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第79話 切り札(自援絵有り)


「ニダァァァァァァァっ!?」

「アイゴーっ!?」


 1928年6月某日。

 朝鮮半島北部において地震が発生した。


 Kの国の民は、この世の終わりの如く泣き叫んだ。

 朝鮮半島は歴史的に地震が少ない場所であり、地震に対する免疫が無かったのである。


「抵抗はやめろ。さもないと撃つ! いや、むしろ抵抗しろ。撃たせろぉぉぉぉぉぉっ!」

「こういうのを見ると、このロクでも無いくそったれな場所に戻ってきたという実感が湧くな」

「日本での慰安旅行は夢のようだった。また行きたいよなぁ」

「大丈夫だ。本部長がまたやってくれるさ……!」


 特に大韓帝国の首都である漢城では、混乱した民衆が暴徒化して急速に治安が悪化した。大韓帝国皇帝の高宗(コジョン)の依頼で、現地に駐留していたウォッチガードセキュリティの部隊が鎮圧するハメになったのである。


「あいつら、また騒いでるぞ?」

「いい加減なんとかならんのかねぇ」

「……お前ら、テーブルの下に隠れながら言っても説得力無いぞ?」


 居留地に住む英国人技術者たちも、Kの国の住民を笑うことは出来なかった。

 英国もまた地震が少ない国であり、地震を体験した人間は少なかったのである。


 ちなみに、震度は最大でも3程度であった。

 史実の日本人なら軽くスルーする程度であるが、海外の人間ならばパニックを起こしてもおかしくない揺れではある。


挿絵(By みてみん)


「しかし、この揺れでダムに不具合が出ていたら面倒なことになるな」

「幸い、工場は休みだ。今のうちに点検するべきだろう」

「ったく、せっかくの休日だって言うのに……」


 ぶちぶち言いながらも、ダムの点検へ向かう技術者たち。

 日本から輸入されたばかりの四輪駆動車(トヨタジープ)は、舗装どころか道なのかも怪しい悪路をひた走る。


「おい、あそこ地すべりが起きているぞ?」

「なんで、あそこだけ?」

「知るかよ。ここら辺は昔はげ山だったという話だし、根っこが定着してなかったんだろ」


 垣間見える山々の一部が崩れ落ち、土砂が流出していた。

 一面が緑なのに、そこだけ地面剥き出しでやたらと目立っていたのである。


「相変わらず、凄いダムだよなぁ」

「こんな未開の地に、ここまでのモノを作る意味が未だに分からんのだが」

「お前ら、さっさと終わらせるぞ。俺は積み同人を消化したいんだよ!」


 鴨緑江(おうりょくこう)に建設されたダムは、高さ約100m、幅は約900mという巨大なものである。原始の風景の中に存在する巨大コンクリートの塊は、それだけで遺跡のように見えなくも無い。


「現地民に金をやって確認させているが、今のところ外壁に問題は無さそうだ」

「……あいつら信用出来るのか?」


 技術者たちは、Kの国の民を信用していなかった。

 日ごろの態度を見ていれば、誰だってそう思うであろう。


「小さい傷でも見つけたら追加報酬を出すと言ってある。報酬欲しさに死に物狂いで探してくるだろうさ」

「その手があったか……!」


 しかし、信用はしていないが扱い方は心得ていた。

 史実で世界帝国を築き上げた人心掌握術は伊達ではない。


「念のため数日は出力制限して様子見したほうが良いかもしれんな」

「そんなことしたら、工場のほうから文句が来ないか?」

「仕方なかろう。発電出来なくなるほうが問題だ」


 ダムの外壁とは別に、発電機周りのチェックも進められていた。

 発電出来なくなろうものならば、居留地がブラックアウトするだけでなく工場の稼働が出来なくなるので慎重にならざるを得なかったのである。


「それにしても、あの工場は何を作っているんだろうな?」


 巨大ダムに据え付けられた発電機の総発電量は60万kwに達する。

 居留地で消費している電力はたかが知れており、その大半が工場へ供給されているとなれば疑問に思うのも当然であろう。


「おい、やめとけ。余計な詮索は首を絞めることになるぞ」

「……そうだな。ジャパンのドージンでも良くあるパターンだ」

「触らぬ神になんとやらって、やつだぞ」


 とはいえ、それを詮索しようと思う人間はいなかった。

 世界から隔絶された地であるのにも関わらず、バカ高い給料と不自由無い生活が送れる。それが口止め料を兼ねていることを知っていたからである。







『九州北部で観測された地震は博多が震度1。震源は朝鮮半島と推察されます。この地震での津波の心配はありません……』


 英国大使館の執務室。

 ラジオの地震速報をBGMにしながら、テッドは書類と格闘中であった。


(さて、そろそろ連絡が来るころだけど……)


