第32話 人生の墓場
『定時報告。エリア3異常無し』
『了解。警戒態勢を維持せよ』
『こちらエリア7。侵入者を拘束した』
『おそらくブン屋だろう。不審な点が無ければ丁重にお帰り願え』
『了解』
1917年11月某日。
オックスフォード近郊のブレナム宮殿は物々しい雰囲気に包まれていた。
宮殿の正門に至る道には幾重もの検問が置かれ、賓客は通過の度に厳重なチェックがされた。広大な敷地には兵士が巡回し、さらに軍用犬も放たれ、とどめに観測気球によって上空からも監視まで行われていた。
世間には一切公表されていない極秘イベントであるが、これだけの規模を隠し通すのは難しい。目ざとい新聞記者などは特ダネを求めて独自に動き、その悉くが露見して外に叩き出されていた。
「どうしてこうなった……」
そこまでして秘密を守る必要があるイベントの主役は頭を抱えていた。
「旦那様、何を気弱になられているのです? 新たなドーセット公爵家を上流階級の方々へアピールする絶好のチャンスですぞ!」
「セバスチャン……そうは言うけど、これはやり過ぎじゃないかな……」
生贄……もとい、主賓のテッド・ハーグリーヴスを激励するのは、セバスチャン・ウッズフォードである。テッドに絶対の忠誠を誓った彼は、ドーチェスターの町長職を辞してドーセット公爵家の家令(House steward)に就任していた。
先祖が代々、旧ドーセット公爵家の家令を務めていただけあって、セバスチャンも父親から家令として必要な教育を受けており、しかも非常に有能という他の貴族家からすれば喉から手が出るほど欲しい人材であった。難点といえば、時としてテッド個人の意思よりも、御家のことを最優先に考えることであろうが。
テッドとしては、あくまでも庶民レベルの結婚式を望んでいた。
しかし、ロイド・ジョージやチャーチルは、表向きに出来ない代わりに豪勢な結婚式を望んでいた。それ故に彼らは裏で策動し、さらにセバスチャンまで巻き込んだのである。
御家のためになると言われれば、セバスチャンが拒否するはずがない。
結婚式に関する面倒ごとを、全て彼に押し付けていたテッドの自業自得であった。
「テッド君。ここにいたか」
「さすがヘンリープール。良い仕事をしているな!」
笑顔満面でテッドの前に姿を現したのはロイド・ジョージとチャーチルである。
フロックコートのテッドに対して、二人はトップハットにモーニングコートという結婚式に合わせた服装であった。
「……僕は、結婚式は控えめにって言いませんでしたっけ?」
結婚式を派手にしてしまった戦犯達に恨めし気にぼやくテッド。
「いや、申し訳ない。従兄が張り切り過ぎたようだな」
形ばかりの謝罪をするチャーチル。
表情はともかく、目が笑っているように見えるのは、きっと気のせいであろう。
ちなみに、チャーチルの従兄は当代のマールバラ公爵であり、式場となったブレナム宮殿の持ち主である。円卓には所属していないため、今回のイベントでは完全に蚊帳の外であった。
「政財界の重鎮が参加するのだ。警備に手を抜けるはずがなかろう」
こちらは確信犯のロイド・ジョージ。
苦労した甲斐があったと言わんばかりに、鼻高々である。テッドを将来的に円卓の指導者的立場にしたい彼にとって、今回の結婚式は円卓に名を連ねる政財界のお歴々にお披露目する絶好の機会であった。
「あぁっ!? こんなことになるんだったら、自分で結婚式のプランを立てるんだったーっ!」
『結婚は人生の墓場』と嘯いて、生前は独身貴族まっしぐらだったテッドが、結婚式を面倒がった結果がこれである。自ら結婚式のプランを立てていたら、また違う結果になったかもしれないが、ロイド・ジョージを筆頭とした円卓の狸たちが全力で妨害するであろうから、やはり無理ゲーであろう。
「……前々から思っていたのですが、旦那様は何故結婚式を嫌がられるのです?」
「え? あ、嫌がっているわけじゃないんだけど、恥ずかしいというか……」
「結婚は人生に一度しかないのです。それを豪勢にやれるというのは幸福なことですぞ」
「えぇ、いやまぁ、そういわれれば、そうなのだけど……」
セバスチャンの素朴な疑問にしどろもどろになって弁解するテッド。
21世紀の平均的な日本人の思惑など、この時代の人間にはまったくもって理解不能であった。
「ん~、苦労した甲斐があって、素敵なドレスになったわねぇ」
