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第63話 テッド・ハーグリーヴス暗躍(自援絵有り)


『……わたしはここに北伐(ほくばつ)の完遂を宣言する! 我ら南京政府こそが正当であり、民族の悲願である中国の再統一が果たされたのだ!』


 中華民国の首都南京。

 その総督府前広場において、蒋介石(しょうかいせき)が内戦の終結を高らかに宣言する。


 1927年4月。

 ドイツ帝国の全面的な支援を受けた蒋介石は、北京政府を打倒することに成功した。長らく続いた軍閥の群雄割拠が、ようやく終結したのである。


 蒋介石の宣言に、集まった群衆は地鳴りのような大歓声で(こた)える。

 その様子は電波に乗って、日本の英国大使館のラジオをも揺らしていた。


「ドーセット公。わたしを呼んだ理由をお聞かせ願えないだろうか? まさか世間話をするためだけに、ここまで呼びつけたわけではないでしょう?」


 ラジオから聞こえる大歓声に、顔をしかめる男。

 線が細い印象があるが美形である。裕福な出であるのか、私服のセンスも良い。


「あぁ、すみません。全員(そろ)ってからと思っていたのですが。とはいえ、時間がもったいないので本題に入りましょう」


挿絵(By みてみん)


 優雅な仕草で紅茶を口にするテッド。

 ちなみに、本日のお茶請けはバタフライケーキである。


 フェアリーケーキ(カップケーキ)のスポンジの真ん中をくりぬいてクリームやジャムを詰め、くりぬいたスポンジは二つに切って蝶の羽のようにトッピングする。春を告げるケーキとも言われており、時節的にピッタリなスイーツである。


「……関東軍から極秘裏に取引を持ち掛けられてますよね?」

「!?」


 美形――張学良(ちょうがくりょう)の顔色が変わる。


(大英帝国の腕はどこまで伸びているんだ……!?)


 数日前の関東軍と奉天軍閥の極秘会談を知られていることに戦慄する張学良。

 MI6の情報収集能力恐るべしである。


「……」

「沈黙は肯定と受け取りますよ。まぁ、悪い話じゃないので最後まで聞いてください」


 警戒心MAXな張学良であったが、テッドの話を聞くにつれて態度を軟化させる。


「確かに悪い話じゃない。しかし、無条件に信用は出来ません」

「でしょうね。なので、説得力のある人物を御呼びしているのですが……おっと、来たようですね」


 (はか)ったようなタイミングでドアがノックされる。

 入室してきたのは駐日ドイツ大使のヴィルヘルム・ゾルフと、男装の麗人であった。


「あ、あなたは!?」


 男装の麗人を見て絶句する張学良。

 彼は目の前の女性と面識があったのである。


「初めまして閣下」


 嫣然(えんぜん)と微笑む男装の麗人。

 張学良の目の前にいるのは、清朝の末裔である川島芳子(かわしま よしこ)であった。


「ドーセット公。彼女との会見をセッティングしてくれたことを感謝する。実りある話し合いが出来ましたぞ」

「わたしからもドーセット公には、お礼申し上げますわ」


 テッドに感謝を伝える二人。

 それを見た張学良は、計画が後戻り出来ない段階に達していることを悟った。


「……と、いうわけなのですがどうします?」

張作霖()はわたしが説得します。その話、奉天軍閥も噛ませていただきたい」


 関東軍が提示してきた条件よりも好条件で、しかも大英帝国とドイツ帝国の後ろ盾もある。張学良に、テッドの計画を断る選択肢は存在しなかったのである。







溥儀(ふぎ)が消えただと!?」


 電話で声を荒げる石原莞爾(いしわら かんじ)

