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第58話 朝鮮事変


「あー? すみません。もう一度言ってもらえます? どうも理解し難いというか、理解したくないというか……」

『……ボス。現実逃避しても結果は変わりませんよ?』


 受話器片手に器用に頭を抱えるテッドに、冷静なツッコミが入る。

 戦わなくちゃ現実と。


 1925年3月某日。

 大韓帝国皇帝の高宗(コジョン)と、その皇妃である閔妃(ミンピ)がソ連公使館へ逃げ込んだ。


 この世界では、未だに大韓帝国が存在していた。

 日本は済州島を租借したのみで、それ以外一切の関係を持とうとはしなかった。乙未事変(いつびじへん)は発生せず、閔妃とその一族によって大韓帝国は支配されていたのである。


 事態が変化したのは、極東朝鮮会社(FEKC Far East Korea Company)による朝鮮半島の資源開発であった。FEKCは、英国政府が筆頭株主の国策会社であり、朝鮮半島は英国の勢力下となったのである。


 日々増大していく英国の影響力に危機感を抱いた閔妃は、それに対抗しようとした。しかし、中国大陸は軍閥の群雄割拠状態でそれどころではなく、残された手段はソ連を頼ることのみであった。


 紆余曲折の末、閔妃は高宗を言いくるめてソ連公使館へ亡命した。

 史実の露館播遷(ろかんはせん)の再現であった。


「……漢城に駐屯している部隊でソ連公使館を包囲。こちらから手を出さすに様子見してください」

『了解しました』

「それと、ソ連国境方面の部隊にも緊急非常態勢(レッドアラート)を。奴らの性格からして、ソ連に事大(じだい)して赤軍を動かすことぐらいはやりかねない」


 民間軍事会社ウォッチガード・セキュリティの現地指揮官に指示を出すテッド。

 ウォッチガード・セキュリティは、デビット・スターリングが設立した世界初の民間軍事会社であるが、この世界ではテッドが名前をパクって創設していた。


 大韓帝国は世界から隔離状態とはいえ、曲がりなりにも独立国である。

 英国政府からすれば、そう簡単に正規軍を派遣するわけにはいかなかった。そこで活躍するのが、ウォッチガード・セキュリティである。


 テッドの肝いりで設立されたこの会社は、民間軍事会社という立場を最大限に生かして半島内の施設警備と治安維持に従事していた。しかし、それはウォッチガード・セキュリティが非力であることを意味しない。


 世界から孤立している朝鮮半島の立地は、機密を保つには好都合であった。

 扱い方さえ心得ておけば住民は極めて従順であるし、いろいろと使い潰しも効くわけで各種実験や開発が捗っていたのである。


(よりによって、このタイミングでやらかすか……)


 受話器を置いて、深くためいきをつく。

 テッドは生前の経験から、最悪時に最悪の選択をするKの国の住民の性格を理解していた。それ故に、今回の行動も理解出来なくもない。出来なくもないのであるが……。


(日本相手ならともかく、大英帝国(うち)を相手にやらかすとは思わなかったよ……)


 グロス単位で呪詛を込めたくもなるが、そんなことしても事態は解決しない。

 再びためいきをついたテッドは、事態の収拾に乗り出すのであった。







「ど、ドーセット公が来られました!」

「「「なにぃぃぃぃぃぃぃ!?」」」


 帝都丸の内の平成会館は大騒ぎであった。

 唐突に自分たちの御輿(みこし)兼スポンサーが来襲したのである。混乱するなというのが無理な話であろう。


「ど、どうぞ……」


 大会議室の上座に座るテッドに出される緑茶。

 当然ながら、茶葉は玉露。お茶請けは、とらやの御代の春(紅)(みよのはる べに)であった。


「……ふぅ。落ち着いた」


 モナカの皮のパリっとした食感に、白小豆、手亡(てぼう)、白金時を使用した上品な甘さの白餡とのハーモニー。それを玉露で洗い流す快感で、テッドのイライラもだいぶ解消された。


