第16話 テッド流休暇の過ごし方
「終わったぁぁぁぁぁぁっ!」
とあるビルの一室で、男の雄たけびが響き渡る。
今アメリカで、最もホットな作家であろうテッド・ハーグリーヴスの脱稿の瞬間であった。
「ほい、お疲れさん。んじゃ俺は原稿持って行くんで後は寝てて良いぞ」
傍で控えていたシドニー・ライリーが手早く原稿を回収、そのまま退室しようとしたのであるが、何かを思い出したように足を止める。
「あぁ、そうそう忘れてた」
「え?」
「今回の分で急ぎの仕事は終わった。充電も兼ねて、これから一か月間は休養に充てようと思う」
「よっしゃぁ!」
思わずガッツポーズを取るテッド。
アメリカに飛ばされて以来、馬車馬の如く仕事をさせられてきた彼にとって、初めてとなる本格的な休暇である。
(セントラルパークに、コスモポリタン博物館、ちょっと足を延ばしてコニーアイランドまで行ってみようか。あぁ、夢が広がりまくりんぐ……)
ニューヨークの名所巡りに思いを思いを馳せるテッドであるが、ここでふとあることに気付く。いつも傍にいるはずの彼女がいないことに。
「そういえば、マルヴィナさんは?」
「あのメイドか? 休暇の話をしたら『買い出しに行く』って言って出て行ったぞ」
「どこに?」
「さぁ? すぐに戻るとは言っていたが」
「ふーん……」
この時に、そんなものかと思って適当に流してしまったことが、彼の運命を決定づけることになるのである。
「ふぁぁぁ……眠い。明日に備えて早く寝よう……」
シドニー・ライリーと別れたテッドは、寝室を目指していた。
現在、彼とそのメイドであるマルヴィナは、MI6ニューヨーク支部で生活しているのであるが、出版社に偽装したビルの1フロア全てが仕事兼居住スペースであった。これだけでも、彼がいかに特別扱いされているかが分かろうというものである。
「何でベッドが無いの……?」
自分の寝室に到着したテッドは違和感を覚えた。
部屋にあるはずのモノが見当たらないからである。激烈に嫌な予感がしたテッドは、マルヴィナの寝室へダッシュする。
(やばい……このままだと喰われる……!?)
マルヴィナの寝室で彼が目にしたものは、キングサイズのベッドであった。
もちろん、ベッドは一つ、枕は二つである。
アメリカに飛ばされてからというもの、テッドはひたすら仕事漬けであった。
マルヴィナは、目の前に大好物なショタがいるのに手を出すことが出来ずに、いろいろと溜めこんでいた。そこに、今回の休暇である。リミッターが外れた彼女が何を考えているのかは、テッドには手に取るように分かった。このままだと、ガチで貞操の危機である。
(どうする!? どうしよう!?)
しかし、彼が悩む必要は無かった。
無情にも、玄関のドアが開かれたからである。
「あら? テッド様じゃないですか」
玄関から現れたのは、荷物を大量に持ったマルヴィナであった。
全身からピンクのオーラが漂ってきそうな雰囲気である。
「や、やぁ、マルヴィナさん……」
「休暇のお話は聞きました。思う存分にリフレッシュしていただこうと思って、いろいろと買ってきました」
一瞬、荷物の中に木製のバナナみたいものが見えたが、何に使うのかテッドは考えたくもなかった。
このままだと、前よりも後ろで大事なものを失いそうである。逃走を試みるテッドであるが、唯一の出口にはマルヴィナが立ちふさがっていた。しかも、色ボケしているように見えて、全く隙が見当たらなかった。
「さぁ、テッド様……」
荷物を床に置き、両手を大きく広げてジリジリと接近するマルヴィナ。
(もう少し、もう少し……)
気圧されるように後退したかに見せて、チャンスを伺うテッド。
玄関から離れてくれれば、彼女の横をすり抜けて逃げ出すことも可能と判断していたのである。お互い距離を保ちながらも、ゆっくりと室内側へ移動していく。その動きはまさに達人の域であり、息詰まる精神戦の始まりでもあった。
「……このままだと埒があきませんね」
ぼそりと呟くマルヴィナ。
構えるのをやめて、前かがみになる。
「!?」
嫌な予感がしたテッドは、咄嗟にその場から飛びのく。
ショタ化して身体能力が落ちているとはいえ、彼は厳しい修行に耐えた一流のバーティツ使いである。その身のこなしは大したものであった。数舜前までテッドがいたその場を、驚異的な速さでマルヴィナが通過していく。
「これをかわしますか……やりますね」
色ボケた表情でありながらも、どこか余裕綽綽な彼女の手には一枚のハンカチが握られていた。縮地もかくやな神速ダイブで、テッドの横を通過した瞬間に胸ポケットから拝借したのである。
「あぁ、テッド様の匂いが……」
そのハンカチを顔に当てて大きく息を吸い込む。
やってることは残念であるが、褐色爆乳なメイドがやると実にエロい光景である。存分に主人の匂いを堪能した後に、その胸の谷間にハンカチを押し込む。
「あら?」
我に返った彼女の目に映ったのは、傍の部屋に飛び込みドアを閉めようとしてするテッドの姿であった。
慌てて後を追うが、無情にも目の前でドアは施錠された。ぶち破ろうと考えたマルヴィナであったが、思いとどまる。目の前のドアは見た目こそ木製であるが、中に分厚い鉄板を仕込んだり防弾防爆仕様である。人力でどうこうできるものではなかった。
見た目こそ普通のビルディングであるが、MI6が使っているだけあって普通の構造はしていなかった。壁は1m厚の鉄筋コンクリート製であり、食料、武器弾薬の貯蔵も万全であった。その気になれば、籠城して数か月は戦闘することも可能な要塞であり、本気で立て籠られたら力業で突破するのは不可能であった。
(こちらから手を出すのは不可能になりましたが、テッド様もここから出ようとは思わないはず。ふむ……)
ニタァと嗤うと、マルヴィナは踵を返す。
脳みそピンクな暴走メイドは、獲物を燻りだすために行動を開始したのであった。
(行ったか……?)
