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第7話 大撤退


「第5軍が撤退を開始しただと!?」

「たった今、MI6から入ってきた情報です」


 英国海外派遣軍(British Expeditionary Force、BEF)の総指揮官であるジョン・フレンチ卿は、情報士官からの報告に驚愕していた。あまりにもフランス軍の崩壊が早過ぎたからである。


「ヘイグ君、どう思うかね?」

「……おそらく事実でしょう。MI6の情報確度は非常に高いですから」


 第1軍団司令官であるダグラス・ヘイグも、半信半疑ではあったが、友軍であるフランス第5軍が崩壊したことを認めていた。そして、それが何を意味するかも理解していた。フレンチ卿もヘイグも円卓のメンバーではなかったが、豊富な実戦経験があり、戦場の機微に通じていたのである。


「撤収準備を急げ。やつらは本格的にここを攻めてくるぞ」

「はっ!」


 フレンチ卿の命令により、参謀達は直ちに撤収準備を開始した。

 撤収先と経路、補給物資の手配などやることはいくらでもあったのである。


「やはり史実どおりル・カトーへ撤退するのが適当か」

「だな。カエル食いどもの撤退のための時間稼ぎをしつつ、サン・カンタンを経由して最終的にノワヨンまで後退する」

「補給部隊の手配をしないといけないな……」


 BEF総司令部の参謀は、全て円卓のメンバーであった。

 彼らは、史実のドイツ軍の動きも考慮して、可能な限り自軍の被害を減らすよう最大限の努力を払っていた。ここで失敗すると、己の生き死に直結するので、必死に策を練っていたのである。






 英国は、大英図書館史実編纂部による円卓メンバーへの聴取と、MI6によるドイツ参謀本部へのスパイ活動のおかげで、シェリーフェン計画のほぼ完ぺきな内容を開戦前に入手していた。


 フランス軍と合流したBEFは、この内容を公開したのであるが、その反応は芳しいものではなかった。いや、控えめにいっても馬鹿にされた。


「こんな計画を実現出来るはずがない」

「ドイツ軍の悪質なプロパガンダでは無いのですかな?」

「我らの崇高な志の前には、ドイツ軍など物の数ではないっ!」


 などなど、散々な言われようであった。

 挙句の果てに、婉曲的表現で『貴軍はそこで見ているだけでよろしい』とまで言われては、BEF側としても積極的に連携する気にはなれなかったのである。


 史実においても、当時のフランス軍は精神的要素を重視しすぎて、物質的要素を軽視する傾向が強かった。この世界では輪をかけて酷いことになっていたのであるが、これはテッド・ハーグリーヴスがやらかしたせいである。いや、例によって例の如く、彼は直接関わってはいないのであるが。


 テッドは一時期、同人漫画で熱血バトル漫画を描いたことがあった。それがどういう経緯を辿ったのか、フランスで翻訳されたものが出回ったのである。圧倒的に不利な状況をひっくり返す展開は、フランス人の琴線に触れたらしく、爆発的ヒットとなった。当時のフランス軍は、史実戦争末期の極東の島国を笑えない状況になっていたのである。なお、海賊版であるため、テッドに一切金が入らないうえに、後の歴史家からフランス軍敗退の遠因呼ばわりされるオマケつきであった。


 そんな状況であるからにして、フランス軍はドイツ軍に無謀な突撃を繰り返したあげくに、機関銃でなぎ倒されて壊滅的被害を被った。部隊が壊滅しても、規律を保ったまま退却に成功したのは大したものなのであるが、そんなものはBEFにとって何の慰めにもならなかったのである。