 溥儀――愛新覚羅溥儀あいしんかくら ふぎは清朝最後の皇帝である。


「見つけ出すまで帰ってくるなっ!」


 怒りに任せて受話器を叩き付ける。

 満州国を諸外国に認めさせる大義名分が、溥儀を国家元首に据えることであった。しかし、その目論見は初っ端から頓挫(とんざ)してしまったのである。


「こうなっては仕方あるまい。最悪、溥儀がいないことを前提にするべきだろう」

「永田さん!? それは……!」

「我らの最大の敵は時間だ。他国が文句を言ってくるまでに国としての体裁を整えることが先決だろう」

「……確かに、そのとおりですな」


 永田鉄山(ながた てつざん)の意見に、不承不承ながら了承する。

 石原とて、ここで無駄な口論をしている時間が無いことは理解していたのである。


「話が違いませんかな? 我らは溥儀さまにお仕えすることを前提に協力を申し出たはずですが……」

「当初の予定通りでは無いことは事実だ。必ず説得してお連れするので信じて欲しい」


 数日後。

 奉天軍閥との会見において、張作霖(ちょうさくりん)は開口一番で不満を漏らす。


 奉天軍閥は、溥儀が国家元首に就任することを条件に協力することを約束していた。そのような状況で溥儀が行方知れずなどと言えるはずもなく、とりあえず説得中ということで乗り切ることにしたのである。


「……そうは言いますが、このままでは一族郎党を納得させることが出来ません。それなりの見返りを求めたい」

「分かっている。可能な限りそちらの要望を受け入れよう」


 同席している張学良の発言に対して、苦虫を嚙み潰したような表情で了承する。

 結果として、満州国の重要なポストは奉天軍閥の人間が独占する形となった。


 裏から満州国を牛耳ろうとした満州派の思惑は潰えることになった。

 このことに、密かに満州派を支援していた勢力は激怒した。永田と石原は、彼らを説得するために駆けずり回ることになったのである。


 1927年5月某日。

 満州国建国が宣言された。


 建国宣言は新京の関東軍総司令部前で(おこな)われた。

 建国を宣言したのは国家主席に就任した張学良であった。


 八方手を尽くしても、未だに溥儀の行方は(よう)として知れず。

 止むを得ず国家主席のポストを新設して、張学良に就任を打診した。


『溥儀さまをお連れすれば済む話でしょう。何をもたついているのです?』


 張学良は、それはもう嫌味たっぷりに、不承不承といった感じで国家主席を引き受けた。内心で怒りを覚える永田と石原であったが、事実なだけに反論出来なかった。


 満州国建国の報に対して、周辺国の反応は総じて敵対的であった。

 居留民に被害が出ているドイツは、即座に不当占拠であると公式声明を出した。中華民国とソ連もこれに続く形となった。


 日本に至っては、統帥権(とうすいけん)干犯(かんぱん)であるとして関東軍に即刻軍事行動の中止と、首謀者の召喚を求める始末であった。


『このままでは、周りを全て敵に回してしまう……!』


 さすがに危機感を感じた満州国側は、特使を周辺国へ派遣。

 特に日本には、奉天軍閥の長である張作霖を派遣した。


 それだけ日本との関係を重視していたということであるが、満州国の建国は奉天軍閥が主導したものであり、関東軍はその手伝いをしたに過ぎない――という言い訳を日本政府に信じこませることが不可能なことは、張作霖自身が一番よく理解していたのである。







