第66話 武装解除(自援絵有り)
「うーん、アーモンドの香ばしさとバタークリーム組み合わせ。ドイツのスイーツも侮れないですね……!」
「お褒めにあずかり光栄ですな。ところで、今回のご用件は何ですかな?」
アポ無し突撃したテッドに振舞われたのは、ビーネンシュティッヒであった。
『ハチの一刺し』という意味を持つこのケーキは、上面にコーティングされたアーモンドの香ばしさと、中にたっぷり詰まった濃厚なバタークリームのマッチングが絶妙なドイツ産スイーツである。
スイーツは人を和ませるというが、そんなものでテッドの怒りは収まらなかった。表面上は穏やかであるが目が笑っていない。
「貴国には、中華民国への近衛師団受け入れのサポートをお願いしたはずですが? 何をどうすれば、軍事顧問団が満州国へ侵攻することになるのです?」
「その、どうも我らがヴィルヘルム2世は、我々の想像以上に満州国の油田に強い興味を示していたようで……」
しどろもどろで弁明する駐日ドイツ大使のヴィルヘルム・ゾルフ。
彼にとっても寝耳に水の話であった。慌てて本国に確認を入れて、ようやく事の次第を知ったのである。
「油田の所有権は、最終的に満州国に帰属することになったはずですが?」
「カイザーには、それが我慢ならなかったのでしょう。元々、満州の地は租借で手に入れる予定だった。無条件で油田も手に入るはずだったと、そう思われたのかと……」
カイザーからすれば、価格面の折り合いがつかなくて満州の租借を諦めていたのである。後出しで油田の情報を出すとは卑怯千万、といったところであろう。
「つまり?」
「先に関東軍を撃破することで満州国へ恩を売って、油田の優先権を主張するつもりなのでしょう」
ゾルフは、カイザーの思惑を的確に言い当てていた。
だからといって、事態が好転するわけでは無かったが……。
(いっそ、油田の情報を隠したまま協力を要請するべきだったか……)
思わず頭を抱えてしまう。
この時代の油田の価値を測り損なったテッドの失策である。
とはいえ、一概にテッドの失策とは言い切れない面もある。
史実のスターリンは『条約は破るためにある』と言い、日ソ不可侵条約の一方的破棄、満州、樺太への侵略、北方領土への不法占拠など好き勝手やらかした。
大航海時代に、インカ帝国やアステカ帝国が滅亡したのも同様である。
アメリカの場合は、文字を知らない先住民と結んだ300余の条約や契約を、ことごとく破棄している。
要するに、契約や国家間の条約を絶対視する史実の日本人が異端なのである。
列強を構成する白人と日本人の意識のズレは、テッドだけでなく、平成会の面々も後々まで振り回すことになるのである。
「もしもし? そっちの進捗はどんな感じ?」
ドイツ大使館から戻ったテッドは、ウォッチガードセキュリティに連絡を入れていた。
『現在、吉林近郊で待機しています』
「関東軍にはバレて無いよね?」
『奉天軍閥のおかげで、今のところは大丈夫です』
「なんとか、間に合ったか……」
間に合って心底安堵するテッド。
奉天軍閥が全面協力してくれなかったら、こうも上手くはいかなかったであろう。
戒厳令が敷かれている満州国内で自由に動けるのは、奉天軍閥の人間だけであった。彼らのおかげで物資や燃料の調達も万全であり、昼夜兼行の進軍で後れを取り戻せたのである。
「……新京への突入は、近衛師団とタイミングを合わせる必要がある」
『その近衛師団は、今何処にいるのです?』
「3日前の情報だと奉天付近かな。今はもう少し前進しているはず。具体的な日時が判明次第、現地部隊に知らせるよ」
『了解しました』
関東軍を降伏に追い込むには、ウォッチガードセキュリティと近衛師団との連携が必須となる。テッドは、奉天軍閥に近衛師団の動向を逐一報告するように依頼していたのである。
とにもかくにも、テッドが取れる手段は全て尽くした。
後は現場の人間の仕事である。
『ところでボス。例の件、忘れてないですよね?』
「もちろんだよ。ボーナスは弾むからね!」
現場の人間に奮起してもらうためには、ボーナスは必然である。
今回はかなり無理を言ったので、長期休暇と特別ボーナスを出すつもりであった。ウォッチガードセキュリティはホワイト企業なのである。
『いえ、願い事をなんでもかなえてくれるって言ったじゃないですか』
「えっ?」
『そんなわけで、長期休暇も兼ねた全員分の日本への慰安旅行をお願いします』
「ふぁっ!? 全員分!?」
『なんでもかなえるって言いましたよね? 録音してますよ?』
「言ったけど、言ったけどいくらなんでも無茶な……」
『では、お願いしますね』
言うだけ言って、通話を切る本部長。
受話器を持ったまま、しばしテッドは硬直し続けるのであった。
「きゃ——っ!?」
「うちの娘に手をださんでくれっ!」
「うるせぇ!」
「ぐわぁっ!?」
ガラの悪い男達が村娘を手籠めにしようと迫る。
父親らしき男が抵抗するも、敢え無く沈められる。
奉天近郊のとある村。
その広場では、現在進行形で馬賊が狼藉を働いていた。
「いやーっ!? 誰か助けてっ!?」
「げへへへ、こんなところに助けに来る奴がいるはずねぇだろ?」
下卑た笑いを浮かべる馬賊の親分に、絶望の表情を浮かべる村娘。
しかし……。
「いるぞ。此処に」
「えっ?」
視界外から聞こえてくる、聞き覚えのない男の声。
その瞬間、娘を掴んでいた親分の腕が地面に落ちた。
「え? あっ? おれの腕ぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
地面に落ちた腕を見て、ようやく腕を斬り落とされたことに気付いて絶叫する。
その隙に、村娘は全力で逃げ出していた。
「なんだてめぇは!?」
絶叫して地面を転げまわる親分に、子分たちもようやく事態の異常さを理解する。しかし、既に手遅れであった。
「あぁっ、また連隊長殿は先走るっ!? 撃ち方用意っ! 撃つのは馬賊だけだ。外すなよっ!」
おっとり刀で駆け付けた副官と、小隊による射撃であっさりと馬賊は壊滅したのである。
「くそっ、付き合ってられるか!」
