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第70話 6年前からの因縁(自援絵有り)


「うぅっ、太陽が黄色い……」


 ステッキを杖替わりに歩くテッド・ハーグリーヴス。

 青白い表情で、ふらつきながら歩く姿は病人の如しである。


「テッドは、もう少し身体を鍛えたほうが良いわよ?」


 彼の隣を歩くマルヴィナは呆れた様子である。

 妙にツヤツヤしているように見えるのは、決して気のせいでは無い。


(夜通し動き続けた体力馬鹿なマルヴィナに言われたくないってば!?)


 ――とは、さすがに怖くて口に出せないテッド。

 彼とてチートオリ主の端くれである。武術家としての実力も超一流であったが、褐色の野獣と化したマルヴィナに一方的に蹂躙されていたのである。


「そ、それにしても、さすがは有名な温泉街だけあってお土産とか充実しているね」

「そうなの?」


 二人が歩くのは、駅前の商店街である。

 深夜に下関を出発したエスケーピングコリアン号は、途中で山口線に乗り入れて湯田駅に到着していた。


 湯田温泉は、山口県を代表する温泉の一つである。

 その歴史は、600年とも800年とも言われるほどに長い歴史を誇る。


 駅前は観光客相手の土産物屋が林立しており、店員が威勢の良い掛け声と共に客引きをしていた。せっかくなので、(マルヴィナに物怖じせずに)声をかけてきた土産屋に入店する。


「まぁ、かわいい!」


挿絵(By みてみん)


 陳列された湯呑みを見たマルヴィナが黄色い声をあげる。

 何やら火がついてしまったのか、凄い勢いで土産物を漁っていく。


「……申し訳ない。彼女は可愛いモノ好きなんだ」


 何か言いたげな店員に、速攻で謝罪するテッド。

 その見た目とは裏腹に、マルヴィナは可愛いものが大好きであった。彼女の部屋が少女趣味で満たされているとは誰も信じないであろうが、事実なのだからしょうがない。


(これって、ファンシー絵みやげじゃないか……)


 デフォルメされた白狐と日本語ローマ字がプリントされた湯呑を見て、生前の記憶が蘇る。店内を見渡すと、生前に国内の土産屋で見た懐かしい商品が所せましと並べられていたのである。


 ファンシー絵みやげは、史実平成の世で土産物として一世を風靡した。

 かわいくデフォルメされたご当地の名物や人物に、日本語をわざわざローマ字にして書いてあるのが特徴である。


 昭和の観光地土産の大定番であった地名入りキーホルダーとは異なり、ファンシー絵みやげは定規やルームプレートなど実用性のある商品が多い。キーホルダーはコレクション的な価値があるので、それはそれで有用ではあるが。


「あー、店員さん? これって、ひょっとして……」

「ふふふ……お察しの通りですよドーセット公」

「!? 僕のことを知っているということは平成会か」

「ご明察。ここらへんの土産屋は、我ら平成会山口県人会の手のうちなのですよっ!」


 不敵に笑う平成会のモブ店員。

 当然と言うべきか、ファンシー絵みやげは平成会の仕業であった。


「ドーセット公。貴方に分かりますか? 『山口市の認知度は47都道府県で最下位』なんて言われた我ら山口県民の憤りがっ!?」

「お、おぅ……」

「『合併前の山口市の人口は都道府県所在地最小』なんてことも言われたら、腹が立ちませんかっ!?」

「わ、分かった。分かったから、ちょっとディスタンスを取ろうな……」

 

