは、鈴木商店の大番頭金子直吉であった。日ごろなら敬遠するところであるが、こういった場面ではありがたい。気心も知れているので見知らぬ他人と会話するよりはマシなのである。もっとも、当人もそこらへんを見越して声をかけてきているのであるが。
「ところで、今回の件はドーセット公の差し金なんか?」
ちらりと、ロマノフ公のほうを見やる金子。
「僕じゃないですよ。ロマノフ公の独断です」
「ふぅむ……案外独ソ戦の再開は近いんか?」
「……!?」
いきなり核心を突かれて、テッド動揺する。
一瞬であったが、表情に出てしまう。
「やっぱり噂は事実やったんか」
しかし、金子にはそれで十分であった。
三大財閥に匹敵か、それ以上とも謳われる鈴木商店は世界中に商社マンを派遣していた。きなくさい欧州情勢の情報収集にも余念が無かったのである。
「そういうことなら、共犯にしたほうがええな。ちょっと待っときや」
そう言って、離席する金子。
すぐに3人の紳士を引き連れて戻ってくる。
「お初にお目にかかります岩崎小弥太です」
「團琢磨です」
「小倉正恒です」
自己紹介されたテッドは面食らう。
目の前の紳士たちは三菱・三井・住友の長だったのである。
「わずか3ヵ月でしたが、独ソ戦争は多大な影響を与えました。我々にとって欧州情勢は決して他人事では無いのです」
岩崎の言葉は切実であった。
この世界の日本は平成会チートによって大幅に強化されていたが、それでも輸入が必要な物は多い。ドイツ帝国から輸入している高品質な部品が滞ったおかげで、三菱は損失を被っていたのである。
「あの戦争は予期できたものだった。しかし、我らはなんら有効な手を打てなかった。同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだ」
團の言葉にも苦いものが混じる。
この世界でも三井は日本最大の財閥であったが、独ソ戦の初期に有効な手を打てずに商機を逃していたのである。
「欧州の戦争と言えど、我が国が巻き込まれない保証は無い。自由経済を守るためにも欧州の生の情報が欲しいのだ」
小倉の懸念は先の二人とは別ベクトルであった。
史実と同じく自由経済を信念としていたので、これはこれで正常な反応ではある。
「……と、いうわけや。ここは是非テッドはんに欧州情勢を説明してもらおうと思うてな」
からからと笑う金子。
毎度毎度で巻き込んでくる手口にテッドは呆れ果てたが、それでも変な連中にまとわりつかれるよりはマシであろう。
「……独ソ戦はどちらかが倒れるまで終わることはありません。休戦することこそすれ、終戦することなどあり得ない。これは宗教戦争なのです」
「「「「なっ!?」」」」
テッドの言葉に驚愕する4人。
しかし、こんなものはジャブに過ぎない。
「今やカトリックは欧州宗教の最大派閥となりました。そして、バチカンは無神論者なコミュニストを許すつもりはありません。ドイツ帝国は現代の十字軍なのです」
カトリック系のドイツ中央党はドイツ帝国の政治に大きな影響を与えるまでになっていた。苛烈な性格なヴィルヘルム2世も、ソ連の奇襲に対してリベンジを誓っていたので再戦は不可避だったのである。
「それとオーストリア……二重帝国諸国連邦でしたっけ? あの国も忘れてはいけません。かつての世界大戦では役立たずでしたが、それは過去の話。今はドイツ帝国に倣って猛烈に軍拡しています」
二重帝国諸国連邦の皇帝カール1世は、熱心なカトリック教徒であった。
その熱意と信仰への真摯さは時の教皇ベネディクト15世のお気に入りとまで言われるほどであり、教皇直々の親書で聖戦に燃え上がっていたのである。
テッドの話は独ソ両国だけでなく、英国のスタンスや戦時動員についてまで広がっていく。日本の経済を牛耳る4人は、午餐会をそっちのけにして傾聴したのであった。
「人民の敵であるロマノフ朝の血筋を入国させるとは日本はいったい何を考えているのか!? ソビエト政府は貴国に対して厳重抗議するものである!」
クレムリンの外務人民委員執務室。
駐ソ全権大使広田弘毅は、部屋の主であるマクシム・リトヴィノフから厳重抗議を受けている最中であった。
「そちらの主張については、本国には伝えておきましょう」
対する広田は淡々としたものであった。
あくまでも事務的な対応に終始していたのである。
「……日本はソビエトを敵に回すつもりか?」
広田の態度にカチンときたのか、剣呑な態度を取るリトヴィノフ。
「そうは言われましてもな。英国市民が正当な手続きで入国するのを我が国は拒むことは出来ません」
広田は肩をすくめる。
その態度には、どことなく余裕すら感じさせる。
「奴らは我が国の上空を通過しているのだぞ? これは挑発に他ならない!」
「貴国はパリ国際航空条約には加入していないと記憶しておりますが?」
「……!?」
リトヴィノフは痛いところを突かれて沈黙する。
史実では1919年のパリ国際航空条約によって領空の概念が具体化された。この世界でも同様の条約が発効されていたが、史実と同じくソ連は条約に署名していなかったのである。
