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第2話 パラメトロン(自援絵有り)




「こうして円卓の一員となった以上、僕も秘密を明らかにしておく必要があるでしょう」


 テッドは己が秘密を打ち明けることにした。

 利用価値を認めさせることが出来れば、円卓での地位は盤石のものとなる。上手くいけば、この手の組織にはお約束の勢力争いに巻き込まれることなく、思う存分に同人活動に打ち込むことが出来るはずなのである。少なくともテッド自身はそう考えていた。


「まず、僕は21世紀の日本人です……いや、でした」


 テッドの告白にどよめく円卓の参加者たち。

 円卓で確認されている転生者は、精神だけが過去へ逆行する形であり、当然ながらその対象は英国紳士&淑女のみであった。


 彼の告白は、その常識をぶち壊しただけでなく転生のメカニズム解明につながるものとして期待された。この時点で、テッドの思惑は完全に破綻していた。しかし、これだけならば貴重なモルモット扱い程度で済んだのである。実験には付き合わされるであろうが、無謀な人体実験などは無い……はずである。一応英国は紳士の国であるし。


 当然ながら、彼の21世紀の知識そのものにも大いに価値があると認められ、転生者たちの知識を収集している大英図書館資料編纂部のスタッフに連日質問攻めにされることになる。


「それと、転生時に目覚めた特殊な力が使えます。ありていに言えば召喚魔法です」

「「「!!??!?」」」


 さらなるテッドの爆弾投下に、パニック状態となる円卓の参加者たち。

 とはいえ、円卓の構成員も過去への逆行転生という人知を超えた経験の持ち主なので立ち直りも早い。テッドは、立ち直った紳士たちに質問攻めにされた。


「……そういえば、ロンドン市内に出回っている奇妙な筆記用具は君の仕業かね?」

「奇妙なって言われ方はアレですが、召喚したヤツを知り合いの職人に作らせました」

「ふむ、その言い方だと同一の物を大量に召喚することは出来ないのかね?」

「基本的に召喚1回につき一つのものしか召喚出来ませんね。召喚する物にもよりますが、数を揃えるならば現地生産したほうが早いし、確実だと思います」


 テッドの使う召喚魔法は、魔法的な触媒その他諸々の事前コストを一切必要としないチートスキルである。じつは一度に大量の召喚も可能ではあるが、その分身体に負荷がかかるので、解析して量産したほうが早いし確実なのである。


「どの程度のものを召喚出来るのかね?」

「そう何度も試したことは無いので、断言は出来ませんがおそらく制限は無いかと……」

「「「!?」」」


 テッドの発言に総立ちとなる円卓の紳士淑女。

 そんな反応をあらかじめ予測していた彼は、くぎを刺すことを忘れない。


「ただ、召喚しても解析と運用が出来ないと役立たずに終わるでしょう」

「確かに今の時代にトランジスタとか手に入れてもどうしようもない」

「うぅむ、召喚する物はよく考える必要があるな……」


 テッドの発言に悩み始める紳士たち。

 ここまでは、テッドの思惑通りに事が進んでいた。


(くくっ、計画通り。ここでお互いに足を引っ張ってくれれば、僕が召喚魔法を使う機会は大幅に減るだろう。思う存分に同人を描く時間が作れる…!)


 そんなテッドの思惑を知ってか知らずか、バナマン卿はテッドに提案する。


「君の能力については分かった。ただ、やはり実際に見てみないと信用出来ない。この場で召喚魔法を使ってくれないかね?」

「分かりました。って、何を召喚すれば良いのでしょう?」

「そこは君に任せるよ」


 バナマン卿の提案に悩むテッド。

 ここで恩を売っておきたいのはやまやまなのであるが、解析出来ないものを召喚しても意味が無い。とすると比較的時代の近いものとなるのであるが、近い将来実現出来るものを召喚しても、あまりアドバンテージにはならない。ベストは、時代が離れていて、なおかつこの時代で再現出来るという、甚だ都合の良いシロモノなのであるが。


(そんな都合の良いものなんてあるはずが……って、あれがあった!)