部屋に立て籠っているテッドは、ドアに近づいて聞き耳をする。
つい先ほどまで、『はぁはぁ』とか『うふふ……』といった声は聞こえなくなっていた。
(罠か? いや、しかし……)
悩むテッドであるが、いつまでも籠城し続けるわけにもいかなかった。
時間をかけすぎると、マスターキーで開けられてしまう可能性があるのである。鍵は施設管理責任者が厳重に保管しているので、持ち出しは容易ではないのであるが、彼女ならやりかねなかった。
(うーん……)
なけなしの頭脳をフル回転させて、テッドは逃走経路をシュミレートする。
まず、普通にドアを開けた場合であるが、その場にマルヴィナが潜んでいたら、即捕まってバッドエンドであろう。
ドアを開けてマルヴィナがいなかった場合、ダッシュして最短で玄関を目指すか、忍び足で慎重に玄関までたどり着くかの二択である。しかし、ショタ体形でダッシュしたところで、足の速さはたかが知れている。逆に足音に気付かれて捕縛される危険度が高い。忍び足しても、時間をかけすぎると、テッドの気配を感知した暴走メイドに襲われるであろう。
(あれ? これ詰んでね?)
思わず頭を抱えるテッド。
しかし、彼は往生際が悪かった。貞操の危機を脱するために、必死になって別の脱出経路を模索するのであった。
(ふふふ、まさかこんなところを進んでいくとは思うまい)
テッドが見出した新たな脱出経路は、天井裏の換気ダクトであった。
ショタ体形である彼ならば問題なく移動可能であるが、大の大人はまともに身動き出来ない狭さである。それはつまり、マルヴィナも追ってこれないということであった。
(む、この匂いは……)
狭いダクトの中を進むと美味しそうな匂いが漂ってくる。
おそらく、マルヴィナが厨房で料理を作り始めたのであろう。
(とすると、こっちは厨房か。別の方向にしないと……)
方向転換して進むと光が見えた。
気配を殺して下を除くと、レセプションルームであった。玄関に近いので、逃走には最適だろう。そう考えたテッドは、換気口を外そうとしたのであるが、その瞬間にドアが開いた。慌てて顔を引っ込めるテッド。
「テッド様とのお楽しみは後回しにして、今はお掃除をしましょう……」
独り言にしては、やけに大きい声色で話すマルヴィナ。
テッドからは見えていなかったが、その目はしっかりと天井の換気口を見つめていた。
(……おかしい。行く先々で先回りされている気がする!?)