「お、奥方さま? そんなに見つめられると……」
『怖い』という言葉を自重するマルヴィナ。
新婦の控室では、彼女のウェディングドレスの着付けの最終確認が行われていた。
ドレスのデザインはチャーチルの妻クレメンタインが担当したため、当然着付けのチェックも彼女がすることになるのであるが……。
「ひゃぁっ!?」
クレメンタインの指先が妖しく動いて、マルヴィナは思わず悲鳴をあげた。
「あら、ごめんなさい。変なところを触っちゃったかしら?」
白々しさ全開なクレメンタイン。
マルヴィナからは見えなかったが、彼女の顔はヤバいことになっていた。
「ひぃっ」
「んん? 間違ったかな?」
「いやぁぁっ!?」
「良いではないかっ!? 良いではないかっ!?」
筋肉フェチなクレメンタインは、マルヴィナが大のお気に入りである。
しかし、その好意の表現方法には多少、いや、かなり問題があった。
「うふふ、何度触っても素晴らしいマッスルよねぇ……」
「……」
じつに良い笑顔なクレメンタイン。
対して、マルヴィナは無言で息も絶え絶えであった。
ちなみに、クレメンタインが筋肉フェチになったのは、極貧時代のテッドが日銭稼ぎのために作ったKENZEN画集のせいであった。褐色爆乳で腹筋マシマシな娘が過激なポーズをする画集なのであるが、彼女はその妖しい魅力にすっかり取り憑かれてしまったのである。
この画集は、テッドの趣味嗜好がストレートに反映されたシロモノであり、当時の彼を極秘に調査していた円卓も資料として入手していた。彼に怪しまれないエージェント兼護衛として、マルヴィナは派遣されて現在に至るわけである。
そういう意味では、現在のマルヴィナの苦境はテッドのせいであるといえた。
偶然にも、このことを知ってしまった彼女は、彼に意趣返しをすることになるのであるが、それはまた後の話である。
「「本日、私たちは結婚式を挙げます。私たちは、病めるときも、健やかなるときも、愛をもって、生涯お互いを支えあうことを、本日ここにいらっしゃる皆様の前で誓います」」
ブレナム宮殿内のチャペルに響く二人の誓約。
まずはテッドがマルヴィナの左手薬指に結婚指輪をはめ、次いでマルヴィナがテッドの左手に同じく結婚指輪をはめる。この瞬間、二人の婚約は成立した。
「……感無量だな」
「まったくです。ここまでこぎ着けるのに5年かかった。本当に長かった……」
「お互いを意識してもらうだけでも、相当苦労したからな……」
「マルヴィナ君が、性癖を拗らせて暴走したときのフォローは大変でしたなぁ……」
二人の後ろで感慨に浸っているのは、付添人としてこの場に参加しているロイド・ジョージとチャーチルである。
テッドは既に両親を亡くしており、親戚とも絶縁状態であった。
マルヴィナも孤児院出身なので、当然ながら身内は存在しない。よって、公私で関係の深い二人が付添人をかって出たのである。当然ながら、来賓席に座るのも近親者ではなく二人と交流のある円卓メンバーのみであった。
「それでは、ブーケトスを始めます。女性陣は並んで……って、怖いんですけど……」
「うるさいっ! おまえを婿にもらってやろうか!?」
「ひぃっ!?」
結婚式が終われば、定番のブーケトスである。
チャペル内は狭いので屋外でやることになったのであるが、一部の女性陣が殺気立っていた。
彼女らはマルヴィナの後輩であった。
かつては、特務機関の捨て駒的扱いだった彼女らも、MI6に組織改編されたことで、晴れて身分は親方ブリテンである。福利厚生その他諸々の待遇も大幅に改善されて、結婚という人生の新たな選択肢が芽生えていたのである。
何よりも、マルヴィナという先例が出来たことが大きい。
彼女に続けとばかりに、血走った目で婿探しをする様子は、それはそれは怖いものであった。
実際、式に出席した何人かの独身男性は、彼女らに射止められることになる。
マルヴィナと同様に、潜入工作に投入されるために身目麗しく高度な教育と戦闘訓練を受けており、言い方は悪いがお買い得物件である。難点と言えば『肉食系女子』が大半なことであろうか。
彼女らは、玉の輿を狙って過激な行動を繰り広げて円卓の議題になるほどに問題化した。この問題の解決を求められたテッドは、合コンイベントを提案。以後、円卓内部での合コンが定期的に開催されることになる。
(全然落ち着かない……!)