「……このふざけた言い訳を信じろと?」


 外務大臣の幣原(しではら)喜重郎(きじゅうろう)は、相手に対して怒りを隠そうとはしなかった。


(わし)も、こんな戯言(ざれごと)を信じてもらえるとは思っておらん。逆の立場だったら、貴公と同じ態度を取るであろうよ」


 満州国特使である張作霖は肩をすくめる。

 その後も不毛な水掛け論に終始して、会談初日は終了したのであった。


「ところで、張作霖殿はどちらにご逗留(とうりゅう)されるので? 今後の日程の件もあるので教えていただきたいのですが」

「儂の宿か? 日本滞在中は英国大使館に泊まることになっておる。連絡はそちらにお願いしたい」

「は……?」


 思いがけない名前が出てきて困惑する幣原。


「以前、息子がドーセット公に世話になったことがあってのぅ。今回来日すると言ったら、是非にと誘われたのじゃよ」

「そ、そうですか……」


 最後に嫌味の一つでも言ってやろうと思ったが、英国が関与しているとなると話は別である。毒気を抜かれた表情で、幣原は張作霖を見送ったのであった。


「英国大使館へようこそ。息子様にはお世話になっております」

「なんの。こちらこそお世話になっております。今後も良いお付き合いをしてゆきたいものですな」


 大使館の応接室で固い握手を交わすテッドと張作霖。

 先ほどまで幣原に見せていた、何処となく小馬鹿にした態度とは打って変わって、じつに友好的である。


「ところで、ドーセット公。溥儀さまは今どうされていますか?」

「中華民国のイギリス公使館に(かくま)ってもらっています。あそこなら安全です」


 テッドの計画に賛同した溥儀は、MI6の手引きで天津租界(てんしんそかい)から脱出していた。関東軍の厳重な監視下に置かれていたはずであったが、MI6からすればザル同然であった。


「そちらの準備はどうです? 人手が足りないなら融通しますが……」

顯㺭(けんし)さまが動いておられます。かの地には協力者も多い。準備はつつがなく進んでおりますぞ」


 顯㺭――愛新覺羅(あいしんかくら)顯㺭(けんし)は川島芳子の本名である。

 表だって動けない溥儀の名代として、彼女は建国間もない中華民国で暗躍していた。


「それにしても、息子から計画を聞かされたときには驚きましたぞ。まさかこのような手があったとは……」

「満州に居座った関東軍を排除するには、この手しかありませんよ」

「儂が言うのもなんだが、英国と日本は同盟国だろう。こんなことをして後々問題にはならんのか?」


 張作霖の疑問は当然のことであろう。

 しかし、テッドはニヤリと(わら)う。


「関東軍はガンです。小さいうちに取り除かねばならないのです。それこそが真の同盟というものです」

「確かにその通りではあるな……で、本音は?」


 張作霖とて、魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもが巣食う満州の地を治めてきた奉天軍閥の長である。うわべだけの言葉に(だま)されるほど、お人よしでも無かった。


「僕を暗殺しようとするだけにとどまらず、神聖なコミケを汚した関東軍は死をもって償え」

「うわぁ……」


 即答するテッドに、ドン引きする張作霖。

 すがすがしいくらいに、自分の欲望にストレートである。


「でもまぁ、結果として関東軍はいなくなるし、ドイツのバックアップも受けられますから、満州の統治はスムーズに進みますよ?」

「それはまぁ、そうだが……」

「僕から言わせれば、関東軍と日本は別物です。現地で暴走する軍隊ほど質の悪いものは無いですからね。むしろ礼を言って欲しいくらいです」

「そ、そこまで言うか……」


 その後も二人の話し合いは続けられた。

 事が成った後の方針について、詳細が煮詰められていったのである。







『関東軍は、満州の地に清朝を再興させる約束を履行(りこう)しないばかりか、卑劣にも(ちん)の命を狙ってきた。これは重大な裏切り行為である! 朕はここに満州国亡命政府の設立を宣言する! 朕こそが正当であり、悪しき関東軍を満州の地から叩き出すのに皆の力を貸していただきたい……!』


