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第5話 MI6(自援絵有り)


「それでは、来るべき第1次大戦に備えてSISを設立するということでよろしいか?」

「「「異議なし」」」


 英国首相官邸の内閣会議室では、円卓の会合が開催されていた。

 今回の主要な議題は、情報機関の再編であった。史実では、全情報の一元管理の必要性から、第1次大戦勃発後に秘密情報部(Secret Intelligence Service,SIS)が設立された。しかし、この世界では戦前に設立されることになったのである。


 SISは、母体となった陸軍省情報部の元で、それぞれの情報の種類(Military Intelligence,MI)に応じて担当組織に番号が割り振られている。MI2(中東、極東、スカンジナビア、アメリカ、ソ連、中央アメリカ、南アメリカ)、MI3(東欧、バルト海沿岸地域)、MI4(地図作成)、MI5(防諜)である。


 MI1が欠番なのは、テッドのやらかしによって、史実よりも早く政府暗号学校が設立されたためである。これに加えて、円卓の一部からの強い要望で、最初からMI6の通称が用いられることも決定していた。


「それに、彼の存在を他国に知られるわけにはいきませんからな」

「彼は金の卵を産む鶏だ。情報の秘匿のためにも、早急にMI6を起ち上げないといかん」

「むしろ、遅すぎたくらいです。他国のスパイに気取られないよう防諜を徹底する必要がありますな」


 MI6が史実よりも早く設立された真の目的は、テッド・ハーグリーヴスの保護であった。彼が召喚したパラメトロン・コンピュータは、煩雑で時間がかかる大量の計算から技術者を解き放った。その結果、巨大建築や、船舶・航空機の設計、その他あらゆる分野で英国の技術開発力は加速されていた。決して表ざたには出来ないが、彼の絶大な功績は円卓の上層部に認知されていたのである。


「それにしても、彼に適当なポストを用意出来ないものだろうか?」

「あまり刺激するのはいかんだろう。彼がリスクを冒してまで我々にジョーカーを晒したのは、こういった面倒ごとを避けるためだろうしな」

「とはいえ、戦争が始まったらそんなことも言っておられまい。ノブレスオブリージュは我が国の伝統でもある」

「では、徴兵される前にこちらからポストを提供するということでどうだろう?」

「「「異議なし」」」


 かくして、テッドが円卓会議に参加していないときに、彼の将来が決められてしまったのである。







挿絵(By みてみん)

「……!?」

「テッド様?」


 自宅のダイニングでくつろいでいたテッドは、急に寒気を感じて思わず身震いする。傍に控えていたマルヴィナが、訝し気に声をかける。


「あぁ、大丈夫。急に寒気がしたものだから……」

「ホットウィスキーティーでもお作りしましょうか?」

「うん、お願い……って、この時代にあったっけ?」

「円卓で料理研究のサークルに入っていまして、そのサークルでは史実の料理を再現しているのです」

「なるほど」


 円卓は、逆行転生した英国紳士淑女が所属している組織であるが、必ずしも一枚岩というわけではなかった。政府中枢に関わる上層部とは違い、マルヴィナのような末端の構成員たちは、史実知識を生かしたサークル活動などをおこなっていたりするのである。もっとも、マルヴィナが料理サークルに所属したのは、テッドの胃袋を掴んで逃がさないようにするという、いささか不純な動機ではあったが。


 青年形態に対する普段の鉄面皮と、ショタ形態に対する暴走ぶりから勘違いされがちであるが、マルヴィナはテッドに対して恋愛感情を抱いていた。結果的とはいえ、工作員としての無味乾燥な日々から彼女を救い出してくれたわけであるから、ある意味当然のことであろう。


 普段の鉄面皮は、殺伐とした青春を過ごしたせいであり、同じ年ごろの男性に対してどのような態度を取れば良いか分からないだけである。ショタは元々の性癖であるから、どうしようもないのであるが。






 MI6への再編は、英国本国だけでなく既存の諜報網に対してもおこなわれた。史実以上に充実した諜報網を築くには莫大な予算が必要となったが、必要経費として割り切った。世界で最も情報の価値を理解しているのは、世界最強のスパイ組織を擁する英国であることは間違いない。前世で身をもって知っている円卓のメンバーにとっては、今更の話であった。


 史実知識を活かした有能な人材の青田買いも積極的に進められた。将来、敵対的な行動をする人材に対しては監視を付け、必要ならばいつでも処置出来る態勢も整えた。かの有名なケンブリッジファイブも、生誕して間もない時期から既に首輪が嵌められていたのである。


