第30話 ドーセット公爵
「……本当にやるんですか?」
「勿論。フェイクでは無いのだろう?」
「それはまぁ、そうですが……」
ダウニング街の首相官邸。
その一室で話を進めている二人の男。一人は部屋の主であるロイド・ジョージ、もう一人はテッド・ハーグリーヴスである。
「成功すれば絶大な国益となるし、君を貴族に推挙しやすくなる」
「爵位なんていらないんですけど……」
中身が庶民なせいか、貴族になることに気が進まないテッド。
そんな彼をスルーして話を進めるロイド・ジョージ。
「それでは君の功績に報いれないではないか。我ら円卓は忘恩の徒にあらず。信賞必罰がモットーなのだ」
万が一にでも、敵対することになったら彼の能力は脅威である。
円卓に所属させるだけでは生温い、貴族にして英国に縛り付けるべし――というのが、円卓上層部の総意であった。
「君の功績は、表向きに出来ないものだけでも十分に貴族に列せられるだけのものがある。しかし、どうせなら表向きの功績で貴族になって欲しい。これは無用な勘ぐりを避けるためでもある」
「貴族って領地経営とかめんどくさそうなんですけど……」
「他は知らないが、我が国の貴族はそういったことをする必要は無いぞ?」
貴族を含めた、いわゆる英国の上流階級の特徴は、広大な土地を所有していることに加えて労働する必要がなかったという点がある。その分、『ノブレス・オブリージュ』の精神で社会に貢献することを求められていたが。
「えー? だって、メイドや使用人を大量に雇っているじゃないですか。あんなのを管理しろって言われても困りますし……」
「そんなものは、有能な執事を雇えば済む話だ」
「うーん、君臨すれど統治せずってやつですか?」
「まさにその通り。もっとも、何もしなければ人件費や相続税で子孫が苦しむことになると思うがね」
「……やっぱり貴族になる話は無かったことにしません?」
消極的なテッドに、思わずこめかみを押さえるロイド・ジョージ。
(相変わらず興味の無いことに関しては、とことん消極的であるな。どうにかやる気を出して欲しいものだが……ふむ、アレが使えるか?)
テッドが興味あるものを貴族と上手く絡ませれば良いことにロイド・ジョージは気付く。であるならば、言うべきことは一つであった。
「……貴族になれば、君が執心しているコミケとやらも、地元で開催し放題だと思うのだが?」
「!?」
その反応は激烈であった。
先ほどのやる気のなさはどこへやら。完全にやる気スイッチがONになっていた。
「万事任せてくださいっ! 一つや二つと言わず、サーチアンドデストロイで掘りまくってきますっ!」
「う、うむ……期待している」
時間が惜しいとばかりに部屋を飛び出すテッドを、ロイド・ジョージは不安げに見送ったのであった。
ドーセットは、イギリス海峡沿岸の南西イングランドにある行政区画である。
その大部分は多数の小さな農村であり、大きな町どころか都市は存在すらしていない。良く言えば牧歌的、悪く言えばド田舎。そんなドーセットの中にあるバーベック地区が、テッドのお目当ての場所であった。
「櫓の組み立て終わったぜっ!」
「ご苦労さま。ドリルの組付けもお願いします」
「あいよっ!」
「くれぐれも安全第一でお願いします」
未だに自動車の存在が珍しいというこの地域に、大量の作業機械とそれを扱う作業員が終結しているのは、ある種異様であったが、そんなことはお構いなしにテッド・ハーグリーヴスは指示を出していた。
「あの、テッドさま……本当にこんな場所で石油が出るのですか?」
「出るよ。なんたって、ここは史実では西ヨーロッパ最大の陸上油田だし」
「そんなに凄いのですか……!?」
テッドに付いて来たマルヴィナは、当初は半信半疑であった。
こんな電気も無いド田舎の森の中に石油などあるのかと。しかし、主人にして夫である彼が断言した以上、全力でテッドをサポートすることを決心したのである。
