第75話 試される大地(自援絵有り)
「ほぅ、これはこれは……」
テキサス州エル・パソ郊外。
レフ・トロツキーは、日本からの手紙を読んでいた。
秘密警察の厳重な監視をかいくぐってアメリカに亡命したトロツキーは、アメリカ共産党に入党した。持ち前の指導力を発揮した彼は、瞬く間にアメリカ共産党の指導者になったのである。
マフィアやギャングの横暴に嫌気がさしていた南部の住民たちは、トロツキーの支持者となっていった。南部諸州に、スラブ系の移民が多いことも急激な支持増大に拍車をかけていた。
アメリカ風邪のエピデミックで国内の労働人口が壊滅した際に、ソ連と交わされた秘密条約が『米ソ貿易協定』である。現在もソ連側からは労働力が、アメリカ側からは技術と資源がバーターで取引されていた。
アメリカに無条件で移民出来ると聞いて喜び勇んで応じてみれば、南部で奴隷の如く扱き使われる。こんなはずじゃなかったと嘆いていたところに現れたのが、救世主だったというわけである。
目に見えたリターンが無かったことも、南部でマフィアやギャングが支持されない原因であろう。これが都市部ならば税金やサービスその他で様々な優遇が受けられたのであるが、南部のド田舎では優遇されるサービスなど無いのである。
現在のトロツキーは、アメリカを共産化するべく革命軍の創設に奔走していた。
軍隊を運営するとなると専門知識を持った人材が不可欠である。トロツキー自身があたれば良いのであるが、書記長に就任したために政治的な案件に対処する必要があるために手が足りなかった。
人材が足りないなら、他所から引っ張って来れば良い――そう考えたトロツキーは、ミハイル・ニコラエヴィチ・トハチェフスキーに声をかけた。史実では赤いナポレオンとまで呼ばれて軍事的才能を賞賛されたトハチェフスキーであったが、この世界ではスターリンからは疎んじられて粛清を待つ身であった。
手紙を受け取ったトハチェフスキーは、事故を装って家族といっしょに亡命した。同様に粛清されるはずだった部下たちもセットである。思わぬ手土産に、トロツキーが喜んだのは言うまでもない。
「同志トハチェフスキー、日本の同志から面白い手紙が来ているぞ」
「拝見しましょう……これは本当のことなのですか?」
「わたしも信じられなかったが、情報源は信頼出来る。おそらく事実だろう」
「仮にも全権大使が、それもイギリスの大使が護衛も付けずに慰安旅行とは。罠ではないかと疑ってしまいますな」
トロツキーから手紙を受け取ったトハチェフスキーは困惑する。
手紙に書かれていた内容は、彼の常識を超えるものだったのである。
「罠だとしても、これが事実ならば暗殺を試す価値はあると思わないかね?」
「ドーセット公を消すことが出来れば、日英関係は確実に悪化するでしょうな」
「かなりの分野で日本はイギリスに依存している。長期にわたって混乱することになるだろう」
「我らが決起するときに、外敵は少ないに越したことないというわけですか」
南北戦争の如く、革命軍は南部から北部へ攻め上がるつもりであった。
その際に、西海岸に日本がちょっかいをかけてくるのは避けたかったのである。
「またとないチャンスであることは分かりました。しかし、どうやって暗殺するんです? 我らにはそういったことに向いた人材はいませんよ?」
「勿論、言い出しっぺにやってもらう。元より、成功すれば御の字程度しか考えておらんよ」
「それを聞いて安心しました。あの胡散臭い連中に、そんなことが出来るのか甚だ疑問ですけどね」
トハチェフスキーは、手紙の主――何年か前に会った日本人を思い出す。
共産主義者というよりも、トロツキーを崇拝しているように見えて不気味な男であった。
「さて、この話はもう終わりだ。革命軍の編成はどうなっているかね?」
唐突に話題を変えるトロツキー。
彼の中では、既に終わった話なのである。
「兵士の訓練は順調に進んでいますが、前線指揮官の数が足りていません」
「マフィアどもは、退役軍人をヘッドハンティングしていると聞く。我らも同様のことは出来ないのか?」
「不可能では無いですが、あまり露骨にやると目を付けられる恐れがあります」
「地道に錬成するしか無いか……」
