第76話 聖地巡礼(自援絵有り)
「あー、こりゃ駄目だな。エンジンが逝ってやがる」
パイロットは、エンジンの様子を見てぼやいていた。
オートジャイロ『あさどり』は見た目には損傷は見られなかったが、不時着の衝撃でエンジンに過大な負荷がかかってしまった。燃料を入れても、うんともすんとも言わないのである。
「修理は出来ないのか?」
「俺も整備兵の真似事をやったことがあるから、多少ならなんとかなるんだが……こいつは複雑過ぎて無理だな」
尾崎秀実の質問にパイロットは肩をすくめる。
『あさどり』に搭載されているエンジンは、英国ブリストル社製『アクイラ』を平成飛行機工業がライセンス生産したエンジンなのであるが、このエンジンがクセモノであった。
『アクイラ』は吸排気弁機構にスリーブバルブを採用していた。
平成飛行機工業がライセンス生産したエンジンも当然ながらスリーブバルブを採用していたのであるが、この形式は部品の加工精度に非常に高いものを要求された。
加工精度が高い部品は、組み付けにも細心の注意を払う必要がある。
屋外修理など論外である。
「ちょっと!? それじゃ追跡出来ないじゃないの!?」
アグネス・スメドレーが悲鳴をあげるが、どうにもならなかった。
修理するには、工場へ移送するしか手段は無かったのである。
(潮時かもしれんな……)
取り乱すスメドレーとは対照的に、尾崎は冷静であった。
もともと、今回の追跡には乗り気では無かったのである。足抜けするには良い機会とさえ思っていた。
『エスケーピングコリアン号の次の行先予想は帝都です!』
『帝都には名所がたくさんあるので長期滞在するかもしれませんね』
『お知らせ 諸般の事情により、ミステリートレインを探せコーナーは、今回で打ち切りとさせていただきます』
朝日新聞で『ミステリートレインを探せ』の企画打ち切りが発表されたのは三日後のことであった。企画自体は好評だったために上層部は打ち切りを望んでいなかったのであるが、『あさどり』の修理代の見積もりを見て考えを変えざるを得なかった。
加工精度の高い部品は作るのに手間とコストがかかる。
組み付けるにも高い技術が必要となるわけで、修理費が爆上がりしてしまったのである。
「じゃあ、俺はこいつを工場へ持っていかにゃならんので」
「あぁ、世話になったな」
「道中気を付けてね」
トレーラーの荷台に載せられた『あさどり』がゆっくりと動き出す。
パイロットは修理工場へ同道することになったので、ここでお別れである。
「……ホツミ、これからどうするの?」
「どうもこうも、記者稼業に戻るだけさ」
芦原温泉の老舗旅館『べにや』。
その一室で、尾崎とスメドレーは今後のことを話し合っていた。
「あの列車が帝都にしばらく留まるのは確定してるんだ。暗殺をしかけるなら絶好の機会だろう」
「だったら、最初からトーキョーで待ち受ければ良かったんじゃないの?」
「最初からそう進言していたんだがな。今思えば、帝都で暗殺するのは難しいと判断していたのかもしれん」
コミンテルン側からすれば、警備が厳重な帝都での暗殺はリスキーであった。
暗殺失敗だけならまだしも、実行犯が捕縛されて背後関係をバラされるのは困るのである。
暗殺が失敗したら自殺するように毒薬を持たせているが、確実に死ねる保証が無い。特高の拷問は苛烈で、実行犯が責めに耐えれずに自白してしまう可能性もあった。
だからこそ、警備が手薄な地方での暗殺を狙ったのである。
しかし、もう手段を選んでいられる状況では無くなっていた。国境線で睨み合っているドイツ帝国とオーストリア・ハンガリー帝国及び南欧諸国連邦(二重帝国諸国連邦)との緊張が高まりつつあったのである。
両国は、ソ連との国境線沿いに長大な塹壕陣地を建設中であった。
第1次大戦時の反省を活かし、英国と日本からパワーショベルやブルドーザーを輸入して猛スピードで陣地の建築を進めていたのである。
『このままだと西部戦線の悪夢を再現することになる。至急、攻撃許可を!』
塹壕陣地を抜く困難さを理解している前線指揮官は矢の催促であった。
ソ連側からは、日に日に塹壕が完成していくのを見ることが出来たのである。
『この緊張は年内まで持たないだろう』
――というのが、軍関係者の予測であった。
それまでに、なんとしてもテッドの暗殺を成功させる必要があったのである。
「どれくらい滞在されるのですか!?」
「帝都ではどこを観光するつもりですか!?」
「今までで、最高だったと思う観光場所はどこですか!?」