結婚式後のレセプションは、ブレナム宮殿のグレートホールで開催された。
上を見上げれば、天井の精緻極まるフレスコ画が目に飛び込んでくる。左右を見渡せば、高級な家具や調度品、歴代の肖像画やタペストリーが否が応でも存在を強調してくる。生前は一般庶民だったテッドには、場違い過ぎる場所であった。
テッドにとって救いだったのは、食事が着席形式だったことである。
これが立食パーティー形式であったら、見知らぬお偉いさんに次々と話しかけられるわけで、人見知りしがちな彼には地獄だったであろう。問題は新郎のスピーチであるが、これはセバスチャンに頼んで無難な原稿を用意してもらい、それをアレンジすることで乗り切った。
英国の結婚式では、新郎、新郎の父、ベストマンの3人がスピーチすることになっている。今回の場合、新郎のテッド、新郎の父の代理でロイド・ジョージがスピーチとなる。問題は最後のベストマンであった。
ベストマンは、新郎の友人や兄弟から選ばれ、そのスピーチは結婚式の中でも注目される。新郎新婦の思い出話やユーモアのある話をして、笑いや出席者がホロリとするような感動を与えることが求められるのである。両親を亡くして兄弟もいない、さらに出席条件が円卓メンバーとなると、ベストマンになれる人間は自ずと限られてしまうのである。
「……いやぁ、あの時の彼は凄かったです。生まれ変わっても売れっ子作家になろうとは思いませんでしたね。もっとも、そう仕向けたのは、わたしなのですが」
ベストマンのスピーチにどっと沸くグレートホール。
よりにもよって、ベストマンに抜擢されたのはアメリカ時代からの腐れ縁であるシドニー・ライリーであった。
「……で、頑張りすぎて部屋が使えなくなったので、マンハッタンに繰り出してデートしまくったわけですな」
シドニー・ライリーのスピーチに思わず頭を抱えるテッド。
隣のマルヴィナは頬を染め、さらに両隣のロイド・ジョージとチャーチルは興味深げに耳を傾ける。
「念のため、バレないように観察していたのですが、その熱々ぶりは凄いものでしたね。公園のベンチで堂々とキスするところなんか、思わず撮影しちゃいましたよ」
大爆笑に包まれるグレートホール。
恥ずかしさで身悶えするテッドとは対照的に、マルヴィナは写真の焼き増しをしてもらうことを決心していた。
「……そんなテッド・ハーグリーヴスですが、彼がアメリカ相手に戦い、勝利したことを忘れてはいけません。英国に対する忠誠も、嫁への愛情も本物です。このシドニー・ライリーが保証します」
シドニー・ライリーのスピーチの締めに歓声があがる。
今までの笑いではなく、賞賛の嵐である。ジョークで笑かすところは笑かし、締めで感動させる正に紳士のスピーチであった。
「よっ、結婚おめっとさん」
「あ、アーチーだ」
「アーチーって言うな!? アーチボルドだっ!」
レセプションが終わればアフターパーティである。
立食形式と聞いたテッドは内心不安だったのであるが、幸いにしてロイド・ジョージとチャーチル、さらにセバスチャンが適宜フォローしてくれたおかげで、見知らぬVIP相手にもどうにか対応することが出来ていた。
「……おぉ、君が来てくれるとは思わなかったな。体調は大丈夫なのかね?」
「おかげさまで、だいぶ回復しました」
「それは何より。テッド君、紹介しよう。彼はチャールズ・ロスチャイルドだ」
「ロスチャイルドって、あのロスチャイルドですか?!」
「ドーセット公。あなたには常々会いたいと思っていた。今後は是非とも親身にお付き合いさせていただきたいものですな」
ロイド・ジョージに紹介された男――チャールズ・ロスチャイルドは、第2代ロスチャイルド男爵ライオネル・ウォルター・ロスチャイルドの弟である。史実では、動物学研究に造詣が深く、とりわけノミの研究で知られていた。
珍しい動物や昆虫、草花の収集のために世界各地を旅行し、その一環で日本も訪れている。その際に大の親日家となり、明治後期の日本の急速な経済発展にも注目していた。そんな彼が、日本人としての知識を持つテッドに興味を持つのは当然のことであった。
「それで、是非とも知りたいのだが、君のいた時代の日本はどうなっているのだね!?」