前線で戦闘を指揮する人材が不足しているのが革命軍の泣き所であった。
兵士と違って、そういった人材は畑から取れないのである。
「装備の充足率はどうなっている?」
「こちらは怖いくらいに順調です。さすがは、持てる国ですな」
多少、皮肉も込めるトハチェフスキー。
無い無い尽くしだった祖国に比べて、アメリカではあらゆるものが揃っていたのである。
アメリカの場合、ちょっとした町工場で銃器の量産が可能である。
自動車修理工場であれば、軽戦車すら製造することが可能であった。これには、ソ連から連れて来た技術者が嫉妬したほどであった。
「……我らの決起は、おそらく10年以内のことであろう。それまでに革命軍を戦えるようにする必要がある」
「了解しました。軍の錬成に全力を尽くします」
「頼むぞ」
裏社会の住民は、決起の瞬間まで革命軍の存在に気付くことが出来なかった。
彼らがマネーゲームと投資にかまけているうちに、革命軍は着実に戦力を蓄えていくことになるのである。
「……首謀者はまだ捕まらないのか!?」
「全力で探していますが、協力者が多くて難航しています」
「ドーセット公の特別列車がもうすぐやって来るというのに、なんということだ!」
1927年10月下旬。
札幌市内の雑居ビルの一室で、平成会北海道倶楽部のモブたちが頭を抱えていた。
平成会北海道倶楽部は、平成会県人会の北海道版である。
現在、彼らは道内各地で発生しているテロ活動の対処に追われていた。
『本土からの搾取を許すな!』
『我らは誇り高い独立国である!』
『アイヌ人によるアイヌ人のための国家建設を!』
日露戦争後、北海道では日本からの独立を求める運動が起きていた。
最近では破壊活動を頻繁に繰り返しており、北海道警察は警官を総動員して犯人を追っていたのである。
「しかし、裏でソ連が支援しているとなると、最終的にいたちごっこになりかねませんよ?」
「いたちごっこでも何でも良い。とにかく、ドーセット公がお帰りいただくまで事を起こさせないようにせねばならんのだ!」
「ドーセット公には申し訳ないですが、適当な理由をつけて都市部への停車はご遠慮願いましょう。それだけでも、テロの可能性はだいぶ減らせるはずです」
大日本帝国中央情報局の調査によって、ソ連が極秘裏に独立運動を支援していることが判明していた。平成会チートでパワーアップした日本にボコボコにされたソ連は、正攻法で挑むのは危険と判断して搦め手を使って弱体化させることを目論んでいたのである。
「ソ連絡みということで、公安警察も動いてくれている。捕縛まで時間はかからないはず」
「大丈夫ですかね。連中、大阪でやらかしたんでしょう?」
「その雪辱を晴らすためにも、死物狂いで捜査するだろうよ」
公安は、史実では特別高等警察と呼ばれた思想警察である。
いわゆる秘密警察であるが、この世界では平成会が関与して名称が改められていた。
世間では『大阪怪電波事件』呼ばれている事件は、未だに犯人は捕まっていなかった。半月ほど前に、ぱったりと電波発信が止んでしまったのである。
関係者の間では捜査に気付いて逃亡したとの見方が大多数であり、逮捕直前まで追い込んでおいて逃がしてしまった公安への批判が高まっていた。
しかし、JCIAも公安も気付いていなかった。
ソ連以外にも暗躍している勢力が存在していたのである。
「同志トロツキーから返事が来たぞ!」
「……可能であれば、ドーセット公を暗殺せよ、か」
「同志に褒められるチャンスだ。何が何でも成功させねばならんな!」
奇しくも同時刻。
北海道倶楽部のモブたちが頭を抱えている部屋とは別の部屋で謀が進行していた。
彼らも北海道俱楽部所属のモブであるが、全員に共通点が存在した。
それは前世が革マ〇派だったことである。
史実において、プロレタリア世界革命と日本革命を目指していた団体が革マ〇派である。『日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派』が正式名称であり、思想的にはマルクス、レーニン、トロツキーの革命理論を基礎としていた。
彼らにとって、ソ連の暗躍は都合の良いことであったが共闘はしなかった。
革マル派の思想の根幹にあるのは、反帝国主義とスターリン主義打倒だからである。
