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第61話 作戦名:サークル『英国大使館の愉快な仲間たち』へようこそ!(自援絵差替え済み)


「お買い上げありがとうございまーす!」


 客から紙幣を受け取り、お釣りを返す。

 同時に相手を確認するのも忘れない。同人誌を渡しつつ素早く観察する。


 二人組の目線が完全にマルヴィナに向いていたので、難易度はベリーイージーであった。身長180cm越えのヴィクトリアメイドスタイルの褐色美女がいたら、そっちに目がいくに決まっているのである。


(二人組で、一瞬見えた脇にはホルスター……私服警官か。まず間違いなく平成会だよなぁ……)


 内心でため息をつくテッドであるが、この程度はしょうがないと考えていた。

 コミケ当選に舞い上がって、親しくしている平成会の同人仲間にうっかり話してしまった時点で、何らかの対応を取られると諦めていた。コミケを中止させられなかっただけでも僥倖(ぎょうこう)とさえ思っていたのである。


(ん、こいつは……)


 コミケに似つかわしくない、ガラの悪い男が同人誌を購入する。

 男は会計のために懐から財布を出そうとして――その瞬間にテッドが動いた。


 神速のジャブが顎先(あごさき)(とら)える。

 隣のサークル主の視線が外れた瞬間を狙った、抜く手もみせない早業であった。


「おい、大丈夫か!?」

「なんだ? 熱中症か!?」

「救急車を呼べっ!」


 失神した男に殺到するのは、日本語堪能なMI6のエージェントの皆さんである。彼らは、実行犯の身柄と凶器を確実に確保するためにサークルの周辺にたむろしていた。テッドの不審な動きが周囲に露見しないように盾としても機能していたのである。


「道を空けてください! 担架通りまーす!」


 まるで(はか)ったようなタイミングで現れる救急隊員。

 彼らもMI6のエージェントである。駐車場で待機していた彼らは、無線で指示を受けて飛んできたのである。


「よし、出せ!」

「了解っ!」


 駐車場を飛び出す救急車。

 この救急車はキャデラックの改造車であり、帝都に最近配備された救急車と同型である。


 ちなみに、日産・オースチンの二強状態の日本では、アメ車は希少であった。

 止むを得ず今回の作戦のために輸入したのであるが、アメリカ国内でもギャング&マフィア御用達で品薄状態で入手困難であった。輸入を取り仕切ったN・M・ロスチャイルド&サンズの日本支社は、ギリギリな納期に間に合わせるために危ない橋を渡っていたのである。


「……ここは?」


 テッドに失神させられた男は目を覚ます。

 まったく見覚えのない場所であり、しかも椅子に座ったまま縛られていた。


「やぁ、お目覚めかね」


 そんな彼に声をかける見知らぬ紳士。

 ぱっと見は日本人でありながらも、ボーラーハットにスリーピース・スーツと非の打ち所がない。手に持っている獲物が雰囲気をぶち壊していたが。


「次の生贄(いけにえ)が来るまで時間がある。まずは小指の第一関節からいってみようか」

「な、何を……!?」

「素直に話してもらうための、ちょっとした仕込みだよ。達磨(だるま)になるまでに話してもらいたいが、簡単に口を割ってもらってもつまらないから粘って欲しいものだな」


 人気(ひとけ)のない倉庫に絶叫が響き渡る。

 男にとって、地獄の悪夢の始まりであった。







「ん、美味しい」


 スモークサーモンときゅうりのサンドイッチを旨そうに食べるテッド。

 同人誌が完売したことでご機嫌である。まぁ、その何割かはMI6のエージェントの皆さんが買っていったのであるが。


「こうやって、外で食べるのも悪くないわね」


 マルヴィナも、まんざらでもないような様子である。

 紅茶を飲みつつB.L.Tサンドに手を伸ばす。


 ランチタイムになったサークルスペースのテーブルにはクロスが敷かれ、ぱっと見でも高級そうな陶磁器の上にはサンドイッチが盛り付けられる。大皿には、塩の効いたクリスプス(ポテトチップス)が盛られ、付近に広がるのは紅茶の香りである。


