第60話 コミケ警備という無理難題に挑戦する平成会
「何故、許可したのだ!? 全権大使に何かあったら国際問題だぞ!?」
「い、いや、その、書類上は全く問題ありませんでしたし、サークル選考に平成会は直接関わっていませんでしたし……」
内閣調査部に響き渡る怒声。
声の主は、丸眼鏡と髭の悪魔――もとい、後藤新平であった。
「あのときは、選挙対策でうちらもそれどころでは……」
「言い訳はいいっ!」
「「「ひぇぇっ!?」」」
怒れる上司に縮みあがる平成会のモブたち。
事の始まりは、今年の夏コミにドーセット公がサークル参加することが判明したことであった。
『じつは、皆にサプライズがある。これを見よっ!』
『そ、それはコミケの当選通知!? ドーセット公もコミケに参加されるのですか!?』
『僕はイギリスのコミケ主催者だよ? 日本のコミケに参加しない理由は無い。というか、全力で参加しなければならないだろぉぉぉ!』
ドーセット公と特に親しい、同人趣味の平成会メンバーとのお茶会における爆弾発言であった。
サークル参加の件は、ただちに平成会上層部に伝えられた。
そして、内閣調査部から後藤に伝わって今に至るわけである。
ちなみに、サークル名『英国大使館の愉快な仲間たち』、氏名『テッド・ハーグリーヴス』での登録である。ド直球にも程があるが、ドーセット公夫妻、さらにサンソム卿夫妻も参加となるので、このようなネーミングとなったらしい。
普通に気付けそうなものであるが、参加申し込み書類は完璧な日本語で記入されていた。膨大なサークルから選別するデスマーチ状態が続いていたスタッフに気付けというのは酷な話であろう。
直接コミケ運営に関わることは無くなったものの、平成会は未だに強い影響力を保持していた。裏から手を回して当選を取り消すことも可能であったが、肝心の当選通知は既に送付されており手遅れである。
残された手段は、本人を説得することのみであったが……。
『……』
笑顔とは本来攻撃的なものである。
殺気マシマシな無言な笑みに、慌てて退散するハメになったのであった。
「……貴様らのレポートは読ませてもらった。アメリカが志那への本格進出を目論んでいると。震災前後処理公債の処理と、民政党の選挙の背後にアメリカの裏社会が絡んでいるとのことだったな?」
「は、はい……」
「このたわけ者っ! 2度もアメリカの謀略を潰したドーセット公が、のこのこと外に出て行こうものなら、奴らから狙ってくれと言ってるものではないか!」
再び落とされる後藤の雷。
テッドの身に何かあれば、日英同盟にひびが入りかねないのである。彼の危機感は相当なものであった。
「かくなるうえは、何が何でもドーセット公を守らなければならぬ。もはや手段は選んでおれん! こうなったら軍隊を動員してでも……」
コミケ中止が最善であるが、ここまで世間で話題になってしまっているのを中止してしまっては、政権批判につながりかねない。次善の策として、軍隊を派遣して守ることを考えたのである。
「そ、それだけは勘弁してください!」
「ドーセット公が、わざわざ普通に参加した意味を考えてください!」
「コミケを軍隊で警備しようものなら、どんな反感を買うか分かったものじゃありません。ご再考を!」
平成会の必死の説得によって、軍隊派遣という最悪の事態は回避された。
ドーセット公の不興を買うことは避けたいという、後藤の心情を巧くついた平成会側の勝利である。
しかし、代案として平成会によるコミケ警備が課せられた。
コミケ警備という前代未聞の難題に平成会は挑むことになったのである。
『ただいまより、第7回コミックマーケットを開催致します』
素敵な声のお姉さん――いわゆるウグイス嬢であるが、彼女のアナウンスと同時に会場は人で埋まってゆく。
帝都中央区晴海の埋め立て地が夏コミの会場である。
この世界においては、早くから晴海の埋め立て工事が完了しており、大正時代に入ってからは帝都国際見本市の会場となっていた。