 書類作業をしながらテッドは電話を待ち受けていた。

 彼の思いが通じたのか、デスクに置かれた電話が鳴る。


「……もしもし?」

『テッドさん、成功ですっ! 見事に成功しましたよっ!』


 受話器から聞こえる興奮した大声に、テッドは思わず耳を離す。

 電話をかけてきたのは、円卓のメンバーで核開発に従事しているジェームズ・チャドウィックであった。


 史実のチャドウィックは英国有数の核物理学者であり、ノーベル物理学賞を受賞している。マンハッタン計画に参加した英国人科学者たちのリーダーとして、原爆の開発にも積極的に関わっていた。


『今回成功したのは、ガンバレル型です。これは核分裂しやすいウラン235を利用したタイプで……』

『ただ、ガンバレル型は理論上の出力を発揮することが難しいので、爆縮(インプロージョン)型の開発を……』

『インプロージョン型は威力は出るのですが、衝撃波の調整と爆縮レンズの設計が非常に難しいのですが……』

『幸い、テッドさんが提供してくれたパラメトロン・コンピュータのおかげで順調に開発が……』


 怒涛の如くまくしたてるチャドウィックに閉口してしまうテッド。

 彼の様子は尋常なものではなく、何かにとりつかれたようであった。


「……あー、チャドウィックさん。ちょっといいかな?」


 やっとの思いで、専門用語の連携(コンボ)に割り込むテッド。

 数瞬遅ければ、そのまま押し切られていたかもしれない。


『なんでしょう? あ、インプロージョン型の起爆実験の日取りですか? 急げば今週中には……』

「違う、そうじゃない!? 実験が成功したのだから、ちったぁ休めっての!」

『な、何故にっ!?』

「なんで驚愕するのさ!?」


 テッドが召喚したマンハッタン計画の書籍を見ただけで原爆を完成させてしまったチャドウィックが優秀なのは疑いようも無い事実である。しかし、この男は働きすぎるのが玉に瑕であった。


『テッドさんは甘すぎます! 今、この瞬間にもこの世界のどこかで核開発が進められているのかもしれないのです! 我々は止まるわけにはいかないのです!』

「いや、この時代には原爆の理論すら完成していないのだから杞憂だと思うのだけど……」


 第2次大戦後のアメリカは核技術を独占した。

 このことに憤激した英国は、独自に核兵器の開発を推進したのである。


 チャドウィック自身も、戦後の英国が独自の核兵器を取得する必要があると考えていた。彼が核兵器開発に血道を上げるのは、ワーカーホリックというよりも強迫観念に駆られたものだったのである。


『それに、テッドさんが提供してくれた書籍が流出しないとも限らないじゃないですか!?』

「なんのために、朝鮮半島で核開発してると思ってるのさ。一般人が出入り出来ない国でそんなこと起きるはずがないでしょ」


 テッドが円卓の反対に逆らってまで、技術援助のカタに平成会から朝鮮半島の利権を手に入れたのには理由があった。この世界の大韓帝国は、地理的にも政治的にも世界から孤立した場所だったからである。