「……朝鮮半島で、馬鹿二人がソ連公使館に亡命した」

「それって、史実のアレですか?」


 テッドの言葉に驚愕する平成会メンバーたち。

 日本との関係がほぼ絶無な朝鮮で、露館播遷が起こるとは思ってもいなかったのである。


「最悪の場合、奴らがソ連に事大して赤軍が朝鮮に侵攻してくる可能性がある」

「それに備えるために関東軍の戦力を貸せと? それはいくらなんでも……」


 露骨に表情をしかめる平成会のモブ連中。

 関東軍のはしご外しをしている最中に、そんなことを言われても困る。しかし、テッドの言葉には続きがあった。


「違う。逆だよ逆。今回の事態を連中が知ったら、ロクなことにならない。その動きを止めて欲しい」


 そう言って、残ったモナカを口に放り込んで、玉露で流し込むテッド。


「そういえば、満州に極秘裏に戦力配備をするために、朝鮮半島を経由するプランが参謀本部内部で検討されていると聞いたことがあります」

「奴らなら、同盟国の危機を救えと内地から朝鮮へ軍の派遣をやりかねない」

「いや、むしろ嬉々としてやるでしょうね。弾丸列車構想にも弾みがつきますし」


 テッドの指摘に平成会も危機感を抱く。

 現在の関東軍の窮状を鑑みるに、それをやらない保証は無いどころか、確実にやらかすのは明白であった。


大英帝国(うち)の植民地なり自治領だったら、内政干渉の一言で済ませられるけど、曲がりなりにも独立国だからねあそこは……」


 本日何度目かのため息をつく。


(((苦労人オーラがにじみ出ているなぁ……)))


 このとき、平成会のモブたちが抱いた思いは()しくも一致した。

 チートオリ主なはずなのに、コレジャナイ感イメージ満載であった。


「……お話は分かりました。JCIA(大日本帝国中央情報局)を動かして朝鮮絡みの情報を軍内部に流すのはしばらく中止しましょう」

「関東軍への監視を強化します。何かあれば、すぐにお伝えします」

「内閣調査部を通じて、事情を原総理に伝えましょう。あの人なら、陸軍の圧力に屈したりしませんし、軽挙妄動はしませんから」


 テッドに全面的なバックアップを確約する平成会。

 その言葉を受けて、テッドもようやく安堵の表情を見せたのであった。







「……こちら第1分隊。ソ連公使館に動き無し。オーバー」

『了解。そのまま待機せよ。アウト』


 大韓帝国の首都である漢城。

 その中心部に位置するソ連公使館を、ウォッチガード・セキュリティの部隊が遠巻きに包囲していた。


「……とりあえず現状維持しろとさ」

「了解っす係長。でも、あいつら動くんすかね?」

「さぁなぁ。あの腰抜けぶりだからな。籠城して援軍を待つんじゃないか?」


 軽口を叩きあうのは、ウォッチガード・セキュリティの隊員である。

 その実態は軍隊であるが、あくまでも民間企業と言い張るために、社内では階級ではなく役職が用いられていた。


 ちなみに、一般兵は平社員、下士官は係長補佐、尉官クラスは係長、佐官クラスは部長補佐もしくは部長、将官クラスになると取締役・会計参与・監査役などの役職名が用いられていた。


 こんなのでも、第1次大戦を戦い抜いた歴戦の猛者達である。

 おちゃらけていても、その動きには全く油断は無かった。


「部長。本当に来るんですか?」

「来るさ。必ずな。俺の予感はよく当たるんだ」

「まーた、古傷が(うず)くってやつですかい?」

「おぉよ。お前らだって命拾いしただろう?」

「そりゃまぁ、そうですが……」


 ソ連国境付近では、レッドアラート発令よりも早く駐屯部隊が臨戦態勢に入っていた。指揮官、もとい部長の勘という甚だ根拠の怪しいシロモノであったが、部下達はそれを疑う事無く信じていたのである。