運良く初撃を生き延びた馬賊の生き残りは、馬で逃走を図る。
しかし、狙撃銃並みの命中精度を誇る三八式と、腕利きの近衛兵の狙撃からは逃げることは不可能であった。全員が村の出口にたどり着くことなく射殺されたのである。
「何件目ですかね? 確実に二桁に達しているのは確かでしょうけど……」
ため息をつきながら、傍で転がり回る豚に慈悲の一発をお見舞いする副官。
大連に上陸して新京を目指す近衛師団であったが、思わぬ足止めを喰らっていた。進路上に大量の馬賊が涌いており、その悉くを駆除する必要があったのである。
「とはいえ、無視するわけにはいかん。我ら近衛に期待されているのは、皇軍の名誉挽回であるのだから」
愛刀についた血を拭うのは、連隊長の相沢三郎大佐である。
戦場で100人以上の首を(物理的に)飛ばしてきたというのに、刃こぼれ一つ無いのは村田刀の切れ味と彼の技量によるものであろう。
近衛師団の最優先目標は、新京に陣取る関東軍である。
であるがゆえに、途中に涌いて出る馬賊なんぞ無視して進めば良いのであるが、それは出来ない相談であった。近衛師団には、関東軍によって地に落ちた皇軍の名誉を挽回することが期待されていたのである。
「こうも馬賊が好き勝手しているということは、関東軍が新京で待ち構えているという情報は真実のようだな」
「我らの降伏勧告に素直に応じてくれれば良いのですが……」
関東軍は、全ての部隊を新京に集結させて徹底抗戦の構えであった。
結果として、満州国内の治安を維持する関東軍がいなくなり、馬賊が跋扈することになったのである。
「そこは、ドーセット公が上手く取り計らってくれるらしい」
「ドーセット公がですか?」
意外な名前が出てきて困惑する副官。
相沢は出撃前にテッドから私信を受け取っていた。
テッドは、コミケにおける一件を不問にしただけでなく、かねてからの念願だった近衛師団入りをかなえてくれた大恩人である。その内容は突拍子も無いものであったが、相沢は疑う事無く信じていたのである。
「未確認情報ではあるが、ドイツの軍事顧問団が新京郊外で関東軍とやりあっているらしい。我らも急ぐ必要がある」
「進路上の馬賊を蹴散らしながらですか?」
「無論だ」
結局、やることは変わらないのである。
ため息をつきながら、出立の準備を進める副官であった。
『こちら2号車。ドイツの戦車部隊を発見。凄い数です。目視出来るだけで10両以上、いや、その倍以上はいますっ!』
新京郊外の平原。
偵察に出ていた関東軍の戦車小隊は、ドイツ帝国陸軍遠征軍の戦車大隊を発見していた。
『威力偵察を敢行する。応戦しながら距離を取るぞ』
『『了解!』』
関東軍の戦車――八七式中戦車は、全車が標準で無線機を装備していた。
そのため、咄嗟の遭遇戦においても隊内の意思統一は容易であった。
「距離500で撃つ。照準用意っ」
最も接近していた八七式の2号車は、静止したまま接近してくるドイツ戦車大隊を待ち受ける。
「……距離500っ!」
「撃てっ!」
47mm戦車砲の一撃は、たやすくドイツ軍の戦車――I号戦車を撃破した。
その威力は、射程100mで55mm、射程1000mでも30~35mmの装甲版を貫通することが可能であった。
ちなみに、I号戦車の装甲は最厚部でも13mmである。
八七式中戦車は、1000m以内であればI号戦車を確実に撃破可能だったのである。
「!? 敵戦車発砲っ!」
「全速後退っ! 回避だっ!」
ドイツ側の動きは早かった。
発砲炎から位置を割り出すと、弾幕の如き射撃を開始したのである。
「うおおおおおっ!?」
金属バットでドラム缶をぶったたくような轟音と振動が砲塔内にいる戦車兵に襲い掛かる。しかし、被害は皆無であった。
I号戦車の主砲は、13×92mmTuF弾を使用したMG17 シュパンダウ13mm重機関銃である。この銃弾は、史実のマウザーM1918に採用されており、100mの距離で20mmの装甲版を貫通する威力があった。
しかし、八七式の装甲は最も薄い砲塔天蓋(10mm)を除けば、20mm以上の厚さがあった。交戦距離は優に100mどころか、500m近い距離があったために、貫通させるのは極めて困難だったのである。
「速度このまま。行進射だ!」
「了解!」
戦車長の命令を受けて砲手は照準を補正する。
この様子を外から見ることが出来れば、走行で振動する車体と砲身の動きが別物であることが分かるであろう。
八七式には、肩付け式の照準器が採用されていた。
この照準方式の長所は行進射(動きながらの射撃)が可能なことである。
史実と同じく、帝国陸軍の戦車兵は低速の行進射、機動・停止・機動の合間に行う躍進射を徹底して訓練していた。その結果、動目標に対しても非常に高い命中率を発揮したのである。
ちなみに、史実八九式中戦車の57mm戦車砲の半数必中界は、中程度の技量の場合で距離500m、行進射で、上下155cm、左右83cmであった。スタビライザーも満足な火器管制も無いことを考慮すると、これは驚異的な数値と言える。
この世界の八七式は、より高精度で命中威力に優れる47mm戦車砲を搭載していた。上述の数字以上の命中を叩き出したことは言うまでも無いことであった。
『1号車より全車へ。水噴射を許可。全速離脱っ!』
『『了解!』』
命令を受けた各戦車の運転手は手元のスイッチを操作して、床が抜けんばかりにアクセルを踏む。エンジンルーム内に直接水が噴射され、エンジンを冷却していく。
このギミックは、関東軍の整備兵が独自に考案したものである。
空冷ディーゼルに霧吹きで水をぶっかけて、気化熱でエンジンを冷却するという乱暴なものであるが、オーバーヒートの回避と全開出力発揮時間を延長する効果があった。
全力で追いすがるI号戦車であったが、エンジンルームから盛大に水蒸気を噴き上げて逃走する八九式に追いつくことは出来なかったのである。
「司令、こちらの戦車隊が壊滅しましたっ!」
「くそっ、だから日本軍を侮るなと言ったんだっ!」
副官の悲鳴に、ドイツ帝国陸軍遠征軍司令のマックス・ヘルマン・バウアー大佐は罵声をあげる。
(取り逃がしたと聞いて嫌な予感はしてたんだ……!)