 世界から見捨てられた土地故に、誰も注目しない。

 ウランも産出するので極秘裏に核開発を進めるのに好都合だったのである。


『甘いっ、甘すぎるっ!羊羹のチョコレートかけよりも甘すぎるっ!』

「ちょ、どこでそんな表現を覚えてきたの!?」

『部下が読んでたジャパンのコミックからです!』

「意外と余裕あるじゃないかコノヤロー!?」


 チャドウィックの勢いは止まるどころか、ヒートアップしていく。

 付き合わされる身としては、これ以上は勘弁してもらいたいところであった。


「……インプロージョン型は技術的に難しいから、もっと慎重になったほうが良いんじゃない?」

『む……』


 何を言っても聞かない人間は、矛先を逸らすことで対応するしかない。

 認知症患者への対応と同じである。


「史実だと衝撃波の調整で何か月も計算したって記事があったよ? 念には念を入れたほうが良いんじゃない?」

『……確かにそうですね。コンピュータがあるとはいえ、慎重を期したほうが良いでしょう』

「今の世界情勢では、核兵器の出番は無い。完成を焦って事故を起こされても困るし、着実にやっていってよ」

『分かりました。もう一度、インプロージョン型の設計を確認してみます』


 テッドは、通話を終えると盛大にため息をつく。

 こんな感じで毎回やり取りするハメになるので、チャドウィックが苦手だったのである。







「遠心分離機に異常は見られないな?」

「問題無い。パイプのチェックもやったが漏洩は見られなかった」

「ガイガーカウンターにも反応は無いぞ」

「この分だと、明日からでも濃縮作業の再開が出来るな」


 2m近い多数の円筒と、複雑なパイプが絡み合う不思議な空間。

 円筒の隙間を縫うように、白衣の技術者たちが機械を点検していた。


 この工場は、核兵器を製造するのに必要となる濃縮ウランを製造する場所である。林立する円筒は遠心分離機であり、遠心分離法でウラン235を濃縮していた。


 ウラン235とウラン238のわずかな質量差を遠心力を利用して分離するのが遠心分離法であるが、ウランを完全に気化させるには非常な高温が必要となる。そのため、フッ素と化合させた六フッ化ウランが使用されていた。


 六フッ化ウランはわずか57℃で気化させることが可能である。

 しかも、フッ素化合物として同位体分離を行っても質量誤差が生じないというメリットがあった。


 気化した六フッ化ウランを遠心分離装置内で高速回転させると、質量の小さいウラン235は軸側に集まる。これを回転軸に設けたスクープによって回収するのである。


 しかし、回収したガスには未だにウラン238が残存している。

 そのガスを下段の遠心分離装置に流して同様の処理をすることで純度を高めていく。純度の上がったガス(六フッ化ウラン)は最後に回収されての濃縮ウランとなるのである。


 遠心分離法は、ガス拡散法よりも処理回数が少なくて済む。

 さらに、濃縮に必要なエネルギーが1割程度に抑えられるメリットがあった。ド辺境で電力インフラに不安のある地でウラン濃縮をするからには、消費電力が少ないに越したことは無いのである。


「そういえば、原子炉の建設はどうなってるんだ?」

「あらかた完成しているらしい。近いうちに試運転すると言ってたぞ」

「そうなると、ここも増設が必要になるな……」


 遠心分離法は、設備容量の拡大が容易というメリットもあった。

 遠心分離装置単体は小型であり、他の手段に比べて比較的簡単に増設出来るのである。


 将来的には、核兵器にはプルトニウムを使用することになっていた。

 しかし、プルトニウムを作るには原子炉が必要となる。


 原子炉用の燃料として濃縮ウランを量産し、濃縮ウランは原子炉で発電とプルトニウム生産に使用する。この世界の英国は、朝鮮半島において核燃料サイクルの完成を目論んでいたのである。


「……次は本命のインプロージョン型の実験となるが、進捗はどうなっているのかね?」

「設計は既に終わっています。現在、部品を製造中です」

「よろしい。テッドさんも期待されている。この実験に失敗は許されないぞ」


 チャドウィックは部下たちを激励する。

 ガンバレル型は成功して当然であり、インプロージョン型こそ本命と彼は考えていたのである。


「それにしても、爆縮レンズの設計に手間取ると思ったが、1ヵ月足らずで設計が完了するとは思わなかったな……」


 感慨深げなチャドウィック。

 史実ではマンハッタン計画に深く関わっていたため、爆縮レンズの設計の大変さを身に沁みて理解していたのである。


 史実のファットマンに用いられた爆縮レンズの設計には、大勢の数学者たちをもってしても10か月以上かかった。設計に用いられたZND理論は大変に複雑で膨大な計算を要したためである。


「ドーセット公が提供してくれたパラメトロン・コンピュータのおかげです。あれのおかげで、面倒な計算をせずに済みましたし」

「あんな鉄の箱が何の役に立つのかと思ってましたが、今ではコンピュータ無しの開発なんて考えられませんよ!」

「真空管の計算機は調整が大変ですけど、こいつは電源投入してすぐに使えるのは助かります」

「しかも、24時間1週間ぶっ続けで使っても壊れないし。他の用途にも使えるも良いです」


 部下たちもパラメトロン・コンピュータを絶賛していた。

 複雑で大量の計算から解放されたことで、労働環境も劇的に改善していたのである。







(直接目にすると不快極まりないな。早く終わらせよう……)


