第49話 策謀する円卓と平成会
「まさか本当にこちらの要求を全部通してくれるとは……」
「断られる前提でふっかけたものもあったし、後からやっぱり無理とか言われると思ったんですけどねぇ」
「その分期待されているということだがな。期待が大きい分、失敗は許されないぞ」
帝都のとあるビルの一室。
集結した平成会のメンバー達は、円卓からの技術提供の詳細を確認中であった。
テッドが帰国してからの動きは早かった。
要望を全部通すという彼の言葉に噓偽りは無く、直ちに詳細が平成会に送られてきたのである。
「艦船用の新型大出力タービンの技術提供及び、技術者派遣による改修への全面協力とか太っ腹過ぎだろ……!?」
「ですが、これで長門の機関も安定するでしょう。以後の空母の開発にも弾みがつきます」
素材技術や溶接ノウハウ、さらに改修のために技術者まで派遣するという大盤振る舞いである。
この世界の戦艦『長門』は、史実における天城型巡洋戦艦の改良型なのであるが、史実長門よりも遥かに大出力な機関部に手こずっていたので渡りに船であった。
「ロールスロイス・ケストレルのライセンス生産の許可及び、100オクタンガソリンの製造技術の提供だと……!?」
「ケストレルもだけど、既に100オクタンが生産出来るとかチート過ぎだろ大英帝国」
史実では1927年に生産が開始されたケストレルであるが、この世界の英国は円卓チートで既に量産が始まっていた。とはいえ、現時点では最新鋭のエンジンであり、それを無条件でライセンス許可するのは極めて異例のことである。それだけ、円卓が平成会に期待しているということでもあった。
「英国製マザーマシンの大量供与と製造ノウハウの提供は嬉しい。嬉しいのだが……」
「ヤード・ポンド法は滅ぼすべし。慈悲は無いっ!」
後に判明したことであったが、英国製マザーマシンはヤード・ポンド法ではなくメートル法に対応していた。嬉しい誤算であったが、これは英国側が日本に配慮したわけでは無い。
現在の英国では、工学単位にメートル法が急速に普及していた。
その原因はパラメトロン・コンピュータの存在であった。
テッドの召喚によって、この世界に顕現したパラメトロン・コンピュータであるが、学術目的の計算分野だけに留まらず、最近は機械制御の分野にも進出していた。そうなると障害になるのがヤード・ポンド法である。
メートル法ならば、全ての単位系が10進数で統一されて極めて合理的であるのに対し、ヤード・ポンド法は一部で2進数や12進数などバラバラであり、これに対応するとなると大掛かりな改修が必要であった。そのため、現場ではメートル法で計算して最終的に人力でヤード・ポンド法変換することで対応していた。
計算は一瞬で済むのに、人力で変換すると手間がかかるうえに、ヒューマンエラーで間違いが多発したため、パラメトロン・コンピュータが使える現場では、むしろ積極的にメートル法が導入されていったのである。
この問題は円卓でも議題となり、最終的にはメートル法に移行するが、しばらくはメートル法とヤード・ポンド法を併記することで対応することになった。その際に、メートル法でヤード・ポンド法が再定義され、インチねじはメートルねじの規格に含まれることになったのである。
この他にも大量の技術供与や、日露戦争時代に発行した戦時外債のさらなる棒引きで嬉しい悲鳴をあげる平成会であった。
「やはり君らを見ていると楽しいな」
「そうさな。いわゆる『えきせんとりっく』というやつかのぅ」
議論がひと段落したのを見計らって口を開く西園寺公望と松方正義。
3人しか残っていない元老のうちの二人である。
平成会の最大の後援者が西園寺公望である。
史実ではフランスに留学して自由主義や文化を学び、政党政治への理解も深かった彼は平成会が製作した憲法の草案に心を奪われた。
平成会の話では、未来の日本では政党政治が実現しているという。
当初は平成会に懐疑的であった元老たちの中で、西園寺は真っ先に支持したのである。
松方正義は平成会に当初は懐疑的であったが、史実知識を活用して日清・日露戦争で大勝した平成会の活躍を見るに及び、現在では西園寺と並ぶ後援者であった。
「久しぶりに参加してみたが、君たちは変わりないようで何よりだ」
「しかし、俺らを呼んだということは、何かあるんじゃろう?」