帝都国際見本市会場は、A館、B館、C館、東館、西館、南館、新館の7つの建物で構成されている。その建設には平成会が強く関与しており、身も蓋も無い言い方をするならば、平成初期の晴海(C40~49)を再現したものであった。
帝都国際見本市会場の一般入り口から最も遠いであろう場所。
東館の最奥に『英国大使館の愉快な仲間たち』のサークルは設置されていた。
コミケでサークル参加する際には、会場から専用スペースとして机とイスのセットが提供される。サークルを複数組み合わせた列を『島』と呼び、実際の形状は長い『ロの字』形に長机を組み合わせるのが一般的となる。
島がいくつかまとめられたものを『ブロック』と呼ぶ。
マイナージャンルでサークルの数が少なくブロックにまで至らない、たった1つの島で全サークルが入ってしまう場合には、『ひと島ジャンル』と呼ぶこともある。
一般的に、コミケでは似たジャンル、似た傾向のサークルは近接して配置するのが普通である。この時代だと人気漫画の2次創作が主流であり、エロ同人も急速に勢いを増していた。
しかし、ドーセット公の描く同人誌はオリジナルであり、マイナージャンルどころかオンリーワン状態であった。必然的に隅っこに追いやられることになったのである。
「お買い上げありがとうございまーす!」
紙幣を受け取り、お釣りを返す。
ただ、それだけの動きが印象に残ってしまうのは、無駄を極力排した洗練された動きだからであろう。その動きは、どう見てもサークル初参加とは思えなかった。
(それにしても、滅茶苦茶目立つな二人とも……)
ドーセット公のサークルの同人誌を表紙買いした男。
会計の際に、マジマジと見つめる形となったが、ベストにスラックス姿の金髪碧眼のハンサムと、上下隙無くヴィクトリアンメイドスタイルを貫く褐色爆乳ねーちゃんのコンビは、良くも悪くも目立ちまくりであった。
「よぅ、首尾はどうだ?」
「今のところは異常無いな」
サークルを離れた男は、同じような服装の男と合流する。
彼らは、私服警官で平成会のメンバーであった。
「……なぁ、ここって一番奥のマイナージャンルだよな? なんでこんなに人が居るんだ? しかも外人ばっかりだし」
「言われてみればそうだな」
生前はコミケの常連だったために、二人は今回のコミケ警備に選抜されていた。
それ故に気付けた違和感であった。
史実の晴海で開催されたコミケは、一般参加客はB館とC館付近からの入場であった。この世界のコミケも同様であり、既に開場したというのに入口付近は未だに長い行列が出来ていたのである。
大多数の一般参加者は、コミケ開場と同時に人気ジャンルかつ、行列の出来るサークルを集めたA館に殺到する。ドーセット公のサークルは入口から最も離れた東館の最奥であり、この時間帯に人がいるのはおかしいのである。
「というか、気軽に話しているから知り合いじゃないのか?」
「知り合いにしては多過ぎるだろ。ざっと100人はいるぞ」
「ドーセット公の交友関係ならあり得るんじゃないか。あの人多趣味だし」
「それもそうか」
違和感には気付いたものの、とりあえず様子見する平成会のモブズ。
事なかれ主義と言うことなかれ、実際に取れる手段が彼らには無かったのであるから。
「うーむ、壁サー並みとまでは言わんが、それなりの行列になったな……」
「マイナージャンルでここまで盛況になったのは前代未聞じゃないか?」
開場して1時間程で、ドーセット公のサークルの前は行列となっていた。
止むを得ず、距離を取る平成会のモブズ。
「だが、紛れ込めるので監視には好都合ではあるな」
「多すぎても、それはそれで困るんだが……」
大の男二人が、いつまでも閑散とした場所に居たら、それはそれで怪しまれる。
監視役からすれば、現状は好都合であった。
隣接するサークルは、さぞや迷惑しているかと思いきや、嬉しい悲鳴をあげていた。ドーセット公のサークルで買い物した外人客は、隣接するサークルの同人誌も買っていったのである。マイナージャンルで、大した量を用意していなかったこともあって、早くも完売御礼が出る始末であった。