 これだけの食材を事前に持ち込むことは不可能である。

 しかし、最初のラッシュアワーが過ぎればコミケ会場の混雑も解消される。一般入口から追加搬入することは不可能では無いのである。


 しかし、メイド達が運搬用ワゴンを、それも複数搬入となればどうしても目立ってしまう。入口でコミケスタッフと問答となったが、中身(食材と調理器具とコスプレ衣装)を見せることで無事に通過出来たのである。


「……ところで、後ろが少々騒がしいのだけど?」

「ゴミ掃除をしているのよ」

「あぁ、そういえばあの()たちはマルヴィナ・ブートキャンプの卒業者か。かわいそうに……」


 テッドが同情したのは、メイドたちではなく相手のほうである。

 マルヴィナは、メイド達を短期集中訓練で鍛えあげていた。マルヴィナ・ブートキャンプはその通称である。


 『町娘を立派なアサシンに』という物騒なスローガンは伊達ではなく、卒業者はメイド姿の殺戮機械(キリングマシーン)となる。ヤクザ者など素手で瞬殺である。


 サークルの背後から不意打ちしようとしたヤクザ者達は、メイドによって全滅させられた。手足を縛られ、猿ぐつわまでかまされたヤクザ者たちは、ワゴンに押し込められて退場するハメになったのであった。


001(ダブルオーワン)よりキング。応答せよ』


 ランチタイムも終わろうとする時間帯。

 サークルスペースの片隅に置かれたSCR-536(携帯無線機)から聞こえてくるのは、シドニー・ライリーの声であった。


「……こちらキング。何かあった?」


 しゃがみこんで応答するテッド。

 サークルスペースの机はテーブルクロスで覆われているので、座ると外部からは死角となる。


 既に隣接のサークルは完売で退去しており、周辺にはMI6のエージェントしかいなかったが、万が一ということもある。実際、離れた距離から私服警官の平成会メンバーが見張っていたのである。


『動きに変化があった。奴らトイレに集結している』

「あー、今の時間帯なら人気(ひとけ)が無いトイレはねらい目か。誰かが入れ知恵したんだろうけど」

『よせやい。照れるじゃないか』

「褒めてないっ!」

『実行犯リストがあると言っても、この広大な会場で確保するのは手間がかかる。実際、目標の4割程度しか確保出来ていない。まとめて一網打尽は現実的な選択肢だぞ?』


 相も変わらず手段を選ばないシドニー・ライリーに、思わず頭を抱えてしまう。

 だが、有効な戦術であることは確かなのである。


「わたしの出番というわけね!?」


 横で聞いていたマルヴィナが割り込んでくる。

 じつに良い笑顔なのであるが、普段の彼女を知っている人間からすれば不気味なことこの上ない。


「マルヴィナだとやり過ぎるから心配なんだよ!? コミケで人死にが出たらイベントが中止になりかねないから、それだけは絶対に避けて!」

「じゃあ、半殺しにしておくわ」


 どことなく、ウキウキしているように見えるマルヴィナ。

 彼女が『お花摘み』に行くのを心底不安そうに見送るテッドであったが、彼の目は離れた場所での動きを見逃さなかった。


「キングよりダブルオーワンへ。クイーンに虫が1匹ついた。おそらく私服警官。それも平成会のメンバーだと思う」

『ダブルオーワン了解。一人くらいならなんとかなるだろ』

「不安だけど、もう任せるしかないんだよなぁ……」


 テッドはマルヴィナのことを心配していたが、五体満足的な意味で刺客のことも心配していた。彼女が半殺しと宣言した以上、間違っても殺すことは無いであろう。逆に言えば、死ななきゃ何をやっても良いとお墨付きを与えてしまったのである。