平成会の会合には積極的に参加してきた二人であったが、最近は多忙で欠席することが多かった。しかし、今回は平成会側から是非にとのことで無理に時間を作って参加していたのである。
「……元老を増員するわけにはまいりませんか?」
「無理だな」
「即答ですかっ!?」
「我らがいると、この国に根付き始めた政党政治に悪影響が出かねん」
西園寺の明快な回答に絶句する平成会メンバー。
取り付く島もないとはこのことであろう。
「そもそも、元老に推せる人材がいないんじゃ。強いて言うならば原敬だが、本人は固辞しとるしのぅ」
人材不足という観点から、松方も元老の増員には反対であった。
ちなみに、史実ではこの時期には暗殺されている原敬であるが、この世界では政治情勢の変化により元気に首相を続けていた。
「それに平民党はじつによくやっている。彼らに対抗して新党を立ち上げようという動きも出ている。この動きを阻害したくないのだよ」
平民党(日本平民党)は、平成会メンバーが起ち上げた政党である。
現状では少数派ながらも、第一党である政友会(立憲政友会)相手に一歩も引かない論陣を張っていた。史実知識を活かした革新的な政策をいくつも発表し、大衆からの高い支持を受けていたのである。
「君らが懸念していることは分かる。我らが亡くなった後のことだろう?」
「平成会は元老院のお力によって影響力を行使しています。元老がいなくなったら平成会は……」
「口さがない連中が、君らを元老院の腰巾着呼ばわりしていることは耳にしている。しかし、君らがこの件に関して無策でいるとも思えんがな?」
西園寺も平成会の危機感は理解していた。
平成会が大胆に活動してこれたのも、元老院の威光があったからこそである。
「……そう来ますか。ならば、プランBです」
『あ? ねぇよそんなもん』ではなく、平成会側には次善の策があった。
問題は、その次善策がテッドの精神に多大な負担を強いることなのであるが、生き残るのに必死な状況では四の五の言ってられなかったのである。
「面会? アポ無しでか?」
「どう致しますか?」
秘書官からの報告にロイド・ジョージは戸惑っていた。
まかり間違っても、一国の宰相にアポイントメント(事前予約)無しでの面会など普通はあり得ない。
「何処の誰なのかね?」
「日本国領事サトー・スズキと名乗っていますが」
「……会おう。お通ししてくれ」
彼がサトー某に会う気になったのは、テッドが平成会との連絡窓口にするためにドーセットに日本領事館を作ったことを知っていたからである。つまり、今回の要件は平成会絡みで間違い無い。
しかし、それならば直接テッドに伝えれば良いだけの話である。
アポ無しで来たことからも、今回の件は彼には秘密にしてほしいということなのであろう。
「お待たせした。ロイド・ジョージだ」
「お初にお目にかかります。わたくし、日本領事館の代表を務めておりますサトーと申します」
露骨に偽名臭い名前を名乗る領事のサトー某。
瓶底眼鏡をかけているせいで、その表情は読みづらいことこの上ない。
「お忙しいところを押しかけたのは、現在我が国で準備が進められている返礼使節のことです」
「世界巡幸の返礼ということならば、それに見合った人物が必要となるが?」
「はい。我が国の皇太子で有らせられます裕仁親王に内定しております」
「ふむ、妥当ではある。しかし、返礼使節となれば国事行為だ。大使ならともかく領事が出しゃばるのはおかしくないかね?」
「そこはいろいろありまして。後ほど大使館から正式な書面が送られてくるでしょう」
代表が大使であれば大使館、領事であれば領事館である。
仕事内容としては、大使館と領事館に大きな違いはないのであるが、政治的に国を代表して交渉する権限があるのは大使館の代表である大使のみである。今回の案件は、本来ならば日本大使館からもたらされるべきものであった。
「君ら平成会のことはテッド……いや、ドーセット公から聞いている。どうせ彼絡みなのだろう?」
ロイド・ジョージの口から平成会の名が出た瞬間、サトー某の表情がこわばる。
しかし、それも一瞬のことであった。
「……お察しの通り、ドーセット公絡みでして」
「やはりか。詳細を聞かせてもらおうか」
「公式日程終了後に、ドーセットに短期滞在していただこうかと」
「ふむ……」
「ドーセットは風光明媚な地ですし、邦人も増えています。親王が滞在されるには最適の地と判断しました」
ドーセットはド田舎――もとい、風光明媚な地である。