この事件を機にして、ソ連は条約に加入するべく動いていた。
もちろん英国がそのようなことを許すはずもなく、あの手この手で妨害していたのである。
英国の横暴に対して、高射砲で撃墜してしまえとの過激な意見もあった。
しかし、最新の高射砲をもってしても成層圏を飛ぶサンダース・ロー プリンセスを撃墜することは不可能であることが判明したのである。
最終的に英国がソ連に領空通過料を払うことで妥結となった。
英国機が大手を振ってソ連上空を通過することが出来るようになったのである。
「今回の一件、英国には国際法上何ら瑕疵がない。それだけは確かですな」
「……それが貴国の公式的な見解か?」
「そう受け取ってもらって結構です」
広田が強気なのには理由があった。
ソ連がドイツとの再戦準備で日本に構っている余裕が無いことを見切っていたのである。
「お話はそれだけですかな? それでは失礼する」
そう言って退室する広田。
来た時と同じく、帰る時もそっけないものであった。
「блядь!」
思わず扉に罵声を浴びせるリトヴィノフ。
しかし、最初から無理筋であることは彼もよく理解していたのである。
この世界の日本は大陸から撤退したのでソ連と直接国境は接していない。
過去に満州国相手にパルチザンでかく乱した戦術が使えないのである。
カムチャッカ半島とは国境を接しているが、現在は帝国陸軍が鉄壁の布陣を敷いていた。これらの部隊は昭和の大粛清で左遷された元関東軍であり、実戦経験豊富な装備優良部隊であった。弱体なソ連極東方面軍では手も足も出ない状況だったのである。
さらに帝国海軍まで出張ってくると、もうどうしようもない。
この世界の帝国海軍はロイヤルネイビーに次ぐ規模と練度を誇る大海軍であり、その威容は先年の観艦式で世界に衝撃を与えたばかりなのである。
カムチャッカ半島周辺は豊かな漁場であり、常に駆逐艦がパトロールをしていた。嫌がらせに漁船を拿捕しようとすれば、逆に撃沈されるのがオチである。
「おのれ、ふざけおって!」
この一件を知ったスターリンが激怒したのは言うまでも無い。
怒りに任せて極東方面に戦力を配置しようとしたのであるが……。
「同志スターリン、それだけは、それだけはおやめください!」
「満州国や中華民国に対する備えだけで現状手一杯なのです。これに日本も加えると正面戦力が不足してしまいます!」
これは側近の必死の訴えでなんとか却下された。
ソ連は後背を突かれる恐れがあるとして中華民国と満州国を警戒していた。これに日本も加えるのは自殺行為であることはスターリンも理解はしていたのである。
「……ならば、不可侵条約を結ぶしかないか」
「はっ?」
「中華民国と満州国はドイツ寄りだが、日本相手なら不可能ではないはずだ」
しかし、怒りが一周して逆に冷静になったのであろう。
スターリンの頭脳は理性的な対応を選択したのである。
「日本と不可侵条約を締結する。多少譲歩しても構わん。急げ」
「「「ははっ!」」」
ソ連からすれば、紙切れ一枚で後背を突かれる可能性が一つでも減るならばそれに越したことは無い。弱体な極東方面軍では帝国陸軍に歯が立たないし、帝国海軍まで出張ってくれば無理ゲーである。
日本としては警戒するべきは米国であり、ソ連の相手をする必要が無いならそれに越したことは無い。内閣調査部は史実のソ連を知っているが故に裏切りを警戒していたが、守るべき国境がカムチャッカ半島しか無いので防衛可能であると陸軍上層部から太鼓判を押されたことで犬養内閣に条約締結を提言したのである。
つまりは、双方にWIN-WINな取引であった。
ソ連が条約締結に積極的だったこともあり、急速に具体化していったのである。
1930年12月。
日本とソ連との間で日ソ不可侵条約が結ばれた。
条約締結によってソ連はドイツ帝国と二重帝国諸国連邦に備えて正面戦力を拡充していった。日本は海外領土防衛のために潜水艦基地や航空基地の整備を進めていったのである。
「ライミ―に出来て、我が大ドイツに出来ないことは無い! ただちに巨大飛行艇を作るのだっ!」
今日も今日とてヴィルヘルム2世は絶好調であった。
サンダース・ロー プリンセスの日英無着陸飛行に刺激されて、巨大飛行艇の製作を命じたのである。
幸いというべきか、既にドルニエ社がDo Xという巨大飛行艇を製作していた。
視察したカイザーは、その威容に大いに満足したのである。
「大きさはともかく、こんな性能では笑いものではないか!?」
しかし、その実情を知ったカイザーは激怒することになった。
それも無理もない話であり、速度も高度性能もサンダース・ロー プリンセスに遠く及ばないシロモノだったのである。
「カイザーの命令とあれば奮起せざるを得ない」
「しかし、これはもう機体云々の問題では無いぞ」
「エンジンの出力と信頼性をどうにかする必要があるんだよなぁ……」
カイザーに檄を飛ばされたドルニエ社の技術者たちは頭を抱えることになった。
史実のDo Xは豪華な設備と150人もの乗客を乗せられる画期的な大型飛行艇であったが、エンジン出力と信頼性不足に泣かされていたのである。