 満州国の首都新京に所在する仮宮殿。

 満州国皇帝愛新覚羅溥儀(あいしんかくら ふぎ)は、好ましからざる客を迎え入れていた。


「……皇帝陛下におかれましては、ますますご壮健であられますこと目出度きことと存じます」


 溥儀が対面しているのは、大韓帝国皇帝の皇妃である閔妃(ミンピ)である。

 彼女の後ろでは、皇帝の高宗(コジョン)がひれ伏していた。


 事の始まりは、三日前に朝鮮半島北部で起きた地震であった。

 漢城で起きた民衆の暴徒化に匙を投げた高宗と閔妃(二人)は、一族郎党を引き連れて満州国へ脱出したのである。


 予期せぬ珍客に満州国側は困惑したが、立場的に中立を謳っているために追い返すことは出来なかった。極東朝鮮会社(FEKC)(Far East Korea Company)に実権をはく奪されている現状で実のある話が出来るはずもなく、たらい回しされたあげくに溥儀が相手することになったのである。


「そちらも壮健そうで何より。ところで、何やら話があるということであったが?」


 溥儀としては、こんな連中と話したいとも思わない。

 しかし、満州国皇帝として外交儀礼を守らざるを得ないのである。


「そのとおりです。今回は皇帝陛下に折り入ってお願いに参りました」


 溥儀には嫌な予感しかしなかった。

 それでも、まだ一縷の望みを抱いていたのであるが……。


「我が国を属国にして欲しいのです」

「……!?」


 想像の斜め上をかっとんだ閔妃の言葉にフリーズする。

 脳が理解することを拒否してしまったのである。


「陛下は清朝の血を引く御方。それ故に大韓帝国を属国にする権利がありまする」

「大韓帝国は、満州国の忠実な下僕として陛下の覇業をお手伝いしたく存じます」

「陛下が一声命じてくだされば、我が精強な軍勢がたちどころに夷敵を討ち滅ぼすことでしょう!」


 沈黙を肯定と受け止めたのか、甲高い声で持論を展開する閔妃。

 傍から見れば誇大妄想の類でしか無かったが、彼女からすれば大真面目であった。


(ソ連はもう頼りに出来ない。今後は満州国を利用して国内に蔓延る英国の勢力を削らなければ……!)


 かねてから閔妃は、国内で我が物顔に振舞うFEKCを疎ましく思っていた。

 かと言って、自力ではどうにも出来なかったためにソ連の力を頼った。あげくに引き起こされたのが朝鮮事変である。


 しかし、ソ連が頼りに出来ないことを痛感した閔妃は、満州国へ事大先を変更した。今回の地震で逃げ出そうとした高宗を説得して、満州国へ乗り込んだというわけである。


(この女は何を言っているのだ? 我が国に一切の利が無いばかりか、英国を敵に回すだけではないか!?)


 どうにか立ち直った溥儀は、閔妃の提案に呆れ果てていた。

 彼女の提案を受け入れるメリットは全く無い。それどころかデメリットしか無い。


(とはいえ、あからさまに拒否しようものなら禍根を残す。どうしたものか……)