 政府暗号学校も人員、設備ともに強化された。量産化に成功したパラメトロンコンピュータが大量に配備され、暗号電文の傍受と解読が常時おこなわれていた。その能力は史実知識があったとはいえ、第1次大戦時にドイツ軍が用いたADFGVX暗号を、傍受して30分足らずで解読してしまう凄まじさであった。この暗号解読能力と新兵器の投入によって、英国の第1次大戦の戦死者数はけた違いに減少することになる。


 史実知識に加えて、再編されたMI6の諜報力でもたらされた情報は、英国にとって値千金のものであった。もたらされた情報で外交では常に優位に立ち、植民地で資源を掘るのも百発百中。さらに、インサイダーも真っ青な先物取引をやって莫大な利益を出したりと、やりたい放題やったのである。


 なりふり構わない英国であるが、これは莫大な戦費を確保するためであった。

 史実の英国は、戦費の償還にインフレも加わって、第1次大戦後に国力が衰退していった。結果として、植民地人どもの国家がデカい顔をしていくことになるのであるが、円卓と英国政府は、その悲劇を繰り返すつもりは無かったのである。






 大英図書館史実編纂部は、円卓の直轄機関である。

 表向きの業務は歴史の編纂であるが、極秘裏に逆行者たちの知識を収集整理している部署である。この世界と史実との差異を調べるために、MI6などの情報機関と連携することも多く、当然ながらスタッフは全て円卓のメンバーで占められていた。


 一人一人の逆行紳士&淑女の前世知識はわずかであっても、大量に集まればバカにならない。そうやって集めた知識で、第1次大戦の経過を完全に文書化することに成功していた。史実の流れに適切なカウンターを入れることで、最小の犠牲と最大の戦果、さらに戦争の短期終結を目指すのが、来るべき世界大戦における英国の基本戦略であった。


 史実編纂部の前世知識は、英国の技術開発にも貢献をしていた。事前知識が存在することは、大きなアドバンテージなのである。しかし、技術は年輪と例えられるように、結局のところ技術開発は地道な積み重ねであり、技術開発を多少早くするのが関の山であった。アイデアがあっても、周辺技術が発展していないと実現出来ないものも多いのである。


 テッド・ハーグリーヴスの召喚スキルは、そんな技術開発のジレンマを根底から覆すチートであった。現状で開発出来ないものでも、彼なら召喚することが出来るのである。リバースエンジニアリングすれば、技術開発が捗るわけで、円卓としては絶対に手放せない人材であり、表向きに出来ない人材でもあった。


 テッドの処遇に関しては、円卓上層部で激論が交わされた。

 議論は1週間以上続き、最終的に可能な限り末永く扱き使うことで意見が統一されたのである。テッドの将来に、平穏の文字が消え去ることが確定した瞬間であった。







「こ、これを全部召喚するんですか!?」

「これでも、かなり減らしたのだがな……。しかし、帝国の被害を減らすには絶対に必要なものだ」

「確かに、僕は制限無しに召喚出来るとは言いましたが、これだけの数を一度に召喚出来る保証はありませんよ?!」


 ダウニング10番街――英国首相官邸に呼び出されたテッドは、官邸の主であるバナマン卿から話を聞いて驚愕していた。彼から手渡された召喚リストには、どう見ても両手両足では足りない数が列記されていたのである。


「たとえ成功しなくても、誰も君を咎めない。いや、そもそも咎めること自体が筋違いだから、その点は安心して欲しい」

「僕の前世の記憶からすれば、現在の英国は史実以上に発展しています。それでも足りないのですか?」

「君と円卓の努力によって、帝国は史実以上の国力を蓄えつつある。しかし、それでも世界大戦の泥沼を回避するには足りんのだ……」


 円卓の指導によって、史実以上に発展しつつあった英国であるが、第1次大戦で諸外国を圧倒出来る戦力を短期間に揃えることは不可能であった。技術開発力が強化されているので、時間さえあれば決して夢物語ではないのであるが、その時間が足りないのである。これを覆すには、テッドの召喚スキルしか手段は無かった。


「現状でも史実よりマシな勝ちかたは出来る。それでも払う代償が大きすぎる」

「……人的資源の保全ですか」


 史実の英国は、第1次大戦で100万人近くの男性が戦死したことで余剰女性が増え、結果的に女性の社会進出が促された。しかし、兵士の復員と戦後の不況により多くの会社が倒産した結果、失業率が急上昇して社会情勢に悪影響を与えた。さらに悪いことに、戦死した兵士の中には大量の貴族が含まれており、多額の相続税を払えず没落する貴族が大量に発生した。このことが社会情勢の悪化に拍車をかけたのは言うまでもない。