「あ、隣のサークル主が慌ててる」
「今頃になって、ドーセット公本人だって気付いたっぽいな」
撤収の挨拶で驚愕する隣のサークル主。
搬入の際に気付けそうなものであるが、こんな場末に超VIPが居るなんて想像の範囲外だったのであろう。
TVが普及していないこの時代、新聞の白黒写真以外に本人の顔を知る術は無い。そういう意味では、隣接するサークル主たちは不運であった。
「……コメツキバッタのようにってのは、まさに今の状況なんだろうな」
「必死過ぎて笑えるな。当の本人はそれどころじゃないだろうが……」
傍から見ていれば、ギャグそのものであった。
このような光景は、ドーセット公のサークルが撤収するまで続くことになるのである。
「……って、なんだ? 様子がおかしいぞ?」
行列の先頭から聞こえる小さな悲鳴と、どよめき。
嫌な予感がした平成会のモブ達は急いで向かう。
「道を空けてください! 担架通りまーす!」
行列をかき分けてサークル前まで来た二人に飛び込んできたのは、緊急搬送される男であった。意識消失しているのか、ピクリとも動かない。
「何があったんだ?」
「なんかいきなり倒れたんですよ」
「あぁ。あれはビックリしたなぁ」
手近な客たちに聞いて回る。
日本人が少ないせいで聞き込みに苦労したが、話を総合すると会計をしようと瞬間に倒れたらしい。
「今日は暑いからみんな熱中症には気を付けよう。ちゃんと補水は忘れずに。ドーセット公との約束だぞ?」
「「「はーい!」」」
茶目っ気のあるドーセット公の言葉に、周囲はどっと笑いに包まれる。
その後は、特に何事も無く昼食時間を迎えることになるのである。
「羊羹とお茶の昼飯ってのは味気ないよな……」
「コミケ会場で昼飯が食えるだけマシだろうが」
テッドのサークルを視界に入れつつ、邪魔にならない場所で地べたに座る平成会のモブズ。現在、昼飯の真っ最中であった。
コミケ会場においてまともな昼食はまず不可能である。
生前の反省を鑑みて、平成会はコミケ会場周辺の売店を増やすなどの対策をしていたが焼け石に水であった。
必然的に食料を携帯するか、昼食を食べることを諦めるかの2択となるのであるが、コミケ会場に持っていく携帯食については、以下のポイントを満たすものが推奨される。
・常温でも保存可能
・軽量で嵩張らない
・高カロリー
そんなわけで、羊羹というチョイスは間違っていない。
生前はコミケの常連だったということもあり、そこらへんは心得たものである。
「それはそうだが……あっちを見ると……なぁ」
「馬鹿! 敢えて見ないようにしてるのに、言うんじゃねーよっ!」
彼らの目線の先に映るのは、昼食準備中のドーセット公のサークルである。
メイドによって、てきぱきと準備が進められていく。
メイドたちは、コミケ開始時にはいなかった。
昼食時間に合わせて呼んだのであろうが、恐るべき人員の無駄遣いである。こんなことは、大手の壁サーにだって真似出来ないであろう。
「でも、メイドさんが仕事してるのは萌えるよな」
「おまえ、メイドフェチだったのかよ……」
テーブルにはクロスが敷かれ、ぱっと見でも高級そうな陶磁器の上にはサンドイッチが盛り付けられる。大皿には、塩の効いたクリスプス(ポテトチップス)が盛られ、付近に広がるのは紅茶の香りである。
迷惑行為で咎められるかと思いきや、コミケスタッフは手が出せなかった。
コミケ会場内での飲食自体は禁止されていないし、完売したサークルのスペースで昼食を摂ることに文句を言うわけにもいかなかったのである。
他のサークルや、一般客の邪魔になるようであれば話は別なのであるが、サークルの配置が一番奥で周辺には余剰スペースがあった。運営側としても黙認するしか無かったのである。
「ったく、これだからお貴族様は……って、なんか様子が変じゃないか?」
「ドーセット公が、夫人を必死に止めているようにみえるな」
ドーセット公夫妻の優雅なランチタイムは唐突に終わりを迎えた。
二人は激しく言い争う――というより、ドーセット公が夫人を説得しているように遠目からは見えた。