 思い付いたら即実行。

 自分でも何故知っているのか分からない、どこの世界の言葉かすら分からない呪文を唱え始めるテッド。詠唱が進むとともに、床に魔法陣の光芒が浮かび上がる。どよめく英国紳士&淑女たち。


 やがて、魔法陣から光と共に物体がせり上がってくる。

 それが完全に実体化すると同時に部屋が光に包まれた。


『おおおおおおお!?』


 光が収まると、そこには大型食器棚サイズの鉄の箱のようなものと、いくつかのタイプライターのような入力機器が出現していた。興奮するギャラリー達。


「まさか本当に出来るとは!? て、テッド君説明を……なぁ!?」


 振り向いたバナマン卿の目に入ったのは、だぶだぶのスーツに身を包んだ少年であった。


「テッド君……かね?」

「えぇ。これが召喚魔法の副作用です」

「戻れるのか……というのは愚問だな」

「この程度なら、半月もあれば戻りますよ」


 テッドの異能は、事前コストが一切不要なチート召喚術であるが、その反動としてショタ化してしまう副作用があった。


 ちなみに、召喚する物の時代やサイズによって、ショタ化する年齢と戻るまでの期間に差異が存在する。後に衝撃の事実が判明し、彼はさらに追い込まれることになるのであるが、それはまた別の話である。







「……で、これは何なのかね?」


 史実なら半世紀後に登場するシロモノを見せられたバナマン卿が戸惑うのも当然であった。


「これはコンピュータです」

「コンピュータだと!? 見たところ真空管はほとんど使われていないようだが……?」


 テッドの言葉に訝しむ紳士が一人。

 彼はコンピュータ技術者であった。


「こいつは、パラメトロンを使用していますからね」

「パラメトロン? 聞いたことないが……」


 パラメトロンは、フェライトコアのパラメータ励振現象の分周作用を利用した論理素子である。予算難であった史実の戦後日本では、真空管やトランジスタの使用量を大幅に削減してコンピュータを構成できるとして、盛んに研究された。


 計算機の肝である演算速度はリレー式計算機より速く、機械的な接点も無いなどの利点があったのであるが、その後の接合型トランジスタの性能向上が圧倒的であり、パラメトロンは歴史の影に消えていった。しかし、パラメトロン素子を構成するフェライトコアは酸化鉄を主成分とするセラミックスの磁性体であり、組成さえ分かればこの時代でも製造は可能であった。


 フェライトは高周波特製に優れており、高周波域での磁心の使用に適していた。史実よりも20年以上早くフェライトの実用化されたことにより、従来のダスト・コアと呼ばれる金属磁性体を樹脂で固めた磁心がフェライトコアに急速に置き換えられていった。結果、英国の産業界ではノイズ対策が進んで様々な恩恵を受けることになる。


「パラメトロンは真空管よりも圧倒的に安価で、しかも玉切れすることがありません」

「それは素晴らしい!」


 史実ENIACを完成させることを目指していたが、必要な真空管の数に頭を痛めていた技術者は歓声を上げた。ちなみに、ENIACは17468本の真空管、7200個のダイオード、1500個のリレー、70000個の抵抗器、10000個のコンデンサ等で構成されており、幅30m、高さ2.4m、奥行き0.9m、総重量27トンと大掛かりな装置であった。しかも、これを稼働させると電力をバカ食いするうえに、どこかしら真空管が玉切れして途中で交換するハメになるのである。


 それに比べて、テッドが召喚したパラメトロン・コンピュータは、史実日本の富士通が開発したFACOM 202であり、これは当時最速のパラメトロン計算機であった。同時期の接合型トランジスタを使用したコンピュータよりも計算が早く、当然ながらENIACよりも圧倒的に演算速度は優れていた。そのことを理解したコンピュータ技術者が狂喜したのは言うまでもなかった。


「ど、どうやって使うのだ!? ハリー! ハリー! ハリー!?」

「商業用だから、どこかにマニュアルが……って、あった!」


 FACOM 202は科学技術用計算機であり、製品であるためマニュアルが付属していた。ただし、日本語であったが。しかも、分厚くて百科事典並みである。


「……」

「あ、あの?」

「君、中身はジャパニーズと言ったな? ということは翻訳出来るよな?!」


 件のコンピュータ技術者は、獲物を前にした肉食獣のような眼をしていた。


(や、やヴぁい……これは断れそうにない)