「……って、そろそろ日も暮れるか。総員、作業中止! 続きは明日にお願いします」
テッドの指示で、作業を中断する作業員と言う名の荒くれ者たち。
とはいえ、こんなド田舎に宿などあるはずもなく、設営した仮設テントがねぐらである。これから、石油が出るまで厳しい生活が続くことになるのであるが……。
「いやぁ、こんなド田舎での作業だから飯には期待していなかったんだが、こんな美味いものを喰わせてくれるとはな!」
「暖かい飯に、食後の紅茶も飲み放題ときた! 今回の雇い主は最高だなっ」
意外なことに食事は充実していて、作業員からは大好評であった。
作業員たちは、採掘期間中は温かい食事にありつくことが出来たのである。
僻地で作業員の腹を満たすだけの大量の食糧を確保することは、思っていた以上に難事であった。周囲に小さな農村しかないこの場所では、現地調達は不可能。であるならば、他所から持ってくるしか無いのであるが、この時代は物流システムも冷蔵システムも未発達であった。
テッドが苦肉の策として採用したのが、払い下げの軍用レーションを大量に買い叩いてくることであった。戦争が終わってからというもの、この手の払い下げは頻繁に行われており、さすがに戦艦は売っていなかったが、軍用機などは格安で売られていた。
この世界の英軍のレーションは、史実のMCIレーションを参考にして開発されていた。常温で長期保存が可能であり、必要ならばお湯で缶ごと温めることも出来た。常に温かい食事が提供されたことで作業員の士気は上がり、目に見えて作業効率が向上したのである。
「おぉーっ!? 出たっ、出たぞぉぉぉぉっ!」
試掘を開始して3日後。
テッドたちの目の前では、黒い液体が盛大に自噴していた。
「やったぜ、旦那ぁっ!」
「ありがとう監督。あなたがいなかったら、到底掘り当てることはできませんでしたよ」
喜びで踊る荒くれ者たちの中から、一際ゴツい男がテッドと固い握手を交わす。
彼は、今回の掘削チームの総責任者であった。マルヴィナと同じく、最初は半信半疑であったが、テッドの説得に根負けして作業員たちを集めて掘削作業にあたってくれたのである。
「ところで旦那。この油田の名前はどうするんだい?」
「ウィッチファーム油田なんてどうです?」
「ウィッチ……なるほど、こんな森の中だ。魔女がいたっておかしくないでさぁ。良いんじゃないですかい」
理屈を付けてはいるが、テッドのネーミングは史実の名前をそのまま使用していた。しかし、現場監督に好評だったために、そのまま採用されることになった。
テッドが掘り当てたウィッチファーム油田は、推定埋蔵量5億バレルを誇る巨大油田である。さらに天然ガスも大量に産出する。史実の北海油田の推定埋蔵量130億バレルに比べれば大幅に見劣りするが、当時の英国の石油消費量からすれば過剰なくらいの石油産出量である。
ドーセットで油田が発見されたニュースは、世界中に衝撃をもって迎えられた。
しかし、コミケを開催するという崇高な目的に邁進するテッドは止まらなかった。余勢を駆って、イーストミッドランド地域に突入。史実知識と生前に現地を旅したことで培った土地勘を生かして、ウェルトン、ネトルハム、ケディントンと連続で油田を発見したのである。
この場所は、史実ではイーストミッドランズ石油省(East Midlands Oil Province)と呼ばれていた。比較的小規模な油田が多数存在しているのが特徴であり、最大規模のウェルトン油田の推定埋蔵量は2000万バレル足らずである。北海油田は言うに及ばず、上述のウィッチファーム油田にすら見劣りする数値であるが、それでも十分過ぎる規模であった。