それに加えて、テッドと平成会の取り決めによりドーセットに移民する日本人は増加傾向であった。遠い異国の地で安らぐには最適な場所といえた。
「で、本音は?」
「ドーセット公への箔付け兼、国内における知名度アップが目的です」
平成会のプランBが、テッドを超VIPに仕立ててコネにしてしまうことであった。平民出身であるにせよ、公爵で次代の天皇と親交があれば、日本国内における知名度は鰻登りになるであろう。
「ドーセット公は平成会が将来を託すだけの力をお持ちですが、国内における知名度が絶望的に低いので……」
本来であれば、テッドもエドワード王太子やマウントバッテン卿と並ぶVIPとして遇されるはずであった。そんな彼の知名度が日本国内で無きに等しいのは、過激派のやらかしが原因であるので平成会の自業自得といえる。
元老を担げなくなった平成会は、新たな神輿にテッドを据えることによって、英国に極めて強いコネをもつ親英派として生き残る術を選択したのである。
「そういうことであれば、全面的に協力しよう。こちらにも大いに利益のある話だ」
「そう言っていただけるとありがたいです」
ロイド・ジョージにとって、平成会の申し入れは諸手を挙げて賛成出来るものであった。テッドと平成会の関係が強化されれば、彼の円卓内部における地位も向上するし、適切な利益誘導を怠らなければ日本はアジアにおける有力な親英国であり続けるであろう。
(ついでに、日本に刺激されて植民地が自立してくれれば言うことなしだな)
日本がアジアにおける地域覇権国としてふるまってくれれば、民族問題やその他の煩雑な問題を丸投げ出来る。そうなれば、こちらの負担が大幅に軽減されることになる。植民地の独立を画策している大英帝国からすれば、賛成こそすれ反対する理由は無かったのである。
「駐英領事館からの暗号電信です。例の件でロイド・ジョージ首相から協力の確約を得たとのことです」
「これでプランBが推進出来るな」
「元老の全員が賛成してくれたおかげで、政府と宮中への根回しも順調です。史実のようなごたごたは回避出来るでしょう」
史実における皇太子裕仁親王の欧州訪問は、君主制各国の王室との交友を深めてもらい、見聞を広めてもらう目的があった。しかし、大正天皇の病中に外遊に出ることは不敬であるとの意見や、長期に渡る旅行による親王の体への負担、さらに反日朝鮮人の襲撃の懸念などの理由で反対運動が盛り上がり、社会問題化して出発直前まで混乱が続いたのである。
「史実と違って、今回は返礼使節だから表立って反対意見は出しにくいだろうな」
「政府広報が上手く機能しているのか、マスゴミの煽りも不発に終わりましたしね」
「瑞穂新報だったか? 最近は売れ行きも上々らしいな」
この世界でも目的は同様であったが、先年の英国の世界巡幸の返礼も兼ねているので、反対意見は少なかった。一部の新聞社が売り上げ目当てで反対意見を煽ったのであるが、政府広報による的確な報道により不発に終わっていた。
マスコミによる済州人保護運動の盛り上がりによって、潜在的な反政府勢力を税金で養う罰ゲームに懲りた平成会は、政府広報を強化するべく国営の新聞社を起ち上げていた。
瑞穂新報と名付けられた新聞は、政治、経済、社会、文化を中心に扱っており、史実でいうところの高級紙であった。
国営新聞なので料金は良心的であるが、扱っている内容は庶民にはとっつきにくいものであった。しかし、この新聞の真価は別の場所にあった。
「しかし、電凸部隊とは考えたな」
「史実でもそうでしたが、この世界でも極めて有効でした」
「あれをやられたら心が折れるだろうなぁ……」
電凸とは、企業やマスコミ、その他団体などに対して電話をかけるなどして、組織としての見解を問いただす行為である。
マスゴミが意図的に悪意のある記事を掲載した場合、瑞穂新報の電凸部隊がネチネチとやるわけである。電凸に免疫の無い彼らは、最終的にお詫び記事を出すハメになった。
「あくまでも政府広報に影響が出ると判断した記事にだけにしておいてくれよ?」
「分かってます。史実のように無差別にやりまくると収拾がつかなくなりますからね」
「政治以外のゴシップ記事は嫌いじゃないから、むしろどんどんやって欲しいな」
「この時代に東〇ポのような新聞は難しいと思いますけどね……」
電凸部隊の活躍は、瑞穂新報の扱う内容のみに留まった。