東京駅構内のプラットフォーム。
夜も遅いと言うのに、停車したエスケーピングコリアン号には記者が群がっていた。
このホームは、駅舎から最も離れた場所に存在していた。
1940年の開業を目指す弾丸列車のために、工事が進められていたのである。
電化を含めた周辺工事は途上であったが、ホーム自体は完成していた。
一般客とも隔離出来るので、エスケーピングコリアン号を停めるのに好都合であった。
駅構内で見張っていた記者たちは、列車が入線したのを確認すると駅員の制止を振り切って殺到した。特ダネのためならば、何でもやるのが記者という人種である。
「夜も遅いので、本格的な観光は明日からです。ホテルへ移動しますのでどいてもらえますかな?」
やかましい記者たちに一切動じない本部長。
誘導尋問にも引っかからず、言質も取らせない。業を煮やした記者が詰めかかり……。
「うわっ!?」
「ソーリー」
圧倒的な肉の壁に弾き飛ばされる。
本部長の後ろからは、ガタイの良い隊員たちが続いていた。
その様子を見て他の記者たちは大人しくなった。
自分たちよりも頭一つ分は大きい、マッチョで傷だらけな男たちを前に委縮してしまったのである。
「うわっ、こんな時間にあれだけ来るとかどんだけ……」
「相変わらず非常識な連中ね」
テッドとマルヴィナは、最後尾の車両から様子を覗いていた。
二人とも日本語が話せるので、単独行動するために車両に残ったのである。
「この分だと、駅構内では記者の目が光っているわ」
「そ、そうだね……」
「プランBしか無いわよね?」
「いや、そこまでしなくても普通に変装すれば済む話じゃないかな!?」
マルヴィナの提案を必死に否定するテッド。
しかし、彼女はさらに畳みかける。
「帝都に滞在することは既に知られてしまった。暗殺のリスクは避けられない。そのためのプランBでしょう?」
「うぐぐ……」
スターリンは、駐日ソ連大使館にテッドの暗殺を厳命していた。
暗号無電を解読したMI6は、警告を発していたのである。
「ふわぁぁ……眠いなぁ」
草木も眠る丑三つ時。
駅員がアクビをしながら深夜の見回り中であった。
(……んん?)
視界の片隅で、何かが光った気がした。
終電が過ぎた駅構内の明かりは最低限に抑えられている。気のせいで済ますには、あまりにも強い光であった。
「だ、誰かいるのか!?」
声が震えているのを自覚しながらも、光源に懐中電灯を向ける。
しかし、懐中電灯の先には何の反応も無い。
「やっぱり気のせいか。疲れているのかな……今度休みを申請しよう」
ぶつぶつ言いながら、別の場所の見回りに向かう駅員。
見回る場所はたくさんある。道草を食っている暇など無いのである。
「むぐーーーーーっ!?」
駅員の直感は間違ってはいなかった。
懐中電灯の光を見たマルヴィナが、瞬間的にテッドを押し倒したのである。
「……」
マルヴィナは、窓越しに外を確認する。
懐中電灯の光が遠ざかっていくのが見える。
「……もう良いわよ、テッド」
「ぶはっ!? し、死ぬかと思った……って、ちょっと? あの、マルヴィナさん?」
完全に目が逝っているマルヴィナに、テッドは恐れ慄く。
マルヴィナが一歩進めば、テッドはその分後退する。
「ふ、ふふふ……」
鼻血をたらしたマルヴィナが迫る。
「!?」
背中に壁が当たる。
前に逃げるしかないが、現在のテッドの身体能力ではマルヴィナをすり抜けるのは不可能である。
「……うぅ、や、優しくしてね?」
両手を大きく広げて突進してくるマルヴィナに、完全に諦めたテッド。
この後、存分に抱き枕にされたのであった。
「おおおお……此処が」
「我らの聖地か……!」
「夢にまで見た……!」
宿泊先のホテルから山手線で5分足らず。
ウォッチガードセキュリティの隊員たちは、秋葉原駅(電気街口)に降り立っていた。
「はーい、それではグループ分けをしますので希望するグループへ移動をお願いしまーす!」
平成トラベルのツアコンが指差す先には、プラカードを持ったガイドたちが立っていた。プラカードには、『喰い倒れ』『ラジオ』『サブカル』などジャンル分けがされていたのである。
「これって、一度選んでしまったら変更出来ないのか?」
「ジャンル毎に巡るコースは違いますが、いつでもジャンル変更してOKです!」
ちなみに、ジャンル分けは事前アンケートによるものである。
かなりマニアックなアンケートだったのであるが、日本の文化を事前学習していた隊員たちにとっては難しいものでは無かったようである。
(((我らの同志が来た……!)))