「前世では活動資金を作るのにも苦労したものだが、この世界は最高だな」
「おまけに、平成会という都合の良い組織もある」
「身内面していれば、とことん甘いからな。まぁ、世界革命が成ったら全員粛清するがね」
手始めに北海道を独立させ、最終的に日本全土を革命することが平成会革〇ル派の目的であった。前世とは違い、平成会の身内なので人・モノ・金に不自由することは無い。北海道内に密かに設けた拠点に、革命のために必要となる武器弾薬を集積していたのである。
「情報によると、特別列車はダイヤを無視して移動するために夜間運行している」
「襲撃するのには好都合だな」
「所詮は、非武装の列車だ。どうとでもなるだろう」
「ターゲットはドーセット公だが、多少巻き添えにしても構わんだろう。むしろ、被害が出たほうが政権へのダメージは大きいからな」
襲撃計画を練る革〇ル派。
獅子身中の虫とはこのことであろう。
『試される大地』は史実では北海道の代名詞であった。
テッドと愉快な仲間たちは、この世界の北海道で文字通りの意味で試されることになるのである。
『本日現時刻をもって、フィリピン自治政府はマハルリカ共和国として独立を宣言します! 我々は世界の国々と共に歩んでいけることを信じています……』
初代大統領マニュエル・ケソンの声が、青函連絡船『風蓮丸』のラジオから響き渡る。『マハルリカ共和国』誕生の瞬間であり、同時にアメリカが有力にして唯一と言っても良い植民地を失った瞬間でもあった。
国号にフィリピンの名を冠しなかったのは、スペインとアメリカによる支配の歴史から脱却し、自らの足で歩くという意思表示である――と、言えば聞こえが良いが、少しでも国民の支持を集めるための苦肉の策であった。
元アメリカ人が政権を独占している現状を、大多数のネイティブなフィリピン人は良く思っていなかった。不満の矛先を少しでも逸らすのと、独立の機運を盛り上げるために、敢えてフィリピンの名を捨てたのである。
ちなみに、マハルリカは『気高く誕生した』という意味を持つサンスクリット語が由来の言葉である。史実においては、マルコス大統領が国号をマハルリカに変更するように求めたが実現しなかった。21世紀に入り、ドゥテルテ大統領が再び発案して議論を呼んでいるのである。
「ほほぅ。こりゃ、ボーヤが忙しくなるだろうなぁ……」
ラジオを聞きながら新聞を読むシドニー・ライリーは、独り言ちる。
「えっ、フィリピンが独立するとボスが忙しくなるのですか?」
傍でコーヒーを飲んでいたトマス・エドワード・ロレンスにまで聞こえたらしく、シドニー・ライリーに質問する。
「あぁ、いや。フィリピン……おっと、マハルリカ共和国ですか。あの国が真っ先に頼るのは日本です。日本と貿易するにはイギリスの承諾がいるわけです」
「なるほど。そこでボスの出番になるわけですね」
「そういうことです」
シドニー・ライリーの説明に得心するロレンス。
そして、話題の主役が居ないことに気付く。
「そういえば、ボスは何処に行ったのです?」
「ボーヤなら、潮風にあたりたいといってデッキの方へ行きましたよ。寒いのに物好きなこった」
肩をすくめるシドニー・ライリー。
津軽海峡では、南北から迂回してきた季節風が集中するため風が強くなる傾向がある。10月下旬ともなれば空気も冷たい。外に出るのは、よほどの物好きであろう。
「津軽海峡ぉ〇景色ぃぃぃぃぃぃっ!」
冷たい風が吹きすさぶ甲板で、熱唱する怪しい男。
言うまでもなく、テッド・ハーグリーヴスである。
「……テッド。いい加減にしないと風邪をひくわよ?」
長時間寒風にさらされて顔色は悪く、しかも震えている。
そんなテッドを、マルヴィナは呆れた様子で見守っていた。
「さっきから歌っているのは、エンカってやつなの?」
「うん。前世では好きな曲で、よく歌ってたんだよ……」
鼻水をたらしながら、戻ってくるテッド。
そんな様子を見たマルヴィナは、両手を広げ……。
「んぶぅっ!?」
がっちりとハグする。
上背で勝っているうえに、両脇の下から手を回しているので脱出は不可能である。
「……可哀そうに。暖めてあげるわ」
「んぶうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
