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第27話 ロマノフ朝の終焉

 1917年4月。

 史実よりも若干ずれ込んだものの、ニコライ2世はアレクサンドロフスキー宮殿に軟禁された。


 先の大戦で、他の列強に比べて立ち遅れていることを思い知らされたロシア皇帝ニコライ2世は、年始より国内の改革を推し進めていた。少しでも差を縮めるべく、改革を強行して反対派を容赦なく粛清していったのである。


 国内勢力を全て敵に回す勢いで進められた改革であったが、食料不足による大規模デモを発端に連鎖的に反乱が起きて頓挫した。ニコライ2世は強制的に退位させられ、300年続いたロマノフ朝はここに幕を閉じたのである。


 ニコライ2世が軟禁された情報は即座に英国に伝わっていた。

 史実と歴史が乖離しつつあるとはいえ、この世界でもロシア革命が起こらないとは限らないと円卓は警戒を強めており、MI6に皇帝の身辺を調査させていたのである。


「現在、ニコライ2世陛下はサンクトペテルブルクで軟禁されているようです」

「史実通りならば、この後はシベリア送りだろう。そうなると容易には手が出せなくなる」

「国王陛下との血縁もある。可能ならお救いしたいところではあるが……」

「しかし、国王陛下は社会主義が我が国に入ってくることを恐れて及び腰だ」


 緊急招集された円卓会議では議論が紛糾していた。

 史実では、英国政府はニコライ2世とその家族を亡命者として受け入れる用意をしていた。しかし、社会主義革命が国内で波及する恐れがあると考えた英国王ジョージ5世は、ニコライ2世一家の亡命を拒んでいた。


 史実の英国は赤化こそしなかったものの、社会主義の遺伝子を受け継いでいる労働党の福祉政策は、植民地独立により没落した大英帝国の国家財政を逼迫させて、英国病と呼ばれる経済の悪化をもたらした。ジョージ5世の懸念はあながち間違いでは無かったのである。


 ニコライ2世とその家族の惨劇を史実知識で知っているだけに、心情的には救出したいのであるが、わざわざ国王陛下を説得してまで救出したいかと言われると微妙であった。リスクを冒して皇帝一家を救出したとしても、得られる利益が釣り合わなかったのである。


 円卓は笑顔の絶えない職場ではあるが、決して慈善団体ではない。

 円卓が追及するのは国益のみであり、それ故に皇帝一家を救出するのならば、リスクに釣り合うだけのリターンが必要であった。


「救出出来れば、亡命政権を起ち上げてソ連に対して正統性を主張することが出来る」

「だがしかし、そこまでする必要があるのか? 別に史実通り見捨てても問題は無いのではないか」

「貴殿には良心というものは無いのか!?」

「はっ、後生大事に良心などというものを持っていたら、政商なんぞやっておれんわ!」


 このまま円卓会議は小田原評定と化すかと思われたのであるが、一人の青年ともう一人の協力者によって急遽事態が動くことになるのである。







「……美味しい」


 ほふぅ、と恍惚のため息が漏らしているのは、我らが主人公(笑)のテッド・ハーグリーヴスである。彼は今、ロンドンの邸宅でアフタヌーン・ティーの真っ最中であった。


「紅茶もおいしいけど、キュウリのサンドイッチも最高!」

「お褒めにあずかり恐悦至極。こちらの焼き立てスコーンもご賞味くださいませ」

「わっ、割ったらほかほか。ジャムとクロテッドクリームも適度な甘さで……!」


 繊細な細工が施された舶来品の茶器に、フォートナム&メイソンの紅茶。

 ケーキスタンドに盛られたサンドイッチとスイーツ。紛れもなく上流階級のアフタヌーン・ティーである。


 ちなみに、舶来品の茶器は史実ではオールドノリタケと言われるメイドインジャパンである。ノリタケの初期の製品は、ハンドメイドで絵付けの美しさ、細工の繊細さで知られている。生前のテッドも、喉から手が出るほど欲しかったのであるが高価過ぎて手が出せなかった。それ故に、懐に余裕が出来てから真っ先にロンドンのデパートで買い求めたのである。


 この世界でも、ノリタケブランドは欧米で絶大な人気を博しており、史実以上に大量に輸出されて日本の外貨獲得に多大な貢献をしていた。この他にも史実以上のシェアを占めることになった竹製の計算尺や、タイガー計算機も大々的に輸出されていた。