二時間ほど前の関東軍の戦車小隊との交戦において、ドイツ側は戦車大隊を繰り出したものの損害を与えることが出来なかった。それどころか、味方戦車を撃破される醜態を演じていたのである。
ドイツ側は10倍以上の戦力をぶつけて、1割以上の損害を被ったうえに与えた損害は皆無であった。ランチェスターの法則がひっくり返された瞬間である。
関東軍側の動きは早かった。
偵察小隊の報告を聞いた永田鉄山と石原寛治は、ただちに戦車隊の全力出撃を命じたのである。
『ドイツの戦車はブリキ缶のようだった』
――とは、当時の日本側戦車兵の述懐である。
日本の戦車小隊相手に散々な目に遭わされたドイツ戦車大隊が、中隊規模相手にどうなるか。結果は言わずもがなであった。
戦車隊が壊滅したことにより、ドイツ側は生身で戦車と対峙を余儀なくされた。
普通ならば、降伏も考慮しなければならない局面である。
「司令、アレを使わせてください!」
そんな切迫した状況で、化学兵器部隊の指揮官から意見具申される。
「許可する。存分にやれっ」
即座に許可を出すバウアー。
彼らは、軍の模範となるべき軍事顧問団である。
さらに言うならば、大半が第1次大戦の西部戦線で日本軍に煮え湯を飲まされた連中である。あきらめるという選択肢は存在しなかった。
「この野郎。喰らえっ!」
伏したドイツ兵が、マウザーM1915Ⅱを2脚を使って水平撃ちする。
発射された50mmグレネードは、八七式中戦車の車体下部に命中して擱座させた。しかし……。
「ぐわっ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
八七式中戦車の車体前部に装備されている重機関銃で薙ぎ倒される。
毎分500発の猛打が、ドイツ兵を細切れにしていく。
近くの岩陰では、犠牲となった友軍に歯噛みしながらも反撃の準備が進められていた。マウザーM1915Ⅱのストックを地面につけて銃身を上に向ける。その様子は、まるで迫撃砲である。
「装填完了!」
「よし、脳天に一発お見舞いしてやれっ!」
「了解!」
天に放たれる50mm成形炸薬弾。
射手の驚異的な技量によって、八七式の搭乗員ハッチを見事撃ち抜く。一瞬の間をおいて、内部弾薬が誘爆して車体が吹き飛んだ。
敵戦車を撃破して大いに士気を上げるドイツ兵たち。
その後も多くの犠牲を出しながらも、戦車を撃破していったのである。
「敵戦車が退いていくぞ!」
「我らの勝利だっ!」
激闘2時間。
擱座した戦車を捨てて退却していく関東軍を見て、ドイツ兵は歓喜する。
「退いてくれたか……」
安堵するバウアー。
しかし、それも被害状況を取りまとめた副官の報告を聞くまでであった。
(あの愚か者の顔を見る必要が無くなったのが、せめてもの朗報か……)
戦車大隊は指揮官ごと消滅。
満足に稼働する車両は皆無という文字通りの全滅であった。
壊滅した戦車部隊の代わりに日本軍の戦車部隊の矢面にたった化学兵器部隊はもちろんのこと、史実ノモンハンの日本兵の如く肉弾攻撃で奮戦した歩兵部隊にも甚大な被害が出ていた。
(これは降伏もやむなしか……)
被害状況を考慮すると、これ以上の戦闘継続は難しいという結論に達せざるを得なかった。現状では兵の士気は高く、組織的な戦闘も未だ可能であったが、実際に戦闘をすれば無様に壊滅することをバウアーは理解していたのである。
「関東軍から降伏勧告の軍使が来ただと?」
「いかがされますか?」
副官の報告に違和感を覚えるバウアー。
ここまでワンサイドゲームであれば戦果を拡大するべきであろう。降伏勧告はそれからでも遅くない。
「……会おう。こちらにお通ししてくれ」
とはいえ、こちらには戦闘能力は残っていないのである。
渡りに船ではあった。
「お初にお目にかかります。関東軍主席参謀、陸軍少将の石原莞爾です」
「ドイツ帝国陸軍遠征軍司令のマックス・ヘルマン・バウアー大佐だ」
流暢とまでは言えないが、しっかりとしたドイツ語で挨拶する石原。
驚くべきことに、石原は護衛の兵士は連れていたが通訳は同伴させていなかった。
「……ドイツ語がお上手ですな」
「ありがとうございます。ドイツ留学をしたので日常会話程度なら問題ありません」
お世辞をそのまま受け取ったのか、誇らしげな表情となる石原。
その様子に、バウアーはますます疑念を抱く。
降伏交渉では専門的な軍用語を駆使する必要がある。
日常会話がやっとのレベルではお話にならないのである。それ故に、専門知識に長けた通訳を付けることが望ましい。
実例を挙げると、史実のマレーの虎こと山下奉文中将は降伏交渉を紳士的に進めようとしたものの、通訳が軍用語に疎かったため話がうまく伝わらなかった。その結果が、『イエスかノーか』の逸話である。
この程度ならまだ実害は無い。
しかし、言語特融の微妙な表現、言い回し等、取扱いを誤ると後に問題化してしまう可能性があるのである。
「1、全ドイツ軍は抵抗をやめること。2、全ての人員、兵器、資材などを関東軍に引き渡すこと……」
挨拶もそこそこに、具体的な降伏の条件を話し出す石原。
明らかに急いでいる様子を見て、疑惑は確信に変わる。
(……!? そうか、近衛師団か!)