ガイドたちは、集まってくる隊員たちを見て同志が来たと内心で喜んでいた。
秋葉原を案内するガイドであるから、当然の如くアキバには詳しい。それすなわち、オタクであった。
史実の秋葉原は、無線ラジオから電化製品、パソコン、サブカルと、時代によって異なる様相を呈する稀有な街である。当然ながら、平成会のモブのアキバのイメージは異なってくる。
この世界の秋葉原は、平成会の意向が強く反映されていた。
結果として、全ての時代の秋葉原が一緒くたになったカオスな空間と化していたのである。
自分のアキバの正しさを証明するべく、ガイドたちはお互いをライバル視していた。うぶな隊員たちを一人でも多く洗脳――もとい、信者に仕立て上げるべく自分の推しを強烈に勧めるつもりだったのである。
「それでは出発します。皆さん、ガイドの指示に従ってください。ご武運を祈りますっ!」
ツアコンの号令を合図に、プラカードを持ったガイドを先頭に整然と行進を開始する。その様子は、さながら甲子園の選手入場の如しである。
「おっと、うちのグループはここで待機です。というか、ここが第1目的地です」
そんな中で、食い倒れ班だけは例外であった。
JR秋葉原駅電気街口――そこで思い浮かぶグルメは一つしかない。当時のアキバ戦士に愛された『ラーメンい〇ず』である。
平成会にも、このラーメン屋のファンは多かった。
そこで『平成会ラーメン同好会』の有志たちが、当時の味を再現するべく立ち上がったのである。
やたらと目立つ赤い屋根、満席でも10人も入らない狭いカウンター、レトロな券売機まで完全再現された。さすがに店名をパクるのは畏れ多いので、『ラーメンISUZU』に変更されていたが。
「!?」
ラーメンを啜る隊員は驚愕する。
言葉に出来ない美味さである。ひたすらに、夢中で食べ進める。
具はチャーシューとメンマとネギとシンプル極まりない。
しかし、麺と濃い目のスープがよくからむ。
スープは濃い目の醤油味であるが、しょうがの風味が強烈に効いている。
飲んだら病みつきになってしまう味わいである。
あっという間に完食するが、余韻に浸る間もなく次の隊員に席を譲らざるを得ない。ガタイの良い彼らだと、大盛りでも完食するまでに5分かからなかったのである。
「……え? お代わり希望ですか? 駄目ですよ。そんなことしたら最後まで食べられませんよ。アキバと言えば、カレー激戦区。次はカレーを食べにイクゾーっ!」
「「「おおおおおおおおっ!」」」
まだ美味いものが食えるのかと、大いに意気上がる隊員たち。
彼らの秋葉原グルメ道は始まったばかりであった。
「すげぇ、ラジオがあり得ない値段で売ってやがる……!」
「ポータブルなレコードプレーヤーもあるぞ!?」
「組み立て式のラジオキット? そういうものもあるのか!」
ラジオ班がやって来たのは、電気街口から徒歩数分の秋葉原電〇会館である。
物価の差も考慮しても安すぎる電化製品を、隊員たちは嬉々として購入していく。
「うへぇ、これ全部真空管かよ!?」
「有り得ないくらい安いんだが、使えるのかこれ?」
「あっ、このパーツ欲しかったんだ。なかなか手に入らなくてなぁ……」
総武線高架下の1坪商店でパーツを買い漁る。
やはりというか、あり得ないくらいに安い。
「このST管、なんで本国よりも安いんだ?」
「おぉ、そいつに目を付けるとは! うちの班に来ただけあって、お兄さんは素人じゃないですね?」
「俺は元通信兵だからな。この型番はよく扱ってたんだ」
「その真空管は、元々日本で生産してたものなんですよ。戦争中はイギリスに輸出してたんです」
「そうだったのか!?」
ガイドの説明に驚愕する元通信兵な隊員。