 戦勝国となった日本は、今までの外貨稼ぎとはけた違いの多額の賠償金を獲得しており、平成会は高笑いしつつ国内のインフラ開発と軍拡の真っ最中であった。


「ほら、マルヴィナさんも食べようよ!」

「……では、失礼して」


 マルヴィナはテーブルを挟んで反対側に座って、優雅な仕草で紅茶を嗜む。

 どことなく表情が上気しているような気がしたが、褐色肌のため良くわからない。きっと気のせいであろう。


「……テッドさま、口元にクリームが」

「えっ?」


 言うが早いか、口元のクリームごとキスを敢行するマルヴィナ。


「にゃ、にゃにを!?」


 突然のことに口調がおかしくなるテッド。


「ふふふ……」


 当然ながら、キスだけで終わるはずもなくそのままなし崩し的に行為に及ぼうとしたのであるが……。


「テッドさん、テッド・ハーグリーヴスさんはご在宅ですか!?」


 空気を全く読まないで乱入してきた青年に、マルヴィナの怒りの一撃が炸裂したのであった。







「えーと、最初から説明してもらえないかな?」

「す、すみません。僕のことはリチャードと呼んでください」


 乱入してきた青年は、派手さは無いものの上質な仕立てのスーツを着ており、所作も洗練されていた。


(見たところ貴族のボンボンっぽいけど、面識が無いんだよなぁ……)


 表情にこそ出さなかったが、テッドは困惑していた。

 同人誌のファンかと思ったが、自宅の住所を公開していないので押しかけることは不可能である。


「……で、リチャード君は僕のことをどこで知ったのかな?」

「あなたのことは、チャーチルさんから聞きました。僕も円卓のメンバーなんです」


 懐から円卓をモチーフにデザインされたメンバー証を見せるリチャード。

 彼が円卓に加入したころ、テッドはアメリカで馬車馬の如く仕事をしていた。そのため、今まで直接の面識が無かったのである。


「とすると、要件は円卓絡みなのかな?」

「その通りです。マリアを助けてほしいんです」


 円卓のメンバーは、史実知識を収集している大英図書館資料編纂部に聴取を受けることが義務付けられる。長い時間をかけて収集された史実の歴史は、現在20世紀末まで到達していた。これはテッドの協力によるところが大きかったりする。


 生前は歴史マニアだったテッドのおかげで、20世紀中盤以降の歴史が一気に埋まったのである。しかし、彼の知識も世界史を網羅するレベルでは無かったので、抜け落ちている部分を補完するべく、積極的に円卓メンバーへの聴取が進められていた。


 史実知識に触れることで生前の記憶を思い出すことがあるため、収集された史実知識へのアクセスも円卓メンバーには許可されていた。一般人ならともかく、史実で功績を遺した人間は、それこそ生前の人生が追えるほど詳細に記述されており、リチャードは後者であった。心の奥底に残っていた女性の末路を彼は知ってしまったのである。


「……マリア?」

「僕の初恋の人です。お願いです。助けてくださいっ!」


 リチャードの悲痛な叫びが室内に響き渡る。


「こんなやり方は邪道だというのは分っています。でも、もうあなたしか頼れないんですっ!」


 必死に懇願するリチャード。

 そんな彼に混乱しながらも、テッドはある事実に思い当たった。


「ちょっと待った。リチャードにマリアって……あんた、ひょっとしてマウントバッテン伯爵か!?」

「まだ家を継いでいませんが、史実的な意味ならそのとおりです」


 ルイス・フランシス・アルバート・ヴィクター・ニコラス・マウントバッテン初代ビルマ伯爵。史実では、ビルマのマウントバッテンと謳われた海軍軍人である。火葬戦記でも英国側の要人として出番が多く、生前のテッドも知識としては知っていた。