「部長! 司令……じゃなかった、本社からレッドアラートです!」

「ほれ見ろ! 俺の予感は当たるんだよ!」

「アーハイハイ。ソウデスネー」

「虎狩りにもいい加減飽きてきたところだ。久々に生きた人間を思う存分に撃てるな!」


 傷だらけの容貌(スカーフェイス)獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる部長。

 その部下達も同様である。戦争狂の部下は皆戦闘狂であることを如実に示す光景であった。


「部長、偵察も兼ねてアレを飛ばしますか?」

「おぉ、良いな! 開発班からも、早くテストしろとせっつかれていたし」

「では?」

「サーチアンドデストロイだ! 敵を発見したら直ちに攻撃に移れ!」


 部長の命令で、嬉々として機体に燃料と弾薬を積み込んでいくメカニック達。

 パイロットは、フライトマニュアルをチェックし始める。


「こっちはこっちで準備を急げ。歓迎してやろう。盛大になっ!」


 慌ただしい基地のど真ん中で呵々大笑(かかたいしょう)する部長。

 こんなのでも、ウォッチガード・セキュリティでは常識人のカテゴリーである。


 ウォッチガード・セキュリティ――この世界初の民間軍事会社である。

 戦後の軍縮によって放り出された社会不適応者の受け入れ先という側面もあり、結果的に戦争狂と戦闘狂の集団となってしまったのである。







「進め進め! 一刻も早く国境を突破するんだ!」

「同志。そうは言いますが、この橋は不安定なのですぞ。もう少し速度を落とすべきでは?」

「むぅ。功に焦って川の藻屑になっては意味が無いか。止むを得んな……」


 朝ソ国境を隔てる豆満江(とまんこう)

 河口部に至っては、川幅が1kmを超える大河である。


 そんな河を長蛇の列をなして渡河しているのは、赤軍の戦車師団であった。

 後方には歩兵部隊が続いており、紛争のレベルを超えた本格的な侵攻である。


 ちなみに、この時代の戦車に渡河能力なんてものは存在しない。

 河を渡るには橋を通過する必要があった。


 しかし、史実に置いて豆満江に橋が架けられたのは第2次大戦後のことである。

 橋が無いのに、彼らはどうやって河を渡っているのか?


 その答えが舟橋であった。

 河に数百もの(はしけ)を並べて、急造の橋としたのである。


 やがて、戦車部隊の先頭グループが対岸に到達する。

 以後、続々と朝鮮側に侵入していく。


 テッドの予想通り、高宗と閔妃(馬鹿二人)はソ連に事大していた。

 大韓帝国は主権を事実上放棄し、ソ連は朝鮮を統治するべく赤軍を動かしていたのである。


 満州におけるパルチ祭りで関東軍を翻弄しているソ連が、朝鮮半島を手に入れられる好機を見逃すはずが無かった。しかも、朝鮮王からの正式な依頼なので大義名分は完全にソ連側である。


(朝鮮半島に駐留しているのは小規模な警備部隊のみだという。このまま漢城まで一気に進軍すれば英雄として凱旋出来るな)


 バラ色の未来に浸る赤軍の指揮官。

 不幸なことに、彼はKの国の法則を知らなかった。その頭上には盛大なフラグがおっ立っていたのである。


「なんだこの音は?」


 最初に異変に気付いたのは、先頭を進む戦車部隊であった。

 頭上から響き渡る爆音は、徐々に大きくなっていく。


 赤軍の兵士たちは知る由は無かったのであるが、爆音の正体は回転翼(ローター)の先端から噴出するガスとローターの風切り音であった。


『タリホー!』

『こちらでも視認した。攻撃を開始する』

『敵は選り取り見取りだ! 撃ちまくれっ!』


 朝鮮側から飛来してきたのは、フェアリー FB-1A ジャイロダインの編隊であった。飛行機ではあり得ない超低速飛行をしながら、逃げ惑う赤軍に破壊を振りまいていく。


「ちくしょう、これでも喰らえっ!」


 随伴歩兵達が手持ちのライフルで攻撃を加えるが、ジャイロダインの下部装甲は小銃弾程度で貫くことは出来なかった。お返しとばかりに、翼下に装備されたRP-3ロケット弾が地面ごと兵士を耕す。