 どアップで迫るモブ店員に辟易するテッド。

 モブなのに、異様な迫力である。


 平成会山口県人会は、平成会の一派である。

 その名の如く、山口県出身の転生者が参加するグループである。


『内政チートで山口県をビッグに!』


 ――というのが、彼らの合言葉である。

 生前に、ネットで影が薄いと揶揄された鬱憤を晴らすべく、村おこし――もとい、県おこしを精力的に進めていた。


 しかし、県おこしをするには先立つものが必要となる。

 そして目の前には、金づる――もとい、カモネギ――でもなかった、上客がいるわけで利用しない手は無いのである。


「How much is this?」

「Give me this!」

「ちょっと落ち着いてください!? 土産物は逃げませんからっ!」


 別の土産屋では、暴走しがちなウォッチガードセキュリティの隊員を平成トラベルのツアコン達が必死に押しとどめていた。もみくちゃにされながらも、必死に通訳と買い物のサポートをしていたのである。


 任務とはいえ、彼らは無味乾燥な半島に押し込められて日々ストレスを溜めていた。数少ない慰めは、日本から輸入される書籍類であった。


 さらに言うならば、ウォッチガードセキュリティはホワイト企業である。

 業務内容はともかくとして、高い基本給と任地手当、さらに個々の技能手当諸々を合算すると並みの公務員なんか足元に及ばないほどの稼ぎがある。


 憧れていたものが、夢にまで見たものが目の前にある。

 買い物予算も有り余るほどある。彼らに買い物を躊躇する理由は存在しなかったのである。


 この日、湯田温泉の土産店街は史上空前の売り上げを記録した。

 売り物が無くなって白旗をあげた土産屋の惨状に、『ウォッチガードセキュリティのあとには、ぺんぺん草も生えない』と称されることになるのである。







「……そうですか。ありがとうございました」


 受話器を戻して、ため息をつく尾崎秀実(おざき ほつみ)

 その表情には、疲れと焦りが滲み出ていた。


『下関駅から特別列車がいなくなった』


 車両故障による特別列車の出発延期がアナウンスされてから2日後。

 山口支局から緊急連絡が来たのは、その日の午前中のことであった。


 報告を受けた尾崎は、エスケーピングコリアン号の所在を掴むべく、下関近隣の駅に電話をかけまくった。しかし、その悉くが空振りだったのである。


(たとえ早朝に出発したとしても、山陽本線は過密ダイヤでそう遠くまで行けないはずだ。何処にいる……!?)


 好景気による旅客需要の増加に加えて、朝鮮半島から送り込まれてくる大量の貨車で山陽本線はパンク寸前であった。ここを通過するために、スジ屋たちは三日三晩寝ずに特別ダイヤを組んだのである。結局は無駄に終わったのであるが。


 ちなみに、この問題を解決するべく新たな路線が計画されていた。

 いわゆる史実の弾丸列車構想である。


 路線ルートは、平成会の介入によって史実の新幹線をなぞるものとなった。

 史実との違いは、最初から完全電化で計画されていることである。現在は、用地買収と電気機関車の開発が進められている段階であった。


『Good afternoon! ホツミ、調子はどう?』

「……アグネス。今忙しいから、後でかけ直してくれないか?」

『貴方が探している特別列車を見つけたわ』

「なんだと!? 何処だ!?」


 完全な手詰まり状態を打破したのは、アグネス・スメドレーからの電話であった。彼女は小郡駅周辺で取材を続けており、運良くエスケーピングコリアン号をキャッチすることが出来たのである。


『湯田ステーションよ。駅内の引き込み線に停車しているわ』

「馬鹿な、あり得ない。いったいどうやって……」


 驚愕する尾崎。

 エスケーピングコリアン号は、彼の予想のはるか先を行っていたのである。


『駅員に取材したのだけど、深夜にやってきたらしいわ』

「なるほど、深夜なら過密ダイヤも無視出来るか。しかし……」

『えぇ。怪しいなんてものじゃないわね』


 疑ってくれと言わんばかりの怪しさである。

 実際は、スジ屋がさじを投げてしまったことが真相なのであるが、二人ともそんなことは知りようが無かった。


「だが、これで暗殺計画の漏洩は確定だろう。本部への説得材料になる」

『じゃあ、わたしはお払い箱ね?』

「いや、念のため連中に張り付いていてくれ。万が一ということもある」

『分かった。個人的に興味があるし、取材してみるわ』


 電話を終えた尾崎は、今度こそ暗殺計画を中止するべく強く進言した。

 しかし……。


(くそっ、こっちの苦労も知らないで……!)