「……彼は僕のことをなんて言ってました?」

「えっ?」


 テッドの唐突な問いかけ。

 貴族であることが分かったためか、口調が敬語になっていた。いきなりのことに戸惑うリチャードであるが、彼はチャーチルに言われたことを思い出していた。


「その気になれば、円卓を動かせるくせに絶対にやろうとはしない」

「……」

「底抜けにお人好しだから、頼み事をしたいのであれば嘘偽り無く話せとも……」

「……間違いなく彼本人の言葉ですね。それじゃあ行きましょうか」

「えっ、何処に?」

「円卓に決まってるじゃないですか。面倒ごとは早めに片付けるに限ります」


 外出するためにハンガーからコートを取り出すテッド。

 3人が円卓会議に乗り込んだのは、それから30分後であった。







「救出するならば今しかないのだが、犠牲を払ってまでやる価値があるかと言われると……」

「ロマノフ家の財産を抑えることが出来ればどうだ? 接収出来ればかなりの価値になると思うのだが」

「現金や有価証券は宮内省が管理している。他は鉱山などの不動産なので持ち出しようがない」

「ソ連が誕生すれば、全て国有化されてしまうであろうな」

「亡命してくるであろう白系ロシア人の持ち出せる財産もたかが知れているだろうし……」

「やはり、史実通りに無視するのが無難か……」


 紛糾する円卓会議では、史実と同様に救出作戦を行わないという意見が主流となっていた。


 円卓は、長期的に利益が見込めるのであれば大胆な決断も厭わない。しかし、今回のように先の読めない状況では、史実通りの無難な対応に徹することも多かったのである。


 ロイド・ジョージや、チャーチルのような強力なリーダーシップを発揮出来る人間が出席していれば、また話も違ってくるのであるが、生憎と今回の会議は二人とも公務のために欠席していた。内心スルーしても問題無いと判断していたからこそ、公務を優先させたとも言えるが。


「わたしに良い考えがあるっ!」


 テッドが、円卓の間の大扉を開け放ったのはまさにその時であった。


「テッド殿!?」

「珍しいですな。いつもなら呼ばれてから渋々参加してるというのに……」

「このタイミングで来たということは、やはりニコライ2世の件かね?」


 テッドが来たことで円卓の雰囲気が一変する。

 チート能力のおかげで、彼は若輩でありながらも下にも置かない扱いをされているのである。


「まぁ、自分でも甘いとは思うのですけどね。しかし、救えるかもしれない命を見捨てるのは寝覚めが悪い」


 頭を掻きながらため息をつくテッド・ハーグリーヴス。

 そして彼は宣言する。


「今回の救出作戦を成功させたら、召喚スキルを使用することを確約します」

「……それは、戦前にやったあれをもう一度やるということかね?」

「無論です」

「「「おおおおおおおおおっ!?」」」


 円卓の面々の反応は激烈であった。

 この場にいる円卓のメンバーは、5年前にテッドが成し遂げた奇跡を知っていたのである。


「万事任せてくれたまえ! 万難を排して救出作戦を成功させることをここに誓おう!」

「召喚リストを決定する緊急会議の開催を各部署へ通達せねばいかんな!」


 会議は踊る、されど進まずを地で行くグダグダっぷりはどこへやら。

 まさに鶴の一声であった。


「テッドさん。どういうことなのです?」

「円卓という組織は、国益のために動きます。であるならば、新たな国益を提供すれば良いだけのことです」

「えぇぇぇぇ!?」

「気にしないで下さい。それよりも帰ってアフタヌーン・ティーの続きをしませんか? 貴族さまのお口に合うか分かりませんが……」

「ご相伴にあずかって良いんですか!?」


 無邪気に喜ぶリチャード(次期伯爵)

 人見知りするテッドが他人を、しかもお貴族さまを誘うのは相当に勇気が必要なことであったが、乱入時にマルヴィナに容赦ない一撃を喰らったせいで、彼の目元にはアザが出来ていた。さすがに、謝罪の一つもせずに別れるのは申し訳ないと内心恐縮していたのである。当人は一向に気にしていないようであったが。







「美味しい!」

「……それはどうも」


 テッドが円卓会議で無双してから1時間ほど。

 再開したアフタヌーン・ティーで、リチャードはマルヴィナの淹れた紅茶の美味しさに感動していた。マルヴィナの反応が冷淡極まりないが、テッド以外には大抵こういう反応なので無問題である。彼女は冷静沈着な性格である。良いところを邪魔しやがって、とか決して思っていないはずである。多分。


「あー、その……リチャード卿。お怪我のほうは大丈夫ですか?」

「全然大丈夫です。無粋に乱入してしまったのは僕ですし、気にしないでください」


 漫画のように顔面にアザを作りつつもニコニコしているリチャード。

 よほど救出作戦の実行が決定されたことが嬉しいのであろう。


「さっきも言いましたけど、リチャードで良いです。まだ正式に家を継いだわけじゃないですし」

「いや、さすがに伯爵家の嫡男にそういう態度は取るわけには……」

「良いんです。それにテッドさんも貴族になるんでしょう?」

「そういえば、そんなことを言われた気が……」

「円卓でもホットな話題ですよ! どこに領地をもらうのかブックメーカーが出来てました!」

「あいつら何をやってるんだ……」


 賭けの対象になっていることを知って頭を抱えるテッド。

 こればかりは、ギャンブル狂な英国紳士故に致し方なしである。良くも悪くも円卓で知名度のあるテッドは賭けの対象にされることが多かった。結果が斜め上になって、賭けがご破算になることも多かったりするのであるが、そこを敢えて予想するのがブックメーカーの醍醐味であろう。