油田の発見が相次いだことによって、英国では石炭から石油への動力近代化が加速した。大出力な内燃機関の実用化だけでなく、それを支える高品質オイルやアンチノッキング性に優れたハイオクや軽油の開発も並行して進められたのである。
その結果、テッドが戦前に召喚していた超絶高回転航空レシプロやら、変態ディーゼルやら、タービンとディーゼルのハイブリッドなど、英国面なエンジンのリバースエンジニアリングに成功し、これらの英国面なエンジンは史実よりも大幅に登場時期が前倒しされた。
石炭は火力発電向けに未だに需要があったものの、徐々に産出量は減少していった。炭鉱業界では合理化を図ったり、石炭液化や新しい産業に挑戦するなど新たな道を模索していくことになる。
テッド・ハーグリーヴスは、英国の石油王として世界中にその名を知られることになった。貴族になるには十分過ぎる実績と言えよう。少々どころか、過剰なくらいやらかしてくれたおかげで、関係者が奔走することになったのであるが、そんなことは当の本人は知ったことでは無かったのである。
「まさか、ここまでやるとは……」
首相官邸の一室で新聞に目を通していたロイド・ジョージは唸っていた。
「相変わらず、やる気になると凄まじいですな。いつもこれくらい仕事をしてくれれば円卓も安泰なのですが……」
部屋のソファで、ため息をつきつつ葉巻を燻らすのは海軍大臣のチャーチルである。
「しかし、これほどの功績に報いる恩賞を用意しろと言われてもな……」
「爵位を与えるにしても男爵程度では釣り合いますまい。最低でも伯爵くらいは必要なのでは?」
「新たに伯爵位を創ると既存の貴族たちが煩いからな……」
「土地で釣るのはどうです?」
「有望な土地はとっくに他の貴族たちが占有している。これから開発すればその限りでは無いが、彼がそれを受け入れるかどうか……」
油田の発見で沸き立つ世間とは対照的に、二人は頭を抱えていた。
テッドの功績が大きすぎて褒章が釣り合わないのである。下手に高い爵位を新設すると旧来の貴族たちが反感を抱くであろうし、爵位を低めにする代わりに土地を与えようにも、将来有望な土地はとっくに貴族たちの所有となっていた。
つまりは、低い爵位と使い物にならない土地しか与えられないわけである。
テッドを貴族にすることは円卓の総意であるため、円卓に所属している貴族たちと調整が続けられていたが、交渉は難航していた。
20世紀以前、英国貴族は大半が大地主であった。
1870年代の大地主定義は、3000エーカーの土地を保有し、かつ3000ポンド以上の地代がある者であった。当時の日本で言うならば、約1200町歩の土地が必要となるが、50町歩(125エーカー)もあれば大地主と呼ばれていたことと比較すれば、英国大地主たちが持つ3000エーカーがいかに広大か理解出来るであろう。ちなみに、同時代の英国の最大地主と、日本の最大地主との面積差は実に10倍以上である。まさに、土地は貴族の命なのである。
「……廃絶した家を復活させるのはどうです?」
「なるほど、新しく創るよりも復活させるほうが話は通しやすいな」
「廃絶になった家など腐るほどありますからな。その土地に貴族がいないのであれば、復活させてから移封するという手もありますし」
幸いにして、テッドは貴族になることを了承した。
現地の風光明媚な景色が気に入ったとのことで、二人としても一安心であった。
しかし、二人ともテッドをまだ甘く見ていた。
後の彼の暴走によって、二人とも頭を抱えることになるのである。
「……卿をドーセット公爵に任ずる」
バッキンガム宮殿の接見室。
朗々たる声音で宣言した後、英国王ジョージ5世は目の前に跪いた叙勲者の両肩に儀礼用の剣の平で触れる。
「身に余る光栄であります。臣下として一層励みまする」
「うむ、これからも精進するがよい」
中世から続く騎士の叙任に則った爵位授与の儀式。
この瞬間、テッド・ハーグリーヴスはドーセット公爵として貴族の仲間入りを果たした。