(テッドの言っていた私服警官か……)


 『お花摘み』のためにトイレへ向かうマルヴィナであったが、途中から尾行されていることに気付いていた。


 マルヴィナが歩いているのは、『タワー・オブ・仮設トイレ』である。

 ちなみに、制式な名称ではなく通称である。いつの間にかにそう呼ばれるようになったのである。


 その名の如く、立体構造にすることで比較的狭いスペースにも関わらずトイレの設置数を稼いでいた。イメージ的には、自走式立体駐車場に仮設トイレを置きまくったと言えば理解しやすいであろう。


(ふむ……)


 曲がり角で尾行者の視線を切ったマルヴィナは、ジャンプして2階部分の骨組みを片手で(つか)む。指だけで全体重を支えつつ、懸垂の要領で身体を持ち上げてしまう。


 超一流のクライマーであれば指一本かかれば、全体重を支えることが出来るという。それほどではないものの、マルヴィナのやっていることも凄い芸当である。


 難なく2階部分に到着した彼女であるが、さらに最上階の3階へ登っていく。


「なっ!?」


 突然現れたマルヴィナに驚愕するのは、最上階に居たヤクザ者である。

 しかし、彼は偶然ここに居たわけではない。


 『誰か』の入れ知恵のおかげで、ヤクザ者にしては襲撃計画は周到であった。

 トイレに来たテッドとマルヴィナ(ターゲット)が、万が一包囲網を突破して逃亡することも考慮されており、1階に主戦力を置きつつ上層にも戦力を配置していたのである。


(だが問題無ぇ。女も殺せと言われてっからな)


 下卑た笑いを浮かべて、ヤクザ者はマルヴィナに長ドスを振りかざす。


「がっ!?」


 しかし、マルヴィナはあっさりと避ける。

 圧倒的なリーチ差を活かして片手で首下を掴む。


「……!?」


 そのまま一気に吊り上げる。

 この時代の日本人の体格が小柄軽量であることを差っ引いても、恐るべき膂力(りょりょく)である。


 吊り上げられた際に、長ドスを手放してしまったヤクザ者には、為す術が無かった。見苦しくジタバタするのみである。その様子をつまらなさそうに見つめていたマルヴィナは、良いことを思い付いたとばかりにヤクザ者を放り出す。


 突然過ぎて事態が飲み込めなかったヤクザ者であったが、我に返ると長ドスに飛びつき――そのまま、マルヴィナの踏み付けで手を砕かれた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 長ドスの柄を握っている状態で、上から強く踏みつけられたらどうなるか。

 正解は指関節破壊による開放骨折である。激痛に加えて、出血と骨が剥き出しになったことでヤクザ者は半狂乱となって絶叫する。


「……」


 のたうち回るヤクザ者を見て、うっすらと笑みを浮かべるマルヴィナ。

 しかし、彼女は容赦しなかった。追い打ちの蹴りでアバラを粉砕する。これほどの惨状であっても、すぐさま死に至ることは無いので彼女的にはOKなのである。


『ダブルオーワンより、クイーンへ。平成会の犬がそっちに向かっている。早くそこから離れろ』


 悦に浸っていたマルヴィナであったが、スカートの中から聞こえてくる声で我に返る。声の発信源は、太もものホルスターに仕込んでいる携帯無線機からであった。


 見つかるとめんどくさいことになるので、3階から飛び降りる。

 驚異的な身体能力であるが、史実の第〇狂ッ〇ル団の隊員も3階から飛び降りて無傷で着地している。まだまだ人類の範疇(はんちゅう)である。


「!? おい、大丈夫か!?」


 数分後。

 息せき切って駆け付けたのは、サークルを見張っていた平成会メンバーの片割れである私服警官であった。


「くそっ!? 次は下か!?」


 今度は下から鈍い音が連続して聞こえてくる。

 マルヴィナ(護衛対象)を見失って焦る彼は、後ろ髪を引かれながらも男を放置して下の階へ走るのであった。







「お、親分!? 空からメイドが!?」


 1階に集結していたヤクザ者たちは、〇ーミ〇ーター座りをしているマルヴィナに困惑していた。いきなり目の前に落下してきたのである。驚かないほうがどうかしている。


 しかし、その逡巡(しゅんじゅん)が命取りであった。

 彼らに万が一、いや、億が一にも勝機があるとすれば、まさにこの瞬間だったのである。


(なんだ? 両目が光った?)


