第36話 イスラエル建国
「……イスラエルの建国を予定よりも早めると?」
「今なら多少強引に物事を進めても問題は無かろう。ちょうど良いカモフラージュもある」
「確かに。世界の注目はアメリカ風邪に集まっていますからな」
ロイド・ジョージの提案に賛意を示すチャーチル。
「あそこは史実と違って我が国が占領統治しているので、各国からは文句は出にくいでしょうな」
「この世界には、サイクス・ピコ協定、フサイン=マクマホン協定もありませんし」
参加している円卓メンバーからも賛成の声があがる。
この世界の英国は第1次大戦を終始優位に進めた結果、史実のような3枚舌外交を行わなかった。中東地域でも円卓チートによる武力で圧倒し、史実で委任統治領パレスチナと呼ばれた地域は、英国による単独占領が続いていたのである。
このようなことになったのは、この世界に国際連盟が存在しないためであった。
国際連盟の提案は、ロンドン講和会議においてアメリカが行っていたのであるが採用されなかった。
史実の国際連盟が、全会一致が原則で迅速かつ有効な決議を行うことが困難だったことを知る円卓は、政府に強く働きかねて国際連盟の設立を妨害した。円卓チートと某魔法の壺による超強化によって、この時代の英国の経済と軍事力は他の列強を圧倒しており、国際連盟はかえって行動を阻害しかねなかったのである。どのみちオブザーバーに過ぎなかったアメリカに発言権は無かったのであるが。
国連の代わりに英国が提案した戦災復興機構(War Reconstruction Organization、WRO)が設立された。
WROは、第1次大戦による戦災からの復興を支援する組織である。基本的に、戦災を受けた国を加害国――いわゆる、ドイツを筆頭とした中央同盟国側が補償するものであり、これは戦時賠償とは別扱いとされた。
ちなみに、フランス・コミューンとソ連は例外であった。
フランスの正当な政府は旧アルジェリアのフランス共和国であるし、英国本国にニコライ2世とその家族がいる以上、ロマノフ王朝は存続しておりソ連は国家として認められない――と言うのが、英国の公式見解であった。
加害国側も戦時中の英国無双によって相当の被害を受けており、即座に補償に応じることは困難であった。そのため、英国から多額の借款をすることになった。この借款はほとんど無利子であり、間接的に英国が欧州の復興の主導権を握ることになった。
欧州復興に必要となる資金は膨大なものとなったが、この世界の第1次大戦が史実よりも短期に終結した結果、最終的な被害額はだいぶ抑えられており、英国単独でも何とかなったのである。
英国が莫大なポンド借款をさせてまで欧州復興を急いだのは、ソ連に対する危機感であった。防波堤としての役目を負わせるために、欧州の復興と国家再編が急がれたのである。
「……ところで、今回の案件は誰が担当するのです?」
「史実よりもイージーモードかもしれませんが、デリケートな問題に変わりないので、それなりの人材を充てる必要があります」
「というか、うちら公務だけでも限界なんで勘弁してほしいですが……」
とはいえ、イスラエルを実際に建国するとなると相当な困難が予想された。
史実で泥沼化した経緯を知っている円卓のメンバーは皆尻込みするが、そんな彼らを見てロイド・ジョージはニヤリと笑う。
「問題無い。言い出しっぺにやってもらおう」
「「「異議なし!」」」
円卓でも珍しい完全な全会一致であった。
イスラエル建国のスケジュールは、史実よりも早められていたのであるが、今回のアメリカ風邪のパンデミックを受けてさらに前倒しすることが決定されたのである。
1918年10月。
イスラエル建国に向けて委員会が設置された。
委員長はハイム・ヴァイツマンである。
彼は史実においてシオニスト運動の指導者で、初代イスラエル大統領も務めた人物であり、妥当な人選であった。