「!? 夫人が動くぞ!? 俺は残るから、お前は夫人を追ってくれ!」
「了解!」
優先順位的には、ドーセット公が最優先なのであるが、夫人も護衛対象に変わりはない。後を追うモブその2。
(念のため、応援を要請したいところだが……)
応援を呼ぼうにも、この時代にはポケベルも携帯電話も無い。
20分おきに来る連絡と応援を兼ねた巡回部隊も、今しがた通過したばかりである。己の身の不幸を呪いながらも、監視を続けるのであった。
(何処に行くのかと思ったらトイレだったのか……)
安堵するモブその2。
尾行されているのを知ってか知らずか、黙々と歩むドーセット公夫人。
彼女が歩いているのは、『タワー・オブ・仮設トイレ』と呼ばれている場所であった。制式な名称ではなく、いつの間にかにそう呼ばれるようになったのである。
『コミケ開場まで1時間です』
『トイレ待ちは1時間半です……』
生前のコミケで、このような悲惨な体験をした平成会のメンバーは多い。
悲劇を繰り返さないためにも、仮設トイレを設置しまくりたいのであるが、設置出来るスペースには限度がある。
しかし、平成会はコロンブスの卵的なアイデアで、この問題を解決した。
タワー・オブ・仮設トイレの名の如く、立体構造にすることでトイレの設置数を稼いだのである。
タワー・オブ・仮設トイレには、史実の自走式立体駐車場の技術が応用されている。設置される仮設トイレは、自動車よりも軽量なために構造強度は低くても問題無く、基礎工事が不要で組み立て式構造なので短時間に完成させることが可能であった。
(見失った!? そんな馬鹿な!?)
ドーセット公夫人が曲がり角で死角に入る。
慌てて追ったものの、彼女の姿は消失していた。尾行を撒く際のお約束である曲がり角トラップである。
(くそっ、どうしたら……)
判断に悩むモブその2であったが、彼の思考は上からの騒音で中断される。
(上かっ!?)
音源に向かって走り出す。
モブ2は、考えるよりも行動が信条なのであった。
「!? おい、大丈夫か!?」
駆け付けた先には、倒れ伏す男。
死んではいないようであるが……。
「くそっ!? 次は下か!?」
今度は下から鈍い音が連続して聞こえてくる。
後ろ髪を引かれながら、男を放置して下へ走る。
「またかよ!? どうなってんだ!?」
彼の目線の先には、またしても倒れ伏している男たち。
全員、死なない程度に痛めつけられていた。そして、通路を挟んで反対側から聞こえる轟音。
「ちっくしょー!」
半ば以上自棄になって走る。
全力疾走につぐ全力疾走で、息も絶え絶えになりながらたどり着いた先には、やっぱり男どもが倒れ伏しているのであった。
「もうやってられっかーっ!?」
絶叫するモブ2であるが、視界に護衛対象が入ってきたことで落ち着きを取り戻す。お花摘みを終わらせて、サークルに戻るドーセット公夫人の後ろを、ゾンビの如くついていくのであった。
「夫人は無事に戻ってきたぞ。ところで顔色が悪いが、何かあったのか?」
「……途中で夫人を見失った」
「なに!?」
護衛としてあってはならぬ失態に、表情を険しくするモブその1。
詰問しようとしたが、まるでSAN値チェックに失敗したような同僚に思いとどまる。
「……夫人の後を追ったら、半死半生の男どもがいたんだ!」
「OK。落ち着け。言いたいことは分かるが、直接手を下したところは見ていないんだろ? 全くの偶然の可能性もある」
「けどよ……!?」
「怪我人については、巡回部隊に任そう。そろそろ来るはずだ。俺らは本来の任務を遂行しよう」
タワー・オブ・仮設トイレで発生した多数の重傷者であるが、巡回部隊が発見する前に緊急搬送されていた。引き取りに来た巡回部隊は歯噛みしたが、これはやむを得ないことであろう。
巡回部隊に事の次第を伝えるまでに10分、さらに巡回部隊がタワー・オブ・仮設トイレに到着するまでに20分、合計30分以上のロスがあった。その間に第3者が発見して通報したのであれば、間に合わなかったのも道理である。