というより、一つしか心当たりは無かった。
元々、ドイツ帝国陸軍遠征軍は近衛師団と連携する予定だったのである。
(カイザーの勅命さえ無ければな……)
ため息しか出ない。
本来ならば、近衛師団に同伴するだけの簡単なお仕事だったはずなのである。
「1に関しては同意する。2に関しては即答出来ない」
「……それは、戦闘を継続するということで宜しいのですかな? 関東軍は貴軍を包囲しておるのですぞ?」
凄む石原であったが、バウアーは意にも介さない。
「我らは寄り合い所帯でな。意思統一が難しいのだ。必ず説得するので、しばし時間をいただきたい」
「なっ!?」
露骨に動揺する様子を交渉相手に見せつけるのはいかがなものか。
天才肌であっても、こらえ性が無い性格の石原に交渉をさせるのが間違いなのである。
(おいおい、こんなのに交渉を任せてよいのか?)
呆れるバウアーであったが、ここは思案のしどころである。
(この態度からして、近衛師団の到着が近いのだろうな。それまで時間を稼げれば……)
石原の態度からして、タイムリミットが近いのは明白であった。
上手くすれば、武装解除されずに軍を退くことが出来るかもしれない。
「そうですな。貴軍が手出しをしないと確約していただければ、無条件で満州国より退去しましょう」
「ふざけるなっ! それでは降伏交渉の意味が無いではないか!?」
さすがは史実で上官に暴言を吐いた天才さまである。
交渉には甚だ不向きとしか言いようが無いが。
「それ故に、時間をいただきたいと言っている」
「ぐぬぬぬ……!」
余裕綽々なバウアーに対して、歯ぎしりする石原。
いつの間にか立場が逆転している。
(いや……もう時間稼ぎは必要無いか)
遠くから聞こえてくる異様な騒音に、バウアーは全てを察する。
その騒音は徐々に大きくなっていったのである。
「まもなく新京上空だ。準備は良いか?」
「ビラ撒きはいつでもいけます」
「アンプの調整に手間取ってます。レコードはもう少し時間をください」
新京上空を舞う巨大な怪鳥――シエルバ W.11T エアホースは、今まさに作戦を決行しようとしていた。テッドの無茶ぶりから始まった、ウォッチガードセキュリティの血と汗と涙の集大成である。
この機体は、戦前に行ったテッドの大規模召喚のリストに含まれていたシエルバ W.11 エアホースを改良したものである。その圧倒的な積載量は、朝鮮半島南部の大規模牧草繁茂計画(グラウンドグラス計画)のために大いに役立てられた。
はげ山だらけだった朝鮮半島南部が、曲がりなりにも緑化したのはこの機体のおかげと言える。交通インフラどころか、満足な道すら無い未開の地で効率良く牧草の種子を散布するのに最適だったのである。
ちなみに、現在の半島南部では大規模牧場での畜産業と、紅茶のプランテーションが盛んである。奴隷の如くK国人を扱き使うことで莫大な利益を叩き出しているのであるが、反乱など一切起きていなかった。英国流植民地統治術がいかに優秀か分かろうというものである。
半島産の牛肉と紅茶は日本へも輸出されており、特に『韓牛』ブランドは急速に知名度を上げていた。危機感を感じた平成会は、国内の畜産業をテコ入れして高級ブランド志向を強めているのである。
「……まさか直前で球切れするとはな。バイアス調整は終わったか?」
「今終わりました。発電機からの電力供給開始します」
「あー、あー。マイクテス、マイクテス……」
機体後方の広大なカーゴ室は、機材で埋め尽くされていた。
スタッフが機材の調整を行っている様子は、さながらオンエア直前の放送局の如しである。
重くて嵩張る大出力の真空管アンプに大型スピーカー、それらを駆動する発電機に、大量の降伏ビラ。これだけの重量物をまとめて運ぶことは、シエルバ W.11T エアホースだからこそ可能な荒業であった。
「……」
厳重に密封された専用の容器からLP盤が取り出される。
今回の作戦の要なだけに、その取扱いは慎重そのものである。機体の揺れに注意しつつ、ターンテーブルに載せられる。
「レコードの準備完了!」
「よし。最大出力で放送してさしあげろ。ビラ撒きも始めろ!」
「「「イエッサー!」」」
ウォッチガードセキュリティの隊員は、レコードに針を落とす。
やがて再生された音声は、大出力真空管アンプを介して大型スピーカーで再生される。
今上天皇の肉声が大音量でリピートされて新京周辺に響き渡る。
同時に、カーゴ室のドアが開け放たれて大量のビラが投下される。
「……なんだ、なんの音だ?」
「上から聞こえるぞ!?」
眼下の関東軍兵士がざわつき始める。
ドップラー効果で最初は聴き辛かったのであるが、接近するにつれて本来の声調で再現される。
「!? へ、陛下!?」
「陛下の声だっ!?」
動揺する兵士たち。
そこにダメ押しで、降伏ビラが舞い落りる。
「!?」
降伏ビラには菊のすかしが入れられており、今上天皇直筆のメッセージが印刷されていた。
『関東軍に告ぐ
一、今からでも遅くないから降伏せよ。
二、抵抗する者は全部逆賊であるから射殺する
三、お前達の父母兄弟は国賊となるので皆泣いておるぞ
今上天皇 裕仁』
今上天皇の肉声による降伏勧告と降伏ビラの究極ダブルコンボである。
武器を放り出して、泣きながら土下座したことは言うまでもない。
「……貴官は土下座しなくて良いのか?」
バウアーは、多少の皮肉もこめて石原に話しかける。
護衛の兵士たちは、既に土下座して号泣していた。
「……」
やがて、石原は両膝から崩れ落ちたのであった。
「……連隊長殿、何が起こっているのです?」
目の前の光景に戸惑う副官。
新京郊外に進出した近衛師団の目の前では、想定外の光景が広がっていた。
「これこそが、ドーセット公の策だ」
対して、相沢は冷静であった。
事前に受け取った私信に記されていたのである。