ドーセット公爵家の歴史は古い。
その前身は、16世紀初頭に設立されたイングランド貴族のバックハースト男爵家である。17世紀初頭にドーセット伯爵、さらに18世紀にグレートブリテン貴族ドーセット公爵家となったのであるが、19世紀半ばに継承資格者が絶えてしまっために廃絶していた。テッドは、その名跡を継ぐ形となったのである。
その日に行われた叙勲は、テッド一人のみでは無かった。
講和条約が締結され、戦後復興にも一通りの目途が立ったこの時期、今まで先送りにしていた叙勲をまとめて済ませるべく合同叙勲が開催されたのである。
英国には、非常に多種多様な勲章やメダルが制定されている。
最上位に位置するのが貴族が有する爵位であり、さらに下位の爵位とされる准男爵とナイト(騎士)が存在する。
ナイトにはガーター勲章、シッスル勲章、バス勲章、メリット勲章、聖マイケル・聖ジョージ勲章、ロイヤル・ヴィクトリア勲章、ブリティッシュ・エンパイア勲章(大英帝国勲章)という序列があり、それぞれ騎士団が構成され、その構成員を示す団員章として勲章が授与される。なお、騎士団にはそれぞれ定員が定められており、欠員が出ない限り新たな授与はされないようになっていた。
ナイトの下には騎士団に属さない下級騎士であるナイト・バチェラー等があるほか、他の褒章としてクロス章やメダルなどがある。こちらは、戦功をあげた兵士が主な対象となる。
第1次大戦の勝利者となった英国の権威は、かつて7つの海を支配していたころと同じかそれ以上にまで高まっていた。それ故に、英国と繋がりを持つことは大きなメリットがあった。その手っ取り早い手段が叙勲であった。
クロス章やメダルは兵士が対象であるし、ナイトは選考基準が厳しいうえに定員に空きが出るまで待つ必要がある。それ故に、戦争で財を成した成金たちが狙ったのは爵位であった。
爵位のリストは首相が選び、国王が承認する形式となっていた。
それ故に、ロイド・ジョージに金はいくらでも出すから貴族にしてくれとの陳情が殺到したのである。
史実では、爵位を粗製乱造したとして批判されることの多いロイド・ジョージであるが、その目的は選挙資金と彼の政策研究のためであった。この世界では、円卓の介入で政局が安定しているために、わざわざ貴族を粗製乱造する必要性は無かった。
成金たちの陳情は、詐欺にひっかかって盛大に散財すると下火になっていった。
詐欺師にとって、爵位を斡旋すると持ちかけるといくらでも金を出してくれる成金どもは良いカモであった。この件に関しては、殺到する陳情に業を煮やしたロイド・ジョージが内密にMI6を動かしたとも言われているが、詳細は闇の中である。
「や、やっと終わった……」
朝から始まった叙勲は、途中昼食休憩を挟んで夕方にまで及んだ。
既に時間も遅いため、爵位を授与された者は一泊して朝帰りすることになっていた。
緊張で疲労困憊していたためか、案内された部屋のベッドで横になるとすぐに睡魔が襲ってくる。何もなければ、朝まで熟睡出来るはずだったのであるが……。
「先生っ! サインくださいっ!」
「おわぁっ!?」
豪快に開け放たれたドアから入ってきた青年らによって、見事にぶち壊されたのであった。
「……つまり、わたしの同人誌のファンだと?」
「そうですっ! これって、テッド先生が描いたものですよねっ!?」
青年が取り出したのは、シュナイダー杯を舞台にしたエアレース同人誌であった。ぶっちゃけると、史実のエアレース漫画である『〇の丸あ〇て』を、水上機に置き換えてパクリスペクトした作品である。
エアレース大好きなテッドが、勢いだけで描いてしまった作品なのであるが、リアルな機体描写とかわいい絵柄(萌え絵)で大人気作品となっていた。国外で海賊版が出るほどの人気であり、戦争で中断していたシュナイダー杯が再開される遠因となっていた。