 尾崎の再三の進言は完全に無視された。

 コミンテルン本部は、闇金の取り立ての如くエスケーピングコリアン号の居場所を督促してきたのである。


 尾崎が知りようも無いことであったが、欧州ではドイツ帝国と『オーストリア・ハンガリー帝国及び南欧諸国連邦』(以下、二重帝国連邦)がソ連に圧力をかけており、国境での緊張感は高まる一方であった。


 ドイツ帝国は、第1次大戦の戦訓を活かした新兵器を次々に開発してソ連国境付近に配備した。中華民国と満州国との貿易で得た莫大な利益と、手に入れた潤沢な資源がそれを可能にしていたのである。


 第1次大戦では実質役立たずだった二重帝国諸国連邦は、軍の近代化を強力に推し進めた。寄り合い所帯による非効率な兵器体系は、フランス・コミューンで現地生産されたアメリカ製兵器によって完全に一新されたのである。


 利敵行為ともとれるフランス・コミューンの行動に、ソ連側が激怒したのは言うまでも無い。


 しかし、フランス・コミューンが何もしなければ、メイドインブリテンな中古兵器が代わりに配備されるだけである。それくらいならば、適正な値段で売りつけたほうがナンボかマシというものであろう。


 フランス・コミューンには、ソ連とは別の思惑があった。

 ドイツ帝国がソ連国境に戦力を集中させてくれれば、絶好のチャンスなのである。


 英国は、フランス・コミューンの動きを冷ややかな目で見ていた。

 適切な時期に『最高のタイミングで横合いから思い切り殴らせる』べく、某国へ情報をリークしていたのである。


 西ヨーロッパのパワーバランスは、現時点では互角であった。

 しかし、ドイツ帝国と二重帝国連邦のバックには英国がいる。英国が本格的に介入してくるようなことになれば、ソ連側は厳しい戦いを強いられるであろう。


 この状況をひっくり返すためにも、ソ連側はテッドの暗殺に執着した。

 仮にも、同盟国の全権大使が暗殺されたら一大事である。英国はもちろんのこと、日本も犯人捜しで動けなくなる。欧州の戦争に構ってはいられなくなると考えたのである。






「コミンテルンが妙な動きをしている?」

「はい。ソ連から発信されている暗号電文を解読した結果、その可能性は極めて濃厚と思われます」


 平成会館の大会議室。

 集まった平成会のモブ達は、大日本帝国中央情報局(JCIA)局長の高柳(たかやなぎ)保太郎(やすたろう)陸軍中将の報告に驚愕していた。


 史実の高柳は、対ロシア・ソ連諜報活動に従事した情報活動の先駆者であった。

 太平洋戦争で暗躍した『特務機関』の名付け親でもある。


 この時代において、情報の重要性を理解出来る高級軍人は宝石よりも貴重な存在であった。平成会は、三顧の礼をもって彼をJCIAの2代目局長に推挙したのである。


 そんな彼が、情報を真っ先に平成会に持って来たのはJCIAの設立経緯が大きく関係していた。


 平成会は、設立当初から情報組織の設立を元老院に訴えており、元老院側もそれに理解を示した。しかし、情報組織の運営にはとにかく金がかかる。要するに、先立つものが無かったのである。


『設立は認めるが、運営は勝手にやれ』


 ――というのが、当時の元老院の本音であった。

 そんなわけで、JCIAは半官半民(実質民営)で運営されてきたのである。


 日清・日露戦争における情報戦の重要性が認識されたこと、国家機密を民間人が扱うことに対しての危機感が強まったことにより、大正時代になってから正式に国家機関として活動することになったのであるが、JCIAには平成会の私的機関としての性格が色濃く残っていたのである。