「指揮所に錦旗を掲げよ。これより近衛師団は関東軍の武装解除を実施する」
相沢の命令で指揮所に掲げられる縦長の旗。
いわゆる錦の御旗である。
錦の御旗は、今回の作戦のために新たに製作された。
鮮やかな朱色の生地に金色の刺繍で菊が描かれており、近衛師団の心の拠り所として後世にまで伝えられることになるのである。
「連隊長殿、ドイツ軍事顧問団に石原少将がいるとのことです」
「先にそちらを抑える。同行してくれ」
「了解しました。ところで、ドイツ軍事顧問団の扱いはどうされるのです?」
「命令通り、友軍として扱う。粗相のないようにな」
「了解です」
同様の命令は、ドイツ帝国陸軍遠征軍にも届いていた。
テッドが平成会と、駐日ドイツ大使のヴィルヘルム・ゾルフに働きかけた結果である。
ドイツ側の独断専行を不問にして、友軍として関東軍の武装解除に参加させることで面目を保つ。代わりに満州国の油田に関しては、今後一切口出ししないというのが条件である。
この決定に際しては、カイザーを筆頭に強い反対意見が出された。
しかし、ドイツ帝国陸軍遠征軍の壊滅的な損害を知るに及んで立ち消えとなったのである。
「武器を地面に置いて両手を上げろ!」
「この部隊の指揮官は誰か!? ただちに出頭せよ」
近衛師団による武装解除は順調であった。
この時代、近衛師団に刃を向けるのは陛下に刃を向けるのと同等である。そんなことをしでかせば、家族親類まで責任を問われかねない。
これに加えて、追い打ちで陛下の肉声レコードと直筆降伏ビラを喰らった関東軍の兵たちは完全に抜け殻状態になっていたのである。
続々と武装解除されていく様子を横目に見ながら、相沢と副官は総司令部に向かう。かつては威容を誇っていた総司令部も今や閑散としており、廃墟の如しであった。
「……永田鉄山少将。関東軍クーデターの首謀者として拘束する」
「……」
司令官公室のデスクに座る永田は悄然としていた。
ぶつぶつと何事が呟いているようであったが、聞き取れなかった。
「……き」
「き?」
永田の呟きに副官が聞き直す。
「貴様らがいなければぁぁぁぁっ!?」
絶叫してデスクの引き出しからコルトM1911を取り出す。
そのままの勢いで副官に銃口を向けて引き金を引く――が、何も起きなかった。その瞬間に、相沢の抜いた軍刀が首筋に叩き込まれる。
「……貴様のような下衆を斬っては剣が汚れるからな」
もちろん峰打ちである。
本気だったら首が飛んでいたであろう。
クーデターの首謀者である石原と永田を確保したことにより、関東軍の反乱は事実上の終息を迎えた。二人の身柄は内地へ移送され、軍事法廷が開かれることになる。
しかし、本当の後始末はこれからであった。
テッドは関係者共々、方々を駆けずり回ることになるのであるが、彼が落ち着けるのはいったい何時になるのかは誰にも分からなかった。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
村田刀
種別:白兵戦兵器
全長:960mm
刀身長さ:678mm
刀身幅:28.8mm
刀身厚み:6mm
柄長さ:230mm
鞘長さ:730mm
全備重量:1.63kg
反り:15.5mm
重心:鍔から92mm
この世界では、平成会がちょっかいを出したせいで、サーベル式の外装ではなく最初から日本刀の外装となっている。材質や製法は史実の村田刀と同様であるが、刀身のサイズや重量バランスは史実の九五式軍刀に範をとっている。
錆に強く、良く切れる実用軍刀であり、曲がっても補修が容易なために、戦場で斬りまくること可能であった。
ちなみに、平成会では軍服に合わせた略刀帯の開発にも介入しており、試作された略刀帯は某る〇剣の斎〇が装備してのと同じデザインであった。実際に使用した結果、軍刀のみを佩用するならば問題無かったものの、他の装備を携帯するのには問題があり、結局史実のデザインに落ち着いている。
この軍刀がSHIMAZUの手に渡ったことにより、キチガイに刃物……もとい、鬼に金棒となった。第6師団には、史実の百人斬り競争よろしく、本当に百人斬った『剣豪』がごろごろいたという。
村田刀の使い手で最も名高いのは、第1次大戦に従軍した相沢三郎(当時大尉)である。熱烈な志願により特例として第18師団へ転入された相沢は第1次大戦の全期間を戦い抜き、公認記録で130人以上(非公認だとその倍近く)のドイツ兵を斬り殺している。
※作者の個人的意見
軍刀はもっと評価されても良いと思います。
武士の飾りに過ぎないただの金属板から、近代戦術に対応するべく進化した武器なのですから。
この世界ならば、さらに進化させられそうで楽しみではあります。
さすがに斬鉄剣は無理でしょうけどw
三八式歩兵銃
種別:軍用小銃
口径:7.7mm
銃身長:797mm
使用弾薬:三八式普通実包(史実九九式普通実包)(7.7mm×58)
装弾数:5発
全長:1258mm
重量:4100g(弾薬除く)
発射速度:射手の腕によって変化
銃口初速:740m/s
有効射程:1700m
名前こそ三八式であるが、実際は史実の九九式小銃である。
平成会の技術陣の技術提供によって開発された。
当時採用されていた小銃としてはトップクラスの性能であったが、特筆すべきは部品の規格化による互換性の確保である。この世界のイギリスを例外とすれば、世界で最も早い採用例であり、本銃を生産するためにイギリスから治具や加工機械を輸入している。
帝国陸軍では八〇式自動小銃への置き換えが進められているが、同じ実包を使用しながらも反動が軽く命中率に優れるために三八式を好む古参兵は多い。その命中率から、狙撃銃として今後も生き残ると思われる。
※作者の個人的意見
歩兵銃から、バトルライフルへの切り替えはいろいろ大変だなとあらためて思いました。主な問題は弾薬消費と反動のきつさ、あとはドクトリンでしょう。