 追い打ちで、機首に装備された12.7mm機関銃が戦車の砲塔天板を紙のように撃ち抜いていく。その様子は、戦闘というよりも虐殺であった。


 たった3機のジャイロダインに赤軍は大混乱となった。

 たかだか20分程度の蹂躙(じゅうりん)劇によって、進軍を停止せざるを得なくなったのである。







『Ураааааааа!!』


 大地を揺るがす大喚声。

 進撃する戦車のキャタピラ音にも負けない大音声である。


 一方的な先制攻撃を喰らって進軍を停止した赤軍であったが、すぐさま進撃を再開していた。時間を与えることは、敵を利するだけと判断したのである。


「おーおー、派手に来ているな!」

「そういえば、戦争中にこれほど大規模な攻勢を受けたのは最初のころだけだったすねぇ」

「クラウツどもが、カエル食いにご執心だったからだろ」

「「「違ぇねぇ!」」」


 これに対して、ウォッチガード・セキュリティ側は全く動じていなかった。

 何故ならば、此処に居るのは三度の飯よりも戦争が大好きな戦争狂いだからである。


 負け戦でもそれなりに楽しめるが、勝ち戦のほうが良いに決まっているし、勝つためには手段を選ばない。そんな彼らは、新たな戦術や兵器の運用について貪欲に吸収していたのである。


「よぅし、頃合いだな。ヘルフレイム投射用意っ!」

「イエッサー! カウントダウン開始します。10、9、8……」


 スカーフェイスな部長の命令によって、差込式迫撃砲(スピガットモーター)を多連装化した投射機が発射体制に入る。


「……3、2、1、ファイア!」


 オペレーターの指示に従って、多数の飛翔体がコンマの時間差を付けて発射されてゆく。進軍中の赤軍の上空に達した飛翔体は、それぞれが適切な間隔を保ちつつ、地上すれすれでさく裂した。


「「「!?」」」


 連続した炸裂音の後に、悲鳴を上げる間もなく随伴歩兵が爆風で即死する。

 前進していた戦車も横転するか、爆風で操作を誤って近くの戦車と衝突して大破した。


 仮に、この様子を上空からの高速度カメラでスロー再生したのならば、広範囲に火球が連続発生していくのが映し出されたことであろう。この兵器が、地獄の炎(ヘルフレイム)と名付けられた所以である。


 突撃してくる歩兵に対して、機関銃の弾幕射撃が有効であることは第1次大戦で証明されていた。しかし、機関銃一丁が張れる弾幕の範囲はそれほど広いものでは無かった。多方面からの同時突撃に対して、広範囲を一瞬で制圧出来る兵器が求められたのである。


 この問題に対して、DMWD(Department of Miscellaneous Weapons Development、多種兵器研究開発部)は広域制圧兵器の開発に取り組んでいた。


 ちなみに、史実のDMWDは1941年に設立であるが、この世界では第1次大戦時には既に存在していた。ヘッジホッグを実用化してUボート殲滅に一役買っていたのである。


 ヘルフレイムの開発には、テッドも間接的に関わっている。

 彼による戦前の大規模召喚(やらかし)によって、この世界にサーモバリック爆弾が顕現していたのである。


 サーモバリック爆弾は燃料気化爆弾の一種であるが、従来の重たいボンベが不要で軽量コンパクトというメリットが存在した。これを適当な間隔でばら撒けば、面制圧兵器が実現出来るとDMWDの技術者達は考えたのである。


 幸いというべきか、適当な範囲にばら撒く投射機は既に存在していた。

 ヘッジホッグの発射機をそのまま流用し、弾体を大型化してサーモバリック爆弾を詰め込んで、射程距離を伸ばして完成したのがヘルフレイムなのである。


 ヘルフレイムは24個の弾頭がコンマの秒差で発射される仕組みになっている。

 弾頭はターゲット上空で、事前に調整した時限信管によって比較的低高度でさく裂する。


 弾頭1発あたりの危害半径は20mほどであるが、24個の弾頭が適切な間隔で散らばることによって直径約100m程度の範囲をカバー出来た。範囲内は超高温と爆風が荒れ狂うことになるのである。