「暗号電文を解読したところ、エスケーピングコリアン号の所在を問う内容でした」

「「「エスケーピングコリアン号……」」」


 思わず顔を見合わせる平成会のモブたち。

 思い当たる節はあった。と、いうよりも一つしか無い。


「……あくまでも私的な感想なのですが、コミンテルンは相当に焦れているようですな」

「その根拠は?」

「大阪市内から発信される暗号電文よりも、ソ連から発信されてくるのが圧倒的に多いからです」

「ん? ちょっと待った! 大阪の暗号電文って例の怪電波のことですか?」

「そのとおりです。暗号解読の結果、大阪ソ連間で交信されている暗号電文は同一のものと判明しました」


 JCIAには平成会技術陣が開発した電子計算機が導入されており、暗号解読に威力を発揮していた。


 この計算機には、真空管の代わりに蛍光表示管が用いられており、球切れすることなく連続して高速計算が出来る優れものであった。もっとも、今回の暗号解読が成功した原因は計算機の性能以前に、ソ連側の過失であったが。


 暗号解読の歴史は、運用側の過失によるものが大半である。

 いくら暗号強度が強くても、同じ内容の文章を繰り返し使っては意味が無い。暗号を組む時間が惜しいからと、日付だけ変えて同じ文章を使いまわすなどもってのほかであろう。


「エスケーピングコリアン号に何かあったら、イギリスとの関係に多大な悪影響が出ます。なんとしても阻止してください」

「了解しました。うちの実働部隊を貼りつかせましょう。情報収集も引き続き行っていきます。何かありましたら、また報告に伺います」


 報告を終えて退室する高柳。

 彼の足音が聞こえなくなるまで、モブたちは無言であった。


「……なぁ、どう考えても狙いはドーセット公だよな?」

「でも、あの人が特別列車に同行しているのをどうやって知ったんだ? わざわざ影武者まで仕立てたんだぞ?」


 朝鮮半島で痛い目に遭わされたソ連は、必死になってウォッチガードセキュリティを探っていた。執念深い諜報活動の結果、ウォッチガードセキュリティのボスがテッドであることを掴んでいたのである。


 コミンテルンに至っては、テッドの顔写真を公開して懸賞金すらかけていた。

 スメドレーが、テッドの変装(笑)を見破った原因の一つである。


「純粋に列車狙いかもしれませんよ? さっきも言いましたが、あの列車に何かあったら対英関係がヤバいことになりますし」

「なにはともあれ、ドーセット公に警告しておきましょう。旅行を取りやめてくれれば御の字です」


 解読された暗号電文にテッドの名前は無かった。

 それ故に、平成会は現時点でのコミンテルンの目的を図りかねていた。


「あの人がそんなタマかよ。むしろ積極的に厄介ごとに首をつっこむぞ」

「「「デスヨネー」」」


 全会一致でうなずく平成会のモブ連中。

 テッド本人がその場にいたら、全力で否定すること請け合いであった。







「ようおいでました」


 三つ指ついて、深々とお辞儀をする妙齢の女将。

 老舗旅館『松田屋』の玄関には、大勢の外国人が集結していた。言うまでも無く、ウォッチガードセキュリティの面々である。


「皆さん、並んでくださーい!」

「落ち着いて行動してくださーい!」


 大人数でありながらも、整然と行動出来るのは通訳も兼ねた平成トラベルのツアコンのおかげであろう。グループごとに粛々と、混乱することなく旅館内へ入っていく。


(宿泊拒否されたときには、どうなるかと思ったけど一安心ね)

(そういえば、あの手紙はもう届いたかしら? 上手くいけば、またテッドさんに会えるかも)


 ウォッチガードセキュリティの面々にお辞儀をしながら、もの思いにふける女将。女将とテッドには、因縁染みた関係があった。


(あのとき、テッドさんがいなかったら今のわたしは無かった……)