「俺のことはエドって呼んでください。で、こっちが……」
「お、弟のアルバートです」
こんな場所に居る以上、間違いなく貴族かその関係者であるし、名前だけでも察しがつきそうなものである。しかし、不幸なことにこの時のテッドは気付けなかった。きっと見識判定で1ゾロを振ったのであろう。
「うっひょーっ! 先生直筆のサイン入りだぞ?! これは家宝にしなければっ」
「そ、そうだね……」
二人はサイン本を手にして大喜びで去っていった。
テッドは、そんな彼らを半ば呆れたような様子で見送ったのであった。
「こ、今度こそ寝る……」
ベッドに横になったテッドであったが、無情にもドアがノックされる。
「あぁもう、誰だよ……」
乱暴にドアを開けると目の前には紳士が一人。
年齢的には初老の域であろうか。血色が良く髭が印象的である。そして、テッドはその人物を良く知っていた。
「……へ、陛下!? な、何故このような場所にっ!?」
「邪魔するぞ」
忘れようにも忘れられないその男の名はジョージ5世。
先ほどの叙勲でテッドを貴族に任じた英国王であった。
「そ、それで一体どのようなご用件でしょうか?」
「礼を言いに来たのに、そう身構えられると困るのだがな……」
「そうは言われましても、いきなり国王陛下を目の前にしたら誰だって緊張しますよ!?」
「むぅ、そんなものか」
緊張でガチガチになっているテッドを見て困った表情を見せるジョージ5世。
立派な髭面で困惑されると意外とユーモラスである。テッド本人にそんな余裕は微塵もなかったが。
「その、先ほど礼を言いに来たと仰られましたが……?」
「うむ。先の大戦では卿の功績が多大であるとロイド・ジョージから聞いてな。直接話したいと思っていたのだ」
「功績……ですか?」
「そう身構えるな。円卓の件なら承知している。元より円卓は国王直下の秘密結社なのだ」
「なっ……!?」
ジョージ5世の話に衝撃を受けたテッドであったが、同時に納得もしていた。
王家の庇護を受けられたからこそ、円卓という組織が歴史の影で暗躍出来たということだからである。
「そもそも円卓は、歴代の王族に史実の記憶保持者が多かったことから始まっている。記憶の収集を始めて既に300年以上になるはずだ」
「そんなに前から……!?」
「王朝が変遷しても円卓は活動を続けてきた。円卓が提供する史実知識が多大な利益を生んだからだ」
「それなら、もっと好き勝手にやれたのではないですか? わたしが見た限り、この世界の英国は史実と大差無い気がしますが……」
「歴代の王家が好き勝手しなかったのは、そんなことをしなくても英国が隆盛することが分かっていたからだ。当時の支配者階級は、下手に歴史を弄って想定外の事態を引き起こすリスクを避けたのだろう」
将来的に、英国が7つの海を支配するほど強大化すると分かっていれば、下手に歴史を弄る必要は無かったということである。しかし、それ以外では積極的に円卓の史実知識が活用されており、この世界の歴史の細部はだいぶ史実とは異なっていた。
「これまでの円卓の活動方針はそれで良かった。しかし、これからは歴史に追従するのではなく、歴史を変える必要がある。そのためにも、卿の力が必要なのだ。報告を聞いて確信した。卿なら出来るはずだ……!」
そう言って、ずずいっと迫るジョージ5世。
思わず気圧されて下がってしまうテッドであるが、それでも確認するために口だけは動かす。
「へ、陛下も史実の記憶を保持しておられるのですか?」
「……歴代王族には王族熱という病がある」
「王族熱?」
「如何なる薬も治療も効果がなく、短くて半月、長ければ半年は続く熱病だ。これに罹ると史実の記憶を手に入れられるという」
「すると陛下も?」
「うむ。幼少のころ発症して苦しんだ。息子たちはまだのようだがな」
