第17話 トムとディックとハリー
「……以上が、ニューヨーク支部で起きた顛末です」
「あー、ついに食べられてしまったか。いつかこうなるかとは思ってはいたが」
「マルヴィナ女史の彼への執着具合は、異常なものがあったからなぁ」
「あれは異常を通り越して、偏執狂というレベルでは?」
充電を兼ねた長期休暇をテッドが満喫している最中であったが、シドニー・ライリーは円卓への報告のために帰国していた。
報告の内容が、MI6ニューヨーク支部で起こった肉食ショタコンメイドの暴走と、その餌食となった哀れな子羊の件であることは言うまでもないことである。
「しかし、意外と早かったですなぁ」
「儂はむしろ遅いくらいだと思ったが」
「オッズはいくらだ!? というより当てたやついるのか!?」
二人の関係は円卓でもよく知られており、ブックメーカーの対象となっていた。
あらゆる物事を賭けにしてしまう、英国紳士&淑女のギャンブル狂いが、いかんなく発揮されたわけであるが、大穴の『テッドからマルヴィナに手を出す』には誰も賭けていなかった。彼のヘタレぶりも円卓では周知の事実であった。
「諸君。気持ちは分かるが大事なのはそこではない。もっと重要なことがある」
「左様。我らはこの二人を祝福する義務がある」
ざわつく円卓メンバー達を鎮める二人の紳士。
軍需大臣デビッド・ロイド・ジョージと海軍大臣ウィストン・チャーチルである。
この二人は、テッド・ハーグリーヴスと個人的な親交があった。
ロイド・ジョージにとって、テッドは軍需省の切り盛りに欠かせない人材であった。チャーチルにとっては、失脚から救ってくれた恩人であり、戦車の開発に尽力してくれた稀有な人材であった。両名のテッドに対する友好度は天元突破していたのである。
テッドとマルヴィナの関係を察したチャーチルとロイド・ジョージは、二人の仲を取り持とうと奮闘していた。テッドが一線を越えた、もとい、越えさせられたことを知ったらやることは一つであった。
「チャーチル君。式場には、ご実家のブレナム宮殿を使うのはどうだろう?」
「素晴らしいアイデアです! ロイド・ジョージ殿には関係者への根回しをお願いしたいのですが?」
「万事任せたまえ。彼の立場上表立って盛大にとはいかぬだろうが、記憶に残る結婚式にしてみせる!」
二人がハッスルした結果、凄まじい勢いで外堀が埋められていくことになるのであるが、幸いにしてアメリカでバカップルと化していたテッドに知る由は無かったのである。
「というわけで、彼をこちらへ連れ戻してくれたまえ」
「礼服の採寸もあるので、可及的速やかにお願いしたい」
「今すぐですか? さすがにそれは無茶です」
ロイド・ジョージとチャーチルの無茶な要求に、さすがに異議を唱えるシドニー・ライリー。
今回のテッドの休暇も、スケジュール調整に苦心惨憺したあげくにようやく実現出来たのである。営業しまくって仕事を大量に取ったのは彼自身なので、自業自得なのであるが。
「誤解しているようだが、彼の挙式のためだけではないぞ」
「カエル喰いどもが、また下手をやらかしてくれたおかげで、戦略の見直しが必要となった。切り札は手元に置いておきたい」
「……彼が元の姿に戻ったからといって、例の召喚術とやらが使えるとは限りませんよ?」
『この程度じゃあきらめないだろうなぁ』と思いつつも一縷の望みを託すシドニー・ライリー。当然ながら、二人はそんな彼の思惑など斟酌すらしなかった。
「それは分かっている。だが、それ抜きでも彼は普通に有能だ。元の姿に戻った以上、他に任せたい仕事はいくらでもある」
「例の平成会との交渉は、彼に担当してもらうつもりだ。君にはサポートに回ってもらう」
「……分かりました」
これまでのマネジメント業務に加えて、出国のための準備に忙殺されることを考えてしまい、彼は心の中で涙した。アメリカでは、テッドを弄っていたシドニー・ライリーも、ここでは悲しい中間管理職であった。
これからの激務を思い憂鬱な表情となったシドニー・ライリーが退出すると、すぐさま円卓メンバーは議論を再開した。
「トムとディックとハリーの進捗状況はどうなっている?」
「順調です。改良されたシールドマシンのおかげで、むしろ予定よりも早く完工するだろうとのことです」
「既に爆薬の集積も開始しています。こちらも予定よりも早く完了しそうです」
トム、ディック、ハリーは、英軍が密かに掘り進めている地下トンネルのコードネームであった。
反抗作戦では3方向からの進撃を想定しており、ベルギー、ルクセンブルクを経由するトムとディック、スイス国境近くから直接ドイツ南部を目指すハリーの工事が進められていた。例によって例の如く、テッドが召喚したシールドマシンをリバースエンジニアリングしたり、円卓チートでハーバーボッシュ法を独自開発して火薬の大量生産に対応したりと、英国紳士は抜かりなく準備を進めていたのである。
このトンネルは、ドイツ軍の塹壕ラインの真下と、さらに延長して方面司令部の地下まで掘り進めている最中であり、時が来れば大量の爆薬で周辺を陥没させる計画であった。大混乱に陥ったドイツ軍を戦車で蹂躙することで、一気に戦線を突破、電撃的に首都ベルリンを陥落させることで戦争の終結を狙っていたのである。
トンネル工事と並行して、決戦兵器たる戦車の量産も進められていた。