 ロボットじゃあるまいし、そんなことあるわけがない。

 彼らが見たのは、入射光のアングルとタイミングがたまたま一致しただけである。その瞬間にキリングマシーンは動き出す。


「げぼぉぁっ!?」


 一瞬で間合いを詰めて、マルヴィナの腹パンチがさく裂。

 食べた物どころか、胃液まで吐き出す強烈さである。


 なお、これでも思いっきり手加減している。

 彼女が本気になったら、貫手(ぬきて)で人体をぶち抜けるのであるから。


「や、野郎っ!?」


 転げまわる仲間を見て、慌てて獲物を構えるヤクザ者たち。

 全く意に介さずに、マルヴィナは間合いを詰める。


「死ねや……っああ!?」


 振り下ろされる白刃を無造作にキャッチする。

 それも刃の根本ではなく先端である。恐るべき動体視力と膂力である。


 日本刀は切れ味に定評がある。

 刀身を素手で握ろうものなら骨まで達するほどの傷を負いかねない。しかし、彼女は無傷であった。


 その秘密は彼女が装着している防刃グローブにあった。

 この世界の英国は、世界に先駆けてケブラー繊維を実用化していたのである。


挿絵(By みてみん)


(これがジャパニーズソード……)


 白刃をキャッチしただけに飽き足らず、腕力に任せて奪い取ったマルヴィナは興味深そうに長ドスを眺める。


(見た目はサーベルに近いけど、振りやすい……)


 感覚を確かめるように長ドスを素振りする。

 軽く振っているようにしか見えないのに、ビュンビュンと大きな音が出る。


「ぐわぁっ!?」

「ぎゃぁ!?」

「ひぎぃっ!?」


 素振りの音にビビったヤクザ者達は、マルヴィナの動きにまったく反応出来なかった。一瞬にして両膝を砕かれる。


 ちなみに、峰打ちである。

 刃で斬ったら、あっさり切断して出血多量で死に至るので、手加減したのである。


「……」


 激痛で、のたうち回るヤクザ者たちを見て快感に浸るマルヴィナ。

 褐色肌で分かりづらいが、顔は上気して汗ばんでいた。


 さらに追い打ちで両肩も砕く。

 次に砕く場所を思案しているところで、またしてもスカートの中から声が飛び出る。


『ダブルオーワンよりクイーンへ。お楽しみのところ悪いが、反対側も急いで片付けてくれ。時間稼ぎもそろそろ限界だ』


 ため息をついたマルヴィナは、通路を挟んで反対側に移動するのであった。







「ぎゃあっ!?」

「ぐわぁっ!?」

「ひぎぃっ!?」


 マルヴィナの長ドスによる峰打ちで、待ち受けていたヤクザ者たちは関節を砕かれる。先ほどまでの楽しむような雰囲気は微塵も無く、バッサバッサと無造作に打ち倒していく。


「……!」


 1階のヤクザ者を殲滅し、2階へ上がろうと際に異変が起こった。

 握っていた白鞘(しろさや)つかが砕けたのである。


 長ドスは、日本刀の刀身を白鞘に納めたものである。

 刀身を保存・保管するのが白鞘の本来の用途であり、一般的な日本刀に比べると戦闘には向いていない。


 鞘自体は(のり)で貼り合わせただけであるし、柄も割れやすい。

 つばも無いので、刺すと手が前に滑って怪我をする恐れがあるなど欠点だらけなのである。


「……」


 もっとも、マルヴィナにとっては大した問題にはならなかった。

 素手でリンゴを砕ける彼女の握力をもってすれば、柄の中に納まっていた(なかご)を直接握ってぶん回せる。


 逆にヤクザ者たちにとっては、不幸以外の何物でもない。

 今まで脆弱な柄が威力を吸収していたのが、直接握ることによって威力が増したのである。2階に潜んでいたストレス解消用の玩具(ヤクザ者)が全滅したのは、数分後のことであった。