テッドの行動は、マルヴィナに完全に把握されていた。
ネズミが天井を走り回れば、足音でだいたいの場所は把握出来る。これが人間サイズならば言うまでもない。しかし、徹夜明けのテッドの頭ではそこまで考えが至らなかった。もっとも、分かっていたとしても、あの状況では他に選択肢は存在しなかったであろうが。
テッドは、その後も降りようとしては妨害され、狭いダクト内を這いまわった。
狭い中を動き回るうちに方向感覚が失われ、次第に判断力も鈍っていった。彼はとある場所に誘導されていることに全く気付かなかったのである。
(……誰もいないな)
換気口から見える範囲に人影は無かった。
ちょうど換気口の真下はベッドだったので、着地に受け身を取る必要が無いのも好都合であった。
一瞬、ベッドという言葉に心の奥でひっかかるものがあったが、心身共に追い込まれたテッドに、そこまでの判断能力は残っていなかった。
(……よし)
決心すると行動は早かった。
換気口を注意深く、物音を立てずに外すとベッドに着地した。そして、素早く周囲を確認しようとして……その場で固まった。直視出来ないくらいヤバイものが、死角に潜んでいたからである。
「Welcome!」
「へ、変態だぁぁぁぁぁぁっ!?」
テッドが見たものは、全裸なマルヴィナであった。
褐色で爆乳、鍛えられた全身を惜しげもなく晒していた。顔もヤバいくらいに発情しており、目にはハートマークが浮かんでいそうな勢いである。
「さぁ、テッド様。これから1か月間めくるめく日々を送りましょう……」
「ちょ、まっ」
極東の島国辺りから飛んできた邪念が原因かは分からないが、硬直した一瞬の隙を見逃さずに組み付くマルヴィナ。そのまま力任せにテッドを抱き上げる。褐色の大きな塊が弾む、揺れる、押しつぶされる。
「だから、ちょっと待っt――うぶっ!?」
説得を試みるテッドなどお構いなしに、フレンチ・キスをお見舞いするマルヴィナ。もちろん、きっちりディープに舌を入れていた。生前も含めて、その手の経験が全く無いテッドには抵抗不能であった。長いキスが終わると、完全に骨抜にされたのか、既に四肢に力は入っていなかった。
「大丈夫です。天井のシミを数えていれば終わりますから……」
愛欲まみれなセリフを吐きながら、ベッドにテッドを横たえるマルヴィナ。
いかなる技を使ったのか、瞬く間に彼の衣服が剥がされていく。
「ま、マルヴィナさん……」
「はい」
「そ、その……優しくしてくださいね……」
観念したのか、弱弱しい声でお願いするテッド。
涙目でお願いするのを見たショタコンメイドが取る行動は一つである。
「ヨロコンデー!」
ベッドにル〇ンダイブをかましたマルヴィナは、その後獣のように交わったのであった。
「うぅ、汚されてしまった……」
キングサイズのベッドでめそめそ泣くテッド。
その傍らで、実に幸せそうな表情で眠るマルヴィナ。
(いやまぁ、僕もマルヴィナさんのことは好きだけど、こういうのはどうなのよ……)
オネショタなシチュはバッチコイであるが、それはあくまでも創作の話である。
リアルで自分が対象となるのは全力でノーサンキューなのである。そんなことを考えていたテッドであるが、自らの身体の異変に気付く。
(身体が元に戻ってる……)
あの召喚から既に5年近く経過していた。
テッド自身、もう戻れないのではないかと半ば覚悟していた。しかし、戻れたことに少しも嬉しさは無かった。
彼は恐れていた。
自分の恋愛対象がショタ体形だけしか見てないのではないかと。元に戻ったら嫌われるのではないかと。
「マルヴィナさんは僕のことどう思っているんだろう……やっぱりショタにしか興味無いのかな……」
思わず呟いてしまうテッド。
しかし、見やった先に当の本人はいなかった。周囲を見渡そうとしたのであるが、その前に形が崩れないプリンを押し付けた様な感触が背中に広がった。
「そんなことはありませんよ」
いつの間にかに、テッドの背後から抱き着いていたマルヴィナ。
「私は物心つく前から、非合法専門の工作員として働いていました。無味乾燥で殺伐とした日々でしたが、テッド様はそんな生活から救い上げてくれたのです」
「でも、それはあくまでも任務であって……」
「確かに最初はそうでした。でも、今はテッド様といっしょの生活が楽しいんです」
「そう……じゃあ、これからもよろしくお願いします」
結局は、相思相愛だったことが分かってほっとするテッド。
ここで終われば、ラブロマンスで終わるのであるが、そうは問屋が卸さなかった。
「というわけで、第2ラウンドを開始しましょうか」
「ちょ、えぇ!? 無理、絶対無理無理ぃっ!?」
「大人に戻ったら、その分タフになるからきっと大丈夫です。それに後ろの開発もしたいですし」
「あのバナナっぽいのは、やっぱりそっち目的だったの!?」
「テッド様が、そちらに興味がおありとは喜ばしいことです。大丈夫です。痛いのは最初だけですから」
「いやぁぁぁぁぁー!?」
テッドとマルヴィナは、休暇の前半は二人仲良くベッド上で過ごした。
正確には半月しか居られなかった、であるが。二人で共同作業に勤しみ過ぎた結果、室内環境が悪化して手が付けられなくなったのである。その惨状は、史実日本のラブホ清掃なんて目じゃない酷いものであった。清掃業者が泣きながら掃除をしたのは言うまでもないことである。
残りの半月は、テッドの望み通りニューヨークの名所巡りを二人で楽しんだ。
お互い初めてのデートということで舞い上がってしまったのか、あちこちでバカップルぶりを発揮して、周囲の顰蹙を買いまくったのであった。
テッド君の大事な前と後ろが奪われました(哀
主人公のはずなのに、イマイチ目立たてないテッド君を活躍させるはずだったのに、どうしてこうなった…_| ̄|○