現物にはメイドインジャパンとしっかり書かれていたのであるが、そんなことを気にするほど戦場は暇ではない。特にトラブルも起きなかったので、なおさらである。
史実では第1次大戦中に開発された真空管であったが、この世界では戦前に英国が3極真空管を実用化していた。第1次大戦が開戦して真空管の需要がひっ迫すると、図面と生産方法を日本に開示して委託生産をさせたのである。
当時の真空管の生産は、大部分が手作業である。
手先の器用な日本人に向いている仕事であった。
人件費の安い日本で真空管を生産すると莫大な利益となった。
真空管特需として、日本の真空管製造業界は大いに賑わったのである。
第1次大戦後期になると、英国ではチェインホームレーダー用の高出力管が実用化された。システム全体のコストを下げるために、この管も日本に委託生産させる予定であったが最終的に却下された。さすがの英国紳士もそこまでお人好しでは無かったのである。
戦後になると、英国からの発注は途絶えて膨大な在庫を抱えることになってしまった。そこに目を付けたのが『平成会アマチュア無線同好会』である。
彼らは、自分たちのアキバを再現する大義名分を得た。
史実の電〇会館やラジオデ〇ート、ラジオセ〇ターにラジ〇ストアーなどを再現して大量の真空管を売り捌いたのである。
この世界の日本では、既に戦後に準じたアマチュア無線が認められていた。
ラジオ局も桁違いに増えて、民間向けの真空管の需要は増すばかりであった。
日本の真空管製造メーカーは、軍需から民需に切り替えることで息を吹き返した。様々な種類の真空管が、大量に秋葉原に流れていたのである。
結果として、この世界の秋葉原は東洋一の電気街となった。
国内のみならず、中華民国からも買い出しに来るほどの充実ぶりとなったのである。
とはいえ、全てが手放しで喜べる状況とはならなかった。
この時代では、あらゆる用途に真空管が使用されていた。しかし、それらが全て正しい用途で使われるとは限らない。
「……」
ラジオ班の傍で、真空管を購入するコート姿の男。
支払いを済ませると足早に去っていく。男はソ連大使館の職員であった。
史実においては、戦前は一般人の短波受信機の所持は禁止されていた。
極端な話、短波送受信機を持っているだけでスパイとみなされたのである。
しかし、この世界の日本では短波受信機の所持は違法ではない。
短波受信機そのものは表向き販売されていないが、秋葉原へ行けば簡単に部品が手に入るのである。
この世界の帝都は民間ラジオ局とアマチュア無線家によって、電波銀座と化しているので短波を発信しても傍受そのものが難しかった。捕縛するには通信しているところを直接押さえるしかないが、大使館の敷地内で通信されたら止める手立てはない。
結局のところ、発信された暗号無線を解読するしか手は無かった。
大日本帝国中央情報局も公安も、暗号解読に躍起になっていたのである。
「うおおおおおっ! 何故出ないっ!?」
「俺の手が千切れるまで回し続けるぜぇっ!」
「頼むっ、当たってくれぇぇぇぇっ!」
初っ端からヒートアップしているサブカル班。
彼らは腕も千切れんとばかりに、ガシャポンを回していた。
ガシャポン――ガチャ、ガチャガチャなど色々な呼び名があるが、これらは登録商標名に過ぎない。正式な名称はカプセルトイという名前であり、アメリカで開発された球体ガムの小型自動販売機が発展したものである。
ガシャポンは平成会にも熱狂的なファンが多く、この世界の日本では明治時代には実用化されていた。当たって嬉しいものから、どうしようもない外れ品まで、中身が変化に富んでいるのも史実と同様であった。
「あぁっ!? トークンが無くなった!?」
「ガイドさん、両替をっ! 一心不乱の大両替をっ!」
史実と異なる点は、硬貨ではなくトークン専用なことである。
