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第55話 ロンドン海軍軍縮会議


『かつて、世界を巻き込んだ大戦は過去のものになりつつある。しかし、昨今の軍拡著しい世相をわたしは(うれ)いている。平和は戦争の準備期間と言う者もいるが、戦争をしないで済むならばそれに越したことは無いはずだ……』


 1923年12月25日。

 恒例となったラジオによるジョージ5世のクリスマスメッセージにおいて、列強の建艦競争を憂いるメッセージが発信された。


『我らには、未だに平和の配当を受け取る権利がある。権利を無為に投げ捨てる必要は無い』


 これを受けて、英国宰相ロイド・ジョージは海軍の軍縮を世界に向けて提言。

 英国内はもとより、欧州の市民からも大いに支持を集めた。復興景気から引き続き、好景気基調な経済に水を差すような建艦競争を望む者は少数派だったのである。


 対ソ戦力を整えさせるために、日本の返礼使節団にちょっかいをかけて戦艦『扶桑』を欧州に派遣させて列強の危機感を搔き立てて建艦競争に突入させた挙句、加熱し過ぎて慌てて火消しに走るブリカス仕草だったりするのであるが、黙っていれば分からないのでノープロブレムであろう。


「……建造中の戦艦は無条件で、計画中のモノについては条件付きで認めるといったところですか」

「あくまでも無秩序な建艦競争に掣肘(せいちゅう)を加えるだけであって、最悪でも現状維持は出来るのだから問題は無いだろう」


 ロンドンの首相官邸(ナンバー10)の執務室。

 海軍大臣のチャーチルとロイド・ジョージが軍縮会議のことで話し合っていた。


「我が国と日本、後はドイツ、フランス、イタリアは確実に参加してくれるでしょうな」

「日本は同盟国だし当然。残りはポンド借款を引き上げるといえば、参加せざるを得ないだろう」


 戦後復興の名目で、各国は英国にポンド借款をしていた。

 史実マーシャルプランも真っ青になるくらいな莫大な資金が投下されており、これを引き上げるとなると欧州経済に大打撃は必至であった。事実上拒否権は存在しなかったのである。


「軍縮を言い出すからには、こちらも多少なりともポーズを見せる必要がある。ロイヤルネイビーはどの程度受け入れられるかね?」

「さすがにQE(クイーンエリザベス)級は作り過ぎました。とはいえ、今後のことも考えると簡単に廃艦には出来ません。条約期間中も含めて今後10年間は戦艦を建造しないというのはどうでしょう?」

「そこら辺が落としどころだろうな」


 戦後に完成した派生型も含めると40隻近く建造されたQE級高速戦艦であるが、既にFRAM(大規模近代化改修)が計画されていた。


 FRAMの内容は、機関の換装、艦首の成形とバルバスバウの装備、砲塔換装によるSHS(スーパーヘビーシェル)への対応、箱型艦橋とバイタルパート内へのCICの設置、レーダーの装備、対空火器の増設など多岐にわたる。これらの改装によって、今後30年は運用することが決定していた。


 ちなみに、FRAMが適用された艦で最後に退役した『ウォースパイト』は、なんと西暦2000年まで現役であった。そのころには、さらなる改装が加えられており、巡航ミサイルやCIWSが搭載されて建造当時とはまるで別物になるくらいに艦容が一変していた。


 FRAM対象外の艦も空母や工作艦、航空機工作艦、強襲揚陸艦の母体として改装プランが用意されていた。こちらも、機関の換装、艦上層の構造物撤去など大規模な改装であった。


 さらには、将来的に独立させる自治領や植民地への餞別(せんべつ)(という名の押し付け)として使用することが考えられていた。ロイヤルネイビーは、QE型を1隻たりとも無駄にするつもりは無かったのである。







「ドーセット公におかれましては、わざわざのご足労誠に申し訳ございませぬ。しかし、こればかりは直接確認する必要がありました故に、ご理解を頂きたい」


 帝都霞が関の海軍省(赤レンガ)