 完全に自動車化されたBEFは半日足らずでル・カトーへ移動を完了した。

 到着すると工兵部隊により、陣地の構築が進められる。彼らの手によって、ひなびた田舎町が堅固な要塞に様変わりしていったのである。


 陣地構築が終わると兵士達はシフトを組んで警戒と休息をおこなう。

 ちょうどディナーの時間であり、街中に設けられたフィールドキッチンには兵士達が列をなしていた。


 ちなみに、本日のメニューは以下の通りである。


うなぎのゼリー寄せ

チョコレートプディング

クラッカー


「いやぁ、温かい飯が食えるって最高だな」

「うーん、俺はうなぎのゼリー寄せよりも、ブラッドプディングのほうが好みだがなぁ」


 トレイを受け取った兵士は、大皿に盛られたうなぎのゼリー寄せ豪快に喰らう。

 うなぎのゼリー寄せは湯気を立てており、実に美味そうである。あくまでも英国兵視点であるが。


「俺は紅茶とスイーツさえあれば、どうでもいいがな」

「違いない」


 うなぎのゼリー寄せを食した後は、チョコレートプディングとクラッカーである。

 クラッカーにはジャムも付属している。紅茶はセルフサービスであるが、仮設された紅茶スタンドでおかわり自由となっていた。


 粗食に耐えるのは軍隊生活の基本である。

 メシマズと揶揄されることの多い英国人であるが、メシマズだからこそ世界中で戦うことが出来たとも言える。


 メシウマな国は戦争に弱いのが常識である。

 史実においても、英国のお隣のカエル食いどもはあっさり敗北している。日本でも大阪兵は弱いと言われていたくらいである。もっとも、英国兵は紅茶さえ足りていれば、最後まで戦い抜けることは歴史が証明しているのであるが。







「偵察部隊からの敵情報告が入りました。ドイツ軍が接近中とのことです」

「会敵までの時間は?」

「およそ2時間程度かと」

「総員配置につけろ。戦闘準備!」


 ル・カトーに布陣してから数日後。

 ドイツ軍接近の報を受けて、BEFは直ちに戦闘態勢となった。

 時間的な余裕があったことで万全の態勢であり、英国兵は手ぐすねを引いてクラウツどもを待ち受けていたのである。


 ル・カトーに布陣するBEFに攻撃をかけたのは、アレクサンダー・フォン・クルック将軍率いるドイツ第1軍に所属する歩兵部隊であった。ドイツ兵は、静まり返った街に訝しげに思いつつも、銃剣突撃を敢行する。


「敵接近、イエローゾーンを超えます!」

「射撃用意っ!」

「グリーンゾーン到達!」

「ファイアー!」


 奇襲による効果を最大限に発揮するため、可能な限り引き付ける必要があった。

 そのため、事前に周囲を測量して銃座や重砲は照準済みであった。


 不用意に接近したドイツ兵を襲ったのは、鋼鉄の嵐であった。

 遠距離からの203mm砲弾で最寄りの歩兵小隊が消滅、さらに12.7mm銃弾の猛射でドイツ兵がなぎ倒される。ドイツ軍がフランス軍にやった攻撃と全く同じであったが、火力に関してはドイツ軍とはけた違いであった。


 ファーストストライクで甚大な被害を被ったドイツ軍であるが、生き延びたドイツ兵達は銃剣突撃を敢行する。如何に火力があろうとも、それ以上にドイツ兵の数が多いため、重砲や重機関銃だけでは仕留めきれなかったのである。


「くたばれライミーっ!」


 圧倒的な火力の洗礼を潜り抜けて、英国兵を目視したドイツ兵はGew98を発砲する。その返答は.303ブリティッシュ弾の猛打であり、ドイツ兵はハチの巣にされて絶命した。BEFの制式装備であるRifle No.4 Mk3は、この世界初のバトルライフルであり、典型的なボルトアクションライフルであるGew98とは火力が桁違いであった。Mk3は連射が可能なため、再装填中のドイツ兵は容赦なく射殺されたのである。


 街中に突入したドイツ兵は、構築された陣地からの機関銃射撃でなぎ倒された。

 土嚢と鉄条網によって防御された陣地構築された陣地には、ブレン軽機が据え付けられて弾幕を張っており、ドイツ兵からすれば、1発撃ったら100発撃ち返される絶望的な状況であった。


 ドイツ軍が文字通り壊滅するのにさして時間はかからなかった。その後、再度の攻勢によりBEF側も死傷者が出たものの、ドイツ側に比べれば損害は軽微であった。






 ドイツ軍の攻勢を凌いだBEFは、事前の予定通りサン・カンタンへの撤退を開始した。兵士達はトラックに乗車し、重砲が牽引されていく。自動車化されているため部隊移動は迅速であった。