「それでリチャード卿、お聞きしたいことがあるのですが……」

「リチャードです」

「いや、だから……」

「リチャードと呼んでください。あ、ディッキーと呼んでくれても良いのですよ!?」


 テーブル越しにずずいっと詰め寄るリチャード。

 テッドを見つめる彼の表情は真剣であった。


(そういえば、生前に読んだwikiに両性愛の項目があったような気が。ま、まさか……)


 内心で冷や汗を流すテッド。

 しかし、それ故に自らの質問が大きな意味を持つことに気付いたのである。







「脈絡の無い質問になりますが、あなたは日本人がお嫌いですか?」

「……え?」


 本当に脈絡の無い質問だったせいか、固まってしまうリチャード。

 逡巡した様子であったが、慎重に言葉を紡ぐ。


「円卓に所属してから、史実について書かれた文献に目を通しました。史実の僕は大の日本人嫌いだったと書かれていましたが、この世界では会ったことが無いので嫌いになりようがないです」

「……いっそ、嫌いですって言ってくれたほうが気が楽になったのになぁ」


 テッドの態度が理解出来ずにどう反応してよいのか困惑するリチャード。


「あなたも円卓のメンバーであれば、断片的に生前の記憶を有していますよね?」

「僕の生前の記憶はマリアに関することだけでした。史実の文献を読んで多少は思い出しましたけど」

「例外的に、生前の記憶を全て保持している人間がいるとしたらどうです?」

「えっ!?」

「しかも、生前は日本人でした。これが質問の理由です。今からでも嫌って良いのですよ?」

「そんなこと出来るわけないじゃないですか!?」


 テーブルを回り込んでテッドの両手を絡めとるリチャード。

 顔が上気しているのが否が応でも分かる。目の色もヤバイ。心理学において、愛は障害があるほど燃えるという言葉があるが、まさに今のようなシチュエーションを指すのであろう。


「テッドさまっ!」


 そんな二人を切り裂くように、テーブルにナイフが突き刺さる。

 ナイフを投げたのはマルヴィナであった。


「あ、危うく新しい世界の扉が開いてしまうところだった……」


 我に返ったテッドは、慌ててマルヴィナに駆け寄る。


「くっ、あと少しだったというのに……メイド風情が僕たちの愛を邪魔する気か!?」

「ふっ……」


 悔しそうな表情のリチャードとは対照的に、笑みを見せるマルヴィナ。

 彼女はテッドの後ろに回り込んで、抱きしめる。


「ふぁっ!?」


 背中の柔らかい感触に、思わず上ずった声を上げてしまうテッド。


「わたしたちは結婚するのです。泥棒猫はお引き取り下さいませ」

「そんな、僕と言うものがありながら……この裏切り者ーっ!?」


 泣きながら逃走するリチャードを、マルヴィナは勝ち誇った笑みで見送る。

 実に分かりやすい勝者と敗者の構図であったが、この程度で禁断の愛の炎が消え去るなら誰も苦労はしていない。マルヴィナとリチャードの暗闘は、より激しく続くことになるのである。

ロシアで改革を強行したら、やっぱり失敗してしまいました。

さぁ、赤化祭りの始まりだっ!(違


ニコライ2世救出ルートに進んだら、キャラが勝手に暴走してしまいました。

おいらはいったい、何を書いているというのだ・・・(錯乱中


ちなみに、かの人物のwikiに両性愛の項目があるのは事実です。

日本語では明確なソースが無かったので、海外の情報を漁ったのですが、運転手の証言のみなので情報としては弱いです。でも、子孫がカミングアウトしてたから、やっぱりそういった血筋なんじゃないかなと言う気が。テッド君の新しい世界が開いてしまうのか、それともマルヴィナさんが阻止するのか、はたまた第3の勢力が参戦するのか、今後の展開に乞うご期待です!(そういう作品じゃねーから!

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