 1927年6月某日。

 溥儀による満州国亡命政府宣言は、世界中に衝撃を与えていた。


「溥儀め、裏切ったのか!? 誰かあのふざけたラジオをやめさせろ!」


 関東軍総司令部の一室で、ラジオを聞いていた石原は絶叫していた。


「しかし、これはまずいぞ……」


 ソファに座る永田の顔は蒼白であった。

 溥儀を国家元首に据えることで周辺国との軋轢を回避しようと考えていたのだから、普通に考えれば亡き者にすることはあり得ない。


 しかし、周囲がそれを信じるかどうかは別問題である。

 ぶっちゃけ、先に言った者勝ちなのである。反論しようにも証拠が無いのでどうしようもないし、そもそも話すら聞いてもらえない状況であった。


「失礼致します! 閣下、面会要求が多数きておりますが……」


 面会要求を伝えにきた兵卒を、血走った眼で睨む永田と石原。


「誰も通すな! 断じてだっ!」

「は、はっ!」


 慌てて(きびす)を返す兵卒。

 大急ぎで階下へ戻っていく。


「話が違うじゃないか!?」

「永田と石原を出せ!」

「溥儀さまを亡き者にしようとは言語道断! 死んで詫びろっ!」


 階下には、満州国政府の役人や有力者が大挙して押し寄せていた。

 最終的に武器をちらつかせて、お帰り願ったが状況は最悪であった。


 彼らの大半が、張作霖との裏取引で国の重要ポストに就任した奉天軍閥の人間なのである。彼らを敵に回せば国がまともに動かない。これは致命的であった。


 現地住民は関東軍を嫌っているというレベルではなく、はっきりと憎悪していた。そのような状況で溥儀のラジオ演説を聞いたらどうなるか。答えは言わずもがなである。


「ジョンストン! 会いたかったぞ!」

「陛下もご壮健で何よりです。安心しましたぞ」


 満州国亡命政府宣言から三日後。

 中華民国のイギリス公使館に匿われている溥儀を、レジナルド・ジョンストンが訪ねていた。彼は、史実において溥儀の帝師(ていし)(皇帝の家庭教師)を務めた人物である。


「……これは?」

「ドーセット公からのお手紙をお預かりしてきました」


 史実と同じく、ジョンストンは中華民国の威海衛(いかいえい)租借地の行政長官(弁務官)への就任が内定していた。そのことを知ったテッドが、自らの私信を託したのである。


「……ジョンストン。ドーセット公は信用出来るのか?」


 テッドからの手紙を見て困惑する溥儀。

 書かれている内容が、あまりにも突飛だったのである。


「直接会ったことが無いのでなんとも言えませんが……少なくとも、あの方が本国で油田を掘り当てたことは事実です」

「それなりの根拠があるということか。もし、これが事実だとすれば、満州は経済的に自立出来る……!」


 テッドが溥儀に送った手紙には、個人ではあるが支援は惜しまないことと、そして……。


『満州国を取り戻した暁には、油田を献上致します』


 と、はっきりと書かれていたのである。







「さて、この責任をどう取るつもりだ? んん?」

「「「……」」」


 国家安全保障会議(NSC)の上座に君臨するのは、後藤新平(ごとう しんぺい)総理大臣である。それに対して、召喚された陸軍上層部の面々は縮こまっていた。


 関東軍の満州武力制圧のときから、後藤は陸軍を問い質していた。

 しかし、満足な回答が得られなかったばかりか、先の満州国建国宣言でもお茶を濁された。そこへきて、溥儀による満州国亡命政府宣言である。


 海外から日本に対して批判が殺到するに及んで、さすがの後藤もブチ切れた。

 総理権限でNSCを緊急招集したのである。


 NSCは、国家安全保障に関する重要事項および重大緊急事態への対処を審議するために、平成会の政府出先機関である内閣調査部の提言によって設置された。元ネタは、当然ながら史実の同名の組織である。


 集められた生贄(いけにえ)――もとい、陸軍上層部の面々は満州派に属するか、それを支援する派閥に属していた。彼らとて、今まで無為に過ごしていたわけではない。考えられる限りの策を講じていた。全て無駄に終わってしまったが。


「我々からも言いたいことがあります。あなた方は、ドーセット公の暗殺計画を黙認していましたね?」


 後藤とは別件で激怒しているのが、今回のNSCに出席している平成会のモブたちであった。公安(史実の特高)の『取り調べ』で民政党議員がゲロった事案の一つにテッドの暗殺計画があったのである。


『どうして言ってくれなかったんですか!?』

『いや、こんなの公にしたら国際問題になるし……』

『それはそうですが、貴方に死なれたら平成会は立ち行かなくなるんですよ!? そこらへん分かっているんですか!?』

『す、すみません……』


 発覚後にこんなやり取りがあったとか。

 謝罪させられたテッド・ハーグリーヴスであるが、自業自得である。


「総理。関東軍は現地で解体すべきだと思います!」

「解体して、そのまま海外領土に飛ばしてしまいましょう。本土に戻しても肩身が狭いでしょうし」

「海外領土に展開している部隊は本土に戻しましょう。双方でwin-winですね!」


 草食系な平成会と言えど、自分たちの神輿(みこし)兼スポンサーに手を出されたら黙っていられない。普段は意見を求められるまで自重しているが、今回はアグレッシブであった。