弾薬は共通なので問題無いですが、単発で反動の少ない九九式から、連射する八〇式の反動のキツさに慣れるには時間がかかるでしょう。この世界の日本は大陸から撤退するので、バカみたいな長射程は不要になりますし、比較的近距離で弾幕を張る必要性を考えると選択自体は正しいモノだと思います。多分。
I号戦車
全長:4.02m
全幅:2.06m
全高:1.72m
重量:5.4t
速度:48km/h
行動距離:140km
主砲:MG17 13mm重機関銃
装甲:6~13mm
エンジン:クルップM305A 4ストローク水平対向4気筒空冷ガソリンエンジン80馬力
乗員:2名
ドイツ陸軍が戦後に開発した軽戦車。
英国から『カーデン・ロイド戦車』を輸入して研究した結果、足回りは極めて似通った構造となっている。
仮想敵であるロールスロイス装甲車やカーデン・ロイド戦車を確実に始末出来るだけの火力を確保するために、第1次大戦中に開発されたマウザーM1915(史実M1918)の弾丸を流用した機関銃を新規に開発している。
中国大陸における軍閥同士の争いに投入されたが、戦車としては早々に性能不足を露呈してしまった。各種改良が実施されたものの、最終的には偵察車両としての運用がメインとなっている。
1927年の満州侵攻時に日本軍の八七式中戦車に一方的に撃破されたことにより、ドイツ帝国陸軍は火力と機動力のバランスを重視した中戦車思想に傾倒することになる。
※作者の個人的意見
史実のI号戦車の速度と火力を若干向上させたものです。
主砲はオリジナルで、史実マウザーM1918の弾丸を使用した重機関銃です。
1917年に採用されたのでナンバリングはMG17にしているのですが、ドイツの機関銃のナンバリングは年代だったり、口径だったりで良く分かりません…(汗
この世界のドイツでも第1次大戦中に独自の戦車開発をしていたのですが、いわゆるTOG2ショックで全て白紙になってしまいました。ちなみに、切り札として投入した『象撃ち銃』ことマウザーM1915(史実M1918)はTOG2相手にかすり傷にもならなかったので、当時の関係者たちが発狂しています(酷
像撃ち銃こと、マウザーM1915(史実マウザーM1918)ですが、この世界では機動力でかき回してきて鬱陶しいロールスロイス装甲車や、カーデンロイド豆戦車を遠距離から安全に仕留めるために開発されています。いくら装甲の薄い経験値ボックスでも、そんなのでは抜けませんよね(WOT脳
戦後になってから、カーデン・ロイドを輸入して研究した結果、史実よりも大幅に前倒ししてI号戦車が完成。これをそのままスケールアップしてTOG2クラスの重戦車を開発する予定だったのですが、足回りが重量に耐え切れずに難航しているのが現状だったりします。
大陸の軍閥の覇権争いで、コンバットプルーフされて各種改良&派生型の開発が捗るでしょう。車体の大きさ故の限界もあるし、ペーパープランで終わるかもしれませんが。
『ノモンハン』も経験するでしょうから、早々に重戦車構想は捨てさって機動力を重視するようになるかもしれませんね。下手すりゃ戦前に3号とか4号が主力になっている可能性も…(白目
↑とか言ってたら、満州で逆ノモンハンされたので早々に中戦車に傾倒するでしょう。4号戦車が早期に開発されるかもしれません。かわりに虎とか王虎とかは……微妙?
八七式中戦車
全長:5.55m
全幅:2.33m
全高:2.23m
重量:16.2t
速度:50km/h
行動距離:200km
主砲:47mm戦車砲
副武装:八七式車載重機関銃×2(車体前面 砲塔天蓋)
装甲:25mm/25mm(車体正面/側面) 20mm(車体背面)
25mm/25mm/10mm(砲塔正面/砲塔側面/砲塔天蓋)
エンジン:統制型八二式発動機空冷4ストロークV型12気筒ディーゼルエンジン(過給機付き)280馬力
乗員:4名
1927年(皇紀2587年)に制式採用された中戦車。
10年以上早く実現してしまった、新砲塔チハたんである。
テッドが仲介した英国からの技術導入により、鋲止めが廃止されて全面的に溶接によって組み立てられている。
エンジンは、平成会が原乙未生(当時少佐)に研究を依頼して史実よりも早期に統制型ディーゼルが採用されている。
史実と異なるのは、部品の品質が向上したために信頼性確保のために低性能を甘受する必要性が無くなったことである。この世界の統制型ディーゼルでは予備燃焼室を採用せず、過給機を付けたことで性能が向上している。
試作車の武装は47mm砲のみであったが、制式採用時には重機関銃が装備された。史実と異なり、車体前面と砲塔天蓋に装備されたために、『かんざし』砲塔ではなくなっている。
車載機関銃は、三八式や八〇式で使用する三八式実包(史実九九式実包)と共通の弾丸を使用する八七式車載重機関銃である。史実九七式車載重機関銃をベースに開発されており、発射速度の向上とベルト給弾への対応が行われている。
当初は榴弾の運用がメインであったが、対戦車戦闘用に徹甲弾も後に配備されている。良好な機動性により、一線を引いた後も偵察車両として用いられることが多かった。
満州の厳しい気候における動作テストと戦術研究のために戦車教導団から独立中隊が派遣されていたのであるが、1927年の満州派のクーデターに伴ってそのまま関東軍の指揮下に組み入れられている。
現地の整備兵によるアイデアで、空冷ディーゼルの外側に直接水噴射してエンジンを冷やすギミックが搭載されており、オーバーヒートの回避と、出力発揮時間の延長が実現している。しかし、満州の砂塵とエンジンを冷却した水が混ざって泥状となり、乾いてこびり付いて使用後のエンジン性能が著しく低下する欠点が判明したために、このアイデアが全面的に採用されることは無かった。
※作者の個人的意見
チハたんは弱くなんてありません!