現金を直接購入せずに、店内で専用のトークンを購入する形式であった。
この時代の硬貨は、デザインや大きさが変更されることが多かった。
機械を対応させるのは不可能とは言わないまでも手間とコストがかかる。それ故のトークン専用化なのである。
トークンに交換する必要があるので、この世界のガシャポンは店舗内に置かれることが多かった。利益を上げるためには、広い店舗に大量に置く必要がある。史実のガ〇ャポン会館のような店舗が秋葉原のみならず、都市部にいくつも出来ていたのである。
「念願のナガトを手に入れたぞ!」
「「「殺してでも奪い取る」」」
「な、何をする貴様らーっ!?」
ガチャで盛大に散財した後はTCGである。
青い制服を着たオタクどもは、パックの開封で一喜一憂していた。
トレカは平成会にも以下略。
この世界で初めて作られたトレカは、艦こ〇であった。
トレカにおいて、カードのレアリティは死活問題である。
基本的に史実の艦〇れに準じたレアリティが設定されているのであるが、この世界の実情にそって改変が加えられた。
「またリズが出た……」
「おっ、ウォー様が出た!?」
「交換してくれ! 同じQEタイプだからノープロブレムだ」
「ふざけんなっ!」
海外艦のレア度は高く設定されているのであるが、例外も存在した。
戦後の改修型も含めると、40隻以上建造されたクイーンエリザベス型戦艦である。
日英同盟に忖度したカード製作会社は、全てのQE型をトレカにすることを強行した。さすがにゲームバランスが崩壊しかねないので、ウォースパイトなど一部の艦を除けば普通のレア扱いになってはいたが。
史実の艦〇のデザインは、膨大な史料と絵師の血と汗と涙の結晶である。
この世界でも同様のアプローチでデザインをしているので、大量のQEタイプの〇娘を描き分けるのには饒舌に尽くしがたい苦労があったという。
絵師たちの怨嗟の声は、どういうわけか英国大使館へ向けられた。
テッド宛に、絵師たちの連名で抗議文が届けられて困惑することになるのである。
「このライン……最高だ……!」
「さすが、〇〇先生の作品なだけはある」
「これは効くぜ……!」
フィギュアを見て悦に浸る青い服の変態たち。
迷うことなく、プラモとフィギュアを買い漁っていく。
(外国人なのに、なんでそんなに詳しいんだ!?)
驚愕するホビーショップの店長。
日本人オタクでさえ知らないようなマニアックなプラモや、やたらと高くて(露出度的な意味で)際どいフィギュアが飛ぶように売れていく。
「む、そろそろ時間ですね。いったん駅前へ戻りましょう」
時間を確認したガイドによって、買い占め無双はいったん終了となった。
戦利品をお互いに自慢しながら、彼らは去っていったのである。
(ふぅ、いったいどうなるかと思ったぜ……)
店長は知らなかった。
この後、第2派、第3派の青い服を着た男どもが来襲してくるのを……。
『見て見て! あの娘かわいい!』
『フリフリドレスが似合ってる。お人形さんみたい!』
『男の人も凄い美形。役者さんかな?』
秋葉原駅前を歩くカップルに向けられる黄色い声の数々。
チェスターコート姿の長身の紳士と、フリルたっぷりなドレスの少女の組み合わせは良くも悪くも目立つ存在であった。
(うぅ、もう帰りたい……)
そんな黄色い声が聞こえてしまった少女――テッド・ハーグリーヴスは悶絶していた。その様子が恥じらう乙女のように見えてしまい、かえって注目を浴びるという悪循環であった。
彼がこんな格好をしているのは、マルヴィナに強要されたからに他ならない。
プランBとは、ショタ化したテッドを女装させて暗殺者の眼を欺くことだったのである。
『ま、マルヴィナ? その手に持ってるフリフリなドレスは何かな!?』
『……』