「とにかく大出力のエンジンを探せ! 機体の改修はそれからだ」
飛行機の性能の3割はエンジン出力で決まると言われている。
カイザーを満足させるために、ドルニエ社は大出力の航空機エンジンを求めたのである。
「我が社のエンジンは小型軽量で信頼性は高いが、出力で同業他社に劣っている。このままだと軍用に採用されない恐れがある」
時を同じくして、ユンカース社では航空機用大出力エンジンの開発に煮詰まっていた。同社のエンジンは小型軽量、しかも堅牢な構造で量産性と信頼性も両立していたが肝心の出力で他社に劣っていたのである。
「大出力を。一心不乱の大出力を!……とは、いうものの簡単に出力アップ出来りゃ苦労はしないんだよ」
「ちょっとしたアイデアで、どーんとパワーアップ出来る方法な無いのかねぇ」
「おいおい、そんなコミックのような都合の良い展開があるはずないだろ」
考えても埒が明かないので検討会はいったんお開きとなった。
酒場で黒ビールをがぶ飲みすれば、きっと良いアイデアが浮かぶであろう。彼らはドイツ人なのである。
「……おい、これを見ろ、これをっ!」
「なんだこれ? ライミーが描いたコミックか?」
「うちの息子が読んでいたのを強奪してきた!」
「この流れ、最近もあったような気がするぞ?」
「しかし、技術者の俺らが見ても説得力のある絵だな……」
「双子エンジンだと? 斬新過ぎて発想も出来なかった。こいつは紅茶の臭いがぷんぷんするぜ……!」
事態が急展開したのは技術者の一人が持って来た同人誌がきっかけであった。
架空兵器が細かく精緻に描かれており、詳細な解説まで付いているのでヒコーキ好きなお子様も大満足なシロモノだったのである。
双子エンジンのアイデアを、ユンカース社の技術者たちはさっそく実行した。
同社のドル箱であるユモ 210Cを30度傾けた形で並んでエンジンナセルに固定し、2基のクランクシャフトを一つのギアボックスに接続して駆動力を統合する形にしたのである。。
双子エンジンの初期型は210Eと呼称された。
試験では1500馬力を叩き出し、技術者たちは歓喜したのであるが……。
「またオーバーヒートしたぞ!?」
「オイル漏れが止まらない……」
「あぁっ!? また発火した!?」
史実の双子エンジンと同じく、この世界でもトラブルが続出した。
それでもユンカース社はめげずに開発を続け、改良型の210Fを完成させたのである。
「夢にまで見た大馬力エンジンだ!」
「これで機体の改修が出来るぞ!」
210Fの性能を知ったドルニエ社は、大車輪で機体の改修に取り掛かった。
細かな改修も含めると多岐に及ぶのであるが、主翼の再設計と長大化した主翼とのバランスを取るための胴体の延長が主たる改修となったのである。
「おおっ、こいつは今までとは違うぞ!?」
「上がるっ! 上がるぞぉぉぉっ!?」
Do XXと名付けられた改修型の性能は素晴らしいものであった。
エンジン搭載数を減じたものの、総出力がほぼ倍増したことで飛行性能は各段の向上を果たしていたのである。それでも、サンダース・ロー プリンセスには遠く及ばない性能ではあったが。
Do XXにとって救いだったのは、サンダース・ロー プリンセスは日英直行便のみの運用で英国が積極的な宣伝をしなかったことであろう。おかげで空前の巨大飛行艇としての名声を独り占めすることが出来たのである。
(サンダース・ロー プリンセスを除けば)Do XXは画期的かつ実用的な巨大飛行艇であり、ドイツ帝国のみならず各国で定期便として就航した。その結果、飛行艇大国としてドイツ帝国を知らしめることになったのである。
『なにが飛行艇大国だよ。笑わせるな』
『あんな出来損ないな飛行艇しか作れないくせに生意気な』
『うちらのお姫さまのほうがかっこいいし、高性能なのに』
サンダース・ロー プリンセスの関係者は、ドイツ帝国がデカい顔をしていることが気にくわなかった。それ故に積極的に世界に知らしめようと政府に働きかけたのである。
しかし、英国政府はそのような動きを一蹴した。
巨大飛行艇が時代のあだ花であることを理解していたからである。
Do XXの成功によって、大型飛行艇の時代がやってきたと言っても過言では無い。巨大な滑走路な整備されていない現状では、大型飛行艇の整備はベターな選択であったことも確かである。
『こ、こんな巨大な機体が飛べるのか……?』
『史実でも飛んでるから問題無い』
『しかも、ターボプロップでパワーアップしてる。飛行性能もアップしてるぞ』
『史実の反省を踏まえて、座席を増やしてみた。1階席のみだけど300人は座れるぞ』
逆に言えば、巨大な滑走路さえあれば問題無い。
大型飛行艇にかまける列強を他所に、大英帝国は我が道を驀進していたのである。
「何が飛行艇だ!? これからも飛行船の時代に決まっている!」
「ジャガイモ野郎が飛行艇に転向しようが関係無い。我らは飛行船の正しさを証明するのだ!」
「これからは、我らが飛行船宗主国になるのだっ!」
Do XXが定期便として各国に採用されている状況に至っても、フランス共和国――正確には旧フランス・コミューンの技術者たちは飛行船に拘っていた。短い期間ではあったが、大空を支配した栄光を忘れることが出来なかったのである。