 その一室に、テッドは連れ込まれていた。


(帰りたい……)


 海軍軍令部長である山下源太郎(やましたげんたろう)海軍大将と、その幕僚達に圧迫面接されるハメになったテッドの偽らざる心境である。


 ロイド・ジョージの提言は、列強の海軍関係者に衝撃を与えていた。

 日本にも外交ルートを通じて軍縮会議への招待状が送付されており、帝国海軍は事前の情報収集に躍起になっていたのである。


『テッド君、我々は近々海軍の軍縮を提言するつもりだ』

『え? この間まで欧州における対ソ戦力強化の名目で軍拡路線まっしぐらだったじゃないですか?』

『うむ。おかげで欧州列強の海軍の再建は進んではいるのだが、肝心の陸軍が割を食っているようでな』

『あー、扶桑の存在が効きすぎましたか……』

『我々としては、欧州には建艦競争は止めて陸軍の整備に注力してもらいたいのだ』

『確かに、ソ連を相手取るには陸軍の拡張が必須ですからね。でも、なんでそんなことを僕に話すんです?』

『君の立場なら、このことを知っておくと後々に役立つからだ。せいぜい上手く使ってくれたまえよ』


 つい先日の、ロイド・ジョージとの国際電話を思い出す。

 あの時の言葉は、この時のためだったのかと改めて彼の古狸(ふるだぬき)っぷりに舌を巻いていた。


「……我が国としては、これ以上の無秩序な建艦競争に歯止めをかけたいだけで、それ以上の意図はありませんよ」

「ということは、廃艦にする必要は無いとのことですかな?」

「その必要はありませんので、ご安心ください」


 テッドの言葉に山下は安堵する。

 幕僚達も同様であった。


貴方(あなた)方を信じて暴露しますが、今回の海軍軍縮は欧州における我が国の対ソ戦略の一環です」

「……と言われますと?」

「ソ連に対抗するには陸軍の拡張が不可避です。いつまでも欧州列強に建艦競争にかまけてもらっては困るのですよ」

「なるほど。そういうことでしたか」


 じつは平成会とJCIA(大日本帝国中央情報部)による情報収集と分析の結果、日本側も同様の結論に達していた。しかし、当事者である帝国海軍は半信半疑であった。テッドの口から太鼓判を押されてようやく信じることが出来たのである。


「それにしても、何故欧州列強は建艦競争に走ったのでしょう?」


 幕僚の一人の発言にテッドは内心で苦笑する。

 しかし、彼らからすれば当然の質問であった。極東の島国から見れば遥か彼方の欧州情勢はなかなか見えてこないものである。


「……先年の返礼使節団で、欧州列強が扶桑の存在を知ったのが原因です。あれほど強大な戦艦は、今まで欧州には存在しなかったのです」

「その扶桑型よりも強力な戦艦を擁する帝国海軍は、我がロイヤルネイビーと並んで世界最強の一角です」

「我が国は、極東アジア方面における帝国海軍の果たすべき役割に大いに期待しています」


 テッドの言葉に室内がどよめく。

 多少なりともリップサービスを含んでいるとはいえ、彼の言葉は事実である。裏を返せば、厄介ごとは自分で何とかしろと言っているのにも等しいのであるが。


「いや、全くもって納得出来るご説明を頂き、ドーセット公には感服する次第です」

「我らは同盟国なのです。こうして腹を割って話す機会も必要でしょう。お気になさらず」

「ドーセット公……!」


 謹厳実直、かつ厳格な気質で知られる山下であったが、テッドの言葉に感激していた。頬を紅潮させて、両の手でテッドを手を(しっか)と握る。


 この一件で、帝国海軍はテッドに好意的になった。

 再建された大使館には、連日のように海軍軍人が表敬訪問に訪れた。それだけならまだしも、海軍の相談役兼ご意見番として度々呼び出されることとなり、彼の貴重な自由時間が削られていくことになるのである。