 戦前から既に兆候はあったとはいえ、第1次大戦の莫大な戦費の償還と人材の喪失によって止めを刺された史実の英国は凋落していく。代わりにアメリカが成りあがっていくことになるのである。


「無理な願いだというのは分かっている。しかし、遺言だと思って聞き届けてくれぬか?」

「閣下……!?」

「何の因果か、転生して二度目の人生とはな。おかげで自分の死期がはっきり分かる……」


 中身が21世紀の甘ちゃん日本人であるテッドには、バナマン卿の願いを断る選択肢は存在しなかったのである。






 バナマン卿の頼みから1週間後。

 テッドは、マージーサイド州のバーケンヘッドにあるキャメル・レアード社に足を運んでいた。


 キャメル・レアード社は、1828年創業の歴史ある造船所である。この場所が選ばれたのは、社長が円卓の一員であることと、立地上の対外的な機密保持のしやすさ、さらに召喚リストの内容によるものであった。


(なんで、こんなことになったのかなぁ…)


 自分は同人活動をしたいだけなのに、とぼやくテッド。

 既に人払いは済まされており、広大なドライドックにいるのは、彼とマルヴィナだけである。時刻は深夜。しかも当日は新月で真っ暗であり、機密保持には最適であった。


「マルヴィナさん、合図を」

「かしこまりましたテッド様」


 マルヴィナが懐中電灯で合図を送ると、ドック周辺から煙幕が展開される。これは、召喚魔法の派手なエフェクトを外部から見られないようにするための処置である。


 やがて、詠唱が進むと共にドックの床に魔法陣の光芒が浮かび上がる。

 実に絵になる光景である。片手でメモを持っていなければであるが。


 テッドの召喚スキルは、脳内でイメージ検索して具現化というプロセスをとる。分かりやすくいうと、脳内でググって選択する感じである。この時点での彼は知る由は無かったのであるが、検索範囲は次元を超えることが可能であり、いわゆるパラレルワールドで実現したものを召喚することも可能であった。


(……ラストっ!)


 リストの最後の物品を召喚するころには、広大なドライドックは満杯になっていた。しかし、その直後にテッドは、魔力喪失でショタ化して昏倒したのであった。


「テッド様、お疲れ様でした」


 意識を失う直前に、彼が見たマルヴィナの表情はまるで女神のようだったと後に述懐している。これは、混濁した彼の意識が作り出した、いわゆる思い出補正というものであり、実際の彼女は忠誠心が鼻からあふれてヤバい表情をしていたのであるが。







「う~ん……」

「テッド様、気付かれましたか!?」


 テッドが意識を取り戻したのは1週間後であった。

 傍に控えていたマルヴィナが、彼のベッドに駆け寄ってくる。


「……ここは?」

「ロンドンのセント・メアリーズ病院です」

「妙に頭がぼーっとするんだけど……」

「あれから1週間経っていますので、眠り過ぎかもしれませんね」


 テッドは魔力喪失で昏倒した後、リヴァプールからの特別列車で、翌日にはロンドンの病院に担ぎ込まれた。もちろん、円卓による厳重な警備体制が敷かれていたことは言うまでもない。その後、当時最新の医療機器で可能な限り詳細に身体調査されたが、異常が見当たらなかったために退院が許可された。


「……」

「テッド様、どうされましたか?」

「いや、全然戻る気配が無いなぁって思っただけ」


 あれから半年経ったものの、テッドのショタ形態が戻る気配は無かった。

以前なら、感覚的に戻るまでの期間を把握出来たのであるが、今回はさっぱりなのである。


(ひょっとしたら、もう二度と召喚スキルは使えないかもしれない……)


 喪失感に囚われるテッドであったが、元より過ぎた力なので、むしろ使えなくなったことを喜ぶべきと前向きに考えることにした。しかし、重大なことに気付いて顔を青褪めさせる。


「……大丈夫です。たとえテッド様が戻れなくてもわたしが養いますので」

「涙が出るほど嬉しい言葉だけど、とりあえず鼻血をなんとかして……」


 召喚スキルはショタ形態では使えない。

 逆に言えば、召喚スキルを使える見通しが経たない以上、元の姿に戻ることは出来ないということであった。


 この数年後、遂に第1次大戦が勃発する。

 しかし、テッド・ハーグリーヴスとマルヴィナ・ハーディングの両名がこの世界大戦に直接かかわることは無かったのである。

テッド君が召喚スキルを使い過ぎてオーバーヒートしました。

次からは第1次大戦編となります。英国無双…いや、英国面無双ですかね?w

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