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第8話 塹壕(構築)戦

 9月初旬のマルヌ川の戦いは、史実『マルヌの奇跡』の再現となった。

 ここからドイツ軍の攻勢は止まり、泥沼の塹壕戦が開始されるのであるが……。


「急げ急げ、敵は待ってくれんぞ!」

「奴らの背後に周りこむんだ!」


 前線では、大勢のドイツ兵が塹壕堀りに従事していた。

 その作業は完全に手作業であり、つるはしとショベルで塹壕を建築していたのである。


「スチームショベル前進するぞ。どけどけっ!」

「ダンプトラック足りないぞ!? もっと持ってこい!」


 前線でドイツ軍とにらみ合う英国海外派遣軍(British Expeditionary Force、BEF)とフランス軍であるが、こちらの様相はドイツ軍側とは全く異なるものであった。


 完全手作業で塹壕構築を進めていたドイツ軍とは異なり、事前に後方で待機させていた大量の建設機械を投入して一気に塹壕建築を進めたのである。フランス軍は、塹壕建築よりも攻撃するべきと主張したのであるが、BEF側が独立作戦権を盾に押し切った。


 無論、史実の経過を知っている円卓メンバーの参謀達が、フレンチ卿に入れ知恵したためであるが、彼自身もフランス軍の戦力に懐疑的な見方をしていることが大きかった。それほどフランス軍の序盤の醜態は酷いものだったのである。






 史実第1次大戦初期の塹壕は、手掘りの粗末なものであり、塹壕内で砲撃を受けて戦死することが多かった。しかし、戦局の推移と共に塹壕は複雑化し、砲撃をやり過ごすための退避壕が併設されたため、砲撃のみで塹壕内の兵士を殺傷することは難しくなった。


 BEFが構築している塹壕は、史実1914年の英軍歩兵向け野戦築城教範による塹壕構築の要領を改良したものであった。大戦末期の変態的としか思えない、コンクリート製の殺戮空間とも言えるドイツ軍の塹壕ほど複雑では無いものの、最低限の機能は満たしており、変に凝らないおかげで施工も早かった。塹壕構築に建機を大量投入しているため、その施工速度は驚異的なものであった。


「それにしても、凄い速さだな」

「クラウツどもは腰を抜かしているでしょうね」


 塹壕建築を監督しているBEF士官は感嘆していた。

 彼らが目にしているのは、テッド・ハーグリーヴスが召喚した掩体掘削機であった。


 掩体掘削機は、陸自の災害派遣の必須装備である。

 掩体などを掘削しやすいようにアーム部分が360度回転可能なため、ローディングショベルとしても使用可能である。基本的には民間で使用しているバックホーなのであるが、作業効率を高めるために車体を左右に傾斜させることが可能であり、一部作業が自動化されていた。


 例によって例の如く、掩体掘削機の性能を知った円卓の土建技術屋が狂喜乱舞したことは言うまでなく、テッドは取説の翻訳から操作の実演までさせられた。当然、量産が試みられたのであるが、シーリングと高圧油圧管の技術が未熟であったために、油圧機構の再現は不可能であった。掩体掘削機に搭載されているディーゼルエンジンも曲者であった。当時のディーゼルエンジンはまだ発展途上であり、サイズと出力を満たせなかったのである。


 この時代の建機は蒸気ショベルであり、駆動部分も油圧ではなくケーブル巻き上げウィンチであった。円卓の技術者達は、これをベースにして、掩体掘削機の要素を取り入れたものを開発することにしたのである。幸いにして、英国は蒸気ショベルに関しては先進国であり、現代のパワーショベルの原型ともいえるブーム(張り出し棒)が完全旋回するショベルも英国の発明であった。


 円卓の技術陣によって完成した蒸気ショベルは、操作系が改善されており、オペレーターと機関士の二人で運用可能になっていた。これは史実のパナマ運河に用いられた蒸気ショベルが、10名近い人数を必要にしたことに比べると雲泥の差であった。もっとも、パナマ運河の蒸気ショベル群は特注品であり、使用後に大半が現地で解体されたので、同一視するのには無理があるのだが。






 人力と機械では塹壕の建築速度は天と地ほどの差があるのは言うまでもない。

 既にドイツ側の塹壕はとっくに追い越しており、遥か彼方へ置き去りにしていた。当然、ドイツ側も黙ってはいなかった。塹壕構築を妨害するべく攻勢をかけたのであるが...。