 こんなものを喰らっては、随伴歩兵はたまったものではない。

 超高温で全身を焼かれて死ぬか、酸欠&一酸化炭素中毒になって苦しみながら死ぬか、あるいは爆風に吹き飛ばされて死ぬかの3択である。どのみち楽には死ねないであろう。


 戦車も無事では済まない。

 史実第2世代MBTのように核戦争に備えたNBC防御を備えているのならばともかく、この時代の戦車は隙間だらけなので爆風やら一酸化炭素やらが侵入してくるのである。ぱっと見外見は無事でも、中身はお陀仏であった。


 史実の冷戦を知る円卓は、サーモバリック爆弾の開発に力を入れていた。

 その結果、爆弾の父やら母やら、孫、ひ孫と様々なサーモバリック爆弾が実用化されることになるのである。







「……あらかた殲滅したかと思ったが、意外としぶといな」


 双眼鏡で爆心地(バーベキュー会場)を見やる部長。

 その口調には、悲痛な意味合いは一切無い。むしろ嬉々していた。


「もう一発お見舞いしても良いが、それではつまらんな」

「部長。今ならアレが使えませんか?」

「おぉ、アレか。使用を許可する。準備を急げっ!」

「イエッサー!」


 隊員達は嬉々として準備に取り掛かる。

 巨大なボビン状の物体が地上設置型カタパルトに設置され、オペレーターによって最適な方位角と射角が入力されて旋回し始める。


「モーター始動!」


 カタパルトに設置されたボビンは、発射台に内蔵されたモーターによって回転し始める。


「定常回転数に到達!」


 カタパルトに載せられたボビンは、モーターによって500rpmもの強烈なトップスピンがかけられる。


「パンジャンドラム射出っ!」


 唸りを上げて回転するボビン――パンジャンドラムが、油圧カタパルトによって射出される。


 重さ5tの物体を130km/hにまで加速させる力量があるカタパルトである。そんなもので、重量2t程度のパンジャンドラムを角度を付けて射出したら、相当な距離を飛翔することになる。


「なんだあれは……!?」


 哀れな赤軍兵士は、二の句を告げる間もなく鋼鉄のボビンに粉砕された。

 兵士を容易くバラバラにして、さらに戦車数両を吹き飛ばしてから、ようやく信管が作動して周囲を巨大クレーターに変える。


 炸薬を満載した鉄の塊(パンジャンドラム)の破壊力は絶大であった。

 パンジャンドラムが発射される度に、面白いように戦車が吹き飛び、兵士も五体バラバラになっていく。


 ちなみに、このパンジャンドラムを考えたのはテッドであった。

 史実で使い物にならなかったパンジャンドラムを、どうにか使えるようにしたいと知恵を絞ったのである。


 パンジャンドラムには、致命的な欠陥があった。

 ロケットモーターによって車輪を高速回転させ、無誘導で目標に突進させるのであるが、地面の摩擦や凹凸によって車輪が空転したり、急に予測不能な向きへ方向転換してしまい、直進することが出来なくなるのである。


 高価なジャイロを内蔵して両輪を制御するのが無難かつ、確実な解決策なのであるが、そうすると低コストな自走爆雷というコンセプトが成り立たない。


 あくまでも、本体に手を加えずに問題を解決することにテッドは拘った。

 その結果、ターゲットの目の前まで飛ばしてしまうという、乱暴かつ合理的な解決手段に行き着いたのである。


 そこまでやるなら、ミサイルなりロケット弾でも良いじゃないかという話であるが、その質量と内蔵された炸薬で堅固なコンクリート防壁を粉砕するのが目的であるので、これはこれで兵器として立派に成立しているのである。必須であるかどうかは別として。


 油圧カタパルトで射出されたパンジャンドラムは、事前に与えられた高速回転によるジャイロ効果によって空中で姿勢を保ち、さらにマグヌス効果で下に沈む力が働くために、素早く地面に接地する。