顔面どころか、両耳までスイカップに埋まっている。
呼吸困難に陥って、ただでさえ悪かった顔色がさらに悪くなっていく。
「……あら?」
今更ながらに、テッドが失神していたことに気付く。
しかし、マルヴィナはこれ幸いと、トイレに連れ込むのであった。
(ジャパンでは、トイレでするのが伝統なのよね……)
変態の国日本と言えど、そんな伝統は存在しない。
日本語を学ぶために同人誌に手を出してしまったがために、マルヴィナは変態的な常識を身に着けてしまっていた。
「むぐーっ!?」
「大声出すとバレるわよ? 大人しくして」
風蓮丸に多目的トイレが備え付けられていたのは、不幸中の幸いであった。
普通の個室トイレに二人入ったら、身動きを取るのは難しかったであろう。
戦前のトイレ事情は、現代と比べ物にならないくらい酷いものであった。
大半は和式トイレであるし、船舶には洋式トイレが備え付けられていたが個室スペースは狭かった。
しかし、この世界では平成会が介入したことで史実現代並みに改善されていた。
主に女子モブが強く主張して、トイレ環境の改善が実施されてきたのである。多目的トイレの設置もその一環であった。
逆に言えば、テッドは平成会のせいで逆〇されているとも言える。
口を塞がれたままの行為は、その後1時間程続いたのであった。
「急げっ! 郊外に出たら追いつけないぞっ!」
線路沿いに爆走する2台の自動車。
平成会革マ〇派の実働部隊である。
「手はず通りに行くぞ。先頭と最後尾を狙う」
「異議ナシ!」
自動車は二手に分かれて、先頭の機関車と最後尾の車両を狙う。
この時点で、彼らは勝利を確信していたのである。
「うーむ。致し方ないとはいえ、風景が見えないのは面白くないな……」
傷だらけの容貌な部長は、ぼやいていた。
エスケーピングコリアン号は函館近郊を徐行運転中であったが、深夜なので風景を楽しむことが出来なかったのである。
「ん?」
ふと感じる違和感。
後方を見やると、自動車のライトらしきものがかすかに見え隠れしていた。
古傷が疼く。
第1次大戦の激戦地を生き抜いてきた経験と勘が、敵襲を告げていたのである。
「……おい、ボスに報告してこい。襲撃だってな!」
「イエッサー!」
最後尾の車両へ走る隊員。
その動きには、全く迷いと言うものがない。なんのかんの言っても、この傷だらけの部長は信用されているのである。
「部長。ボスから火器使用許可が出ました。ただ、可能ならば生け捕りにしてくれとのことでした!」
テッドの反応も早かった。
以前にコミンテルンの件で、シドニー・ライリーから警告されていたからである。
「委細承知! 野郎ども、戦闘準備だ!」
「「「イエッサー!」」」
嬉々として、隠していた武器を引っ張り出す隊員たち。。
慰安旅行に武器を持ち込んではならないという法律は無い。
ついでに言えば、この時代の日本には銃刀法は存在しない。
郵便局員が護身のために、拳銃を持つことすら認められているのである。
一方で、万全の体勢で待ち構えているとは思ってもいない革マ〇派は、全く警戒せずに列車に近づいていた。
「もう少し……もう少し……よし、良いぞっ!」
後方から接近し、車両後端の手すりを掴んで飛び移る。
拳銃を構えてドアを開け――ようとして、勝手に開く。
「いらっしゃい」
伸びてきた手が、胸倉を引っ掴む。
テッドの背負い投げで、あっさりと侵入者は失神した。
「おい、どうした!?」
続いて入ってきた侵入者は、伸びてきた褐色の腕に捉えられた。
マルヴィナのネック・ハンギング・ツリーからの投げで、脳天から床に叩きつけられる。
「ちょ、マルヴィナ!? 殺さないでよ!?」
「手加減はしたわ」
所詮は素人、武器と人数を頼ったところでテッドとマルヴィナの敵では無い。
全員が無力化されるまで、さほど時間はかからなかった。
機関車の制圧に向かった組も同様の運命を辿ることになった。
万全の体勢で待ち伏せしているとは、夢にも思っていなかったのである。
「動くな! この機関車は占拠した。大人しく……って、えっ?」
「「「Welcome!」」」
運転席で侵入者を待ち受けていたのは、多数の銃口であった。