「うわぁぁぁぁぁ?!」

「熱い!? 熱い!?」

「体が燃える!? 助けてくれ!?」


 BEFが建築している塹壕に突撃したドイツ兵は、炎の舌に蹂躙されて黒焦げとなった。塹壕にはシング火炎放射器が大量に配置されていたのである。


 対空火炎放射器『ザ・シング』は、史実第2次大戦時に英国が使用した対空火炎放射器である。その名の如く、急降下してくる敵機を火炎放射して迎撃するための兵器である。急降下中に火柱が上がれば、精神的ダメージは絶大であるし、システム的に軽量な火炎放射器は、高射砲や対空機関銃よりも移動も簡単。まことに合理的な兵器であった。肝心の戦果については、ここでは割愛させていただく。


 低速で低空を飛行する複葉機ならば有用だろうということで、テッドの召喚リストに加えられたのであるが、円卓の技術陣はこれに改良を加えたうえで量産化した。改良されたシングは、ジョイント部分の構造が変更されたことにより、垂直から俯角までの角度変更に加えて、全周旋回も可能となった。本来の対空目的だけでなく、対地攻撃用途にも使用可能となったのである。


 実際、塹壕建築を妨害するために爆撃を加えたドイツ軍機を、飛んで火にいるなんとやらで撃墜する成果を上げている。しかし、それ以上にドイツ兵を焼却しまくった。上空200フィート(約60m)まで達する長大な炎が地上に向けられた結果、突撃するドイツ兵は阿鼻叫喚の渦に叩きこまれたのである。


 シング火炎放射器よりも、ブレン軽機やM2重機の集中砲火の犠牲になったドイツ兵のほうが遥かに多いのであるが、視覚的なインパクトは絶大であり、ドイツ兵からは『サラマンドル』(ドイツ語で火吹き蜥蜴の意)の異名で忌み嫌われることになるのである。






 英軍とフランス軍の度重なる航空偵察によって、ドイツ軍の布陣は丸裸にされ、それを元に最適と思われる塹壕ラインが設定された。区割りをして同時進行の24時間体制の突貫工事であり、建機の大量投入により電撃的に進められた結果、塹壕ラインは史実よりも大幅に東寄りとなり、一部はベルギー領内に深く喰いこんでさえいたのである。


 制空権が連合軍側であったからこそ可能なことであったが、そこに至るまでには英空軍とフランス空軍、ドイツ空軍の激しい空中戦があった。


「速過ぎて追いつけない!?」

「回り込まれた!? 助けてくれ!?」


 塹壕構築を阻止するべく、ルンプラー タウベで爆撃にきたドイツ軍パイロットは悲鳴を上げていた。胴体にラウンデルを塗装した機体が、圧倒的な速度差で襲い掛かってきたのである。


「遅いっ!」


 混乱するドイツ機の編隊に単独で突っ込むのは、ウィリアム・アヴェリー・ビショップ少尉である。元々騎兵隊員だったのであるが、円卓の手引きで空軍の航空機乗りになったという変わった経歴の持ち主である。派手で展開が早い戦闘スタイルを好んだ彼は、大戦を通じて撃墜スコアを稼ぎまくり、ドイツ軍パイロットから、『地獄の女中さん(Hell's Handmaiden)』呼ばれ、恐れられることになる。


「もらった!」


 圧倒的な優速を生かして、いとも簡単に背後を取るのはジェームズ・トーマス・バイフォード・マッカデン少尉である。こちらは、史実で飛行教官が務まるほどの堅実な空戦テクで危なげなく撃墜していく。


 ビショップやマッカデンの他にも、アルバート・ボール、ヘンリー・ウーレット等の史実の英軍エースが円卓の手引きで戦闘機隊に引き入れられており、史実の一航戦のようなリアルチート部隊と化していたのである。


 チート部隊に与えられた機体は、やはりチートな機体であった。

 彼らに与えられたソッピース ドラゴンは、史実では大戦末期に開発された機体であり、武装も速力も次元が違っていた。速度は100km/h以上の差があり、武装も非武装と7.7mm2丁と比べるのが気の毒になるくらいの差があったのである。


 英軍ほどで無いにせよ、フランス軍も航空先進国の意地があるのか、大規模な戦闘機部隊を派遣。史実のように、熟練工を前線に送る愚を犯していなかったために、フランス軍の航空機の生産と補充も順調に進み、1914年のヨーロッパの空は完全に連合軍のものとなったのである。