 完全に逝っちゃった眼をしている技術者にビビりまくるテッドであるが、百科事典並みに分厚い専門用語満載なマニュアルを翻訳とか苦行でしかない。


(や、やっぱり適当な理由で断るしか……)


 しかし、下手なことを言ったら物理的に首を飛ばされそうな勢いである。

 どうしたものかと苦悶するテッドを救ったのは意外な人物であった。


「……お待ちください、テッド様はお疲れです。もう夜も遅いので日をあらためるべきです」


 技術者の前に立ちふさがるマルヴィナは、テッドからすれば救いの女神であった。鼻からあふれた忠誠心が台無しにしていたが。幸いにして、彼からは完全に死角になっており露見することは無かった。


「し、しかしだな……!」


 なおも食い下がる技術者。

 愚かにも、彼はご馳走を目の前にして引き際を誤ってしまった。


「……」


 眼で殺す-極東の島国に古くから伝わる慣用句である。

 本来は、女が男を悩殺するという意味合いなのであるが、彼女の場合は文字通り人を殺せそうな眼をしていた。テッドから見えないのは幸いであった。それくらいヤバい眼をしていた。

挿絵(By みてみん)

「……皆様方。先ほども言いましたが、テッド様はお疲れです。日を改めましょう」

「「「イエス、マム!」」」

「結構。では、テッド様。参りましょうか」

「えっ、ちょ、どこ掴んでるのマルヴィナさん!?」


 言うが早いが、お姫様抱っこされるテッド。

 そして、彼は見てしまった。鼻血を出しながら不気味に笑うマルヴィナの顔を。少なくとも、鉄面皮でワーカホリックなんじゃないかと内心思っていたメイドがする表情ではない。


「はうっ」


 理解が追い付かず、彼の脳は気絶を選択した。

 もっとも、帰りの車中でもマルヴィナにあぁ~んなことや、こぉ~んなことをされてしまったので、気絶していたのはむしろ幸福とさえいえる。テッドは知る由も無かったが、彼女は重度を通り越した病的なショタコンであった。







「知らない天井だ……」


 寝起きで意識がはっきりしないせいか、お約束の言葉が口に出る程度には、テッドは混乱していた。気絶していたため、ここに来るまでの記憶が一切無いせいでもある。


(って、よく見たらこの装飾って家の…)


 そこまで考えて、ようやくテッドは思い至る。

 この部屋がマルヴィナの部屋であることを。彼が目覚めたのは、彼女の部屋のベッドであった。そして、彼が気付いたことがもう一つ。


(なんで……なんで……!?)


 というか、気付きたくなかった。

 シーツの下が妙にスースーすることに。


「なんで、服を着てないんだぁぁぁぁぁ!?」


 シーツに幼くなった身体をくるんで、彼は絶叫したのであった。


「失礼します。お着換えをお持ちしました」


 彼の絶叫が聞こえたのか、それとも全くの偶然か。マルヴィナが部屋へ入ってくる。彼女の手には、替えの服らしき衣服が握られていた。


「……マルヴィナさん、僕の服はどうしたんです?」

「サイズが合わなくなったので、クリーニングに出しました」

「そうですか……。それともう一つ」


 聞きたくなかったが、この状況では聞かないわけにはいかず、意を決してテッドはマルヴィナに問いかける。


「なんで僕はマッパなの?」

「わたしの趣味です」

「へ、変態だぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 真顔で、はっきりきっぱり言い切るあたり、マルヴィナの変態度は筋金入りであった。


「とりあえず、服をお召ください。このままでは業務に差し支えますので」


 服を脱がしたのは、マルヴィナじゃないかと言いかけて口をつぐむテッド。

 これ以上、彼女に何かされたら精神的にもちそうにないので、黙って替えの服を受け取る。


「あ、すごい。サイズぴったりだ」

「時間が無かったので、サヴィル・ロゥの知り合いに頼んで既製服のサイズを詰めてもらいました」

「それって、大変なんじゃ?」

「身体のサイズさえ分かれば、そこまで時間はかかりません。多少無理は言いましたが」


 まるで仕立服のようなフィット感に感動するテッド。

 しかし、彼はアイデアロールに成功してしまったのか、余計なことに気付いてしまった。気付かなければ、彼の精神は平穏を保てただろう。しかし、気付いてしまった以上は聞かずにはおれなかった。間違いであって欲しいと、強く心に念じながら。