委員会のトップはヴァイツマンであったが、あくまでも名目上のものである。
実際の責任者は特別顧問として参加していた一人の男であった。
「…ナショナルホームは当初の計画で問題無いでしょう」
「ありがたいことですが、該当地区にはアラブ人が多数住んでいます。反発が予想されますが」
「それなりの補償をして立ち退いてもらいます。もちろん納得のいくだけの金を積みます」
「そ、そんなことをすれば莫大な費用がかかりますぞ!?」
「大丈夫です。若造ですが、無茶が出来るくらいに中央に太いパイプがありますので」
言うまでもなく、特別顧問はドーセット公ことテッド・ハーグリーヴスであった。今回は不承不承ながらの参加であったが、イスラエル早期建国の言い出しっぺであることに加え、ハネムーン中の『やんちゃ』の件を追求されるとどうしようもなかったのである。
「我々は環境を整えるだけで良いのです。そうすれば、後は世界中のユダヤ資本が勝手に開発してくれます」
「なるほど……」
もっともらしいことを言っているが、実際はとっととこんな仕事を終わらせて、マルヴィナとキャッキャウフフしたいだけであった。そのためにも、面倒なうえに時間がかかる土地収用問題は、金に糸目を付けずに迅速に解決する必要があったのである。
(若さに見合わず先見性と実行力は大したものだ)
一方でヴァイツマンは、テッドに対する評価を大幅に上方修正していた。
ロイド・ジョージの紹介で会ったときは、その若さからくる印象から頼りなく思っていたのである。
「何にしろ、この場所にユダヤ人国家を捻じ込むとなれば周辺からの反発は避けられません」
「確かにその通りですな」
「であるならば、敵の態勢が整わないうちに地固めするしかない」
テッドの発言に噓偽りは無く、すぐさまアラブ住民の立ち退きが実施された。
立ち退きに必要な金はT資金から捻出された。
T資金の正体は、テッドが戦前に行った大規模召喚による大量の金塊であった。
貨幣経済が浸透していない現地では、ポンドよりも金塊のほうが歓迎されたのである。このときにばら撒かれた金塊が、後世になってから相場の暴落を招くことになるのであるが、それはまた別の話である。
将来の禍根を断つためにも、パレスチナの先住民には最低でも国外へ移住してもらう必要があった。その移住先であるが、こちらは史実アラビアのロレンスことトーマス・エドワード・ロレンスが方々に働きかけた結果、シリア・アラブ王国が受け入れることになった。
この世界では、史実よりも早くシリア・アラブ王国が建国されていたのであるが、周辺地域の安定化のために円卓が暗躍した結果であった。
国王のファイサル1世は英国と個人的に良好な関係を築いており、統治を任せるには最適の人材だったのである。さらにヴァイツマンとも知己があり、イスラエル建国にも協力的であった。
ファイサル1世は現実主義者であり、パレスチナからの移民を受け容れるのと引き換えに、英国資本による国内の開発と産業基盤の整備を推進した。さらに、イラク王である兄のアブドゥッラー1世も説得して、両国は中東で最も早く近代化を達成することになるのである。
『驚いたな。何処でそのことを知ったのだね? 君がハネムーン中に議題になっただけで、他に話したことは無いのだが』
「ドーセット公爵邸の改築祝いのときに、フィッシャー卿が来てくれまして。そのときに話してくれました」
『確かに独自に船を出せるのだから資産家の可能性は高いし、ユダヤ人の可能性はさらに高いだろうが……』
受話器越しに聞こえるため息。
国際電話でテッドはロンドンのロイド・ジョージと話していた。
『言っておくが、彼らはアメリカ風邪のキャリアの可能性がある。易々と移送出来ないぞ』
「分かっています。潜伏期間が過ぎて安全が確認出来てからで構いません。そこまで急いでいませんし。もちろん、当人たちの意思を尊重します」