救急隊に搬送先を聞けなかったのは痛手であったが、帝都で緊急搬送を受け入れている病院はそれほど多くない。しらみつぶしに総当たりすれば、特定出来るだろうとの判断から、それ以上の詮索はしなかったのである。
「……14時か。そろそろ撤収する気かな?」
「荷物をまとめているし、多分そうだろう」
公爵夫人が戻ってからは、特に変わったことも無く二人は安堵していた。
サークルの背後が少々騒がしかったような気がするが、それも数分であった。緊急搬送されるのが多かった気がするが、熱中症で緊急搬送されるのは夏コミの定例行事である。
「お、移動するぞ」
ドーセット公夫妻を追う二人。
しかし、向かう先は出口では無く意外な場所であった。
「すみせーん、撮影良いですか?」
「目線くださーいっ!」
更衣室が設置されている南館の付近は、コスプレイヤーの園である。
人気コミック、時事ネタ、あるいはオリジナル設定などなど、様々なコスプレにカメコが群がっていた。
「おい、ドーセット公が話してる相手って、『赤い旦那』だよな……?」
「もう片方は、『婦警』そのまんまやん……」
百花繚乱のレイヤーの中でも、飛びぬけた完成度を誇る二人のレイヤー。
原作を忠実に再現した赤いコートにサングラスは、英国大使館の職員であるジョージ・ベイリー・サンソム卿である。二丁拳銃もとんでもなくリアルに再現されている。
もう一人は、アラフォーながらミニスカハイレグなキャサリン・サンソム夫人。
史実の〇姉妹に匹敵するレベルのコスプレっぷりであり、背後に背負ったデ〇ドロ〇ウムの再現度も凄まじい。もはや、小道具というより大道具である。
この世界のコミケには、長物規制なんぞ存在しないので小道具は作り放題である。グレートソードや魔法の杖といったファンタジー作品のお約束から、近未来武器まで選り取り見取りであった。
この世界のコスプレで使用する刀やライフルなどの長物は、本物を持ち込むケースが割と多かった。さすがに刀身を模造刀に入れ替えるなり、刃引きするなどしてはいるが。ここらへんは、未だに規制されていないグレーゾーンであった。
「……おい、さすがにアレはヤバいんじゃないのか?」
「だな。コスプレだとしたら、悪質過ぎる」
平成会のモブズが憤慨するのは、制服警官のコスプレをする男。
職業コスプレは、本職の人間にとって最も忌み嫌われる行為であるからして、彼らの反応は当然と言えよう。
しかし、完成度は非常に高い。
詰襟の黒の上下に肩章、腰に吊るすサーベルも本物と見間違うような仕上げである。
「ちょっと待て。あれはモノホンじゃないか?」
「言われてみれば……」
二人がそんなことを言ってる間にも、制服警官のコスプレイヤーはドーセット公に接近していく。利き腕が、サーベルの柄にかかった瞬間――ドーセット公が動いた。
「おー! ジャパニーズポリススタイル! 良く出来てるなぁ!」
「!?」
一瞬にして、警官のコスプレイヤーとの間を詰める。
まるでビデオの早送りである。
「このサーベルとか、まるで本物じゃないか! 自作したのかい?」
「なっ!?」
どういう手を使ったのか、一瞬にしてサーベルを分捕る。
妙に馴れ馴れしく、彼を質問攻めにしていく。
「返せっ!」
「おっと」
警官コスの手をあっさりとかわすドーセット公。
しかし……。
「うっ……」
「ありゃ? おい、しっかりしろ!? 誰か!? 担架を持って来てくれ!」
突然、ぐったりとした警官コスプレイヤーを見て慌てるドーセット公。
周囲は一時騒然となったが、すぐさま救急隊によって緊急搬送される。その後は特に何事無くコミケは終了したのであった。
「……以上が、今回の報告となります」
「何はともあれ、ドーセット公の身に何も起きなくて幸いだったな」
夏コミ最終日の翌日。
首相官邸の執務室で、今回の警備についての報告が行われていた。
後藤に報告しているのは、警視庁警備部特警課長である。
史実では存在しない部署であるが、設立には平成会が絡んでいる。明治維新後、中央集権国家にふさわしい警察制度の設立が急がれたのであるが、当時の警察制度改革のプランは2つ存在していた。