「すると、病歴を調べれば史実の知識の有無が分かると?」
「少なくとも王族に関してはな。平民のほうは知らん。円卓ではそれなりに有効な判別方法を開発しているらしいが」
二人は知る由も無かったのであるが、史実の記憶が引き起こす肉体の拒絶反応が発熱の正体であった。王族も平民も実際は同じであり、発病後の言動や行動の変化を調べることによって、円卓では史実の記憶保持者を判別していたのである。
「卿に頼みたいのは、大英帝国の未来だけではない。息子たちの面倒もだ」
「ちょっ!? 何でそうなるんですか!?」
「二人とも卿の作品の大ファンでな。先ほどもサインをもらったと大喜びしておったぞ」
「あの二人、どこかで見たと思ったら王子だったんかぁぁぁぁぁぁ!?」
スペックだけなら転生オリ主チートなのに、肝心なところで1ゾロを振ってしまうあたり、やはりテッドはポンコツであった。英国臣民でありながら、王子の顔を知らないとか不敬の極みであるが、当の父親はそんなことは気にせず話を続ける。
「生前の儂はバーティーに王位を継いで欲しいと思っていた。エドワードは有能だが女癖が悪いからな」
「……ウォリス・シンプソンですか」
「あの淫売が王家に関わったせいで、王室の名誉と国益は著しく損なわれた。その二の舞は避けねばならん。逆に言えば、女癖の悪さが解決するのであれば、エドワードが王位を継ぐのに何の問題も無い」
「王子たちの件と、今の話がどうつながるのか良く分からないのですが……」
史実のエドワード8世、後のウィンザー公のエピソードは有名である。
それ故にテッドも知悉していたが、そのことが何故自分と関わってくるのか、さっぱり理解出来なかった。
「……4年ほど前だったか。急にエドワードの女癖が鳴りを潜めた」
「史実では、年上趣味ということでしたが?」
「うむ。それで気になって調べさせたのだが、とある本に夢中になっていたようだ。巷では大好評らしいが、正規の販売ルートで売られてないので入手困難らしい」
嫌な予感がする。
テッドは内心の動揺を押し隠しつつ、ジョージ5世の話を促す。
「ぶっちゃけると、卿が描いた本なのだが」
「うわぁぁぁぁっ!? やっぱりぃぃぃぃぃっ!?」
国王の前にもかかわらず、思いっきり頭を抱えてしまうテッド。
自分の描いた同人誌のせいで、面倒ごとに巻き込まれてしまうことなど彼の想像の範囲外であった。もっとも、自覚が無いだけで、良くも悪くもテッドの同人誌は、この世界に影響を与えまくっているのであるが。
「バーティも卿の本を読んで、だいぶ前向きになったようだ」
「は、はぁ……」
バーティ(次男アルバート)もテッドの本を読んで感化されてしまったのか、史実よりも積極的に物事に取り組むようになっていた。これはジョージ5世にとって、非常に好ましいことであった。
「つまり、だ」
ぐわしっとテッドの両肩を掴むジョージ5世。
「卿しか後事を託せる者がおらんのだっ! 返事はイエスのみしか認めんぞっ!」
「ちょ、やめっ」
そのまま前後にテッドを揺さぶる。
航海王と言われただけのことはあり、初老の域に達していても腕力は相当なものであった。
「い、イエスぅぅぅぅっ! 」
テッドに出来たのはイエスと言うことのみであった。
「うむっ! これで息子たちに良い顔が出来るなっ!」
豪快に笑いながら去っていくジョージ5世を引き留める術をテッドは持ち合わせていなかった。
「……寝よう」
現実逃避であったが、テッドに出来たのはそれだけであった。
その後、しばらくはこの日の出来事を意図的にスルーしていたのであるが、否が応でも巻き込まれていくことになるのである。
テッド君が貴族になりました。
これからは内政チートが始まる……かもw
マウントバッテン伯(予定)だけでなく、王族とも密接な関係になってしまいました。これからも影に日向に、馬車馬の如くこき使われることになるでしょう(白目