この時期になると、英国でもフォード流大量生産技術を完全にモノにしており、史実の米帝様レベルで質と量の暴力を実現するべく、国内の工場はフル操業で戦車の大量生産に入っていた。
大量の戦車には、大量の搭乗員が必要になるので、士官育成のためにサンドハーストの王立陸軍大学には機甲科が新設された。
戦車クルーの養成には、陸軍の管轄で新たに訓練施設を設立し、適正のありそうな兵士を放り込んで短期育成することで対応した。なお、育成マニュアルはイラストが多用されており、非常に理解しやすいと評判であった。やたらと露出が高い美女のイラストが入っているのも高評価の理由、というかそちらが本命だったのであるが、元ショタが監修に全面的に関わったせいであるのは言うまでも無いことである。
円卓がこの作戦を採用したのは、当然のことながら人的損耗を避けるためであった。史実を知る者からすれば、塹壕戦による戦死が避けられることに加え、砲弾の浪費を避けられるトンネル作戦は魅力的だったのである。
トンネルを掘る費用は安くなかったが、改良されたシールドマシンを投入することによって、安全かつ短期間でトンネル掘削が可能となった。しかし、下手に地下で音を立てると露見する恐れがあるために、工事は昼間に行われていた。具体的には、地上で戦闘が行われている時間帯である。
BEF(英国海外派遣軍)が散発的な砲撃に徹していたのは、地下でのトンネル工事がバレないように騒音を発生させるためであった。
このことが後世の歴史家によって、フランス軍を囮にしてトンネル工事を進めていたと言われる原因となるのであるが、無謀な突撃を控えるように何度もBEF側は要請しており、これを聞き入れなかったフランス軍の自業自得と言える。
「開戦直後にこの作戦を伝えていれば、あの脳筋共も少しは自重したのでは?」
「それは無理だ。そもそも連中の防諜がザル過ぎたせいで秘密にせざるを得なかったのだ」
「……ひょっとして、先日の大攻勢の失敗も?」
「ドイツ軍は捕虜から作戦の明細を聞き出していたらしい。MI6からの報告があがっている」
エラン・ヴィタールな哲学と、テッドの同人誌(海賊版)によって脳筋と化したフランス軍は、無謀な突撃を繰り返して多大な損害を被っていた。開戦以来、ドイツ軍に一方的にボコられ続け、目に見えた戦果は全て英軍にかっさらわれているフランス軍上層部の焦りは相当なものであり、さらに無謀な突撃を繰り返すという悪循環に陥っていたのである。
「フランス軍の状況はどうなっている?」
「ペタン将軍の説得によって、部隊の反乱は沈静化に向かっているようです」
「最悪の状況は脱したようですが、当分の間は戦力としては期待出来ませんな」
フランス軍上層部とは異なり、前線で戦う兵士たちには絶望と厭戦機運が高まっていた。開戦序盤の高揚感など既に消え去り、1年以上も眼に見えた戦果も無く、有刺鉄線と機関銃の前に身を投げ出し続けたフランス軍兵士はうんざりしていたのである。
この状況にとどめを刺したのが、先日の大攻勢の無残な失敗であった。
フランス軍捕虜から、大攻勢の仔細を書いた文書を入手したドイツ軍は、作戦の予定日までに戦力を配置済みであった。フランス軍の砲撃は、ドイツの機関銃陣地に打撃を与えることができず、それでも歩兵部隊は前進したが、そこで待ち受けていたのは大虐殺であった。この時点で作戦の失敗は明らかであったが、上層部は失敗を認める気にはなれず、さらに半月の間大攻勢は継続されたのである。
大攻勢で大量の戦死者を出したフランス軍は大混乱に陥った。
これまでの待遇への不満も重なって、兵士たちの不満が爆発したのである。
『俺たちは無傷の機関銃陣地に突っ込むほどお人好しじゃない!』
『塹壕は守るが、攻撃には出ない!』
一度反乱の火の手が上がると、爆発的な勢いで他の部隊へ波及していった。
反乱まで至らなくても、多数の部隊が作戦に対する抗命や、明確なサボタージュを行うようになり、フランス軍は瓦解寸前であった。
フランス軍の崩壊を救ったのは、フィリップ・ペタン中将であった。
ペタンは前線を歴訪し、ほとんどの師団を訪問して将校と兵士も集めてその訴えに耳を傾けた。無謀な攻勢を主導していた陸軍総司令官であるロベール・ニヴェルは解任され、ペタンが後任となった。
ペタンは兵士たちに今後大攻勢は行わないという確約を与え、兵士たちの心を掴んだ。最終的に、10万をこえる兵士が軍法会議にかけられ、400人以上が死刑宣告となり、その一部が公式に射殺されたものの、最終的にフランス軍の規律の回復に成功したのである。
「突撃を控えてくれるのは望ましいのだが……」
「そうですな。これから大攻勢をかけるというタイミングでなければですが」
「あの国は厄病神か何かか? 陰に日向に我が国の邪魔をしてくれる」
思わずため息をつく円卓の面々。
反抗作戦の目途がついた時点で、攻勢に出ずに防衛に徹するとか嫌がらせ以外の何物でもなかった。
円卓の指導によって、英国はフランスに頼らずに第1次大戦を戦い続けてきた。しかし、フランスは最後まで英国の足を引っ張り続けることになるのである。
少々短めですが、令和初日に間に合いましたεー('ω`n
フランス軍無力化のお知らせ。
まぁ、最初から役立たずでしたけど(酷
これからもフランスは英国の足を引っ張りますので、乞うご期待ですw