ピクリとも動かないバトルライフル(Rifle No.4 Mk 3)の銃口は、侵入者の戦意を喪失させるには十分過ぎた。
「う、撃たないでくれ!」
「降伏する。降伏するから命だけは!?」
彼らに出来たのは、拳銃を捨てて両手を上げることのみであった。
無抵抗な相手だからイキれるのであって、本職相手には無力なのがテロリストの常である。
「Put your hands hehind your back!」
「Put your hands on the wall!」
「くそっ!? 英語で何言ってるか分かんねーよ!?」
「痛い痛いっ!?」
侵入者たちは、膝立ちで両腕を後ろで組まされて武装解除された。
その後は、猿ぐつわと両手両足を縛られて完全に無力化されたのである。
「ちっ、歯応えが無いな。おい、機関車を止めろ。まだ外にいる連中もふんじばって来い」
「「「イエッサー!」」」
列車が停止したことで、制圧が成功したと信じてしまったドライバー役も捕縛された。革〇ル派の実働部隊は、あっさりと壊滅したのである。
「さて、どうしたものかなこれは……」
ため息をつくテッド。
彼の目の前には、イモムシと化した襲撃者たちが転がされていた。
「帝国主義の犬め!」
「打倒帝国主義! イギリスによる世界支配は終わらさなければならない!」
「プロレタリア世界革命は日本革命から始まるのだ!」
猿ぐつわを外すと喚き始める。
はっきり言って、うざいことこの上ない。
「連中は日本語しか話せないようだし、尋問は俺が行うが良いか?」
「そのことなんだけど……ちょっと場所を変えようか」
尋問しようとしたシドニー・ライリーを止めるテッド。
内密にしたいので、マルヴィナとの愛の巣――もとい、最後尾の車両まで移動する。
「……おそらく、連中は平成会だと思う」
「なんだと!?」
驚愕するシドニー・ライリー。
平成会が無条件で味方と信じていたので、大きな衝撃を受けていたのである。
「僕を含めた平成会のメンバーの記憶については、以前話したよね?」
「あぁ、円卓のようにごく一部ではなく、前世の記憶が全て引き継がれているとのことだったな」
この世界の住民は、前世の記憶を保持している。
大半の人間は前世の記憶を覚醒させることなく生涯を終えてしまうのであるが、病気や臨死体験などが原因で思い出すことがある。
思い出せる記憶は個人差はあるものの、前世の記憶のごく一部に過ぎない。
たとえ思い出せたとしても、そのままでは役に立たない。
しかし、ごく一部であっても集めればどうなるか?
そういった人間が集まって組織化されたのが円卓であり、集合知によって記憶を補完して役立てているのである。
テッドや平成会のメンバーは、この世界の住民ではない。
この世界のルールが適用されないために、生前の記憶を全て保持しているのである。
「連中の話を聞いていたら、生前の左翼過激派と一致してるんだ」
「だが、それだけで平成会と決めつけるのはどうかと思うぞ。転生者とやらが、必ずしも平成会に所属しているとは限らないだろうに」
「でも、この時代だと平成会のような組織を介さないと出会うのは無理だと思うんだよね……」
この時代にインターネットという文明の利器は存在しない。
革マ〇派が出会うには、平成会を介さないとまず無理であろう。不可能とまでは言わないが、砂漠でコンタクトレンズを探すくらいには難易度は高い。
「まぁ、そこらへんは尋問すれば分かることか」
「平成会の可能性もあるから、身体に傷が残るような拷問は無しの方向でお願い」
「あー、それがあったか。こりゃ長期戦も覚悟だな……」
思わずぼやいてしまうシドニー・ライリー。
あっさり降伏した様子からして、尋問には拷問が最適と判断していたのである。
「いやいや、身体に傷を残さない拷問をすれば良いじゃない」
「そんなのあるのか?」
「肉体的な拷問よりも、精神的拷問のほうが効くんだよ……」
不気味な笑みを浮かべるテッド。
実際、呆れるほど有効な手段だったのである。
「資金潤沢なテロリストほど厄介なものは無いな」
「まったくだよ。このまま放置してたら革命を起こしてたかもね……」
テッド発案による睡眠はく奪、ストレス・ポジション、中国式水攻めによって、革マ〇派は三日も持たずに自白した。その内容は恐るべきものであった。