実際、彼らが開発したジャンヌ・ダルク級航空戦艦は大いに役立っていた。
維持費の問題でネームシップ1隻を残して解体されたものの、この時代の航空機では持ち得ないペイロードと航続距離は遠く離れた植民地との連絡に有用だったのである。
「半端なサイズだから飛行艇にデカい顔をされるのだ。もっと巨大な飛行船を作るべきだ」
「確かに。しかし、単に巨大なだけではお偉方を説得するには弱いな」
「ジャンヌ・ダルクよりも巨大となると建造費も高騰する。どうしたものか……」
しかし、熱意だけで超巨大飛行船を作れれば苦労はしない。
完全に煮詰まってしまったので、超飛行船会議はいったんお開きとなった。ワインを飲んでシャンソンを歌えば、良いアイデアが勝手に浮かんでくるはず。彼らは生粋のパリジャンなのである。
「……おい、これを見ろ、これをっ!」
「なんだこれ? ライミーが描いたコミックか?」
「フランス語で書いてるんだから、我が国のコミックに決まってるだろ!? そんなことはどうでも良いのだ!」
「技術者の俺らが見ても説得力のある絵だな……」
「キールを兼ねたボックス構造の内部に飛行場を仕込むのか……!? その発想は無かった」
「飛行船の強度を維持しつつ、飛行機の運用も可能になる。さすが我が国の発想力だな!」
事態が急展開したのは技術者の一人が持って来た翻訳同人誌がきっかけであった。異世界の超巨大飛行船の構造が詳細に描写されており、飛行船狂いには大満足なシロモノだったのである。
海賊版同人誌に刺激を受けた飛行船技術者たちは、ただちに設計に取り掛かった。難題であった機体の強度問題も、飛行船の前後を貫通するボックス形状の 竜骨で解決したのである。
滑走路は飛行船の船体を前後に貫通するキールに設置された。
飛行船の前部から発艦し、飛行船の後部に着艦する形である。
滑走路の距離は400m以上確保されていた。
当時の飛行機ならば半分以下の距離で離着陸が可能と見積もられたのである。
飛行船内部への着艦は、空母に着艦するのとは全く違う未知の領域であった。
空母なら着艦のリトライも可能であるが、飛行船相手に着艦をしくじった場合は大事故につながりかねないのである。
安全確実に着艦するためには、飛行船と飛行機の相対速度と侵入角度が肝となる。そのため、設計段階で飛行船後部に着艦誘導灯が組み込まれたのである。
飛行船を見ながら相対速度を合わせ、着艦誘導灯で進入角度合わせれば問題無く着艦出来るだろうと技術者たちは判断していた。海賊版コミックでもそうやって着艦しているので問題無いはずである。多分。
船体内部の配置は、ジャンヌ・ダルク級の配置がそのまま踏襲された。
長年の運用実績からして、それがベストだと技術者たちは信じていたのである。
問題は大量かつ大容量のガスバッグをどうやって調達するかであった。
従来のガスバッグは牛の腸の外膜を加工して製作していたのであるが、空前絶後の超巨大飛行船を作るには供給量を満たすことが出来ないことが既に判明していたのである。
この問題を解決したのは、アメリカから提供された技術であった。
ゼラチンとラテックスの化合物を含浸させた綿ベースの布地は高価ではあったが、ゴールドビーターズ・スキンよりも軽量でペイロードの増加に一役買うことになるのである。
船体の製作に目途が付いて一安心な技術者たちであったが、まだ問題は残っていた。超巨体を推進させるエンジンの選定と配置に苦労することになったのである。
飛行船の場合、その巨体故に空力は無視できない。
空力係数はレイノルズ数・マッハ数が一致した流れで形状・姿勢が同じなら一様流の動圧や物体の大きさによらず同じ数字となる。基本的な形状はジャンヌ・ダルク級と同一なので、空力係数もほぼ同一となるわけである。
空力係数は同一でも、縦横高さが2倍なので容積は8倍となる。
推進するために必要な出力は単純に8倍以上となり、ジャンヌ・ダルク級の総出力が4400馬力なので35200馬力以上の出力が必要になるのである。
技術者たちは、フランス中のエンジンを網羅する勢いで調査した。
その結果、当時試作中だったノームローン 14K ミストラル メジャーが選定されたのである。
ミストラル メジャーは史実で6000基以上生産されたフランスの航空機エンジンのベストセラーであるが、これでも馬力が不足していた。そのため、圧縮比の増加と過給機を付けることで対処したのである。
エンジン1基辺りの出力は1000馬力であり、これが両舷に36基配置された。左右のプロペラは逆回転になっており、回転トルクを打ち消すようになっていた。
超大型飛行船の設計を完成させた技術者たちは、鼻高々であった。
しかし、全てが終わったわけではない。飛行船を製作する超巨大格納庫や係留塔の建造など、やるべきことは山積みであった。
『我が国は全く新しい飛行船を建造する。飛行船の真の価値を世界に知らしめることになるだろう』
フランス共和国大統領フィリップ・ペタンの宣言は、当初は世界から無視された。既に大型飛行艇の時代であり、飛行船など既に時代の遺物と馬鹿にする者も多かったのである。