「死ねやおらぁぁぁぁぁっ!」


 最上階に到達したマルヴィナは不意打ちを受けた。

 ギリギリまで物陰に潜んでの、完璧なタイミングでの不意打ちであったが、数瞬の余裕をもって一撃を受ける。


「ぐっ!?」


 全力で打ち込んだはずが、圧倒的パワー差で跳ね飛ばされるヤクザ者。

 しかし、腕に覚えがあるのか、素早く体勢を立て直して長ドスによる連撃を繰り出す。


「……」


 連撃を余裕をもっていなすマルヴィナ。

 しかも片手である。傍から見ても、明らかに遊んでいるように見える。それがヤクザ者の(かん)に障ったのであろう。


「ふざけんなぁぁぁぁっ!!」


 絶叫と共に長ドスを放り出し、懐から拳銃を取り出して彼女の鼻先に突きつける。


「死ねっ……って、なんで撃てねぇ!?」


 このまま引き金を引けば確実に倒せる。

 しかし、それは叶わなかった。マルヴィナの左手が拳銃のシリンダーを掴んでいたのである。


 ハンマーを起こしていない拳銃は、シリンダーが回転しないと撃発しない。

 いわゆるダブルアクションである。


 しかし、ヤクザ者が手にしているスミス&ウェッソン製のミリタリー&ポリスは、シングルアクションにも対応していた。それ故に、ハンマーを起こせば撃発出来るのであるが……。


「……」


 ミシミシと、笑顔で拳を固めるマルヴィナを前にして、それが出来る人間は皆無であろう。砲弾のようなストレートを喰らったヤクザ者は、二度とステーキを食べれない顔にされたのであった。


 ヤクザ者の全滅を確認したマルヴィナは、再び3階から飛び降りる。

 そのまま何食わぬ顔をして、テッドの待つサークルまで戻る。その姿を見つけて、発狂寸前の悪い虫――もとい、マルヴィナを追跡していた平成会のモブは多少なりともSAN値を回復することが出来たのである。







「おかえりマルヴィナ。無事で良かった」

「ちょうど良いストレス解消になったわ」

「ストレス解消、ねぇ……」


 何事も無く戻って来たマルヴィナを見て安堵するテッドであったが、彼女の言葉にジト目になる。つい先ほど、無線機ごしにシドニー・ライリーから愚痴(ぐち)を聞かされたばかりなのである。


 現場では、現在進行形で必死の隠ぺい工作が行われていた。

 ぶちのめされたヤクザ者の数は3桁に迫る数である。搬出するだけでも一苦労であった。


 これだけの人数を不審に思われないように搬出するには、かなりの困難が伴うのであるが……。


「ま、いいか。どう考えても自業自得だよね」

「そうよ。気にすることは無いわ」


 二人はあっさりと考えることを放棄した。

 計画を立てたのも、土壇場で臨機応変に対応したのもシドニー・ライリーであるが故に、後始末も彼が行うべきであろう。


「そうそう、さっきサンソム卿がコスプレ衣装を持っていったから、そろそろ着替え終わるんじゃないかな。見に行こう」

「コスプレに興味無いけど、テッドが行くならわたしも行くわ」


 『存在そのものがコスプレじゃないの?』と口に出しかけて、慌てて口にチャックする。たとえ大女であっても、超絶の戦闘能力を持っていたとしても、マルヴィナのメイドスキルは一流である。決してコスプレなどでは無い……はずである。