 塹壕構築を阻止せんとするドイツ軍の試みは、制空権の喪失に加えて、士気旺盛なフランス軍の頑強な抵抗と、圧倒的機動力を生かしたBEFの火消しによって、全て失敗に終わった。ドイツ軍に出来たのは、BEFの塹壕に沿って陣地を構築することのみであった。塹壕構築戦とも言える一連の戦闘でBEFとフランス軍にも少なからぬ損害が生じたが、それ以上にドイツ軍は大損害を被ったのである。


 しかし、ドイツ軍もただ後手に回っているだけではなかった。

 塹壕の縦深を深く取り、幾重もの塹壕を連絡線でつないで多重化したのである。

 これは、史実のドイツ軍が採用した弾性防御ドクトリンのプロトタイプ的シロモノであり、主陣地の前方に哨戒線、さらに後方に縦深のある複雑な塹壕線を構築、その奥に砲兵を含む後方陣地が控えていた。


 序盤にフランス軍にやったことを、BEFにそれ以上の火力でやり返されて散々な犠牲を被ったドイツ軍は、塹壕に突撃させる愚を骨身に染みて理解しており、来るべき東部戦線での攻勢のために可能な限り兵力を温存する方針に切り替えたのである。


 元よりドイツは、東西の両戦線に兵力を振り分けて戦うことが地政学上で宿命づけられており、そのために産み出されたのがシェリーフェン計画である。もっとも、史実よりも早期にこの計画は瓦解してしまったのであるが。


 膠着してしまった西部戦線を後回しにして、手早く片のつきそうな東部戦線を処理するためには、西部戦線の兵力を転用する必要があった。そのためには、戦線を整理して予備軍を作り出す戦略的な撤退も必要であり、戦線を維持するために戦闘で被る損害を最小限に留め、少数の兵力で戦線を支え切ることが必要となる。その結果が、史実のドイツ軍が大戦後半から採用した弾性防御ドクトリンの発展途上形とも言える縦深塹壕陣地だったのである。


 この堅陣を力押しで破るには、相当な犠牲を覚悟せねばならなかった。

 そのことは、BEFは言うに及ばず、フランス軍も敵であるドイツ軍も良く理解しており、局所的に散発的な攻撃があったのみで、1914年内は塹壕でにらみ合いが続くことになる。しかし、これは英国も織り込み済みであった。英国の狙いは、序盤の人的喪失の回避と戦線の膠着化であった。ドイツ軍を足止めしたうえで、一網打尽にする策が密かに進められていたのである。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


ソッピース ドラゴン


全長:6.63m   

全幅:9.47m    

全高:2.9m     

重量:967kg    

翼面積:25.2㎡

最大速度:240km/h

実用上昇限度:7600m

武装:ヴィッカース機関銃×2(主翼) 11kg爆弾4個(主翼下面)

エンジン:ABCドラゴンフライ 星型空冷エンジン 360馬力

乗員:1名


第1次大戦末期に活躍したソッピース キャメルに大出力のエンジンを載せた機体。

史実では2機のみ生産されたが、この世界では円卓技術陣の努力により大戦序盤から投入された。大出力にモノを言わせた高速と爆装が可能であり、史実ソッピース サラマンダーが装備した爆弾を装備することも可能。その性能は同時代では圧倒的であり、ソッピースの悪夢と呼ばれることになる。



ルンプラー タウベ


全長:8.20m   

全幅:13.80m        

重量:910kg    

翼面積:32.0㎡

最大速度:120km/h

実用上昇限度:2000m

エンジン:メルセデス製E4F型6気筒 135馬力

乗員:2名


史実で第1次大戦初期にドイツ軍が投入した機体。

固定武装は持たず、コクピットから拳銃を撃ったり爆弾を落とした。当時としては、安定性の優れた実用機であったが、相手が悪すぎて一方的に駆逐されている。

BEFが序盤で戦力を温存することが出来ました。

代わりにフランス軍が壊滅しましたが、塹壕で膠着状態となったので再編する時間はあるでしょう。テッド君のせい?で志願者も殺到するでしょうしw


東部戦線もいずれ書く必要があります。

あちらでも英国面がさく裂しますので、書かずにはいられないのですが、時系列の管理が難しいですね…(汗

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