 先祖代々の言い伝えによって、Kの国の民に恨まれると後々面倒なことになることを溥儀は知っていた。如何に穏便にこの場を乗り切るか。ここは思案のしどころであった。


「……そちらの想いは理解した。朕を頼ってくれたこと嬉しく思う」

「もったいなきお言葉にございます!」


 閔妃の表情が明るくなる。

 その様子を見た溥儀は、不快な表情を出してしまいそうになるのを必死に抑えて言葉を続ける。


「しかし、我が国は国際社会において中立を標榜しておる。朝鮮だけに安易に肩入れするわけにはいかないのだ」

「……」

「勘違いをしないで欲しい。時期尚早だと言っておる。勃興した我が国は不安定で、朕の意見を通すのも簡単にはいかんのだ」

「そうですか……」


 しおらしい表情となる閔妃。

 しかし、一瞬だけ憎々し気な表情を見せたのを溥儀は見逃さない。その様子は女狐そのものであった。


「だが、わざわざ遠方より頼りにきた者をそのまま帰すのも気が引ける。ささやかではあるが、歓待させてもらおう」

「本当でございますかっ!?」


 歓待と聞いて、今まで伏していた高宗が喜色満面で反応する。

 慌てて閔妃が止めようとしたが既に遅かった。


「高宗殿、満州国と大韓帝国の永遠の友好をここに誓わせてもらおう」

「も、もったいなきお言葉にございます!」


 その後は、なし崩し的に宴に突入して強引に有耶無耶にした。

 存分に歓待して、お土産も持たせてお帰り願ったのである。


 しかし、溥儀にも誤算があった。

 歓待が二人だけでなく、一緒に逃げ出してきた一族郎党にまで及んだのである。


 特別列車千里馬(チョンリマ)号で逃げ出してきた一族郎党の数は300人余り。

 これだけを歓待するとなると、金額はとんでもないことになる。


 かと言って、こんなのに税金を使うわけにもいかなかった。

 最終的に帝室財産で賄うことになったのであるが、あまりの金額に皇帝陛下は大層にご立腹であった――と、当時の側近が述懐することになったのである。







「カウントダウンスタート。10、9、8……」


 漢城から東に30kmの地点。

 緑が少ない荒涼たる地形が広がる場所で、本命たるインプロージョン型原爆の起爆実験が進められていた。


「6、5、4、3……」


 実験は地下核実験形式である。

 深さ300mの立抗に設置されたインプロージョン型原爆は、その力を開放する瞬間を迎えようとしていた。


「……2、1、0、インパクト!」


 起爆した信管によって、爆縮レンズが形成された。

 高濃縮ウランが全方位からの衝撃波によって極限まで圧縮、臨界反応を迎える。


「うおっ!?」

「おわぁ!?」


 轟音と激しい地震。

 離れた場所から見守っていた技術者たちは、想定以上に激しい揺れで投げ出される。


「おい、見ろよあれを!?」


 技術者の一人が叫ぶ。

 激しい揺れによって発生した土埃が収まると、爆心地周辺の地面が大規模に陥没していた。


 地下でさく裂した原爆は、瞬間的に周辺の岩盤を液状化した。

 冷却された岩盤は、周辺の地盤の陥没を引き起こしたのである。


「……ガイガーカウンターに反応はありません」

「核爆発は地中で完全に収束しています。フォールアウトの危険性はありません」


 安どのため息を漏らす技術者たち。

 地下核実験のメリットは、放射性降下物がほとんど発生しないことである。そのため、史実の核実験においても地下核実験が主流となっていた。


 しかし、地下爆発が地上に吹き抜けるフォールアウトが発生すると大規模な放射能汚染を引き起こす。地盤を吹き飛ばして、大量の放射性物質が周囲に拡散されてしまうのである。


「主任、地震のデータ出ました。深度ゼロ、マグニチュード4とのことです」

「ほぼ想定通りの威力が出ている。インプロージョン型原爆の起爆実験は成功だな」


 チャドウィックは笑みを浮かべる。

 しかし、この成功は彼にとっては通過点に過ぎなかった。


「次の目標は小型化だな」

「プルトニウムを使えば、より少量で臨界反応を起こすことが出来るだろう」

「そうなると爆縮レンズの再設計も必要になるな……」


 実験の成功に興奮して、その場でディスカッションを始める技術者たち。

 上司がワーカーホリックだと、部下も仕事漬けになる典型例である。


 今回の実験で使用されたインプロージョン型原爆は、史実のファットマンを参考にしたが単なるコピーと言うわけでは無い。最大の違いは、核物質にプルトニウムでは無く高濃縮ウランを使用したことであった。


 ウラン235の最小臨界量は金属で22.8kg。

 それに対して、プルトニウム239の最小臨界量は5.6kgである。


 史実のファットマンが5t弱であることを考えれば、重量的には誤差の範疇と言える。しかし、必要な核物質の量が4倍も違えば爆縮レンズの設計にも大きく影響してしまう。試作されたインプロージョン型原爆はサイズが大型化してしまい、重量も10t近くにまで肥大化してしまったのである。


(大英帝国が、今後も世界に君臨し続けるためには水爆が絶対に必要だ)


 原爆のダウンサイジングに熱中している部下たちをしり目に、チャドウィックは水爆の実用化を考えていた。史実冷戦の英国の立ち位置を知るが故であろう。


 水爆は原爆を引き金とし、その爆発時の高温高圧で発生する核融合反応を利用する。核融合反応によって放出されるエネルギーは膨大なものであり、原爆に比して桁違いの爆発力を発生するのである。