ペタンが閣僚たちの強い反対を押し切って飛行船の建造を強行したのは、フランス国民に希望を与えるためであった。アルザス・ロレーヌを失ったことは自業自得であることは国民も理解しており、やり場のない怒りと悲しみを抱えていたのである。
さらに言うならば、フランス本土の国民に職を与える目的もあった。
旧フランス・コミューン占領地域のインフラは老朽化しており、運営していた多数の企業は倒産や売却を余儀なくされた。史実東西ドイツの如く旧フランス共和国との経済格差が深刻なことになっていたのである。
超巨大飛行船を建造するとなれば、膨大な雇用を生むことになる。
問題は予算であるが、最大の仮想敵国であったドイツ帝国と和解した現状であれば多少削っても問題は無い。戦艦を建造すると思えば安いものであろう。
5年もの歳月をかけて超巨大飛行船『プリマージ』は完成した。
全長480m、全高80mオーバーの空前絶後の超巨体は、世界の度肝を抜くことになるのである。
「あんな巨大な飛行艇を作れるのか。さすがは世界に冠たる大英帝国だな……」
「戦闘機よりも高速とか、どんなエンジンを積んでいるんだ?」
「あれに比べたら、我が方の飛行艇は玩具以下だな……」
ロマノフ公来日に隠れがちであるが、サンダース・ロー プリンセスが日本側の航空技術者に与えた衝撃は大きかった。速度発揮に不利な飛行艇でありながら、あらゆる点で図抜けた性能を叩き出していたのだから当然であろう。
「あんな隠し玉があったとは……英帝汚いマジ汚い」
「あれって、確かターボプロップだよな? 既に実用化してるとかチートにも程があるだろ」
「でもまぁ、この時代ならば十分役立つだろう。投入タイミングを誤らないところは流石はブリカスと言ったところか」
大混乱に陥る技術者たちを尻目に、平成飛行機工業のモブ技術者たちは平常運転であった。史実を知っている彼らからすれば、大型飛行艇は時代の仇花に過ぎないのである。
「飛行艇なんぞ時代のあだ花だが、それでも使い用によっては役立つからな」
「史実でも南洋諸島に九七式飛行艇が就航していますし、遭難救助にも役立ちますよ」
「とはいえ、うちには飛行艇の設計ノウハウは無いぞ。一から作るのはリスキー過ぎる」
当初は平成飛行機工業で二式大艇を作るつもりであった。
しかし、飛行艇には通常の航空機とは違う独特のノウハウが必要となる。他のメーカーの下請けと、採用されなかった戦闘機くらいしか製造経験の無い弱小航空機メーカーには無理筋だったのである。
「川西に技術提供して二式大艇の実用化を急ぎましょう」
「菊原静男に会うチャンスだ!」
「サイン色紙を持っていかねば!」
「おい馬鹿やめろ」
結局は実際に開発した人間に助力を乞うことになった。
餅は餅屋というわけである。
ちなみに、史実の菊原静男は九七式飛行艇、二式大艇、さらには傑作戦闘機紫電改の設計に関わったエース級技術者である。モブ技術者たちからすれば雲の上の人であり、直接会いたさに希望者が殺到したことは言うまでも無いことであった。
「これは凄い……! なるほど、なるほど……! ここをこうして……いや、こうだな」
菊原に接触したモブ技術者たちは、史実二式大艇のラフスケッチを見せた。
未来の自分の作品だから当然なのかもしれないが、興奮した様子で各部の寸法や構造を煮詰めていったのである。
「素晴らしい、さすが史実で……って、もがもがもが!?」
「え?」
「い、いや気にしないでくれ。こいつちょっとおかしいんで」
「は、はぁ……」
うっかり口を滑らせそうになったモブの口を慌てて塞ぐ。
怪訝な表情をした菊原であったが、それ以上は詮索しなかったのである。
「これは画期的な飛行艇です。是非、川西さんで作ってくださいよ!」
「僕もそう思いますけど、帝大を卒業したての新米なので無理ですよ」
「「「なん……だと……」」」
残酷な事実に絶句するモブ一同。
この時代の菊原は、東京帝大工学部航空学科を卒業したばかりの新卒社員に過ぎなかったのである。
「……あんたはんの熱意は買うが、さすがにそれは無理やで。軍の発注も無いのにそんなことをする余裕なぞあらへんよ」
諦めきれないモブ技術者たちは、川西航空機のトップである川西清兵衛に直談判したが拒否された。この時代の川西航空機には独自開発するだけの体力が無かったのである。
「そういうことであれば、平成飛行機工業との共同開発にしませんか?」
「ほぅ?」
「資金はこちらで出します。足りないものは何でも言ってください。こう見えてもうちは英国とコネがあるので大概のものはなんとかなります」
「そこまで言うなら是非も無いやんか。むしろ、よろしくお願いするで!」
川西航空機と平成飛行機工業のタッグが組まれた瞬間であった。
両社の良好な関係は長らく続くことになるのである。
「うおお、最新の製図台じゃないか!?」
「なんだこれ? なんだこれ!? 入力しただけで計算結果が出るとか魔法の箱かこれは!? もうハンドル回さなくて良いんだな!?」
「社食がめっちゃ美味ぇ……もう俺ここに住むわ……」
