第39話 手ぐすねを引く平成会
「何このオリ主チート」
「うちら所詮はモブってことですか!?」
「リア充死すべし慈悲は無い……!」
1921年6月某日。
帝都のとあるビルの一室で、平成会の緊急会合が開催されていた。
この日の議題は、とある人物に関してである。
英国から国際電報で送られた暗号文を翻訳して要約すると以下の通りであった。
・ロンドンで有名な若手実業家
・コミケの開催者
・数々の油田を掘り当てた油田王
・美人な嫁さんもらって、しかも爵位持ち
平成会のメンバーが荒むのも当然であろう。
もっとも、一般庶民からすれば彼らだって充分以上に高給取りでリア充であるが……。
初っ端から嫉妬と僻みで荒れまくりであるが、このままだと話が進まないので中央情報局の職員が強引に話を進めていく。
「件の人物――テッド・ハーグリーヴス氏は、ロンドンで若干15歳で新聞連載漫画家としてデビューしています」
「15歳!? えらく若いな!?」
「両親に死別されて生活費を稼ぐ必要があったからでしょう」
「扶養してくれる親戚はいなかったのか?」
「ハーグリーヴス家は、それなりの規模の商家ではありましたが、両親死亡後に事業を乗っ取られたようです」
「つまりは、天涯孤独で身一つで放り出されたと。人生ハードモードだな……」
「その後は、手がけた事業を次々と成功させて、若手実業家のホープとしての地位を不動のものとしています」
平民から貴族となった立身出世の典型とも言える人物だけに、彼に関する書籍は多数存在していた。そのため、情報を入手することは比較的容易であった。
「……コミケの開催は?」
「彼の主催で1916年に夏コミが。以後は年2回、夏と冬にロンドンで開催されています」
「この時点で我らと同じ転生者であることは確定ですね」
「問題は、彼が敵か味方かということだが……」
「「「うーむ……」」」
テッドが自分らと同じ転生者であることが判明したが、それは彼が無条件に平成会に味方してくれることを意味しない。どのような対応を取るか思い悩むのも無理は無い話である。
「彼には敵が多く幾度か命を狙われています。その都度返り討ちにしているようですが」
「若くして成功したのだから敵は多いのだろうが……」
「ますますもって、オリ主チート枠だよなぁ」
平成会のメンバー達も、テッドのことをどうこう言えないのであるが。
彼らの史実知識を信じた元老院によって、平成会が結成されたわけであるし。
当時の日本の政治体制は、正院と元老院の2院制であった。
近代国家として世界にアピールするべく、大日本帝国憲法の構築が進められていたのであるが、元老院の提出した憲法の草案は正院に酷評された。
憲法草案の失態以降、正院は元老院の権力を抑制するべく動いた。
これに危機感を感じた元老院は、憲法の草案を売り込みに来た歴史マニアな転生人のアイデアを改正版として再提出したのである。
この草案は当時の政界に大論争を巻き起こした。
先進的と評価する一方で、当時の常識からすれば手放しで評価出来ない部分も多々あった。当然ながら説明を求められたのであるが、件の歴史マニアな転生人は、その都度史実知識を用いて完全論破で論客を叩き潰した。最終的にある程度現実に合わせた小改正を経て、史実とは大きく異なる大日本帝国憲法が発布された。
「お上は、今回の巡幸イベントでイギリスとの関係をさらに進めろとのことだったが」
「否定する理由は無いですよね。この世界だと米帝ならぬ英帝さまですし」
「皇太子とマウントバッテン伯は、史実知識で何とでもなるだろうが、彼に対してはどうしようもない」
件の歴史マニアは、元老院に史実知識を元に政策を提言した。
史実知識だけに説得力は抜群であり、元老院は大いに面目を施したのである。
転生人の存在を確信した元老院は彼らを全面的にバックアップした。
その結果、転生人たちの組織である平成会が結成された。史実では廃止された元老院であるが、この世界では平成会の史実知識を元にした効果的な政策の提言によって、独立した諮問機関として無視出来ない影響力を保持していたのである。
元老院からの支援によって、平成会の面々はあらゆる分野に進出した。
彼らによって、史実には存在しない企業や組織が作られ、日本の国力は大幅に底上げされていたのである。
「彼は貴族ということだが……」
「戦後になってからドーセット公爵になっています」
「ドーセット?」
「イングランド南西部の地域です。農業主体のド田舎ですね」