 特に、二度目の出会いは運命的なものであった。

 被災した両親を探している最中での出会いだったのである。


『きゃぁぁぁぁぁぁっ!?』

『ぐへへへ、こんなところを歩いているのが悪いんだぜ』


 関東大震災直後の帝都の治安はお世辞にも良くなかった。

 そんな中を、娘が一人で出歩けばどうなるかは言うまでもない。


『いただきまぐぇっ!?』


 今まさに毒牙にかからんとする瞬間に、救ってくれたのがテッドであった。

 悪漢どもを、ちぎっては投げちぎっては投げる姿は、若かりし頃の女将にとっては白馬の王子様だったのである。吊り橋効果とも言うが。


 その後、テッドの計らいで彼女は英国大使館に設けられた避難所までエスコートされた。両親とも再会を果たし、感激のあまり記念写真をせがむと快く応じてくれたのである。


 ちなみに、写真は両親もいっしょに写るという誤解を招きかねないシロモノであった。家宝として大量に焼き増ししたので、英国大使館宛ての手紙にも同封していたりする。


(あのときのテッドさん、凄くカッコ良かったなぁ……)


 そんなことを考えているうちに、行列の最後尾が見えてくる。


(えっ!? テッドさん!?)


 最後に歩いてきた二人組の片割れに見覚えがあった。

 多少の変装はしているようであったが、恋する女には意味を為さないのである。


 思わず声をかけようとして硬直する。

 テッドの隣にいる存在に気が付いてしまったのである。こちらも変装していたが、肌の色とガタイの良さは隠しようが無かった。


 唐突に記憶がフラッシュバックする。

 それは、女将が強引に忘れていた記憶であった。


『こんな貧相な胸で、わたしのテッドを誘惑したんだ……?』

『や、やめて!?』


 テッドとの最初の出会いは悪夢であった。

 彼に露骨に色目を使った結果、激怒した褐色の悪魔にあぁ~んなことや、こぉ~んなことをされて失神させられたのである。あの時の体験は、ものの見事に彼女のトラウマになっていた。


 上京したばかりで右も左も分からぬ生娘が、美味しい仕事があると言われてホイホイついていった結果がこれである。口止め料込みで大金をせしめたので、故郷へ戻ることが出来たのが不幸中の幸いであった。


 帰郷後は親のコネで地元の有名旅館で仲居として働き始めた。

 やがて頭角を現した彼女は若女将に推挙され、先代の退職後に晴れて女将となったのである。


「……女将さん? 女将さんってば! もう皆さん入られましたよ?」

「はっ!?」


 仲居の声かけで我に返る。

 動悸と震えが止まらない。冷や汗で全身ぐっしょりである。


 6年前は圧倒的実力差に為す術も無かった。

 しかし、あれから女将はひたすらに女を磨いていた。


(あの悪魔女から、テッドさんを解放してあげないと……!)


 燃え上がる女将であったが、やろうとしていることは略奪愛である。

 由緒ある老舗旅館で、二大女傑の壮絶な争いが繰り広げられようとしていた。







「ささ、どうぞ」


 着飾った仲居がお酌をする。

 この日のために服は洗濯、化粧もバッチリと万全である。


「オー! ジャパニーズオシャク!」


 浴衣を着た外国人――ウォッチガードセキュリティの隊員も喜んで酌を受ける。

 外国人にとっては、お酌は飲酒の強要になりかねないので珍しい光景と言えよう。


 しかし、英国では日本の文化が大流行していた。

 切っ掛けは、健康オタクと化したジョージ5世が日本食を広めたことであるが、最大の戦犯は平成会の元過激派である。


 現在はドーセットで飼われている元過激派たちは、テッドの依頼を受けて主にイラスト関連の仕事に従事していた。代表的なのはグレート・ウェスタン鉄道(GWR)の駅娘や、艦〇れのクイーンエリザベス型姉妹などである。