『いや!? ちょ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?』
ショタ化したテッドに、迫りくる魔手を避けることは出来なかった。
マルヴィナは自分の服だけでなく、テッド用に下着にドレス、ウィッグ、その他小物類まで事前に準備していた。暗殺の脅威があろうが無かろうが、最初から女装させるつもりだったのである。
「……食べないの? このハンバーグ美味しいわよ?」
「ウン、ソウダネ……」
ピンクと赤を基調とした少女趣味全開な空間。
テッドとマルヴィナは、メイドカフェでランチを楽しんでいた。
このメイドカフェは、平成会が最近オープンさせた店であった。
霞が関の『カフェ テレメーア』で思いのほか転生者ホイホイ出来たので、二匹目のドジョウを狙うべく秋葉原に出店したのである。
(スカートだと下がスース―して気持ち悪い……)
慣れない女装による羞恥心で、テッドは食事どころでは無かった。
そんな状況を知ってか知らずか、マルヴィナは食後のデザートを注文する。
「……」
注文を取りに来たメイドに、別口でリクエストをするマルヴィナ。
困惑するメイドであったが、報酬に釣られて最終的に了承したのであった。
「みんな、今日は来てくれてありがとう! ただ今から、ライブを始めますっ!」
「「「おおおおおおおおっ!」」」
室内の照明が落とされて、代わりに踊り場にスポットライトが当たる。
唐突に始まったメイドたちのライブに、客たちは大いに盛り上がる。
この店では、リクエストすればメイドたちの生ライブを楽しむことが出来た。
メイドたちの歌とダンスは非常に高いレベルであり、目の肥えたアキバのオタクをホイホイするのに一役買っていたのである。
「ひっ!?」
悲鳴が出そうになるのをかろうじて抑えるテッド。
テーブル越しに、マルヴィナの足が股間を刺激していたのである。
「ひっ、ぐぅ……」
「ふふっ、ふふふ……」
赤面して見悶える少女(?)に、鼻血を出さんばかりに興奮するマルヴィナ。
異様な光景ではあったが、他の客はライブに熱中していて誰も気付かない。
「い、いや……ヤメテ!?」
「ここはそう言ってないみたいだけど?」
マルヴィナは、テッドの隣に移動する。
やはりというか、周りの人間はライブに夢中で気付かない。
札束ビンタして実現させた、メイドさんとっかえひっかえ2時間生ライブ。
その間、テッドはマルヴィナに嬲られ続けたのである。
二人の様子は客からは見えていなかったが、ライブするメイドたちからは丸見えであった。想像力たくましいメイドたちによって妄想は昇華され、逞しい黒人女性と華奢な白人男の娘のカップル同人誌が一大ジャンルを築くことになるのである。
「まだ見つからないのか!?」
1927年11月某日。
駐日ソ連大使に就任したばかりのアレクサンダー・アントノビッチ・トロヤノフスキーは、部下たちを叱責していた。
トロヤノフスキーは焦っていた。
尾崎とスメドレーによる列車追跡が不可能となった以上、ウォッチガードセキュリティの帝都観光がテッドを暗殺する最後のチャンスなのである。
「アキハバラで、何としても仕留めろ! 現地に行って督戦してこい!」
怒れる新任大使に恐れをなしたのか、転げるように部下たちは退出する。
静かになった執務室で、彼は失敗したときの言い訳を考えるのであった。
「駄目です。見つかりません」
「この期に及んで見つからないとは、同志の眼は節穴か!?」
秋葉原駅前に停められた黒塗りのセダン。
ノックして乗り込んできた部下に対して、現地指揮官は罵声を浴びせる。
「だいたい貴様は、前から気に喰わなかったんだ! 特にそのスカした面構えがな。貴様ばかりナンパに成功しやがって!」
「ど、同志。今はそんなことを言っている場合では……」