『答えは決まっているようなものだがな。カナンの地に行けると言えば、もろ手を挙げて賛成することだろう』
アメリカ風邪のパンデミックによって、大西洋航路は無期限封鎖されていたのであるが、一部の資産家は船を購入したりチャーターするなどして新大陸からの脱出を企てていた。しかし、厳重なロイヤルネイビーの包囲網によって悉く拿捕されていたのである。
「よろしくお願いします。あと建国債の件はどうなりました?」
『想定以上の売れ行きだ。そろそろ制限しようかと思っているくらいだ』
「そこらへんの判断はお任せします。こちらは全速前進フルスロットルで建国しますんで」
『あまり無茶苦茶やられても困るのだが……』
「……誰のせいでこんなところに飛ばされたと?」
『ははは……。まぁ、お手柔らかに頼むよ』
「あっ、ちょ、まだ話は……!?」
大きく息を吐いて乱暴に受話器を放り投げるテッド。
その様子を見てヴァイツマンが声をかけてくる。
「誰と話されていたのです?」
「ロイド・ジョージとですよ。カモネギ……じゃなかった、上客と予算をゲットしましたよ」
「はぁ……?」
怪訝な表情をするヴァイツマンであったが、ユダヤ人資産家が移送されてくることを聞くと表情が明るくなる。
「なるほど。確かに今のアメリカから脱出出来る人間は、それなりに資産を持っているでしょうな」
「現在も拿捕される船舶は増えているようです。そのほとんどがユダヤ人だとか」
「彼らが我が国に来てくれると?」
「アメリカ風邪から逃られるうえに、カナンの地へ送るって言ったら反対する人はいないでしょう」
事実、乗船していたユダヤ人の全てがイスラエル行きを希望していた。
彼らは、アメリカ風邪に罹患していないことが確認され次第、順次移送されることになるのである。
「もう一つは建国債についてです」
「売れ行きはどうなのです?」
「あまりに売れすぎて制限を考えるほどだとか。これで開発予算は心配しなくて良くなりましたよ」
「ありがたいことですな」
ロンドンで起債されたイスラエル建国債であるが、最終的に日露戦争が賄えるほどの莫大な予算が確保された。予算の心配が無くなったため、開発に惜しみなく予算と技術と人材が投入されて、都市開発が急速に進められていくのである。
「……公用語を定めましょう」
「公用語ですか?」
「ユダヤ人は世界中に散らばっています。これがイスラエルに集結するとなれば必ず公用語が問題となります」
「確かにその通りですな……」
テッドの提案に唸るヴァイツマン。
(ヘブライ語の復興を待っていたら、時間がかかるし……)
実際のところは、テッドが面倒を嫌っただけだったりするのであるが。
とはいえ、史実のインドが多言語社会のために国民統合に苦労していたことを彼は知っていた。世界中からユダヤ人が集結することを考慮すると、イスラエルはそれ以上に酷いことになる可能性が高かったのである。
公用語は最終的にイディッシュ語が選定された。
この言語は、主にドイツや東欧諸国に住んでいたユダヤ系の人々の間で使用されており、中東欧社会におけるイディッシュ文化を築き上げていた。
イディッシュ語で書かれた作品も多数存在し、それはすなわち当時は高価な本を買うことが出来ることの証左であった。つまりは、イディッシュ語を話せる人間は裕福で教育を受けた人間であることが多いのである。
標準ドイツ語に近いため、ドイツ人との意思疎通も容易であり、ロートシルト家を筆頭としたドイツ系ユダヤ人資産家を取り込むことも目論んでいた。
イディッシュ語が公用語となったことで、教育機関もそれに準じたものとなった。過去にイディッシュ語で書かれた作品を教材として活用出来ることも他の言語に比べて有利な点であった。