「そこらへんは、大英図書館の連中に話しましたので、後で閲覧していただければと……」
「いやいや、君のいた時代の生の声が知りたいのだよ」
柔らかそうな物腰なのに、意外と粘り腰なチャールズにテッドは根負けしたのであった。
「……そうですね。僕の生きていた2019年の時点では、日本は世界3位の経済大国でした」
「3位か……ちなみに1位と2位は何処の国なのかね?」
「1位はアメリカ。2位は中国ですね」
「なんと!?」
「もっとも、中国の統計はいいかげんですので、どこまで信用してよいか微妙ですけどね。地方のGDPの合計と中央の発表が一致しないなんて、まともな国家じゃありえませんよ」
「なるほど。やはり日本に支店を置いたほうが良さそうだな……」
テッドの意見により、チャールズは日本へのN・M・ロスチャイルド&サンズの日本支店の設立を決意。彼の判断が間違っていなかったことは、後に証明されることになる。
「じつに興味深いな。テッド君、これからの日本の動きをどう見るかね?」
チャーチルも興味を示したのか、会話に加わる。
いつの間にかに周りには参加者が集まっており、テッドの発言を待っていた。
「平成会が史実を知っているならば、史実の失敗を避けるべく動くでしょう」
「具体的には?」
「朝鮮半島は放置すると思います」
「そんなことをして国防が成り立つのかね? 朝鮮半島は地政学的に重要な場所だろう」
「平成会の人間が、僕と同じマインドを持っているとしたら、絶対に朝鮮半島との関わりは避けるはずです。自分で言うのもなんですが、史実の日本人が唯一嫌っていたのが朝鮮人ですから」
「日本人は基本的に温厚な人種と聞くが、そこまで嫌われる朝鮮人は何をやらかしたのかね?」
「聞きたいですか? 今ならグロス単位で愚痴れますが?」
「……やっぱり、やめておこう」
実際、平成会は朝鮮半島への関わりを極力避けるべく動いていた。
しかし、朝鮮半島が地政学の要衝であることは事実である。済州島を租借して要塞化を進めてはいたものの、それだけでは不十分であった。このことは平成会も自覚しており、現在も議論が続けられていた。
「……満州国も建国しないかもしれません」
「あり得るな。満州国の建国から日本は戦争へ突入していったからな」
「ただ、これには不確定要素があるので断定出来ないです」
「どういうことかね?」
「アメリカが史実よりも弱体化しているので、日本の取る行動も変わってくるかと」
「なるほど。それがあったか……」
この世界のアメリカは、英国(主にテッドとMI6の仕業であるが)によって、牙を抜かれていた。持て余し気味だった巨大な工業力は、軍需を犠牲にして民需に振り向けられたのである。
意外なことであるが、史実の第1次大戦前のアメリカは、世界に冠たる田舎陸軍であった。強大な陸軍となったのは、参戦後に大規模な兵力動員と、工業力に物を言わせて兵器を生産しまくったからである。当然ながら、参戦していないこの世界では貧乏陸軍のままであった。
海軍に至っては、戦艦の数こそそれなりに揃っているものの、前弩級と弩級が大半であった。超弩級戦艦は、ニューヨーク型とネヴァダ型のみで、ペンシルバニア型は建造ペースがダウン、それ以降の戦艦は軒並み中止されていた。モンロー主義を拗らせた結果、ユトランド沖海戦には観戦武官すら派遣しておらず、海戦の教訓は全く活かされていない状態であった。
日本はJCIA(大日本帝国中央情報部)の諜報活動によって、アメリカ側の状況を把握していた。しかし、このことが逆に軍部の強硬派を勢いづかせる原因となっており、平成会は対応に苦慮していたのである。
「……とすると、アジアは日本の一人勝ち状態となるのかね?」
「アメリカがモンロー主義を続けるならばそうなるでしょうが……」
「何か懸念することがあるのかね?」
「アメリカがあのまま閉じ籠るとも思えないのですよ。史実でもワイマール体制のドイツはナチスとなった。アメリカがそうならないと断言は出来ません」
「アメリカがその気になれば、それこそ世界中を相手に戦争することも可能だろう。いずれ備える必要があるかもしれんな……」
「まぁ、そんなことは、よほどのことでも起きない限りあり得ないとは思いますけどね」