政府の意図を歪めて伝えようとする輩には苛烈であるが、それ以外には無頓着だったのである。
瑞穂新報の所業を言論弾圧と批判する声もあったが、報道の自由とデマの拡散を混同する馬鹿どもに容赦は不要である。電凸部隊の活躍によって、この世界では政治関連で悪意のある報道はある程度根絶されることになる。
「……派遣する戦艦は扶桑と金剛にして欲しいだと?」
「山城や金剛型3隻もありますし、有事ではないから可能ではありますが……」
「寄港地での補給と整備は全て請け負うので、是非とのことです」
当初は史実通り戦艦『香取』と『鹿島』を派遣する予定であった。
2隻とも英国で建造された戦艦であり、英国に対する好誼の表現という意味では最適な選択であったが、この世界では事情が異なっていたのである。
「なんでまたイギリスはそんな注文をつけてきたんだ?」
「有色人種唯一の列強として、ヨーロッパにその存在を印象付けて欲しいとのことです」
「金剛はともかく、扶桑は欧州列強を刺激しないか?」
この世界の欧州は、第1次大戦の被害が史実よりも少なかったことに加えて、英国が主導して設立したWROによって迅速な復興が進められていた。しかし、それは経済面に限ってのことであり、各国の軍の再建と近代化は遅れ気味であった。
円卓としては、史実NATOのような軍事同盟を作ることでソ連の脅威に備えたかったのであるが、その歩みは牛歩の如しだったのである。
そんな状況に活を入れたい英国は、日本から新鋭戦艦を派遣させることによって白人のプライドに火をつけようと考えていた。この時代の戦艦は、国家の存亡につながりかねない、史実で例えるならば核兵器に匹敵する存在なのである。
英国で建造されたユトランド沖海戦の武勲艦『金剛』で同盟関係をアピールし、有色人種が作り上げた超弩級戦艦『扶桑』で日本の力をヨーロッパで知らしめることで危機感を煽り、ヨーロッパの軍拡を推進するのが円卓の狙いであった。
「しかし、扶桑の機関は大丈夫か?」
「戦闘速力を出さなければ問題は無いかと」
「だましだまし動かすしかないか……」
扶桑は常備3万t越えで14インチ砲12門、最大速力26ノットと、カタログスペックだけなら世界最強の一角であるが、当時の日本の技術ではかなり無理をしていた。
「史実の香取と鹿島もヨーロッパ行きで機関に不具合が出たから不安しか無いのだが」
「この世界の峯風型駆逐艦で機関に関する不具合はほとんど報告されていませんし、たぶん大丈夫なはずです」
「絶対無いと言い切れないところがなぁ……」
特に機関は全力発揮に制限が設けられていたのであるが、これは技術だけの問題ではなく、寿命の短い駆逐艦のボイラーを流用したことが原因であった。大規模改装時に交換を前提にしていたことが今回は仇となっていた。
日程的に機関の改修作業は不可能であり、その威容とは裏腹に不安を抱えながらのヨーロッパ行きとなったのである。
「ヨーロッパに日本の存在を示せというのが、イギリスの意向であるならば、史実通りの規模にするわけにはいかないな」
「それでなくても、金剛と扶桑の派遣で史実よりも余計な金がかかるんですけどねぇ……」
「幸い、史実よりも国庫に余裕はある。多少豪華にしたって問題は無い」
史実におけるヨーロッパ外遊の総額は公表されていないが、戦艦2隻の派遣費用として442万3000円が帝国議会の可決で支出されている。この金額を史実21世紀の価値に換算すると、かなり大甘な計算となるが20億円弱である。
「そういえば、ア〇ヒがぶち上げていたなぁ」
「あぁ、『五大国の一たる日本帝国皇太子殿下の破天荒の御外遊には1000万円の費用は当然だ』とか書いてたな」
「頭が痛いことに、この論説に賛同する知識人が多いんですよね。おかげで、世論もそちらに傾いている」
親王の欧州訪問が公式に発表されると、東京朝日新聞(史実の朝日新聞の前身)は『寄付金やレセプション代込みで総計1000万円以上になる』との独自の推計を発表していた。現代の価値に換算すると約42億円であるが、これが適切な金額なのかは現時点では誰にも分からなかった。
「良いじゃないか。1000万円で予算を組もう」
「正気ですか?」
「後で足りなくなって補正予算を組むくらいなら、最初から多めに予算をとっておいたほうが良いだろう」
外遊の支出としては破格の金額であり、予算の可否については大蔵省や議会で紛糾したが、最終的には了承されることになる。