恵まれ過ぎた環境に歓喜する川西の技術者たち。
特に電子計算機のおかげで煩雑な計算が一瞬で済むので、あっという間に設計が完了してしまったのである。
「うわぁ、飛行艇の製作ってこんな感じなんですねぇ」
「見学させてくれるのは大変ありがたいのですが……その、良いのですか?」
「あんたらには大層世話になったからな。これくらいどうってことないで! がははははっ!」
工場内で恐縮するモブ技術者たち。
彼らは設計協力の返礼として、川西航空機の飛行艇製造現場を川西清兵衛直々に案内してもらっていたのである。
「あとは、こいつが軍に採用されれば言うこと無しや」
「あ、それなら問題無いですよ。内閣調査部と海軍に捻じ込んできたので、一社特命で試作指示が来るはずです」
「噂には聞いておったが、政府に太いパイプがあるのは事実やったんやな……」
モブ技術者たちの言うことに嘘は無かった。
試作機の製造中に六試大型飛行艇の試作指示が下ったのである。
機体製作が先行していたこともあり、試作機は年内に完成した。
お約束な初期トラブルも無く、その画期的な性能は海軍にもろ手を挙げて歓迎されたのであるが……。
『エンジンが回らなくて馬力が出ねぇ!?』
『白煙もくもく……エンジンオイルが燃えてるぞこれ!?』
『圧縮が出て無いな。熱で歪んだかもしれん……』
平成飛行機工業でライセンス生産したエンジンに問題が多発した。
その信頼性の低さは絶望的で、搭載した4発全てが故障して飛べないなんてこともザラだったのである。
トラブルの原因はスリーブバルブ周辺に集中していた。
スリーブの歪みによる回転阻害、オイル過多、シリンダー焼き付きなどあらゆるトラブルが発生したのである。
平成飛行機工業には、スリーブバルブ搭載エンジンを生産してきた実績があった。今回もなんとかなると踏んでいたのであるが、材質や加工精度が本家に追い付いていないのが浮き彫りになったのである。
止むを得ず、英国からオリジナル(ブリストル ハーキュリーズⅣ)を輸入して試験は続行された。その後も国産のエンジンをとっかえひっかえして、最終的に三菱の火星を搭載して試験をパスしたのは2年後のことであった。
六試大型飛行艇は1934年に制式採用された。
94式飛行艇と名付けられた史実2式大艇は海軍の目となって活躍するだけにとどまらず、南洋諸島や離島を結ぶ足としても大いに活用されることになるのである。
『ネス湖上空には轟音が鳴り響いております。もう間もなく、こちらでも視認出来るはずです』
マイク片手に上空を指差しながら実況するBBCのアナウンサー。
英国のネス湖周辺には見物客が集まっており、到着を今か今かと待ち受けていたのである。
この時代には史実で有名になった外科医の写真はまだ存在していない。
つまりはネッシー伝説が存在しないわけで、現状のネス湖は単なるド田舎に過ぎないのである。
しかし、この世界のネス湖は別の意味で有名になっていた。
深夜のネス湖に巨大な怪鳥が飛ぶという伝説である。
『あ、見えてきました。デカい! とにかくデカいです。まさに伝説の怪鳥に相応しい大きさですっ!』
その正体は言うまでも無くサンダース・ロー プリンセスであった。
深夜に轟音を立てて離着陸をすれば、怪鳥扱いされるのも残当であろう。
ちなみに、これまで目撃者が存在しないのはMI6が原因であった。
機密を守るために、『穏当な手段』で興味本位で近づく人間を排除していたのである。
日英直行便が正式に就航したことで機密指定は解除された。
伝説の怪鳥は英国臣民の日の目にさらされることになったのである。
「ロマノフ公、お帰りなさい。どうでしたか日本は?」
「家族共々盛大に歓迎してくれて感激したぞ。家族と日本観光も楽しめて言うこと無しだったよ」
桟橋に降りたロマノフ公と家族に取材陣が殺到する。
さすがは慣れたもので、殺到する質問を軽々と捌いていく。
「……テッド、まだ降りないの?」
「いや、外は取材陣が陣取ってるし。このまま放っておいたら帰ってくれないかなぁと……」
取材陣が殺到しているのが分かり切っているので、テッドは降りたくなかった。
質問攻めにされるのが分かり切っていたからである。
「そんなわけないでしょう。さっさと出るわよ!」
「ちょ、痛い!? 後手で捩じりあげるの反則ぅ!?」
マルヴィナは一瞬で背後を取って、テッドを拘束する。
こうなると、体格で劣るテッドはどうにもならない。そのまま出口まで連行されたのであった。
「あっ! やっと出て来た!」
「お帰りなさいドーセット公。7年ぶりの帰国ですが、どうですか? 実感湧きますか?」
「えっ……あっ、そうだね」
危うく失言しかけて焦るテッド。
月一で帰国してますなんて、口が裂けても言えるわけが無いのである。
「奥方さま、大丈夫ですか? 顔色が優れませんけど」
「ありがとう。わたしは大丈夫よ……」
マルヴィナがやつれているように見えるのは、決して気のせいではない。
女性記者に心配されるほど、彼女は消耗していたのである。
その反面でテッドが妙にツヤツヤしていた。
これを見た下衆な記者は何を思うであろうか?