 その威力は原爆のキロトン級に対して、メガトン級の破壊力となる。

 史実でも有名なビキニ環礁で実験された水爆は15メガトン級であったが、これは広島に投下された原爆の1000倍の威力である。


 彼の執念が結実するのは、それから3年後のことであった。

 爆発時の衝撃は世界中で観測され、円卓とテッドは必死になって隠ぺい工作を行うことになるのである。







「さて、今回集まってもらったのは他でもない。つい先日のことであるが、円卓会議で核実験の成功が報告された」


 テムズ川沿いに所在するMI6本部。

 理由も聞かされずに招集された軍関係者たちは、MI6長官ヒュー・シンクレア海軍大将から核実験成功の報を聞かされて驚愕していた。


「……今回の集まりは、今後の核開発の整備方針ということでよろしいのですかな?」


 いち早く我に返ったのは、空軍の代表者であった。

 史実における初期の核戦力は空軍が主役であったが故に、それなりの優遇が受けられるだろうと算盤をはじいたのである。


「今後も核開発は朝鮮半島で継続される。軍内部での独自の核開発を止めるつもりはないが、朝鮮半島への人材の派遣をお願いしたい」


 しかし、シンクレアの言葉は予想とは異なるものであった。

 史実を知るが故に、円卓は核戦力黎明期における迷走と予算の浪費は避けたかったのである。


 円卓の方針は、大陸間弾道弾(ICBM)潜水艦発射弾道弾(SLBM)の実用化と、核動力艦船(原子力空母と原子力潜水艦)の開発であった。前線の兵士が運用する核無反動砲やら、戦艦用の核砲弾やら、空対空核ロケット弾なんぞは御呼びではないのである。


 とはいえ、核開発を円卓が独占すると軍部も不満を抱く。

 ガス抜きも兼ねて、核開発への参加を認めたわけである。


「なぜ朝鮮半島で開発を? 本国で行わないのですか?」


 陸軍の代表者が困惑する。

 『何が悲しくて、極東のド辺境で核開発をしなければならないのか』と、その表情が雄弁に語っていた。


「朝鮮半島は世界から孤立していて機密を保持するのに好都合なのだ」

「それだけではないでしょう? なんだったら、オーストラリアの奥地で実験するという手もある」

「核実験に事故はつきものだ。本国や植民地が放射能で汚染されることは避けなければならない」

「その点、朝鮮半島ならば事故が起きても住民は文句を言わないし、隠ぺいも楽というわけですか」


 得心する陸軍の代表者。

 海軍と空軍の代表者も、最終的に朝鮮半島での核開発を了承した。放射能災害のリスクを勘案すれば、多少の不便は仕方ないと割り切ったのである。


「そうなると、あの僻地に誰を派遣するかだな……」


 海軍の代表者が頭を抱えてしまう。

 現代の感覚で言えば、アフリカの奥地に仕事に行けと言ってるのと同義なのである。よほどの好き者でも無い限り、朝鮮行きを了承してくれるとは思えない。


「特別手当を弾めばなんとかなるか?」

「居留地がどの程度開発されているかも気になるな……」

「幸いにして、日本に近い場所だ。休暇を日本で過ごせるようにするべきだろう」


 3軍の代表者たちが頭を突き合わせて、如何にして人材を送り込むか算段する。

 その様子を見て、シンクレアは内心で安堵していた。


(いろいろと追及されると面倒だったが、とりあえず矛先は逸らせたようだな)


 史実を知る者からすれば、この世界の英国の核開発は不自然極まりない。

 元はと言えば、テッドのKの国に対する私怨から始まっていたので当然と言えば当然なのであるが。


 テッドが朝鮮半島での核開発のメリットを提示したために、円卓は彼の意見を採用した。そこらへんを深堀りされると当時の人間の責任問題に発展しかねないわけで、シンクレアはカバーストーリーまで用意していたのである。


 円卓の思惑通り、核開発そのものは円卓が主導することになった。

 陸海空の3軍は核兵器そのものは開発せずに、核兵器を運用する兵器や戦術の開発を進めていくことになる。


『核戦力の維持で正面戦力が削られたロイヤルネイビーの過ちを繰り返してはならない』

『現状では、核よりも正面戦力の充実をはかるべきだ』

相互確証破壊(MAD)が無い現状で、核兵器を積極的に配備する理由は無い。研究程度にとどめておくべきだろう』


 この世界が冷戦に突入していないことが、軍による核開発を消極的にさせた。

 抜くに抜けない伝家の宝刀を眺めて悦に浸る暇があったら、アメリカとソ連に対応出来るだけの正面戦力と同盟関係の構築を急ぐべきだという意見が軍関係者たちの大半を占めたのである。







「課長、この波形なんですが……」

「君の言わんとしていることは分かる。違和感があるな」


 九州・山口地方を管轄する福岡管区気象台。

 その一室では、頻発する地震について分析が進められていた。


 朝鮮半島を震源地とする地震のマグニチュードは3~5程度、管区内の地震計だと震度1以下であった。職員が違和感を感じた理由は、地震の波形が過去に起きた地震と異なっていたからである。


「しかし、これだけでは断定は出来ない」

「何故です?」

「周辺の地質資料が欠けているからだ」

「あの半島の地下に、我々が知らない何かがあるのかもしれないということですね」


 地震波は地盤内を伝播する。

 揺れを感じた時に最初にカタカタと縦に揺れるのがP波、後から来る大きな横揺れがS波である。


 地震波の伝播速度は、地盤の種類や内部の割れ目などの物理的特性によって幅がある。花崗岩や玄武岩などの硬い岩盤は伝播速度が速く、砂や粘土など軟らかい土質地盤は遅くなるのである。