「うむ、関東軍に対してはそれで良いだろう。問題は上層部だが……」


 後藤の丸眼鏡がギラりと光る。

 丸眼鏡の悪魔、此処に在りである。


「実行犯の永田、石原両名は、捕縛して軍法会議送りです。もちろん、内容は公開します。後であれこれ言われたくありませんからね」

「満州派は根こそぎ更迭、良くて予備役送りが妥当だと思います!」

「統制派と、その他の対ソ強硬派も、この際いっしょに死んでもらいましょう。どうせ大陸から撤退するんだから必要ありませんし」


 それに(こた)える平成会の面々も、えげつない。

 普段からは想像もできない態度である。


「我らの血と汗の結晶である大陸を手放すというのか!? 許されんぞ!」

「彼らなりに国を思っての行動なのだから、もう少し慈悲をだな……」


 たまらずに、反論する陸軍上層部の面々であったが……。


「やかましい! おまえらのせいで、どれだけ方々(ほうぼう)に迷惑がかかったと思っているんだ!?」

「ドーセット公の身に何かあったら、大英帝国と全面戦争待った無しだったんだぞ!? このド近眼の脳筋野郎どもがっ!」

平成会(うち)らを下僕扱いした馬鹿二人も大概だが、それを信奉するあんたらはそれ以上の(くず)だろうが!」

「貴様らのような連中のせいで、現場の人間が辛酸をなめることになるんだぞこの野郎!」


 それに倍する勢いの罵詈雑言(ばりぞうごん)で撃沈される。

 『やれば出来るじゃないか』とばかりに、後藤が感心しているのは割とどうでも良い事である。


 結果として、満州派だけでなく統制派にも容赦無い大鉈が振るわれた。

 池田純久(いけだ すみひさ)東条英機(とうじょう ひでき)も予備役送りこそ逃れたものの、閑職に飛ばされることになる。


 後に『昭和の大粛清(だいしゅくせい)』と称された大規模人事異動によって、平成会派が陸軍上層部に占める割合が高まった。とはいえ、それでも少数派に過ぎなかったが。


 平成会派は上層部での影響力を高めるために、頻繁に勉強会を実施した。

 史実知識を活かして、近代兵器とその運用について熱心に説いたのである。


 実際は接待の意味合いが強く、勉強会の締めは熱海の旅館でどんちゃん騒ぎすることが恒例であった。もちろん、経費は全て平成会派持ちである。


 当初は、ただ酒が飲めるということで参加する将校が大多数であったが、純粋に勉強会に参加する者も増えていった。その結果、親平成会派とでも言うべき派閥が形成されていく。彼らの活躍によって、陸軍のドクトリンは大きく変化していくことになるのである。







「……と、いうわけで日本は大陸の権益の一切合切を放棄するみたいです」

「それはなんとも思い切りましたな……!」


 事の次第を聞かされて驚愕するゾルフ。

 平成会から日本政府の方針をリークされたテッドは、善後策を検討するために駐日ドイツ大使館を訪れていた。


「大陸から撤退することで日本は名誉回復を図ろうとしていますが、その前に解決しなければならない問題があります」

「居座っている関東軍の処遇ですな?」

「そのとおりです。軍の上層部は投降を呼びかけていますが、望み薄でしょう」


 これまで再三の召喚命令を無視してきた関東軍である。

 今更、何を言っても無駄であろう。


「……なるほど。武力鎮圧するのに、中華民国に便宜を図って欲しいと?」

「お願いします。日本から要請が行く前に、貴国から話を通してもらえればスムーズに事が進むでしょう」


 平成会側は明言を避けていたが、最終的に関東軍を排除するのに武力を用いることは既定事項であった。その援護射撃をするためにテッドは動いていたのである。


「しかし、関東軍排除のためとはいえ、新たに日本軍を中華民国へ招き入れるのは素直に頷けませんな。現地の民族感情が爆発しかねない」

「それを抑えて欲しいのですよ。中華民国の民は、貴国に対しては友好的だからなんとかなるでしょう?」

「簡単に言ってくれますな……」


 渋面となるゾルフ。

 それだけテッドの言葉は無茶ぶりだったのである。


 元々、中華民国での対日感情は良いものでは無かった。

 当時の軍閥が、治安を維持するために積極的に反日感情を(あお)っていたのである。


 ドイツから派遣された軍事顧問団も反日感情を利用していたので、手が付けられないほどに現地の対日感情は悪化していた。そのような状況で新たに日本軍が乗り込んで来たら、どんな事態が引き起こされるか分かったものではないのである。