「やかましいっ!」
『そんな性格だから出世しないんですよ』と、言いたいところであるが、そんなことをすれば説教の時間が長くなるだけである。部下は上司の説教を適当に聞き流すことにした。
「あっ」
「どうした!?」
「今、黒人が……」
「なんだと!?」
それでも、外の監視を怠らないのが有能さの証である。
彼は、大勢の観光客の中からテッドとマルヴィナを見つけ出していた。
「やはり同志の眼は節穴だな! あれは男だ。女じゃない」
「男装の可能性があります。少なくとも背丈は合致してます。男性でもあれだけの身長はまずいませんよ?」
「だとしても、もう片方の説明がつかないだろうが!? それとも、変装で背丈と性別まで変えられるとでも言うのか?」
「そ、それはそうですが……」
しかし、この場合は指揮官のほうが正論である。
召喚魔法でターゲットがショタ化することを彼らは知らなかったし、知ったとしても絶対に信じないであろう。
「うぅ、マルヴィナが店でいやらしいことをしたせいで腰が……あっ……!?」
「もう歩けないのでしょう? お姫様だっこしてあげるわ」
「やめておろして恥ずかしいっ!?」
こんなことをやっても正体が露見しないのである。
プランBの威力は絶大であった。
「間違いない。リストに載っている工作員だ」
「しょっ引きますか?」
ターゲットを発見出来ない焦りから、ソ連側の動きは稚拙であった。
ソ連絶対殺すマンと化している公安が、それを見逃すはずも無かった。
「もう少し待とう。どうせなら、芋づる式にまとめて捕まえたい」
「了解です」
同日中に、指揮官もろともエージェントの大半が公安に捕縛された。
その後の『取り調べ』で洗いざらい吐かされることになるのである。
『既に主要な工作員は日本側の官憲に捕縛されており、これ以上の計画遂行は適当では無いと判断します』
トロヤノフスキーからの暗号電文を読んだスターリンは激怒した。
大使の解任も考えたが、ギリギリのところで思いとどまる。
スターリンは、トロヤノフスキーと直接の面識があった。
自ら駐日大使に推薦するくらいには、彼の有能さを買っていたのである。
自薦した人間を、任期開始直後に解任しようものなら信用問題である。
パビェーダ計画に目途が付いたことも、スターリンに自制を促していた。
ソ連版〇作戦とでも言うべきパビェーダ計画は、ソ連国内の工場にフォードシステムを導入することが骨子であった。この計画が実現したことでソ連の兵器の信頼性と生産量は飛躍的に向上したのである。
『暗殺計画は中止。以後は全ての資源と人材を西部国境へ集中せよ』
1927年11月下旬。
スターリンの命令によって、テッドの暗殺計画は正式に中止された。
同時に、戦争へのカウントダウンが開始された瞬間でもあった。
ドイツ帝国と二重帝国諸国連邦との国境は、開戦直前の緊張した空気に包まれたのである。
余計な邪魔が入らなくなったことで、慰安旅行はスムーズに進んだ。
ウォッチガードセキュリティの面々は、太平洋沿いに南下して11月末に再び下関へ到達。ウォッチガードセキュリティの面々は、日本を惜しみながら半島へ帰還したのである。
というわけで、今回で慰安旅行編は終了となります。
次回からは平和な日常が戻る……わけないよなぁ?
>平成飛行機工業
現状だと機体の生産よりも、エンジンのライセンス生産に重きを置いています。
キワモノに手を出したりもしていますが、マーリンの前身となるケストレルの生産と改良もやっています。
>スリーブバルブ
平成飛行機工業が手を出したキワモノその一。
史実で大出力航空機用エンジンとして実用化したのは英国ブリストル社のみというヤベェシロモノ。これをモノに出来たら、大半のエンジンは作れるんじゃないですかね?