ちなみに、史実における神風型駆逐艦の1隻あたりの要求予算(1918年)は約220万円である。じつに駆逐艦5隻分の予算が外遊に投じられることになったのであるが、この世界の日本の経済は史実よりも増大しているので額面通りというわけではない。
日本の経済は、インフレ含みではあるものの順調に伸びていた。
そのため、この時代は物価の上昇率が大きくて一概に比較出来ないのである。
この世界では、米国がマフィア国家となって事実上の鎖国状態であったが、日英同盟によってカナダ(自治領)からは石油を、オーストラリア(自治領)からは良質の鉄鉱石を輸入出来たために重工業が著しく発展していた。
経済の急激な発展によって、国内のインフラ開発も急激に進んでいた。
史実よりも5年早く山手線の環状運転が開始され、スーツ姿のサラリーマンのラッシュアワーが始まっていたのである。
『戦前から4分間隔運転とかワロタ』
『平成でも見たような気がするぞ』
『俺の爺さんも、ラッシュアワーに耐えてたんだなぁ……』
その光景を見た平成会のメンバーは、生前に見た光景と重ねて嬉しいやら悲しいやら、複雑な心境であったという。
「外遊先は史実通りイギリスとフランスで良いのか?」
「この世界のフランスはあかんでしょう。真っ赤に染まってるし」
「君主制ということならば、ドイツはどうだ?」
「良いですね。ドイツ大使館に打診してみます」
当初の予定では、訪問先は英国とドイツのみであった。
しかし、史実同様に在外公館や各国王室から訪問の要請が相次いだのである。
「ベルギー、オランダ、イタリア、さらにオーストリア=ハンガリー帝国まで訪問要請だと……!?」
「在外公館からの陳情が山のように来ています。どうしましょう?」
「イギリスからフランス共和国へも是非訪問するように要請が!? これは断れない……」
ちなみにフランス(フランス・コミューン)は、この世界だと真っ赤に染まっているので最初から対象外であった。代わりに英国からフランス共和国への訪問要請が出ており、国家としての正当性を認めるという政治的な意味合いから断ることは不可能であった。
「……予算を増額しておいて良かったな」
「いや、まったく。史実通りの予算だったら破綻していましたよ……」
1922年3月。
戦艦『扶桑』と『金剛』を中核とする返礼使節が横浜港を出港した。しかし、平成会は返礼使節の出発後も訪問先の調整に追われていた。
「トルコから訪問要請が……」
「トルコは史実だと親日国だし断れないな」
この世界では、ドイツが第1次大戦で名誉ある講和に持ち込んだため、同盟側に与した国々の立場もある程度は保障されていた。それ故に、同盟側に与していたとしても君主制国家であれば皇太子殿下の訪問に問題は無いと平成会は判断していたのである。
「ギリシャとブルガリアからも訪問要請が来ました」
「ドイツとトルコを訪問してギリシャやブルガリアに訪問しないのは問題では?」
WROによって、ギリシャとブルガリアにも復興のためのポンド借款が実施されたのであるが、主戦場より遠く離れているうえに直接の被害が少ないためにその金額は少なかった。
経済が不安定なギリシャは、日本に口を利いてもらうことでさらなるポンド借款を望んでいた。政情不安定なブルガリアは、世界最強の英国と同盟関係である日本と関係を持つことで、王家の権威を高めることで事態の収拾を望んでいたのである。
「日本の存在をヨーロッパに知らしめるという意味で訪問先が増えることは良いことなのだが……」
「あまり増やすと皇太子殿下のお身体に負担がかかります」
「やはり断るしか無いのでは?」
訪問先を増やすのにも限度があったが、かといって無下にも出来ない。
進退窮まって思い悩む平成会であったが……。
「ドーセットをキャンプ地とする!」
「なんだ、いきなり」
「発想を転換しましょう。ドーセットをホームにして各方面に訪問すれば良いのですよ」
「なるほど、それならば皇太子殿下のお身体への負担を減らせるな」
メンバーの一人が、水ど〇ネタを思いついたことによって、皇太子殿下のドーセット長期滞在計画が持ち上がったのである。
「……領事館から暗号電信です。ロイド・ジョージ首相は皇太子殿下のドーセット長期滞在を歓迎するそうです」
「これでなんとかなりそうだな」
「もういっそ、半年くらい皇太子殿下にはドーセットにご滞在していただきましょう」