イディッシュ語はドイツ文化の影響を強く受けているため、この世界のイスラエルはその影響を免れることは出来なかった。史実では中東っぽいイメージがあるイスラエルであるが、ドイツを彷彿とさせる街並みが整備されていったのである。
公用語がイディッシュ語に定められても簡単に移行出来れば苦労しないわけで、準公用語として英語とアラビア語が使用された。アラビア語は移住に反対して現地に留まったアラブ人のために使用された。ただし、イディッシュ語の普及に伴いアラビア語は準公用語からは削除されることになる。
ヘブライ語は純粋に儀礼用・宗教用の言語として運用された。
そのため、この世界のイスラエルでは式典やタルムード(ユダヤ教の聖典)でしか目にすることは無くなっている。
「……自警団を拡張したい?」
「はい。入植は順調ですが、トラブルも増えてきていますので」
「自警団なんて生温いです。ここは一気に国軍を作りましょう!」
「えーっ!?」
テッドの無茶ぶりに驚愕するダヴィド・ベン=グリオン。
史実ではイスラエルの初代首相としてイスラエル独立宣言を行い、その後の第1次中東戦争を指揮した人物である。
彼は自ら志願して自警団を統括するポストに就いていた。
それだけに自警団の実情を把握しており、テッドの提案は無謀そのものであった。しかし、(敵国にとって)不幸なことであるが、それが実現出来るだけの権限を彼は持っていた。
史実のイスラエルの四面楚歌ぶりを知るテッドは、可及的速やかに国軍を整備する必要性を感じていた。彼の要請によって英国から軍事顧問団が派遣され、ただちに訓練が開始されたのである。
この世界のイスラエル国防軍でも兵士の少なさが問題となった。
テッドとしては、史実フランス外人部隊を参考に傭兵部隊を作るつもりだったのであるが、最終的に却下された。そのため、この世界でも少数精鋭を志向することになる。
さらにテッドの要請によって、英軍から兵器が格安で払い下げられた。
そろそろ新型を配備しようと考えていた軍上層部は、在庫処分のつもりで気前よく放出した。その中には、ステンガンや手榴弾といった兵士用の武器はもちろんのこと、戦闘機や戦車なども含まれていたのである。
『無茶言わんでくれ。いくらなんでも戦艦は無理だぞテッド君』
「えー? あんなに作ったんですから1隻や2隻どうってことは無いでしょう?」
『勘弁してくれ……』
受話器から聞こえてくるうめき声。
国際電話の相手は海軍大臣のチャーチルであった。
陸軍と空軍の目途が立ったと判断したテッドは、海軍の整備に着手していた。しかし、ただでさえ少ない兵士を陸軍と空軍に取られているのである。海軍も少数精鋭にならざるを得なかった。
「さすがに戦艦は冗談ですけどね」
『ほっ……』
「そもそも戦艦1隻動かせるだけの人数を確保するのも難しい有様ですからね」
『……苦労しているようだなテッド君』
「誰のせいで苦労していると?」
『ははは……。勘弁してくれたまえ』
チャーチルとの交渉の結果、英海軍から潜水艦と魚雷艇が提供された。
潜水艦は戦時中に量産されたL級潜水艦であったが、魚雷艇は完成したばかりの最新鋭のものであった。他国でデータ取りする英海軍の悪い癖である。
比較的少人数で運用可能であり、正規の軍事作戦だけでなく特殊作戦にも投入可能なこれらの兵器は、イスラエル海軍で重宝された。特に魚雷艇は、40ノットを発揮出来る超高速艇であり、その強武装と相まって周辺国から恐れられることになる。
「……エルサレム神殿を再建したい?」
「はい。フランスのロスチャイルド家の分家筋の方なのですが、建国債も大量に購入してもらっているので無視することは難しいのです」
また面倒ごとかと頭を抱えるテッドに、思わず同情してしまうヴァイツマン。
ユダヤ人入植者の受け入れは順調であり、先住のアラブ人とユダヤ人が入れ替わるような形で進められていた。