「無論、タダとは言いません。相応の報酬を用意させていただきます」

「ほぅ?」

「満州国には油田が存在します。それも大規模なのが」

「なんですと!?」

「協力を確約してくれれば、油田の場所をお教えしますし、採掘に全面協力しましょう」


 先ほどまでの渋面はどこへやら。

 ゾルフはすぐさま本国と連絡を取ったのであった。


「……大使館からの報告によると、中華民国における日本軍の展開に便宜を図ることと、新生満州国を国家として正当に扱うことが油田発掘協力の条件だそうです」

「東洋の(ことわざ)で、『盆と正月が一緒に来た』とはこのことか! じつに目出度い!」


 報告を上奏したヒンデンブルグ大統領の目の前で、ヴィルヘルム2世(カイザー)は歓喜していた。


「では、この条件をお認めになるのですか?」

「当然だろう。余は中華民国と同様に、満州国とも末永く付き合うつもりだ」


 テッドの言う油田は史実の大慶(たいけい)油田を指す。

 当時の中国の石油事情を一変させた巨大油田であり、工業化のきっかけとなった。『あのときに満州で油田が発見されていれば……』と、よく火葬戦記のネタにされる存在でもある。


「余が蒋介石に親書をしたためよう。それと、中華民国には軍事顧問団がまだいたな?」

「蒋介石の支援に回したのが残留しております」

「それを遠征ドイツ帝国陸軍として再編成しろ。日本と共に満州に巣食う関東軍を討つのだ!」

「仰せのままに」


 恭しく頭を下げるヒンデンブルグ。

 関東軍制裁の準備は着々と整いつつあったのである。







「ドーセット公。わたしは決心しました。自ら近衛師団を率いて関東軍を鎮圧しますっ!」

「ぶふぅっ!? げほっ、げほっ……!」


 口からお茶を吹き出すテッド。

 不敬極まりないが、致し方なしであろう。


 諸々の根回しを終えたタイミングで、お茶会のお誘いがあった。

 慣れないことをして心身ともに疲れ切ったテッドは、気分転換になると快く参内(さんだい)したのであるが、冒頭の爆弾発言でのたうち回るハメになったのである。


「へ、陛下っ! それだけはっ! それだけはおやめくださいっ! 御身(おんみ)に何かあったらどうするのです!?」


 我に返って、必死に説得する。

 しかし、今上天皇(きんじょうてんのう)の決心は固かった。


「危険なのは百も承知です! わたしが兵たちの前に現れれば、彼らも改心するはずです」

将帥(しょうすい)たるもの、みだりに最前線に出てはいけませんっ!」


 この段階で、テッドはテーブルに置かれた小説に気付く。

 そのタイトルを見て、心の中で絶叫する。


(誰だ!? 陛下に〇れん坊〇軍を見せたのはぁぁぁぁっ!?)


 そんなことをやらかしたのは、当然ながら平成会であった。

 平成会の熱烈な時代劇ファンが私財を投じて出版したところ、たちまちベストセラーとなったのである。

 

 解りやすい勧善懲悪(かんぜんちょうあく)なストーリーが受けたのであろう。

 今上天皇の最近の愛読書の一つであった。


 ちなみに、後にラジオドラマ化されて史実では恒例だった殺陣(たて)のテーマも完全再現された。アップテンポでパワフルなメロディが大受けして、様々な用途に使い倒されることになるのである。