『機内でもお盛ん? ドーセット公絶倫疑惑』
答えは『週刊誌をセンセーショナルなタイトルで飾る』である。
件の週刊誌は空前の売り上げを達成して編集部は鼻高々であったが、お家至上主義の鬼が徹底的に潰しにくることを彼らは知る由も無かったのである。
「ふーっ! ふーっ!」
ドーセット領へ向かう途中の車内で、マルヴィナの様子が明らかにおかしくなった。傍から見れば、麻薬中毒者の禁断症状に見えなくもない。
(やばい、もうダメぽ……)
テッドは覚悟を完了していた。
なんでこうなったのか、原因を知っていたからである。
これまでの日英直行便は、利用者がテッドと正妻愛人コンビしかいないので事実上の貸し切りであった。しかし、今回はロマノフ公と家族が同乗していた。つまりは、人の目があったわけである。
性豪なマルヴィナと言えど、さすがに他人の目を気にせずにテッドを搾ることは出来なかった。手の届く位置にいるのに、ちょっかいをかけれなくてストレスを溜め込んでいたのである。
逆にテッドは手を出されることが無いので、快適な空の旅を楽しんでいた。
妙にツヤツヤしていたのは、マルヴィナから搾られなかったことが原因だったのである。
「旦那さま、奥方さま。お帰りなさいませ」
「ただいまセバスチャン。何か変わったってうわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ドーセット公爵邸に到着した途端、テッドはドップラー効果を残して拉致られた。しかし、家令のセバスチャン・ウッズフォードは慌てなかった。ヤることは分かっていたので、メイドたちに必要な指示を出していったのである。
日英直行便が公式化したことで、テッドは堂々と両国を行き来出来るようになった。年内に控えたマルヴィナとおチヨの出産のために、公務の傍らで往復する日々が続くことになるのである。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
ドルニエ Do XX
全長:43.0m
全幅:54.05m
全高:6.3m
重量:27500kg(空虚重量)
:52000kg(最大離陸重量)
翼面積:467.0㎡
最大速度:260km/h(最大) 220km/h(巡航)
実用上昇限度:3900m
航続距離:3100km
飛行可能時間:14時間
武装:非武装
エンジン:ユンカース ユモ 210F 倒立液冷V型双子エンジン 1650馬力×8
乗客:150名
ドルニエ社が製造した旅客輸送用飛行艇Do Xの改修型。
改修前はエンジンのアンダーパワーと信頼性の無さに泣かされたが、作者不詳のSF同人誌のアイデアから双子エンジンが爆誕したことでDo XXは大幅な出力増強に成功している。
ヴィルヘルム2世の肝いりで開発されたことで有名になった。
お召し飛行艇も建造されているが、本人が大の乗り物嫌いであったために使われることは無かったようである。
双子エンジンの整備性は劣悪であったが、信頼性は確保されていた。
大型飛行艇として実用的な性能を持っていたために、各国の定期便で採用されて世界的に有名になった。
※作者の個人的意見
Do Xは普通に飛んでもアンダーパワーで500mしか上昇出来なかったり、高温多湿な環境だとさらに悪化して数mしか浮上出来なかったりとか、残念な逸話には事欠かない機体です。
でもそれ以外に問題があったとは寡聞にして聞かないんですよね。
だったら、パワーアップしてしまえとばかりに完成したのがDo XXです。総出力が倍近くまでパワーアップしているのでカタログスペック程度の性能は出せると思います。
サンダース・ロー プリンセス
全長:45.0m
全幅:66.9m 63.86m(翼端フロート格納時)
全高:16.99m
重量:86183kg(空虚重量)
:149685kg(最大離陸重量)
翼面積:466.3㎡
最大速度:610km/h(最大) 580km/h(巡航)
実用上昇限度:12000m
航続距離:9210km
飛行可能時間:15時間
武装:非武装
エンジン:ブリストル カップルド プロテウス610 ターボプロップエンジン 5000馬力×4
ブリストル プロテウス 620 ターボプロップエンジン 2500馬力×2
乗員:パイロット2名 航空機関士2名 無線オペレーター ナビゲーター
乗客:105名
イギリスで建造された画期的な高速旅客飛行艇。
同国で建造された飛行艇の中では最大のサイズである。
レシプロ戦闘機並みの高速性と成層圏を巡航出来る高高度性能に加えて9200kmもの航続距離を誇るが、時代は既にジェット旅客機時代に入っており史実では3機建造されたのみで、後に全て解体されている。
この世界ではテッド・ハーグリーヴスの召喚によって顕現したのであるが、巨大過ぎて置き場所に困ったあげくに即刻解体された。解体されたものの、部品は徹底的に解析されて英国の航空技術向上の礎となっている。
1930年7月から日英連絡機として正式に就役している。
現在はほぼ月一で両国を往復しているが、関係者たちの間では別ルートで不定期便が存在すると噂されている。
※作者の個人的意見
日英連絡機として陽の目を見ましたが、それ以外の路線に投入されないのでライバル(笑)のDo XXよりは知名度は低いです。ネス湖~霞ヶ浦便が公式ルートですが、以前の東北沿岸~ネス湖便も不定期ではありますが残されています。
プリマージ
排水量:490.0t(空虚重量)
全長:480.0m
直径:80m
全高:85.5m
機関:ノームローン 14K ミストラル メジャー 空冷星形14気筒1000馬力(減速機付きスーパーチャージャー)36基推進(水素+プロパン混合ガス使用)
最大出力:36000馬力
最大速力:45ノット(巡航速度) 80ノット(最高速度)
航続距離:45ノット/4400浬(最大搭載時)
乗員:180名