「で、どうするんだ。平成会にチクるのか?」
「それも考えたんだけど、どうせなら、うちらで潰しておこうよ」
「そりゃまたどうして?」
「北海道の平成会に伝えるのは簡単だけど、その過程で情報が漏洩して逃げられたら意味が無い」
今回の革マ〇派のような存在――いわゆる身内を北海道倶楽部が処断出来るかテッドは疑問視していた。チクっても、なぁなぁで済まされる可能性を恐れたのである。
「今なら拠点を叩くチャンスというわけか」
「東京に戻ったら事後報告で伝えておけば問題無しだよ。まぁ、現地の平成会が多少割を食うかもしれないけどね」
意地の悪い笑みを浮かべるテッド。
もっともらしい理由をつけて、都市部での停車を拒否した平成会北海道倶楽部の連中を恨んでいるわけではない。多分。
「幸い、武器も兵力もあるし。優秀な斥候もいるし」
「おいおい、俺を扱き使おうって言うのか?」
「でも、好きでしょ? こういうミッション」
「それはまぁ、な」
不敵な表情となるシドニー・ライリー。
マスタースパイの異名は伊達では無いのである。
『各員に通達。これより拠点に立てこもるテロリスト掃討作戦を開始する。火器使用許可繰り返す、ウェポンズフリー。いつでも動けるようにして待機せよ』
「「「おおおおおお!」」」
スピーカーから流れる戦闘命令に、列車内の隊員たちは歓喜する。
北海道に入ってから、観光も出来ずに列車内に缶詰にされていた。溜まりまくったフラストレーションを開放する絶好の機会だったのである。
(此処か。またえらく金をかけてやがるな……)
石北本線天幕駅近郊。
天竜鉱山精錬所に、シドニー・ライリーは潜入していた。
天竜鉱山は、史実では北海道の金鉱産額のトップ5に入る鉱山である。
他山から鉱石を購入して精錬のみを行うという点で、この鉱山は特異な存在であった。
史実においては、自産の無い鉱山に精錬所を許可しないのが政府の方針であった。しかし、天竜鉱山は先に精錬所を稼働させて他所からの鉱石を精錬しつつ、金鉱を探すという賭けに出たのである。その結果は、昭和15年に閉山という無惨なものであった。
この世界の天竜鉱山は、平成会革〇ル派に目を付けられた。
経営を乗っ取り、精錬所を稼働させて利益を得るのと同時に、新たな金鉱を探すために試掘を頻繁に行っていたのである。
革〇ル派にとって試掘自体に大した意味は無い。
せいぜい、出れば儲けもの程度の感覚であった。
試掘と称して線路を敷き、採掘機械を大々的に入れて横穴を掘る。
あとは内部を補強して、武器弾薬の集積と居住スペースを設ければ立派な拠点の完成である。
平成会に所属していれば、史実知識を活かした儲け話などいくらでもある。
革マ〇派は、稼いだ金を拠点の拡充に注ぎ込んでいたのである。
(ここは弾薬庫か。軍隊と変わらんレベルじゃないか……)
チート級のスニーキングスキルで、難なく弾薬庫に進入する。
小銃や手りゅう弾といった小火器だけでなく、山砲や榴弾砲まで備蓄されていたのである。
「……お帰り。どうだった?」
「なかなか気合の入った拠点だったぞ。ちょっとした要塞だ」
1時間後。
シドニー・ライリーは、エスケーピングコリアン号に帰還していた。
「そりゃ、落とすのはめんどいな。犠牲も出るかもしれない……」
簡単な倉庫くらいに考えていたテッドは、要塞と聞いて渋面となる。
「中に居た連中は素人同然だった。急襲すれば簡単に落とせるだろうよ」
テッドとは対照的に、シドニー・ライリーは楽観的であった。
「その根拠は何処にあるのさ?」
「ほれ。中の地図と警備の位置。あとは歩哨の間隔な」
シドニー・ライリーは、革〇ル派の拠点を隅から隅まで調べ上げていた。
どこぞの蛇の人もビックリのスニーキング力である。
「ここまでお膳立てされたら、やるしかないか」
かくして、テッドは決断する。
弾薬庫を爆破されて革〇ル派の拠点が壊滅したのは、それから3時間後のことであった。
「……で、こいつらどうするんだ?」
「あ、頭が痛い……」
テッドとシドニー・ライリーの前に転がされる大量のイモムシたち。
制圧作戦自体は怪我人皆無で無事終了したのであるが、余計なおまけも付いてきたのである。