少なくても、登場した時点では世界水準だったのです。そんなわけで、ちょっとだけ登場時期を早めてみました(10年がちょっととか言っちゃダメ
史実でもチハたんに統制型ディーゼルを積む計画はありましたし、実際に九七式中戦車を流用した装甲工作車に搭載されてたので、統制型ディーゼルを積むことは自体は問題無し。この世界だと史実よりも高性能な統制型が出来ちゃってるので、そいつを積んでしまえば良好な機動力が確保出来ます。
対戦車戦闘の要となる徹甲弾ですが、史実で試作されたタングステン弾芯の徹甲弾で1500mで45mmを抜いていますので、側面狙いなら史実M4にも対抗出来るでしょう。
空冷エンジン本隊に直接水をかけて冷やすというアイデアは、今は無き架空機の館の日本戦車で採用されていたやつです。水噴射を使った後にエンジンをバラすと、表面に泥とオイルが混じったゲル状の物質がこびり付いているので大変だと思います。初年兵が、ハンマーと木べらでコンコンと叩いて汚れを落としているに違いないですw
鹿児島県民のおいらとしては、その惨状がありありと想像出来ます。
原付を整備するとき、ギアボックス周辺にオイルと桜島の灰が混ざって頑固にこびり付いているのを落とすのに辟易していますし(怒
マウザーM1915Ⅱ
種別:重グレネードランチャー
口径:50mm
銃身長:680mm
使用弾薬:グレネード、HEAT、ガス弾、信号弾など
全長:1380mm
重量:10.8kg
有効射程:使用する弾薬によって異なる。
最大射程:80~1500m(最大仰角~水平撃ち。グレネード使用時)
戦後にドイツ帝国陸軍が制式採用した軽迫とグレネードランチャーの中間とでも言うべき存在。ドイツ帝国陸軍では、重グレネードランチャーのカテゴリーに入れられている。
第1次大戦後にマックス・ヘルマン・バウアーによって開発された。
当時のバウアーは新しい毒ガス戦術の模索をしており、彼の目に留まったのが大戦中に日本軍から鹵獲した三年式重擲弾筒であった。
小型軽量でありながら、800gもの重量弾を遠距離に投射出来る三年式重擲弾筒であれば、敵陣へ毒ガス入りの小型ガスボンベを直接投射することが可能と見積もられた。これが実現出来れば、従来の毒ガス戦術よりも作戦の柔軟性と効果の確実性が狙えると彼は考えたのである。
試作した小型毒ガスボンベを三年式重擲弾筒で発射する実験は見事成功したのであるが、実際に運用するとなると問題が山積みであった。これは日本、ドイツ両陸軍のドクトリンの違いによるものが大きかった。そこで、バウアーは擲弾筒の要素をそのままに再設計を行い、完成したのがマウザーM1915Ⅱである。
名称にⅡの名がついているのは、ベースとなったマウザーM1915(史実M1918)の部品を流用しているためである。史実M1918から、銃身を引っこ抜いて50mm径の軽迫撃砲を載せたような外観をしている。
銃身にはライフルが刻まれており、回転によって弾体を安定させる機構になっている。ストックを地面につけて角度をつければ迫撃砲となり、2脚を使用すれば水平射撃が可能である。
迫撃砲にしては高い命中精度と、至近から遠距離まで対応出来る歩兵の火力投射手段として大いに期待されており、より洗練されたモデルが現在開発中である。
使用弾薬は最初は毒ガス弾のみであったが、重量弾を遠距離まで高精度で投射出来る性能を買われてグレネード弾やHEAT弾も開発された。結果として、化学兵器部隊が歩兵支援能力と対戦車戦闘能力を獲得してしまい、兵科間の縄張り争いの原因となった。
特筆すべき点としては、この世界で最初のHEAT弾採用例であることが挙げられる。理想的な条件ならば80~90mm程度の装甲板を貫徹することが可能であったが、砲身のライフルで弾体が回転してメタルジェットが拡散、威力低減を起こしていることが判明したために、後期生産タイプのHEAT弾にはスリップリングが装着されている。
※作者の個人的意見
現在のライフルグレネードもどきです。
最大の違いは、ライフルグレネードがアサルトライフルの余技に対して、こちらは専用モデルということです。
迫撃砲とグレネードランチャーの良いとこ取りを狙ったのですが、そういうのは双方の欠点もかかえてしまうものです。実際、迫撃砲として見れば単発で発射速度はどうしても落ちますし、グレネードランチャーとして見れば大きすぎるのは問題でしょう。でもまぁ、火力投射手段に欠けるこの時代なら、それなりに有用だと思います。
シエルバ W.11T エアホース
乗員数:4~5名
全長:27m(ローター含む)
全幅:28.96m(同上)
全高:5.41m
メインローター径:14m
空虚重量:6437kg
最大離陸重量:13438kg
発動機:ロールスロイス マーリン133 2030馬力×2
最高速度:250km/h
巡航速度:170km/h
上昇限度:3550m
航続距離:570km
武装:非武装(ドアガン設置可)
戦前にテッドが召喚したシエルバ W.11 エアホースを、この世界のシェルバオートジャイロ社が改良したもの。胴体前部に単一ローター、後部に横並びローターという現時点では世界唯一のトライローター機である。
胴体中央部にエンジンを置き、そこから延長軸で3つのローターを駆動する機構となっている。胴体後方部は荷物室となっており、貨物なら7t程度の積載が可能である。
朝鮮半島南部の大規模牧草繁茂計画(グラウンドグラス計画)のために使用された後は放置されていたのであるが、再整備されて今回の作戦に投入された。
旅客輸送、傷病者輸送機、空中重量物運搬などの派生型も多く、史実のCH-47 チヌークと同様に魔改造が繰り返されていくことになる。
※作者の個人的意見
この機体を出したいがために、今回の粗筋を考えたといっても過言ではありません(オイ
だって、世界唯一の実用トライローター機ですよ?英国面の権化ですよ?出すしかないでしょうが!?