 領内の日本領事館と連携して、日本の文化を広報も担当していた。

 普通なら日本の風景や文化をイラストにするのであろうが、彼らは己の欲望に忠実であった。日本を舞台にした同人誌を大量に作ったのである。


 ジャンルはさまざまであるが、ストーリーも画力も高水準な同人誌であった。

 ドーセットの即売会では即完売。ロンドンで開催されるコミケでも大人気となり、日本文化のバイブルと化したのである。


 これだけなら美談で済みそうなものであるが、彼らの作品はいろんな意味で過激であった。結果的に、良くも悪くも間違った日本観が広まってしまうことになるのである。


「さ、ご一献」


 別の席では、女将がテッドにお酌をしていた。

 その所作は非常に洗練されており、色気すら感じられる。


 テッドの表情が一瞬ゆるむ。

 美人女将に酌をされて反応しない日本人はいない。悲しき男の性である。


「いっ!?」


 唐突に悲鳴をあげるテッド。

 隣に座るマルヴィナが、尻をつねったのである。


「どうされました?」

「い、いや。なんでもないです。ははは……」


 激痛で引きつった笑顔になる。

 その様子に、女将は不審がる。


「あの、なにか粗相をしたでしょうか?」

「あ、いや。ホントに大丈夫です! 女将さんが美人で見とれただけです!」


 咄嗟に言い訳するテッド。

 ここらへんで会話を打ち切らないと尻肉がヤバい。


「まぁ、お上手ですわ!」


 あからさまなお世辞にも関わらず、女将は過剰に反応してしまう。

 これには、テッドも予想外であった。


(きゃー!? テッドさんに褒められちゃったわ!)

(痛だだだだだだ!? ちぎれるぅぅぅぅぅ!?)


 想い人に褒められて舞い上がる女将。

 対するテッドは、尻肉をちぎられる恐怖に震えていた。


(この女、どこかで……?)


 マルヴィナは、女将の馴れ馴れしい態度に不信感を抱く。

 ハンサムで石油王、しかもロイヤルファミリーと懇意とくればモテないはずがない。テッドに近づく女性は数多(あまた)であった。


 今まで彼に近づいてきた有象無象どもは、彼女が適切に処理していた。

 そのため、大抵はその場限りで終わってしまうのであるが……。


「……」


 マルヴィナはレーザービームの如き、人をも殺せそうな視線を女将に送る。


「……」


 対する女将は、柳に風と受け流す。


「ふふっ、今後ともよろしくお願いいたしますね。テッドさん」


 女将がテッドの名前を出したのは、マルヴィナに対する明らかな宣戦布告であろう。まさに竜虎相打つ。二大女傑のバトルは始まったばかりであった。







「ふぅ、お尻の肉をちぎられるかと思った……」


 温泉に浸かりながら、ため息をつく。

 深夜にもかかわらず、テッドは露天風呂に入っていた。


『テッド、わたしに黙って女を作っていたの?』

『あなたにそんな甲斐性があったとは思わなかったわ』

『……ねぇ、何か言いなさいよ。黙秘するなら身体に聞くわよ?』


 思い出すだけでも、ゾッとする。

 あの後、鬼と化したマルヴィナに尋問されたのである。


 女将の想いに対して、テッドは彼女のことをほとんど覚えていなかった。

 最初の出会いはアレだったし、2回目の出会いは人命救助したに過ぎない。つまりは、女将の一方的な恋慕に過ぎないのである。


 女将が女に磨きをかけた結果、体形も雰囲気も完全に別人と化していた。

 これでは、思い出すのは不可能であろう。


 そんなわけで、馬鹿正直に知らないと答えたわけであるが、マルヴィナの疑惑を払拭することは出来なかった。いよいよもって、実力行使に及ぼうとした彼女から逃げるべく男湯に緊急避難してきたのである。


(とりあえず、この後どうしようかなぁ?)


 口まで浸かって、ぶくぶくするテッド。

 しかし、これといった解決策は思い浮かばなかった。


(ううっ、いったいどうすれば……!?)