「ちょっと待て。史実だとこの手の貴族は一代貴族で爵位は男爵のはずだぞ?」
「彼がこの場所で油田を掘り当てたので、特例としてかつて存在していたドーセット公爵家の名跡を継いだそうです」
テッドが貴族になった経緯は、表向きのサクセスストーリーが英国内で大きく報道されていたために平成会も知るところとなっていた。実際は、アメリカにおけるMI6との共同作業である『メディア謀略』が評価された結果なのであるが。
「念のため、ドーセットにもうちのメンバーを送って調査中です。何かあれば連絡をよこすはずです」
「考えすぎではないか?」
「おそらく何も出ないでしょうが、念のためというやつですよ」
質の悪いことに、表向きの話も事実であるため、その裏を疑う輩はまず存在しなかった。それでも、念のために現地調査も実施しているあたり、平成会は決して無能ではなかった。
「現地の様子はどうなっているのだ?」
「オイルマネーで潤っています。油田採掘のために人手不足で、周辺地域から大規模な人口流入が起きています」
「イギリスで油田といえば北海油田だが、此処の油田の規模も凄いのか?」
「いえ、さすがに史実の北海油田に比べるとけた違いに小さいです。それでも西ヨーロッパにおける最大の陸上油田なので、規模はかなりのものです」
「これに加えて北海油田もあるとか、噓だと言ってよバー〇ィ!」
「同じ島国だというのに、この差は何なんだ……」
「ただでさえ、やべー海軍持ってるのに石油の心配もなくなったら、敵無しじゃないか。チートだ、チート!」
平成会によって、工業力が増大した日本は史実以上の石油を必要としていた。
石油備蓄基地の整備やタンカーの建造など、限られた予算で苦労していたのである。石油に困らない英国が心底羨ましくて嫉妬してしまうのも無理からぬことであった。
「領内における彼の評判はどうなのだ?」
「ポケットマネーでインフラ整備をしているみたいで、一部では聖人扱いされています」
「ひょっとして、普通に良い人だったりするのか?」
「さぁ、そこまでは。何らかの思惑あってのことだと思いますが……」
テッドは、財団の設立前からポケットマネーでインフラ整備を進めていた。
学校や図書館を建てたり、道路を整備してバス会社を起こしたりとやりたい放題であった。
もちろん、全ては将来のコミケ開催のためである。
学校に通うことで識字率が上がれば同人誌が読めるし、道路が整備されればドーセットに来てくれる人も増える。物流も改善されるので同人誌を描くための道具や紙の仕入れも楽になるわけで、この点テッド・ハーグリーヴスは一切ぶれていなかった。
「……彼が特定の組織に所属していることは無いのか?」
「今のところそのような形跡はありません。こちらで把握出来ていない可能性もありますが」
「我らのような秘密組織ならば、そう簡単には露見しないだろうな」
平成会はテッドが円卓に所属していることに察知出来なかった。
あまりにも表の情報が強すぎて、その裏まで探れなかったのである。情報操作をすることを諦めるくらい知名度が高まったことが、逆に円卓に良い方向で作用していた。
JCIAは史実モ〇ドの如く優秀な諜報組織であるが、北米や欧州における諜報網は未だ整備中であった。この時点で円卓の存在を掴んでいれば、彼に対する対応もまた変わったものとなったであろう。
逆にMI6は平成会の存在を把握していた。
日本で白人が諜報活動することは難しいように思われるが、明治政府が大量に採用したお雇い外国人には英国人が多かった。その中にスパイを紛れ込ませれば比較的簡単に情報を収集出来たのである。
お雇い外国人は、その後の緊縮財政によって大量解雇されたのであるが、そのまま日本に定住した者もそれなりに存在した。そういった人間を利用して戦前から日本に対する諜報活動は続けてられていたのである。第1次大戦中に日本の動きを訝しんだMI6が、さらに情報収集を進めた結果は言うまでもない。
平成会の存在が露見した原因は、平成会メンバーにもあった。
彼らには、日本語が外国人にとって難解であるという常識が存在したために、無意識に機密をバラしていたのである。そのほとんどは、史実を知らなければ意味を成さないのであるが、この世界に円卓が存在したのが彼らの不幸であった。
「気になるのは、第1次大戦中の彼の所在が掴めないことです」
「……どういうことだ?」
「開戦後のある時期から、戦後までイギリスにおける活動が把握出来ませんでした」