アラブ人の移住の完了には10年はかかると見積もられていたが、そこまでテッドが関わる必要は無かったため、彼の仕事はほとんど終わったようなものであった。
国軍の編成も進んでいた。
兵士の訓練は順調であるし、兵器も英国から地中海経由で続々と陸揚げされていた。兵士が足りないのが唯一の問題点であるが、こればかりは時間をかけて解決するしかなかった。
要するに、彼は任された仕事を全て片付けたのである。
ようやく英国へ戻れると思った矢先に今回の事態である。愚痴の一言でも言いたくなろうというものである。
「さすがに大口のスポンサーを無下には出来ません。会って話をしてみたいのですが」
「分かりました。本人に伝えます」
執務室を出ていくヴァイツマンの背中を見ながら、多分話が通じないタイプなんだろうなぁと心で涙するテッドであった。
「おぉ、あなたがドーセット公ですか! お噂は常々聞いておりますぞ!」
「ど、どうも……」
3日後。
テッドの前に現れたのは、白髪で矍鑠とした老人であった。
彼の名はエドモン・バンジャマン・ド・ロチルド。
史実ではロスチャイルド家のフランス分家の一員で、シオニズムの強力な支援者でもあった。彼の惜しみない寄付はイスラエル設立に重要な役割を果たしていたのである。
この世界では、フランス・コミューンによる資本家弾圧によって居場所を失っていたためか、史実以上にシオニズムを支援していた。エルサレム神殿の建設は、彼にとって悲願となっていたのである。
「……それで、エルサレム神殿の再建をお望みとのことですが」
「その通りです。何としても認めてもらいたい。これが通らねば死んでも死に切れぬ……!」
「お気持ちは分かりました。しかし、実際に再建するとなると難しいでしょう」
「な、何故っ!?」
執務室のテーブル越しにテッドに迫るロチルド。
枯れ枝のような老人なのに、目が血走っていて怖いことこの上ない。
テッドはエルサレム神殿の建設に反対であった。
建設そのものに問題があるのではない。問題は神殿の跡地に立っているものであった。岩のドームと呼ばれるイスラム教の聖地とされる建物が存在しており、再建をするならばドームを破壊する必要があったのである。それはすなわちイスラム教徒を敵に回すことであった。
(イスラム過激派のテロに怯える後半生を送るのは御免こうむりたい……!)
テッドに出来ることは可能な限り理性的に老人を説得することであった。。
「神殿を再建するといっても予算がありません。建国債は都市計画や国軍のために使用されています」
「予算のことについては心配入りませんぞ! 儂が声をかければ世界中から集まりますからな!」
「再建しようにも、図面が無いとどうにもならないのでは……?」
「確かに。では、図面が出来るまで保留ということでよろしいですかな?」
テッドが問題点を指摘しても、難なくいなしてしまうロチルド。
彼とて、勝算があって今回の交渉に臨んでいるのである。そう簡単に折れるわけがなかった。打つ手が無くなったテッドは、本音をぶちまけることにしたのである。
「……仮に、予算と図面の問題をクリアしたとしても再建は難しいでしょう」
「な、何故っ!?」
「神殿の跡地にはイスラム教の聖地が立てられています」
「破壊すれば良いではないか。そんなもの」
「そんなことをすれば世界中のイスラム教徒を敵に回しますよ? 僕としては宗教テロは勘弁して欲しいのですが」
史実のイスラエルではパレスチナ人テロ組織によるテロが20件以上発生している。イスラム教徒を敵に回したら、どれだけのテロが発生するかテッドには想像つかなかった。
特に神殿再建の首謀者は徹底的に付け狙われることは確定であろう。
その中に自分の名前を刻むのだけは、絶対に避けたかったのである。
「……そうですね。破壊は許可出来ませんが、移築なら許可しましょう」
「移築ですか?」