 地面に接地した瞬間、衝撃でロケットブースターに点火。

 トップスピンによる猛ダッシュにロケット推進が加わることで、瞬間的に200km/hもの速度を発揮して襲い掛かるのである。


 このアイデアに気を良くしたテッドは、『101匹パンジャンドラム大行進』の名で同人誌を描いて意気揚々とコミケに乗り込んだ。この本が、史実のパンジャンドラム開発者にして、この世界ではDMWDの主任研究員であるネヴィル・シュートの目に留まってしまったのである。


 新奇な発想を現実化して、軍事目的に役立てるのがDMWDの業務である。

 コミケには斬新なアイデアで描かれた作品が多く、ネタを仕入れるのには最適であった。そんなわけで、ネヴィル・シュートもコミケの常連だったのである。







「……と、いうことがあったんですよ」

「「うわぁ……」」


 事の次第を聞いて、ドン引きする裕仁親王と珍田伯爵。

 珍しくテッドが自主的に参内(さんだい)してきたので、何事かと訝しんだのであるが、愚痴とためいきのオンパレードであった。


 ウォッチガード・セキュリティの新兵器によって、赤軍はまともに戦闘することすら出来ずに壊滅した。この事実にスターリンは怒り狂ったが、ソ連としては沈黙するしかなかった。朝鮮へ派遣した赤軍の存在は無かったことにされたのである。


「それで、朝鮮に侵攻した赤軍はどういう扱いになるのですか?」

「ソ連が公式にその存在を認めていない以上、便意兵(べんいへい)として扱うしかありませんが……」


 裕仁親王の疑問に、渋い表情で答えるテッド。

 殲滅された赤軍であるが、生き延びて捕虜となった者も少数存在した。そこで問題となったのが、ソ連が朝鮮に赤軍を派遣したことを公式に認めていないことであった。


「しかし、それではあまりにも赤軍兵が哀れではありませんか?」

「……確かにその通りです。彼らは命令に従っただけですし、ジュネーブ条約に基づいた処遇をするように通達しましょう」


 民間人に偽装して各種敵対行為をする軍人が便衣兵である。

 明確な国際法違反であり、捕虜となっても裁判にかけられ処刑される。スパイと同レベルの扱いである。


 裕仁親王の助命嘆願によって、赤軍捕虜は命を取り留めた。

 しかし、送還のしようがないために朝鮮半島で骨を埋めることになるのである。


「ところで、肝心の朝鮮王と王妃はどうなったのですかな?」

「あー、あの馬鹿どもですか……」


 珍田の疑問に、テッドの渋面も極まる。

 思い出すだけでも忌々しいのである。


「奴らなら、ソ連公使館から強制退去させられた挙句に、迎えに行ったウォッチガード・セキュリティの隊員に、助けに来るのが遅いと罵倒したそうですよ」

「……彼らはソ連公使館に亡命したのではないですか?」

「強制退去の段階で、ソ連への事大が失敗したのを悟ったのでしょう。自分たちは悪くないと被害者面だったそうです」

「なんと……」


 絶句する珍田。

 国家元首が他国の大使館への亡命することも、亡命先の大使館から見捨てられたことも、その時点で被害者面出来ることも、全てが彼の理解の範疇外であった。


「それで、大英帝国としては朝鮮にどのような対応を取るのですが?」

「何もしません。これでおしまいです」

「え?」


 意外な答えに驚愕の表情を見せる裕仁親王。

 そんな玉顔を内心で拝みつつも、面白くなさそうに言葉を続ける。


「腹ただしいことではありますが、英国はあくまでも民間レベルで朝鮮に関わっているので、これ以上はどうしようもありませんよ」


 ため息をつきつつ、お茶請けのカステラを頬張るテッド。

 本日のお茶請けは、宮内省御用達である文明堂の五三焼(ごさんやき)であった。


 通常のカステラよりも卵黄が多く使われており、卵の深いコクとしっとりとした上品な食感である。これをお茶といただくと、大変にご機嫌な気分に浸れるのであるが、それでもテッドの渋面を崩すには至らなかったのである。