重量物運搬ヘリとしては有望なので、史実チヌークと同様な魔改造をされたら凄まじく性能アップするでしょうね。今後も本編でも大いに活躍してくれると思います。
コルト M1911
種別:軍用自動拳銃
口径:11.43mm
銃身長:127mm
使用弾薬:11.43mm×23mm(.45ACP弾)
装弾数:7+1発
全長:216mm
重量:1130g(弾薬除く)
史実における傑作自動拳銃。
この世界でも同様である。
帝国陸軍の将校准士官が装備する拳銃は私費調達が基本である。
その分、個人的な嗜好が優先されるわけで、イマイチ頼りにならない国産拳銃よりも外国製の拳銃を購入する将校も多かったのである。
永田が所持していたM1911は、モルガン商会がお近づきの印に贈呈したものである。普段使いしていないので机の引き出しに眠っていたのであるが、咄嗟に使用したら発砲出来ないというオチであった。机に隠すならば、確実に発砲出来るリボルバーにしておくべきであろう。
※作者の個人的意見
ガバは確かに傑作自動拳銃ではあるけど、実際の取り扱いとか見てみると意外と不便だなと思ってしまいますね。
ガバ系を取り扱うときは、薬室に弾丸を入れずにハンマーを戻した状態をコンディション3、薬室に弾丸を入れてハンマーを戻した状態をコンディション2、ハンマーを起こした状態をコンディション1と呼ぶそうです。
普通に使えば、マガジンを入れてスライドを引いて薬室に装填。
この時点でスライドによってハンマーは起きているのでコンディション1となります。この状態でもサムセーフティがありますし、発砲の際にはグリップセーフティもあるので大丈夫だと思いたいですが、落としたら暴発しそうで怖いです。実銃を扱ったことないんで分かりませんけど、そこらへんどうなのでしょうね?
デコッキングしてハンマーを下ろせば安全性は上がりますが、シングルアクションオンリーなので発砲の再にはハンマーを再び起こす必要があります。拙作で永田がやらかしたのがこれです。ダブルアクションが組み込まれたダブルイーグルなら撃てたのですけどね。この時代じゃ無理ですけどw
まぁ、なんにせよ机に隠すには小型リボルバーですね。
最近のDAOの小型オートも信頼性は高いのでしょうけど、いざというときの信頼性を考えるとやはりリボルバーを推してしまいます。
関東軍の後始末は次回ですね。
戦闘描写は無いので、ほのぼの回になるでしょう。多分。
油田の優先権については、テッド君の失策ですね。
モノホンの英国紳士ならば、曖昧にしたままで上手く処理出来るのでしょうが、まだまだ修行が足りませんね。
『条約は破るためにある』というか、歴史を紐解くとこの手の独立保証やら安全保障がまともに履行されたケースが少ないです。日ソ不可侵とか独ソ不可侵とか、その他諸々エトセトラ。そんな中、日本は馬鹿正直に条約を守っていたわけです。現在のウクライナ情勢とかを見ると、国家間の条約ってなんだろうって自問してしまいますね。
コメントでもありましたが、ブラック企業並みの無茶ぶりをしたウォッチガードセキュリティ隊員へのご褒美が決まりました。なんと、隊員全員(300名以上)の日本への慰安旅行です。なんでも言うこと聞く権はテッド君の独断なので経費で落とせません。当然自腹となります。本編ではそこまで本格的に描写出来ませんが、自援SSでがっつり書く予定ですw
三八式歩兵銃――史実の九九式小銃ですね。
この銃によって部品の規格化による互換性の確保がなされたので地味に重要な立ち位置だったりします。命中精度が良いので、スコープを付けて狙撃銃として末永く生き残ることでしょう。
『ドイツの戦車はブリキ缶のようだった』とは、日本の戦車兵に一度は言わせてみたい言葉です。史実よりも10年早く出てきてしまった新砲塔チハに、I号戦車で歯が立つはずがありません。虎にアヒルが挑むようなものです。ティーガーフォビアならぬ、チハたんフォビアを発症しなければ良いのですが……(酷
エンジンに水噴射は、今は無き『架空機の館』の競争試作で投稿された日本戦車に採用されていたアイデアです。あそこはおいらの楽しみの一つだったのですが、今は閉鎖されちゃいました(´;ω;`)
実際に空冷エンジンに水噴射することによる効果ですが、オーバーヒート防止と全開出力発揮時間の延長がせいぜいだと思います。下手をすればエンジンが壊れる恐れもありますし。ぶっちゃけ水メタ噴射したほうが何倍も効果があるでしょう。しかし、現地改修で簡単に付けられるというのが重要です。
マウザーM1915Ⅱは、完全にオリジナルです。
擲弾筒がドイツにあったらどうなるかなぁと考えて作ってみました。命中精度と射程距離を重視したら、見事に榴弾筒のメリットが潰されたような気がしますが気にしない!
シエルバ W.11 エアホースは史実において唯一のトライローター機です。
リスペクト元で掲示板に投稿したのですが、採用されませんでした。この世界ではチヌークを凌ぐ大型輸送ヘリとしての地位を築く……はず。
ガバは特に書くことは無いと言うか。
普通に傑作自動拳銃ですよね。この世界の帝国陸海軍に制式拳銃を採用すべきでしょうかねぇ?仮に制式化するとしたら、やはりブローニングHP辺りが無難かとは思いますが。