 悩みまくる彼は、背後から聞こえた物音に気付けなかった。

 普段ならば、あり得ない失態である。


「テッドさん、失礼しますね」

「ふぁっ!? ちょ、ここ、男湯!?」


 (おけ)を持った女将が温泉に入って来る。

 バスタオルを巻いただけなので、メリハリの効いたプロポーションが丸見えである。


「湯舟酒のサービスです。お気になさらず」

「そ、そうなの?」


 女将が温泉でお酌する――そんなサービスはエロゲだけである。

 しかし、サービスと聞いてテッドは安堵してしまう。


「さ、どうぞ」

「あ、ありがとう……」


 浮かべた桶から女将は『長陽福娘(ちょうようふくむすめ)』を取り出し、テッドに酌をする。


「あ、おいしい……」


 長陽福娘は、明治34年に創業した岩崎酒造が作る山口の地酒である。

 決して自己主張することなく、派手さは無い。飲んだ人間に寄り添い、染み入るような味わいが特徴である。


「「……」」


 女将が酌をし、テッドが飲む状況が続く。

 火照った身体に、あっという間にアルコールが回っていく。


 言うまでも無いが、入浴しながらの飲酒は大変危険である。

 温泉に浸かるだけでは血中アルコール濃度は下がらないので、酔いが早く覚めるということも無い。かえって危険である。


「うふふ……」


 本人が酔っぱらって無抵抗なことを良い事に、テッドに寄り添う。


「テッドさん……お慕いしてます……」


 最初は遠慮気味に、やがては大胆にスキンシップを重ねていく。

 キスをし、胸を押し付け、さらにはテッドの下半身にも手を伸ばす。


「ん……固くなっているわね」


 女将は頬を赤らめつつ、肉食獣の笑みを浮かべる。

 アルコールと温泉による血行促進、さらに刺激も加わったことでテッドのアレは準備万端であった。


「既成事実を作ってしまえば、こちらのものよ……」


 左手を首に回しつつ、右手で角度を調節。

 入れようとした瞬間――突如響き渡った轟音で行為は中断された。


 音のした方向を見れば、粉砕された仕切り壁。

 飛び交う破片と湯気の中から現れたのは、マルヴィナであった。







「くっ、出たわね!? 悪魔女っ!」


 テッドを庇うように立つ女将。

 ちなみに、本人は既に酩酊していて状況を全然分かっていなかった。


「……思い出したわ。貴方、テッドにハニトラを仕掛けたちんちくりん女じゃないの」

「誰がちんちくりんよっ!?」


 マルヴィナの挑発に激昂する女将。

 今の彼女は、ほど良い大きさである。褐色なスイカップには負けているが。


「あんな目に遭ったというのに、リベンジをしかけてくる根性は認めてあげるわ」

「くっ……」


 女将の目の前に立つマルヴィナは圧倒的であった。

 身長差は30センチあまり、体重差は××(ピー)である。


 タイマンだったら、勝負にすらならない。

 それでなくても、彼女は元超一流の暗殺者である。勝負以前の問題であろう。


「……だいたい、貴方みたいなオバサンよりも、若いわたしのほうが良いに決まってるじゃないのっ!?」


 それ故に、女将は直接対決を避けた。

 口は拳より強し、である。


「へぇ……?」


 コメカミに青筋を浮かべたマルヴィナであったが、すぐに笑みを浮かべる。

 その笑みを負け惜しみと思った女将は、すぐに後悔することになった。


挿絵(By みてみん)