兵装:非武装(有事のために機銃マウントは設置 最大で50口径8mm重機関銃60基)
戦闘機10機
貨物500t(最大値)
装甲30mm(前部操舵室、後部操舵室)
旧フランス・コミューンの飛行船技術者たちが総力を結集した超巨大飛行船。
実も蓋も無い言い方をすれば、某飛行隊アニメの羽衣〇である。
作者不詳の翻訳同人誌のアイデアが採用されており、船体を貫通するボックス状の竜骨によって船体の強度が確保されている。ボックス内には滑走路が敷かれており、レシプロ機であれば問題無く離着陸が可能である。
新生フランス共和国の国威発揚と失業対策を兼ねており、採算性は最初から度外視されていた。建造費は海軍の予算から流用されたが、価格高騰のため1隻のみ建造に終わっている。
その巨体故に、船舶でしか運搬出来ないような長尺物や重量物を高速で輸送することが可能である。現在も桁外れの輸送力を活かして、特殊な物品を世界中に輸送している。
※作者の個人的意見
以前此処で書いたような気がしますが、某コトブキ飛行隊の羽衣丸を真面目に検証したものとなっています。といっても、大半はネットで拾ったものですが(汗
史実で例えるならば、ウクライナ戦で消失したAn-225みたいなものです。
これからも特殊な任務で活用されることでしょう。
川西/平成飛行機工業 六試大型飛行艇
全長:28.13m
全幅:38.0m
全高:9.15m
重量:18400kg(空虚重量)
:32500kg(最大離陸重量)
翼面積:160.0㎡
最大速度:465km/h(最大) 296km/h(巡航)
実用上昇限度:8850m
航続距離:7153km(偵察過荷)
飛行可能時間:24時間
武装:20mm旋回銃5基 7.7mm旋回銃4基
爆弾最大2t(60kg×16 or 250kg×8 or 800kg×2)
エンジン:平成飛行機工業 九頭竜(ブリストル ハーキュリーズⅣ) 1735馬力×4
乗員:10~13名
1930年に試作指示が出された大型飛行艇。
実も蓋も無い言い方をすれば、史実の二式大艇である。
サンダース・ロー プリンセスを見た平成飛行機工業の技術者モブたちは、実用的な大型飛行艇を欲した。彼らは史実の二式大艇を再現することを狙ったが、飛行艇製造ノウハウを持たないために不可能であった。
単独で無理ならば巻き込んでしまえとばかりに、平成飛行機工業側は史実で二式大艇を設計した菊原静男に接触。アイデアを伝えたうえで、川西航空機に資金と技術を提供して協業することで史実よりも早期に開発することに成功した。
心配されていた初期トラブルも無く、史実の二式を襲名(皇紀2592年に採用が内示されていた)するはずであったが、量産段階で平成飛行機工業がライセンス生産したエンジンにトラブルが多発したため、他の国産エンジンを搭載して試験を継続することになった。
最終的に三菱の火星エンジンを搭載して制式採用されたのは2年後であった。
史実二式大艇は、この世界では九四式飛行艇として採用されたのである。
※作者の個人的意見
史実よりも早期に二式大艇を完成出来ればいろいろと便利だと思ったのですが、さすがに10年早いのはチートに過ぎるだろうということで完成を遅らせています。それでも史実九七式飛行艇よりは早いので、長距離哨戒や南洋諸島の定期便などで大いに役立つでしょう。
サンダース・ロー プリンセスがついに陽の目を見ることに。
積極的に宣伝はしていないので知名度はDo XXに負けてます。
ちなみに、妊娠中におせっせしても何ら問題はありません。
問題無いからこそ、マルヴィナさんはストレスを溜めてしまったのですけどねw
>昭和の大粛清で左遷された元関東軍であり
第67話『昭和の大粛清』参照。
>常に駆逐艦がパトロールをしていた。
資源豊富で周辺海域が好漁場となれば、特型駆逐艦を使わざるを得ない。
『こういう時のために、戦艦の予算を削ってでも大量建造してるのだ。役に立ってもらわないと困る』(by海軍省幹部)
>双子エンジン
二つのエンジンをギアボックスで結合したものです。
自動車だとV型をくっつけてW型にしたり、直6を5基つなげてマルチバンクにしたりと割とある話なのですが、航空機の場合は双子エンジンくらいですね。ユモ223はひし形に結合してるから別物だし。
>着艦誘導灯
ウォーサンダーで羽衣丸へ着艦するミッションがあるのですが、後方から侵入すると格納庫の天井に着艦誘導灯があります。これはゲームオリジナルではなく、作品の設定資料集にきちんと載っていたりします。
>ゴールドビーターズ・スキン
牛の腸の外膜です。
ガスバッグの裏打ち素材として大量に用いられています。ゴールドと名前に付いているのは、金箔に加工する際に金を挟む素材として昔から使われているからです。
>係留塔
その名の如く、飛行船を係留する塔です。ハイマスト式とも言います。
ここに飛行船を括り付けて、乗員は塔を経由して地上に降りることが出来ます。飛行船を地表ギリギリまで降ろす必要が無く維持運用が楽になる半面、急な上昇気流や突風で係留中の飛行船が直立してしまう事故が発生したために、より低高度かつ牽引も可能なスタブマスト式が史実アメリカでは活躍しています。
>プリマージ
フランス語で羽衣を意味します。
直球ですね(爆
>もうハンドル回さなくて良いんだな!?
この時代は中島や三菱を除いて、未だに計算はタイガー計算機が主流だったりします。
>深夜のネス湖に巨大な怪鳥が飛ぶという伝説である。
案の定というべきか、やっぱり伝説化してしまいました。
目撃者が軒並みMI6にお仕事(殺してない)されるので、なおさら信ぴょう性が高まるという悪循環だったりします。
>お家至上主義の鬼が徹底的に潰しにくることを彼らは知る由も無かったのである。
後に大弁護団が結成されて、件の週刊誌を発行した出版社は天文学的な賠償金を請求されて倒産しています。