 泣いてすがって歯茎を()いて懇願(こんがん)するテッドに根負けする形で、しぶしぶながらも陣頭指揮を諦めたのであるが、近衛師団の派遣だけは(くつがえ)らなかった。


『朝敵を討つ機会到来だ!』


 この決定を聞いた近衛師団の兵たちは、大いに士気をあげた。

 実戦経験の無い近衛師団は、他の部隊から『おもちゃの軍隊』と揶揄(やゆ)されて鬱憤(うっぷん)をためていたのである。


「今こそ、ドーセット公から受けた大恩を返すとき!」


 別の意味で燃え上がっている(おとこ)もいた。

 欧州戦線の剣鬼こと、相沢三郎(あいざわ さぶろう)大佐である。


 彼は暗殺未遂を不問とされたうえに、テッドのコネで憧れだった近衛師団入りを果たしており、その際に異例の2階級特進を果たして大佐に昇進していた。裏でどのような駆け引きがあったのか想像するだに恐ろしいことである。


 当然ながら、相沢のテッドに対する友好度は天元突破しており、夢にまでみた朝敵撃破のシチュと相まって、ヤバいオーラが噴き上がっていた。戦場で彼の目の前に立った者は、例外なく同じ結末を迎えることであろう。


 1927年7月。

 中華民国への近衛師団の派遣が正式に閣議決定された。


 現地では、カイザーの親書を受けた蒋介石が近衛師団の受け入れを表明した。

 あくまでも一時的な措置であること、手を汚さずに関東軍を排除する良策として国民に理解を求めたのである。


 同時に、遠征ドイツ帝国陸軍の編成も進められた。

 元軍事顧問団だけあって、実戦経験・装備共に充実した精鋭部隊と化したのである。


「こうなったら、徹底抗戦して譲歩を引き出す他に道は無い」

「地の利は我らにあります。おもちゃの軍隊なんぞ蹴散らしてみせましょう!」


 対する関東軍は、満州全土に戒厳令を布告すると共に、全ての部隊を臨戦態勢に移行させた。近衛師団と遠征ドイツ帝国陸軍、関東軍との決戦は間近に迫っていたのである。

史実よりも早く北伐が完了して、中国全域が中華民国の影響下となりました。

ドイツと国民党政府の蜜月が、史実以上に続くことになるでしょう。

国民党軍の装備も、完全にドイツ式になりそうです。


満州国の実務は張学良以下の奉天軍閥の人間が独占することになるでしょう。

ただ、史実の溥儀は政治に興味があるみたいで、うまく折り合いをつける必要があるでしょうね。


民政党議員が暗殺計画をゲロって、平成会のモブが大激怒。

結果として、日本版大粛清が発動してしまいました。満州派や統制派はもちろんのこと、史実の皇道派の一部(小畑敏四郎など)も処分の対象です。でもまぁ、命があるだけ本家よりはマシですよね?w


陸軍上層部の空いたポストには、平成会派の将校が滑り込むわけですが、とてもじゃないですが定数を満たせません。そもそも、平成会で軍人を志す人間自体が少数派ですし。そんなわけで、親平成会派を形成すべく涙ぐましい努力をしています。


各種資源に石油まで取れるようになったら、ナチスと国民党の蜜月なんてレベルじゃないくらいにドイツはベッタリでしょう。テッド君が釘を刺しているので、あくまでも対等な国家として扱うことになりましたが。もちろん、租借の件は無しです。長期的に見たらこっちのほうがお得ですし。


第8代将軍が主役の時代劇が、この世界に顕現してしまいました。

殺陣のBGMも完全再現されたので、関東軍の処刑が捗りますね!(違

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― 新着の感想 ―
[一言] 将軍陛下→陛下。 前回の感想のうち、上記の記述を修成しま す
[一言]  平成会のガス抜きが出来て良かった。これ以上ストレスが溜まっていたら「やめとけ、赤の戦士マジで切れてる。街中でリルボム使いかねねーぞ」状態になって手が付けられなくなってたろう。  後そうだ…
[一言] 思うのですが、関東軍に226、中国戦線と軍の現地部隊の暴走を何度も経験してる日本こそ政治将校制度が必要な国だと思うんですよね。あれほど文民統制を強固にするシステムはあるまい。
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