「皇太子殿下のご親友になっていただければ、言うこと無しだな」
皇太子殿下との関係が親密になれば、円卓におけるテッドの立場は大幅に強化されるであろう。テッドと強いコネを持つ平成会の影響力も絶大になるわけで、円卓と平成会の双方でWin-Winな取引といえる。なお、テッドが受けるであろう甚大な精神被害についてはコラテラルダメージである。
領事館経由で行われた平成会と円卓の交渉の一切をテッドは知らなかった。
後に返礼使節の日程の詳細が発表されると絶叫したのは言うまでも無い。返礼使節が英国に到着するまでの2か月間、彼は精神的に追い詰められることになる。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
扶桑
排水量:33600t(常備)
全長:210m
全幅:30.1m
吃水:8.7m
機関:艦本式重油専焼缶10基+艦本式タービン4基4軸推進
最大出力:80000馬力
最大速力:26ノット
航続距離:14ノット/8000浬
乗員:1190名
兵装:45口径36cm4連装砲3基
50口径15cm単装砲16基
40口径8cm単装砲4基
40口径8cm単装高角砲4基
53cm水中魚雷発射管単装6基
装甲:水線300mm+30mm
甲板70mm
甲板側面230mm
主砲塔305mm(前盾) 130mm(天蓋)
主砲バーベット部300mm
司令塔305mm+25mm
扶桑型戦艦1番艦。
1922年から始まった返礼使節の旗艦を務める。
機関に不安を抱えており、今回のヨーロッパ訪問では不安視されている。
そのため、腕の良い機関士を常に貼り付けておく必要があった。
この艦が、ヨーロッパ(英国を除く)の海軍に与えた影響は大きく、『フソウショック』として方々に波及していくことになる。
※作者の個人的意見
この世界だと、ヨーロッパに有力な艦隊はロイヤルネイビーしか無いんですよね。
そんなところに扶桑が行ったら、カイザーが倒れそうです(哀
扶桑の存在は、フランス・コミューンとフランス共和国の双方を大いに刺激することでしょう。
史実同様に、この時点でのおフランスの海軍力はダメダメなので、扶桑を参考にした艦を作ることになると思います。
金剛
排水量:27500t(常備)
全長:214.6m
全幅:28.0m
吃水:8.38m
機関:ヤーロー罐・石炭重油混焼×36基+パーソンス式直結型タービン×2基4軸推進
最大出力:64000馬力
最大速力:27.5ノット
航続距離:14ノット/8000浬
乗員:1221名
兵装:45口径36cm連装砲4基
50口径15cm単装砲16基
40口径7.5cm単装砲12基
53cm水中魚雷発射管単装8基
装甲:水線203mm
甲板70mm
金剛型巡洋戦艦の1番艦。
ユトランド沖海戦の武勲艦であるが、現時点では改装などは施されていない。
1922年から始まった返礼使節に随伴している。
扶桑とは対照的に機関の信頼性は高く、帰国するまでノントラブルであった。
※作者の個人的意見
史実では英国に対する好誼の表現として鹿島と香取が使用されたので、英国製戦艦を使うのは確定です。そんなわけで金剛を派遣することになりました。
この世界だと、アメリカは引きこもってるし、中華民国はなにそれレベルなので扶桑と金剛をヨーロッパに長期派遣しても何の問題もありません。というより、史実のような大海軍を維持する理由に乏しいんですよね。あくまでも、このままならば、ですが(邪笑
円卓と平成会の裏取引によって、テッド君が売られました(違
史実のアソール公爵の立ち位置だったので、最初の計画では数日の短期滞在だったのですが、訪問要請が殺到して捌ききれないので、長期滞在することになりました。皇太子殿下のヨーロッパ訪問の根拠地にされてしまったドーセットには、それこそヨーロッパ中から日本人が来ることになるでしょう。
現地の平成会元過激派もハッスルするので、史実日本のサブカルの浸透が捗ります。ドーセットの地でエロ同人を知った日本人が、帰国してから欲するわけです。遠からず日本でもエロ同人が市民権を得ることになるでしょう。
え? 恐れ多くも皇太子殿下を同人に染めようなんてことは考えていませんよ?
そんなことしたら、おいらはカチコミ喰らってデッドエンドですってば。
少なくてもテッド君から、同人ネタを振ることはありませんよ。信じてぷりーずっ!