「すみせーん、撮影良いですか?」

「目線くださーいっ!」


 更衣室のある南館の付近は、レイヤーの園である。

 人気コミック、時事ネタ、あるいはオリジナル設定などなど、様々なコスプレにカメコが群がっていた。


 そんな百花繚乱のレイヤーの中でも、飛びぬけた完成度を誇る二人のレイヤー。

 テッドはその二人に近づいていく。


「おぉ、ドーセット公。来てくれましたか」


 全身真っ赤な衣装でニヤリと笑うは、英国大使館の職員であるジョージ・ベイリー・サンソム卿である。原作を忠実に再現した赤いコートにサングラス、二丁拳銃もとんでもなくリアルに再現されている。


「ドーセット公、衣装の運搬でご迷惑をおかけしました。さすがに、この衣装を一人で持ち運ぶのは難しくて……」


 申し訳なさそうに頭を下げるのは、サンソム卿の妻であるキャサリン・サンソム女史である。アラフォーながらミニスカハイレグな衣装は、史実の〇姉妹に匹敵するレベルのコスプレっぷりである。


 背後に背負ったデ〇ドロ〇ウムの再現度も凄まじい。

 史実で作者も『やりすぎた』と言わしめた武装システムは、小道具というより大道具の域に達していた。


「……テッド」


 唐突にマルヴィナは、小声でテッドに呼びかける。


「……分かってる」


 素っ気なく応えるテッド。

 本来の目的を果たすべく警戒レベルを上げる。


 彼が此処に来た本来の理由は(おとり)であった。

 事ここに至っても、未だに動きを見せない陸軍の刺客を誘引するべく動いていたのである。


 コスプレ鑑賞しつつ、さりげなく周囲を警戒していると、近づいてくる不審な人物が一人。明らかにこちらを目指している。


(……なんで警官のコスプレをしているんだろ?)


 テッドの刺客に対する第一印象である。

 コスプレ会場であるから、TPOを弁えたということなのであろうか?


 テッドは、史実知識で彼のことを知っていた。

 この世界においては、直接の面識もあった。至誠至忠(しせいしちゅう)な人柄と、剣の腕を買われて裕仁親王の護衛として返礼使節団に参加していたのである。


 男の名は相沢三郎あいざわ さぶろう

 史実においては、相沢事件を引き起こして2・26事件の遠因を作った男である。


 この世界においては、第1次大戦中の東部戦線で100人斬りを達成して敵味方から剣鬼として恐れられた男であり、最強の刺客としてテッドの前に立ちはだかったのである。







(ドーセット公。あなたに恨みは無いが、これも宮さまのため。許されよ……!)


 テッドに向かって間合いを詰める相沢。

 その歩みは自然体であり、周囲のギャラリーは気にも留めていない。


 一息でれる間合いとなり、しかも標的は横を向いた。

 絶好のチャンスである。利き腕がサーベルの柄にかかる。


「おー! ジャパニーズポリススタイル! 良く出来てるなぁ!」


 テッドが動いたのは、その瞬間であった。

 滑るような動きで、一気に間合いを詰める。


「!?」


 構わずに斬り伏せようとして、視界外からの痛みで一瞬意識が逸れる。

 その正体は、マルヴィナの指弾であった。彼女の放ったソブリン金貨がすねに命中したのである。


 指弾は単純な技ではあるが、モーションが小さい故に敵に読まれにくい。

 熟練者ならば、硬貨を段ボール紙に突き刺す程の威力が出せる。


 鉛玉で木の板を撃ち抜くことが出来るマルヴィナは、熟練者を超えた達人であった。さすがに、今回は手加減していたが。それでも当たれば強烈に痛い。


「このサーベルとか、まるで本物じゃないか! 自作したのかい?」

「なっ!?」


 一瞬にしてサーベルを分捕(ぶんど)るテッド。

 バーティツは世界初の総合武術であり、素手による対武器も想定されている。間合いに入ってしまえば、お手の物であった。


「うーむ、良く出来ているな。まるで本物のようだ……。何処で作ったのか教えてもらえません? あ、もちろんタダとは言いませんよ。それなりの情報料はお支払いします。でも、やっぱりお高いんですかね? いや、金額相応の仕事をしてもらえば問題無いんですけどね」