「この肉体のどこがオバサンですって?」


 言うが早いか、身にまとったバスタオルをぶん投げる。

 現れたのは、鍛え抜かれた肉体とスイカップ、月光を浴びて艶めく褐色肌であった。


「どうやったら、その歳でそんな体になるのよ!?」


 贅肉一つ無い、シックスパックを見て半狂乱になる女将。

 彼女が20台半ばに対して、マルヴィナは今年で35歳である。いくら何でもあり得ない――あり得ないからこそ、魔法なのである。


 マルヴィナの肉体が若々しさを保っているのは、テッドの魔法の副作用である。

 このことを知っているのは円卓でもごく一部の人間だけであり、極秘事項とされていた。


 テッドが転生したときに得たスキルは、召喚魔法である。

 このスキルは、一切の制限無しで物質を召喚出来るチートスキルなのであるが、使用後はショタ化してしまう副作用があった。


 ショタ化を解除するには、パートナーが年齢を捧げる必要がある。

 結果として、若返ることになるのである。


 戦前の大規模召喚や、その他小規模な召喚も含めると、累計で10年ほどマルヴィナは若返っていた。肉体年齢は、女将と互角だったのである。


「あの時のセリフをもう一度言ってあげましょうか。こんな貧相な胸で、わたしのテッドを誘惑したんだ?」

「うぅぅ……」


 追い詰められる女将。

 藁にも縋る思いで、想い人を見るが……。


「……」


 肝心のテッドは、長時間の入浴で脱水症状を起こして昏倒していた。

 温泉に浸かりながら飲酒してしまったために、全身に回ったアルコールと相乗効果を起こしてヤバいことになっていたのである。


「きゃー!? は、早く引き上げて!?」

「テッド、しっかりして!?」


 全裸の美女二人が、大の男を部屋まで緊急搬送する。

 深夜で人目が無かったのは、不幸中の幸いであった。

6年前にハニトラに遭ったテッドくん。

今回も、しっかりひっかかりました。今後もひっかかるんでしょうねぇ…(意味深


>湯田駅

現在は湯田温泉駅ですが、この時代は改名前の名前です。


>山口線

山陽本線の小郡駅(現在の新山口)が始発です。

史実だとSLの運転で特に有名です。


>ファンシー絵みやげ

中学の修学旅行が長崎だったのですが、当時は雲仙普賢岳が噴火していて、そっちばかり気にしてました。お土産はド定番のカステラと、なんか小物を買った気がします。


>平成会山口県人会

もちろん、47都道府県全ての県人会が存在します。


>弾丸列車

史実では一部電化が検討されていましたが、この世界では完全電化となります。

日韓トンネルは状況次第じゃ作るかも。


>某国

本編に出す前に、自援SSで詳細を書く必要があるでしょうね。


>高柳保太郎

この時代だと、情報組織を任せられそうなのがこの人しかいませんでした。

史実と違って、この世界では関東軍が潰されたので手持無沙汰というのもあります。


>JCIAは半官半民(実質民営)

平成会がJCIAを好き勝手に利用出来た理由がこれです。

特に初期の活動は、完全に平成会の私的組織でした。


>女将

41話で登場したモブ芸者が、まさかこのような役回りで再登場するとは誰が予想出来たでしょうか……!?


>あぁ~んなことや、こぉ~んなこと

41話後半を参照。

鬼と化したマルヴィナさんがコワイ!><


>湯舟酒

温泉で、桶に載せた日本酒を飲む姿は絵になります。

実際は、露天や貸切風呂でお酒を飲む事を許可している旅館は余り多く無かったりしますが。


>女将が温泉でお酌する――そんなサービスはエロゲ―だけである。

それだって、エロいことする前準備みたいなものですしw


>長陽福娘

厳密に言うと、酒の名前ではなくてブランド名です。

辛口純米や吟醸など、いろいろ種類があります。まぁ、おいらは下戸なんで飲めないんですけどね…(´・ω・`)


>粉砕された仕切り壁

別に二〇の〇みを使ったわけではありません。

温泉でよくある竹を組んだ仕切りなので、物理でなんとでもなります。


>今の彼女は、ほど良い大きさである。

具体的には、AからCにアップ!( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!


>身長差は30センチあまり、体重差は××(ピー)である。

マルヴィナさんの初期設定だと、確か体重はうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp


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― 新着の感想 ―
[一言] 弾丸列車の旅客駅は予定通り沼津に!三島には渡しませんぞ!
[一言] 山口県は萩と下関、栃木県は日光と宇都宮が有名すぎてな… 県ではなくて県庁所在地が忘れられがちやねん
[一言] しかも、若くなれば若くなるほど体力が上がって搾り取るスピードも速くなるぞ!
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