 Kの国の法則で手酷い目に遭わされたソ連は、その謀略を満州方面へ注力した。

 たたでさえパルチ祭りだったのが、畑から取れる勢いで抗日パルチが湧きまくり、満州の治安は悪化の一途であった。


 治安悪化に伴う日本人移民の減少、それに付け込むようなドイツ人勢力の増長に加えて、連日の抗日パルチの鎮圧に駆り出される関東軍のストレスは限界に達しつつあったのである。


 『満州国』が建国されるまで、関東軍のデスマーチは続くことになる。

 もっとも、関東軍に巣食う満州派にとって、この満州国の建国は到底納得のいくものでは無かったのであるが。彼らの不満が、積もり積もって噴出するのには、今しばらくの時間が必要であった。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


T-24


全長:2.60m  

全幅:1.83m  

全高:1.44m  

重量:2.7t  

速度:45km/h

行動距離:120km

主砲:7.62mmDT機銃

装甲:6~10mm

エンジン:GAZ-AA 50馬力

乗員:2名


第1次大戦後、旧態然とした軍に危機感を抱いたニコライ2世は近代化に着手した。その際に、大量のカーデンロイド豆戦車が輸入され、これを叩き台にして開発されたのがT-24である。


対戦車戦闘は想定されていないが、その信頼性と機動力は良好であり、ソ連時代になってからも生産が続けられていた。


朝鮮事変勃発時には、ソ連機甲師団の主力を占めていた。

朝鮮王の事大によって、朝鮮半島を支配出来ると判断したスターリンは、虎の子の戦車師団をシベリア鉄道で極東へ送り込んだのであるが、防御力皆無のために多大な犠牲を被った。


数多く生産されただけに、様々な派生や改造のベースとなっており、タンクデサント用に手すりを付けたものや、車体後方にりゅう弾砲を載せた車両も存在する。



※作者の個人的意見

史実のT-27に相当する戦車です。

スペックも多少弄った程度ですが、この時期に数を揃えて戦力化出来たことに意義があります。


この戦車がソ連戦車の雛形となったことで、ソ連機甲師団は機動力を重視するようになります。TOG2ショックで重戦車を志向するドイツとは対照的ですね。






フェアリー FB-1A ジャイロダイン


全長:7.62m  

全幅:1.37m(主翼除く)

翼幅:5.38m

全高:3.07m 

ローター径:15.768m   

機体重量(自重/全備):1829kg/3377kg   

最大速度:250km/h

航続距離:430km

上昇限度(実用/限界):3150m/2180m(地面効果なしのホバリング限界)

武装:RP-3ロケット弾×6(主翼兵装架)

  :M2重機関銃(機首) 

  :兵員4~5名or貨物1000kg(機体内貨物室)

エンジン:ロールス・ロイス マーリン 軸出力1500馬力+ガスジェネレーター(チップジェット用)

乗員:2名(パイロット+ガンナー)


ウォッチガード・セキュリティによって試験運用されている複合ヘリコプター。

外観は史実のジャイロダインに酷似しているが、前進用のプロペラが牽引式から推進式に改められている。


パイロットとガンナーで役割分担されているものの、史実の戦闘ヘリのようにタンデムでは無く、サイドバイサイド形式なので連携に問題があったようである。


史実オリジナルの3倍もの大出力エンジンを搭載したことにより、ペイロードに余裕があり様々なオプションを搭載することが出来た。朝鮮事変では赤軍相手に無双しているが、制式採用されるまでにはさらなる試行錯誤を繰り返すことになる。



※作者の個人的意見

テッド君が召喚したジャイロダイン(フェアリー FB-1)を、円卓の技術陣が改良したものです。


技術的には、ジャイロダインとジャイロ・ジェットダインの中間といったところです。携SAMの脅威が無いこの時代ならば、戦車や歩兵相手に無双出来ることでしょう。






ヘルフレイム


種別:燃料気化爆弾

口径:178mm

砲弾:40kg

砲身:24連装

最大射程:400m前後

弾頭:サーモバリック

信管:時限信管or有眼信管orVT信管


朝ソ国境付近に駐屯するウォッチガード・セキュリティに配備されている面制圧兵器。ヘッジホッグの投射機を流用して、装薬を増量&砲弾を大型化しただけのお手軽仕様であるが、その威力は絶大である。