「これだけの捕虜を延々と引き連れていくわけにはいかない。北海道の平成会に引き渡すよ」
そう言いつつ、テッドは密かに捕虜を観察する。
シドニー・ライリーも同様である。
(こりゃ、東京の平成会に報告したほうが良いな……)
何処となくほっとした様子のイモムシたちを見て、内心でため息をつくテッド。
北海道俱楽部があてにならないことを、彼らの態度で確信したのである。
北海道倶楽部の特徴は、メンバーに左寄りの人間が異常に多いことである。
これは、彼らが生前に受けていた教育に根差す深刻な問題であった。
日本の教育を牛耳る日教組は史実ではアカの牙城扱いされているが、その北海道版である北教組は革マル派で左傾ぶりは筋金入りであった。義務教育で、北教組の教育を受けた人間は自然と左寄りとなるわけである。
そんな事情をテッドは知る由も無い。
しかし、ここまで革〇ル派をのさばらせてしまった北海道俱楽部は有罪確定である。
この問題を、テッドは放置するつもりは無かった。
現地の人間があてにならないのであれば、あてになる人間を頼れば良いだけなのである。
「あのアホどもめ!? なんということをしてくれたんだ!?」
「幸い未遂に終わりましたし、下手人も引き渡してくれました。東京への報告は、どうとでも出来ます」
「良い機会だから天竜鉱山を閉鎖しましょう。革マ〇派の拠点の証拠隠滅も出来て一石二鳥です」
襲撃事件を知らされた北海道俱楽部が、大混乱に陥ったのは言うまでもない。
しかし、最終的に彼らは事なかれ主義に走った。
「か、会長!? そ、外に……!」
東京への無難な報告書が完成してひと安心なところに、焦った様子のモブが飛び込んでくる。
「「「げぇっ!?」」」
何事かと窓を外を見たモブ一同は絶句する。
外には大量のトラックと黒服たち。どう見てもガサ入れである。
テッドからの手紙に、平成会首脳陣は激怒した。
直ちに、北海道へ部隊を派遣したのである。
『これより緊急査察を実施する。抵抗は無意味だ!』
かつてテッドの接待役も務めた眼鏡くんが、外からスピーカーでがなり立てる。
モブでありながらも、彼はハイスペックで何でも出来るので貧乏くじを引かされることが多い。今回も是非にと拝み倒されて北海道まで出張っていたのである。
「北海道から連絡が来ました。全員の捕縛と証拠品の押収が完了したとのことです」
「これで証拠隠滅される恐れは無くなったな。実態調査も捗ることだろう」
帝都丸の内の平成会館。
大会議室に集まった平成会の首脳陣は、北海道俱楽部の処遇について話し合っていた。
「しかし、革〇ル派を飼っていたとは。北海道倶楽部の連中は何を考えていたんだか」
「おそらく猫を被っていたんでしょう。最初から革マ〇派と知っていれば違った対応をしていた……はず」
「どうでしょうねぇ? 史実だと北海道は左翼勢力が強い土地柄でしたし、実害が無ければ放置してたと思いますよ」
「左翼思想に権力が結びついたらロクなことにならん。思想チェックを義務付けるべきでは?」
今回の事件を受けて、平成会のメンバーには定期的な思想チェックが義務付けられることになる。生前の記憶と価値観が引き継がれていることが問題視されたのである。
「この世界の北海道は、ソ連による思想攻撃が浸透しつつある。早急に手を打つ必要があるな」
「日露戦争で史実並みに苦戦していれば、ソ連に対する危機感も煽れたんですけどね……」
「完勝してしまったせいで、ソ連を見下す向きすらあるからなぁ」
史実以上の戦力と、史実知識を活かした適切なカウンター戦術によって、この世界の日露戦争は日本が圧勝していた。
戦前はロシア脅威論が広まっていたのに、ふたを開けてみれば歴史に残るレベルでの完勝である。この世界の日本人が、ロシア(とソ連)を侮るのも致し方なしであろう。
「メディアを使って啓蒙する必要がありますね。万人受けするとなれば、やはり漫画でしょうか」
「一番効果があるのはアニメなんだが。我が国ではまだ無理だよな?」
「N〇Kの技術者が頑張ってはいますが、試験放送のレベルを出ていません」
「新聞の広告でも効果は期待出来る。こういうのは、継続してやっていかないと意味が無い」