不幸なことに、そのよほどのことが起きてしまうのであるが、ここにいる参加者は知る由も無かった。右にしろ、左にしろ、どちらか一方に振り切りすぎると碌なことにならないのは歴史が証明していることなのである。
「それとイスラエルの建国を早めるべきだと思います。今なら周辺国の反対も少ないでしょうし」
「確かに可能だが、それは何故かね?」
「今のアメリカは、軍事予算を削って大規模な財政出動することで好景気を維持していますが、いつまでも続くものではありません。いずれ破綻するでしょう。そうなったら、アメリカのユダヤ人たちは資産を海外に移すと思います」
「イスラエルを受け皿にするのか」
「そうなれば、こちらは出費することなくイスラエルを発展させられるかと」
テッドの意見が採用されて、史実より30年早くイスラエルは建国されることになる。
この世界では、 第1次大戦を終始英国主導で行ったため、フサイン=マクマホン協定やサイクス・ピコ協定は結ばれていなかった。よって、バルフォア宣言のみが有効であり、史実の3枚舌外交の誹りは免れていた。
この他にも、政治的な話題が交わされたのであるが、テッドはその悉くを史実知識を元にして改善案を提示したのである。
「……いやぁ、素晴らしい! うちで働きませんか!?」
「何言ってるんです。ドーセット公はうちの名誉会長になっていただくのですよ」
「何言ってんだ! うちの顧問になっていただくに決まってるだろう!」
「えぇぇぇぇ!?」
パーティの参加者たちからのスカウトの嵐に困惑するテッドであるが、彼は腐ってもオリ主チート枠である。その有能さが証明された以上、争奪戦になるのは必定であった。
「「待てぃ!」」
そんなテッドを救うべく投げかけられる大音声。
言わずとしれたロイド・ジョージとチャーチルである。
「彼はわたしの政策研究所の特別顧問になるのだ!」
「テッド君は、わたしの後継として政治家になるのだ!」
「あんたらもかぁぁぁぁぁ!?」
パーティ会場に響き渡るテッドの怒声。
突如開催された第1回テッド・ハーグリーヴス争奪戦によって、アフターパーティは混沌と化していったのである。
「まったく、せっかくの結婚式が台無しだよ……」
「そんなことありませんよテッド様。わたしは楽しめましたよ」
ぼやくテッドに対して、まんざらでもない表情のマルヴィナ。
二人はどさくさ紛れにパーティ会場を抜け出していた。ようやく落ち着ける場所を見つけて一息ついていたのである。
「その、マルヴィナさん。僕たち結婚したんだよね?」
「そうですね……」
「じゃ、じゃあ、様付けはやめてくれない?」
「え……と、じゃあテッドさ…いや、テッド」
「!?」
呼び捨てにされて感動するテッド。
この男はきっとドMに違いない。本人は全力で否定するであろうが。
「では、わたしからも良いですか?」
「なにかな?」
「わたしもさん付けはやめてください」
「えぇ!? ま、まる、マルヴィナ……」
「!?」
テッドに呼び捨てにされて頬を染めるマルヴィナ。
やっぱりこいつらは以下略。
「マルヴィナ……!」
「テッド……!」
互いに抱き合いベーゼを交わす二人。
宮殿の片隅で動きを止めた二人は、まるで彫像のようで実に絵になる光景であった。
『おい、馬鹿押すんじゃない!?』
『声を出すなバレるだろ!?』
『そんなことより撮影は大丈夫なのか?』
『抜かりはない。フラッシュは焚けないので、軍用の高感度フィルムを入れてきた』
『でかした!』
先ほどまでテッド争奪戦を繰り広げていたはずのメンツが、仲良く潜んで出歯亀していることが本人たちに知られないのは幸いであった。
というわけで、テッド君の結婚式を書いてみました。
式場となったブレナム宮殿は、実際に挙式のプランがあるので、興味のある方は調べてみると良いでしょう。王侯貴族の気分が味わえること間違いなしですよっ!
ロスチャイルド家のメンツが初登場です。
この世界のロスチャイルド家も、莫大な相続税で絶賛衰退中です。盛り返すためにも、円卓の秘密兵器であるテッド君と積極的に関わっていくことになります。有能な直系、傍系の人材が多いのでこれからのストーリーに絡ませていくつもりです。