一つは、薩摩藩出身の川路利良による史実のフランス警察に倣った制度。もう一つは、平成会による戦後日本の警察制度を、この時代向けに手直しした制度である。
最終的に双方を折衷した案が採用となり、その際に設立されたのが特警課であった。史実の警護課(セキュリティポリス)がベースとなっており、主な任務は要人警護である。
この世界では前例もノウハウも存在しない部署であるため、言い出しっぺの平成会に運用を任された。結果的に、当時の主流であった薩摩閥とは無縁な部署となり、彼らは平成閥と呼ばれていたのである。
「しかし、いくつか不自然な点があります」
「どういうことだ?」
特警課長の険しい表情に、後藤は嫌な予感を抱く。
「まず、ドーセット公の目の前で倒れた二人に関してです」
「報告では熱中症とのことだったが?」
「はい。夏コミで熱中症というのは珍しいことでは無いのですが、周囲の証言を照らし合わせると、二人は気絶させられた可能性が高いです」
熱中症の初期には、頭痛やめまい、だるさ、吐き気などの症状が起こる。
今回の事例では、そういった初期症状は観察されずに、いきなり倒れていたのである。
「……ドーセット公が、二人を気絶させたということか。彼にそのようなことが出来るのかね?」
「ドーセット公は、イギリスでバーティツの師範を務めているそうなので、十分可能でしょう」
首相就任後に、後藤はドーセット公と直接会談している。
しかし、彼の優男風なイメージが強すぎて、武闘派のような手段を取るとは思えなかったのである。
「もう一つは、トイレで発見されたヤクザ者達についてです」
「武器を所持していたのだろう? 怪しいなんてもんじゃない」
「彼らが、ドーセット公への刺客だとすれば納得はいきます」
仮設トイレに転がされていたヤクザ者達は、全員が重症であった。
発見された時には、周囲に刃物や拳銃が散乱していたのである。
「当然、事情聴取はしているのだろう? 進展はあったのかね?」
「……」
沈黙する特警課長。
またしても、嫌な予感に囚われる後藤。
「……先の二人と、ヤクザ者の所在が不明なのです」
「どういうことだ? 病院に搬送されたのではないのか?」
「帝都の全ての病院をあたりましたが、該当する患者はいないそうです」
帝都における緊急搬送は始まったばかりであり、受け入れ可能な病院は決して多くない。そもそも、帝都全ての救急車を合わせても10台足らずなのである。大量の傷病者を短時間に運ぶことは不可能であった。
「有り得る可能性としては、病院以外の施設に収容されたことです」
「病院以外の施設だと? それは……」
言わんとすることに気付いてしまい、絶句する。
今回の事態は、全てドーセット公の手のひらだったのである。
「如何しましょう? 追跡調査を……」
「いや、良い。これ以上は藪蛇だろう」
「了解しました」
退室する特警課長の背中を見送ると、後藤はため息をつく。
(英国の手強さは理解していたつもりだったが、こうまで好き勝手されるとはな。国内の防諜を強化する必要があるな……)
今回の事件がきっかけとなって、国内の防諜を専門とする組織が警察に設置された。
この新しい組織は、特別高等警察として設立されるはずであったが……。
『特警と名前が似て紛らわしい』
――との平成会の意見が通り、公安警察の名称で組織された。
実際は名称が紛らわしい云々ではなく、史実の戦後教育の影響で特高という名称に悪いイメージを持っている平成会メンバーが多かったからなのであるが。
公安警察は警察庁、警視庁、道府県警察本部に加えて、地元警察の警備課に配置された。看板は違えど、中身は史実の特高であるので優秀さは折り紙付きであり、国内の防諜に活躍することになる。
夏コミを平成会視点で書いてみました。
彼らなりに頑張りましたが、思いっきり振り回されていますねw
次回は本人視点です。
先にR-18Gと言っておきます。
とってもヴァイオレンスなマルヴィナさんが大活躍しちゃいますよっ!(白目