「しかし、この部隊は本当に燃料をバカ食いするよなぁ」

「まぁ、この時代だとあり得ないよな。完全に自動車化された部隊とか」


 撤収していく部隊を横目にぼやく士官達。彼らは補給担当であった。

 もちろん、円卓のメンバーである。


「今のところは問題無いんだが、想定外のことが起きると対処できるか微妙なんだよな」

「最悪の場合はフランス中のガソリンスタンドから徴発するとか?」

「第2次大戦時ならともかく、この時代だとパリ市内にさえロクにガソリンスタンド無いから無理だろ……」


 ドイツ軍相手に圧倒的な勝利を収めたBEFであったが、その勝利は薄氷を履むが如しであった。自動車化部隊が如何に強力であってもガソリンが無くては、鉄製の前衛アート群に過ぎないのである。そのため、BEFの補給士官は常に補給部隊の運用に悩むことになる。


 幸いにして、想定外のアクシデントは発生せず、BEFはドイツ軍相手に頑強に抵抗しつつ、サン・カンタン経由でノワヨンへの撤退を成功させた。一連の撤退戦におけるBEF側の損害は100名足らずであった。対するドイツ軍は8000人以上もの損害を被った。これは、BEFが当時の常識を覆す機動力で撤退したことにより、追撃するドイツ軍が到着するまでの時間を稼ぎ、堅固な陣地を構築して迎え撃ったからである。


 無論、ドイツ軍も決して無能ではなく、機関銃陣地を迂回して回り込もうとしたのであるが、それはロールスロイス装甲車とカーデン・ロイド豆戦車によって阻止された。歩兵をはるかに凌ぐ機動力で逆に先回りして、搭載したM2重機関銃でドイツ兵を血祭りにあげたのである。装甲は薄いものの、小銃だと至近距離でないと撃ち抜けないため、虐殺といっても過言ではない一方的な戦闘であった。






 BEFの時間稼ぎによって、フランス軍もパリ近郊までの撤退に成功していた。

 パリ防衛司令官にジョゼフ・シモン・ガリエニが就任し、残存戦力を再編成して新たに第6軍を編成したのである。


 とはいえ、フランス軍は混乱の極みであり、BEFとの連絡もおぼつかない状態であった。逆にBEF側は、MI6からの報告で現状を把握しており、本国にフランス軍との作戦には今後同調出来ない旨を報告書として送っていた。序盤のフランス軍の醜態を見せつけられた者としては当然の反応であろう。


 報告書を読んだキッチナー陸軍大臣は、翌日パリへ到着し、英国大使館でフレンチ卿と会談した。彼の指揮下の部隊は、引き続きフランス軍に協力することが決定した。しかし、必要があれば独立作戦権を行使することも認められた。これが認められないと協力は出来ないと、フレンチ卿が頑として譲らなかったためである。彼はフランス軍の戦力そのものを疑問視していたのである。


 しかし、パリ防衛軍司令官ガリエニは、ドイツ軍の内側旋回の意味を察知し、第6軍に命じてドイツ軍の無防備な右側面を撃つ作戦を立案、翌日には総司令官ジョッフルの承認をとりつけた。このことをフレンチ卿が知ったら、フランス軍を大いに見直したことであろう。


 もっとも、BEFが公開したシェリーフェン計画の全容をフランス軍が信用していれば、ここまで酷い事態にはならなかったはずである。実際、このことは後世の歴史家達にフランス軍の怠慢として非難されることになる。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


カーデン・ロイド豆戦車


全長:2.46m  

全幅:1.75m  

全高:1.22m  

重量:1.5t  

速度:40km/h

行動距離:144km

主砲:ブローニングM2重機関銃

装甲:6~9mm

エンジン:フォード社製T型4気筒ガソリンエンジン 40馬力

乗員:2名


円卓の技術陣が再現したオリジナルのカーデン・ロイド豆戦車。性能はMk6準拠。箱型の固定戦闘室にオリジナルのヴィッカース重機ではなく、M2重機を装備。

大撤退が文字通りの偉大な撤退となりました。

きっと後世に末永く語り継がれることでしょう。


フランス軍が史実以上に攻撃精神一辺倒になってしまったのは、間接的にテッド君の責任です。

彼がどんな同人漫画を描いたのかは、ご想像にお任せしますw

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