「これはこれはドーセット公。奇遇ですな」


 帝国ホテル内で声をかけてきたのは、フランス大使であった。


(奇遇、ねぇ……)


 テッドからすれば、どう見ても待ち伏せしていたようにしか思えないのであるが、そこは口にしないのが紳士というものであろう。


「てめぇ、なに先走ってんだ!?」

「ぐわっ!?」

「「やんのかごるぁ!?」」


 後からやってきたコミューン代表と乱闘になってしまうのも、以前見たような気がする光景であった。


「……それで、お二方はどういったご用件なのです?」


 テーブルを挟んで座るフランス大使とコミューン代表に問いただすテッド。


 あのまま乱闘をほったらかして帰ろうかなと思ったりしたのであるが、後で粘着されても面倒である。止むを得ず、テッドの自室兼オフィスに二人を招いたのであった。


「それはもちろん、海軍の軍縮の件だよ。君の国に発注している新型戦艦が無かったことにされるのは非常に困る」

「アフリカの傀儡(かいらい)政権のことなぞどうでも良いが、我らが建造している戦艦が廃艦にされるのは御免こうむりたい」


 案の定と言うべきか、二人の用件は海軍の軍縮の件であった。

 フランス共和国は、英国から多大なポンド借款を受けているので海軍の軍縮を拒否するのは不可能であった。


 さらに言うならば、QE型をスケールアップした16インチ砲を搭載する新型戦艦を英国ヴィッカース造船所に発注しており、これが潰されることは是が非でも避けたいところだったのである。


 フランス・コミューンはポンド借款を受けていなかったが、軍縮会議への参加を求められていた。海軍の軍縮が飲めないならば、参加しなければ良いだけの話であるが、コミューン側には断れない事情があった。


 第1次大戦の講和条約でフランス・コミューンが得た利権は、国内の炭鉱が完全に復旧するまでドイツから無償で石炭の提供を受けることであった。現状ではアルザス・ロレーヌの炭鉱は完全に復旧しておらず、ドイツからの石炭供給が止まる事態になれば国内産業が干上がってしまう恐れがあった。


 当然ながら、英国はドイツに圧力をかけて石炭を止めることを明言していない。

 しかし、招待状を送ったということは、それをやることが出来るという意思表示であった。


「……どうぞ。紅茶をお持ちしました」


 鈴を転がすような声が、ギスギスした空間への清涼剤となる。

 マルヴィナが紅茶とお茶請け持ってきたのである。


「ちょうどアフタヌーンティーの時間です。食べながら話をしましょう」


 テッドの勧めで、二人は不承不承ながらも手を付ける。

 紅茶はアッサム、お茶請けはヴィクトリアスポンジケーキである。


 ヴィクトリアスポンジケーキは、ラズベリージャムを生地に挟んだだけのシンプルなケーキである。ラズベリーの味の強さに負けないずっしりとした生地であり、見た目に反して食べ応えのあるケーキでテッドの好物であった。