「この身体になったばかりだから、サイズなんて測る時間無いはずだけど……?」

「テッド様が気絶されてる間に、わたしが隅から隅まで測りました」

「うわぁぁぁぁぁぁ!? やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「テッド様の肌触りは最高でした。やはり若い子は良い……!」


 ふふっと笑うマルヴィナに絶叫するテッド。

 一時的狂気に陥ったテッドが正気に戻るには、その日の午後に連絡役として派遣されたアーチボルトがやって来るまで待たねばならなかった。






 その後、1月程度でマニュアルの完全英語化に成功して、FACOM 202は稼働状態となった。日本語の翻訳については、テッドの尽力があったのであるが、『家に籠るよりも、外で仕事をしているほうが気が紛れる』と、まるで何かに怯えるように周囲に漏らしていたという。


 テッド・ハーグリーヴスの文字通りの献身(物理)によって、稼働したFACOM 202は圧倒的な演算速度であり、あらゆる業務に使い倒された。人間よりもはるかに高速で、間違いのない計算が出来る機械の用途は、それこそいくらでもあったのである。


 各種命令コマンドが充実しており、柔軟な計算に対応出来るのもFACOM 202の優れた点であった。これは開発時に史実EDSACのイニシャルオーダーが参考にされたためであるが、さらに命令語数を少なくするための工夫を盛り込まれて、より実用的なものになっていた。英国のプログラミング技術はこれを叩き台にして発展していくことになる。


 次から次へと計算依頼が舞い込み、1日数時間程度の稼働だったのが、終日運転となり、遂には週末無人で連日稼働となった。そんな無茶な扱いをしても故障一つしないタフさに、円卓の技術者達は感動していたが、それでも1台で出来る演算には限界があった。当然ながら、新しいコンピュータが欲しくなる。人というのは、一度手にした便利さを容易には手放せない生物なのである。


 新しいパラメトロン・コンピュータを欲した円卓であるが、技術的にFACOM 202をそのまま作るのは難しいために、性能を落としたものを作ることになった。FACOM 202は、高速化のために冷却系にかなり無理をしており、この部分を再現するのはメンテ上好ましくないとされたためである。結果として、英国製のパラメトロン・コンピュータは、劣化PC-1もどきとなった。演算速度は大幅に劣るものの、それでも人間とは比べ物にならない演算速度であり、計算プログラムもそのまま流用が可能であった。


 英国製パラメトロン・コンピュータは、かなりの数が製作され、政府機関や大学の研究室、さらには大企業の研究部門に極秘裏に配置された。その計算能力は絶大であり、ありとあらゆる分野で技術開発を加速させたのである。


 コンピュータの有用性を理解した円卓も政府を動かし、英国コンピュータ協会が史実よりも半世紀早く発足した。官民合同で研究開発が促進され、パラメトロン素子の水冷化や、パラメトロン素子をクラスタ化することによる演算速度の向上、さらにはオールパラメトロンの卓上電算機を開発したりと、数々の実績をあげることになるのであるが、それはまた別の話である。


 英国コンピュータ協会とほぼ同時期、史実よりも30年早くブレッチリーパークに政府暗号学校も開設された。その演算能力で各国の外交暗号を丸裸にして、外交交渉で優位に立ったのである。


 あのドイツのエニグマ暗号でさえも、暗号鍵無しの総当たりで解読するという力業を披露しているのであるが、これらの成果は例によって機密のヴェールに包まれており、世間に知られるのは20世紀も後半になってからである。

パラメトロン・コンピュータの肝であるフェライトコアは、1930年の技術レベルで可能というか、フェライトが発見されたのが1930年代というだけなので、知識と現物が存在すればもっと早く実用化も可能と判断しました。パラメトロン素子が20世紀初頭で実用化出来れば物凄く役立つと思います。


直接は年代は書いてないですが、この話の設定は日露戦争以後WW1前くらいです。

そのうち章立てにしようかと思いますが、とりあえず話数を進めないと…!

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