「複数の新聞で連載を抱えていた売れっ子なのだろう。新聞社には問い合わせたのか?」
「体調を崩したことによる療養とのことでしたが、療養先までは……」
この時期のテッドは、アメリカで修羅場っていたので活動が把握出来ないのも当然である。この時点で、JCIAのアメリカ支部がもっと仕事をしていれば、そして現地に平成会のメンバーがいれば、彼に対する対応も違ったものになったのは間違いない。
平成会のメンバーが、この時期のアメリカに氾濫していた史実日本の反戦作品のパクりを直接目にしていれば、否が応でも自分らと同じような組織が存在していることに気付けたであろう。しかし、実際に情報を収集していたのは現地のエージェントであり、JCIA側もアメリカで反戦運動が起きていたことは把握していたものの、ドイツの工作であると誤認していたのである。
「……判断材料が足りん。もう少し彼に関する情報が欲しいところだな」
「調査する時間がとても足りませんよ。日程的にもこれが限界でした」
「それで電報を使用したのか?」
「この時代にはエアメールなんて存在しませんからね。結果を悠長に船便で送っていたら間に合いませんし」
「それってヤバくないか? イギリスに勘付かれたかもしれん」
テッド・ハーグリーヴスに関する調査資料は、暗号化した文書を分割して国際電報で日本へ発信された。案の定というべきか、送られた暗号文は全て英国側に傍受されており、直ちに政府暗号学校に解析に回されていた。しかし、平成会にはそのことは織り込み済みであった。
「それは大丈夫です。史実のパープル暗号を使用しましたので」
「いや、パープルって真珠湾攻撃の時に解読されてたやつじゃないか!?」
「史実よりも20年早く採用したので、短時間の解読はまず不可能です」
「それなら良いが……」
「それに、運用する人間はきちんと教育しています。まともに運用されるパープルを人海戦術で解くのは無謀ですよ」
パープル暗号は、史実日本の外務省が使用していた暗号に対して米軍が付けたコードネームである。真珠湾攻撃に関する逸話で有名な暗号であるが、まともに運用されたらとんでもなく堅固な暗号であった。あくまでも理論上は、であるが。
史実では運用に問題があって解読されてしまったが、当時の技術では最高レベルの暗号であった。この世界では、暗号マニアな平成会メンバーによって復元に成功しており、運用を厳格化して大使館用の外交暗号として使用を開始していたのである。
「総当たりすれば、あるいは解けるかもしれませんけどね」
「それを人海戦術でやったら何年かかるんだよ……」
「だから解けないと言っているのです。コンピュータでもあれば話は別でしょうけどね」
「コンピュータか……この時代だとエニアックもどきがやっとだろう。とても実用的とは思えないな」
平成会は暗号の重要性を理解していたし、その運用にも細心の注意を払っていたが相手が悪すぎた。世界最強のスパイ組織を有する英国は、暗号先進国でもある。これにくわえて、某魔法の壺の召喚もあるのである。
MI6はJCIAの調査した形跡を徹底的に調べ上げた。
暗号の解析にあたった政府暗号学校では、調査結果を元にクリブを作成した。
クリブとは、暗号内で使用が想定されうる平文のサンプルのことである。
たとえ未知の暗号であっても、元となる平文の数語から数フレーズを想定可能であれば、暗号解読の糸口となる。総当たり攻撃の場合でも、復号した文中にクリブが見つかれば、試みた復号方法の正確性を検証することが可能となり、全文の解読につながるのである。
想定されたクリブの個数は多かったが、その一つ一つを政府暗号学校では大量のパラメトロン・コンピューターで総当たりした。その結果、極めて短期間にパープルの完全解読に成功したのである。
解読された暗号文書は、世界巡幸中のテッドに直接届けられた。
内容は本人のみが目にしており、その後は破棄されたので不明であるが……。
『先生が文書を読んで悶絶していた』
その場にいた皇太子の証言からすると、かなりアレな内容だったのは間違い無いようである。
「彼に関する調査は引き続き行います。何かあれば……どうした?」
JCIA局長がテッドに関する調査報告をいったん締めようとしたところで、彼の部下らしき男が息せき切って飛び込んでくる。彼が持ってきた書面を見て露骨に顔色が変わる。
「何かあったのか?」
「ドーセット地区――彼の領内で、アドルフ・ヒトラーが目撃されたと」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