※作者の個人的意見

ヘッジホッグにテッド君が召喚したサーモバリック爆薬を組み合わせたものです。

戦前から実用化が急がれていたのですが、円卓の技術陣がサーモバリック爆薬の組成解析に手間取ってしまい、第1次大戦には間に合わなかったという設定です。


本編で直径100m程度の範囲と描写されていますが、これは1発辺りの危害半径を20mで計算しています。RPG7のサーモバリック弾頭が弾頭直径105mm、重量4.5kgで危害半径10m程度なので、ヘルフレイムの弾頭に仕込んだサーモバリック爆薬の量ならば十分に達成出来る数値だと思います。


史実のMLRSの200m×100mの範囲に比べれば、ヘルフレイムの攻撃範囲は狭いですが、その分は数で補えば良いかと。システムがヘッジホッグの流用で軽量コンパクトなのでいくらでも設置出来ますし。






パンジャンドラム


種別:自走式陸上爆雷

直径:3m(車輪部分)

重量:2.3t

最大射程:200m前後(カタパルトによる射出距離も含む)

炸薬:TNT火薬orトーペックス1.8t

信管:衝撃信管


史実のパンジャンドラムを使えるようにするべく、テッドが考えたアイデアをDMWD(Department of Miscellaneous Weapons Development、多種兵器研究開発部)の主任研究員であるネヴィル・シュートが具現化させたものである。


カタパルトで射出出来るように一部改修されているものの、構造そのものはオリジナルと大差無い。モーターで回転させる機構には、史実でアップキープ爆弾を開発したバーンズ・ウォリス博士が関わっている。


ちなみに、ネタ元になったテッドの同人誌『101匹パンジャンドラム大行進』は後に映画化されており、パンジャンドラムの偉大さを世間に知らしめることになる。



※作者の個人的意見

その昔、某ネット小説の掲示板にぶん投げたパンジャンドラムのアイデアをクリンナップしたものです。某憂鬱の戦後編でパンジャンドラムが採用されたときは大興奮したものですが、最終的に無難なロケット砲となってしまいました。残念無念……!


火葬戦記でパンジャンドラムを戦力化するあたって、最大の問題が直進性の確保です。真っ当にやったら直進なんて不可能なのですよアレは。


ジャイロで両輪を制御すると複雑高価になってしまい、安価な自走爆雷のコンセプトが成り立たないし、そこまでやっても直進性がどこまで維持出来るか微妙。だったらギリギリまで飛ばせば良いじゃん!ということです。


強烈なトップスピンをかけてジャイロ効果で空中での姿勢制御と、下向きのマグヌス効果を発生させて素早く接地、さらにロケットブースターで加速。素晴らしい!!(英国面

最悪なタイミングで最悪な判断をしてくれるKの国のお話でした。


露館播遷は、史実の朝鮮併合の遠因です。

仮想敵国に国家元首が亡命をやらかす国なんて、そりゃ併合されてもしょうがないですよね。


拙作でも結構な大事になっていますが、英国だからこの程度で済んだのです。

これが日本だったら、史実通り速攻で併合ものですよ?


ちなみに、Kの国のやらかしはまだまだ終わりません。

今後もテッド君の頭痛の種となるのは確実ですね(哀

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― 新着の感想 ―
[一言] ぱんころ〜
[良い点] いつも楽しく拝見しております。 久しぶりの戦闘シーンとパンジャンドラムの大活躍。 これならスキップボミングで戦艦を沈める事ができるのでは?とパンジャンドラム搭載用の大型陸上攻撃機の開発に邁…
[一言] (゜∀゜)o彡゜パンジャン!パンジャン!パンジャン!パンジャン!(゜∀゜)o彡゜ 今回ストレスフルな中、唯一の癒しですねパンジャン と言うかウォッチガードだけがいい空気吸ってるのかw ただ…
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