「破壊してしまえば、それは過去のイスラムの征服者と同じでは無いですか。ここでユダヤ人は征服者で無いことを示すことが重要かと」
とはいえ、エルサレム神殿が再建されたメリットも捨てがたかった。
再建されればユダヤ人の心の拠り所となり、世界中から莫大なユダヤ資本が流入することは間違いない。どのみち、ドームを破壊するにしろ移築するにしろ時間がかかる。可能性があると思わせるだけでも有益であろう。決してヘタレて問題を先送りしたわけではないのである。多分。
『イスラエルの地はユダヤ人誕生の地である……』
1921年5月14日。
史実よりも27年早く、そして史実と同じ日に、初代首相ダヴィド・ベン=グリオンが高らかにイスラエル建国宣言を読み上げた。
彼の後ろには、初代大統領に就任したハイム・ヴァイツマンや、ユダヤ人閣僚が居並んでいた。しかし、その中にテッド・ハーグリーヴスの姿は無かった。
彼は建国宣言の三日前にイスラエルを出国していた。
北方の港湾都市ハイファで迎えに来た戦艦に乗艦しようとするテッドを、ヴァイツマンとベン=グリオンが必死に引き留めた。
「せめて、三日待てませんか。あなたには式典に参加してもらいたい」
「生憎、僕はユダヤ人じゃないので。せっかくの式典を汚すわけにはいきませんよ」
「あなたの功績は、この地にいるユダヤ人全てが知っている! 誰にも文句は言わせはしない!」
しかし、テッドの決意は固かった。
史実の偉人二人の言葉をもってしても彼を翻意させることは出来なかったのである。
「僕の役割は終わったのですよ。土地は確保した。人・物・金も目途がついた。よちよち歩きながらも国軍も出来た。あとは現地の人間の仕事です」
3年足らずで、その剛腕で建国に伴う困難の悉くを薙ぎ払った男は、イスラエルから密かに去っていったのである。
(このままここに居たら、どんな厄介ごとを持ち込まれるか分かったものじゃない。それにイスラム過激派に襲われるかもしれないし。何よりも、いい加減毎日マルヴィナとキャッキャウフフしたい…!)
映画のワンシーンになりそうなくらいシリアスしているのに、こんなことを考えているのを二人に知られずに済んだのは幸いである。オリ主チート枠なくせに、やはりテッド・ハーグリーヴスはぽんこつであった。
後年、『イスラエル建国の真実』という名前でこの場面が映画化されて、恥ずかしさで身悶えすることになるのであるが、神ならぬ彼には知る由も無かったのである。
というわけで、イスラエル建国について書いてみました。
当然ながら、英国は真っ先にイスラエルを承認しています。ちょうど史実アメリカの立ち位置ですね。
パレスチナの住民を根こそぎ立ち退きとか、無茶なことをしていますが、史実よりも早い段階で、しかも過激なナショナリズムや民族自決の精神が芽生える前ですので、そこまで反発は生まないはず。それに、この世界のイスラエル周辺地域は軒並み英国の影響下なので、史実の中東戦争のような泥沼化は避けれます。多分。
在庫処分と称してイスラエルに送られた兵器はかなりのものとなります。
どんな兵器が渡ったのか、そしてイスラエルにどれだけ魔改造されたかはいずれ外伝で書いてみたいです。架空兵器を考えるのは楽しいですよね!
エルサレム神殿ですが、これを再建するとなったら岩のドームを何とかしないといけません。さすがにこれをぶっ壊したらジハード一直線なので、テッド君はヘタレましたw
妥協案として出た岩のドームの移築ですが、これも上手くいくかどうかは微妙です。
この世界だと、交渉と金を積めばなんとかなりそうな気もするのですけどね…。
最近の調査で、本来の神殿の位置が北側に100mズレているという仮説が出ています。これが証明されれば、岩のドームに干渉せずに神殿を再建出来るのですが。どっちみち時間がかかるので、後は野となれ山となれです。そのころには、当時の関係者は皆くたばっていることでしょう(酷