思いがけない場所に、思いがけない人物が存在することでパニックに陥る平成会の面々であるが、どうにか立ち直って話の続きを促す。
「……報告によると、ヒトラーは地元新聞でインタビューを受けていたようです。その記事をドーセットで調査していたうちのメンバーが見つけて暗号電で報告してきました」
「ヒトラーがいるからといって、軽率ではないか? 全くの偶然の可能性も……」
「記事の内容は、財団の設立目的と地元への経済効果についてなのですが、その財団の名前がハーグリーヴス財団だそうです」
「「「……」」」
ハーグリーヴス財団は、ドーセット領内の開発を促進するために設立された財団である。その名の通りテッドが設立した財団であり、ヒトラーは財団の代表代行として地元新聞のインタビューを受けていた。この事実は、テッドとヒトラーが無関係では無いことを証明していた。
「い、いや待て。これは、彼が我らのような秘密組織に属していない傍証になる」
「どういうことだ?」
「我らのように史実を知る組織に所属していたら、ヒトラーを仲間にしようなんてことは考えないはず」
「彼の独断ということか」
「つまり、イギリスには我らのような史実を知る組織は存在しないということだ」
史実知識があれば、大多数の人間はヒトラーを仲間にしようとは考えない。
この時点で組織が関与する可能性は大幅に低下するのである。希望的観測が入ってはいるが説得力はあった。実際は、ヒトラーを危険視した過激派に襲撃されたりしているのであるが、そこらへんは円卓が闇に葬ったので、平成会は知る由が無かったのである。
「……で、結局彼をどう扱うかに話は戻るわけだが」
「我らと同じ転生者で、どこにも所属していないというのであれば、こちら側に取り込むのが一番では?」
「彼が同意しなかったらどうするのです?」
「そのときは『不幸な事故』に遭ってもらうしかない。幸いにして、国内であればいくらでも工作のしようはある」
自分たち以外に転生者は存在しないと考えていた平成会にとって、テッドの存在は衝撃的であった。
『ひょっとしたら、海外にも自分らと同じような転生者や組織が存在するのでは?』
彼らがそう考えるのは無理からぬことである。
味方に出来ないなら、早急に始末することも間違ってはいないだろう。自分らに害が及ぶ可能性を考慮すると躊躇する理由はどこにもない。
「ちょっと待ってください。仮にも公爵です。彼の身に何かあれば日英同盟にひびが入りかねませんよ!?」
「確かにその通りだ。ならば、彼の決定的な弱みを握るしかないか……」
「証拠なんぞ如何様にでもでっちあげられる。ハニトラを仕掛ければイチコロだろう」
「あとはタイミングだな。早すぎても遅すぎてもマズい」
「史実とは違い、半月ほどの滞在なので仕込みを急ぐ必要がありますね」
歓待するよりも陥れることを前提に議論する平成会の面々。
殺すよりは良心が咎めないのであろうが、言ってることは最低である。しかし、テッドがヒトラーと関係を持っていたことが、このような手段を取ることを是としていた。
平成会からすれば、ヒトラーは危険な独裁者のイメージであった。
そんな危険人物と関係しているテッド・ハーグリーヴスもまた危険人物では無いかと思われてしまったのである。
「ハニトラで弱みを握るとのことですが、彼の好みが分かりません」
「嫁さんと容姿が似ているのがベストだが。写真か何か無いのか?」
「ドーセットでなら入手出来るでしょうが、とても間に合いません。FAXはまだ試験中ですし……」
「しょうがないか。吉原の花魁を揃えておけばなんとかなるだろう」
世界巡幸で戦艦レナウンが日本へ寄港するまであと1か月。
平成会の決定が吉と出るか凶と出るかは、今の時点では誰にも分からなかった。
というわけで、平成会サイドの動きを書いてみました。
テッド君は盛大に歓迎されそうです(白目
史実知識を持つ平成会からすれば、ヒトラーは危険な独裁者というイメージが強いです。
よって、彼と関係があるというだけで危険人物扱いにされてしまったわけですが、まぁ自業自得ですよね?w
果たして、平成会のトラップは決まるのか?
それとも罠はハマって踏みつぶすミン〇ス理論が炸裂するのか?
それとも鬼と化した女豹がハニトラを完全粉砕するのか?
あるいは、恋の両生類が暴走するのか?
…うわ、どれも書いたらヤバそう(滝汗
あまり期待せずにお待ちくださいっ!