>老舗旅館『べにや』
料理と温泉が楽しめる福井県の老舗旅館です。
>ソ連との国境線沿いに長大な塹壕陣地を建設中
英軍が第1次大戦時に建機を大量投入して塹壕を作り上げたのを見て、ドイツ帝国も建機の必要性を学んでいます。ただ、現状だと特許で縛られてしまうので、手っ取り早く輸入しています。そんなわけで、コマツや日立は大儲けしています。
>弾丸列車
この世界の日本では、鉄道省、私鉄、地下鉄の全てが標準軌で統一されて輸送効率が向上しましたが、それ以上に需要が多くて輸送が逼迫しています。その問題を解決するべく弾丸列車の実用化が進められています。動力は電気になるのは確定していますが、機関車タイプにするのか史実新幹線のように電車タイプにするのか、鉄道省では揉めに揉めていたりします。
>『喰い倒れ』
グルメ激戦区の秋葉原を1日中周回していました。
でも、お腹には限界があるのでガイドさんも含めて、とっかえひっかえです。
>『ラーメンい〇ず』
上京したてのころ、秋葉に行く度に食べてました。
妙に病みつきになる味でしたねぇ。あの頃の秋葉は、駅前の実演販売で啖呵売をつい聞き入ってしまったり、怪しげなサークルに勧誘されたりと、今思えば懐かしいですねぇ…(*´ω`)
>『ラジオ』
家電と真空管漁りで1日中以下略。
家電は、この時代だとラジオとレコード目当てですね。テレビも冷蔵庫も製品化されてないし。というか、重すぎて持ち帰れないし。
真空管は、この世界の日本だとST管が主流です。
第1次大戦の在庫の放出品とかは激安で売られています。
>総武線高架下の1坪商店
史実のラジオセンターです。
いろんな部品が、狭い場所に所狭しと売られています。
>3極真空管
この世界では英国が実用化しています。
リー・ド・フォレスト涙目ですw
>当時の真空管の生産は、大部分が手作業である。
これはWW2後も変わりません。チューブの中身は手作業で組み立てられてましたし、ポンプで空気を抜くのも手動でした。その気になれば、完全機械化も不可能では無かったでしょうけど、その前に半導体の時代が来てしまいました。
>大日本帝国中央情報局も公安も、暗号解読に躍起になっていたのである。
暗号解読については、蛍光表示管を使用した電子計算機が使えるのでJCIAのほうが先行しています。
>ガシャポン
おいらの地元鹿児島ではガチャガチャの呼び名が主流でしたねぇ。
怪しげなスライムとか、スプリングとか。いやぁ、じつに楽しかった(*´ω`)
>「「「殺してでも奪い取る」」」
レアものを手に入れたときのお約束のやり取りですね。
でも、今の世代に通じるかちょっと不安だったり(;^ω^)
>基本的に史実の艦〇れに準じたレアリティが設定されている
コモン→Sコモン→レア→Sレア→ホロ→Sホロ→Sホロ+桜吹雪ですね。
ウォー様はSホロ、他のQEタイプはレア扱いですが、こいつらは近代化改修でいくらでも化ける余地があったりしますw
>膨大な史料と絵師の血と汗と涙の結晶
史実艦これの場合、一例を挙げれば天龍の隻眼ですね。
ソロモン海戦のときに、探照灯の片方を破損してしまったエピソードをもとにしているらしいのですが、こういったのを史料から読み取って絵にするわけです。それを40隻分追加でやれって言われたら、そりゃ切れますよねぇ……。
>ショタ化したテッド
召喚魔法を使ったテッドくんが、目を血走らせたマルヴィナさんに勝てるはずも無いのです。
身体が縮んで、ブカブカになった衣類をひん剥かれてあぁ~んなことや、こぉ~んなことをやられちゃうのです( ̄人 ̄)合掌
>プランB
ちなみに、プランAはテッド君が召喚した正太郎ルック(上半身スーツに短パン)で変装する予定でした。
>メイドカフェ
モデルにしたのは、秋葉原の『めいどりーみん』です。
店主である平成会のモブが生前行きつけで、それを再現したという設定。
>逞しい黒人と華奢な白人ロリッ子のカップル同人誌
今後のコミケで、テッド君がこっちの界隈に迷い込まないことを心から祈るばかりです(酷
>アレクサンダー・アントノビッチ・トロヤノフスキー
ちょうどこの頃に駐日大使として着任しています。
史実だとスターリンが推薦するくらいには親密な関係のようで、今回のスターリンの勘気から逃れることに成功しています。ビジネスライクな人物なので、今後も出番があるかも?
>パビェーダ計画
ソ連版V作戦。
ギリギリのタイミングで間に合いました。
ソ連内の工場がフォードシステムに対応したことで、質を落とさないで大量生産が可能になりました。質と量を伴った赤軍が、鋼鉄の津波でブルジョワ共を薙ぎ倒す日は近い……!