「これは美味い。紅茶とスイーツだけはイギリスの右に出るものはおりませんな」

(しか)り。本当に紅茶とスイーツだけは、我がフランスも認めなければなりませんな」


 さり気に、英国料理を(おとし)めるフランス勢。

 内心で青筋を立てるテッドであるが、ぐっと我慢して話を続ける。


「……さて、ご懸念の件ですが、我が国の立場としては無秩序な建艦競争を止めることが目的です。行き過ぎた建艦競争は、戦災からの復興の足かせになりかねませんので」


 本当は対ソ戦略も兼ねているのであるが、ここでは話さない。

 フランス・コミューンがソ連と内通している恐れがあるためである。


「それは、現状維持を認めるということで宜しいのか?」

「計画段階ならばともかく、建造中の艦を廃艦にしろというわけでは無いのでご安心ください」

「「ほっ……」」


 テッドの言葉に露骨に安堵して帰っていく二人。

 口回りにラズベリージャムが付いたままであったが、()えてテッドは指摘しなかった。







「チャオ! って、ぎゃぁぁぁ!?」

「また貴様か。性懲りもなく僕の妻に手を出そうたぁ良い度胸だ……!」


 闖入者相手に、一瞬で手首を()めて制圧する。

 なお、『僕の妻』という言葉に反応して、マルヴィナが頬を赤らめていた。


「ち、違うっ!? 今回は君に用があったんだ!」

「えっ?」


 予想外の展開に、思わずマルヴィナを見てしまう。


「どうもこうもお仕事でしょう? わたしは先に帰っているわ」


 そう言って、スタスタと歩き去るマルヴィナ。

 どことなく怒っているように見えたのは気のせいだと信じたいテッドであった。


「……いや、すまないね。どうもタイミングが悪かったようだ」

「あぁ、いや。僕も早とちりしたようで、申し訳ないです」


 場所を移して帝国ホテル内の仮設イタリア大使館。

 その応接間で、大の男二人がお互いに謝罪していた。


 前回のナンパ(やらかし)があるとはいえ、問答無用で関節技(サブミッション)を仕掛けたのは紳士としていろいろとアレであるし、空気を読まずに二人連れのところに声をかけるのも以下同文である。そんなわけで、お互いに水に流すことにしたのである。


「お詫びといってはなんだが、こんなものを用意した」


 そう言って、イタリア大使がテーブルに置いたのは木製の台に固定された肉の塊であった。


「これは……ひょっとして生ハムの原木?」

「その通り! これがワインの最高のおつまみなんだよ」


 手慣れた様子で、原木をナイフで薄くそいていく。

 グラスに注がれた赤ワインを飲みつつ、生ハムを一口。


「美味いっ!」


 テー〇ッ〇レー!と効果音が鳴りそうなくらいに美味かった。

 美味しい食べ物は荒んだ心を癒す力がある。テッドも例外では無かったのである。


「機嫌を直してくれたようで安心したよ。そろそろ本題に入りたいのだが」

「本題?」


 生ハムと赤ワインのあまりの美味しさにご機嫌であったが、ようやく本題を思い出す。


「……我が国は無秩序な建艦競争を止めたいだけです。なにも建造中の艦を廃艦にしろとかそういうわけではありませんよ」

「そうだったのですか」


 最大の懸念事項だったのか、テッドの返答を聞いて安堵するイタリア大使。


「行き過ぎた戦艦建造は、戦災復興から続く好景気基調に水を差しかねません。その点を統領(ドゥーチェ)にもお伝えいただきたい」

「伝えておきましょう。ところで……」


 不幸な行き違いから始まったイタリア大使との話し合いは、最後は円満に終了したかに思われた。


「君の奥さんが独りのときにナンパしても良いかね?」

「……マルヴィナに、今度やらかしたら死なない程度にボコっとけと言っておきますが、それでも良ければどうぞ」

「そうか! いや、難攻不落なほど落とす喜びがあるというものだ!」


 流石は世界一ナンパが上手いイタリア人というべきか、痛い目にあわされたというのに不屈であった。彼の執念が成就するかは、神のみぞ知るといったところであろう。







「失礼する。ドーセット公は()られるか!?」

「おや、貴方は……」


 とある日の昼下がり。

 来訪してきたのはドイツ大使であった。


「まぁ、どうぞ。今、紅茶を淹れますので」


 用件は分かり切っていたので、そのまま室内へ案内する。

 ちなみに、本日のお茶請けはスコーンであった。


「……さて、ご用件を(うかが)いましょうか」

「貴国の海軍軍縮の提案に決まっているだろう! 先に言っておくが、我がドイツに1隻たりとも廃艦に出来る戦艦は存在しないからな!」


 いい加減、やり取りに慣れてしまったか、クロテッドクリームをたっぷり塗ったスコーンを片手に余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なテッドに対して、ドイツ大使は掴みかからんばかりの勢いであった。