 良く出来ているどころか、本物である。

 そんなことは百も承知で、しげしげとサーベルを眺める。


「返せっ!」


 あまりのことに茫然自失となった相沢であったが、我に返って掴みかかる。


「おっと」


 しかし、これをあっさりとテッドは(かわ)す。


「うっ……」


 躱しざまに、サーベルの鞘を鳩尾(みぞおち)に叩き込む。

 強烈な一撃を喰らって、意識が朦朧(もうろう)とする相沢。


 バーティツには、護身手段としてステッキの使用が想定されている。

 テッドほどの達人となれば、サーベルをステッキに見立てて扱うくらいチャメシ・インシデントである。


「ありゃ? おい、しっかりしろ!? 誰か!? 担架を持って来てくれ!」


 ご都合主義的なタイミングで現れるのは、MI6のエージェントが扮した救急隊員である。最強の刺客は、時間にして5分足らずで退場するハメになったのであった。


「……おっと、動くなよ。この引き金は軽いからな?」

「……!?」


 同時刻。

 ギャラリーに紛れて不審な動きをする男が、シドニー・ライリーによって捕縛されていた。


 彼は後始末要員であった。

 相沢がテッドの暗殺?を成功させたら適当な場所で始末し、失敗したら相沢もろともテッドを射殺する任務を帯びていたのである。


 かくして、作戦名(オペレーション):サークル『英国大使館の愉快な仲間たち』へようこそ!は完遂された。


 捕縛された実行犯は105名。

 その内訳は、ヤクザ者103名、陸軍軍人2名である。


 捕縛された実行犯は、帝都郊外の倉庫に送り込まれた。

 しかし、ヤクザ者のほぼ9割が半死半生の重症であり、達磨を作って暇を持て余していた拷問官は嘆いたという。


 元シリアルキラーで、MI6日本支部の拷問官に就職した変わり者である彼の言によると、『純粋な少女の如く、無垢な状態から拷問するから意義がある』とのことである。それでも、この期に及んで未練がましい命乞いをするヤクザ者の拷問で、それなりに楽しんでいたようではあるが。


 ヤクザ者と違って、己の罪の重さを認識しているのか陸軍の二人は(いさぎよ)かった。

 全ての罪を認め、あっさりと計画の全容を白状したのである。


 相沢に至っては、自害しようとして逆に拷問官を慌てさせた。

 最終的に二人の始末についてはテッドに委ねられ、後始末要員は陸軍に籍を置いたままMI6のエージェントとして働くことになった。


 実行犯である相沢は、近衛師団へ転入となった。

 無茶な人事を押し通すために、あらゆるコネを使うハメになったのであるが、テッドは後悔していなかった。多少硬過ぎるきらいはあるものの、彼の誠実かつ実直な人柄を気に入っていたのである。

うーむ、R-18Gを予告したのに、思ったよりグロくなりませんでした。

やはりマルヴィナさんに、半殺しまでの制約を付けたのは失敗でしたかね。

どちらかというと、拷問官の自援SSを書いたほうがグロくなりそうです(苦笑


今回の一件で、満州派と民政党は追い込まれることになります。

派手な粛清の嵐といきたいところですねぇ(愉悦

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回も楽しく拝見しました。 007かキングスマンか。 アクション編でしたね。 プーチン大統領の名セリフ「便所にいても捕まえて、やつらをぶち殺してやる」を思い出しました。 マルヴィナ姐さん…
[一言] 拷問官さん可哀想……
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