10年以上続いている平和は、国民の危機意識を緩めるには十分な時間であった。この事件後、ソ連の危険性を訴える政府広報が頻繁に新聞に掲載されることになるのである。
「そういえば、捕縛した連中はどうしたんだ? 明白な罪状も無いのに、いきなりブタ箱にぶち込むわけにはいかんだろう」
「あいつらなら、無期限で隔離病棟へ送っています。反省したら出所させる予定です。無論、監視は付けさせてもらいますが」
隔離病棟は平成会によって運営される施設である。
病院呼ばわりされてはいるが、その実質は監獄と大差無い。
「その間に北海道俱楽部の刷新を図るわけだな」
「少なくともトップは、うちから出したほうが良いでしょう。会長を含めた幹部は全員降格です」
「しかし、適当な人間がいるか? 好き好んで北海道へ出張するヤツなんていないだろう」
「いるじゃないですか。現在進行形で北海道で仕事をしている人間が」
結局、全会一致でメガネくんは北海道俱楽部の暫定会長に就任することになる。
どこまでも貧乏くじをひく男であるが、能力があっても幸せに生きれるとは限らないという好例であろう。
「それにしても、ドーセット公が戻ってきたら全力で詫びを入れないといけないな……」
「土下座で許してくれたら良いのですが、無理難題をふっかけてくるやもしれませんよ?」
「そうは言っても、今回は全面的にこっちが悪い。多少の無理は聞かざるを得ないだろう」
テッドの報復を恐れる平成会のモブ一同。
彼自身は、そんなこと毛頭も考えていないのであるが。
今回の慰安旅行で金をむしり取っている自覚があるだけに、平成会側はテッドの『お願い』を断ることが出来なくなったのである。面倒ごとに巻き込まれることが確定したわけであるが、元々の原因は見積もり過大な慰安旅行による予算ひっ迫なので自業自得であった。
ちょっと巻きが入ってます。
都道府県ごとに書いていこうと思ったのですが、それをやっちゃうと際限なく続いてしまうので適当に端折ることにしました。リクエストがあれば、自援SSで書いてみようと思います。
>米ソ貿易協定
第37話『暗黒新大陸』参照。
アメリカとソ連の間で締結された秘密条約です。
>事故を装って家族といっしょに亡命した。
第54話『情報収集』参照。
やっぱり生きてたトハチェフスキー。革命軍がべらぼうに強化されるフラグが立ちましたw
>平成会北海道倶楽部
平成会の県人会の中でも異色の存在。
中央に口は出さないが、口を出されるのも嫌うというモンロー主義を貫く。放置した結果がこれなので、今後は中央から強い統制を受けることになります。
>『大阪怪電波事件』
第69話『ウォッチガードセキュリティ壊滅す!』と第71話『欧州情勢は複雑怪奇』参照。
技術指導した平成会のモブが早々に帰ってしまったせいで、尾崎は幸運にも網をすり抜けています。
>革マ〇派
当然中〇派のモブも存在します。
>『試される大地』
北海道の代名詞。
今回は物理的に試されるお話となりましたw
>マハルリカ共和国
史実だと御上は盛り上げようと必死だけど、現地の人たちは国号の変更にあまり興味が無い様子。そもそもシェスタ大好きな国民性からして、植民地の名残なわけで。今回の場合は、政治的必要性で実現しています。
>「津軽海峡ぉ〇景色ぃぃぃぃぃぃっ!」
超有名で説明不要。
替え歌も多数。
>火器使用許可
ミリオタならば、一度は言ってみたい言葉。
オールウェポンフリーと、ウェポンズフリー。どっちもかっこよす(*´ω`)
> 傷だらけの容貌な部長
初出は第58話『朝鮮事変』ですが、以後もちょい役で出てきています。
そのうち自援絵で描くかも?w
>郵便局員が護身のために、拳銃を持つことすら認められているのである。
さすがに無条件で携帯が認められていたわけではありません。
現金書留など、金品を運ぶ際に認められていたそうです。
>睡眠はく奪、ストレス・ポジション、中国式水攻め
いわゆる精神的拷問ってやつですが、史実だとCIAが多用していたことで有名です。
>眼鏡くん
モブだけど有能なので、ここぞとばかりに使い倒されています。
某水葬戦記の総理大臣を彷彿とさせますね(酷
>隔離病棟
『変態日本スカウト事情―転生者ハント編―』参照。
いわゆる鉄格子の付いた黄色い病院です。
9条教などの左巻きな連中が収容されています。