「勘違いされておられるようですが、今回の軍縮会議の目的は行き過ぎた建艦競争に歯止めをかけることです」

「ほう……それはつまり、廃艦を前提にしたものでは無いということか?」

「既に建造中の艦は対象外となります。さすがに計画中の艦は原則的に認められませんけどね」

「ということは、大ドイツの英知の結晶たる戦艦は廃艦にせずとも済むのだな!?」


 講和条約によって、ドイツ海軍の戦艦は根こそぎ賠償の対象と化したのであるが、唯一の例外がマッケンゼン級巡洋戦艦であった。終戦時には、4隻全てが建造を中止されていたのであるが、フソウショックを受けて建造が再開されていたのである。


 1番艦は既に進水済みで艤装も完了していたのであるが、その異様な見た目は各国の注目の的であった。


(人のネタを半端にパクッておいて英知の結晶とは笑わせる。どうせなら、忠実に再現してくれれば賞賛したのになぁ)


 内心でボヤくテッドであるが、マッケンゼン級はテッドが描いた火葬兵器同人誌がネタになっていた。


 ちなみに、元ネタはテッドが生前に見ていた某軍事系サイトに掲載されていたフ〇ン・〇ア・タ〇であった。初見のインパクトが忘れられずに火葬兵器ネタで同人誌を描いてしまったのであるが、まさか本家ドイツで採用されるとは思ってもいなかったのである。


(でもまぁ、ネタを再現するその技術力は賞賛するべきかも)


 マッケンゼン級の最大の特徴は、連装垂直2連砲である。

 砲を縦に重ねて連装砲塔化した見た目のインパクト抜群な外観であったが、その性能も画期的であった。


 ペーネミュンデ矢弾を採用したことにより、ベースとなった28センチ砲はボーリングされて口径を31センチにまで拡大。ライフルを廃した滑腔(かっこう)砲となった。最大射程は150kmに達し、これまでの戦艦の常識を覆すものであった。


 常識外れの超射程に対応するべく、少しでも視界を稼ぐために史実の扶桑(違法建築)以上のタワーをおったてたり、後部甲板に観測機を山盛りにしたりと、ドイツ流魔改造を施されて長らく運用されることになるのである。


(調子に乗って、列車砲を搭載した合体戦艦とか、潜水戦艦とか、地上を(うごめ)く芋虫とか出てくる火葬戦記同人誌を描いちゃったけど、まさか採用されたりとかしないよな……?)


 嫌な結論にたどり着いて戦慄する。

 もう話すことは無いとばかりに退出していくドイツ大使を横目に、テッドは頭を抱えるのであった。







「あ、このサンドイッチ美味しい!」

「シャワルマというイスラエルではよく食べられている料理です。美味しいでしょう?」


 帝都のとあるレストラン。

 此処は日本へ移住してきたイスラエル人が経営する店であり、この世界の日本で唯一イスラエル料理が食べれる貴重な場所である。本日は貸し切りで、モダンな内装の店内には二人の男がいるだけであった。


「……それはまた大変でしたな」

「大変なんてもんじゃありませんよ。なんで僕のところに怒鳴り込んでくるんだか……」


 テッドのぼやきに、心底同情するイスラエル大使。

 彼に対して友好的な唯一の大使であり、愚痴を聞いてくれる貴重な人物であった。今回もストレスを溜め込んでいたのを見かねて、ランチに誘ってくれたのである。


「あくまでも無秩序な建艦競争を止めろというだけの話なのに、なかなか信じてもらえなくて参りましたよ」

「ロイヤルネイビー相手だと戦力的に隔絶し過ぎて対抗する気も起きないが、日本相手には負けられないといったところでしょうなぁ」


 ユトランド沖海戦で一方的にドイツ艦隊を殲滅したグランドフリートに対して、欧州列強は正攻法で対抗する術を放棄していた。30隻以上の高速戦艦相手に正攻法で対抗することは事実上不可能なので、この場合は正解であろう。