 仮に史実の地下核実験を知っていたら、即座に見抜いたであろう。

 核実験と通常の地震では波形が大きく異なるのである。


「意外と地下に大量の原油でも眠っているのかもしれんぞ?」

「それは浪漫ですねぇ」


 彼らは優秀ではあったが、この世界の住民であった。

 地下核実験など想像の範囲外だったのである。


「地震が頻発する理由だが、震源地近くに活断層が存在する可能性があるな」

「それが今になって活発化したということですか」


 活断層は断層の一種である。

 一般的に、数十万年前以降に繰り返し活動し、将来も活動すると予想される断層のことを指す。


「過去の文献で半島の地震についての記述とかあれば参考になるのだがなぁ……」


 ガリガリと頭をかきむしる課長。

 活断層は一定の時間を置いて繰り返し活動し、活動感覚が極めて長い。過去の地震を知ることが出来れば今後の活断層の活動傾向を知ることが可能であるし、地震の予知にもつながるのである。


 しかし、この世界の日本は大韓帝国を保護国化していなかった。

 正式な国交も存在しないため、、朝鮮半島に渡って調査することも出来なかったのである。


『次のニュースです。朝鮮半島で頻発する地震について気象庁より公式発表がありました』

『……半島内に存在する活断層の活発化によるものと推定される。地震は今後も継続する可能性が大であり、警戒を要する』

『以上、気象庁長官による公式発表でした。九州北部に住まわれる方は、しばらくの間地震に警戒してください』


 とある日の平成会館。

 食堂のラジオから流れる地震情報をBGMに、平成会のモブたちは遅めのランチを摂っていた。


「なぁ、北朝鮮で地震と聞いたら嫌な予感しかしないんだが?」

「北朝鮮で何かあったっけ? 拉致問題と弾道ミサイルの警報で煩かったくらいしか記憶に無いぞ」

「いや、核実験してただろ!?」

「そういえば、そんなのもあったなぁ……」


 会話しながら、サンドイッチを口にするモブその1。

 同僚の様子を見ながら、モブその2もコロッケ蕎麦をすする。


「……これはきっとニダー共が核実験をしてるに違いない! 至急、内閣調査部に報告を!」


 生前は陰謀論大好きだったモブ2が、俄然盛り上がる。

 しかし、モブ1は冷静であった。


「いやいやいや。この世界のK国は世界から孤立したド辺境で最底辺国家やぞ? どうやって核開発するんだよ?」

「あ……」


 無慈悲なツッコミを喰らって硬直するモブ2。


「それに、あそこはイギリスの……なんだったっけ? なんとかという会社が実権を握ってるって話だぞ。核開発なんて出来るはずないじゃん」

「ぐはぁっ!?」


 そこにモブ1の容赦ない追撃がさく裂する。

 クリティカルを喰らったモブ2は、その場で突っ伏したのであった。


 英国の核開発は、朝鮮半島で堂々と進められた。

 正式な国交を結んでいる国家が存在しないので、諸外国の目を気にすることなく大規模な地下核実験が繰り返されたのである。


 頻発する地震に疑問を持った関係者は多かった。

 生前に気象庁で働いていた平成会のモブの中には、地下核実験と半ば確信する者もいた。


 しかし、現状では地下核実験と断ずるには決定的な証拠が不足していた。

 この時代の地震計の精度は史実21世紀の地震計に比して大きく劣る性能であり、低震度の地震では波形の形状も曖昧だったのである。


 地震計の設置場所も少ないため、震源地の特定も難しかった。

 史実ならば瞬時にピンポイントで特定出来た震源地も、今回の地震では朝鮮半島が震源であることが判明しただけであった。


 その後も定期的に朝鮮半島における地震は続いた。

 しかし、震度が低いうえに被害も無かったために社会的に注目されることなく忘れ去られていったのである。


 3年後に再び朝鮮半島が注目されることになる。

 テッドと円卓の隠ぺい工作が成功するのか、それとも今度こそ平成会のモブたちが核実験を見破るのか。勝利の女神がどちらに微笑むかは、現時点では誰も知りようが無かったのである。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