 正攻法で対抗出来ないのであれば、新兵器・新戦術で対抗するべきなのであるが、戦災復興という錦の御旗の下に経済復興が優先されて、その動きは低調であった。


 将来の対ソ戦に備えて欧州に戦力を整えて欲しい英国は、この状況に活を入れるべく日本から扶桑を派遣させたのであるが、これが思っていた以上に劇薬だったのである。


「名前ばかりの列強に負けてたまるかと、プライドが刺激されて猛烈な建艦競争に走ってしまった挙句に火消するハメになりましたからね……」


 フムス・マサバハをパクつきながら、ため息をつく。

 ちなみに、フムス・マサバハはひよこ豆をペースト状にしたソースに、調理したひよこ豆を添えた豆料理である。異なるひよこ豆の食感を楽しめるイスラエルのソウルフードであり、テッドはこの料理を気に入っていた。


「……ところで、ドーセット公。最近のアメリカの動きはご存じですかな?」

「アメリカですか? それなりに頭に入れていますが……」


 食後のコーヒーを(たしな)みながら、イスラエル大使が唐突に切り出す。

 テッドはアメリカの情報をMI6から取り寄せていたので、大まかな情報は頭に入れていた。


「我が国に積極的に兵器の売り込みをかけてきています。それも、かなりの好条件で」

「……なるほど。国内市場が壊滅しているから、他国で売ろうという判断でしょうね」

「というと?」

「今のアメリカは、海軍も陸軍もまともに機能していません。そもそも、軍事予算を削って景気対策に回していましたから」

「それで我が国にも売り込みをかけてきたというわけですか」


 テッドの指摘に納得するイスラエル大使。

 ちなみに、アメリカ国内の兵器の売れ筋はトンプソン・サブマシンガンに装甲車、駆逐艦であった。


 顧客は当然ギャングやマフィアであり、それなりに売れてはいた。

 しかし、これだけで軍需産業が食っていけるわけが無かったのである。


(この分だと、他の国にも売り込みをかけている可能性があるな。一度調べてみるか)


 テッドの要請によって、MI6は調査を開始した。

 アメリカ製兵器が欧州に大量に入り込んでいることが判明するのは、それから数か月後のことであった。







「おー、やっと始まったかぁ。無事に終わると良いけど……」


 帝国ホテル内の自室兼オフィスで新聞に目を通すテッド。

 彼が手にしている瑞穂新報(みずほしんぽう)では、一面でロンドンで始まった軍縮会議について報じていた。


 瑞穂新報は、平成会が作った新聞社である。

 それだけに、政治系の情報は速く正確であり、日本の国内事情を把握するためにはうってつけの高級紙(クオリティ・ペーパー)であった。


 平成会が作っているだけあって、全体の構成や文体が史実で慣れ親しんだ新聞に似せてあるのも美点である。おかげで、テッドもストレス無く読めて重宝していた。


 強いて言うならば、妙な広告が入っているのが玉に瑕である。

 この妙な広告は、転生者ホイホイだったりするので、これはこれで重要なものなのであるが。


 1924年4月。

 ロンドンで開催された軍縮会議では、以下のことが取り決められた。


・計画中の全ての戦艦のキャンセル。(現在建造中の戦艦を除く)

・戦艦の新造は条約締結後10年間は凍結。例外として艦齢20年以上の艦の代替としての建造は可。(現在建造中の戦艦を除く)


 参加国の主力艦の数量と排水量の合計は制限されなかった。

 さらに、新造艦の主砲口径も排水量も制限されておらず、史実のワシントン海軍軍縮条約よりも縛りが緩くなっていた。


 なお、ドイツは特例として追加で新造が認められていた。

 あまりにも数が少なすぎて、防衛に支障をきたすというドイツ側の意見が汲まれた形となったのである。


「どうにか終わりましたな」

「これで、建艦競争に終止符を打てる。旧態然とした欧州の陸軍にも予算が回るだろう」


 軍縮会議の終了を見届けて安堵するチャーチルとロイド・ジョージであるが、その安心は長続きしなかった。


「失礼します。ドーセット公に依頼された調査結果をお持ちしました」


 ノックして入室してきたのは、ヒュー・シンクレア少将である。

 前任のマンスフィールド・スミス=カミング中将が、病気で退任してから2代目MI6長官に就任していた。


「これは……」

「なんと……」


 報告書に目を通して絶句する二人。

 ヨーロッパ諸国に大量にメイド・イン・USAな兵器が流入していたのである。


 欧州列強とて、ソ連の脅威を忘れていたわけではない。

 経済復興を優先する形となってしまったが、陸軍の近代化と拡充は考えていた。


 しかし、本格的に陸軍を強化する前にフソウショックが起きてしまい、建艦競争に突入せざるを得なくなったのである。


 海軍に予算を振り分けるしかないが、陸軍は強化したい。

 苦悩する軍関係者の下に現れたのが、アメリカの軍需産業であった。


 大量生産による大幅値引き、合弁会社による現地生産、技術の開示などなど破格の条件に抗うことなど不可能であった。


 建艦競争が終了して陸軍に予算が回ることが確定したことで、アメリカ産(現地生産も含む)兵器の割合は増えこそすれ、減ることはあり得なかったのである。


「しかし、どういう形であれ欧州の陸軍の強化は達成されます。これはこれで問題無いのでは?」


 チャーチルの言にロイド・ジョージは首を振る。


「それだけならまだしも、アメリカのマネーゲームに手を貸した形となったことだ。最悪の場合、世界恐慌が早まるかもしれん」

「……円卓会議を開催する必要がありますな。それも早急に」


 濡れ手で粟が信条のギャングやマフィアにとって、ケチなシノギよりはマネーゲームで稼ぐのは必然であった。兵器購入の代金として英国から大量の資金が流入した結果、ウォール街は連日のストップ高を続けており、そこに金の亡者が群がっていたのである。


 投資家たちが史実を知っていれば、アメリカの経済はバブルと判断して適当なところで引き上げるであろう。あるいは、政府が介入してソフトランディングを目指すかもしれない。


 しかし、現実は非情である。

 投資家たちは世界恐慌を知らないし、現大統領は市場への介入を良しとしない人物であった。破滅の足音は急速に大きくなっていたのである。

史実を知るが故にドツボにハマる英国でした。

全ての原因は英国にあるので言い訳出来ませんが、バレなければ犯罪じゃありませんw


テッド君が接待したり、接待されたり。

なんか外交官っぽいことをしています。

帝国海軍に気に入られちゃったし、これは臨時大使からの格上げ待った無しですね!というか、帰国出来ますかね?心配になってきた……(汗


世界恐慌が史実よりも早まることが確定しました。

史実以上の大混乱で、いろいろと数値が跳ね上がることになるでしょう。

主に国際緊張度的な意味で(ぁ

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― 新着の感想 ―
[良い点] エグいブリカス仕草の数々、マッチポンプとかポンド借款とか多すぎるQE級戦艦とか。 グルメも素晴らしい。生ハムと赤ワインなんぞ良いですな。ドイツ人でオチが付くのかと思いましたが連中はこの時代…
[一言] 別々の相手でも同じ苦情を繰り返し言われると、段々面倒になってきて対応が雑になったりするもんですけど よく我慢したテッド君外交官の鑑 え、外交官じゃない?HAHAHAナイスジョーク そして夢…
[一言] これは オリジン オブ ブリカス
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