トヨタ ジープ


全長:3.36m

全幅:1.57m

全高:1.8m 

重量:1.1t

ホイールベース:2.3m

速度:80km/h

行動距離:200km

積載量:500kg

エンジン:直列4気筒C型ガソリンエンジン50馬力

乗員:2名


1928年3月に販売が開始された民間向けオフローダー。

年明けに実施された陸軍の汎用小型車両のコンペで八八式小型トラックに敗北したが、民間向けに手直ししたうえで販売されている。


性能は史実のAK10型小型4輪駆動トラックに準じているが、外見はウィリスジープに似せられている。トヨタで働いている平成会のモブの仕業であることは言うまでも無いことである。


元が元だけに、その優れた走破性能は山間部や豪雪地帯などで重宝された。

アジア向けにも輸出されて外貨稼ぎに大いに貢献している。


日本で生産が中止された後も現地法人によって生産が継続された。

最終的な量産台数は、八八式を遥かに超える台数となっている。



※作者の個人的意見

この世界の朝鮮半島を走破するにはランクルを出すしかないというわけで、登場させてみました。程よい車格で絶大な走破性があるので、豪雪地帯でバカ売れ間違いなしですねっ!

なんだかんだ言っても、英国の核開発は順調に進んでいます。

Kの国が余計なことをしやがらないか、ちょっぴり心配ですが多分大丈夫なはず(フラグ?


>垣間見える山々の一部が崩れ落ち、土砂が流出していた。

山に横穴を掘って起爆させた結果、山の上層部で地滑りが発生しています。史実の北朝鮮や中国で主流になってる実験方法です。以外と被害が酷かったので、次回以降はアメリカ式の縦穴を掘った地下核実験に切り替えられました。


鴨緑江(おうりょくこう)に建設されたダム

史実の水豊ダムです。

英国人居留地と核関連工場の稼働だけにしか使用してないので、贅沢な使い方をしていますw


>ガンバレル型

いわゆるヒロシマ型原爆です。

臨界量に達する核物質を分割したうえで爆弾内の両端に設置、火薬により一方の物質をもう片方へと衝突させて核爆発を発生させる構造です。


>インプロージョン型

爆縮レンズで核物質を四方八方から圧縮、超臨界状態を維持して起爆させる原爆。

史実における原爆の主流です。


>独自に核兵器の開発を推進

史実ではマンハッタン計画に人材を送り込んでいた英国ですが、アメリカは戦後になると核関連技術の独占を図りました。そのことに激怒した英国は独自に核開発を開始。見事成功させてアメリカは態度を軟化せざるを得なくなったというオチがあったりします。


>何を言っても聞かない人間は、矛先を逸らすことで対応するしかない。

推してダメならなんとやら。

突っ込んでくるしかない猛牛相手に突っ張るのは愚策なのです。


>林立する円筒は遠心分離機

ネットで検索するとイラクの核開発の写真がヒットしますが、その中に映っている銀色の円筒が遠心分離機です。


>想像の斜め上をかっとんだ

Kの国の民の得意技です。

傍で見ている分には楽しいですが、絶対に関わりたくないです。


>先祖代々の言い伝えによって、Kの国の民に恨まれると後々面倒なことになる

実際に古い文献に記述されてるとのこと。昔からやらかしているんだねぇ……(;^ω^)


>特別列車千里馬(チョンリマ)

エスケーピングコリアン号の本来の名前です。

今回は想定通りの目的で使用されました。


>水爆

原爆を種火にして核融合反応を起こす爆弾。

意外なようですが、核融合反応は放射能を出しません。種火である原爆の放射能はしっかり出ますけどね。それ故に、純粋水爆なるものも研究されました。原爆を用いずにレーザーを衝突させて核融合反応を起こそうというものです。現時点では開発は中止されていますが。ちなみに、ガンダムの星の屑作戦で投入されたGP02Aの戦略級核弾頭はレーザー核融合弾だったはず。


>MI6本部

この世界では、既に史実のお城のような建物に変わっています。

あの外見は、クラシカルなロンドンの風景に映えると思います(*´ω`)


相互確証破壊(MAD)

攻撃したら共倒れになるので攻撃できない理論。

この世界だと英国が核技術を独占しているので、MADなんて起きようがないですね!


>福岡管区気象台

この世界では平成会の暗躍で既に気象庁が誕生しています。

日本各地の地震計も随時設置されていますが、まだまだ史実の日本には及ばないです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 小さい傷でも見つけたら追加報酬を出す!それを言ったらその内、自分で破壊して報告してくるやつが続出してそこからダムが破壊されるやつじゃないですか… [一言] むしろ、未来を知るブリカスな…
[一言] 某CPUの箱が爆縮レンズと呼ばれて? 発熱もすごいから余計にね
[一言]  十円傷付けてボーナス貰おうって馬鹿が出るんじゃ?
感想一覧
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